マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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やめよ離騒の一悲曲
悲歌慷慨の日は去りぬ
われらが剣今こそは
廓清の血に躍るかな
-”昭和維新の歌(青年日本の歌)”より抜粋-


4月5日

-チェコスロバキア共和国領 オロモウツ州 プルジェロフ市 ソ連軍飛行場 簡易兵舎-

第306独立親衛戦闘航空連隊は前線近くのトルナヴァから司令部に近いプルジェロフに移動し、暫く訓練と生活を続けていた。

 

連隊の正式名称はザグレブの件とブダペストを考慮して新たにレーニン勲章とスヴォーロフ勲章が授与されたことにより更に伸びた。

 

第306独立親衛戦闘航空"ウィーン"レーニン・赤旗・スヴォーロフ及びボグダン・フメリニツキー勲章連隊、これが正式名称である。

 

フレツロフ中佐の勲章もまた何枚か増え、略綬は更に増大した。

 

少なくとも出世の面で不安を覚えることはもうない、これだけ戦果を挙げれば最低でも少将昇進は間違いないだろう。

 

これで子ども2人を難なく育てられる。

 

フレツロフ中佐は休暇の末、ハリコフからチェコスロバキアに戻ってきた。

 

新たに家族と撮った写真を制服のポケットに潜め、日々の軍務についている。

 

今は丁度朝食の時間であった。

 

フレツロフ中佐は今日のプラウダを片手に朝食を取っていた。

 

本日のメニューは黒パンにシチー、幾つかの缶詰果物と紅茶である。

 

中佐は黒パンにバターを塗り、紅茶にはジャムを溶かして飲んでいる、所謂ロシアンティーだ。

 

ちなみに同じ席にはルヴィロヴァ大尉とメデツィーニン少佐がいる。

 

どうやら今日のメデツィーニン少佐は特に傷が痛むようでルヴィロヴァ大尉に食べさせてもらっていた。

 

「はい少佐、あーん」

 

「朝からすごいもんを見させられている」

 

何か言いたげなメデツィーニン少佐だが流石に口に黒パンが入ってるのでまだ喋れないでいる。

 

フレツロフ中佐は既婚者だが流石にここまでやったことはない。

 

昔のメデツィーニン少佐を知っているフレツロフ中佐からすれば結構ビックリする光景だった、軍学校時代の自分達に見せてやりたいほどだ。

 

「新聞を読んでろ、後大尉よ、別に食べさせて貰わなくてもなんとかなるから……」

 

「はーい」

 

メデツィーニン少佐はルヴィロヴァ大尉から黒パンを取り上げ、自分で食べ始めた。

 

その間にフレツロフ中佐はシチーを飲み干し、残り1枚の黒パンを齧り出した。

 

「前から思っていたが、2人は随分と仲がいいんだな」

 

中佐はかなり自然な口ぶりで感想を述べた。

 

フレツロフ中佐は暫く前線にいた為療養の為に後方へ下がった後のメデツィーニン少佐のことは良く知らなかった。

 

その為ルヴィロヴァ大尉との関係も度々話に聞く程度で深くは知らない。

 

「はい、少佐は私の恩人ですから」

 

「恩人と言っても一緒に技術総局の新アビオニクス搭載の戦術機に乗って戦ったり、色々話してやったりしただけだよ。正直私の方が助けられた」

 

「ほう、どうして?」

 

「……まあ夢立たれた後だったからな。あの時期に大尉と会えて良かったよ」

 

正直この話はあまりフレツロフ中佐には話たくない、彼に話すとメデツィーニン少佐本人よりも落ち込む。

 

まだ戦術機に乗っていた頃のメデツィーニン少佐は撃墜された後、重傷を負って戦線を離脱した。

 

今では参謀職にシフトチェンジしているが、最初は顔では笑っていても思い詰めていた。

 

戦友たちと共に戦えない、結局何も祖国に貢献していない、自分だけこのまま生き残ってしまうのか、まだ空を飛びたい。

 

一先ず祖国に貢献する方法は思いついた、だが痼りは残っていた。

 

そんな中出会ったのがルヴィロヴァ大尉だ。

 

あの頃の彼女は今よりもドライで人と打ち解けたくない性格をしていた、そんな彼女と組むことによって色々なことを学んだし精神的に支えられたこともある。

 

感謝はしてるし、戦争が終われば相応の責任は取ろうと思ってる。

 

フレツロフ中佐にはまだ言いたくはないが。

 

「そんなことを言ってくださるとは…!光栄です!」

 

「そうか、まあお前の支えになってたら良かったよ」

 

そう言ってフレツロフ中佐はプラウダを読む方に専念した。

 

1ヶ月くらい前のプラウダはもう少し穏やかな内容の記事が多かった。

 

復興計画の予算が承認されたとか、ウクライナで新たに生産可能地域が増加したとか、カリーニングラードで新しい居住地の建設が完了したとか。

 

少しづつソ連国内が戦争のダメージから立ち直ろうとしている内容だったのに、2月の終わり頃からまた戦争の内容が増えた。

 

BETAが国連宇宙軍の防衛網を突破して地上に落下した、これの戦闘経過と戦闘後の内容が暫く記載されていた。

 

戦闘が発生したのは極東軍管区が担当するハバロフスクとコムソモリスク・ナ・アムーレ、ザバイカル軍管区のイルクーツクである。

 

無論防衛戦には成功した、アムール川の手前でBETAは渡河に失敗し、壊滅した。

 

やがてエネルギー切れでBETAは全滅し、2月22日に日本と同じくこの3都市は非常事態宣言を解除し、戦闘の終結を宣言した。

 

現在は撃破されたBETAの死骸を回収しつつ、処理に移行中であり都市部への被害はそれほど大きくなかったことから復興は西側の復興作業に比べてかなり容易だ。

 

現在ハバロフスクに動員した各師団はそれぞれの所在地に戻り、ハバロフスク、コムソモリスク・ナ・アムーレ、イルクーツクの駐屯部隊で事後処理を行っていた。

 

無論そのことは載っているが一番の内容は”ウリヤノフスク”の日本海地域のパトロール任務だった。

 

前回の降下ユニットの戦役で”ウリヤノフスク”含めたソ連海軍太平洋艦隊は日本帝国の援護に回っていた。

 

第55独立海軍歩兵師団が北海道に上陸し、”ウリヤノフスク”からは1個航空連隊規模の海軍戦術機が投入された。

 

この戦いで戦果を上げたせいか、以前から決まっていたかは分からないがその後すぐにソ連海軍の新型戦術機はSu-27Kに決定された。

 

特に連隊長のベルグロフ大佐がまた戦果を上げたらしい。

 

「海軍のエースパイロットかぁ……あれには聞こえてんのかな」

 

新聞を一読して閉じるとフレツロフ中佐はそうぼやいた。

 

声というのは当然モースク1のことだ、奴にも度々自分以外に話しかけているのかと聞いたことがあるが答えはНЕТだった。

 

もしこのベルグロフ大佐がモースク1の声を聞いているのならより仲良くなれそうだ。

 

「そういえばフレツロフよ、息子が生まれたが空軍に入れるのか?」

 

ふとメデツィーニン少佐はフレツロフ中佐に尋ねた。

 

予想外の質問だったのでフレツロフ中佐は少し考えたが、案外答えは30秒ほどで出た。

 

「まあ、親父みたいに飛行機は見せてやるかな。その後は好きに決めさせよう、それだけの給料は貰えるだろう」

 

「ちゃんと稼業にするつもりはないと」

 

「なってくれたら嬉しいんだがね」

 

とは言っても息子が将来について話し出すのは多分最低でも15年先だろう、最近娘はようやく将来の夢について話し始めた。

 

将来の夢はアイスクリーム屋さんらしい、エスキモーは子どもの大好物だ。

 

「子どもの為にもう働きしないとな、戦争の時代は我々の世代で終わりだ」

 

そのことについてはルヴィロヴァ大尉もメデツィーニン少佐も異論はなかった。

 

彼らの思いとは裏腹に極東の島国で昔懐かしい人同士の争いが始まろうとしていることはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 市ヶ谷 国防省本庁舎 統合参謀会議議長執務室-

3月中旬、復興計画が本格的に始動し、軍民共同で北海道の戦後復興が始まった。

 

奈井江町、豊沼町、浦臼町、美唄市、新十津川町、上砂川町、砂川市、歌志内市、滝川市と赤平市の一部はまだ民間人の立ち入りが禁止されている。

 

一方旭川、札幌、三笠市、岩見沢市、深川市などの非戦闘地域に住む住民は避難命令が解除され、帰宅が許された。

 

船で本州まで移動していた人々は同じように船で実家に戻り、戦争が終わったことに安堵の息を漏らした。

 

しかし戦闘地域となった都市部は避難命令が解除されず、未だに避難生活を強いられている、なんなら奈井江町に関しては帰還の目処が立っていない。

 

避難生活中の人々は各所に設置された仮設住宅に住まうか、親族の伝手を辿って別の場所で暮らしていた。

 

戦争で家を、財産を奪われても人生は続いていく、戦いの戦禍はかつての生活を二度と取り戻せない場所に取り上げるにも関わらずだ。

 

一刻も早く、1人でも多くの人を故郷に帰そうと復興作業に従事する人々は奮闘した。

 

北海道から離れた市ヶ谷の永田町ではもう数日も前に復興予算を組み込んだ補正予算が国会で承認され、国土交通省内に設置された戦後復興庁の指示によって正式な復興計画が打ち出された。

 

日本軍の復興従事部隊や軍内の復興計画も基本的にはこの復興庁の方針によってある程度内容を決める。

 

計画は主に統合参謀会議と陸軍参謀本部が主軸となって立案し、第1工兵旅団の派遣などに続いた新たな復興支援計画を立案した。

 

現在は計画の遂行を待ちつつ、北海道に展開する北部方面軍司令部からの報告を聞きながら計画の修正をすべきか考えていた。

 

無論統合参謀会議の業務は復興計画の立案だけではない、日々の訓練計画や別件での話も含まれていた。

 

そうした様々な業務の書類と報告書が執務室の長である斎藤大将のデスクに置かれていた。

 

斎藤大将は運ばれてきた報告書を一読し、速やかに許可を出すものにはサインを書き、議論すべきものには執務室内に控えている何人かに尋ねた。

 

「北部方面軍司令部はこれ以上の増援は不要だと言ってきた。一応各師団の基幹戦力は通常の訓練に戻っているし、各方面軍の工兵旅団から兵員を出して混成部隊を送り出すのは取りやめよう」

 

「北海道に戦力が偏重してもいけませんからね。実際またBETAが降ってくる可能性だってゼロじゃないですし」

 

平野少佐の懸念はBETAという存在が未知であるが故に信憑性があった。

 

この時実際のBETAは地球方面に送り込んだ大船団が全滅し、第二陣の突入を躊躇っている段階であった。

 

尤も第二陣の船団を投入してもG弾を含めた宇宙機雷原は再設置を完了しているし、アメリカ議会は宇宙軍の増強とその為の予算を承認した為今後宇宙軍は更に増強されることとなる。

 

戦争も終盤、されどBETAの大船団が地球圏に現れたという事実は国際社会にBETAの襲来は地上のBETAを掃討したとしても無くなる訳じゃないということを再認識させた。

 

ソ連軍もバイコヌール基地に置いたままの未完成G元素兵器の建造と打ち上げについて検討を始めているし、一部の中堅国も独自の宇宙アセットの保有を考え始めていた。

 

宇宙領域での水際防衛は対BETA戦争を一番安く犠牲なく終わらせる方法であり、今後は宇宙軍に多くの予算が注がれることだろう。

 

「ああ、今後はBETAの襲来を警戒しつつ軍の警戒態勢を平時に戻していく。少なくとも訓練業務に関しては通常の予定通りだ。ただ海軍と空軍に関してはパトロール任務を追加しなければならないが……」

 

「仕方ありません、他東アジア諸国もパトロール活動を開始していますし、我々も参加しませんと」

 

舞鶴港に帰還した”天城”と空母打撃群であるが明後日、再び海原に出る。

 

BETAの襲来が再びくるかもしれない以上海軍による海上警備も必須だった。

 

これに合わせて増槽付の戦術機部隊によるパトロール任務も増やされ、領空内の警備も強化された。

 

問題はその分海空軍の訓練時間は減少し、任務によって疲弊してしまう為ある程度の練度という面では強化が難しくなる。

 

「問題は斯衛軍だ、結局あいつらの北海道派遣はどうなってる」

 

若干不機嫌気味な斎藤大将は平野少佐に尋ねた。

 

その間にも大将は書類に目を通し、場合によってはサインを書いていた。

 

「一応一部工兵隊を北海道守護軍宛に派遣していますが本体の第1、第2師団の主力は動いてません。動員師団の第3、第4師団も動員解除をストップしたままです」

 

「……総監部に派遣はいつかと催促しよう。このまま動かないんじゃ輸送予定も立てられん」

 

平野少佐は小さく頷き、メモ帳に記載した。

 

一方の斎藤大将は若干苛立ちを覚えながら、考えを巡らせた。

 

「……少佐、連中の師団、本当に”()()()()()()”」

 

斯衛軍の師団が動く、それには二重の意味があり斎藤大将は今裏も意味合いを平野少佐に尋ねた。

 

現在斯衛軍は北海道の復興支援とBETAの警戒を名目に斯衛第1師団、第2師団の出撃状態を整え、動員解除を行なっていた第3師団、第4師団の動員解除の停止を宣言した。

 

一応理由にはなっているがどうしても昨今の斯衛軍に纏わる黒い噂を考えると警戒せざるを得ない。

 

「……あまり言いたくありませんが……第1空挺旅団と特別陸戦隊くらいは備えさせておくべきかと……」

 

「やりたくないんだがなぁ……日本軍は外敵と戦う軍隊であって内敵を戦う軍隊じゃないんだが……」

 

既に陸上総軍司令官の小林大将と海上総軍司令官の永田大将、軍令部総長の吉田大将が同様の進言してきた。

 

昨今の斯衛軍の情勢を考えれば首都圏で動員動員出来る最精鋭部隊の第1空挺旅団、横須賀鎮守府海軍特別陸戦隊を待機させておくべきなのではないかと。

 

実際この提案に支持する者は多かったし、斎藤大将も一部部隊には極秘で有事の際速やかに移動し、重要施設を防衛するように命じた。

 

もし斯衛軍の旧守派が一戦交えてでも事を起こそうとするのなら当然首都圏が戦場の舞台となる。

 

当然斎藤大将もそのことに関しては乗り気ではない、だが旧守派に国家を明け渡すほどの無能ではなかった。

 

「ただ向こうの九條大将はまだまともな方なんですよね?もし本当に事が起こっても抑えがあるなら小規模で済むんじゃないですかね」

 

平野少佐は若干楽観的な意見を述べた。

 

普段だったら斎藤大将もそのように言うかも知れないが彼は若干の違いが分かる男だ。

 

「…3ヶ月前の九條さんだったらそう言えるけどね……ここ最近のあの人はどうかな」

 

「はあ、どう言う事ですか?」

 

斎藤大将の煮え切らない発言に平野少佐は聞き返した。

 

大将はどこか不安げな表情で完全に言語化出来ていない自身の勘のようなものを述べた。

 

「ここ最近、顔合わせをする事が多いけどあの人、変わったよ。昔はただの真面目な武家軍人って人だった、社会道徳の規範を人に移し込んだ感じだ。だが最近の九條さんは何かこう……覚悟でも決めてしまったような雰囲気だ、それも悪い方向に」

 

「結局は閣下の勘ですか?」

 

「まあ結論そうなんだけどね。ただ、間違いなく変わったよあの人。もしかしたら事を起こした時の首魁は九条さんかもしれんな」

 

冗談混じりに出た発言ではあるが、斎藤大将は半分は本気にしていた。

 

それを察してか平野少佐も苦笑いで「まさか…」とやんわり否定する程度に留まった。

 

少なくとも斎藤大将は大将の地位にまで上がれるほどの人間である、それなりに人を見る目はあった。

 

誰について行けば出世出来るか、或いはは頼りになるか、この部下には見どころがある、逆もまた然りだ。

 

この人はいざという時頼りにならないから自分でなんとかするしかない、この部下にはこのような仕事は任せられない。

 

少なくとも斎藤大将にとっても斯衛軍とは煩わしい存在であり、彼らに何度も面倒をかけられた。

 

だが不思議と斯衛軍総監の九條大将は嫌いになれなかった、むしろ好印象を持っていると言っても良かった。

 

同じような職についているからか、九條大将の穏やかな人柄と彼なりに苦労している事が伝わってくるせいか、休憩中は穏やかに話せる間柄であった。

 

無論斯衛軍と日本軍という組織によって対立することもあったが、それはあくまで仕事上の対立である。

 

仕事と人間性は別、お互いに割り切りが出来ているからこそ嫌いではなかった。

 

そんな斎藤大将が明確に変わったと断言出来るほど、九條大将の心根は変貌を遂げた。

 

想像はしたくないがその変貌がどんな道に行くのか、嫌だが予想がついてしまう。

 

「……やっぱり第1師団と富導連(富士歩兵教導連隊)も待機させといたほうがいいかなぁ……」

 

考え込んでしまったせいか斎藤大将の不安感は増大した。

 

正直今日は桜田門経由で話が回ってきているから考えたくない事が多い。

 

大人しく職務に戻ろうと斎藤大将は新しい書類に手をつけたのだがその考えたくないことが即座に舞い込んできた。

 

扉を叩く音すらなく、繁田大佐が執務室のドアを開け、急いで駆け寄ってきた。

 

「閣下…!京都府警が……一部斯衛軍将校を内乱罪の疑いで逮捕しました……!」

 

「本当にやったのか……で、状況は」

 

「斯衛軍は一切動いていません、丁度主犯格が武家屋敷に集まってるところを一網打尽にされたようです」

 

「中部方面軍、特に第3師団には警戒を促せ。警察のやる事だからある程度は上手くやってると思うが一応はだ。暴発したら直ちに鎮圧しろ」

 

「はい…!」

 

まだ犯人の名前は上がってきていない、情報も少ない状況故に斎藤大将は慎重かつ最悪の状況を予想して命令を出した。

 

少なくとも第3師団で抑えつつ、四国の第2混成団や中国地方の第14師団、呉鎮守府海軍特別陸戦隊がいれば対応は出来るだろう。

 

だが何故だろうか、斎藤大将はふと疑問に思った。

 

今回の逮捕を受けても内心では何処か、まだ安心出来ないでいた。

 

本命はまだ別にあると。

 

 

 

 

―日本帝国領 京都 武家屋敷 小渕邸―

その時、小渕邸には数人の若い斯衛軍の将校が訪れ、ある計画の立案を行っていた。

 

それを見計らったように令状を持った警察部隊が小渕邸を急襲した。

 

地上を京都府警の機動捜査隊と機動隊が移動し、中には大阪府警第二機動隊に設置された通称零中隊も混じっていた。

 

小渕邸はあっという間に京都府警の機動捜査隊によって取り囲まれ、ネズミ1匹逃げられないようになっている。

 

正門にはライオットシールドを構えた機動隊員が数え切れないほど並んでいる。

 

上空には京都府警航空隊のヘリコプターが展開しており、もし犯人が逃げた際に上空から追跡する予定だった。

 

一方の小渕邸は異変を嗅ぎ付け、則実は即座に屋敷の門を塞ぐように命じた。

 

車の手配を行い、則実は他の斯衛軍の将校らと共に逃亡を図る予定だった。

 

無論警察もそんなことをさせるつもりはない。

 

「第2中隊、包囲完了」

 

「第3中隊の包囲完了しました」

 

「よし、突入を開始しろ!」

 

現場指揮を執る警部の命令によって警察の作戦が開始した。

 

まず正面に展開する機動隊が門を打ち破って突入し、屋敷内の庭に機動隊員が溢れた。

 

一部の奉公人が屋敷を守ろうと抵抗しようとしたが機動隊員と現代武家の奉公人では戦闘力に当然天と地ほどの差がある。

 

しかも少しでも抵抗するなら公務執行妨害で取り押さえ、後送した。

 

まともな戦闘能力がある者は殆どいない為逃げ惑うか公務執行妨害で取り押さえられ、多少殴られた。

 

突入した機動隊員は屋敷内の庭を全て制圧し、あっという間に屋敷の中にまで突入した。

 

突入した隊員達は奉公人や女中がやっている行動の全てを停止させ、証拠と思わしき地図や書類などを全て押収した。

 

「中隊長!マル被が発見出来ません!」

 

「探せ!必ず逮捕しろ!」

 

「はい!」

 

小渕邸は瞬く間に占拠され、屋敷の隅々まで捜査の手が渡ったが少なくとも屋敷内には当主の則実と斯衛軍の将校達はいなかった。

 

それもそのはず、彼らは屋敷の地下駐車場に身を潜めているのだから。

 

無論小渕邸の内部構造を把握していない日本警察ではない、既に地下駐車場には警察の手が回っていた。

 

MP5A2とH&K P9Sを装備した零中隊の隊員が戦闘態勢のまま地下駐車場を占領した。

 

その間則実と斯衛軍将校は車の裏に隠れていた。

 

「クソッ!!どうしてこんなことに……!」

 

「なんでバレた……!?誰がチクったに違ない!」

 

「どうするんですか小渕少佐……!このままでは我々は……!」

 

明らかに彼らは追い詰められていた、今車を出そうにも警察部隊は銃を持っている、則実が有する自動車は防弾ではない。

 

則実は震えながら自身が持ってきた軍刀を握りしめた。

 

「……私が囮になるから移動路から逃げろ……!」

 

「しかし!」

 

「いいから!」

 

そういうと則実は軍刀を抜き、あえて警察の前に出て気を引き、仕方ないので残った斯衛軍の将校達は急いで走り出した。

 

刀を構え、則実は警官に向けて刀を振り回しながら突撃したが肩に1発の弾丸を撃ち込まれてバランスが崩された。

 

そのまま別の隊員が則実を取り押さえ、拘束された。

 

逃げようと移動した将校達も即座にMP5を構えた隊員達によって取り囲まれ、動きを阻害されたまま手錠を掛けられた。

 

「離せ!離せ!」

 

「何の権限があってこんなことを!」

 

「小渕則実、浅尾平吉、岡崎末広、満田前春、内乱罪及び横領、銃刀法違反で逮捕する!」

 

「クソッ」

 

別の隊員が呼び出した後続の輸送班が到着し、逮捕された主犯格の将校達を後送した。

 

逮捕された容疑者達は護送者に放り込まれ、そのまま連行された。

 

包囲から逮捕まで、凡そ1時間ほどの出来事であったが近隣に住む武家の奥方や方向人、女中の者達が出てきて野次馬のように様子を見ていた。

 

無論そういった野次馬の中にはこの事件を事前にある情報網から仕入れて確認に来ている”()()()”もいた。

 

そういった者の出身がラングレーなのかルビャンカなのかそれは分からないが、とにかく情報は伝わった。

 

日本はやった、成功したのだというある種の安心感が一時的に彼らの下に送り届けられた。

 

ある情報機関は日本警察は斯衛軍旧守派の青年将校らを逮捕し第二の二・二六事件を防いだと報告書に記載した。

 

実際彼らは国家転覆の為の計画を立案していたし、少なくとも普通に考えれば阻止に成功したと考えるのが妥当だろう。

 

今まで日本帝国で発生したクーデターは将がやることよりも佐官や尉官の若い将校が計画する事が多い。

 

今までの日本におけるクーデターの統計を鑑みれば今回もこれで阻止出来たと考えるのが普通であった。

 

実際今回の逮捕を受けて更に斯衛軍に対する圧力を強め、解体は確定路線に持ち込むことだって不可能ではなかった。

 

こうして日本警察が行ったクーデター阻止作戦は成功したと思われていた。

 

だが実際には違う、旧守派のクーデターとは若い三下の少佐が捕まった程度でクーデターが止まるほど彼らの生存本能は甘くはない。

 

むしろ元凶を作った則実らの若い将校は使い捨てのカモフラージュ装置として切り捨てられた。

 

暫く人々の視線は捕まった則実らに向かうだろう、それこそが彼らを切り捨てる判断を下した輝光の思惑だった。

 

計画の進捗は最終段階へ向かっている、後はいつやるかであった。

 

それも則実が逮捕されたこの夜に全てが決まった。

 

九条邸に密かに集まった旧守派の幹部及び連絡将校に輝光は結構日を告げた。

 

4月5日の夜、丁度1週間後のことであった。

 

皇帝がいた4月まで後1週間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

-日本帝国領 京都 京都御所-

現役斯衛軍将校の内乱罪による逮捕、平時の斯衛軍であれば大問題になっていただろう。

 

だが旧守派の重鎮達が仕掛けたこと故、旧守派の混乱は少なく、革新派からすれば旧守派を追い込む絶好の好機であった。

 

結局最後の最後まで斯衛軍が一丸となることはなかった、少なくともBETAには共に立ち向かったのだから及第点といったところか。

 

どちらにせよ彼らの運命はここで半ば決まったようなものだ。

 

則実ら先に捕まった囮はその役割を十分果たしていた、則実周りから関係者を洗い出そうと捜査を続けていた。

 

だが則実らはそもそ貞親らが計画していた本命のクーデター計画には一切関わっておらず、則実らの計画は黙認という形で認めていた為、警察の捜査結果が首魁である輝光らに辿り着くのはもう少し先の話であった。

 

少し先の話、そう少し先では間に合わない。

 

日本軍側はクーデターの暴発を阻止する為に各種部隊を警戒態勢に移行させ、斯衛軍側には停止していた動員解除をスタートするように要請した。

 

斯衛軍総監部は日本軍側からの要望を受け入れ一部部隊の出動状態を解除しつつ、動員解除も再開したが6日程度ではそこまで抜本的な軍事力の減少には繋がらなかった。

 

烏丸議員らは斯衛軍移管の法案可決を急いだが手続き上、後数日は掛かると言われた。

 

この時4月2日、クーデターの実行まで後3日であった。

 

3日、あらゆる組織がそれぞれ努力を続けたが、どうしてもクーデターを未然に阻止するには後一歩足りなかった。

 

そしてその日はついにきた。

 

4月5日、その日の朝から夕方にかけては特にこれといった混乱も異常事態もなくいつもの日常が続いた。

 

この日は木曜日であった為市井の人々は電車や車に乗って通勤し、子ども達は学校に通って授業を受けていた。

 

日本軍も警戒態勢を維持しつつ通常通りの訓練業務を続け、各司令部や統合参謀会議は通常業務を続け、その傍らで斯衛軍に対して警戒を続けていた。

 

ただ東北地方に関しては雪解けの遅れで水害が発生しており関係各所の対応組織が対応に当たっていた。

 

その日は本当に夕方まで何にもないただの日常であったのだが、人々の気づかぬところで日常の破壊は密かに進んでいた。

 

旧守派の各員は部隊や各家が抱えている私兵に近しい退役斯衛軍人らを動員し、演習を名目として銃火器類を密かに運搬し、武装化を進めていた。

 

総大将に担ぎ上げられた輝光は総監部で通常業務をこなしつつ、午後に京都御所に呼び出された為車で向かった。

 

時間帯としては夕方ごろ、日が沈み美しい夕焼けが空に広がっていた。

 

京都御所の中にも夕焼けの光が入り込んでいた。

 

「斯衛軍大将、九條輝光、猊下の命にて参上しました」

 

玉座の間に足を運び、輝光は頭を下げて信真に挨拶した。

 

こうして将軍信真に挨拶するのも今日が最後だ、今日の夜にどちらか片方が武士としての本懐を遂げる。

 

恐らくこうして2人が面と向かって語り合うのも今日が最後だろう。

 

それを分かっているからこそ信真は特に用がないにも関わらず輝光を呼び出したし、輝光も恐れることなく信真の下にやってきた。

 

「ようきたのう、やっとかめ……じゃにゃーが」

 

「小渕少佐の件で度々お会いしましたからな。あの一件は骨が折れました、が対処は終えました」

 

「流石、おみゃーは仕事の出来る奴じゃ、昔からの」

 

昔、彼らは五摂家であり家同士の繋がり故に付き合いは長かった。

 

「して、今日は何用でしょうか」

 

用がないのは分かっている、彼なりに最後の挨拶をしたかったのだと輝光は理解していた。

 

無論クーデターの実行日は信真には知らせていない、彼は暗殺対象なのだ、いう訳がない。

 

されど信真はなんとなく理解しているのだろう、後数日のうちに彼らが乱を起こすことを。

 

「なぁに、ちと昔話でもしようかと思っての」

 

そういうと信真は立ち上がり、用意していた日本酒を出して2人分の杯を前に出して輝光の前に座った。

 

今は政威大将軍信真ではなく1人の斉御司信真として輝光と話をしたかったのだ。

 

「では私が」

 

「ええ、俺がやる」

 

「恐縮です」

 

杯に日本酒を入れようとした輝光であったが信真に断られた。

 

本来信真の方が数歳ほど年下なのだ、年功で言えば輝光の方が上であった。

 

その為昔は輝光の方がお兄さんのような立ち位置で信真と接していた、立場は変わったがお互いの性根は変わっていない。

 

輝光が初めて会った頃から信真は親譲りの戦狂いであったし、信真が初めてあった頃から輝光は棟梁としての素質を持ち合わせていた。

 

2人は乾杯し、日本酒を飲み干した。

 

「実は私も猊下と、信真殿と昔話をしておきたいと思っていました」

 

「ほう、ではおみゃーから言え」

 

「畏まりました、信真殿は我々が初めて会った日のことを覚えておいでですか?」

 

「ああ、五摂家の会合でな。おみゃー以外、辛気臭えすっとろい輩しかおらんかったわ」

 

まだあの頃は崇継のような者はいなかったし、崇宰家に恭子が、煌武院家にあの双子が生まれるより遥かに前の時代であった。

 

「私は貴方の父君が実は怖かった。理由は今でも分かりませんが恐ろしい人だと思っていました」

 

「親父は狂ってたからの、それに比べておみゃーは昔からお節介で下のもんばっか目をかけてた」

 

輝光は苦笑し「ええ」と頷いた。

 

昔から輝光は若い者や下々の者の面倒を見るのが好きだった、というよりは目をかけずにはいられない性格であった。

 

故には彼は斯衛軍の士官学校でも五摂家の家柄を抜きにしても人気者であったし、上に立つ者としての素質があった。

 

その反面彼は人に対して感情移入し過ぎてしまう節があった、人としては美徳なのだが軍人としては欠点でもあった。

 

「ですが私は貴方や貴方の父君を軍人として尊敬していました。武家の中で誰よりも立派であると、詭弁ではなく行動で示せる人だと」

 

「おみゃーも同じだわ、五摂家だっちゅうのに義勇兵で日本軍にひっついてベトナムまで行きやがって」

 

「それは信真殿も同じではありませんか。それに私は……常に迷い続けていました。私の命令で死ぬ兵の顔を見る度に本当にそれが正しかったのかと自問し続けていました」

 

無論戦闘中は素早い判断が求められるからこそその時は素早く的確に命令を出した。

 

だが戦いが終わり、脳に溢れていたアドレナリンが止まり、冷静になって自分の命令で死んだ部下を見るとこれは本当に正しかったのかと疑念が湧いた。

 

これはBETA大戦で義勇兵を率いていた時も同じだ、だから斯衛軍初の海外派遣ではいつまでも動けずにいた。

 

故に迷いのない信真らを羨ましく思っていた。

 

「戦で兵隊が死ぬ、そりゃ当たり前のことだぎゃ。一々迷ってられんわ」

 

そういうだろうなと信真は納得していた。

 

彼は棟梁としては優秀であっても武士の本来の姿としては欠けている点があった。

 

人の死を割り切る心、戦いで消えゆく兵達に憐憫を思いながらも、割り切って戦いを続ける力である。

 

信真との決定的な違いはここだ、信真は狂っているから戦場での死を当たり前と思えるが、輝光はそこに迷いを覚えてしまうタチであった。

 

「我々がこうなるのはある種必然だったのかも知れません。純粋な武家の姿を求める信真殿、武家の生を受けた者達を助けたいと思う私、同じ五摂家ですが性は違ったのかも知れません」

 

「分かっとるわ、俺はおみゃーみたいなお節介じゃにゃーよ」

 

「でしたな、では私はこれにて失礼します。まだ総監部での仕事が残っています故」

 

輝光は立ち上がり、床に置いていた軍刀を手に取った。

 

信真は杯に入れた日本酒を飲み干すと立ち上がって輝光を呼び止めた。

 

「輝光!ちっと待て」

 

輝光は立ち止まると信真にあるものを渡された。

 

脇差、かつて日の本にいた武士が身につけていた本差と並ぶ副兵装の刃である。

 

これはかつて信真がお抱えの刀鍛冶に造らせたもので本差は普段信真が身につけているものである。

 

輝光は脇差を受け取ると鞘から抜き、刃の状態を確認した。

 

模造刀などではなく本物の刃の輝きを放っている。

 

「おみゃーにやる、俺からの餞別だ」

 

「よろしいのですか」

 

「二度も言わせるな、たわけ」

 

輝光にとって生涯最後の主君はその脇差を輝光に渡した。

 

散々詰られ、蹴り飛ばしてきた主君ではあるが、やはり忠義に値する技量はあった。

 

であれば最期は主君が望むものをこちらからも送ってやらなければならない。

 

「我が人生最大の栄誉にございます。どう感謝を申し上げたらいいのか」

 

「じゃあな、輝光」

 

「ハッ、失礼いたしました猊下」

 

輝光は深々と頭を下げ、京都御所から出て行った。

 

これが斉御司信真と九條輝光、最後の会話となることを2人は薄々勘付いていた。

 

クーデターの開始まで後数時間。

 

 

 

 

 

クーデター開始の1時間前、21時頃のことだ。

 

基本的に21時になっても職員や将校はまだ残っているし、当時の市ヶ谷には警備として第32歩兵連隊が駐屯していた。

 

当然だが統合参謀議長の斎藤大将は平野少佐や新津大佐、繁田大佐らと共に市ヶ谷に残っていた。

 

丁度その時は情報部長の仁科洋司少将を交えて報告会を行っていた。

 

曰く斯衛軍側にいる情報局長から緊急の情報が入ったそうだ。

 

内容は”動きあり”、ただそれだけだった。

 

「……つまり斯衛軍のクーデターが近いと」

 

「はい、可能性だけで言えば80%に相当します。既に真田情報局長は本籍の長野に戻って独自の防衛態勢に移行すると付け加えられています」

 

元々真田幸房という人間は日本海軍出身である、かつては艦隊参謀長や情報機関のトップを務めたこともあるが先代の政威大将軍に頼み込まれて仕方なく斯衛軍に移った。

 

故に今でも魂に関しては日本海軍にある、その為事実上の内通者となっていた。

 

「32歩の連隊長、奈良大佐に警備を厳重にせよと伝えろ。誰か何人か人を寄越して桜田門と皇居、永田町、都庁に警戒を知らせに行け」

 

「はい!」

 

平野少佐と繁田大佐は命令を聞いて急いで執務室から飛び出した。

 

その間に斎藤大将は落ち着きのない様子で他の者達に尋ねた。

 

「国防相と烏丸次官、後三軍総長はどこにいる」

 

「大臣は現在首相官邸にいらっしゃいます。烏丸次官は防衛産業の重役と会食、渡辺参謀総長は退勤し吉田軍令部長は現在横須賀の方にいます。森参謀総長はまだ市ヶ谷にいたはずです」

 

良いか悪いかはさておきとして市ヶ谷のある程度の幹部はそれぞれ疎な場所にいる、これで市ヶ谷が一撃でやられても指揮機能はある程度確保出来る。

 

丁度そのタイミングで平野少佐と繁田大佐が何人かの佐官、尉官クラスの将校を引き連れて戻ってきた。

 

「取り敢えず言われた地点に人は出しました」

 

「よし、では岡山大尉は渡辺大将に連絡して急ぎ朝霞駐屯地に向かうように指示をしてくれ。練馬でも市ヶ谷でもない、朝霞だ」

 

「はい!」

 

「次に吉田大将にはそのまま横須賀にいるよう命じろ。もし1時間後に市ヶ谷と一切連絡が取れなくなったら直ちに横須賀の艦隊を出撃させろとも付け加えろ。連絡は三田少佐がやれ」

 

「分かりました」

 

「斎藤さん!」

 

丁度このタイミングで空軍参謀総長の森大将と統合参謀会議副議長の井ノ山隆也海軍中将がやってきた。

 

「森さんは急いで横田基地に向かってください。何か事態があったら部隊を東京に飛ばして制空権の確保を、井ノ山中将は私と市ヶ谷に残って仮設の対策本部を設置する」

 

「はい…!」

 

これで参謀連中の指示はある程度出せた。

 

「烏丸次官に連絡がついたら急いで近くの駐屯地に逃げ込むよう伝えろ。斯衛軍を解体してこっち管理にしようと企んでる所の親玉だ、絶対に殺しにくる」

 

「了解」

 

「在日米軍司令部、アメリカの駐在武官にも緊急事態の可能性を伝えろ。第1空挺旅団と海軍陸戦隊にはもう出撃準備を命じろ、第1師団に対しても同じく1時間経って市ヶ谷から連絡が途絶したら出動準備を整えて出動しろと命じろ」

 

動くとしたら最低でも連隊以上の斯衛軍部隊が東京に雪崩れ込んでくるだろう、最悪それ以上かも知れない。

 

となれば第1師団、第1空挺旅団の2つでもしもの場合に備える必要がある。

 

「中部方面軍にも待機命令を出せ、呉の陸戦隊にもだ!」

 

少ない時間を斎藤大将は有効に使った、少なくとも初動対応で到着する部隊はある程度備えられた。

 

だがもうこの頃には東京にいる斯衛第二師団は出撃の準備を整え、整列していた。

 

各将兵が整列する前に第二師団長、新田梶昌中将が現れた。

 

「師団長に対し、捧げ銃!!」

 

将校達はサーベルを抜いて新田中将に敬礼し、兵士達は小銃を担いで師団長に対して礼の姿勢を示した。

 

新田中将は各将兵に敬礼を送り、早速説明に入った。

 

「諸君!我々武家の未来を決める戦がやってきた!我々の長年の奉公に対して冷飯を叩きつける奸臣政権に対し、我々武家の怒りを知らしめてやるのだ!攻撃目標は首相官邸、国会議事堂、都内の全省庁及び東京都庁、東京駅!そして市ヶ谷!!各員上官の命令をしっかり聞き、勝利に向けて前進せよ!!」

 

新田中将は意気揚々と話していたが周りの将兵は突然言われた命令に動揺しざわめき立っていた。

 

だがそれを叱りつけるように参謀飾緒をつけた師団参謀長、本田家松少将が叫んだ。

 

「貴様らァ!師団長の命令だぞ!粛々と実行し、勝利に向けて邁進せよ!!」

 

その希薄に押され、将兵達は致し方なくその場は命令を承諾した。

 

これにより斯衛軍第二師団駐屯地から東京の各省庁に向けて次々とヘリコプター、地上車両が進軍する。

 

やがては戦術機も発進し、本格的に第二師団は東京へ向けて移動を開始した。

 

「では閣下、お先に議事堂で!」

 

「ああ、先に頼むぞ」

 

部下と別々のヘリコプターに乗り込み、新田中将は官庁街に向けて移動を開始した。

 

「賽は投げられた、そっちは頼みましたぞ、輝光殿!」

 

同じ頃、京都市内の各所に展開する斯衛軍部隊も動き始めていた。

 

今回のクーデター軍の総大将である輝光は早速斯衛第一師団司令部に足を踏み入れた。

 

彼はいつもの飾緒をつけた斯衛軍大将の制服に軍刀をぶら下げ、もう1本脇差を差していた。

 

ケピ帽を深く被って表情を隠し、出迎えの兵らに敬礼を贈る。

 

「貞親殿、お待たせ致しました」

 

既に師団司令部には第一師団長成瀬道永中将や奥平貞親中将、的部新守少将や浅尾影哉准将、久方ぶりに制服を着た仙波北八朗少将といった旧守派の重鎮達も集まっていた。

 

当然ハーゼ中佐もいる、彼は久々に本国から持ってきた国家保安省中佐の制服を着ていた。

 

「よくぞ来てくれました輝光殿、そちらの脇差は?」

 

「餞別、です。兵らはどこに?」

 

「案内します」

 

ある将校に案内され司令部の中庭に集まっている将兵らの下に輝光は向かった。

 

整列した斯衛軍将兵らはやはり困惑していた、彼らは一切のことを何も聞かされていないのだから。

 

ただ斯衛軍総監である輝光が姿を表すとあちこちで歓声の声が響いた。

 

「皆、良くぞ集まってくれた。私は斯衛軍総監大将、九條輝光である!今宵、皆には誠申し訳ないが私と共に命をかけて戦ってもらう!」

 

輝光は早速説明を始めた。

 

「今日本における武家の立場は皆も知っているはず、一方的に虐げられ、軍や権利すら取り上げられようとしている。皆の中には生活に苦しい者もいるだろう。私は皆を見捨て、このまま武家の滅亡を指を咥えて見ていることは出来ない」

 

後からやってきた貞親らも輝光の演説を聞いた。

 

彼は兵1人1人に寄り添うような形で自分達の理屈を説いた。

 

少なくとも今夜中に死ぬ何人かには必ず意味があると言い聞かせて。

 

「我々はこの日の本を変える、全ての武家が生活に困らず、笑って暮らせるような日の本に作り変えて見せる!その為に皆どうか力を貸してくれ!皆で勝利を、皆で武家の未来を掴み取ろう!攻撃目標は城内省、京都御所、斯衛軍総監部、そして将軍邸!この九條輝光を皆信じてついてきてくれ!」

 

「斯衛軍総監に対し、捧げ銃!!」

 

成瀬中将の命令で有無を言わさず将兵は敬礼し、輝光に忠を尽くした。

 

輝光はそれに対して敬礼で返し、やがて壇上から降りた。

 

「先んじて将軍邸を襲撃する、我が家の兵と特殊部隊で取り囲んで猊下を」

 

「お任せしました、また後で京都御所にて会いましょう」

 

輝光と貞親はお互いに敬礼し、輝光は北八朗を連れて目的地に向かった。

 

日本各地で斯衛軍が動き始めている、野心ある者達が思うがままに盲目の侍を操っている。

 

1984年4月5日、後に斯衛の変と呼ばれる明治以降初の日本帝国内での内戦が勃発した。

 

応仁の乱以降、初めて京都が戦場になる。

 

 

 

つづく

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