マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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我らは幾度も召集を受け
勇敢に戦ってきた
そして平穏の港へと
勝利と共に戻ってきたのだ
-”歌よ広がれ、この海原に”より抜粋-


戦争が終わったあと

日本帝国、北海道。

 

戦争は終わった、たった1日と少しの戦いだが数多くの将兵が死んだ。

 

厳かな雰囲気の中運ばれ、黒い死体袋に入ったそれは数時間、数十時間前まで生きて笑い合っていた掛け替えのない人間である。

 

ある者は北海道で生まれ、生まれ故郷を守る為に戦死した。

 

どうやって死んだか見た者はあまりいなかったが、生きている頃の彼を知っている人は多かった。

 

BETAがいなければ死ぬことのなかった命だ。

 

こうした命が戦場では沢山失われた、中国の大地で、ウクライナの大地で、インドの大地で、東欧の大地で、中東の大地で、南欧の大地で、アフリカの大地で、中欧の大地で。

 

そして日本帝国の大地でも同じことが起こった、誰が悪いわけでもない、全てBETAが現れた結果による悲劇だ。

 

奴らがいなければこの戦争は起こらなかった、彼らが死ぬことはなかった。

 

ある者は友達の死に心を傷み、涙した。

 

またある者は戦友の側でじっと蹲って彼がなんで死んだか、答えはあるが答えのない理由を考え続けた。

 

美しい朝焼けは一瞬で、その後にはすぐ現実が訪れた。

 

BETAの降下ユニットが落下したすぐ側の奈井江町、最早ここにかつての町の姿はない。

 

降下ユニットが落下した衝撃波で殆どの家屋が吹き飛び、残った建物も出現したBETAによって蹂躙された。

 

その上で周辺には戦術核レベルの放射能が舞っており、降下ユニットが落下した地点にはG元素レーザーによる重力異常が発生していた。

 

少なくとも最低30年、重力異常の対策が見つからない限りは奈井江町に住人が戻ってくることは出来ない。

 

1980年代、奈井江町に住んでいた人々はざっと8,600人、8,600人の人が後30年は家に帰ることが出来ないのだ。

 

当然政府からの支援や手当は出る、揺り籠から墓場まで国民の面倒を見ていくのが戦後の日本帝国である、ある意味ではアメリカと違う。

 

だが家に帰れない、同じ日本だが故郷を失っているという状況は耐え難い悲しい現実だった。

 

戦闘後、工兵隊及び歩兵部隊は戦闘地域に展開してBETAの死骸の回収と焼却に乗り出した。

 

BETAの死骸は残しておくだけで土壌汚染を行うことが確認されており、早急な対応が求められた。

 

戦車級のような小型種は一箇所に集めて燃やし、突撃級や要塞級レベルの大型種はその場で焼いた。

 

地域によっては放射能汚染の恐れもある為皆防護服を着て対応に当たっていた。

 

上空では偵察任務やBETAの死骸の運搬任務に従事する陸海空軍の戦術機が上空を飛び回っていた。

 

今も焼却処分中の工兵隊の上を空軍が運用するRF-4Eが数機飛び去って行った。

 

「燃えろ燃えろ!燃やしてやろう!」

 

火炎放射器で工兵隊の一等兵がBETAの死骸を焼いている。

 

彼も最初は威勢が良かったが段々落ち込んでいった。

 

「帰ったら……放火魔扱いされないといいんだがなぁ……」

 

人は闘争を求めるという、ある面では確かにそうなのかも知れない。

 

しかし戦争という空間は人間が普通に生きていく上で明らかに異常な空間であり、ここで数年過ごした人間は一生涯戦争に取り憑かれることになる。

 

人によっては普通に生きていくことすらままならなくなるのだ。

 

これはBETA大戦においても同じだ、既に各国で数え切れないほどのPTSD患者が確認されており、今もなお多くの人々が戦争の後遺症に苦しんでいる。

 

それでも人は戦わなくてはならない、例え苦しみを一生涯背負おうとそれは化け物に故郷を蹂躙され、食い殺され、地球を人ですらない侵略者に明け渡すよりは遥かにマシだからだ。

 

生きていくことは辛く苦しいことばかりだ、かと言って死ぬことはそれを上回るほど怖く苦しいものである。

 

であれば人は皆救いのない世の中を生きていくしかない、そこには確かな幸福はある、暗い道でも少しは光があるのだ。

 

基本的な前線地帯の復興作業の指揮は各師団司令部、全体では北部方面軍司令部が担っていた。

 

中長期的な人員の転換や方針は市ヶ谷の統合参謀会議が決定し、復興計画自体は国土交通省が現在策定を行なっている。

 

既に戦闘終了から3日が経過した、そろそろ各国軍も引き上げられるタイミングである。

 

統合参謀会議は各国軍の展開地域に代替する形で全国の日本軍から主に工兵隊を送り込み、対BETA対策に当てた。

 

これらの動員も統合参謀会議の役割である。

 

対策室はそのまま戦闘後の軍政対策室に変化し、斎藤大将や小林大将が指揮を取っていた。

 

今は斎藤大将が市ヶ谷に戻り、統合参謀会議の参謀達と共に対策を考えていた。

 

「まず優先でソ連軍の海軍歩兵師団とイギリス陸軍のグルカ野戦部隊には帰ってもらおう。彼らには助けられたが復興は我々の手で行うべきだ。海兵隊もこっちの増援が到着次第キャンプに戻ってもらおう」

 

「海軍歩兵の展開地域も復興作業であれば北部方面軍の戦力で足りると中村中将は言っています」

 

平野少佐の報告を聞き、斎藤大将はすぐに次の方針を打ち出した。

 

「必要戦力は東北方面軍及び東部方面軍から送る、第1工兵旅団の到着はいつ頃になりそうか」

 

「本日出立しましたので最短でも展開出来るのは明日の昼頃でしょう」

 

小林大将の報告を聞いて斎藤大将は小さく頷いた。

 

東部方面軍は東京に駐屯する第1師団、新潟、長野、群馬、栃木を管轄する第12師団、そして第1工兵旅団で構成されている。

 

ちなみに習志野駐屯地の第1空挺旅団は旧第1ヘリコプター旅団こと第1航空旅団は陸上総軍司令部の直轄部隊であり、どちらかと言えば小林大将の隷下にあった。

 

「1空挺も先に戻しちゃいましょうか」

 

坂城少将は隣にいる小林大将や斎藤大将に提案した。

 

「そうだな……東北方面軍の第2工兵旅団も間も無く展開しますし第3工兵旅団もいます。第1空挺旅団は習志野に戻しましょう」

 

小林大将は斎藤大将に近づいて小声で耳打ちした。

 

「例の件、完全に不安がなくなった訳ではありませんし……」

 

「……そうだな、第1空挺旅団は習志野に戻す。新津大佐、海軍の方はどうなっているかね?」

 

現在、北海道周辺には横須賀第1艦隊の空母打撃群と舞鶴第3艦隊の空母打撃群が展開している。

 

この他にもソ連太平洋艦隊とアメリカ海軍太平洋艦隊の一部がいたのだがソ連太平洋艦隊の方は殆どの艦艇がウラジオストク、リィバチイ海軍基地へ戻って行った。

 

「第1艦隊は内浦湾内に展開中、第3艦隊は変わらず石狩湾内にいます」

 

「分かった。軍令部長、艦隊は母港に戻した方がいいと思うのだが、どうですか」

 

「同意見です、海上航路の警備であるなら大湊の戦力で十分です。艦隊は母港に帰還させましょう、緊急出航と戦闘で乗組員達も疲れているでしょうし」

 

海軍軍令部総長、吉田學海軍大将の進言を聞き入れて方針を打ち出した。

 

「では艦隊は母港へ帰還するように伝えろ、空軍は引き続き復興支援と偵察活動に従事せよ。F-15Jの活躍、首相も喜んでいたぞ」

 

斎藤大将の報告を聞いて空軍参謀総長、森繁弘空軍大将はガッツポーズを浮かべ明らかに喜んだ。

 

F-15Jの導入と運用は日本空軍にとっての悲願であり、その悲願がこうして祖国防衛の役に立っていることは何よりも誇らしかった。

 

今後F-15Jの生産数はどんどん増えていくだろう、日本の空を守るのは鶴ではなく鷹なのだから。

 

「これからも戦後復興で諸君には無茶を頼むと思うがこれも我らの仕事だ、頑張ろう」

 

参謀達は皆小さく頷き、それぞれの職務に戻った。

 

戦争とは始まる前と終わった後もまた、地獄である。

 

わずかな勝利の喜びを噛み締め、彼らは職務に服するのだった。

 

 

 

 

-日本帝国領 京都-

斯衛軍も今回の戦いではそれなりに活躍した。

 

まず北海道守護軍が予備役も総動員して防衛線を展開し、かなりの損害を出しながらもBETAの防衛と反撃に成功した。

 

そもそも日本軍が斯衛軍のことを最初から数に入れていなかった為前線は彼らに任せつつ、斯衛軍部隊が遊撃的に動けたということもある。

 

その代表例が本国から派遣された斯衛軍戦術機部隊であり、特に崇継と介六郎の”瑞鶴”の戦果はある種伝説的なものとなった。

 

このことに信真は大変機嫌を良くし、戦果を上げた者達を即座に褒め称え、褒章を出した。

 

まず北海道守護軍司令の本居家政准将は勲章を授与された上、少将への昇進が決定された。

 

家政は即座に京都の御所に呼び付けられ、信真から直接称賛の言葉を頂いた。

 

「家政!おみゃーっちゅう奴は!どんだけええ男じゃ全く!」

 

「ハハッ!全ては武家の使命、日本帝国を守護する斯衛軍の使命を果たしたまででございます!」

 

口ではそう立派なことを言っているが家政は将軍直々の称賛の声に気分を良くし、他の総監部の面々に見せつけるように笑みを浮かべた。

 

これに対して新守や貞親らは見るからに機嫌を悪くし、家政と目を合わせぬようにした。

 

どうせこの後説教されるのは我々だ、家政や崇継らを引き合いに出して叱責を受ける。

 

「おみゃーには勲章と少将の位を与えたるが……ちと足らんと俺は思うとる。利定!」

 

「はい」

 

敬語の盛岡利定中尉は事前に用意されていたものを家政の前に置いた。

 

目の前に置かれているのは茶器、茶道の際に用いられる茶碗であった。

 

「それは俺が気に入っとる織部焼の茶碗じゃ、折角の機会だぎゃおみゃーにそいつをくれたる」

 

「よろしいのでございますか…!?」

 

「おお、持ってけ持ってけ。遠慮はいらんでよ、それとも刀や槍の方が好みか?」

 

「いえっ!この家政に勿体なき代物でございます…!我が本居家の家宝とさせて頂きます…!」

 

家政は信真からの贈り物を大層気に入ってそのまま北海道に持ち帰った。

 

以降、彼の家の家宝にこの織部焼の茶碗が加えられ、生涯大切にされるのだがそれはまた別の話。

 

「本居少将は立派な活躍をなされた、総監部を代表してお礼申し上げます」

 

「輝光殿にそう言って頂けると斯衛軍人の端くれとして光栄です」

 

「是非持て成したい所ですが明日、お帰りになるのですね」

 

輝光はそう尋ね、純粋な家政は「はい」とすぐに答えた。

 

家政は輝光が彼とは真逆の陣営についたことをまだ知らない、少なくともこの情報を知っているのは旧守派の幹部と信真程度だ。

 

多くの者にとって輝光は斯衛軍総監であり、武家軍人の鑑という認識のままであった。

 

「北海道の復興、我ら斯衛軍も張り切って取り組む所存です」

 

「我々も出来る限りの支援の手を計画中です、もう暫くお待ちください」

 

「輝光殿がおられるのなら間違いは起こらぬでしょう、お待ちしています」

 

輝光は微笑を浮かべ、どこか意味ありげに頷いた。

 

「ほんだで今日一日あるでよ、一席設けたったから遠慮はいらんばい、ぱぁっと騒いでけーれよ!」

 

「ハッ!ありがたき幸せ!」

 

そう言って家政は一礼し、玉座の間を後にした。

 

革新派全体はともかくとして少なくとも今回の北海道防衛戦、信真は斯衛軍の働きに大変満足していた。

 

戦地に降り立った者は皆、積極的にBETAと戦い、北海道の大地に散った。

 

皆、逃げることなく己が戦える限界まで戦った、これに対して信真は特に文句を言わなかった。

 

出来うることなら直接京都と東京の師団を率いて北海道でBETAと決戦をしたかったが、それは叶わず仕舞いであった。

 

信真の戦に対する渇望を潤すことは出来なかったが、良いものが見れたと周りには常に呟いていた。

 

一方の旧守派も想定外のことはあったが全体で見れば計画の支障になる要素はそこまでなかった。

 

その夜、旧守派の一味は恐らくノーマークであろう九條輝光の屋敷に集まり、計画の謀議を図った。

 

「予想外の襲来でしたが、これで北海道守護軍と日本の北部戦力が完全に拘束されるようになったのは大きいですな」

 

新守が地図を基に戦力の分布を確認してメリットを話した。

 

北海道守護軍の司令官、家政は前々から革新派の人間として知られており信真にもかなり近しい人間であった。

 

それ故に彼は戦果を過大なほど褒められ、昇進の上勲章、そして自身が保有する茶器まで与えた。

 

こうした人間であった為、家政と北海道守護軍は最初から計画で用いられる戦力としてはカウントされていなかった。

 

「更に言えば東北方面軍の第9師団も一部は北海道にいる、これで東北守護軍も動きやすくなった。出来れば第1空挺も北海道に張り付けられていれば良かったのだが…」

 

「戻ってきたものは仕方ありませぬ、予定通り中部守護軍と第2師団で東京は抑えましょう。京都は第1師団と四国守護軍で」

 

輝光の方針を他の面々は受け入れた。

 

彼が参画を決意したことによってクーデターのピースは全て揃い、計画は本格的に始動し始めた。

 

兵力動員の理由付けも今回のBETA襲来によって、より納得のいく理由になっているし、完成度は前年より格段に上がっている。

 

この計画であるなら今年の3月中には実行出来るというのが旧守派の見立てであった。

 

「少なくとも猊下は今回の件で気をよくされています、政府の対応も我々より復興に向いている。今がチャンスでしょう」

 

影哉は状況を分析した末、そう楽観的な発言を口にしたあ。

 

「影哉殿、そう油断なさらぬ方が良い。猊下は気を良くしていますが武人は寝床についても武人です。それは羅卒とて同じこと」

 

「輝光殿の仰る通り、警戒するに越したことはありません」

 

会議に参加していたハーゼ中佐は輝光の注意に賛同し、口を挟んだ。

 

既に旧守派幹部の殆どはこの東ドイツ人を信用し切っている、輝光はまだ疑いの心があったが団結を阻害する訳にはいかないと泳がせていた。

 

「間も無く、この国の秘密警察も動き出すでしょう。何かカモフラージュの一手を打った方がいいかと」

 

ハーゼ中佐の進言は正しかったし、元シュタージ将校らしい発想だった。

 

恐らく彼がアクスマン中佐だったらもっと悪辣かつ攻撃的な手を打つよう進言していただろうが、そこまでは達していなかった。

 

「それについては1つ考えが、私にお任せください」

 

手を挙げたのは貞親、彼の進言に対して輝光は「お任せします」と一言だけ了承の言葉を放った。

 

「我ら武家の命運を決める維新、桜が散る前には決着をつけたいものです」

 

「その時は是非勝利の花見と行きましょう」

 

旧守派の陰謀は更に深化している。

 

日本にとっていちばん長い日は、そう遠くない日に起こる。

 

運命は定まりつつあった。

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR 沿海州 ウラジオストク市-

3月が訪れた。

 

ウリヤノフスク”は第55海軍歩兵師団の撤退を確認した後、一旦ウラジオストクへ帰還した。

 

2ヶ月半ぶりの陸地、将校水兵たちは心ゆくまで戦いの疲労と海での生活の疲労を癒した。

 

その間”ウリヤノフスク”はメンテナンスと各種機能の検査が行われ、異常がないか確認を受けた。

 

思いがけぬ初の実戦を潜り抜けた”ウリヤノフスク”だったが特段異常が検出されることはなく、暫しウラジオストクの港に駐留していた。

 

また同じタイミングで”ウリヤノフスク”に搭載している艦載機の交換作業も実施された。

 

今まで試験ということで3種類の戦術機を搭載していた”ウリヤノフスク”であるが、試験も終わり機体も半ば決まったことにより、1機への単一化が始まった。

 

既に新型海軍戦術機の決定は本国に送られている。

 

結果はほぼ満員一致でSu-27Kが選ばれ、2月28日付で正式にSu-27Kの調達を開始することが決定した。

 

残念ながらMiG-29KとYak-41は敗れ去る結果となったが、Yak-41だけは少数だが国境軍が一部調達することとなった。

 

その為Yak-41だけは完全に空母から降ろされ、国境軍の方へと移管された。

 

一時的な代替機として配備されたのは現在海軍が主力として運用しているMiG-23Kであった。

 

ウラジオストク港では”ウリヤノフスク”の甲板上にMiG-23Kの搭載が進められている。

 

「結局、一時はまだ23Kですか」

 

甲板上で搭載作業を見守るオスマノフ中佐はそうぼやいた。

 

「仕方あるまい、生産は始まるだろうがそうすぐには来ないよ。むしろ当分の間は29Kと27Kを使える分だけ我々は恵まれてる方だ」

 

ベルグロフ大佐が副連隊長を宥める為に呟いた発言は実際正しかった。

 

現在ソ連海軍でSu-27Kを運用している部隊は彼らだけである、例え”アドミラル・クズネツォフ”だろうと”ヴァリャーグ”だろうと使っているのはMiG-23Kなのだ。

 

「確実に27Kはくる、もう暫くの辛抱だ」

 

やがてソ連海軍の空母はSu-27Kで染め上げられるだろう、その時27Kという名称かは不明だが彼らにとって重要なのはそこではなかった。

 

その頃、”ウリヤノフスク”の艦長ゴキナエフ少将と副長ヴィセーニン中佐、政治部長チャパコフ中佐はウラジオストクの太平洋艦隊司令部に呼び出されていた。

 

ここに訪れるのも2ヶ月半ぶりである、無論様子は出港前の殆ど変わっていない。

 

再び、同じ会議室に3人が集まり、司令官のシドロフ大将と会った。

 

「同志少将、緊急事態だったが良くぞ戦い抜いてくれた。苦労をかけてしまったな」

 

シドロフ大将は早速入ってきた3人と握手を交わし、労いの言葉をかけた。

 

「いえ、ゴルシコフ元帥が国連軍の調整を行ってくれたお陰でやり易かったです」

 

「苦労をかけたがその分成果はあった、座って」

 

3人はシドロフ大将に促され、それぞれの席についた。

 

目の前には紅茶が置かれ、お茶を片手に話は始まった。

 

「諸君が北海道で戦ったことにより”ウリヤノフスク”の性能は完璧に証明された。存じている通り3月1日に”ウリヤノフスク”は正式に就役する。そこで早速”ウリヤノフスク”に任務だ」

 

3人の目の前に命令書のコピーが置かれた。

 

「知っての通り、今回のBETA襲来で極東の緊張度は高まっている。またBETAが降ってくるのではないか、その為極東地域での警戒任務が我々に与えられた」

 

現状BETAがどういう意図があって降下地域を定めているのかはまだ分かっていない。

 

されど二度あることは三度あるのではないか、そういった不安は確かに存在し、解消の為にはやはり直接行動で示すことが一番であった。

 

我々はあなた方を見捨てない、あなた方の為に行動する、やはり直接的な行動というのは人に一番の安心感を与える。

 

「我々は暫し日本海でパトロール行動に出る。”ウリヤノフスク”を旗艦とした臨時の空母艦隊を編成し、艦隊行動の本格的なテストも含めてこの任務を遂行する」

 

「ではまたオホーツクに?」

 

「いや、オホーツク海の警備はリィバチイの潜水艦艦隊が行う。我々は日本海軍、韓国海軍、朝鮮人民軍海軍らと共に日本海の警備に出る」

 

3人は任務を理解し、軽く頷いた。

 

「今回の任務には私も”ウリヤノフスク”に乗艦し、任務に参加する。暫くの間よろしく頼むぞ」

 

「分かりました、お部屋を手配します」

 

海軍総司令官の次は太平洋艦隊司令官、”ウリヤノフスク”への注目度が高いからか次々と海軍の高級将校が乗艦するようになっている。

 

それだけソ連海軍にとって期待の星なのだ。

 

「任務の期間は半月か1ヶ月、3月17日から始まる」

 

「となると後2週間ですね」

 

「うむ、4日後から出港準備を開始させます」

 

「任せる、個人的には楽しみだよ」

 

シドロフ大将は笑顔を浮かべ、本心から出る期待を露わにした。

 

ウラジオストクに戻った”ウリヤノフスク”には再び使命と海原が待っていた。

 

航行中に渦中に巻き込まれるかもしれないがそれでも彼女は海を征く。

 

何せ乗組員にとっては海は陸地も同然、大海原にソ連海軍の威光を知らしめるのが彼女に与えられた使命なのだから。

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 在日ソ連大使館-

当然だが日本帝国にもソ連の大使館というものは存在する。

 

港区の麻布台に位置し、特命全権大使はこの時ウラジーミル・パヴロフという外交官が務めていた。

 

当然大使館内には外務省以外の人間、或いは外務省職員と身分を偽っている者もそれなりにいた。

 

例えば駐在武官やその連絡将校、警備の人間は基本的にソ連軍などの部隊が担っている。

 

現在駐在武官はソ連国防省軍事大学院外国語学部を卒業した海軍大佐、ボリス・スティハノフが、連絡将校として地上軍少佐が2名、地上軍と海軍の大尉が合計3名いた。

 

ちなみにこのスティハノフ大佐、前歴は別の国駐在武官であったが、その前はGRUの第2局に務めていた。

 

当然駐在武官の肩書と外交特権を利用してそれなりに日本帝国内で諜報活動を行なっている、それが彼の仕事だからだ。

 

警察機関も一応監視の目は付けているが基本的にスティハノフ大佐は司令塔である為、自ら動くことは少なかった。

 

なおこの時期は東ドイツの大使館も日本国内にあった、しかもそこの駐在武官はより露骨な人事である。

 

「日本での生活は慣れましたか?ロジッテン中佐、いや、”()()()()()()()()”」

 

ティーカップを片手に様子を尋ねたスティハノフ大佐は在日東ドイツ大使館駐在武官の本名を述べた。

 

ペーター・ロジッテン中佐、以前は国家保安省長官補佐官の職務についていたが今は国家人民軍中佐と肩書を偽り、在日東ドイツ大使館の駐在武官を務めていた。

 

その正体はKGBのピョートル・イェルガルス中佐、シュタージ長官共々東ドイツに送り込まれたKGBの人間である。

 

彼は取り逃したハーゼ中佐を追う為に補佐官から転身し、駐在武官として日本帝国に訪れた。

 

「快適ですよ、ただ本国へあまりいい顔が出来ないのが難点ですが…」

 

「捜しものは中々見つかりませんか」

 

「斯衛軍に属する誰かの家に隠れ潜んでいることは分かっていますが……詳細な位置まではまだ」

 

この点は武家旧守派のネットワークが機能している、ハーゼ中佐はあちこちの邸宅を転々とし、明確な所在地が分からないようになっていた。

 

しかもこの移動に全くの法則性がない為、KGBもシュタージもGRUも公安も統参会議情報室も捕捉に苦労していた。

 

日本帝国にいることは分かっていても正確な所在地が分からないし、強制介入を行おうにも証拠が少なすぎる。

 

「早く対処せねば、折角特殊部隊まで投入して潰したら連中がまたのさばることになります」

 

ベルリン派の復権、これがイェルガルス中佐が最も恐れることであった。

 

アクスマン中佐、オスター大佐を筆頭にベルリン派の人間は1年前に粗方排除した、将校の損失度合いでは痛手と言えるほど首をすげ替えた。

 

その上で特殊部隊まで投入したのだ、多大な政治的リスクを犯して。

 

これだけやったにも関わらず生き残りが遠い極東の島国で再び乱を起こそうとしているのはシュタージとしてもKGBとしても見過ごす訳にはいかなかった。

 

「日米と連携して日本側に情報支援を行っていますが中々、彼らの口ぶりだとそう遠くない日に起こる可能性が高いと言われていますし」

 

「……となれば有事の際の介入について考えねば」

 

スティハノフ大佐は小さく頷いた。

 

「GRUは第14独立特殊任務旅団と隷下の戦術機飛行中隊を用意しています。国境軍の方も何やら戦術機を動かしているとか」

 

「試験を終えた海軍からYak-41を頂きまして、現在こっちに回してきた専門部隊が機種転換訓練中ですよ」

 

ウリヤノフスク”が試験で用いていた12機のYak-41、試験終了後は国境軍、正確に言えばKGB特殊部隊が運用する戦術機部隊に配備された。

 

またKGBはカスピ海方面からある秘密兵器を3機ほど極東方面へ移動させており、いつでも出撃させる手筈を整えていた。

 

「”ウリヤノフスク”も対BETA警戒任務に出るそうですし、我が国に降りかかる問題は少ないでしょう。問題は日本国内です」

 

「スティハノフ大佐、私はまだこちらに来て日が浅いので分かりませんが、具体的にどれほどの規模が立ち上がったら我々にとっての障害となりますか?」

 

イェルガルス中佐は尋ねた。

 

日本の軍事力は大きく分けて2つ、正規の日本軍と斯衛軍である。

 

このうち、双方のどれほどがクーデターに参加すれば現在の日本の政権は転覆されるか、イェルガルス中佐は指標として知っておきたかった。

 

「私見ですが斯衛軍全軍とそれに正規軍が少しでも同調したら政権は潰れるでしょう。ですがこれはあり得ない、時点で政権が飛ぶ可能性は斯衛軍全軍が立ち上がり、政権奪取に取り掛かることです。無論こちらも武家とやらのイデオロギー対立を鑑みれば可能性は低いです」

 

「となると現実的な線は」

 

「武家の保守層か改革層のどちらかが立ち上がる、特に保守層が立ち上がる可能性の方が高く、しかもギリギリで短期間政権を奪取出来る可能性が高いです」

 

日米双方の情報が共有されているからか、スティハノフ大佐の私見は的を得ていた。

 

現在進行形で進んでいるのが所謂保守層の旧守派のクーデターである。

 

アメリカのCIA、ソ連のKGB、GRUはこれを警戒していた。

 

「以前食事を共にした日本軍の将校曰く、改革層は元よりショウグンのワンマン体制で、規模としては保守層の方が強いとか。なので動かせる戦力も保守層の方が多い」

 

「ですが北海道の件があります、流石にこの情勢下でクーデターは」

 

ないと信じたいという面持ちでイェルガルス中佐は苦笑まじりに呟いた。

 

同じような感情を抱いていたスティハノフ大佐であったが、彼はもう少し現実的な目線を持っていた。

 

「ないと信じたいですが……こればかりは実際に起こらなければ分かりません。我々は備え、背後にいるであろうベルリン派の残党を追うことが先決でしょう」

 

「ですな……とは言っても我々もこれ以上派手に動くのは難しいのですがね」

 

元を辿ればハーゼ中佐とイェルガルス中佐ことロジッテン中佐は同じシュタージの所属である。

 

その為顔を見られればハーゼ中佐は全てを察してしまい、いよいよ全ての手がかりが失われてしまうだろう。

 

それにハーゼ中佐は日本国にある東西ドイツ人コミュニティに一切顔を出したことがない、彼との繋がりは本当に斯衛軍の一部としかない。

 

しかもその斯衛軍旧守派も中々外と交流を持とうとせず、地道に足跡を辿っていくしかなかった。

 

「全く迷惑な奴らだ、ベルリン派は」

 

ふとイェルガルス中佐は呟いた。

 

彼は東ドイツから今度日本帝国に送り込まれ、故郷からかなり離れてしまった。

 

今や地元のラトビア・ソヴィエトが懐かしい。

 

だが任務である以上黙って服務するしかない、それがKGB、GRUの任務なのだから。

 

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 市ヶ谷 国防省本庁舎 技術研究本部-

斯衛軍の技術官僚、篁祐唯は2月頃に日本帝国へ一時的に帰還していた。

 

祐唯は一応斯衛軍の階級を持っている技術系の軍官僚である。

 

階級は技術少佐、海外に出向する前は”瑞鶴”の開発に携わり、戦術機首席開発官の役職にあった。

 

そんな彼はある意味では戦術機の本場とも言えるアメリカで戦術機技術を学んできた専門家であり、斯衛軍の所属であるが日本軍からも能力は高く評価されていた。

 

その為彼が市ヶ谷の技術研究本部にお呼ばれしたとしても、斯衛軍の人間が怪しいと疑念を持つことはなかった。

 

例え本命が技術研究の話だけではなかったとしても。

 

彼は暫し技術研究本部で日本空軍の技術者達と懇談をした後、別棟の応接室に案内された。

 

祐唯は暫しソワソワしながら、相手方を待った。

 

彼が着ている斯衛軍の制服はデザイン的に言えば100年前の明治期の日本軍や幕府が近代的な陸軍を作ろうとした時のものに近い。

 

丈の長いオーバーコートにブーツ、腰にはベルトを巻くのが基本で制帽は日本軍とは違いケピ帽を採用しており、場合によっては軍刀を帯刀している。

 

基本色は黒で統一されているがその分派手な袖章とショルダーノッチの肩章が目を引いた。

 

ちなみに襟章は武家の位を示す紫、赤、青、黄金色、白の5色か非武家を示す黒色の下に金色の線が敷かれている。

 

祐唯の場合、家格は有力武家を示す黄金色が襟章と袖章に用いられていた。

 

ちなみにこの色はいくら昇進しようと家格が変わらぬ以上変化はしない。

 

例えば派遣軍司令官の山城興正大将は大将であるにも関わらず制服の襟章と袖章には白が入っていた。

 

これは家格差別ではないかと外野から非難されたこともあったが、斯衛軍はこの伝統を維持し続けていた。

 

「いやいや、お待たせしました」

 

ドアが開き、2人の将校が入ってくる。

 

1人は陸軍出身者、繁田大佐、もう1人は海軍の制服を身に纏った新津大佐であった。

 

彼らの所属は統合参謀会議である為、右肩の肩章から金色の飾緒を垂らしている。

 

3人はお互いに敬礼と握手を交わし、ソファーに座った。

 

「あの……お話とは一体……?」

 

並々ならぬ緊張の中、祐唯は思わず2人に尋ねた。

 

「では単刀直入に行きましょうか。篁少佐、斯衛軍を抜け、是非我々日本軍についてください」

 

「はい?」

 

繁田大佐の直球の発言に祐唯は思わず聞き返してしまった。

 

ここまでストレートな引き抜きは見たことがない。

 

「えっと何かの冗談でしょうか…?」

 

引き攣った苦笑混じりに祐唯は疑問を述べた、されど相手方は真剣なままだ。

 

笑って誤魔化すことも出来ないので祐唯の表情は次第に曇っていった。

 

「貴方の技術力は我々も認めている、その力を是非武家社会だけでなく、日本国全体に向けて欲しいのですよ。貴方を斯衛軍だけで燻らせておくのは惜しい」

 

「とは言われましても……私は武家であり斯衛軍の少佐です、確かに移籍は簡単ですがそのような気には……」

 

「近いうちに斯衛軍は消えてなくなりますよ、法案のの国民投票も最早秒読み段階です」

 

新津大佐の発言を聞いて痛いところを突くなと祐唯はバツの悪い表情を浮かべた。

 

彼も技術屋とはいえ一介の斯衛軍人であるからニュースくらい見ている。

 

斯衛軍の国防省への移管、そして郷土防衛部隊化は祐唯とて知っているし若干不安を覚えていた。

 

では他の将校より何故騒がないかというと、彼の職業は仮に斯衛軍がなくなったとしても食い繋いでいけるからだ。

 

戦術機は恐らく今後も戦争の兵器として運用される、可変機型のF-14が主力になるとしても戦術機自体は残る。

 

祐唯はそれを知っているから別に斯衛軍がなくなっても篁家とアメリカの彼女を養っていくことくらいは出来ると思っていた。

 

その為いずれは日本軍に移るだろうと思っていたが、今は困る。

 

斯衛軍で新しく新型戦術機開発のプロジェクトも始まってるし、今が過渡期なのだ。

 

「勿論移籍後は少佐の階級を維持したままになりますし、特別手当も支給されます。武家社会で苦労することもなくなりますよ」

 

「ですがそうなれば篁家は」

 

苦労して有力武家にまでなった、にも関わらず当主が斯衛軍から日本軍に鞍替えしたとなればなんと後ろ指を刺されるか。

 

娘や家族の未来を考えればそれだけは避けたかった。

 

「やはりこの話は無かったことに出来ませんか…?戦術機であれば斯衛軍と日本軍で共同開発も出来るでしょうし…」

 

祐唯の提案は繁田大佐と新津大佐の耳には入らなかった。

 

むしろ2人は思ったより強情だなと若干苦い表情を浮かべている。

 

「であれば、手法を変えましょう」

 

繁田大佐が面倒臭そうに資料のファイルから1枚の写真を取り出した。

 

写真の角度的には隠し撮りの様子に近く、そこには祐唯と金髪の女性が写っていた。

 

彼女の名はミラ・ブリッジス、祐唯がアメリカにいた時知り合った技術者であり、祐唯が二心を許した女性でもある。

 

「これをどこで…?」

 

祐唯はあまり動揺していない様子だったが率直な疑問として彼らに尋ねた。

 

「まあ我々にも”()()”はいますので、篁少佐には確か奥方と娘さんがいらっしゃいましたね。この方、随分少佐と仲がよろしいことで」

 

「お仲間が見たらどう思うでしょうかね、少なくとも海軍人の私としてはあまり良い印象を抱きませんが」

 

日本海軍は伝統的に婚姻を前提とした付き合いに邪な関係が混ざることを特に嫌っている。

 

その気風は少なくとも新津大佐にはまだ残っており、祐唯の関係にはかなり厳しい視線を向けていた。

 

確かにお互いを愛していたのは事実かもしれないが、愛は無罪放免を勝ち取れるほど強くない。

 

端的に言ってしまえば祐唯とミラの関係は不倫であり、出すところに出せばちゃんと問題になるレベルであった。

 

最悪技術漏洩したんじゃないのかという疑いもかけられるレベルだ。

 

そのことに祐唯は段々気がついてきたようで、若干頭を抱え始めた。

 

「先程も言いましたが我々には”友人”がいますので、もし断れば……分かりますね」

 

端的に言えば脅し、引き抜きを断るのならお前がアメリカで好き放題してたことをバラすぞということを繁田大佐は言っていた。

 

もしバラされれば祐唯の人間性に関する評判は最悪になる、不倫は文化と言っても評判はまた別だ。

 

最悪の場合家族全体が「いけーっ淫売の息子!!」とか言われかねない。

 

流石の祐唯もそれだけは避けたかった。

 

「……分かりました」

 

「では早速、引き抜く前に我々から1つ要望を出しましょう。以前斯衛軍が試験用に導入したF-15Jがありましたね、あれを岐阜の飛行開発実験団に移して頂きたい」

 

「私の権限で出来るかは分かりませんが……」

 

「出来ないでは困りますね」

 

新津大佐は繁田大佐からファイルを受け取ると数枚の写真を無造作にテーブルへばら撒いた。

 

流石に意地悪が過ぎると繁田大佐は思っていたが新津大佐はそんなこと気にしていなかった。

 

「なんとかします……」

 

「良かった、今後は同じ職場の仲間になるんだ、我々とて仲良くしていきたいのでね」

 

かなり圧のある言い方で祐唯に最後の一押しをかけた。

 

斯衛軍が潰れるにせよ、本当にクーデターを起こすにせよ、この技術者は貰うか潰しておきたい。

 

技術とは力、未来そのものであり、未来を断つことはすなわち組織としての死を意味する。

 

1984年3月、少しづつ第二の動乱に近づいている。

 

人はBETAが降った後もまだ、野望に基づく争いを続けようとしていた。

 

 

 

つづく




ちなみに日本軍と斯衛軍の制服は弊作だとこんな感じになっています

【挿絵表示】

日本軍三軍

【挿絵表示】

斯衛軍
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