マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
ヒラヒラするのは 何じゃいな
トコトンヤレ トンヤレナ
あれは朝敵 征伐せよとの
錦の御旗じや 知らないか
トコトンヤレ トンヤレナ
-”宮さん宮さん”より抜粋-
4月7日、日本陸軍第10師団、第1空挺旅団、第1師団、そして松本から飯田に展開していた第13歩兵連隊が大垣周辺に展開した。
内訳としては第10師団は久居の第33歩兵連隊、守山の第35歩兵連隊が展開し、春日井からも第10偵察隊が展開した。
一方の第1師団は朝霞、練馬から派兵した第31歩兵連隊、第1歩兵連隊が主力であり、前線には合計して5個連隊が展開していた。
戦術機部隊としては岐阜航空基地に展開する航空実験団に加えて小牧基地に駐屯する戦術機部隊、明野駐屯地から展開した陸軍航空隊と”出雲”、”エンタープライズ”海軍戦術機部隊、そして反クーデター軍の斯衛軍戦術機部隊がいた。
彼らはある意味で禊をやらされる部隊である、斯衛軍は何も裏切り者ばかりじゃないということを証明する為に東北守護軍の部隊を基礎に展開された。
また、中部守護軍が保有していた火砲、車両を全て政府の命令で第10師団が接収した為、第10師団の機械化は更に加速していた。
砲兵部隊も増強され、火力は従来の1.5倍は増強されている。
対する斯衛軍は京都の第一師団から展開した第2、第3連隊と四国地方と中国地方の戦力を合わせた特別旅団戦闘団、そして中部守護軍の離反部隊で結成された1個連隊規模部隊が展開していた。
うち幾つかの部隊は大津駐屯地を包囲しつつ今津駐屯地の第10戦車大隊による強襲を防ぐ為に展開しており、金沢と高田の第14、第2歩兵連隊の襲来を防ぐ為に賤ヶ岳辺りで陣地を展開している部隊もあった。
主力は垂井町に展開し、主に大谷川を基点として防御陣地を展開していた。
本来は大垣市まで前進して日本軍を待ち伏せたかったのだが第1空挺旅団が早期に大垣市まで移動した為大谷川より後ろに下がった。
京都中に展開する斯衛軍戦術機部隊のほぼ全てを投入し、鎮圧軍との航空決戦に備えた。
部隊全体の指揮は第一師団長である成瀬中将が取り、前線司令部は長浜に設置された。
両軍の展開は午前8時になる前に完了し、多少の銃撃戦は発生していたが双方動かずにいた。
事態が一気に動いたのは午前8時15分頃の事である。
第10師団は指揮所を岐阜分屯地に移し、師団幕僚と第1師団、第1空挺旅団、第12師団からの出向要員らと共に作戦指揮に入った。
師団長若月勲少将は全軍の統合任務部隊司令官となり、あらゆる権限を委ねられた。
「参謀長、連中に降伏勧告と例のアレを見せつけろ。敵兵の心を揺さぶっておきたい」
「ハッ!」
師団司令部の命令で前線部隊に配布されたある旗が掲げられ、それと共に若月少将から降伏勧告が入った。
『私は第10師団長、若月勲少将である。展開する斯衛軍全将兵に告ぐ、直ちに武器を捨て投降せよ。そうすれば諸君の罪は問わない、特に下士官兵は命令に従っただけであるから今帰ってくれば何事もなかったとして扱われる。このクーデターは日本帝国憲法に反する重大な違反行為であり、今降伏しなければ必ず重い罪が降ることになる。私も国民も決して心から望んでいることじゃない!今からでも遅くないから武器を捨てて投降しろ!皇帝陛下も全国民も諸君が帰ってくることを望んでいるんだ』
前線地域のスピーカーを用いて若月少将の降伏勧告は垂井町から関ヶ原まで響いた。
これに対する斯衛軍将兵の反応は東京や上田、新潟と比べると微妙という塩梅だった。
既に司令部から各部隊には日本軍が自分達を賊軍呼ばわりして動揺を誘う情報工作が行われるだろうが、それらは全て偽の情報なので耳を傾けるなと通達されていた。
その為兵士達はこの放送を聞いても半信半疑という面持ちであり、各隊長や下士官がしっかり見張って様子を確認している為誰も逃げ出せなかった。
無論これは司令部のいうことを心から信じている訳ではない、兵士達の大半は自分達がやっている事に若干の疑いを持っていたし、態々関ヶ原から垂井まで出張って戦うなど東京で何かあったとしか思えない。
それでも偽の情報だから信じるなと言われているし、ここで脱走してしくじったり言われた通り情報が偽であったのなら人生は終わりだ。
そう思うと誰しもが勇気を持って一歩踏み出せなかった。
当然だが前線部隊は正面にいる敵軍をしっかり見張っているし、一部後方浸透して偵察陣地を設置した偵察分隊も各所の様子を探っている。
故に斯衛軍に動きがないことは即座に小隊から中隊、中隊から連隊、連隊から師団司令部へと伝わった。
「斯衛軍の動きありません、恐らくこっちの情報を偽の情報だと事前に通達しているものと思われます」
「だったら例の旗を上げろ、これを出して負けたら洒落にならんが……やるしかない」
若月少将の命令で前線部隊の一部は事前に用意していたある旗を一斉に掲げた。
遠く離れた斯衛軍の部隊であっても双眼鏡があればすぐに視認できる代物だ。
紅色の旗に黄金色に輝く紋章、そこに描かれているのは菊、菊紋章、或いは黄金の日像、銀色の月像である。
それは誰しもが見たことあるものだ、この菊花紋は十六葉八重表菊、我が帝国の国章にして皇帝皇室の家紋。
そしてこれはこの世界だと歴史上何度か戦乱の世に掲げられた、本来なら100年前の1868年に鳥羽伏見において掲げられたはずの代物だ。
名は錦の御旗、朝廷より朝敵を征伐せよとの思召を受けた官軍の旗である。
この旗に手向かいする奴は問答無用で朝敵、賊軍としての不名誉を生涯背負うこととなるのだ。
「あれは菊花紋じゃないか…!まさか本当に陛下は……」
旗を見た何人かの将校達は動揺し、上級司令部を疑い始めた。
この報告は長浜の司令部にも伝わり、成瀬中将は掲げられた錦の御旗に激怒した。
当然である、自分達が賊軍で朝敵など末代までの恥だ、断固として勝利を掴み賊軍認定を取り消さなければ。
「おのれ小癪な平民軍め…!連隊砲兵隊に命令、日本軍に対する砲撃を始めろ!全面交戦開始だ!」
午前8時30分、第2連隊砲兵中隊が正面に展開する第35歩兵連隊の陣地に向けて155mm榴弾砲を数発発射した。
各所の建物を破壊し、部隊に何名かの負傷者が発生、これによって戦いの火蓋は切って落とされた。
「渡河開始!急げ!」
前線が動き出した。
接収した各所の建物に展開する機関銃部隊と重迫撃砲中隊と中部守護軍から臨時で集められた砲兵中隊によって渡河部隊が支援を受け、前進を開始した。
対する斯衛軍も防御陣地に展開した斯衛軍も接近する日本軍に対して射撃戦闘を行い、接近を阻止しようとした。
基本的に装備は双方一緒、後は練度と前進する部隊の支援がものを言う。
結論から言うと練度では斯衛軍の方が圧倒的に不利、所詮武家社会で食い扶持がない奴らの集まりでは士気が持たない。
特に動員兵は顕著であり、アフリカ攻勢で戦場の風を浴びたと言っても限度がある。
元よりそこまで軍に対する忠誠心もないので戦闘の衝撃で心が折れる兵士も多かった。
特に場所によっては正面に展開する部隊が第1空挺旅団だったりすると同情したくなるほど悲惨な結果になる。
支援射撃、前進、この流れを的確にこなしつつ車両の支援を受けながらまた前進し、手榴弾や機関銃の火力で手早く敵陣地を制圧して再び前に出る。
戦闘が始まると本当に防御の利点を活かせぬまま壊滅していった。
戦闘開始から30分、第1空挺旅団は綾戸の市街地まで突入し側面で戦闘を行っている第35歩兵連隊の支援を行っていた。
同時に右翼に展開している第1歩兵連隊、第31歩兵連隊、第13歩兵連隊も圧力をかけるのに成功していた。
特に山岳部に浸透していた13歩連の偵察隊が正確に敵の位置を確認し、そこに向けて砲火力や部隊が叩き込まれている。
最左翼に位置する久居の第33歩兵連隊も圧力をかけており、これも斯衛軍の負担になった。
しかも33歩連には明野駐屯地より展開した第112飛行隊のF-1支援戦術機ががCAS任務に入っていた。
流石に市街地に向けて無誘導爆弾を容赦なく投下する真似はしなかったが、突撃砲やAGM-65マーヴェリックで車両や陣地を破壊していった。
「伏せろ!!」
ある兵士の叫びと共に近くの機関銃陣地に突撃砲の弾が直撃して陣地は吹っ飛ばされた。
人間は12.7mmを超える弾を喰らうと確実に死ぬ、20mmなんてもっと悲惨だ。
数発の突撃砲弾を喰らった陣地は最早陣地の体を成していなかった。
「畜生!!」
「”瑞鶴”どもは何やってんだ!なんで制空戦闘に来ないんだよ!!」
生き残った兵士達からの悲痛な叫び声である、だが斯衛軍戦術機部隊にも事情がある。
彼らは制空戦闘で既にとてつもない犠牲を払っている、その上で制空権の確保が出来ていないのだ。
この戦いでF-1は殆どマークされることなく対地支援任務を継続した。
これがどれだけ恐ろしいことだったかこの戦いを生き残った斯衛軍の兵士は後に語った。
正面主力を担当する第35歩兵連隊も順当に戦線を押し上げ、ほぼ全面で日本陸軍が優位であった。
「現在各連隊が相川に到達、橋の確保と工兵隊による架橋作業の支援についています」
師団司令部で通信士官が若月少将に報告した。
「対砲迫射撃を実施、敵砲兵隊を潰して架橋支援の妨害を阻止する。余力があれば航空戦力も投入して爆撃を加える」
「了解」
恐らく相川への新たな架橋作業は難しいものになるだろう、BETAと違って斯衛軍は遠方投射能力で必ず妨害してくるはずだ。
これを阻止する為にはそもそも砲そのものを潰すのが手っ取り早い。
前線の迫撃砲制圧の為に一部歩兵部隊は援護射撃の中、ゴムボートに搭乗して相川を渡り、浅瀬の場合はそのまま歩いて渡った。
「航空戦闘はどうなっているか」
「現在、我が軍と米海軍航空隊が優位を取っています。間も無く地対空ミサイル掃討戦を実行する模様」
「分かった、北陸の部隊の移動状況はどうなってる」
「陸上部隊は2時間以内に滋賀県内に突入、”天城”、”ウリヤノフスク”航空部隊は間も無く戦場に投入されます」
北陸から来たるは同じ第10師団の第14歩兵連隊、そして第12師団より派遣された第2歩兵連隊と第12戦車大隊、第12偵察隊、第12高射砲兵大隊の混成戦闘団である。
これらに合わせて空母”天城”と”ウリヤノフスク”の機動部隊が日本海より若狭湾に向けて進撃中であった。
「では北陸の部隊が到着と共に今津の第12戦車大隊も交戦を開始、大津駐屯地を解放し両部隊で連中の退路を絶て」
「了解」
制空権の確保は時間の問題だろう、少なくとも2個空母航空部隊が戦闘に加われば確実に勝てる。
このまま行けば正面の戦闘でも押し切れる、そして北陸の部隊が到着すれば確実にチェックメイトだ。
時刻は午前9時36分、若干だがこの時点で勝負は見えてきた。
時間は少しばかり前に遡る。
まだ地上で錦の御旗が掲げられている頃の時間帯、何機かの”瑞鶴”が御池岳を低空で飛行し、戦場へ急行していた。
彼らの所属は斯衛軍第1戦術機連隊、常設の戦術機部隊でありそれなりに訓練や場数は踏んでいる。
各機所属飛行中隊ごとに移動し、伊勢湾から展開するであろう二隻の空母艦載機部隊と岐阜、小牧基地の航空部隊を迎え撃つ予定だった。
この戦いにおいてF-14がAIM-54を用いた長距離空対空ミサイルによるロングレンジ攻撃はそれほどしてこなかった。
理由としては後方に展開しているMIM-23ホークを装備した斯衛軍高射砲兵隊の影響が大きい。
元々京都を防衛する為に斯衛軍が創設した部隊であるが対空兵装としてうち4基を派兵部隊に配備して送り出した。
これにより長距離攻撃は当面の間封じられた訳だが、それは所詮1つの手を封じられただけに過ぎなかった。
偵察機とAWACS機、そして戦術機によるデータリンクは依然として存在しており、当然この枠組みには日本陸海空軍全ての部隊も入っている。
米空軍及び米海軍が入手している情報は全て日本軍にも共有されているのだ。
故に移動する斯衛軍機はAIM-23の射程外にいるE-2やアメリカ空軍が展開したRC-135が補足しており、米軍のデータリンク内にいる部隊であれば既に察知していた。
移動中の”瑞鶴”に突如レーダー照射の警報が鳴り響き、それとほぼ同時に広域通信が入ってきた。
“Attention JIRGF fighters, This is United Nations Force.You are ordered to cease all hostile actions immediately. Comply with this order and surrender immediately. I say again: cease all hostile actions immediately and surrender immediately.”*1
通信元は”エンタープライズ”より出撃したF/A-18であった、つまりこれは国連軍による降伏勧告というわけだ。
ご丁寧に戦闘状態のまま姿を現している。
既に補足されていることは分かっている、その為斯衛軍の衛士は敢えて啖呵を切った。
『アメリカ海軍機に通達する、諸君の行為は重大な内政干渉である。直ちに戦闘行為を停止し、戦闘空域より離脱せよ』
”Follow the UN military agreement, activate automatic translator in English.Follow international official language for communication.”*2
『直ちに戦闘行為を中止せよ』
"I say again: all communications will be conducted in English using the UN military automatic translator."*3
『繰り返す、英語などクソ喰らえ、英語などクソ喰らえだ!』
それに呼応して”瑞鶴”が一斉に突撃砲を発射し戦闘の火蓋を切った、即座にF/A-18も回避機動に入り、即座に敵機を補足して反撃に出た。
突撃砲を放ちつつ”瑞鶴”がF/A-18を補足してAIM-9Gを発射しようとしたが、即座に別の機体が補足し、AIM-9Lを”瑞鶴”に向けて放った。
1機が回避が遅れてAIM-9Lが命中して爆散、その間に立て直したF/A-18が友軍の援護に入った。
戦闘は暫く続き、斯衛軍側が押されていた、どれだけ立派に啖呵を切ろうと結局性能差の問題がある。
しかも突如後方から放たれたAIM-54によって戦っていた3機の”瑞鶴”が撃墜された。
『何が英語なんてクソ喰らえだ!』
日本海軍のF-14Jである、しかも即座にF-16NJが戦闘が戦闘に加わってきた。
一気に3機の友軍機が失われた斯衛軍は不利を覆す為に一旦下がり、別の友軍部隊との合流を図ろうとした。
この隙を逃さずF/A-18とF-16NJが猛攻をかける、発射されるサイドワインダーが再び2、3機の”瑞鶴”を撃破した。
『This is Japan Navy,I’ll help you out.』
”Thank you,アリガト”
『侍どもを1人も生かすな!全部叩き落とせ!』
日本のF-14JとF-16NJ、そしてアメリカのF/A-18が肩を並べて戦っている、40年前の硫黄島を考えれば感慨深い光景である。
これが40年のうちに様々な問題を孕みつつも構築してきた日米同盟の結果の1つである。
その枠に斯衛軍が入っていなかったのはあの時硫黄島にいなかった結果なのかも知れない。
40年前に選んだ簡単な選択が斯衛軍をここまで導いてきてしまった。
別の空域ではアメリカ海軍のF-14と日本空軍のF-15Jが”瑞鶴”と交戦していた。
前衛をF-15Jが務め、後方からF-14がAIM-54で敵機を狙い撃った。
『イーグル5、援護しろ!あの赤い奴を墜とすぞ!』
『ウィルコ』
僚機と逸れた赤い”瑞鶴”を2機のF-15Jが執拗に狙い続ける。
1機は突撃砲を放ちつつAIM-7Mを発射する。
赤い”瑞鶴”は辛うじてチャフを放って辛うじて回避に成功したが、その間に下から回り込んできたF-15Jによって放たれたAIM-9Lが直撃した。
左脚部から左跳躍ユニットを全てもぎ取られ、そのまま爆散し山岳部に墜落した。
中の衛士が脱出出来たかは不明だが今は気にかけている余裕がない。
即座に次の”瑞鶴”に狙いを定め、戦闘に突入した。
『畜生!こっちは”瑞鶴”なんだぞ!』
『連中は速い!このF-4の”瑞鶴”ではダメだ!』
そう言っていた2機もAIM-54の直撃を受け、もう1機は移動した瞬間にF-15JのAIM-7Mを2発喰らって中破、そのまま突撃砲を滅多撃ちされて撃墜された。
何機かは長刀で接近戦を挑んだが1機が引き付けているうちに別の2機が突撃砲かAIM-7Mを叩き込んで”瑞鶴”を堕とした。
まだ相当数の”瑞鶴”を送り込んだからなんとかなっているが、劣勢は覆せずにいた。
『誰か!地上支援に”瑞鶴”を回してくれ!』
『こちらクエルクス6、無理だ!イーグルやトムキャットを相手するだけで精一杯だよ!』
『爆撃を受けてる!F-1の迎撃はどうなってるんだ!』
『そっちに人を回せっ』
「切り捨て御免ッ!」
一気に間合いを詰めた青い”瑞鶴”が近接長刀で白い”瑞鶴”の腕部と跳躍ユニット、脚部を斬り落とした。
火花を散らし、中から衛士が脱出する。
「ホーン2、生きてるか」
『はい!ですが生かしてやるのは難しいです』
崇継の問いに介六郎は苦虫を噛み潰したような声音で答えた。
「生き残ることだけ考えろ、同胞達には悪いが日本の未来の為だ」
突撃砲と長刀を構え、崇継と介六郎の”瑞鶴”が他の反クーデター軍の”瑞鶴”らと共に空戦に参加した。
彼らが投入された空域は比較的地上対空も存在する場所であるが、命令を拒否することは無論出来ない。
ここで戦果を上げなければ本当に武家の明日はなかった。
「悪く思うな、全ては過ちを犯した諸君のせいだ」
突撃砲の弾幕射撃を回避しつつ、2発のAIM-7Mを発射して手前にいた”瑞鶴”の両腕をもぎ取り、脱出するまで攻撃は加えなかった。
そのまま左に旋回し、山に沿って飛行しつつ長刀で敵機の両足を切断する。
バランスを崩した”瑞鶴”を安定させてやりつつ、脱出を促し、近くにいた敵機をロックオンしてAIM-9Lを発射した。
介六郎の”瑞鶴”も可能な限り相手に手心を加え、今まで撃墜した3機のうち1人はなんとか生かして脱出させた。
いくらクーデターを起こし帝国に反旗を翻したとしても、少なくとも大半の白い”瑞鶴”に乗っている者達はそれほど深く関わっていないはずだ。
この戦いで死ぬのは惜しい。
他の反クーデター”瑞鶴”も共同でかつての仲間を何機か堕としていたが、12聞いたうちの2機はクーデター軍によって撃墜され、命まで奪われてしまった。
クーデター軍から見れば彼らは裏切り者、容赦されないのも当然であった。
「全機、まず生き残ることだけを考えろ!これ以上死ぬなよ…!」
撃墜された2機を思いつつ、これ以上の被撃墜者が出ないように崇継は奮戦した、それが五摂家の人間がやるべきことだと彼は信じていた。
単発の突撃砲を頭部に当てて腕部を切断し、近くにいた1機の”瑞鶴”を介六郎と協同で仕留めた。
『クエルクスリーダー!斑鳩大尉です!』
『私が相手をする!他は手出しするな!』
クエルクスリーダーはこれ以上崇継を野放しにした時の損害を考え、自ら出向いた。
恐らく崇継ほど高潔な五摂家の斯衛軍人であるなら必ず乗ってくれる手段に全てを賭けて。
『斑鳩崇継大尉に決闘を申し込む!』
「ほう、相手いたそう」
余裕そうな声音と共に斑鳩の”瑞鶴”はクエルクスリーダーとの1対1の戦闘に入った。
双方突撃砲を放ちつつ接近し、何度か長刀による打ち合いをした後、距離を取ってAIM-7MとAIM-7Gを撃ち合った。
搭載している装備が違う為回避にも相当の労力がかかり、その隙を突かれた。
辛うじてミサイルを避け切ったクエルクスリーダー機を崇継の”瑞鶴”が蹴飛ばし、体勢が崩れた瞬間に右手と右足、右部跳躍ユニット、そして左腕を切断した。
『これまでか!』
最良の選択だったとは思うがまだ届かなかった。
「早く脱出しろ、まだ間に合うはずだ」
通信機越しに崇継の声が聞こえてくる、なるほど部下に慕われるわけだ。
だが彼は既に大罪を犯した、どの道我が身に明日がないと確信していたクエルクスリーダーは潔い死という古典的な武士道を選んだ。
『あなたが……将軍だったならば……!』
機体の自爆装置を作動し、彼の”瑞鶴”は山肌に激突すると同時に爆発を起こした。
その光景を崇継は黙って見ている他なかった。
「まだ死ぬほどのことではないはずだ…!」
他の”瑞鶴”は焦って崇継機を攻撃しようとしたが、後方から増援として到着した日本空軍のF-15Jが一斉に発射したAIM-9Lで仕留められた。
『斑鳩大尉!直ちに追撃戦に移行する!思うことはあるが今は後だ!急げ!』
「了解…!各機俺に続け!本当の武家というものを全員に知らしめてやれ!」
斑鳩の”瑞鶴”はF-15Jの後に続いた。
彼が武家の未来を証明する為には戦い続けるしかないのだ、全ての賊が討伐されるまで。
各員の奮戦で空戦は日本軍の有利に働いていた。
完全なる制空権の確保まで後少しである。
成瀬中将は焦っていた、前線には迎撃として虎の子の機械化部隊も送り込んだがそれでも戦線は押し込まれている。
というより移動している機械化部隊は敵偵察隊によって捕捉されており、即座にF-1支援戦術機が飛んできてマーヴェリックを放ってくる。
既に何輌かの三三式APCが爆散して黒焦げになっており、各所には銃撃戦で戦死した斯衛兵らが斃れていた。
練度の問題か斯衛軍部隊は建物内で粘り強く奮戦することが出来ていない、孤立すれば降伏するしそうなる前に勝手に後退し始めている。
一部では連隊砲兵が敵の対砲迫射撃によって被害を受けている、恐らく相当数の偵察隊が山岳部から回り込んでいるのだろうがこれらの発見は出来ていない。
自ら開戦を選んだ斯衛軍であったが8時30分の戦闘から未だに斯衛軍は優勢を取れていなかった。
純粋な歩兵の練度と士気によって押し込まれているのだ、成瀬中将は認めたくなかったがこれも斯衛軍が一部精鋭以外の歩兵教育を疎かにしていたせいだ。
基本的に斯衛軍の一般歩兵は下級武家の次男、三男、大抵食い扶持がなく家も継げない人々である。
衛士訓練学校の生徒にすら「ならなくてよかった」と公然と愚弄される斯衛軍内でヒエラルキーがかなり低い職業なのだ。
それがいざ第1空挺旅団や正規の歩兵連隊と衝突したらどうなるかは明白である、彼らには死が待っていた。
しかも動員兵となればさらに顕著である、こっちは次男、三男どころか徴兵逃れの為にやってきた成金一家の子息もいた。
真面目に戦うはずもない、現に一部は文体単位で日本軍に投降し始めていた。
「ええいどうしてこうなるのだ!このままでは本当に関ヶ原まで追い込まれるではないか!」
成瀬中将は幕僚団にそう怒鳴りつけたが、結局手数がこれ以上出ない為どうすることも出来ない。
航空支援を呼ぼうにも空中戦では負け続けであり、人手が全く足りていなかった。
その頃第1空挺旅団の一部は山岳レンジャーの第13歩兵連隊と共に密かに山岳部からの浸透強襲を行い、敵の後方に対して打撃を加えようとしていた。
最短ルートで菩提山から後方に移動し、彼らはまず先んじて入っていた13歩連の偵察分隊と合流した。
指揮官の佐藤大尉が指定の場所に着くと何も言わずに部隊の行軍を停止し、予定されていた合図であるヘルメットを2回叩く行為を行った。
それを見ていた第13歩兵連隊の山岳レンジャー達が姿を現し、空挺旅団と合流した。
彼らは即座に地図を開き、偵察部隊が入手した情報を空挺部隊に通達した。
「この地点には重迫陣地が設置されています、そしてここには大隊本部を確認しました」
「分かった、第2小隊は重迫陣地を強襲し制圧せよ、第1小隊は俺と共に本部を強襲する。残りは13歩連と共に後方分断に従事」
佐藤大尉の命令を受けて小隊長達が頷き、それぞれ動き出した。
大隊本部を強襲する第1小隊の隊員らには事前に宮内庁より配布されていた菊花紋付きの煙草が1箱下賜された。
隊員の中村一等兵らは珍しそうに箱を見つめていた。
「わぁすげえや、菊の御紋入りだ」
「やっぱ俺たち官軍か、鼻が高いぜ」
「俺マールボロしか吸わねえぞ」
「只今より第1小隊は敵大隊本部に対して損害を顧みずに強襲を敢行する!侍どもに一撃喰らわせてやれ、ここを桶狭間にする」
佐藤大尉と小隊長らに続き、第1小隊の隊員らが密かに山を降りて可能な限り本部付近まで接近し、中隊長の合図を待った。
「一気に行きますか?」
「落ち着け、第2小隊が動き出してからだ」
空挺隊員達は静かに息を殺して突撃のタイミングを待った。
その間に中村一等兵らは誰が真っ先に突っ込むかを決め、結局中村一等兵と同僚の川崎一等兵がまた最先鋒となることになった。
「総員着剣!」
佐藤大尉の命令で隊員達は二四式小銃の銃先に銃剣を装着し、完全にメンタルを突撃する方向へ切り替えた。
展開から数分後、遠くから大きな破裂音が聞こえ、戦闘が始まった。
突然の強襲によって大隊本部も見るからに動揺し、一時的に警備が乱れた、ここが狙い目だ。
「総員突撃!」
「クソッタレ!!」
まず機関銃班が制圧射撃を敢行し、その間に幾つかの小銃班が止まらずに可能な限り大隊本部まで接近した。
反応が遅れた斯衛兵らは機関銃の餌食となった、そうでない者は急いでその場に伏せ、手持ちの二四式小銃で応戦した。
その間には中村達も伏せて匍匐前進を行い、近づいた瞬間に手榴弾を投擲して敵陣地を黙らせた。
「今だっ!突っ込め!」
立ち上がった何人かが一気に走り出し、大隊本部に突入した。
「うわああ!」
「このっ!」
怯えている斯衛兵が引き金を引くより先に中村一等兵の銃剣が腹部に突き刺さり、その後放たれた1発の弾丸で斯衛兵は絶命した。
「やった……」
「突っ立ってるな中村!本部に突入だ!!」
本部付の警備兵らを打ち倒し、各所に展開しているテントや民間から接収した建物の中に空挺隊員らが入っていく。
降伏する間も無く中の兵士達は撃ち倒され、本部機能は半ば喪失しつつあった。
「まっ待て!!」
「撃てェ!」
数人の空挺隊員らが何名かの斯衛兵らを銃撃して全滅させた。
撃ち倒した斯衛兵らの階級章をよく見てみると将校クラスでそのうちの1人は少佐、恐らく大隊長だ。
「班長、コイツ大隊長だ」
「おお、大隊長を仕留めたぞ!」
これにより前線に展開する1個大隊が指揮機能を喪失した為命令が来ないまま正面に展開する第35歩兵連隊と第1空挺旅団によって押し切られて壊滅した。
この壊滅により更に部隊は突破され、いよいよ斯衛軍は垂井町に確保していた拠点を全て損失した。
軍の戦闘地域は遂に関ヶ原町へと移行した。
午前10時50分、日本陸軍の主力はかつて384年前に東軍総大将が本陣を構えた場所を超えていった。
双方の戦闘地域は384年前の関ヶ原の戦いと同じ場所に差し掛かっていた。
しかし戦闘の推移は384年前とは大きく違う、東軍こと日本軍が開戦から今に至るまで圧倒的に有利であった。
むしろ2時間以上空挺とレンジャー相手によく持ち堪えたと褒められてもおかしくない、航空支援も受けられない以上彼らは相当長く抵抗していた。
「このペースでいけば今日中には斯衛軍を滋賀から叩き出せます」
師団司令部の作戦参謀が若月少将に対してそう予測を述べた。
自信過剰に聞こえるかもしれないがこれでもかなり斯衛軍に譲歩した戦況予想だ、最悪の場合滋賀で孤立して全滅してもおかしくはない。
「アメリカ海軍が地対空ミサイル掃討戦に移行しました」
ある程度斯衛軍戦術機部隊を撃破したアメリカ海軍のF/A-18が対レーダーミサイルを装備し、各地に配備されているMIM-23の排除に乗り出した。
AGM-88 HARMかAGM-78 スタンダードARMを装備したF/A-18が艦隊による陽動攻撃に合わせてAGM-88を叩き込み、MIM-23のレーダーをキャッチした対レーダーミサイルが目標に直撃した。
配備されたMIM-23も撃破され始め、この時点で斯衛軍の空戦は敗北が確定した。
余剰戦力となったF-15JやF/A-18が対地装備に切り替え、マーヴェリックを叩き込んで斯衛軍の陣地を粉砕していく。
野戦防空の35mm機関砲が応戦するがこれらも対レーダーミサイルの餌食となった。
斯衛軍の防空能力も減少し、勝敗が見え始めていた。
そして午前11時15分、斯衛軍と第10師団司令部双方に同じ報告が入ってきた。
若狭湾より新たな航空部隊が出現、それと同時に賤ヶ岳、今津より新手の日本陸軍が出現し守備隊と交戦中という報告が入ってきた。
遂に到着してしまった、北陸の日本軍が。
戦場にフランカーとフルクラムが日本海軍のF-4EJ改と共に飛び立ち、斯衛軍に襲いかかる。
決戦の結果は確定した。
新潟から直ちに北陸を回って若狭湾まで移動した”天城”と”ウリヤノフスク”両空母機動部隊は即座に艦載機部隊を飛ばし、戦闘空域に突入した。
同じ国連軍ということで到着した瞬間から両部隊は即座にアメリカ軍のデータリンクシステムと接続し、同じ情報を共有した。
発艦したSu-27KやYak-44がアメリカのデータリンク内で活動するという冷戦期を知っている人間からすればあまりに奇妙な光景が広がっていた。
出撃した”ウリヤノフスク”海軍航空隊はSu-27KとMiG-29Kで明確に空戦と対地攻撃の役割を決め、作戦に臨んだ。
まず向かってくる”瑞鶴”をSu-27Kが迎撃し、その間に対地装備のMiG-29Kが地上支援に向かうという算段だった。
「各機、接近する斯衛軍機を迎撃しつつ日本軍の地上部隊を援護する。連中はもう国連軍に手を出した、容赦はするな」
『了解、我々は今回国連軍なんだ、祖国と国際社会に恥じぬ働きをしようではないか!』
相変わらずミハールキン中佐は演説が上手い、正直ベルグロフ大佐はこんなことに付き合わされて飽き飽きしていた。
折角2ヶ月くらい前の北海道では共に戦った仲であるのにこんな結果になってしまうなんて、そこに一抹の虚しさを覚えた。
だが仕事である以上戦う他ない、それが国家に忠誠を誓ったパイロットの使命だ。
接近する”瑞鶴”の飛行部隊を補足し、敵機に向けて火器管制レーダーを照射した。
「ターゲットロック次第発砲開始、味方に近づけさせるな!」
ターゲットのロックオンに成功したベルグロフ大佐は早速搭載していたR-27空対空ミサイルを発射した。
敵機を補足しつつ接近し、ある程度近づくとR-73空対空ミサイルも発射した。
こちらは赤外線誘導である為誘導せずとも飛んでいく、2つのミサイルを組み合わせてベルグロフ大佐は確実にまず1機撃墜した。
爆散する”瑞鶴”は運良く脱出に成功し、衛士はパラシュートでそのまま地上に降りていった。
他のSu-27Kも何機かが撃墜に成功し、両軍は突撃砲で牽制し合いながら本格的な空戦に突入した。
「ロックオンされたら山岳部を利用して射線を切れ!F-4なら追尾には限界がある!」
ベルグロフ大佐は低空を飛行しつつ山岳部の合間を抜けて相手のレーダーロックを妨害し、最大速度で飛び出し突撃砲を放った。
そのまま回り込んでR-73を発射するが相手はフレアを放って回避機動に入った。
そこを上空からレーダーロックに成功した僚機のSu-27KがR-27を発射し、確実に仕留めた。
「いいぞ05!」
『まだまだ来ますよ…!』
一旦下がって距離を取りつつ、敵機をロックオンしR-27を発射した。
次々と”瑞鶴”が琵琶湖や伊吹山に墜落していった。
その間に北陸から展開した日本陸軍が二方向から攻勢作戦を発動、斯衛軍の打倒に動き始めた。
賤ヶ岳から進撃するのは補給を終えた第2歩兵連隊と第12戦車大隊、第12師団から展開した部隊である。
一方敦賀から今津まで移動し、第10戦車大隊と合流したのは金沢駐屯地の第14歩兵連隊であった。
双方1個戦車大隊と1個歩兵連隊による攻勢をかけ、斯衛軍の守備陣地の突破に乗り出した。
上空にはMiG-29KかF-4EJ改が支援のために飛行しており、定期的に地上部隊に対して空対地ミサイルとロケット弾を叩き込んでいた。
そして正面からは戦車、三四式戦車G型と三三式APCが迫ってくる。
三三式戦車G型から発射される120mm滑腔砲はどんな車両であろうと容易く撃ち抜き、搭載さている機関銃が歩兵を一掃した。
その後ろからはしっかりと歩兵部隊が続き、戦車が撃破されぬよう確実に周辺の敵を掃討していた。
賤ヶ岳、高島で大凡1時間は持つと思われていた防衛戦も執拗な対地支援と戦車隊の突破により、15分も持たずに突破された。
なんとか第12戦車大隊と第2歩兵連隊を阻止しようと残存する斯衛軍部隊は高時川周辺で迎え撃ったが防御陣地を構築する前にMiG-29KとF-4EJ改の対地攻撃によって阻止され、特に防御手段もないまま歩兵が戦車と対峙することになった。
同じ状況は高島市から大津に向けて移動中の第10戦車大隊でも発生していた。
”天城”航空隊のF-4EJ改が161号線を移動中、しっかりと上空をカバーし、妨害する部隊を事前に排除することによって地上部隊が安全に切り開ける道を作り上げた。
既に第12戦車大隊の先鋒は高時川を突破してあと数十分で姉川にまで接近しようとしていた。
姉川まで接近されれば司令部がある長浜まで4キロしかなかった、つまりあっという間に司令部が戦車に蹂躙される可能性があるのだ。
突然の戦車隊襲来に予備隊は混乱し、各所であらぬ噂が飛び交い始めた。
「閣下!間も無く戦車隊が姉川に到達します!ここは危険ですので一先ず彦根へ後退を!」
幕僚の1人がそう進言したが成瀬中将は断った。
「今司令部が移動すれば要らぬ混乱が生まれる!橋を爆破すれば当分戦車隊は動けん、今は踏ん張るべきだ」
「しかし間も無く歩兵連隊の120mm重迫撃砲の射程範囲内です!勇気ある後退を!」
最初は踏ん張る決意を見せていた成瀬中将だが、幕僚達に圧倒されて司令部の移動を決断した。
実際120mm重迫撃砲を叩き込まれ続ければ司令部として指揮を取るのも難しくなる、判断としては間違いと言い難いのだがタイミングが悪かった。
移動の為に司令部周辺が慌ただしくなっているのを見た兵士達が見捨てられるのではないかと怯え始めたのだ。
これにより混乱は更に高まり、内側が一気に崩れ始めた。
勝手に持ち場を離れて行方不明になる者や敵が来た瞬間に降伏し出す分隊、或いは上官を殺害して軍を離隊する者まで現れ始めた。
それは後方から中衛、そして前線にまで即座に波及していく。
突如通信が途絶したり通信機越しから混乱した音声が聞こえたり、これらを聞いた通信兵らが不安を和らげる為に仲間達に相談し更に不安は広がった。
こうして各所で斯衛軍は勝手に逃げ出す者が増加した、所謂潰走という奴である。
成瀬中将ら司令部要員が彦根に移動する頃にはもう斯衛軍は軍隊の体裁を成していなかった。
こうなった軍隊とは悲惨である、一度逸れ者になった兵士は最早かつての姿に戻ることは出来ない。
彼らは装備を持った野盗だ、命欲しさに長浜市民が集まっている避難所を襲撃し、武器で脅しながら自分を匿うように要求する。
無論大抵どこにも軍隊経験者の男達がいるから隙を見て取り押さえられ、武装を全て奪われて死ぬより悲惨な目に遭う。
このような経験をすると市民達は即座に斯衛軍を危険な存在と認識し軍や警察が来るまでの間自分達の身は自分達で守ろうとする。
男達は近所の銃砲店に行って店主と共にあらゆる武器を手に取り勝手に武装し始める。
そしてやってくる斯衛軍を問答無用で殺しにくるのだ、家族や自分達がやられるくらいなら先に斯衛軍を殺した方がいいと考え出す。
結果武装した市民によって離隊した兵士達は逆に襲撃される、戦国以来の落武者狩りが始まるのだ。
こうして斯衛軍の兵士達は暴力を行使してなくとも市民に襲撃され、本当に逃げ場がなくなる。
武器を捨てて逃げても斯衛軍の制服を着ていれば即座に銃撃される、あちこちに無惨に散った斯衛兵らが散らばっていた。
前線で逃げ遅れた敵部隊を完全に打ち倒し、第10師団と第1師団、第1空挺旅団は関ヶ原から一気に滋賀県内へ突入を開始した。
第33歩兵連隊と第35歩兵連隊は先んじて中山道から彦根を目指して進軍、第1空挺旅団と第1歩兵連隊、第31歩兵連隊、第13歩兵連隊はそのまま長浜を目指して進撃した。
同じ頃姉川の突破に成功した第12戦車大隊と第2歩兵連隊は長浜市街地への突入を開始した。
斯衛軍と間違えられない為に拡張器を用いて自分達は日本軍であることを周囲に伝えた。
『こちらは日本陸軍所属、第12戦車大隊です。我々日本陸軍は皆さんの味方です!』
その放送を聞いた長浜市民達は半信半疑のまま徐々に顔を出し、日本軍を出迎えた。
日本兵達も何故彼らが二四式小銃や猟銃を手にしているか疑問に思ったが、敢えて聞かずに助けに来た旨を伝えた。
こうして長浜市は解放された、なんとか生き残った斯衛軍の敗残兵は全て捕えられ、一箇所に纏められた。
一方の斯衛軍は残存兵力は彦根に集結するように命じていたが集まったのは引き連れてきた戦力の半分以下であった。
しかも彦根の臨時司令部には最悪な報告が入ってくる。
「閣下!大津駐屯地が解放されました!」
「何!?」
「現在大津駐屯地の教育隊と第14歩兵連隊、第10戦車大隊が長等山トンネルを制圧、一部兵力は大谷トンネルまで移動中です…!」
文字通り退路が絶たれた、彼ら斯衛軍に残された道は玉砕か航空攻撃に晒されながら逃げるかの二択になった。
「戦術機部隊は」
「壊滅です…!もはやまともな制空戦闘が出来る能力は…!」
「では戦術機部隊のみ京都へ戻せ、京都の防空網なら海軍も押し切れんはずだ」
「では我々は…?」
幕僚の1人が成瀬中将に尋ねた。
ここにきた時点で中将の腹積りは最初から決まっている。
「兵は降伏させよ、私は新たな将軍猊下に敗戦のお詫びを申し上げる為に腹を切る。幕僚団は好きにせよ」
そう言って成瀬中将は軍刀を手に取り、副官と共に彦根の臨時司令部を後にした。
幕僚達はお互いに顔を見合わせ、どうするか話し合った。
午後1時9分、斯衛軍司令部から第10師団司令部に向けて正式に降伏の申し入れが入ってきた。
師団司令部はこれを受け入れ全軍に対する戦闘停止命令を発布、戦闘は終わった。
第二次関ヶ原の戦いともいうべきこの戦闘は384年前と同じく半日足らずで決した、またしても西軍の負けであった。
結局歴史は繰り返すということなのか、恐らくは韻を踏んでいるだけで実態は違うだろう。
どちらにせよこの戦いは一つの決定打である。
関ヶ原で勝ち損ねた斯衛軍はいよいよより良い敗北を遂げるか、全滅するかの二択となったのだから。
戦闘が終結してから3時間後、生存者の確認の為崇継と介六郎の”瑞鶴”は空戦が行われていた地域を飛行していた。
辺りには撃墜され墜落して黒焦げになった”瑞鶴”の残骸が転がっていた。
機体によっては原型を留めているものもあれば、本当に破片だけのものもある。
同じ武家の斯衛軍として当然思うことはある、しかもこのうちの何機かは自分の手で堕としたものだ。
そこに乗っていたのは同じ武家の者達、人によっては自ら志願した者もいただろうし命令だから戦わされた者もいただろう。
当然彼らは間違った命令を出す指揮系統の中にいたのだからそれを正す為に戦った自分は正しいと崇継は思うようにしていた。
それでも何処か罪過の意識が芽生えていた、やはりBETAを討つのと人を撃つのでは我が手にかかる重みが違う。
しかも撃ったのは同じ斯衛軍の同じ武家の人間だ、同じ日本帝国の更に同胞を撃ったのだ。
それを考える度に胸が締め付けられる思いになった。
同時に正しいことであるとも自覚しているのだから尚のこと悩んだ。
「……介六郎、俺は……我々は正しかったのだよな……」
『……2日前、首相が仰られた通りですよ。それに我先にと飛び立ったのはあなたじゃないですか』
「そうだな……俺も間違ったことをしたとは思っていない、撃った重みに体が慣れてないだけかもしれん」
いずれは慣れていく、人とはどんなことをしても慣れるものだ。
だが撃った人々の重みだけは忘れないようにしたい、それが人の死を背負うことだと崇継は覚悟を決めた。
「許せとは言わん、だがこれからは安らかに眠ってくれ。元凶は俺が必ず討つ」
この時崇継に1つの目標が生まれた、五摂家の1つ斑鳩家の男として斯衛軍として日本軍人として全ての元凶であり同じ五摂家の九條輝光を討つ。
それがこの戦いで死んだ全ての将兵のせめてもの慰めになるだろうと確信した。
介六郎は何も言わなかったが親友にして仕えるべき人と共に戦う覚悟はあった。
彼ら若き武家の子どもたちは戦いに行く、先代たちのツケを支払うために。
同じ頃”ウリヤノフスク”では捕えた斯衛軍中佐の尋問を続けていた。
自白剤を投与し、暴力や精神的苦痛を伴う方法で中佐に自白を強要した。
既に尋問開始から1日が経過しており、中佐はポツポツと質問に対して洗いざらい話し始めていた。
「…それで、総監部の兵務局に務めていたと。本部付なんて立派なことだ」
「……上官の的部局長から話を持ちかけられ、参加を決意しました……今の日本政府に不満を抱いていたので…自主的に……」
「なるほど、で作戦会議には何回参加した?」
「5回です……全体で集まる会合はそれほど多くありませんでした……後は各自で立案し、それを局長が取り纏めていました……」
尋問を担当するKGBの担当官が聞きたいのはクーデター成立の経緯ではない、そこに携わっている可能性が高い1人の人間だった。
「その会合に1人、外国人は混ざっていなかったか?」
彼らが知りたい本質に迫ることを担当官は尋ねた。
意識が朦朧とする中で中佐は大きく頷いた。
「どんな男だ」
「白人でした……局長曰くドイツ人だと……」
「この顔で間違いないか?」
そう言って担当官は1枚の写真を中佐に見せた。
中佐はそれを見るなり大きく頷き「この人です」と呟いた。
「今どこにいるか分かるか?」
「恐らく副総監殿と一緒に……クーデターへ……」
これで知りたい内容はある程度分かった、彼は十分役に立ったわけだ。
「そうか。よし、今日は終わりにしよう」
そう言って担当官と書記官は立ち上がり、その一室を出た。
ドアを閉め、少し離れたところで中佐に対する処理内容を決めた。
「もう十分だ、奴は次の補給艦に移してそのまま本国へ捨てろ。知りたいことは全て分かった」
「了解」
「それと全特殊任務部隊に連絡、奴の居場所が分かった。精鋭を選抜して京都に送り込む、時間がない」
恐らく明日中には日本軍が京都に突入するだろう、そうなる前に行動したい。
「ハーゼ中佐を捕えるのは我々だ、日本でもアメリカでもない」
極東の島国に逃げたとて一度怒らせたジェルジンスキーの末裔達は見逃すはずがない。
4月7日、全ての決着がつこうとしていた。
日本軍と斯衛軍の、武家と現代日本社会の、そしてベルリン派の残党とソ連の決着が京都にて定まる。
帝都はもう一度戦場と化す。
つづく
僕英語何もわからん