マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
-”敦盛(幸若舞)”より抜粋-


帝都燃ゆ 斯衛の変①・裏

-日本帝国領 京都 武家屋敷周辺-

クーデターをする側にとって京都という都市は利点と難点の2つがある。

 

1つは京都市内に日本軍の駐屯地が少ないこと、京都市内には陸軍管轄の桂駐屯地一箇所だけしかない。

 

しかも桂駐屯地の駐屯部隊は基本的に後方支援が主であり、歩兵連隊などの戦闘部隊は皆無に等しい。

 

京都市内に最も近い宇治駐屯地も同様に通信大隊や化学教育隊などが駐屯しており、直接的な歩兵部隊は大久保駐屯地の第45歩兵連隊のみである。

 

第二に、京都市内の封鎖は各所のトンネルと河川の橋を抑えれば速やかに済むことだ。

 

例えば福知山に駐屯する第7歩兵連隊、戦後陸軍のレンジャー発祥の地とされるこの連隊だが、亀岡市のトンネルを事前に塞いでおけば即座の移動は難しい。

 

同じく大津駐屯地の部隊も山上トンネルを塞げば数日の時は稼げるし、宇治川と桂川を確保しておけば第45歩兵連隊であろうと大阪の部隊であろうと食い止められる。

 

こうした地点を確保すれば少なくともその日1日は確実に京都市内に軍を突入させられなくなる、1日あればクーデターは絶対に成功するというのが旧守派の目論見であった。

 

ただし京都にもデメリットはある、一番は建物の感覚の狭さだ。

 

京都とは歴史の街、古都といっても差し支えない伝統の都である。

 

碁盤の目上に道と建物が置かれ、隙間は殆どない、つまり航空機などを用いた空中機動部隊の運用が東京よりも遥かに難しいのだ。

 

少なくともヘリコプターの展開可能地域は場内省庁舎のある京都御所か各地の小学校のグラウンド、衛士訓練学校程度しかない。

 

道幅も狭い為戦術機を地上に投入するのも難しい、周囲の建物に阻まれて機動力という最大の利点を失うだけだ。

 

こうした理由の為即応展開出来るヘリコプターの空中機動部隊は京都御所の確保と将軍邸の急襲、宇治川を跨ぐ橋の確保に集中して投入される計画となっていた。

 

全域を一気にヘリコプターと戦術機で強襲して兵員を展開するのは難しいのだ。

 

ただ京都は今や完全に武家の庭である、東京ほどの熾烈な抵抗は見られないだろうと旧守派は予測していた。

 

そして時は来る4月5日の夜、京都でも斯衛軍のクーデターが始まった。

 

この日、斯衛軍総監部人事局長、上鶴君伊少将は総監部より自身の邸宅に帰宅し、部下の長井義重少佐と共に晩酌を行なっていた。

 

上鶴家の武家屋敷は他の屋敷と同じように四方を白塗りの壁で囲まれ、表と裏の2つの門が出入り口となっている。

 

念の為と下級武家の者から雇ったお雇い警護番が何人か常駐しており、夜間は交代で屋敷の警備を行なった。

 

そこへ反乱の魔の手がやってくる。

 

上鶴少将は元より革新派に属する信真のお気に入りであり、彼が人事局長に昇進したのも信真の口添えによるところが大きかった。

 

旧守派からすれば上鶴少将は同じ武家の人間であっても新たな時代にいて欲しくない人間であり、この気に乗じて消してしまおうと画策していた。

 

ある武家屋敷の中から7人ほどの黒い作業服を着た覆面の男達が現れた。

 

彼らは全員拳銃と軍刀と脇差を所持しており、何名かは軍刀を抜いて構え、警戒態勢に移行していた。

 

一応彼らも斯衛軍所属の軍人である、日中はちゃんとした階級と役職を持ち、他の将兵らと同じように働いていた。

 

しかしその実態は旧守派が裏で育成していた斯衛軍の暗殺部隊であり、指定された要人の暗殺を目的とした集団であった。

 

ちなみに同じ部隊は第二師団にもあった、同じ時間帯に反武家の急先鋒である烏丸光麿貴族院議員を襲撃したのだが、結果はいうまでもない。

 

一方上鶴少将襲撃部隊は比較的順調に行動していた。

 

ワイヤーを使って壁をよじ登り、屋敷内に侵入して巡回中の2名の警護番を秘密裏に殺害した。

 

部隊長の命令で一行は上鶴少将がいるであろう自室、書斎室、そして食事を摂る為の和室に分かれて襲撃を開始した。

 

部隊長を含めた和室襲撃班は目的地に辿り着くと早速障子をこじ開けて中に入った。

 

和室では上鶴少将と長井少佐が盃を手に取って襲撃者の3人を唖然とした表情で見つめていた。

 

即座にその手に持っている軍刀を見て少将は全てを察した。

 

「上鶴君伊、お覚悟を」

 

部隊長が斬りかかり、寸前のところで長井少佐が軍刀を引き抜いて部隊長の攻撃をなんとか防いだ。

 

即座に上鶴少将は自身の軍刀を抜刀し残り2人の攻撃を斬り合って防いだ。

 

一方部隊長は刀を押し込んで距離を詰め、ギリギリまで接近したところで脇差で長井少佐の腹部に斬撃を入れた。

 

力が入らなくなったところで彼の首に刃を当て、確実にトドメを刺す。

 

「ターゲットを発見、直ちに合流せよ」

 

通信機で仲間と連絡を取り、部隊長は上鶴少将との戦闘に合流した。

 

「警護番!!であえ!!賊じゃ!!」

 

偶々近くにいた警護番2名が戦闘に合流しようとするが部隊長によって斬殺された。

 

時間稼ぎにもならず2対1で不利だったところに部隊長まで加わり、完全に勝負は決した。

 

3人の斬撃を捌き切れずに三箇所の致命傷を追い、上鶴少将は斃れた。

 

「猊下っ…!」

 

首を刎ねられ、人事局長の命は尽きた。

 

他の4名も即座に合流し、部隊長は屋敷からの撤退を促した。

 

帰りも同じように塀をよじ登って屋敷の外に出て、夜の暗闇に紛れた。

 

こうした暗殺事件はこの夜、何件も発生した。

 

ターゲットとされた革新派の人間とその警護番の何も関係のない下級武家の人間が数多く殺された。

 

だがこうした悲劇はクーデターの前座でしかない、本当の惨劇はここから始まるのだ。

 

無論それを感知している者達もいる、この世には法を犯してでも情報を探る集団が東西問わず存在しているのだ。

 

そのうちの1つが京都市内に位置する事務所であった。

 

表向きは日ソの文学文化交流を推進する事業団体の事務所という扱いになっていたが、内実は違う。

 

ソ連国家保安委員会が日本帝国に有する駐在所の1つ、元々は大阪にあったのだが武家の監視を強める為に京都へ移住した。

 

幸いにも日ソでの文学交流は盛んであり、特にソ連側では日本帝国の現代作家の作品を幾つか集めた小説集が飛ぶように売れる状態である。*1

 

この流行を利用してKGBは京都に新たな諜報任務を行う為の駐在所を設置した。

 

オフィス内には通信傍受を行う為の機材が運び込まれており、中で働いている職員も秘書から運転手まで全員KGBがリクルートした職員であった。

 

事務所では残業という形で何人か人が残っており、京都中の通信を傍受していた。

 

それ故に京都駐在所では事前に兆候を掴むことが出来た。

 

通信を傍受していると武家屋敷から、しかも上鶴家の屋敷から日本警察に対して緊急通報が入った。

 

泥棒でも入ったのかと職員が注力して傍受を開始すると上鶴家に使える女中と思わしき女性が焦ったような声で警察に通報を行なっていた。

 

『大変なんです!!旦那様が!!お連れの方と殺されて!!』

 

『落ち着いてください、強盗ですか?それとも殺人ですか?』

 

『分かりません!!とにかく旦那様とお連れの方が殺されてるんです!!』

 

本当に起きたことが理解出来ていない様子で女中は警察に内容を話していた。

 

一方通報を受け取った警察官は冷静に質問を行なっている。

 

『殺されたのは面識のある方ですか?分かるならお名前を教えてください』

 

『上鶴…上鶴君伊です!私共の雇い主でして斯衛軍の少将でいらっしゃいます!お連れの方は長井様と話されていました、下の名前までは……』

 

『分かりました、そちらに警官隊を向かわせています。もしかしたら犯人はまだ現場の近くにいるかも知れませんので、警察が来るまで絶対に屋敷を開けないようにしてください』

 

『分かりました…!』

 

ある程度情報を聞いた職員は録音を終了し、カセットを取り出して交換した。

 

後ろで同じ通信を聞いていた駐在所のトップであるオラノフ少佐にカセットを手渡した。

 

彼はKGB第1総局の人間であり、武家の監視とハーゼ中佐追撃の為に京都駐在所のトップに就任した。

 

「上鶴邸で殺人です、恐らく動き出してます」

 

「ああ、人事局長が殺害……旧守派だな、大使館に繋げ!エージェントを動かして情報収集を行うぞ」

 

「はい」

 

駐在所は夜間にも関わらず慌ただしく動き出した。

 

京都駐在所は秘密回線で大使館に繋ぎ、状況を伝えようとした。

 

しかし通信中に急激に雑音が混じり、最終的には相手の音声が殆ど聞こえない状態にまで通信環境が劣化した。

 

「向こうは通信妨害を受けてますね」

 

「それはこっちもそうだろうな」

 

事務所の窓を開けてオラノフ少佐は外の様子を見ていた、既に何機かの”瑞鶴”が上空を飛行しており、恐らくその中には電子戦機仕様の”瑞鶴”もいた。

 

しかもその後に斯衛軍のKV-107が何機か襲来し、京都の中心地へと向かっていた。

 

これは単なる暗殺騒ぎではなく本格的な軍事クーデターのようだ、京都でこの規模なのだから恐らく東京でも相当数の斯衛軍部隊が動いているだろう。

 

4月5日9時55分、京都でも斯衛軍によるクーデターが始まった。

 

 

 

 

 

嵐山基地から出撃した斯衛軍の空中機動部隊は重要拠点の周辺と宇治川、桂川の橋を確保する為に各所へ展開した。

 

ちなみにこの嵐山基地は元々斯衛軍が前の大戦で本土決戦の為に建設していた帝都防衛用の要塞であった。

 

それを戦後再建された斯衛軍が再び基地として運用し、現在に至るというわけだ。

 

嵐山基地は野戦砲台、対空陣地を備え、戦術機など航空戦力も運用可能な巨大基地であった。*2

 

発進した”瑞鶴”は即座に京都上空の市街地を確保し、何機かは宇治川や桂川の土手に着陸した。

 

安全であることを確認した後、斯衛軍のKV-107は河川側の公園に着陸し、内部の歩兵部隊が展開を始めた。

 

小銃を構えつつ事前に装備していた簡易バリケードを下ろして運搬し、交通を止めて設置を開始した。

 

無論10時前後であろうと移動する者はいる為突然交通を封鎖されると困る人も何人かいた。

 

乗用車に乗って自宅に帰ろうとする人も突然目の前で斯衛兵に移動を止められて、状況を尋ねた。

 

「すいません、何事ですか」

 

「申し訳ありませんが軍の命令により各橋を今より全面封鎖します」

 

「それは困ります、家に帰らないと、通してください」

 

「命令ですから」

 

「困ります!お願いします!ほらこれ、怪しいもんやないでしょう?」

 

怪訝な表情で斯衛兵は名刺と免許証を差し出した。

 

斯衛兵は迷惑そうに受け取り、周りの下士官兵と相談して特別にこの男だけ通すことにした。

 

「あんただけですよ?今一気に抜けたら問題なく橋は通れますから、誰にも何も言わないでくださいね?」

 

「ありがとうございます!」

 

運転免許証を返してもらうと、男はアクセルのペダルを踏んで橋を渡って京都市内に戻った。

 

実はこうして封鎖中に足止めを喰らった車をこっそり通しているケースがそれなりにあった。

 

斯衛兵らも突然の命令に分からないことが多く、こうしたケースは多々見受けられた。

 

同じ頃、事前に待機していた斯衛軍の長距離偵察部隊が滋賀県と京都府を繋ぐトンネルを制圧した。

 

こちらを塞いでおけば大津駐屯地より以東の軍の投入が難しくなる。

 

嵐山基地から同じくトンネルの制圧部隊が展開し、出入り口の双方に部隊が展開して完全にトンネルを防いだ。

 

こうして初動の京都市の孤立化は完全に成功したのだ。

 

続いて一部のヘリコプター隊が各所の攻撃目標に展開した。

 

KV-107が梅小路貨物駅周辺の学校の校庭など開けた場所にゆっくり着陸し、中から歩兵部隊が展開した。

 

二四式小銃に二八式鉄帽を被り、戦闘ベストを着た斯衛軍の将兵が梅小路貨物駅目掛けて移動し始めた。

 

ヘリコプターの襲来を目撃して何があったか確認する為に何人かの鉄道職員と鉄道公安官らが姿を現していた。

 

「演習でありますか!?」

 

「拘束しろ!」

 

「えっ!?」

 

即座に中隊長の命令で出てきた職員や公安官らは全員捕縛させられ、一箇所に纏められた。

 

そのまま駅内に突入し貨物駅を丸ごと占拠した、斯衛軍の補給地点として最も適しているのがここだ。

 

無論制圧はするが間違っても京都駅に補給地点を置くことはしなかった、あそこは補給を行うにしてはあらゆる場所が狭すぎる。

 

あくまで交通の要所を確保する為に斯衛軍の歩兵部隊が京都駅を占拠し、鉄道の運行を全て強制的にストップさせた。

 

そのまま本隊の分遣隊が観測地点として京都タワーを占拠した。

 

鉄道網の確保に合わせてほぼ同時期に通信網と放送施設の占拠も開始された。

 

NHK京都放送局はまだ多くの職員が働いていたのだが、そんなことお構いなしに武装した斯衛軍が銃剣を装備して突っ込んでくる。

 

ドアを蹴破り、銃口を向けて職員を脅し、放送局のシステムを完全に占拠した。

 

一時的に京都府内の放送がプツリと止まり、しばらくお待ちくださいの文言だけが流れ続けた。

 

上空の斯衛軍と一斉に止まった放送関係、京都に住まう市井の人々だってこれは異常だと思うだろう。

 

通信網と放送網を抑えて外部の情報を遮断し、戒厳令の布告を行わなければこのクーデターは成功したとは言えない。

 

否が応でも京都府の国民を戒厳令下に押し込めるのが重要なのだ。

 

京都の出入り口、鉄道網、通信、放送網を確保したのとほぼ同時に行われたのは不確定要素の排除だった。

 

京都市内に展開する日本軍、日本警察の拠点を軒並み包囲して無力化する。

 

こちらは嵐山基地から出撃した陸上部隊が担当した。

 

三三式小型及び中型トラックに乗り込んだ斯衛軍将兵が周辺に展開し、機関銃部隊と小銃部隊を配置して駐屯地や警察署を取り囲んだ。

 

事前に情報を受け取っていた桂駐屯地は駐屯する各隊に武装を配給し、駐屯地内に防御陣地を築いていた。

 

各所に機関銃陣地が設置され、歩兵練度では勝るとしても制圧には時間が掛かる厄介な拠点となった。

 

ただし兵力としては機動力を失っている為、いざとなれば火力戦で打ち勝てる。

 

これは他の警察署も同じだ、多くの警察署は警視庁より警戒を促され包囲に対抗していた。

 

ただし動けば必ず斯衛軍に食い止められ、最悪重迫撃砲を喰らって全滅する恐れがある為下手に手を出すことは出来なかった。

 

駐屯地や警察署前では双方ただならぬ緊張感が漂っていた。

 

上空の戦術機部隊は編隊を組みながらパトロール飛行を行っていた。

 

まるでタイミングでも見計らったかのように丁度舞鶴から空母”天城”が出港してパトロールに出ており、当分の間舞鶴から戦術機が飛んでくる可能性はない。

 

警戒すべきは八尾駐屯地の中部方面軍航空隊だ、こちらにはヘリコプターに加えて一部戦術機部隊がある。

 

ただし数の上では2個戦術機連隊を有する斯衛軍の方が有利、それほど心配はなかった。

 

初動展開した空中機動部隊がある程度目標地点を確保している頃には京都守護に就く斯衛第一師団の主力が京都市内に突入した。

 

師団長成瀬道永中将は指揮車両に乗車して京都御所を目指した、制圧した城内省京都御所を戒厳令の本部に据えようと考えたのだ。

 

各所で斯衛軍は東京の時と同様、時として東京以上に上手く動いていた。

 

ある程度京都市内の重要施設を占拠すると第一師団の主力はいよいよ本命に入った。

 

政威大将軍邸の襲撃と城内省京都御所、斯衛軍総監部の制圧である。

 

彼らはいよいよ自らの主人と対決しようとしていた。

 

 

 

 

 

城内省京都御所は想像に反してあっさり陥落した、武家の組織故旧守派が入り込みやすかったのだ。

 

まず空中機動部隊が城内省に設置されているメインヘリポートゾーンとサブヘリポートゾーンに着陸し、内部に部隊を展開した。

 

これに合わせてクーデター参加者の城内省職員が行動を開始した。

 

まず施設内のコントロールルームを強襲して先んじて占領し、展開する斯衛軍の支援を行った。

 

またアナログ稼働の表門と裏門は直接内通者の職員が開門し、陸上部隊の斯衛軍を内部に入れた、城内省は斯衛軍を入れる以前の問題であった。

 

内部に突入した斯衛軍部隊は内通者達から攻撃対象の場所を教えられ、効率よく行動出来た。

 

「目標は城内大臣崇宰吉次!元枢参与斑鳩露隆!必ずひっ捕えろ!抵抗したら応戦して構わん!」

 

指揮を取る中佐が命令を出し、各班、分隊毎に建物の占拠を行った。

 

この時ターゲットとされた城内大臣、崇宰吉次と元枢参与斑鳩露隆はまだ城内省におり、まだ脱出の手立てを探っていた。

 

彼らと彼らの供廻り数人は城内省に保管してある日本刀を手にし、脱出経路を探っていた。

 

無論御所内は斯衛軍のクーデター部隊でいっぱいなのだから脱出する道などない、あるのは強行突破か将又玉砕である。

 

案の定、索敵中の斯衛軍部隊と吉次らが衝突し、一行は一旦足を止めた。

 

「城内大臣だ!捕えろ!」

 

「強行突破だ!行くぞ!」

 

双方で戦の喚声が聞こえ、吉次らと斯衛兵らの近接戦が始まった。

 

武家にとって命は刀、そして刀を適切に扱う為の剣術である。

 

二四式小銃を持って戦っている斯衛兵ら下級武家も多少ではあるが剣術を教えられるし、剣技を身につけていない武家など武家ではないと言えるほどだった。

 

特に五摂家は武家の手本たるよう幼少から手厳しく教育される為、剣術に関しても才能の優劣問わずそれなりの腕前となっていた。

 

吉次も近接戦で銃剣を突きつけてきた斯衛兵の突撃を去なし、反撃として相手の首を落とした。

 

また接近してくるもう1人も銃剣先を受け止め、胴に一撃を入れ、味方と斬り合っている別の兵を掴み、斬撃を叩き込んだ。

 

先ほどまでは乱戦状況に陥っていたが2、3分の戦いの後、斯衛軍側が全滅した。

 

城内省の壁は血で染まり、辺りには斬殺された斯衛兵の死体と戦いで散った吉次の供回りの死体が折り重なっていた。

 

吉次の供回りは5人いたが今や3人にまで減っていた。

 

銃剣刺突を喰らい、うち2人は殺害されたのだ。

 

生き残った3人もほぼ初めての実戦に息を上げ、呼吸を荒くしていた。

 

「行くぞ!猊下の下に向かわなければっ!」

 

刹那、銃声が響き3人がなす術もなく斃れた。

 

「殿…!お逃げを…!!」

 

そう言って弾痕から出血しながら供回りの男は死んだ、少なくとも10年以上は連れ添った部下だった。

 

吉次も脹脛に一撃を喰らい、膝をついた。

 

されど抵抗を諦めることはなく、敵兵が持っていた二四式小銃を手に取り、発砲してきた先に向けて牽制射撃を放った。

 

銃弾が壁を撃ち抜き、破片と煙が周囲に飛び散った。

 

だが数の上では圧倒的に斯衛軍が有利である、2名の兵が牽制射撃を行っているうちに他の者が即座に前進して吉次を取り囲んだ。

 

銃を突きつけて二四式小銃を取り上げ、上官の到着を待った。

 

彼らの上官はゆっくりと軍靴の足音を鳴らしながら吉次の前に現れた。

 

斯衛軍中佐、襟の赤線を見るに有力武家の出身だろう。

 

「城内大臣崇宰吉次殿を拘束しました!」

 

「手間取ったようだな、先遣の分隊は全滅か」

 

中佐は周囲の様子を見まわし、呆れるように述べた。

 

彼の合図で兵達は一旦距離を取り、その間に中佐は腰の軍刀を抜刀し、吉次の首元に刃を当てた。

 

「吉次殿、貴方の時代は終わったのですよ」

 

「おのれ…!!猊下…!!」

 

「天誅…!」

 

素早く刃が吉次の首を刎ねた、鮮血が城内省の壁に付着し、流血の跡を鮮明に描いている。

 

軍刀に付着した血を色座に拭き取ると中佐は鞘に納め、部下達に命令を出した。

 

「吉次殿の亡骸は即座に燃やせ、後を残すな」

 

「ハッ!」

 

「残りは露隆殿だ、直ちに探し出せ!」

 

彼らのどちらかでも生き残れば面倒なことになる、五摂家である上に革新派、信真の後継者となりかねない。

 

尤も中佐の心配は杞憂に終わりそうだった、末に露隆一行は連戦により疲弊し供回りも2人まで減っていた。

 

露隆は襲撃に気付いた際即座に脱出の準備を行い、急いで将軍邸に向かおうとしたが何度も斯衛軍の妨害を受けて行手を阻まれた。

 

連戦で迫る斯衛軍は全て退けてようやく外までやってきたがその分損害や疲弊も大きかった。

 

露隆のスーツと白いYシャツは返り血で赤黒く染まり、刀も血が滴っている。

 

周りには先ほどまで戦っていた斯衛兵の亡骸が転がっており、少し離れた所には供回りの遺体もあった。

 

今は犠牲を悲しんでいる暇はない、生き延びなければ。

 

「もう少しだ…!!離脱するぞ!!」

 

「参与がいたぞ!ひっ捕えろ!」

 

逃げようとした瞬間、再び数人の斯衛兵に発見された。

 

彼らは捕縛する為に銃撃はしなかったが、銃剣先を突きつけて近接戦に持ち込んだ。

 

再び斯衛軍と露隆らが戦闘になった、供回りの2人は何度か攻撃を受け止めてそれぞれ1名の敵兵は斬り倒したが即座に2、3名の銃剣刺突を同時に喰らって斃れた。

 

「おのれ…!」

 

鍔迫り合いの格好となっている敵兵の首を刎ねると、もう1人の敵兵の小銃を掴み、動けなくなった瞬間胴に一撃を入れた。

 

残り5名のうち、近場の敵兵を数度の打ち合いの末致命傷を与え、なんとか倒した。

 

残りは3名、だが先に倒した2名の1人が最後の力を振り絞って露隆を背後から斬った。

 

無論即座に反撃が飛んできたがこの一撃は十分露隆を消耗させた。

 

「てやあああ!!」

 

「クソッ!雑兵どもに!」

 

刺突を躱し、残り1人に攻撃を集中すると勢いに任せてそのまま敵兵を斬り倒した。

 

残る2人も一気に倒そうとしたが2名同時の銃剣刺突を受けて近くの建物に思いっきり打ち付けられた。

 

溢れ出した血が口から漏れ出し、全身から力が抜けていく。

 

それでもせめてこの2人はと残った力を振り絞り、うち1人の首を刎ねた。

 

これにより力が衰えたところで残り1人の斯衛兵に刃を突き立て、貫いて殺した。

 

だが既に腹部には2本の銃剣が突き刺さったままであり、勢いよく突き立てられた為深く食い込んでいた。

 

傷口からの出血が止まらず、息は荒れ、もう長くはないだろう。

 

露隆は血のついた手を夜空に伸ばし、希望の星を叫んだ。

 

「崇継……」

 

彼ならこの状況を変えてくれる、猊下の跡を継ぎ武家の繁栄を成し遂げてくれるのは彼しかいない。

 

露隆は全ての希望を一族の若き後継者に託して生き絶えた。

 

各地で名だたる革新派の人間が武家らしく抵抗して殺されている、皆刀の時代は終わったのにも関わらず最期にその刃を振るった。

 

果たしてその運命は信真も一緒なのか、この時はまだ違う。

 

将軍邸にも秘密裏に旧守派の暗殺部隊が21人ほど侵入して彼の命を狙っていた。

 

ちなみに21人の侵入は敢えて見逃されていた、信真が事前に自身の警護人に「手を出すな」と伝えていたからだ。

 

屋敷を進み、信真の寝床に足を踏み入れ、一気に強襲して殺害しようとした。

 

あくまでそう計画しただけであるが。

 

障子を開けようとした瞬間、部屋の奥から槍の一突きが飛んできて暗殺部隊の隊員が1人貫かれた。

 

そのまま障子を蹴破り、中から出てきた信真が槍を振り回して集団の接近を阻止した。

 

「なっ!?」

 

「失敗だ!」

 

「こんたわけども!ちぃと俺の相手になってくれや!」

 

信真は寝巻き姿のままであったが腰には軍刀を装備し、その手には槍を持っていた。

 

彼は槍を巧みに操って左右に展開するうちの1人の手首を斬り、武器を失った瞬間に刺突、引き抜くと勢いよくもう片方の隊員の手首を叩きつけ、武器を落とした後に石突で思いっきり突いた。

 

凄まじい威力にこれだけで退院は致命傷を負い、その後信真の一振りで息の根を止められた。

 

「今日はええ夜だぎゃ、戦に丁度ええ!」

 

「数で押し切る!」

 

この判断は間違いだったと言える、槍のリーチと信真の技量を合わせた場合例え残り18人いたとしてもそう易々と倒せる相手ではなかったからだ。

 

槍のリーチを活かした大きな振りは一瞬でも接近を躊躇わせ、個々に繰り出される振り下ろされる一撃と突き上げる一撃は手持ちの武器が簡単に打ち払われてしまう。

 

そして軍刀がなくなった瞬間に一撃が入れられ、確実にその者は死ぬ。

 

しかも齢49とは思えぬ俊敏な動きに、隊員達は翻弄されていた。

 

中庭での戦闘が始まってから既にまた3人の隊員が殺された、胸、首、顔、皆致命傷を受けて戦闘不能になった。

 

「背後を取れ!囲んで仕留めるのだ!」

 

部隊長はそう指示を出したが信真相手に中々後ろは取れない、さっきも無理に背後を取ろうとした2名の隊員が集中攻撃を受けて首がすっ飛んだ。

 

かと言って正面から戦えば槍の利点を活かされてまともに相手にならない、今も僅かな打ち合いの最中に防御を崩された隊員が心臓を貫かれて殺害された。

 

その後3人一気に攻めかかった隊員らが一突きで串刺しにされ、引き抜いた際の鮮血が部隊長の顔にも付着した。

 

21人いた暗殺部隊の隊員はもう半分以下になった、しかも信真は止まることなく攻撃を叩き込んでくる為また2人、数カ所に斬撃を喰らって殺された。

 

「っ撤退!!撤退だ!!退けい!!」

 

部隊長は勝てないと判断し、撤退命令を出した。

 

しかしもう遅すぎたのだ、将軍邸に侵入して信真の首を取ろうと企んだ段階で彼らの運命は死の一文字であった。

 

「やれ」

 

信真の背後から二四式小銃の一斉射によって撤退する暗殺部隊を殲滅した。

 

完全武装の斯衛軍将軍警護隊である。

 

警護隊は攻撃を終えると即座に信真の下に駆け寄ってきた。

 

「屋敷の陣地化を進めい、俺も戦支度をする故ちっと待っとれ。敵はあの輝光じゃ、半端な陣地を構築したら許さんぞ」

 

「ハッ!」

 

隊員達は即座に持ち場につき、戦闘準備に入った。

 

この夜は長くなる、それも楽しい夜になる。

 

信真は笑いながら自身の寝室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

基本的に斯衛軍の空中機動部隊は殆どの地点で初動展開を成功させていた、ある最大級の重要地点を除いて。

 

政威大将軍邸を制圧する為に展開した斯衛軍の空中機動部隊は近くの学校の校庭に着陸しようとしていた。

 

無論これらの状況は事前に警護隊が察知しており、ヘリが周囲をライトで照らしながら様子を確認していると早速迎撃が始まった。

 

各所に設置されたM2ブローニングによる対空射撃が開始されたのだ。

 

ローターやエンジン部分に12.7mm弾が命中し、爆散して黒い煙を上げながらKV-107がゆっくり地上に落下していく。

 

コックピットブロックではあちこちから火花が吹き出し、パイロット達は機体のコントロールを維持しようと必死になった。

 

「エンジン及びローターに被弾!不時着させるしかありません!」

 

「市街地は避けろ!なんとしてでも道路にっ!」

 

刹那、コックピットブロックにも被弾しKV-107は斯衛兵を乗せたまま竹屋町通に墜落した。

 

エンジンが爆散し、墜落の衝撃で中身の人員も半分以上が死んだ。

 

同じように展開中のKV-107が知恵光院通や御池通などにも墜落し、爆発し炎上する炎の光が暗闇を照らしていた。

 

このような惨状を受けても中にいる斯衛兵らは全滅せず最低でも1/3の要員は生きていた。

 

ハッチを無理やりこじ開け、出てきた将兵は周辺を警戒しつつ即座にヘリコプターから離れた。

 

「本部!こちら第6空中機動小隊、ヘリボーンに失敗し乗機は不時着し隊員の半数が死亡。作戦続行の判断を求める」

 

『こちら中隊本部、作戦は引き続き続行せよ。そちらに陸上部隊が向かっている』

 

「了解…!各員予定通り将軍邸を強襲する!行くぞ!」

 

数十人の仲間を失った状態でも空中機動部隊は残った火器を集め戦闘を開始した。

 

無論屋敷の周辺には既に展開した将軍警護隊と斉御司家からの私兵が陣地を展開しており、組織的な抵抗に遭って突破は出来なかった。

 

各所で戦闘が発生し、銃弾が飛び交っている。

 

尤もこうした状況下では少しでも陣地を構築している警護隊の方が有利であり、負傷者の多い初動部隊は常時劣勢であった。

 

政威大将軍警護隊は凡そ1個中隊の歩兵で構成されており、これに合わせて100人ほどの私兵も加えられていた。

 

しかも将軍邸で働く非戦闘員すらも強制的に装備を持たされ、動員された。

 

こうして無理くり作り上げた将軍邸戦闘団は屋敷の周辺に外周の防御陣地を構築し、迎撃に用いた。

 

突破が難しいと分かると初動部隊は橋頭堡の確保に専念し、後続の陸上部隊を待った。

 

「陸上部隊見えました!三三式を先頭に突っ込んできています!」

 

「ようやく来たか…!」

 

三三式装甲車や三三式大型トラックに乗った斯衛軍の陸上部隊が初動部隊の近くまでやってきた。

 

だがこれを狙っていたかのように警護隊の隊員2名が建物の上階から84mm無反動砲を発射して三三式APCを仕留めた。

 

しかもこれが複数箇所から行われ、数量の車両が一度に撃破された。

 

「離脱だっ!」

 

相手の反撃が展開される前に無反動砲を装備した2名組は即座にその場から離れた。

 

車両や周囲の歩兵がその地点に射撃を集中する頃には隊員達はいなかった。

 

そして正面展開する陣地の部隊も84mm無反動砲や12.7mmを放って戦闘に加わる。

 

こうした組織的な抵抗によりクーデター軍による将軍邸急襲は完全に出鼻を挫かれた。

 

『警護隊は建物を移動して転戦し、我が軍の陸上部隊を迎撃しています』

 

『ではまだ屋敷には辿り着けんのか』

 

『残念ながら……』

 

各種の連隊長から報告を聞き、成瀬中将と貞親らは顔を顰めた。

 

彼らもここまで上手くいかないとは思っていなかったのだ、しかし輝光だけはそうなるだろうと思っていた。

 

「歩兵部隊で周辺の建物を全て制圧し、車両部隊を突入させろ。余裕が出たら城内省の戦力も将軍邸に回せ」

 

『了解』

 

「第1連隊の一部を地下に潜らせ完全に退路を立て、全ての地下鉄駅に警戒線を置き絶対に信真公を逃すな」

 

『ハッ!』

 

「準備が終わり次第私もそちらへ向かう」

 

ある程度の命令を出し終えると輝光は通信を切り、立ち上がって制圧した総監部の建物から京都市街を見下ろした。

 

何ヶ所か炎と煙が上がっており、何かの破裂音が聞こえる、方向としては将軍邸のある地域だ。

 

警護隊はその使命を果たし頑強に抵抗している、彼らを殲滅するのは忍びないがこれが戦の習いだ、彼らの死の責任は我々が負う。

 

「輝光殿、何もご自身が赴かなくとも信真公は仕留められますよ」

 

ハーゼ中佐が宥めるように輝光に進言した、彼からすれば態々危険地帯に行ってもらいたくはない、これから政威大将軍となる人にリスクを負って欲しくなかった。

 

されど輝光は冷静に、それでいて理知と情熱を兼ね備えて反論した。

 

「ハーゼ中佐、あなた方の指導者がどういう方だったかは存じませんが私はせめてこの戦いで死ぬ全ての命に責任を負いたい。その為には私自らが命を賭ける姿を指し示さなくてはならないのです」

 

「輝光殿に心配は無用ですよ、彼はあのベトナム戦争帰りの人だ。知略軍略は信真公に引けを取らない、その上相手は寡兵」

 

「そして寡兵と侮れぬのが信真公です、窮鼠猫を噛む、噛まれぬよう私は直接引導を渡します」

 

そう言って輝光は自身の軍刀とケピ帽を持ち、副官と何人かの参謀らと共に前線へ向かった。

 

ハーゼ中佐は内心自ら討ち取りたいだけだろうにと武家のセンチメンタリズムを嘲笑したが、口には出さなかった。

 

ここまでの事を起こしたのだ、旧守派が主導権を握れば後は幼君でもいい。

 

その頃将軍邸周辺では戦闘が激化し、双方死傷者が増大していた。

 

建物を歩兵によって確実に占領したことによりゲリラ的な奇襲は減ったが、それでも突破は難航している。

 

何機かの”瑞鶴”が威嚇飛行の為に低空侵入を図ったが将軍邸内からの対空射撃により跳躍ユニットを破損し、市街地に墜落した。

 

『こちらクエルクス2…!対空攻撃が激しく侵入は困難な模様…!一旦離脱して遠距離支援に徹する!』

 

『クエルクス了解した、各航空隊は将軍邸より半径5キロから離れろ。繰り返す、各航空隊は将軍邸より半径5キロから離れろ』

 

流石は武家の棟梁が住まう屋敷、丁寧に対空火器もかなりの数が設置されている。

 

12.7mmの他にもエリコンKD35mm機関砲なども設置されており、下手に近づけば撃墜は免れない。

 

迎撃に成功した後35mm機関砲は地上支援に向けられた、屋敷から発射される35mm弾が人も車両も確実に破壊してくる。

 

「あの対空兵装をなんとかしろ!これじゃあ前に進めない!」

 

これでも外周の陣地には取り付けつつあった、三三式APCが前に出ながら機銃の12.7mmで火力支援を行い、その間に歩兵が取り付いてなんとか抑えた。

 

そもそも数が圧倒的に違うのだ、どう見積もっても300人弱に対してクーデター軍は最低1個連隊である。

 

各所から増援も到着しつつあり、遠方とはいえ戦術機の支援もある。

 

トンネル、河川橋を制圧しているから当面増援はこないだろう、時間は輝光の味方であった。

 

今も御池通から前進する斯衛軍部隊が西ノ京北聖町付近の陣地を84mm無反動砲とブローニングの集中射撃で吹き飛ばし、前進した歩兵部隊が近づいてきた。

 

警護隊の隊員達が負傷兵や機材を抱えて撤退するがそれを容赦なく展開した機関銃班が背後から銃撃した。

 

周辺の建物には同時に別の歩兵部隊が投入され、確実に占拠して安定化を果たした。

 

時刻は11時30分、ようやく斯衛軍が明確に前進し始めた。

 

主税町、西ノ京北聖町を外周陣地として防衛する警護隊は少しずつ後方の陣地へ下がり、装甲車を盾にした斯衛軍が接近しつつあった。

 

一方京都御所近くの警護隊はまだ斯衛軍を押さえ込んでいた。

 

東堀川通と堀川通、丸田町通に主抵抗陣地を展開した警護隊はまだ装甲戦力を投入出来ていない斯衛軍部隊をなんとか押さえ込んでいた。

 

とは言ってももう片方の攻勢能力が強すぎてこのままでは持たない、しかも輝光と増援部隊が到着したことにより完全に流れが変わった。

 

彼は外地派遣に合わせて日本陸軍より一部装備を受領した斯衛軍機甲大隊の三四式戦車を対将軍邸制圧戦に持ち込んできたのだ。

 

105mmライフル砲がたった一撃で斯衛軍の陣地を撃破した。

 

砲弾をもろに喰らった分隊は全滅し、僅かな生き残りは機関銃を用いて応戦したが三四式戦車の装甲には全く通用しなかった。

 

これにはクーデター首謀者の旧守派からもやりすぎではという声が上がった、だが輝光は一切気にせず機甲部隊と歩兵部隊による諸兵科連合戦で市街地から邸内に警護隊を押し込んだ。

 

『反乱軍勢力は戦車隊を投入!我が小隊は既に半数がやられました!』

 

「後退しろ、邸内の対戦車班が支援する。屋敷の中まで後退するんだ」

 

「輝光のやつ、とんでもねえことしやがる。面白え!」

 

それでこそ五摂家の端くれだと信真は楽しそうに笑った。

 

戦とは己の手札を全てぶつけてその上でやり合うもの、市街地に戦車を投入してでも作戦を完遂するという輝光の心意気が信真にとってすればこれほど嬉しいことはなかった。

 

どちらにせよ既に警護隊は外周陣地を維持出来なくなっていた、84mm無反動砲などを用いても真っ向から戦車を仕留めるのは難しい。

 

美福通の最終陣地が破壊され、押小路通の外周陣地は全て使えなくなってしまった。

 

邸内の城壁から対戦車班が対戦車ミサイルを発射してなんとか三四式戦車を1輌撃破し、その間に外周陣地の警護隊員らは南門から一気に離脱した。

 

堀川通で戦う警護隊もこれ以上は孤立を免れないとして後退を開始した。

 

直後南門の橋は爆破処分され、斯衛軍による邸内侵入を阻止した。

 

「さあこっからが本番だぎゃ、おみゃーら気張って行くぞ!!」

 

 

 

 

11時50分、第1歩兵連隊と総監部直轄の特別強襲部隊による将軍邸内突撃部隊が組織され、突入準備を開始した。

 

将軍邸はかつての城郭を元にしており、周囲は水堀と城壁によって守られていた。

 

本来は南門と外を繋ぐ橋が掛かっているのだが警護隊の撤退と同時に橋は爆破された為、新たに設置する必要がある。

 

その為機材を装備した一部工兵隊が突入部隊に加わり、戦車隊の支援の下邸内への突撃を敢行した。

 

「11:50、作戦開始!」

 

命令と共に遠方に展開した連隊中迫撃砲中隊が準備砲撃を開始した。

 

邸内の前衛地域に120mm重迫撃砲が発射され、恐らく前衛にいるであろう警護隊の動きを封じた。

 

その間に一部歩兵部隊と三四式戦車が支援攻撃を開始し、警護隊を押さえ込んだ。

 

「前進開始!目標地点まで無停止進撃!」

 

指揮官の命令によって突入部隊と援護部隊が前進を開始した、進む距離は凡そ420メートル以上、短いが危険がいっぱいの道だ。

 

まず先頭に三四式戦車がつきその後ろには歩兵や工兵を乗せた三三式APCと三三式中型トラックが挟まり、後方には同じく三四式戦車が控えていた。

 

速やかに移動を完了した突入部隊は停止と同時に各車両が機関銃による制圧射撃を実施、その間に歩兵と工兵隊が車両から降りて架橋作業の準備を始めた。

 

「撃ち方やめ!」

 

前線指揮官の少佐が発砲を停止すると驚くべきことに完全に破壊された城壁の合間から対戦車ミサイルが発射されたのだ。

 

側面に直撃を喰らった1輌の三四式戦車が大破し、機材を乗せた三三式中型トラックにも被害が及んだ。

 

しかも一部機関銃部隊が作業中の歩兵部隊に攻撃を浴びせた為多数の工兵に死傷者が出た。

 

「迎撃しろ!近づけるな!」

 

再び何輌かの車両と歩兵部隊が銃撃し、火力を投入したがその頃には既に部隊は後退していた。

 

「今のうちに渡河用ボートの設置急げ!」

 

三三式APCなどの後ろに隠れて何名かの歩兵が高圧エアポンプを用いてゴムボートを膨らませていた。

 

水堀をボートを使って渡ろうといる魂胆だ。

 

幸いにも当面の間警護隊の襲撃は発生せず、なんとか援護部隊で迎撃出来た為ゴムボートは安心して組み立てられた。

 

「完成しました!」

 

「運搬急げ!第2小隊はボートに乗って移動、第3小隊は渡河の援護射撃を準備しろ!」

 

各隊ごとにゴムボートに乗り込み、その間に別の小隊が二四式小銃を用いて援護射撃を叩き込んでいた。

 

ボートに乗った隊員らは2分以内に水堀を渡り切り、上陸準備を始めた。

 

杭に繋いだロープを突き刺して強度を確認し、そこから兵士達がゆっくりとボートの上からロープを伝って破壊された城壁の地点へと登った。

 

先に展開した歩兵は牽制射撃を叩き込み、後続の安全を確保した。

 

銃撃は殆ど飛んで来なかった為逆に不安が込み上げてきたがここまできたら突っ込むしかない。

 

ボートに乗り込んだ全員が登り終えると小隊長は突入を命じた。

 

破壊された城壁から邸内に突入すると早速罠が待ち構えていた。

 

小隊が突入した箇所から轟音と煙が上がり、兵士達の悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「どうした!?」

 

『地雷です!クレイモアだ!隊員の半数が死傷、こちらはっ』

 

銃声と共に小隊長の通信が途切れ、それ以降応答がなくなった。

 

「突入は失敗か、後退させろ。戦車隊は援護、下がらせるんだ」

 

撤退の信号弾が発射され、即座に三四式戦車が後方に向けて援護射撃を実施した。

 

その間に工兵隊による簡易橋の設置が終了し、正面の南門からも歩兵部隊が突入を開始した。

 

しかしこちらも事前に設置されていた爆薬が起爆し、数十名の兵士を死傷させ、南門ごと周囲が吹き飛んだ。

 

「門が爆破されました!」

 

「おのれ!再度突入させろ!そう長くは続かん!」

 

将軍邸の南門からの突入は苦戦を強いられていた、だがそれは西門からも同じである。

 

西門に関しては南門より戦車隊の支援が受けやすかった為まだ楽な方であった。

 

地雷なども迫撃砲の事前攻撃で粗方片付いた、それでもなお本丸に駐屯する守備隊の抵抗を受けて突破出来ずにいた。

 

しかも定期的に遊撃部隊が組織的に応戦してくる為、突入した将兵は苦しい戦いを強いられた。

 

「ハッハッハ!!ええ的がおるわ!!全部撃ち抜いたれ!!」

 

警護隊と共に信真も二四式小銃を装備し、片手で小銃を撃ちながら手榴弾を投擲した。

 

近くまで接近していた兵士数人が手榴弾の爆発で負傷し、友軍によって後送された。

 

しかし西門を繋ぐ橋は未だに設置し終えていない為負傷者は少し離れたところで応急処置を施すしかなかった。

 

「則松、ここは任せるぞ!」

 

「はい!」

 

信真は戦闘を警護隊小隊長の宮中則松大尉に任せ、指揮所のある本丸へと戻った。

 

本丸にも定期的に支援の迫撃砲が撃ち込まれている為安全を考慮して本部は地下に設置された。

 

時刻はいよいよ12時を過ぎ、信真らはかなり粘り強く抵抗していた。

 

しかし12時を超えてくると若干状況も変わってくる。

 

まず12時に入る前に竹屋町通に展開している部隊と東堀川通に展開している部隊が外周陣地を放棄して将軍邸内に後退した。

 

長らく抵抗し続けてはいたのだが三四式戦車による支援砲撃によって維持が難しくなり、一気に押し切られた。

 

撤兵と同時に邸内の東門と北門の通路は爆破され、完全に閉門された。

 

接近してくる三三式APCがM2ブローニングを放って容赦無く壁を撃ち抜き、潜んでいる警護隊員らを蹴散らした。

 

ここで輝光の命により数隻のゴムボートを並べて臨時の桟橋を形成し、斯衛軍は即座に西門、東門に渡ることに成功した。

 

若干耐久値に心配はあったが今は1人でも多くの武装した兵士を早く邸内に突入させる必要があった、安全基準などは二の次だ。

 

どちらにせよ西門と東門の双方から突入に成功したことにより邸内の状況は一変した。

 

各所の邸内で格闘も含めた乱戦が勃発し、警護隊員と斯衛兵による武家同士の殺し合いが始まった。

 

無論こうした近接戦では警護隊員の方が圧倒的に有利であった、彼らは常に近接格闘戦発生率100%を念頭に置いて訓練しており、どんな状況でも格闘戦が行えるようになっていた。

 

強かったのは警護隊員だけではない、信真が連れてきた斉御司家の私兵も粘り強く奮闘した。

 

斉御司家に仕える彼らは皆信真に忠誠を誓っており、現代的な雇用関係とはまた別の関係で結ばれていた。

 

だがどれだけ腕が立つと言っても物量の面では斯衛軍、クーデター軍勢力に敵うわけがない。

 

乱戦状況で少しはマシになっていたがそれでも物量差によって各所で負けて討ち死にする兵が多くなっていた。

 

しかもこの間に幾つかの分隊が邸内の対空機関砲の撃破に成功し、”瑞鶴”の投入が可能になった。

 

そこで輝光から上空の戦術機部隊に対して命令が出された。

 

「クエルクスリーダー、総監部大将輝光だ。直ちに指定の座標に爆撃を開始せよ」

 

輝光は冷静に座標を指揮官機の”瑞鶴”に伝えた、すると”瑞鶴”の衛士側から命令を再度尋ねてきた。

 

『閣下……この座標は将軍邸の本丸です…!爆撃するにはあまりにも……』

 

「責任は私にある、黙って従ってくれ」

 

『閣下…!』

 

「斯衛軍総監の直接命令だ、座標に向けて爆撃を開始せよ」

 

通信機越しの凄まじい剣幕に押され、その衛士は命令に従わざるを得なかった。

 

1機の指揮官機の”瑞鶴”が安全地帯となった将軍邸周辺に接近し、徐々に速度を落としながら低空飛行を行った。

 

爆弾の安全装置を外し、Mk.82の投下準備を完了した。

 

『爆撃開始…!』

 

連結を解除し”瑞鶴”は指定された座標に向けてMk.82無誘導爆弾を投下した。

 

500ポンドの爆発量と衝撃波が本丸の建物を完全に破壊し、一気に吹き飛ばした。

 

待機していた警護隊員らはほぼ全滅し、辛うじて生き残ったとしても重傷は免れない状態であった。

 

物理的な衝撃と将軍邸に爆弾が投下されたという精神的な衝撃が二の丸で戦う全将兵の動きを一旦止めた。

 

「本丸が……焼けてる……」

 

この言葉を発したのは警護隊員か将又クーデター側の兵士なのか分からないが、この状況を指し示す言葉として残された。

 

歴代の将軍が過ごしてきた将軍邸の本丸が1発の爆弾によって破壊されてしまった。

 

爆発の衝撃で地下の一部が崩落し何名かが死傷したが、信真はこの時まだ生きていた。

 

指揮所も天井の一部が崩落し、周囲が粉塵で煙たい上に視界も悪い。

 

隊員達は死傷した隊員を外へ運び出し、復旧を進めた。

 

「ハッハッハ!!アッハッハッハ!!輝光ぅ、おみゃーっちゅう奴はとんでもねえことやらかしたのお!!」

 

爆発で吹っ飛んだ天井から見える夜空を見ながら信真は心の底から笑った。

 

人間みんな生まれた時から狂っている、人生はゲーム、この世は生まれた時から全て遊び、だから人は戦を欲する。

 

輝光はそういった哲学とは如何にも無用な人間という雰囲気で生きていた、大義を信じ、忠義に篤く、礼儀作法に秀でた五摂家の正当な後継者。

 

だが蓋を開けてみればどうだ、俺を殺す為に戦車まで持ち込んだし将軍邸に爆弾まで落とした、奴には微塵の躊躇いもなかった。

 

それがいい、それでこそ武家の棟梁たる資格がある。

 

戦という武家の本領に対し、どんな手段でも取ってでも勝ちをもぎ取ろうとする執念、是が非でも俺の命が欲しい、俺を亡き者にしたいという純粋かつ強力な欲求を求める者が時代を開くのだと信真は心の底から思った。

 

輝光はある意味で戦に対し、信真という男に対して真摯的に向き合った。

 

自身が持つ手札を文字通り全てぶつけた、動かせる戦車も戦術機も火力も全て信真を殺す為になりふり構わずぶつけた。

 

武家の未来を作る為に、自分が助けたいと思う同胞達の為に信真という男に戦を通じて誠心誠意向き合ったのだ。

 

やはり戦うべき男はあやつだった、侍が腑抜けた時代に生まれたが素晴らしい敵と戦えた。

 

今の奴なら地下から逃げたとでガスを放って確実に殺しにくるだろう。

 

「おい和田、おみゃーは残った部下を連れて地下から逃げやー。ここはもう終わりだで」

 

信真は負傷した箇所の血を拭い、警護隊隊長の和田清久大佐に命じた。

 

「でしたら猊下も共に脱出を、今ならまだ間に合いまする…!」

 

「いーや、俺はもうおしまいだわ、ええ戦だったわ」

 

和田大佐の進言に対して信真は笑みを浮かべながら断った。

 

「どうせ輝光ん周りのたわけどもじゃ日の本は治められん。いっつか政をわやにして腹切るか、明日にでも日本軍が来てみぃんな縛首だわ。おみゃーらはそん時に出てって、ぱぁっと散ってこい。武家としてこんな立派な死に方はにゃーぞ」

 

「ハッ!必ずや猊下の仇討ちを果たします!我らの使命が果たせぬ代償は必ず輝光殿の首と我らの命で!」

 

「殊勝な心がけだぎゃ、はよう行きや」

 

和田大佐は小さく頷いて指揮所に残っている他の部下と共に脱出の準備を始めた。

 

「利定、おみゃーは好きに決めろ。和田に着いて行くか、それともここで俺とわやになって死ぬか、俺の首を手土産にするか」

 

「猊下がお側に置いて頂いた時から忠義は変わりませぬ、ここで共に最期を…!」

 

盛岡利定中尉、警護隊の1人であり信真が可愛がっている若い武家の男であった。

 

彼は共に死ぬ覚悟を決め、政威大将軍の下知を待った。

 

「おみゃーっちゅう奴はどんだけかわええ男じゃ。ほんならこの辺に火ぃつけろ、輝光の為には死んでやるが首までは渡さん」

 

「ハッ!」

 

命令を受け取った利定は即座に地下の倉庫からガソリンを取り出し、周囲にばら撒くと兵の遺体からライターを取り出し火をつけた。

 

将軍邸の地下から火が出たという報告は邸内の斯衛兵から即座に上がった、明らかに爆発とは違う箇所から火の手が上がってきたからだ。

 

輝光は本丸に突入し、信真を探すよう命じたがもう手遅れだろうと内心悟っていた。

 

勝ちは渡すが首は渡さんという魂胆だろう。

 

最後まで武家の人間らしくあろうとするつもりらしい。

 

「ご立派でした、猊下」

 

すぐ同じようにそちらへ参ります、心の中で輝光は唯一の主君にそう誓った。

 

将軍邸の地下は炎に包まれ、あちこちに燃え広がっていた。

 

まだ信真と利定の下には火の手は回っていないが時期に2人もこの業火によって灰となるだろう。

 

軍服を脱ぎ、短刀の刃を腹に当てた信真はふとあることを呟いた。

 

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一生を享け、滅せぬもののあるべきか……俺の夢幻はおっもしれえもんだったわ」

 

前の大戦で現実を知り、戦後になって戦の味を知り、BETAと戦い、斯衛軍を拡大し、そして今同じ五摂家の顔馴染みに討たれようとしている。

 

最後の最期に悔いなく笑って死ねるのならそれはいい人生だったのだろう、少なくとも信真は布団の上で死ぬより今の死に方の方が断然いいと思っていた。

 

政威大将軍斉御司信真は1984年4月6日0時45分、享年49歳の年で人生の幕を下ろした。

 

武家五摂家の一族として生まれ、ベトナム義勇軍、BETA大戦義勇軍の経験を積み、斯衛軍初の大規模作戦参加の指揮を取り、政威大将軍となり斯衛軍の派兵を推し進めた。

 

戦後日本にとってお飾りでしかなかった政威大将軍の地位が実務者としての存在になった最初で最後の男であり、その名前は未来永劫遺り続けるだろう。

 

伝説の政威大将軍は彼が望んだ戦の業火に焼かれ、笑顔のうちにこの世での生を終えた。

 

その光景を遠方で見ていた輝光は最期に与えられた信真の脇差を握り締め、誰も見ていないところで敬礼を送った。

 

輝光が仕えるべき人はもうこの世に存在しなくなった。

 

こうして武家にとってまた1つの時代が終わった。

 

 

 

4月6日0時55分、東京で日本帝国皇帝が国民に向けてお言葉を述べられている頃、京都でも放送が行われていた。

 

信真の死を確信した輝光は即座にNHK京都放送局へ向かい、京都市民に対する演説を行った。

 

スタジオは完全に斯衛軍が占拠した状態であり、放送関係の機材は斯衛軍や城内省の担当者が操作した。

 

広いスタジオに輝光はただ1人佇んでおり、カメラの後ろには北八朗ら何名かの将校がいたが輝光の気にするところではなかった。

 

準備が完了し、スタッフの城内省職員が秒数のカウントに入る。

 

手で指し示される数字が0になった瞬間、日本帝国臣民に対する放送が始まった。

 

「この放送をご覧になっている、或いはお聞きになっている全ての日本帝国臣民の皆さん、私は斯衛軍総監、九條輝光であります。今夜は皆さんにお伝えしなければならないことがあり、この放送を発信しています」

 

まずは挨拶を行い、それから輝光は要件を話した。

 

「現在京都市内で起きている動乱について不安を抱かれている方が多数でしょう、まずはこちらの説明からさせてください。現在京都では残念なことに一部武装勢力が反乱を起こしています。これらの武装勢力が何者なのか断定は出来ていませんが鹵獲した装備から斯衛軍の一部、日本軍及び日本警察の大規模な関与が指摘されています。現在京都市内に展開している斯衛第一師団はこれらの武装勢力を鎮圧し、秩序を回復させる為のものであり、皆さんに危害を加えるものではありません。また戦闘によって被害を受けた方は後日設置される戦災被害対策局にきてください。皆さんの損害は必ず我々が補填します」

 

この世の伝説は1割の真実に近い何かと9割の嘘で出来ている、これは最たる例だ。

 

確かに武装勢力は反乱を起こした、しかもそれには斯衛軍の一部が関与している、だが日本軍と日本警察の大規模関与は真っ赤な嘘だ。

 

むしろ斯衛軍が主導した反乱騒ぎなのだが事実がいいように曲げられている。

 

「武装勢力の目的も不明ですが少なくとも主標的は城内省、そして政威大将軍邸でありました。現在我が軍の主力部隊によって両施設は解放されましたが、残念ながら政威大将軍斉御司信真猊下をはじめ、多くの犠牲者が発生してしまいました。これは我々斯衛軍の不徳の致すところであります、今後は武装勢力鎮圧の為京都市内の封鎖を続け、戦闘を続行する予定です。また鎮圧作戦遂行の為、日本帝国憲法に基づき京都市内に戒厳令を布告、只今を持って全ての権限を我が斯衛軍が掌握することとなります。戒厳令の布告により一時的な不便を皆さんにかけるとは思いますがご理解頂けると幸いです」

 

この時点で事実上掌握されていた京都市内の権限が正式に斯衛軍の下に入り、統治の正当化が成された。

 

こうして東京、京都と2つの箇所で斯衛軍による戒厳令が展開されたのだ。

 

「戒厳令の公布に加えて1つ重要なお知らせがあります。先ほども申し上げた通り政威大将軍斉御司信真猊下は武装勢力の凶弾にかかり、この世を去られました。この非常事態に対し政威大将軍の不在は帝国の根幹を揺るがす事態であり、武装勢力に権限を濫用されぬよう帝国憲法将軍典範の特例に基づき、私九條輝光が政威大将軍代行を遂行し、武家を統率し帝国を守護することをここに誓います。偉大な猊下を思えばこそ、我々は涙する前に行動を以て武装勢力に真の力を示さなければなりません。また生前猊下が命じられた全ての軍事作戦命令、行政命令を私が引き継ぐことにより、現在も有効であることを明言します」

 

この宣言により東京で発生している軍事クーデターにも一応の正当性がつけられた。

 

信真の命令は今や輝光の命令となり、信真の軍だった斯衛軍は今や輝光の軍となった。

 

彼は政威大将軍となったのだ。

 

武家を統べる棟梁の地位、1982年の何時ぞやに輝光が手に入れられたかもしれない地位が転がり込んできた。

 

「BETA襲来の傷が未だ癒えぬ中発生した今回の動乱に対し、我々日本帝国は確固たる信念を以て立ち向かわなければなりません。この帝国を守護し、憲政秩序を維持する為に政威大将軍代行九條輝光は全力で事態に対処することを約束し、ここに宣言します!我々で共に祖国日本を守り、勝利に向かって前進しましょう。それが亡き猊下に対する我々なりの忠義の示し方なのですから!」

 

最大の忠義者にして最大の不忠義者が高らかにそう叫んだ。

 

1984年4月6日、京都は賊軍の手に堕ちた、少なくとも彼らが東から迫る日本帝国政府に賊軍と呼ばれていることを知るのは夜が明けた後である。

 

この時はまだ皆クーデターの成功を喜んでいた、一部では万歳三唱が響き渡り、ハーゼ中佐や貞親は勝利の美酒を味わっていた。

 

我々の時代が来る、大日本帝国建国以前の武家全盛、江戸の世が来ると皆本気で信じ込んでいた。

 

彼らは思ってもみなかった、東京では皇帝と首相に賊軍の烙印を押され、下士官兵らが混乱して逃げ出し、やがて壊滅し一夜の夢で終わることを。

 

彼らが夢から覚め、現実を見るのはもう少し先の話だ。

 

今はまだ皆が夢の中にいた、新しい時代が来るという夢の中に。

 

 

 

 

 

-日本帝国領 宮城県 名取市 斯衛軍東北守護軍司令部-

時間は3時間ほど前、4月5日の午後9時頃に遡る、崇継と介六郎は宮城県の名取市にある斯衛軍の東北守護軍司令部にいた。

 

というのも事情があって本来彼らの駐屯地は戦術機連隊のいる東京か京都のどちらかなのだが、仙台空港を間借りして設置された仙台航空基地の隊員らの教導要員として守護軍司令部に派遣されていた。

 

派遣される前には北海道から一旦京都に赴き、信真から勲章と褒賞の品を授与され、移動命令を受領されて宮城県にやってきた。

 

思えばこれが信真と崇継の最後の会話であっただろう。

 

彼はクーデター時点まで軍司令部におり、業務を終えて与えられた官舎に帰ろうとしていたその時であった。

 

「なあ崇継、流石にこの任務が終わったら一旦休暇を取って家に戻った方がいいと思うぞ。私はともかくお前はもう家出てから一度も帰ってないだろう」

 

「知らんわい、あんな家帰ったってしょうがないよ。武家だなんだって言ったって所詮は特権欲しさの戯言だよ、五摂家が聞いて呆れる」

 

介六郎は苦笑しながら崇継の後に続いた。

 

この頃の崇継は壮大な反抗期の最中であり、事実上の家出をしていた。

 

まるで幼い頃の信真のように今の武家社会に疑問を持ち、そのことが発端となって家を出て”瑞鶴”を持ち出して義勇兵として世界に旅立ってしまったのだ。

 

その為実は信真に呼ばれて斯衛軍の補給を受けるまで無茶苦茶な仕様の”瑞鶴”で戦っていた。

 

これで幾多の戦場を生き延びてきたのだから彼らの技量の高さが窺えるだろう。

 

「でも流石に心配してると思うぞ」

 

「別に、俺の代わりは幾らでもいるよ。五摂家なんて基本大家族なんだから」

 

そんな者はいないだろうとは思いつつも介六郎は苦笑で誤魔化した。

 

少なくとも介六郎からすれば崇継という存在は唯一無理の大親友であり、かけがえのない存在であった。

 

「そう悲しい事いうなよ、崇宰のところのあの子だって…」

 

何か気配を察知した介六郎は言葉を濁しつつ腰の軍刀に手を当て、崇継の前に出た。

 

崇継も同じように軍刀に手をかけ、周囲を警戒する。

 

「何者だ!出てこい!」

 

崇継が暗い夜空に向かって叫ぶとそれに呼応するように暗闇から2つの光る何かが飛んできた。

 

素早く介六郎が抜刀し放たれた2つの物体を叩き落とす。

 

更に別方向から同じような物体が飛んできたがそれは崇継が軍刀で落とした。

 

彼の足元には飛んできた物体が転がってきた、見たところクナイや投げナイフの類のようだ。

 

「闇討ちとはいい度胸だ、相手になってやろう」

 

暗殺は失敗したと判断したのか暗闇の中に紛れていた暗殺部隊は即座に消えた。

 

「待て!」

 

「いや追うな、司令部に戻って報告だ。我らを闇討ちしようとしたのなら何か魂胆があるはず」

 

軍刀を鞘に納め、崇継と介六郎はさっきまで働いていた守護軍司令部に走って戻った。

 

その頃東北守護軍司令部では何人かの佐官の将校が集まって軍司令官の執務室に押し寄せていた。

 

この時北海道守護軍司令官は譜代武家の南部紀芳少将が務めており、旧守派にも革新派にも属さないどっちつかずの男であった。

 

それ故に押せば行けると踏んだ旧守派の参謀や指揮官の将校らが集まって南部少将に直談判した。

 

「ですから閣下!この命令は猊下から与えられた斯衛軍全軍に対する最優先命令で…!」

 

「あの信真公がそのような命令を出す訳がないだろう。君達よく考えてみなさいよ」

 

「しかし現に命令書は京都の総監部より猊下の署名付きで送付されています。この命令は本物です」

 

「しかしねえ、我が守護軍としては昨日まで復員作業を実施せよと命令されているわけなのだから、いきなり兵を動かせと言われても……」

 

旧守派の将校達の予測は外れ、南部少将は色々と理屈をつけて将校達の要求を跳ね除けた。

 

段々と将校達は埒の開かない会話に苛立ちを覚え、強硬手段に打ってでも北海道守護軍を動かそうと画策した。

 

密かに何人かが腰の軍刀と拳銃に手をかけ、軟派な態度を取る南部少将に力を突きつけようとした。

 

そこへ予想外の人物が現れる、崇継と介六郎だ。

 

2人は司令部に戻り、執務室前までやってきた。

 

「南部少将に面会したい、少将はどちらにいる」

 

「南部少将は執務室におられます、ですが只今いらっしゃった参謀将校らと面会中です。暫くお待ちください」

 

「時間がないのだ、少将のお命が危ないやもしれん」

 

突然の発言に警備を担当する大尉は「どういう事ですか?」と思わず尋ねた。

 

「さっき司令部の外で何者かに襲われた」

 

「え?」

 

「これがその証拠です」

 

そう言って介六郎は拾ってきたクナイを大尉のデスクに置いた。

 

当然だがこれで面会許可が降りるはずもなく、スタスタ歩く2人を止めようと警備の大尉もついてきた。

 

曲がり角を曲がり、間も無く執務室というところで室内から怒声が響いた、南部少将のものではなく入ってきた参謀将校のものだ。

 

「くどい!」

 

ガタンという音が聞こえ、違和感を覚えた3人は急いで執務室に突入した。

 

「南部少将殿!」

 

崇継が真っ先に執務室に入ると南部少将の首には参謀将校の軍刀がかけられ、もう1人は拳銃を抜いて南部少将を脅していた。

 

少将は見るからに動揺し、顔を強張らせていた。

 

「いっ斑鳩大尉…!」

 

「なっチッ…!」

 

崇継らの姿を見た参謀将校達は何か悔しそうな表情を浮かべ舌打ちした。

 

恐らく崇継らの命を狙った首謀者は彼らだろう、予想以上に部隊が粘らず失敗したことに憤りを覚えていた。

 

すぐに駆けつけた3人の大尉は軍刀と拳銃に手をかけ、自分より階級が1つ、2つ上の将校らに向かって啖呵を切った。

 

「この下郎!南部少将殿を解放しろ!刃を突き立てものを頼むなど、これが斯衛軍人のやることか!」

 

「ええい!」

 

手前にいた1人の少佐が引き金に指をかけ、発砲しようとした。

 

刹那、目にも止まらぬ速さで崇継の軍刀が鞘から抜かれ、僅かな閃光と共にその少佐の手首を切断した。

 

少佐の左手が拳銃を持ったまま中を舞い、流血と共に執務室の地面に落ちた。

 

神経が絶たれたことにより一気に痛みが襲い、血管から血が溢れ出た。

 

崇継に合わせて介六郎も行動を始めた、彼は暗殺者が使っていたクナイを取り出し、南部少将に刃を立てる参謀将校の少佐に勢いよく投げつけた。

 

そのクナイは見事に少佐の手首に命中し、痛みに顔を顰めた少佐は軍刀を反射的に手放してしまった。

 

「クソゥッ!!」

 

2人は同じ右手首を押さえ、地面に倒れ込んだ。

 

その間に南部少将は崇継らの後ろに入り、身の安全を確保した。

 

崇継は自身の側で痛みに悶えている右手のない少佐の首根っこを掴み、軍刀の柄頭で殴りつけた。

 

完全にダウンした少佐は介六郎と警備の大尉らによって捕縛された。

 

「おのれ!!」

 

そう言って他の3人も軍刀を抜き崇継に斬りかかった、期待はしなかったが五摂家に対する敬いの気持ちなどは微塵もないらしい。

 

執務室の閉所において軍刀を大きく振り回しては壁や扉にぶつかり、思うように行動出来なくなる。

 

故に崇継は本当に僅かな刃の振りで3人の参謀将校に斬撃を叩き込んだ。

 

その上で壁を蹴ってうち1人に飛び蹴りを浴びせ、もう1人には顔面に膝を打ちつけ、最後の1人は回転をつけた回し蹴りでダウンさせた。

 

物音を聞きつけた司令部付の憲兵隊が駆けつけ、南部少将の命令で彼らを全員逮捕した。

 

戦いが終わり、崇継は付着した血を拭き取り軍刀を鞘に納めた。

 

「いやあ助かったよ斑鳩大尉、真壁大尉、君らは命の恩人だ」

 

「それよりも何か異常事態が起きています、実は我々も先ほど司令部の外で何者かに襲撃されました。すみかやに京都の総監部か東京の第二師団司令部へ連絡を」

 

「相分かった」

 

即座に執務室にある電話回線を用いて南部少将は直ちに京都と東京の双方に連絡を取った。

 

どうやら京都の総監部とは繋がらないらしく、東京の第二師団とは連絡が取れた様子だった。

 

だがどちらにせよ南部少将は怪訝な表情を浮かべていた。

 

「ああ、うん、分かった。うん、よろしく頼む。どうやら第二師団が東京に向かって出動したらしい」

 

受話器を置いた南部少将は驚いた様子で2人に話した。

 

当然だが2人も驚いている、そもそも第二師団の予定に東京での演習は含まれていないからだ。

 

「司令部に残ってる奴の話では新田さんが曰く猊下より賜りし命令を発動し、戒厳令発動の為に師団と戦術機連隊を全部率いて出撃したらしい。先ほどの参謀らも同じように猊下からの命令がどうとか言っていた。一体どういうことなのだ?」

 

「分かりませんが……本当に猊下が命じられたのですか?」

 

崇継は尋ねたがこの疑問に答えられるものは少なくとも今の東北守護軍司令部にはいなかった。

 

「分からん……尋ねようにも京都の総監部とは連絡が取れん。今から城内省に掛け合ってみるが恐らくは同じだろう、本当に何が起こっているのやら……」

 

崇継は今ある情報を整理し、頭を働かせた。

 

要人の襲撃、軍部隊の出動、そして一部通信回線の不調に、出動の呼びかけ。

 

前々から武家社会は旧守派と革新派の2つに分かれている、崇継はそんな争い知ったことではないと関わらずにいたが噂は耳にしている。

 

もし旧守派か革新派のどちらかが権力基盤を固める為に動いたのだとしたら。

 

「まさか……クーデターか……?」

 

そんな崇継の悪い予測を裏付けるかのように東北守護軍司令副官の蘆名重盛大尉が慌てて司令部に飛び込んできた。

 

「閣下!城内省、将軍邸よりエマージェンシーコールです!両施設は現在敵武装勢力の襲撃を受け戦闘状態に突入!斯衛軍各軍に戦闘態勢への移行が命じられました!」

 

「何!?では猊下は無事なのか!?」

 

「分かりません!エマージェンシーコールの後京都中の前施設と連絡が取れません!それにエマージェンシーコールも発令からすぐ取り消しが入り、状態が分かりません!一部不確定情報では将軍邸が炎上しているという話もあり……」

 

「なんということだ……では第二師団の出動も……」

 

南部少将は頭を抱えた、どうやら彼も今斯衛軍の一部がクーデターをやっているという結論に至ったようだ。

 

そこで崇継と介六郎は互いに相談し、あることを南部少将に進言した。

 

「少将、我々の”瑞鶴”はいつでも出撃出来る態勢を取っています。仙台航空基地から東京へなら増槽を取り付ければ確実に迎えます。状況確認の為にも、クーデター阻止の為にも我々に出撃命令を下さい」

 

「もしクーデターが発生しているのなら真実を伝えれば離反する者も大勢いるでしょう、無意な犠牲を出さぬ為にも我らに出撃命令を」

 

2人からの進言を聞いて南部少将は迷うことなく出撃命令を出した。

 

「分かった…!軍司令命令で2人に出撃許可を出す。蘆屋、森山がまだ残ってるはずだから彼に運転を任せろ」

 

「はい」

 

「それと仙台駐屯地の東北方面軍司令部にも問い合わせるんだ、少しでも情報が欲しい」

 

「ハッ!」

 

3人は敬礼し、一斉に動き出した。

 

崇継と介六郎は直ちに仙台航空基地に向かい、内部に駐機している彼らの”瑞鶴”に乗り込んだ。

 

即座に衛士強化装備に着替え、フライトジャケットを着込んで機体の状態をチェックする。

 

「緊急を要する案件だ、最大速度で東京まで向かうぞ。向こうに着いたら最悪同胞との戦闘も覚悟せにゃならん」

 

『私の任務は貴方を守ることです斑鳩大尉、安心して暴れてくれ』

 

「オーケー、では直ちに向かうとしよう」

 

2機の”瑞鶴”が滑走路に向かい、管制室の指示に従ってスクランブル発進を開始した。

 

真夜中の暗闇に滑走路のライトが美しく輝いている。

 

「ホーンド1斑鳩崇継、”瑞鶴”…!出るぞ!」

 

2機の”瑞鶴”が滑走路を飛び去り、暗い夜空へと飛翔した。

 

目指すは東京、狂った一夜を終わらせる為若き侍達は大空へと飛び立った。

 

これから今より数時間後、崇継と介六郎の”瑞鶴”は東京へと到着し、東京の動乱を終わらせるのに一役買うことになる。

 

こうして全員の運命は決まった。

 

満足して死んだ者、逆賊となった者、自ら飛び立って正義を貫いた者、京の都で行末を見守っていた者、まだ幼子で自らの運命も決められぬ者、五摂家でも千差万別である。

 

それでも運命は決まったのだ、この先日本帝国が歩む道はたった1つ。

 

武家制度の終焉であった。

 

 

 

つづく

*1
この辺はマジ、詳しくは 中本信幸(1982).「日ソ文化交流の現状と展望」『ソ連・東欧学会年報』1982巻,11号,pp2-9. をチェック!

*2
ちなみに京都市民の某YMOKN氏からは「こんなところに基地なんか置けるかボケェ!」と言われた、そんなこと俺たちに言われたって…

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