マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
敵の大将たる者は 古今無双の英雄で
これに従ふつはものは ともに慄悍決死の士
鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
起せし者は昔より 栄へしためしのあらざるぞ
-”抜刀隊”より抜粋-
-日本帝国領 東京 新宿区 市ヶ谷 帝国国防省周辺-
「俺たちが逆賊だって!?」
放送を聞いたある兵士が人目も憚らずに叫んだ。
彼らは思いっきり青ざめており、心の中はこれからどうすればいいんだという不安感でいっぱいだった。
このまま戦いに身を投じれば逆賊の汚名と共に殺されるのは言うまでもない、だが投降や離反も難しい。
彼らの直属上官である中尉、或いは中隊長の大尉がそれを許してくれないのだ。
もし離反しようとして即席裁判で即座に銃殺されたら溜まったものではない。
彼らの思考は止まり、何もしたくなくなった、正しいことは分かっているがそれをやる勇気が湧き出なかったのだ。
兵士達はお互いの顔を見合わせ、どうしようかと目線で訴えた。
だが誰もが答えを出すことは出来なかった、答えを実行した後どうなるかが不安で堪らなかったのだ。
そして答えを出す前に恐怖の元凶が現れた。
「貴様ら!何をぼおっとしておるか!戦闘を続行せよ!国防省の防御陣地を破るのだ!」
中隊長の大尉が二四式小銃を片手に兵士達を叱責しながら部下達に突撃するよう命じた。
無論彼らはすぐには動かなかった、戦えばそれこそ最悪な死が待っていることが明白だからだ。
「中隊長……さっきの放送ですが……」
「放送がなんだというのだ、我々は皇帝陛下の軍隊ではない!将軍猊下の軍隊なのだ!猊下より命令を賜っているのであればそれに基づいて行動せよ!」
流石にこの発言には兵士達の心も完全に離れた。
斯衛軍は武家の軍隊であり、侍の戦争ごっこなどと揶揄されようとそれでも日本軍の1つであった。
その日本軍のアイデンティティたる所以はどれだけ近代化されても1つ残り続けている、軍とは国民の軍隊であり、その国民の象徴たる陛下の軍隊なのだ。
その理を中隊長は武家の軍であるから、猊下の軍隊だからと踏み躙った。
これには普段ノンポリ寄りの下士官兵らも嫌悪感を覚えた。
『こちら第3小隊!岩戸町方面から日本軍が急襲!至急応援を求む!』
「そっちに全小隊を向かわせる、なんとか抑えろ!貴様らもぐずぐずしてないで行くぞ!」
そう言って中隊長は二四式を構え、友軍の増援に向かおうとした。
彼が歩き出した直後に鳴り響いた1発の発砲音がなければ、彼は戦場に辿り着けただろう。
見事に心臓の辺りを撃ち抜かれ、じんわりと戦闘服が赤黒く染まっていく。
衝撃の表情で中隊長は振り返り、自身を銃撃した者を見つめた。
撃ったのはその場所にいたある一等兵、眼鏡をかけている気の小さい穏やかな、比較的細身で色白の青年だった。
彼は下級武家の三男に生まれ、そもそも生まれた瞬間から家を継ぐという選択肢はなかった。
兄弟仲はさほど悪くなかったが生来の小心者である為、家の者からの評価は低く、学校の同級生らにもいじめられることが多かった。
運動はそこまで出来る方ではないのだが、親からほぼ捨てられる形で斯衛軍に押し込まれ、辛い軍隊生活を続けていた。
当然だが斯衛軍も日本の軍隊であるから古兵による”
初年兵の時には細身で色白かつ比較的女顔だった為、先輩らの教育の一環として女装させられたり、辱めも受けた。
それでも軍隊に残っていたのは理由がある、他の行くアテがないからだ。
少なくとも斯衛軍に入れば衣食住は完備されているし、給料だって出る。
頑張って長く勤務していれば生活には困らないし、少なくとも同期や下士官はよく面倒を見てくれた為一概に悪いとも言えなかった。
中でも何人かの友達が退役したら一緒に会社を作って一発逆転をしようと持ちかけてきた為、最近は少しずつ明るい方向に進んでいると思っていた。
だが今日、全てが破壊された。
友達の1人は日本兵の銃撃を受けて重傷を負って後送、そして今さっきこの戦いに正義などなく、むしろお前達は逆賊であると宣言された。
このまま戦いが終われば未来はない、恐らく友達には負傷手当は降りないだろうし逆賊の兵ということで年金も降りてこないかも知れない、少なくとも無職になることは確定だった。
夢は敗れ、希望は失った、残るのは絶望だけ、だから彼は全てがどうでもよくなった。
少なくとも中隊長が彼を見た時の表情は震えや恐怖ではなく、虚無であった。
何も考えてない、ただ指を動かして引き金を引いたら銃口の先にいた中隊長に直撃した、まるで自然現象が目の前で発生したかのような面持ちだった。
何も感じていないし何も考えていない、全て失ったから全てどうでもよくなったのだ。
これはある種の現実逃避と言ってもいいだろう、考えれば考えるほど不安感や絶望感でメンタルを保っていられないからだ。
「きさまっ……なんでっ……」
中隊長は斃れた、少なくとも心臓を撃ち抜かれたのだから手当てを施してもこの状態では間に合わないだろう。
それに中隊長を積極的に助けようとする下士官兵はこの中には1人もいなかった、みんな射殺された中隊長をじっと見つめていた。
「おい……どうして……」
1人の上等兵が震えながら一等兵に尋ねた。
メガネが少しずれ落ちた状態で何も分かっていないかのような表情の一等兵は自分の小銃と手元を見て、それから斃れた中隊長を見た。
ようやく状況を理解したのかぼんやりした声音で口を開いた。
「ああ、撃っちゃいましたね。中隊長殺しちゃいました」
そこには一切の罪悪感がない様子だった、恐らく罪悪感を感じ切れていないのだ。
それから一等兵は少し考える素振りを見せて、ヘルメットを外して座り込んだ。
この段階で一等兵は自分のやったことを理解したが、結局正確にどうすればいいかを考えられない為一番簡単な方法を選んだ。
「これはもう、僕は終わりだ」
そう言って二四式を口に加え、引き金に指をかけて発砲しようとした。
「バカやめろ!」
「よせ!」
即座に一等兵の周りに仲間の兵士達が駆け寄り、無理やり二四式を取り上げて羽交締めにした。
1人の軍曹が急いで布を持ってきて口に巻き、舌を噛み切って自殺するのを防ぎ、一等兵を取り押さえながら彼の持っている装備を全員で取り上げた。
「もうこんな戦争やってられるか!投降だ!降伏しよう!」
「そうだ!戦争は終わりだ!折角生きて帰ってきたのにこんな仕打ちあんまりだ!」
「ああ、ああ!命令なんてクソ喰らえだ!」
そう言って兵士達は二四式小銃を地面に叩きつけ、ヘルメットなどを脱ぎ捨てて勝手に武装解除した。
丁度ほぼ同じタイミングで防衛陣地を突破してきた練馬の第1歩兵連隊と朝霞の第31歩兵連隊の部隊が彼らの前にやってきた。
前進してきた陸軍の歩兵小隊は全員戦意に満ち溢れており、賊を倒す為の正義の戦争だと言わんばかりの顔をしていた。
そんな敵兵相手に今の彼らがやることは1つだ。
「俺たち全員投降する!撃たないでくれ!」
「もう戦争は懲り懲りだ!」
羽交締めにされている一等兵と数人を除き、全員が両手を上げて戦闘の意思がないことを示した。
その場にいた全員が投降したことに流石の日本兵らも困惑したが、直後その場に斃れている将校らしき兵の姿を見て全てを察した。
「分かった!そこの奴は我々が拘束するから暫く抑えてろ!他はあのビルの前に一列に並べ!羽畑軍曹、少しの間捕虜の監督任せます!」
「了解!全員両手を上げたまま俺の後ろについてこい!栗田、浅川、誘導しろ。鈴橋と四方山は軽快に当たれ!」
こうしてある斯衛軍の一団が丸々全面降伏した。
別に珍しい光景ではない、市ヶ谷解放の為に展開した第1、第31歩兵連隊の各部隊は何度もこうした場面に遭遇した。
自分達のやっている行動が国家反逆であり、賊軍であることを知った将兵は皆自分の明日を考え、投降する道を選び始めた。
一部の旧守派将校は戦うよう扇動して一部は組織的な抵抗を見せたが、殆どが背中から撃たれることが多かった。
こうして解囲部隊は破竹の勢いで斯衛軍の防衛線を突破し、市ヶ谷を目指して進撃を開始した。
「じゃんじゃん弾使え!どうせ斯衛軍のツケ払いだ!」
未だ外周で抵抗を続ける第32歩兵連隊の将兵は各所で斯衛軍に弾幕射撃を叩き込んでいた。
本庁舎内に陣地を展開した重迫中隊の支援砲撃も斯衛軍に降り注ぎ、中々前進出来ずにいた。
しかも放送直後から明らかに斯衛軍側の動きが急激に減少し、斯衛軍のいるところからは時々怒号が聞こえてきた。
「どうせだ、一括入れてやりましょうか?」
「ああ、拡声器くれ」
前線で応戦しながら指揮を取っていた大尉が拡声器を手に取り、斯衛軍側に向けて降伏を促した。
「斯衛軍の将兵諸君に通達する!さっきも放送にあった通り、君達はもう逆賊だ!だが悪いのは将軍共であって君達ではない!今投降を選ぶというのなら我々は歓迎する!我々とてこれ以上同じ日本人と殺し合いはしたくない!武器を捨てて出てきなさい!」
大尉の警告に静寂という形で返答は返ってきた。
斯衛軍の将兵は迷っている、基本的に下士官兵らは皆投降したかったがやはり上官が怖かった。
尤も上官も旧守派ではない人間は投降を選ぶ者も多く、徹底的に抵抗を選ぶのは決まって旧守派の将校であった。
そこへ反対側の陣地からトラックの走行音が響いた。
「なんだ!?どこの部隊だ!」
中隊長は急いで駆け寄って、接近する部隊を確認した。
夜間でよく見えないがこちらに発砲してくる様子はない。
「まだ撃つな!どこの部隊か分かるまでは…!」
『こちらは練馬駐屯地第1歩兵連隊所属の歩兵中隊である!市ヶ谷の第32歩兵連隊の救援に参じた!』
「味方です!」
接近するトラックから降り立った兵士達は警戒しながら二四指揮小銃を構えて、外周の防御陣地に走り込んだ。
まず数名の歩兵が第32歩兵連隊の将兵と合流し、ブローニングや106mm無反動砲を搭載した三三式小型トラックがすぐ側に現れた。
「増援に来ました!練馬駐屯地第1歩兵連隊第1中隊、第2小隊です!状況は!」
「斯衛軍と応戦中だが向こうの動きはない!よく来てくれたなあ!!」
走ってきた小隊長の肩を軽く叩き、守備の兵士達と共に笑い合った。
斯衛軍側は敵部隊の増援到着を確認し、その上で包囲中の味方部隊からの迎撃がないことから反対側に展開する部隊は降伏したか全滅したと察した。
前線の将兵の不安は更に高まり、いよいよ限界に達した。
これ以上よく分からない命令の為に命を賭ける理由はない。
斯衛兵らが小銃や拳銃を捨て、ヘルメットも脱ぎ捨てた状態でゾロゾロと物陰から姿を現した。
「撃たないでくれ!我々も降伏する!」
「3班、4班、前に出ろ。捕虜の保護に移る」
早速増援として到着した第1歩兵連隊の将兵らが急いで捕虜を一列に並べ、安全な場所まで後送した。
1時28分、市ヶ谷に位置する日本国防省の包囲網は第1歩兵連隊、第31歩兵連隊によって解放された。
今まで3時間以上防衛戦を続けた第32歩兵連隊の将兵らと助けに来た2個連隊の将兵らが合流し、戦い抜いた将兵らを称えた。
次々と正面の防衛戦力に新たな兵力が投入され、左右双方から3個連隊による反撃が始まった。
士気が最も低い状態でこのような反撃を受けた部隊はどうなるか、決まっている、壊乱するのだ。
あちこちで投降する兵が後を立たず、場合によっては銃もヘルメットも捨てて逃げ出す兵士すらいた。
それを見た他の兵士にも不安や敗北したという空気感は伝わり、結果逃げ出す者が後を立たなかった。
逃げ出す者が増えれば増えるほど既存の将校や憲兵隊だけでは抑え切れなくなり、やがては憲兵隊すらも一部が逃げ出した。
追撃する日本陸軍の将兵らは降伏した将兵を捕えて後方に送り、更に前進を続けた。
もはや無闇矢鱈に小銃を撃つ必要もなくなり、辺りに響くのは喚声ばかりであった。
1時39分、第1歩兵連隊は市ヶ谷橋を、第31歩兵連隊が新見附橋を双方無傷の状態のまま確保に成功した。
これにより神田川を越えて永田町への突撃ルートが開けた。
突入部隊として第1歩兵連隊、第31歩兵連隊を中心に第32歩兵連隊の動ける部隊を編成して永田町解放部隊が組織された。
各隊は市ヶ谷橋を渡り、永田町へと向かう。
斯衛軍との決着をつける為に。
―日本帝国領 東京 千代田区 墨田川付近―
第1空挺旅団は江戸川を突破した後、新中川を突破し荒川にかかる船堀橋、荒川大橋、小松川大橋を占拠した。
江戸川=江東区間での戦闘中に下総海軍航空基地から発進した下総教育航空群の戦術機部隊が支援に入り、”瑞鶴”の支援を取り除いた。
結果純粋な歩兵部隊による殴り合いとなったのだが、精鋭無比を信条とする第1空挺にとって斯衛の歩兵など物の数ではない。
一部では鹵獲した斯衛軍の三三式APCを空挺隊員が乗り回し、装甲で味方を守りつつ、取り付けられているM2ブローニングで味方を助けた。
上空での空戦も斯衛軍側の戦術機は下手に飛び上がると第2高射砲兵群の餌食となる為、中々機動力を活かせずにいた。
基本的には同じF-4同士の戦闘なのだが環境と衛士の連度差によって教育航空群の方が若干優勢であった。
それに海軍航空隊との戦闘に時間を費やしていると地上から押し込んできた空挺部隊が”瑞鶴”を地上から攻撃する為、双方余裕はなかった。
こうして江戸川区から前進を続けていた第1空挺旅団は数時間のうちに江東区と一部墨田区の守備隊を打ち破り、いよいよ隅田川の手前までやってきた。
斯衛軍第二師団司令部は江東区、墨田区の放棄を決定し全兵力を千代田区内に戻し、橋の防衛に充てた。
無論この命令が出されたのは例の放送後であった為、江東区や墨田区に展開していた部隊は殆どが壊乱し、場合によっては空挺旅団に降伏した。
結果無傷で千代田区内に辿り着けた部隊は全体の極僅かであり、斯衛軍が使える戦力は僅かとなった。
上空では次々と斯衛軍の”瑞鶴”が離反するか空対空ミサイルを喰らって隅田川に墜落していった。
何機かは不時着に失敗して墨田区内の市街地に突っ込む機体もあった。
「これ以上空挺の侵入を許すな!日本軍はここで我々が食い止めるぞ!」
防衛司令官の中佐は前線に出てきてそう宣言しているが正直このタイミングではもうどうしようもない。
守備隊の将兵にも厭戦ムードは漂っており、皆いつ離脱すれば無事に一抜け出来るかを真剣に考えていた。
そうこうしていると隅田川大橋の近くに鹵獲した三三式APCに乗り込む第1空挺旅団の一部が現れた。
「対戦車班攻撃開始!このまま各小銃班は弾幕射撃を展開しろ!」
斯衛軍の対戦車班が84mm無反動砲を一度に数発発射し、なんとか1輌の三三式APCを撃破した。
中から隊員達が慌て出てくるが、そこへ二四式と二二式機関銃による弾幕射撃が展開する。
一部の空挺隊員は撃たれて負傷したが、殆どの者は伏せたり残骸となった三三式の後ろに隠れて応戦を開始した。
「畜生侍どもめ!」
「こちら第1中隊、支援砲撃を要請する!」
佐藤大尉からの要請を受けて展開する空挺旅団砲兵大隊から120mm重迫撃砲の支援砲撃が投入された。
120mm重迫の援護射撃を喰らって斯衛軍の陣地は崩れ、破片を喰らって何名かの将兵が一気に負傷した。
こうして前線陣地が崩れたところに佐藤大尉が突撃の号令をかける。
「一気に前へ進んで橋に取り付くぞ!全員突撃だ!」
「行くぞ中村!」
「おう!」
支援砲撃の停止と共に、機関銃班の支援を受けながら各種小銃部隊が突撃を開始した。
斯衛軍の後方陣地からは牽制射撃を撃ってきたが、中村達は気にすることなく端に取り付いた。
「手榴弾投擲!!」
3名の空挺隊員が後方の陣地に手榴弾を投げ込み、即座に伏せた。
更に後方からやってきた106mm無反動砲装備の三三式小型トラックとM2ブローニング搭載の三三式APCがやってきた。
106mmの直射で再び後ろの陣地が文字通り粉砕され、周囲が粉塵に包まれた。
「やられっぱなしではないか!我が軍の支援砲撃はどうした!」
「応答ありません!少なくとも連隊直轄の重迫中隊は展開中の2個小隊分に航空攻撃が投入され、現在陣地転換中です!」
「戦術機は!」
「分かりません!離反者と支援要請の無視が多すぎてどの程度生きてるかも分かりません!」
隅田川大橋を守る中隊長は頭を抱えた。
少なくとも大半の戦術機部隊は四方全ての航空攻撃の迎撃に向かっている為即座に救援に来てくれない。
その上で兵の士気も今まで例を見ないほど低い、このまま防衛線を維持するのは不可能だ。
第一ここを守れたとしても他の地点が押し込まれてはどの道大橋で孤立するだけだ。
ここまで追い詰められた時点でハナから勝ち目がないのは中隊長とて分かっていた。
「中隊長!清洲橋が堕ちました!空挺旅団の一部が千代田区に雪崩れ込んでます!」
伝令の兵が状況を伝え、このタイミングで中隊長の決断は固まった。
「そうか、では我々も降伏しよう。どの道持たん」
「しかし!」
「こんなことに付き合って死ねるか」
他の者も同じことを思っていた為皆それ以上は何も言わなかった。
将校だって十人十色である、旧守派に身を置いてクーデターを意地でも成功させようとする人もいるしノンポリで自身の道徳観念に従って判断を決める者もいる。
少なくともこの中隊長は後者だったようだ。
中隊は武装解除させられ、一気に佐藤大尉の空挺中隊が隅田川大橋を移動した。
いよいよ彼らは本命の目標に移行した。
まず佐藤大尉の中隊が攻略を行うよう命じられたのは東京駅、現在東京駅は上階を完全に斯衛軍が抑えており、鉄機隊と残存する中央警察署の部隊は地下鉄乗り場の一部で抵抗を続けていた。
しかし元々駅内にいた民間人がどこにいるか分からない為、慎重に攻略せよと旅団司令部から命令を受けていた。
とはいっても賊軍はまだそれなりに抵抗している為、手加減は出来なかった。
空挺部隊が襲来した地点は東京駅の八重洲口方面、当然ここには集中的に防衛部隊が配置されている。
各所で車両や歩兵の機関銃が発射され、空挺旅団の接近を阻止した。
両軍、周囲の建物に陣地を構築して撃ち合い、少しづつ火力を集中しながら前進し続けた。
「深谷!大場!ついてきてるか!」
「後ろにいるから心配すんな!」
「擲弾筒で連中を叩け!」
彼らが擲弾筒で攻撃をする前に上空に襲来したF-16NJが斯衛軍側の陣地に向けて数発の突撃砲弾を発射した為、一気に状況が変わった。
恐らく200kg爆弾だったらもう少し被害が出ていただろう、それでも陣地は崩れ、粉塵の下には多数の将兵の死体と重傷者が転がっていた。
「一気に前進!東京駅に取り付け!」
「くそっ!」
機関銃班や三三式小型トラックの12.7mmが援護を叩き込み、相手が発砲出来なくなったタイミングで前線の空挺隊員らが走り出した。
土嚢やバリケードを飛び越え、近くの遮蔽物に隠れて動き出す敵兵を銃撃した。
佐藤大尉と何名かの空挺隊員が敵陣地に手榴弾を投げ込み、爆発と共に再び銃撃を開始して動きを止めつつ前進した。
何人かの斯衛兵が武器を持たずに手を上げて飛び出してきた為思わず上林一等兵と佐藤大尉が彼らを蹴り飛ばしてしまった。
「待って!蹴らないで!降参する!」
「分かりにくいんだよボケ!もっと大声出して手ェ上げろ!」
後続の班も佐藤大尉らに続いて合流し、徐々に中隊全体が東京駅内に侵入しつつあった。
「このまま駅内に入れ!村上中尉の小隊は地下の攻略に行け!こちら第1空挺、間も無く駅内に突入する」
「手榴弾投擲行くぞ!」
早速駅内に手榴弾を投入して味方の銃撃と共に部隊が東京駅内に突入していった。
意外なことに東京駅内での抵抗は想像よりも少なかった。
僅かな少数の兵による抵抗が続くだけで、少し戦闘すれば簡単に制圧出来る程度の敵しかいなかった。
それも逃げ遅れた敗残兵か血気に逸る青年将校かのどちらかだ、まともな判断能力を持っている敵は殆どいなかった。
「天誅!!」
「なんだァ!?」
「撃てっ!」
物陰から突如として出てきた少尉くらいの人間を即座に中村一等兵が撃ち殺した。
少尉が持っていたのは拳銃でも小銃でもなく軍刀であった。
「手持ちの武器を使い果たしたのかァ?」
「分かんないけど貰っておこう、マニアに高く売れるんだ」
「オイ高梨、追い剥ぎみたいなことしていいのか?」
「うるせえ、大場も手伝え」
少尉から刀を取り上げて鞘にしまうと高梨一等兵は背嚢に軍刀をぶら下げた。
一行はその後も度々戦闘を行ったが抵抗は殆どなかった。
理由は簡単だ、殆どの兵が皆逃げるか外に出て右往左往しているのだ。
あの放送を聞いて自らが賊軍であると知り、その上で四方八方から日本軍の反撃部隊が投入されていると聞いて下士官兵の不安が爆発した。
少なくとも戦闘中ではなかった中間の部隊から崩壊が始まり、上官の命令を無視して逃げ出す兵が続出した。
結局最後まで戦っていた部隊というのは正面の戦闘に気を取られて状況を読み誤った者や、単純に逃げ遅れた者が大半であった。
その光景を見た別の部隊の兵が自分もと一歩踏み出し、また1人また1人と東京駅の赤レンガ駅舎から飛び出して行った。
彼らの大半は特に何も考えずに飛び出した者が大半だった為小銃を装備したまま港区や千代田区の辺りをひたすら彷徨った。
少なくとも即座に銃を持った暴徒と化すことはなかったが後の状況把握に著しい混乱を引き起こした。
尤も斯衛軍部隊の壊乱は取り返しのつかない所まで行き、東京駅守備を任されていた中佐は駅内で自決、東京駅は第1空挺旅団の手に堕ちた。
一方の東京都庁の庁舎も第1空挺旅団の攻撃を喰らい、現場指揮を取っていた周辺地域に展開する連隊の大佐が戦死、連隊長を失った部隊はそのまま壊滅して庁舎を明け渡した。
1時53分、東京都庁と東京駅に掲げられていた斯衛軍の軍旗が下され、そこには第1空挺旅団の旅団旗が掲げられていた。
-日本帝国領 東京 千代田区 霞ヶ関周辺-
1時の放送を聞いて状況が一変したのは霞ヶ関の警視庁前でも同じであった。
警視庁の建物からスピーカーの大音量で放送が流されたことにより、前線で戦う将兵らにも自分達が賊軍であることが叩き込まれ、全体の士気が一気に下がった。
この気を逃さず正面に展開する機動中隊は反撃を開始し、遠方投射能力の全てを敵の正面にぶつけた。
放水や拳銃の集中射撃で前衛が崩れ、立て直しが不可能になったところに中隊長の号令で一斉に機動隊員が突撃を敢行する。
狼狽える斯衛兵らを大盾と警棒で殴打し、戦意を喪失したところで地面を引き摺りながら後方に連行した。
戦いとは時に勢いが重要なのだ、少なくとも今勢いの利がどちらにあるかは明白であった。
「検挙ー!!検挙だ!!」
銃床での一撃を盾で防ぎ、脇腹目掛けて警棒を思いっきり叩きつける。
この一撃で肋骨が折れた兵士は痛みで立てなくなり、そのまま地面に倒れ込んだ。
そこを再び数度殴られ、完全にダウンしたところを2名の機動隊員によって連行され後方に連れ去られた。
「ちくしょう!!もうダメだ!!」
「逃げろ!!」
突撃の恐怖で完全に心が折れた兵士達が我先にと逃げ出し始めた。
二四式小銃やヘルメットを捨ててとにかく何処かへ走った、誰も彼もがどこへ行けばいいのかも分からずにとにかく走った。
大多数の兵士は斯衛軍が確保する国会議事堂に逃げ込んだが、そうでない者も当然多かった。
一番悲惨だったのは麹町方面に逃げ込んだ敗残兵だ、彼らは即座に市ヶ谷から千代田区に突入する日本陸軍第1、第31、第32歩兵連隊と衝突して拘束された。
武装を持たない彼らを制圧するのは赤子の手を捻るより楽な作業だ、少なくとも良心を痛めずに済む。
こうしてまず国会前の部隊は潰走し、やがて霞ヶ関一丁目や霞門、祝田橋で戦う斯衛軍らも同じように機動隊の反撃をモロに受けて後退を開始した。
もはや指揮本部も正式な命令を出す事が出来ず、一度失った規律を取り戻すことは不可能であった。
なんなら指揮本部の要員も何人かその数十分のうちに行方不明になった者もいる。
包囲にしくじった斯衛軍は全方面で壊滅しつつあった。
「部長!!国会前の斯衛軍が粗方片付きました!!今なら突入出来ます!」
「そうか!では直ちに予備戦力と例の部隊を基幹に議事堂への突入部隊を編成、直ちに議事堂を取り戻すぞ!」
安藤忠夫警視庁警備部長は先ほどまでとは一変して勝利の笑みを浮かべ、この気を逃さず一気に国会議事堂を奪還するよう指示を出した。
警備部長の指揮の下、警視庁に残っていた第五、第八機動隊の双方1個小隊に加えて事前に警視庁に置いておいた第六機動隊特科中隊を合わせた突入隊を編成した。
全員が拳銃の携帯を許可され、特科中隊は全員がMP5A5を装備していた。
集められた各隊は一旦桜田門前に整列し、全体の総合指揮を取る特科中隊長の訓示を聞いた。
隊員達は皆、ベルトの左に近接戦を想定して警棒を装備しておりその姿はまるで真の侍のようであった。
「いよいよ賊軍共から民主主義の根幹を取り戻す日がやってきた!我々の攻撃目標は国会議事堂及び議員会館、室内にはまだ大勢の議事堂職員並びに国会議員が拘束されている可能性が高い。人質を必ず生きて奪還し、賊軍共に真の刃を叩きつけよ!」
隊員達の手が震えた、生死のかかった緊張とこのような大役を任せられることへの警察官としての喜び、それらが混じって皆の決意が震えた。
「俺の命をお前達に任せるから、お前達の命も俺に預けてくれ!死すべき時は今だ!!みんな行くぞ!!」
大声で返答が返ってきた、隊員達は各小隊長ごとに命令を受けて反転し国会議事堂へ向かう。
警視庁に残っていた全ての警察官僚らが敬礼と共に死地へ赴く警視の志士達を敬礼で見送った。
この時ある警察官僚が部下に対して漏らした言葉が記憶されている。
「偽りの侍を正す為に護国の刃を抜き、憲政秩序を維持せんとする真の侍達……いわば警視抜刀隊か」
凡そ100年遅れでこの日本帝国に抜刀隊が誕生した瞬間であった。
抜刀隊の攻撃に合わせて特車部隊がまず国会議事堂前のバリケードに突撃を敢行した。
最大速度の突進で展開されているバリケード群を破り、可能な限り道を切り開いた。
無論迎撃される可能性もかなり高い、84mmどころか57mm無反動砲を喰らえばそれだけで致命打だ。
されど彼らは国会議事堂解放の為ほぼ特攻覚悟で突っ込んだ。
お陰で抜刀隊の道が切り開けた。
車両の後ろから一気に大盾とMP5A5を装備した警察官らが姿を現す。
「なんだ貴様らは!」
「警視抜刀隊だ!突入!!」
特科中隊長の指揮の下、国会突入部隊が交戦を開始した。
まず正面の部隊を2個機動小隊で抑え込み、その間に別口から特科中隊の小隊を突入させる。
本来ならある程度の陣地構築が済んでいた為もう少し抵抗出来たはずの斯衛軍であったが議事堂前警備の兵士達は既に壊乱して逃げ惑う味方の姿を見てしまっている。
事前の放送を聞いて完全にやる気を失っていた彼らにとってこの命を顧みない抜刀隊の強襲はかなり堪えた。
瞬く間に正面の守備隊が一蹴され、その間に侵入していた特科中隊が議事堂内に突入する。
議事堂内での室内戦に置いては圧倒的に特科中隊の方が有利だ、取り回しのいいMP5A5の射撃を受けて次々と守備隊が制圧されていく。
前進する特科中隊は時に拘束された議事堂職員らを救出し、後続の機動小隊に後送を任せて前進した。
彼らの任務は斯衛軍から国会議事堂を取り戻すことだ、その為にひたすら前進した。
逃げる場所を失った斯衛兵らは哀れにも必死に抵抗したが、死に物狂いで戦っても技量の差は埋められなかった。
しかもこの頃になると議員会館に市ヶ谷から展開した日本陸軍が突入し、戦闘を開始していた。
全門の日本警察、後門の日本軍、斯衛軍将兵に最早逃げ道はなかった。
国会議事堂の守備を第二師団長より仰せつかっていた田原森尚少将は残存兵員に貴族院本会場の死守を厳命し、何人かの部下と共に本会場の中へ入った。
その場にいるのは参謀や部隊長、皆佐官以上の者だ。
「最早これまでとは……!」
「残念でございます…!」
「第二師団長閣下には先に腹を切ってお詫び致そう、なに、国会議事堂を枕に腹を切れるんだ。こんなに面白おかしいことはないぞ」
悔し紛れに田原少将は苦笑を浮かべ、短刀を取り出して自身の腹に刃を当てた。
刃を思いっきり自信に押し当て、自刃を果たした。
直後部下の少佐に介錯され、そのまま他の将校らも切腹した。
守備隊を打ち破り、貴族院本会議場に特科中隊が突入する頃にはもう遅かった。
1984年4月6日、恐らく日本帝国の憲政史上初めて貴族院の本会議場で切腹を果たした者が現れた。
同日1時56分、占領されていた国会議事堂は日本警察によって奪還された。
-日本帝国領 東京 千代田区 内閣府及び首相官邸周辺-
同じ頃、日本陸軍の3個歩兵連隊が市ヶ谷から一気に永田町の方面へ進軍し、いよいよ斯衛軍が抑えているほぼ最後の重要拠点の奪還に乗り出した。
上空では半ば制空権を確保した”出雲”の海軍航空隊、横田のF-15J、下総のF-4EJ改、木更津のF-1らが飛び回っている。
しかも最悪なことにNHK、東京タワーらを奪還した海軍特別陸戦隊と富士歩兵教導連隊が内閣府や官庁街に向けて進軍しつつあった。
どこの連隊と連絡を取っても殆どが音信不通か下士官兵の離反が激しく、戦闘不可能との報告が為された。
斯衛軍の中核を成す第二師団は瞬く間に壊滅した、それも戦闘で直接ではなく皇帝からのたった一言で。
今や師団長の新田中将の手元に残る戦力は本当に信用出来る守備隊と自身の家から連れてきた半ば私兵の部隊であった。
これらを全て合わせても全部含んで2個中隊に届くか届かないかの兵力だ。
対する日本陸軍の戦力は市ヶ谷のものだけ数えても3個連隊、東京駅の方面からは第1空挺旅団が上がってきているし、新宿や港区からは富導連と陸戦隊が迫っている。
単純な数の上でも勝てない、練度でも勝ち切れるか怪しい。
新田中将にとって状況は絶望的な籠城戦であった。
既に首相官邸の周りでは日本軍と斯衛軍の銃撃戦が始まっていた。
他の斯衛軍部隊と比べて首相官邸の守備隊はかなり頑強に抵抗しているが無茶をせず、物量と火力で圧倒すればいいだけの話だ。
幾つかの機関銃班で銃撃を叩き込みながら、二四式小銃のアタッチメント式擲弾筒で投擲を行う。
更には三三式APCのブローニングで高火力を叩き込み、防御陣地を粉砕した。
これでも生き残った斯衛兵が抵抗を続ける為、火力支援班が攻撃を加えつつ、小銃班が接近して確実に敵兵を始末した。
少しづつ首相官邸に日本軍が取り付きつつあった。
「閣下!官邸正面でも日本軍との戦闘が勃発!議員会館から出現したものと思われます!」
「チッ!議員会館は占領されたか!」
「議事堂守備隊との通信が途絶、状況確認出来ません!」
国会議事堂の通信網は議事堂が堕ちる前に既に途絶していた。
この段階では東京駅も東京都庁も陥落一歩手前まで追い込まれており、各所で指揮系統から外れた斯衛兵が溢れていた。
一部の部隊長はなんとか秩序と兵力を取り戻そうと奔走しているが一度原隊から離れた兵士は以前と同じようには戦えない。
少なくともこの状況下では絶対に元に戻ることはないだろう。
一度部隊を離れた兵士は最早戦死したのと同然なのだ。
総理官邸前での戦闘は苛烈なものとなったが、物量と士気に勝る日本陸軍が少しづつ圧倒し始めていた。
しかも時折上空を飛行する戦術機部隊が単発の突撃砲で地上掃射を行い、斯衛軍側の陣地を混乱に陥れた。
「閣下、最早内閣府、首相官邸の守備は持ちません。少なくとも霞ヶ関にはまだ兵力が残っています、守備隊と霞ヶ関展開の兵力で師団司令部まで戻り、立て直しましょう」
ある参謀の斯衛軍大佐がそう進言したが、新田中将は断った。
「もう難しいだろう、上空を空軍や海軍に抑えられている以上離脱は即座に発見される。それに港区から上がってくる陸戦隊と衝突したら一気に崩壊するぞ。よしんば戻れたとしてもあの位置では海軍の艦砲射撃で戦う前に全滅だ」
「しかしこのままでは…!」
「一度進むと決めた以上進み続けるしかないのだ、どの道京都は確保出来ている。まだ武家の命脈は保たれる」
直後指揮所が大きく揺れた。
連隊の迫撃砲中隊が陣地が置かれている首相官邸の庭や永田町と通り道に120mm重迫撃砲を撃ち込んできたのだ。
これは首相が直接許可を出したものだった、重迫でも空対地ミサイルでも撃ち込んで斯衛軍を確実に叩けと。
元々今の首相は海軍の主計少佐である、多少官邸が吹っ飛ばされても仕方ないことだと割り切れる胆力があった。
斯衛軍側も配備されている迫撃砲で応戦したが発射とほぼ同時期に上空のF-16NJやF-1が陣地を強襲し、迫撃砲を破壊した。
やはり航空優勢が取られていると中々に戦闘は厳しいものになってくる。
「日本軍の重迫です、爆撃も降ってきてます」
支援攻撃で余裕が出たタイミングで地上の歩兵小隊も突撃を敢行し、正面部隊の陣地を制圧した。
後退しながら交戦を続けるがどの道一度陣地を破られると勢いに勝る日本陸軍を食い止められずにそのまま押し切られて行った。
辛うじて総理官邸前で抑えていた日本陸軍も僅かな時間のうちに首相官邸の庭先で戦闘が発生していた。
内閣府を防衛する部隊も数と火力に勝る日本陸軍に押し切られ、いよいよ建物内での戦闘になった。
死ぬ気で戦う斯衛軍相手に陸軍は無茶をせず、徹底して火力戦を挑んだ。
1時56分、国会議事堂が日本警察によって解放された頃日本陸軍はいよいよ首相官邸への突入に成功した。
真っ先に突入した部隊は練馬の第1歩兵連隊、こうして首相官邸に第1歩兵連隊の将兵が武装して突入するのは1936年の二・二六事件以来であった。
しかし今回は立場が逆である、血気に逸る賊軍を討伐する為に第1歩兵連隊が官軍として奪われた首相官邸に乗り込んだのだ。
暫くの銃撃戦の後、外周の敵兵を撃ち倒すと塞がれたドアを二四式小銃の銃床でこじ開け、内部へ突入した。
「突入!第3小隊は首相のご家族救出に迎え!残りは首謀者の新田中将をひっ捕えろ!」
「了解!」
突入した歩兵部隊が一気に内部の守備兵を撃ち倒し、囚われた職員らの救出と首謀者の逮捕、殺害に向かった。
最早これまでと悟った新田中将は首相官邸の庭に退避し、辞世の句を詠んだ後、腹を切って自決した。
最期の言葉は「九條殿、相済まぬ」であった。
こうして1936年ぶりに首相官邸の庭で人が死んだ、また1つ官邸に血塗られた歴史が増えてしまった。
これ以来首相官邸では幽霊の目撃事件で2つの例が浮かび上がった。
1つは1930年代の陸軍の軍服を着た幽霊を見たという証言、もう1つは斯衛軍の軍服を着た幽霊を見たという証言だ。
武家の執念が怨念となって首相官邸の残ったのか、それともただ首相や職員が仕事のし過ぎで幻覚を見ているだけなのか定かではない。
どの道日本帝国の歴史に新たな血塗られた内戦の歴史が加わったことは確かだ。
江戸の侍が見た夢は結局春の一夜が魅せた夢幻に過ぎなかったのだ。
2時10分、首相官邸が奪還された。
そして2時15分、内閣府が奪還され突入した第31歩兵連隊の連隊旗が掲げられた。
それから10分後の2時25分、指揮権を譲渡され第二師団長代理となった斯衛軍准将、朽木正広によって斯衛第二師団の全面降伏と戦闘停止が宣言された。
決起開始の9時25分から凡そ5時間、東京における斯衛軍のクーデターは斯衛軍の敗北によって幕を下ろした。
東京は武家にとって大きすぎる街だったのだ。
1984年4月6日、東京の短い一夜が幕を下ろし、陽が上ろうとしていた。
最後まで抵抗を続けた日本軍と日本警察を称える日本の象徴たる朝日が。
かの国はまだ日出る国であった。
夜が開けた、ゆっくりと陽が上り東京のビル群にその朝焼けを映し出す。
日本軍将兵、展開した警察官達は朝日の暖かさを感じながら戦闘跡の片付けや整備を行っていた。
墜落した”瑞鶴”の引き上げや不発弾などの確認、砲撃によって空いた穴の修復や斯衛軍が無造作に捨てた火器の回収。
本来なら都内を管轄する東部方面軍には第1工兵団がいる為、彼らの出番ではあるのだが今北海道の復興支援に向かっている為東京にはいなかった。
捕縛した斯衛軍の将兵も各所に集められ、周辺には警備の警察官や日本兵が立っている。
一夜が明けた為人々は徐々に出勤の準備を始め、会社員達が出勤を開始しようとしていた。
当然一部高速道路と東京駅は完全に封鎖されており、各所で渋滞が発生し、休みを選ぶ会社もそれなりにあった。
しかし大半の会社はクーデターが起きた後も出勤日のままであったし、所属する会社員の人々もさも当たり前かのように鞄を持ってスーツ姿のまま出勤した。
たった一晩斯衛軍が決起した程度で日本社会は止まったりしないのだ、恐らくクーデターが成功してたとしても人々は出勤する為に家を出て、各所を封鎖する斯衛軍と揉めただろう。
都内を警備する日本軍、日本警察は可能な限り渋滞を起こさないように気をつけ、可能な限り鉄道も素早く復旧させた。
少なくとも霞ヶ関の官庁街が奪還された時点で官僚達は速やかに仕事に戻り、即座に復旧の為の計画書を作成し出した。
一刻も早く計画を立てなければと官僚達は我が身が危険であったことも忘れて仕事を始めた。
それに合わせて霞ヶ関の店も即座に開店し、クーデターがあったとは思えないほど日常が復活していた。
精々非日常といえば街に溢れる日本軍の将兵とやたらに多い警察官程度だろう、それ以外は本当に日常が続いていた。
ただし日本帝国全土で鑑みれば非日常は続いている。
京都含めた近畿地方は完全に斯衛軍が抑えているし、一部の斯衛軍守護軍は決起し、各所で日本軍や警察と戦闘を行っている。
失敗したのは東京のクーデターであってクーデター自体はまだ続いているのだ。
現政権はクーデター勢力の鎮圧を決断し、朝霞駐屯地の陸上総軍司令部を基に鎮圧軍司令部を設置し、斯衛軍の討伐を進めた。
また在日米軍もクーデター鎮圧に協力する旨を日本政府に通達し、”エンタープライズ”空母打撃群が参戦した。
これはソ連軍も同じで日本海に展開する”ウリヤノフスク”と極東軍管区の一部部隊も動き出し始めた。
これらの指揮統括を行う為に朝霞駐屯地には陸上総軍司令官の小林大将だけでなく、統参会議議長の斎藤大将も鎮圧軍司令官として駐屯した。
現在の市ヶ谷は損傷が激しく、司令部として適しているのは朝霞駐屯地であるということになったのだ。
司令部には統合参謀会議と三軍参謀機関の幕僚達が集まり、各総軍司令部の出向要員と共に鎮圧軍司令部を編成した。
斎藤大将は一旦市ヶ谷に戻って状態を確認した後、奪還された内閣府に向かい、首相から直接鎮圧軍司令官の任を与えられた。
統合参謀会議の通常業務は井ノ山中将に任せ、再び朝霞に戻った。
それから僅か1時間の仮眠を取り、斎藤大将は仕事に戻った。
「現在、クーデターに賛同し決起を起こしているのは中部守護軍、四国守護軍、中国守護軍、九州守護軍の一部部隊です。現状九州守護軍に関しては内乱状態にあり、どちらが勝つかいまだに分かりません」
平野少佐が報告を行い、斎藤大将はコーヒーとサンドウィッチを摂りながら鎮圧の方策を考え始めた。
「我々の命令を聞く革新派を支援するよう西部方面軍には通達しろ。四国守護軍は第2混成団で抑え込めるはずだ。中部方面軍には京都への攻勢を準備するよう伝えろ。呉の陸戦隊を用意して大阪から突っ込ませる」
「了解」
地図を見ると少なくとも東北から北は安定している、一方長野、新潟から西はそうではない。
特に新潟では新発田駐屯地の第30歩兵連隊と高田駐屯地の第2歩兵連隊が新潟市を占領した中部守護軍の動員連隊と戦術機部隊と交戦している。
長野も完全に政府側ではあるが名古屋の司令部から展開した動員連隊と松本駐屯地の第13歩兵連隊が交戦中だ。
まずはこの両方の反乱を鎮圧し、一挙に京都を目指す。
「新潟方面は”天城”とソ連軍に任せよう。名古屋は第1空挺旅団と”出雲”、”エンタープライズ”の航空戦力で抑え込む。中部守護軍を撃滅すれば京都への道はもうすぐだ」
「新潟、長野の鎮圧が終わったら第12師団を用いて第10師団らと共に京都へ」
小林大将の発言に斎藤大将は頷いた。
これ以上クーデターを長引かせる訳にはいかない、早急に終わらせなければ。
彼らの天下は所詮三日天下であったと叩き込むことが重要なのだ、これ以上賊軍を勢いづかせてはいけない。
総大将の首を取るまで、このクーデターは終わったわけではないのだ。
「叩き潰そう、斯衛軍を。我々が何百年続く武士の世に決着をつけるのだ」
つづく