マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
肉弾粉と砕くとも
撃(う)ちてしやまん 大和魂
我が丈夫(もののふ)は 天降る
我が皇軍は天降る
我が皇軍は天降る
-”空の神兵”より抜粋-
-日本帝国領 京都 斯衛軍総監部 斯衛軍戒厳司令部-
大敗、それは彼ら斯衛軍がここ四半世紀経験したことのない戦の結果である。
意気揚々と送り込んだ斯衛軍第一師団戦闘団は中部守護軍の戦力共々壊滅し降伏した、航空戦力も投入した7割が撃破された。
生きて嵐山基地に帰ってくる機体も殆どが損傷機であり、五体満足無傷で帰ってくる者は少なかった。
投入した陸上戦力は帰還率という点では全滅である、師団長成瀬中将は降伏の後切腹、将兵は武装した市民に狩られるか日本軍に降った。
なんとか京都まで逃げ帰ろうとしてもトンネル付近を制圧した第10戦車大隊と第14歩兵連隊によって退路を塞がれ、敢えなく全滅した。
しかも制空権まで日本軍側に制圧されているのだから彼らに逃げ場はなかった。
死守を選んだ部隊はF-1かF-4EJ改かMiG-29Kに追い回されて結局死んだ、なんの組織的抵抗でもない、文字通りの無駄死にである。
関ヶ原から長浜市に進撃した第10師団はそのまま彦根市まで移動し斯衛軍の主力部隊に対して武装解除を行った。
その間に第1空挺旅団と第33歩兵連隊、第35歩兵連隊は大津市まで向かった、最早敵は斯衛軍の本拠地、京都だけである。
一方京都に籠る斯衛軍は大津のトンネルの守りを固め、宇治川と桂川の防御を固めた。
斯衛軍は必死だ、兵力不足を補う為に斯衛軍士官学校生、斯衛軍衛士訓練学校生まで戦闘部隊として編成して各所に配置していた。
同時に福知山、舞鶴の第7歩兵連隊と特別陸戦隊を防ぐ為に亀岡市にも守備隊を配置し、全方位からの進撃に備えた。
既に日本陸軍中部方面軍は指揮系統を回復し、第3師団と呉の特別陸戦隊を臨時で編成に加えて京都方面に回していた。
伊丹の第36歩兵連隊、和泉の第37歩兵連隊を展開し、同じく第3師団隷下の第45歩兵連隊と合流、中部方面軍直下の第3飛行隊もつけた。
今や京都は日本軍及び国連軍の包囲下にあった。
このような状況は基本的に下士官兵には知らされていない、日本軍の反乱勢力から京都を守る為に守備に着けという大雑把な命令しか下されていなかった。
しかし下士官兵達も人間である、彼らも負けが決まってきた時の空気感は掴んでいるし、下手な若手の将校達よりも生き残る嗅覚は強い。
いざとなったどんな理由があろうと投降して戦闘なんてやめてしまおう、下士官兵同士で勝手に密約を交わすケースもあった。
一方の将校達もノンポリの者達は戦闘後どうやって生き残るか考え始め、旧守派の者達は如何に勝利するか、如何に死ぬかを考え始めていた。
負けが込んでおかしくなったのか旧守派の者達は皆落ち込んだり、絶望はせずに急に明るくなり出したのだ。
どう死ぬか、どうせなら武家の本懐を遂げてやろう、名誉を守って死ぬのだから悪くはない最期だ、やるべきことは全部やれたから悔いはない、必ず後世の人が我らを評価してくれるだろう。
皆敗北を粛々と受け入れ、その上でどう立ち回るか、如何にして名誉ある武士らしい最期を遂げるかということに注力していたのだ。
これもまた、おかしな話である。
彼らは武家階級の生存に一抹の望みをかけて決起したのだ、それが破れるとなった途端死を受け入れ、武士道とは死ぬことと見つけたりなどと言い始めた。
死を受け入れられるのなら最初から大人しくしていればいいのに、彼らは自分達の自己矛盾の末に今回の決起を引き起こした。
だが例えその矛盾を突いたところで彼らからすれば違うと言うのだろう。
官僚や政治家によって行政的に緩慢な安楽死を施術されるより何か大きなものを目指して散っていかなければ、我々は武家なのだから何かもっと大きなものの為に死ねるはずだ。
これもまた武家という特権階級が生み出した傲慢な考えである、そんなに大きなものの為に死にたいのなら信真が目指した通りBETAに向かって全力でぶつかれば良かったのだ。
結局彼らは自身の傲慢さを守る為に最期の博打を打ち、失敗した。
そして博打を打っている時の冷めやらぬ興奮の中にいるうちに死するからそう考えているだけなのだ。
ただ武家社会の中心にいた旧守派が信真のような考えになったというのは1つ面白い点である。
最後の将軍は死したが彼の望みは大方叶ったと言っていい。
彼の後をある意味で継ぐ者もいる、そしてそれを討つべき資格がある者もいる。
「明日にでも日本軍は大阪か滋賀から攻め入ってくるだろう、少なくとも今夜中に亀岡で戦闘が起こるやも知れん。最早投入出来る戦術機部隊も少なく敵方に比べて我が方の兵も僅か、されど我々は理不尽な現世に対して抗ったという歴史を作らねばならん」
総監部に集まっている旧守派の幹部達に向けて輝光は最後の訓示を行なった。
ここにいる者も大分少なくなっていた、かつては成瀬中将や新田中将もいたのだが2人とも敗戦の責を負って腹を切った、そう遠くないうちにここにいる者も皆後を追うだろう。
それでも彼らは異常なほど平常心を保ち、心の中は闘志で満ち溢れていた。
「守備に成功すれば我らは一生涯の栄光を手にするであろう、負ければそれもよし、最期まで戦い抜いたという武家の歴史は残る。どちらにせよ我らには栄光と名誉が残るのだ」
幹部達は皆感慨深そうにしていた、まるで全てやり切ったと言わんばかりの顔だ。
だが若干輝光は申し訳なさそうにしていた、少なくとも彼が立ち上がった動機の1つである虐げられていた武家の救済は絶対に成し遂げられなくなってしまった。
「だが皆には悪いことをしたと思っている、このような戦に付き合わせてしまった。勝利の頂まで導いてやれんかったことは相すまぬ」
小さく頭を下げた、これが将軍として下げられる精一杯のものだ。
彼の謝罪を真っ先に否定したのが同期であり復帰した仙波北八朗少将であった。
輝光をこのクーデターに引き連れた張本人だ。
「何を言うか輝光殿!元を言えば私が誘ったのが全ての原因、我らの至らなさを叱責してもご自身が謝罪する謂れはありませぬ!むしろ我らこそ不甲斐なく申し訳ない…!」
「仙波少将の仰る通り、ご自身を責めなさるな。全ての責任は我らにあります」
貞親も賛同した、彼らは輝光をこのクーデターに参加させたという自負と責任がある、失敗すれば輝光を庇うのは当然の理であると認識していた。
それは他の者達もそうだ、皆同じようなことを次々に口走った。
「皆、すまぬ。私がやれることは最後まで斯衛軍総大将として、政威大将軍として共に戦ってやれることだけだ」
「それで十分です輝光殿、いえ猊下」
死の間際で彼らの結束は更に高まった、皆で一丸となって奮戦しようと言う意志統一が少なくとも旧守派の中では確立した。
ある1人の客将を除いて。
ハーゼ中佐、正確に言えばハーゼ斯衛軍准将は一歩離れたところから冷ややかな目線で彼らを見ていた。
彼は所詮命辛々逃げ出してきたベルリン派の残党だ、旧守派のように戦って死のうなどと考えたことは微塵もなかった。
しかもこの異常な高揚感と興奮、異常に高いテンションにハーゼ准将は若干ついていけなかった。
彼の哲学はある意味でアクスマン中佐に似ている、死んだら全て終わり、命あっての物種だ。
名誉とは勝利してこそ得られるものであり敗北と死に名誉はない、ただ負けたという結果だけが残るのだ。
それは本国でのベルリン派の扱いを見ていれば否が応でも分かる、負ければ階級も勲章も全て剥奪されて今まで自分達が押し込んできた場所に蹴落とされるのだ。
どんな物のどこがいいのか、こんなところで死んでたまるか、生きていればまた今回のような巡り合わせに出会えるかも知れない。
そうだ、生きていれば必ず再起出来る、祖国が廃墟から復活したようにもう一度這い上がれるのだ。
死なない、死んでたまるか、死ぬくらいなら彼らなんぞ差し出してやる、所詮は極東のアジア人どもだ、見捨てたところで何のダメージにもならない。
このタイミングでハーゼ准将は彼らを切り捨て、再び異国の地へ亡命することを決断した。
生きているということに価値を見出すハーゼ准将からすれば死ぬことが道理である武士道など理解出来る訳がなかった。
彼は少しづつ自分だけが生き残る算段を立てた。
誰か使える駒はいないか、騙して少しの間使える奴はいないか、外国とのコネをどう使うか。
少なくとも我が手には”瑞鶴”と斯衛軍の試作試験機の設計図がある、中南米辺りの国ならいい手土産になるだろう。
最後まで生き残っていた者が勝者だ、なら生き残ってやる。
少し離れたところでハーゼ准将は暗い野心を巡らせていた、それが僅かに輝光に見透かされているとも知らずに。
一方その頃朝霞駐屯地の鎮圧軍司令部では第10師団からの報告を受けて司令官、参謀含め全員が安堵していた。
80%勝てる戦いとはいえその20%を引く恐れがあるし下手に損害を受ければ後々面倒なことになる。
関ヶ原での決戦もそれほどの損害もなく大勝利を収めたということで斎藤大将らは安心して王手をかけることに着手出来た。
「今夜中に第1空挺が仕掛けるそうです」
「少なくともトンネルを抑えられれば戦いはもっと楽になるだろう。そうしたら夜間のうちにトンネルから兵力を投入して山科辺りは制圧してしまおう」
「中部方面軍によると7歩連と陸戦隊も亀岡の守備隊に対して夜間強襲を仕掛けるそうです」
「なら第3師団と呉の陸戦隊にも圧力をかけるように命じろ、宇治川を突破して宇治駐屯地を解放するんだ」
また今夜も眠れなくなりそうだと斎藤大将は内心思っていたがここが正念場だ。
「しかし閣下、京都市内で戦闘になれば相当数の市民の死傷者が予想されますが……」
新津大佐の心配に斎藤大将は即座に対応策を答えた。
「橋頭堡の確保と同時に大音量の拡声器で市内全域に向かって我々の声明と今までの戦闘経緯を全て伝える。賊軍で負け続きとあれば、下士官兵はもう戦ってられないだろう。残った兵力は全方位からの物量で押し込み、最後に嵐山基地を叩く。京都市民の犠牲は極力減らすつもりだ」
「斯衛軍の下士官兵も大半は望んでやっているわけではないでしょうし閣下の判断は効果的かと、実際京都の側まで来ているということが彼らの劣勢を物語っていますからね」
小林大将は更に付け加えた、どのみち彼らに勝つ道はない、それは向こうの将兵も分かっているだろう。
「最小の犠牲でこのクーデターを終えるぞ、これ以上武家の連中の道楽に付き合ってやるものか」
いよいよ斯衛軍との最後の戦いが始まろうとしている、最早戦う前から勝敗は決まった戦いで彼らは何を果たすのか。
その答えはまだ誰も知らない。
4月8日午前2時24分、静かな夜だった。
とても京都の県境まで鎮圧の日本軍が迫っているとは思えないほど静かで穏やかな時が過ぎた。
既に斯衛軍は京都決戦に備えて防御を固め、各所に新たに部隊を配置していた。
その中にはとても役に立つとは思えない者達もいた、例えば京都の斯衛軍衛士訓練学校の生徒を編成した戦術機飛行隊、これは滋賀に近い山科周辺に配置されていた。
なお衛士訓練学校の生徒といっても訓練機のT-2に乗れる者すら学校内で腕利と判断された者であり、大半は数合わせの為に二四式小銃を持たされ、歩兵として参加させられている。
何故なら先の戦闘で”瑞鶴”を相当数失った斯衛軍はT-2すら貴重品であり、まだ戦える衛士に優先配備した。
訓練学校生達は後方警戒ということで前線に展開する歩兵部隊の後ろに配置されており、いざという時の退路を維持していた。
まだ幼い少年少女達は自分達が今なんの為に武器を持っているかすらも分からず、ただ教官から言われたことを遵守していた。
若い彼ら彼女からすれば4月5日の夜から今日に至るまで一体何がなんだか何も分かっていなかった。
「眠いね……」
「でももう少ししたら交代だから、それまで頑張ろうよ」
歩哨の任務だというのに私語が目立つがそれも仕方ない、彼ら彼女らはまだ学年としては2年に当たり、10代の幼い子ども達であるからだ。
だから突然起こる事態にも全く対処出来なかった。
歩哨の警戒陣地から少し離れたところに1人のジャージを着た中年の男がまるで夜の散歩にでも出るように平然とその場を歩いていた。
少し開けた場所に出ると男は腕時計を見て時間を確認し、面倒臭そうにジャージのポケットからストロボライトを取り出して点灯した。
「ねえあれなんか光ってない?」
「ほんとだ……報告した方がいいのかな」
その数十秒の会話の合間に彼女達の頭上を何機かのヘリコプターが通過して行った。
そしてうち何機かのヘリコプターは展開されている陣地に向けて数発ほどミニガンを叩き込んで黙らせた。
ライトの光に沿って一番大きいヘリコプターはゆっくりと着陸し、ハッチが開くと同時に中から数十名の兵士達が展開した。
「第1空挺旅団安城大尉、到着しました」
「うん、向こうのは生徒だから。まあ手は抜かないように」
メガネをかけた部隊長の安芸大尉はニタリと悪い笑みを浮かべ、小さく頷いた。
安城大尉と男はヘリから離れ、移動中の部隊へと向かった。
「先生、一応護身用ですけど無くしたり壊さないでくださいよ?怒られるの俺なんですから」
一緒に歩いていた二等軍曹は先生と呼ばれる男に1丁拳銃を渡し、先生は苦笑を浮かべると慣れた手つきで状態を確認して即座にしまった。
上空には再び別のCH-47ヘリコプターが降り立ち、追加の空挺部隊を展開した。
先生と安芸大尉の横を二四式小銃を持った空挺部隊が走り去っていく。
「久しぶりの再会ですね先生」
「元気してっかな、まあ何人生き残るかだけどな」
先生の意地の悪い発言に安城大尉と二等軍曹は苦笑を浮かべ、確かにと頷いた。
生徒達が相手をするのは日本軍の中でもトップクラスに練度の高い第1空挺旅団の派遣部隊だ、どうなるかは素人でも分かるだろう。
この強襲に合わせて正面からも第1空挺旅団の主力による強襲が始まり、数十時間ぶりの戦闘が始まった。
既にMIM-23の対空陣地は対レーダーミサイルを搭載したF/A-18によって制圧され、事実上機能していない。
支援に展開したF-1支援戦術機とF-15Jが発進した訓練学校生のT-2を容赦なく叩き落とし、制空権を確保する。
その間に空挺旅団は地上戦を続け、各所で斯衛兵らを圧倒した。
それは先生達がいる場所でも同じであった。
上空に展開するAH-1Gが定期的にロケットポッドやミニガンで牽制射撃を叩き込み、学徒兵側の動きを封じた。
移動してきた空挺隊員達は即座に二四式や二二式機関銃による援護射撃を叩き込み、突入部隊を前進させた。
外周陣地は攻撃ヘリの射撃で崩れ、生存者は殆どいない。
建物に籠る学徒兵らも多少は反撃の射撃を撃ち込めたが、大抵学徒兵らが展開する火力の3倍は降ってくる為動くことすら出来なかった。
「ちくしょう!なんだよ!なんでだよ!」
「これじゃあ戦えない!」
「助けて!こっちに負傷者がいる!」
統率された空挺部隊らに対して学徒兵らは阿鼻叫喚、地獄絵図が広がっていた。
大抵の場合指揮を取る教官は意地を見せる為に無理に身を出して戦い戦死している、部隊単位での指揮統率は殆ど崩壊しているに近い。
瞬く間に空挺部隊の前衛が建物に近づき、手榴弾を建物の中に投げ込んで爆発と同時に突入した。
空挺部隊に入られると学徒兵らは完全に戦意を喪失し、逃げ出すか即座に降伏した。
一部は抵抗しようと戦おうとしたが空挺隊員に銃床で殴られて即座に拘束された。
「藤井の班は突入に成功、西宮の班は敵小隊の無力化に成功しました」
「如何しますか先生」
「捕虜はクラス…小隊単位で管理しておけ、主力は予定通りに」
「第3小隊はこのまま後退してくる敵部隊の阻止に当たる。必要であれば他小隊からも人を回せ」
「了解!」
安城大尉の命令を受けて数人の空挺隊員達が動き出した。
既に戦闘は終了しており、学徒兵らは戦意喪失して皆投降の道を選んだ。
空挺隊員らによって拘束された学徒兵らは建物の中の1部屋ずつに押し込まれ小隊、つまりクラス単位で管理された。
そこにヘリコプターのライトに照らされながら数人の空挺隊員と共に歩いてくる男が1人、ジャージの中年であるにも関わらず先生と呼ばれる男は誰よりも偉く見えた。
明かりのない廊下を先生は数人の空挺隊員の軍靴の音と共に進み、警備の兵に尋ねた。
「林田先生のクラスはどこ」
「林田大尉の小隊はあそこです、大尉はそこに」
警備兵の視線の先には数発の小銃弾を喰らい、無惨に死んだ1人の将校の姿があった。
先生は態々死んだ林田斯衛軍大尉の遺体の前に留まり、彼を見下ろした。
「これは悪い大人の例だよ」
その一言と共に先生は安城大尉らと共に死んだ大尉が率いていたクラスの面々に会いに行った。
室内に入ると武装とヘルメット、弾薬ベルトを取り上げられた学徒兵らが俯いたまま地面に座っていた。
中には4名、完全武装の空挺隊員が警備についており、先生が入るのと同時に敬礼して出迎えた。
ドアの開閉音と共に何人かは顔を上げ、中に入ってきた人々を見つめ、即座に驚いた。
彼ら彼女らからすればそこにいる男はかつて自分達の教官であった人物だからだ。
「北野だ!」
その一言と共に何人かが一斉に先生を見た、確かにその男は前任の教官であった。
だが彼は半年前に突然いなくなった、何か事情があっての交代だそうだが人気もなかったし斯衛軍人でもなかった為むしろ嫌われていた。
だから誰も気にしていなかった、そんな男が日本軍を引き連れて戻ってきた。
一斉にクラス内に動揺とざわめきが広がり、勝手に立ち上がる者も現れ始めた。
そんなかつての生徒達に向けて先生は言葉を述べた。
「着席」
「着席!!」
先生の言葉に合わせて安城大尉がまるで恫喝するかのように学徒兵らに叫んだ。
威圧に負け、学徒兵らは再び床に座った。
その様子を確認すると安城大尉は「では先生お願いします」と後を任せた。
彼ら空挺隊員らがこの男を先生と呼ぶのには理由がある、誰も男の本名を知らないからだ。
学徒兵らは先生を北野と呼んだがこれは男の偽名である、一応日本空軍から派遣された軍事教官北野大尉として働いていた時の名前だ。
実際には男の階級はもっと上だし名前も違う、別の場所では大友と名乗っていたし、吾妻、村川、藤吉郎、菊次郎と様々な偽名を使っていた。
だから安城大尉らは以前の職歴である斯衛軍の教官からとって先生と呼んでいた。
ではなぜ彼が斯衛軍の教官をやっていたのか、単純に彼の本業が故だった。
所属は統合参謀会議の情報室、それも繁田大佐とは違いより実務的な仕事を担当する人間であった。
「皆さん、しばらく。半年前に教官をやっていた北野です、こんな事になっちゃって悪いね。これから皆さんには、日本軍の捕虜になってもらいます」
先生は冷徹になんの感情もないような声音で彼ら彼女らに今後の処遇について話した。
捕虜、一応は軍に所属している訳だから一度は聞いたことのある単語だ、それでも自分達がなるとは思っても見なかった。
周りの空挺隊員らは敵視を含めた目線で彼ら彼女らを見ていた。
「どうして……」
1人が呟いた。
「どうして私達が捕虜なんですか……?」
冷たい空気が流れる、ただそこにあるのは殺意ではなく呆れ、こんな何も知らない子どもすら利用するのかという憤怒であった。
先生はそれに対し、少し感情を込めて言葉を返した。
「
賊と聞いても反応は正規の斯衛軍らよりも薄かった、まだそれほど社会に揉まれていないというのもあるのだろう。
ただ自分達が反乱に加担し、その結果日本軍から銃口を向けられているということは分かった。
「なので暫くは先生やここの兵隊さんの言うことをよく聞くように。聞かないと」
先生は顎で隊員らに指示を出し、空挺隊員らは静かに引き金に指をかけ、一瞬で張り詰めた空気に変わった。
その空気を全く気にしていないかのように先生は再び喋り出した。
「では皆さん、生き残って価値のある大人になりましょう」
それが果たして先生として生徒達に最後に向けた教育の言葉であったか、それとも単なる意地の悪さだったのかは分からない。
どちらにせよ後方を守備していた学徒兵部隊は回り込んだ空挺部隊によって制圧され、前衛の守備隊は逃げ場を失った。
しかも正面からは空挺旅団の主力と第10師団が続き、上空を何機かのF-1とF-15Jが飛行し、敵陣地を見つけてはロケット弾や突撃砲の斉射で破壊していった。
孤立したとはいえ山科区の守備隊にはまだ逃げ場所はある、山科川を下って醍醐寺の方へと落ち延び、宇治川の前面にいる守備隊と合流することだ。
士気崩壊を起こした彼らは生き残れる望みに賭けて陣地を放棄し、勝手に無許可離脱を始めた。
だが逃げた先に希望がないことを彼らは知らない。
宇治川前面の防衛線は呉特別陸戦隊、第3師団の3個歩兵連隊が中心となって渡河作戦を開始し、各所の橋を奪還しつつ川を渡って宇治市や京都市に突入した。
上空を陸軍飛行隊のF-1が飛び交い、同時に海上から日本海軍のF-14JやF-16NJが支援に入った。
こうした激戦では必ず大きな音が周囲に鳴り響く、上空を戦術機が飛んでいれば尚の事だ。
斯衛軍の包囲下にある宇治駐屯地、ここには本当に僅かな部隊しかいないのだがそれでも外から来る友軍に一抹の望みをかけて包囲中の斯衛軍に対して発砲した。
宇治駐屯地からの突然の攻撃に包囲中の部隊は大いに動揺し、混乱を招いた。
その間に大久保駐屯地の第45歩兵連隊が宇治駐屯地に向けて進撃し、包囲中の斯衛軍部隊を蹴散らした。
午前3時頃、宇治駐屯地はほぼ3日ぶりに友軍と合流し包囲網から抜け出した。
第45歩兵連隊はそのまま山科区から逃げてきた斯衛軍と遭遇し、ほぼ野盗の群れと化した斯衛軍を組織と数で潰した。
その間に信太山の第37歩兵連隊は伏見区の中央から攻め入り、梅小路と京都駅を目指した。
伊丹の第36歩兵連隊と呉海軍特別陸戦隊は桂駐屯地の解放と嵐山基地の制圧を目指して前進した。
一方亀岡方面では福知山の第7歩兵連隊と舞鶴海軍特別陸戦隊が南丹市から襲来し、亀岡全面に展開する斯衛軍と激突した。
第7歩兵連隊は日本陸軍におけるレンジャー発祥の部隊であり、当然だが練度は高い。
同じく舞鶴の特別陸戦隊も横須賀や呉、佐世保の特別陸戦隊と遜色がない、特に腕のいい兵士が斯衛軍の相手をする訳だ。
結果は分かり切っている、斯衛軍は順当に押し込まれ後退戦を続けていた。
午前4時を回る頃には京都市に日本軍の橋頭堡が設置され、既に王手がかけられていた。
午前4時20分頃、第1空挺旅団は第10師団と共に京都市内に突入し、鴨川前面まで前線を押し上げた。
ここまで進むと旅団は一時的に進撃を停止し、スピーカーやビラ巻きによって斯衛軍の下士官兵らに対する精神攻撃を仕掛けた。
3日前の皇帝陛下と首相の声明を大音量で流し、上空からは『下士官兵に告ぐ』と書かれたビラが降ってきた。
そして昨日も掲げた錦の御旗を掲げ、投光器付きのアドバルーンを飛ばして前線の兵士達にこれでもかと圧力をかけた。
果たして吉と出るか凶と出るか、最前線の将兵に緊張が走ったが結果は吉となった。
下士官兵が武器を捨てて大量に投降してきたのだ。
正直な所、彼らも大分限界が来ていた。
よく分からないまま夜間出動を命じられ、よく分からないまま京都を占領して戒厳令が開かれ、市民からは冷たい視線を向けられている。
司令部や本部は何処も険悪な雰囲気が流れているらしいし、出撃した2個連隊はついぞ帰って来なかった。
そして眼前には陸軍最強と言っても過言ではない第1空挺旅団、しかも菊の御紋と陛下の御言葉まで引っ提げている。
戦ったところで勝ち目もないし、恩賞が出るとも思えない、下士官兵らは嫌気が差し降伏の道を選んだ。
これは前線で日本軍と相対する斯衛軍部隊の全てで起きている事だった。
皆武器を捨てて投降し、必要であれば上官の小隊長や中隊長だって殺した、最早軍規などない集団に成り下がった。
心の底からクーデターを支持している者など本当に僅かだ。
旧守派の下士官や将校らは部下の無許可離隊を止めようと色々な手を使ったが、兵の流出は止まらなかった。
一部の将校は状況に絶望して自殺し、各所で戦闘とは関係のない銃声が何度か響いていた。
その間に第1空挺旅団の一部は最優先攻撃目標である城内省本庁舎攻略に向けて補給と戦力の温存に努めていた。
隊員達も今のうちに早めの朝食を摂り、一時休憩に入っていた。
「おーいみんな、斯衛の糧食を貰ってきたぞー」
高梨一等兵は袋いっぱいの缶飯を持ってきて同じ部隊の仲間達の前で広げた。
俗に言う戦闘糧食Ⅰ型と呼ばれるものであり、糧食に関しては日本軍も斯衛軍も共通だった。
「高梨、これどっから持ってきたんだよ」
「いいから突撃の景気付けだ、食え食え」
そう言って中村一等兵達は怪訝な表情のまま糧食を開けて出撃前の腹ごしらえを始めた。
糧食に火を入れ、温めた後開封して中身を確認する。
「これコンビーフだ」
「こっちはウインナーだ、乾パンもあるぞ」
「赤飯だ、川崎お前赤飯好きだっただろ。やるよ」
配給されたものではなく高梨一等兵が斯衛軍から勝手に盗んできたものだから配給とは違ってランダム性がある。
隊員達は普段はあり得ないような組み合わせて糧食を食べ、水分や塩分が抜け、エネルギーを欲している身体に必要なものを補給した。
戦闘後に塩味の強いたくあんは身体に染みる、装備を下ろして隊員達は休息と食事を楽しんだ。
「おい深谷、ソーセージだぞ。うめェか」
「ウン……おいしい」
「お前らァ!!休憩終了!!さっさと突撃準備だ!!」
斯衛軍に対する降伏工作は大凡30分ほど続き、ある程度状況は固まってきた。
第10師団は南下して京都駅、梅小路の奪還に向かい、第1空挺旅団は城内省本庁舎や将軍邸、京都放送とNHK京都放送局の奪還に移った。
各所で部隊が動き始め、佐藤大尉の中隊も突撃の為に部隊を前に出し、命令を待っていた。
「目標は城内省だ、連中の軍旗を叩き落として第1空挺旅団の旅団旗を掲げてやれ!」
「いつも通り先頭は中村だ、神林と深谷が後に続いて清田と高梨が援護しろ」
「ちくしょう」
「仕方ないだろ中村、くじ引きで当たったんだから」
「うだうだ言ってねェで配置につけ」
各所で空挺隊員らが各所に展開し、準備は完了した。
突入開始は午前5時20分ジャスト、後10分もすれば日が上り朝日を拝むことになるだろう。
戦う男達にとってはこれが最期に見る朝日かも知れなかった。
午前5時18分辺りから城内省及び周辺地域に向けて重迫中隊による準備砲撃が開始され、120mm重迫で斯衛軍の残存する陣地に打撃を与えた。
2分の砲撃の後に第1空挺旅団各大隊は機関銃班や増強戦力の三三式APCから援護射撃を受けつつ、突撃を開始した。
佐藤大尉の中隊は城内省本庁舎に近い丸田町通りから進撃を行い、まず丸田町橋の守備隊を粉砕した。
基本的どこの斯衛軍守備隊も兵力は半減しており、空挺部隊が少し突撃をかければ陣地は簡単に崩れた。
「車両を優先して通せ!装甲車で陣地を崩す!」
移動する空挺部隊と共に三三式APCも橋を渡って鴨川を越え、敵影を発見すれば12.7mm重機関銃を放って殲滅した。
各小銃分隊も周囲に展開し、安全確保の為に周囲の建物を一軒一軒制圧していった。
それでも中隊の主力は10分も経たないうちに城内省本庁舎前まで辿り着いた、とても武家の重要拠点とは思えぬほど外周の守りが脆かったのだ。
先行した三三式APCが歩兵の盾となりつつ、城内省前の木々の奥に向けて12.7mm重機関銃を叩き込み、内部の守備隊を動けなくした。
だが流石はここまで来て賊軍として戦おうとしている者達である、逃げ遅れて死ぬしかないのか覚悟が決まっているのか前進して三三式APCの側面に84mm無反動砲を叩き込んで撃破する者がいた。
「装甲車がやられた!」
「怯むな!ぶち殺せ!」
即座に周りの空挺隊員が二四式小銃で敵兵を撃ち倒し、手榴弾や擲弾を投擲して一番近い入り口を制圧、敵兵を殲滅した。
その間に張り付いた機関銃兵が牽制射撃を叩き込み、いよいよ城内省に空挺隊員達が突入した。
アタッチメントの擲弾筒で火力支援を行い、更には機関銃班の支援も受けて空挺隊員らが突っ込んでくる。
守備兵らは奮戦したがいくら死に物狂いで戦っても火力と兵の練度で圧倒されており、時間稼ぎが精一杯であった。
しかも数箇所ほどある別の入り口から他の空挺中隊も乗り込んできた為、抵抗しようにも単純に人手が足りなかった。
城内省突入から15分も経たないうちに佐藤大尉の中隊は建物内に入っており、ポールに掲げられた城内省と斯衛軍の旗は降ろされていた。
「くそッ!!同じ武器のはずなのに!!」
「上林!手榴弾投げろ!」
「手榴弾投擲行くぞ!!」
手榴弾の爆発と共に僅かな悲鳴が聞こえ、そこへ勇気を持って身を乗り出した中村一等兵が二四式小銃によって確実に息の根を止めた。
「行くぞ!」
隊員達はそれぞれ周囲を警戒しつつ階段を登り、敵を発見 すると即座に応戦した。
後方から同じように別の分隊も上階に上がり、次々と増援が到着していた。
「このまま右に曲がり、真っ直ぐ行けば第一会議室だ。なんかいる可能性が高いぞ」
「敵将討ち取れば褒賞もらえたりするかな」
「分かんないけど行かないと終わらないよ」
「前進だ」
中村一等兵達はそのまま前に進んだ、目指す先は臨時の行政機能が設置されている城内省第一会議室である。
当然だが会議室の前にはそれなりの守備兵がいた、銃撃による抵抗も激しかったが兵の殆どは負傷者ばかりで五体満足な隊員は兵力不足で駆り出された若手の参謀将校くらいだ。
隊員達は周囲に散開し、銃弾の雨から身を守りながら反撃として銃撃を撃ち込んだ。
「ありったけの擲弾と手榴弾叩き込め!」
全員がアタッチメントを擲弾筒に変更してそれぞれ擲弾を撃ち込んだ。
それに合わせて中村一等兵と高梨一等兵が手榴弾を投げ込み、破片によって相手の負傷者を増やした。
後方から二二式機関銃による制圧射撃が叩き込まれ、ようやく小銃兵が前進出来る隙間が出来た。
「行くぞ中村!!」
「おう!」
何人かが立ち上がって汗をダラダラ垂らしながら思いっきり敵陣地まで駆け抜けた。
道中深谷一等兵と清田一等兵が負傷したが幸いにも重傷ではなかった、辿り着けた残りの隊員らが二四式小銃の斉射で敵兵を殲滅した。
会議室には2箇所の入り口があったが両方から川崎一等兵と大場一等兵が手榴弾を投げ込んで内部に残っている敵兵にダメージを与えた。
そのままドアを蹴破り、中村一等兵らが室内に突入した。
「降伏しろ!」
銃口の先には明らかに将校クラス、しかも将官が2、3人と佐官クラスの参謀達がいた。
中でも一番偉そうな将軍が密かに隠し持っていた手榴弾を出して中村一等兵らに吐き捨てた。
「生きて虜囚の辱めを受けず……」
「チクショウ!!」
中村一等兵は弾倉に入っている全ての弾を目の前の斯衛軍将校らに叩き込んだ。
二四式小銃の弾が尽きる頃には将校らは全滅しており、幸いにも手榴弾が爆発することはなかった。
眼前に斃れる将校達を中村一等兵は瞳孔が開き切った瞳でしっかりと見ていた。
「助かったぜ中村」
「ハア……ハア……やりすぎちゃったかな……」
「手ェ上げなかったんだ、仕方ねえよ。それより見ろよアレ、絶対純金だぜ。大場、銃剣貸せよ、貰っていこう」
「ええ、いいのかよそんなことして」
「俺たちだってここまで苦労させられたんだ。今の金相場はいくらかなあ」
城内省での戦闘も下火になり、後は僅かな生き残りが散らばって抵抗を続けるのみとなった。
「中隊長!!城内省警備司令を討ち取りました!!」
「なんだと!?でかした!施設の9割を抑えたんだ、もう制圧したも同然。旗を掲げろ、旅団旗と陸軍旗だ」
「はい!」
ポールにはゆっくりと第1旅団旗と日本陸軍旗が掲げられ、旅団旗と旭日の旗は登り行く朝日によって照らされ、光り輝いていた。
「おお…!神州は正に日登る国だァ…!」
美しい朝日を見て佐藤大尉は思わずそう呟いた。
同じ頃中村一等兵らも建物の屋上に出て日本国旗を振っていた。
これにより城内省は完全に制圧され、日本帝国の下に帰ってきたのだ。
「バンザーイ!!バンザーイ!!」
「勝ったぞ!勝ったぞ!」
各所で空挺隊員らの歓声が聞こえる。
1984年4月8日午前5時57分、城内省は第1空挺旅団が奪還した。
ほぼ同じ頃、斯衛軍総監部では各所の指揮統制に忙しくしていた。
だが同時に総監部も徐々に日本軍の砲撃範囲内に入ろうとしており、嵐山基地への司令部機能移転が準備されていた。
車両を集め、脱出経路を策定し総監部放棄に合わせて残存する兵力を全て嵐山基地へ移す計画を立てていた。
そこへ誰もがノーマークであった牙が突如斯衛軍に降り掛かる。
3日前、将軍邸で信真と共に全員討死したと思われていた存在、政威大将軍警護隊の残兵だ。
信真の命令を受けて指揮官の和田清久大佐、小隊長の宮中則松大尉らは地下通路から落ち延びて暫し息を潜めていた。
そして日本軍の攻撃が本格化するのと同時に主君の仇を取る為決死の覚悟で地上に上がり、総監部の急襲を画策した。
使える兵員は全員合わせても二十数名、弾薬類も脱出する時に持ち出せた者でそれほど多くはなかった。
「いいか、我らはもうお護りする主君のいない野侍よ。故にこれ以上生を与えられたとしても恥を重ねるだけ、ここで猊下の仇討ちを行い、猊下に顔向出来る最期を遂げるのだ…!」
唯一残った二十数名の部下に和田大佐は決死の覚悟を伝え、軍刀を引き抜き拳銃を構えた。
彼らの多くは負傷しておりまともに手当を受けられなかった為かなりダメージを負っているがそれでも戦う気力を持ち、決死の覚悟を持って和田大佐に着いて行った。
下士官兵であっても警護隊に取り入れられる以上信真には皆大なり小なりの恩義があったのだ。
その恩義に報い、警護隊として最後の使命を果たす為に彼らは自らの命を投げ打って立ち上がった。
本物の忠臣の戦である。
「突撃にぃ!前へ!!」
和田大佐の合図と共に機関銃手が援護射撃を行い、残った隊員らが銃剣を装着した二四式小銃を構えて総監部前の防衛陣地に向けて突撃した。
最初の銃撃で何名かの守備兵が撃たれ、そのすぐ後に突っ込んできた和田大佐の軍刀で数名が斬りつけられた。
「なっなんだ!?誰だ!?」
「敵襲!!敵襲!!」
前衛の兵達は銃剣で腹を突き刺されて武器を奪われ、訳も分からず殺された。
即座に奪った弾倉で球を補充すると警護隊員らは増援としてきた斯衛兵らを撃ち殺した。
そのまま近くの駐車場に停車している車両を破壊して移動手段を奪い、生き残った残存兵員らはそのまま総監部の庁舎に突撃した。
「なんの音であるか!」
「敵襲です!恐らく日本軍の強襲部隊が浸透したものと思われます!」
移動中の下級将校の報告を聞いて貞親は怪訝な表情を浮かべた。
少なくとも四方から迫る日本軍のどの部隊も総監部に辿り着ける地点にはいないはずだ。
だとすると情報漏れが発生するほど前線は崩壊しているのか、それとも裏切り者が現れて誤情報を送っているのか。
最悪を想定しながら貞親は幹部が集まる作戦室に入った。
「襲撃者の数は大凡1個小隊ほどと予測されます」
「では守備隊で事足りるな、3カイト地下の入り口に守備隊を配置して迎え打て。1個小隊ならどの道我らの下には辿り着けん」
「しかし猊下、守備隊が痛手を受けているのも事実、残念ですが総監部は放棄し嵐山基地に移転すべきかと」
貞親は指揮を取る輝光に指揮機能の移転を進言した。
「どの道総監部は長期戦に適していません、勇気ある後退を進言します」
「……指揮機能を嵐山に移す、しかし車両に打撃を負っている為人員の移動を最優先とする。残念だが機材は全て破棄する」
「了解!」
「時間はないぞ!直ちに各班ごとに順番を決めて嵐山に移動しろ!」
それぞれの部局ごとに指示を出し、総監部の完全なる放棄が始まった。
なお突入した警護隊であるが総監部の移転が決まった5分後には守備隊の戦闘が停止している為、彼らはこのタイミングで全滅したのだと思われる。
確証はない、確かに戦闘後総監部から和田大佐ら二十数人の遺体が発見されたがその二十数人が本当に将軍邸を脱出した生き残り全員なのか怪しいからだ。
この後総監部の守備隊も大半が戦死する為彼らについて詳しく知る者が公の場に現れ、真実について話すことはなかったことから数十年経った後も分からない。
故に警護隊の忠臣には生き残りがいるのではないかという生存説が実しやかに囁かれているが、真実は結局闇の中であった。
その間に輝光は貞親に対してあることを尋ねた。
「貞親殿、ハーゼ准将は何処にいますか」
「准将は先ほど通信室で見かけました、情報局員の指揮を取っている様子で」
「ありがとう、准将には直接移転を呼びかけます。貞親殿もお早めに」
「ハッ、猊下も早く」
お互いに頷き合い、輝光は一旦作戦室を出て通信室に向かった。
こうなった以上彼を野放しにしておく訳にはいかない、最早彼も斯衛軍の将なのだから責を負ってもらわねば。
輝光は軍刀を硬く握り締め通信室に入った。
貞親の報告とは違い、そこには通信士官や一部の情報局所属の将校がいるだけでハーゼ准将の姿は見当たらなかった。
「ハーゼ准将は何処に行ったか」
「准将殿は岡谷少佐から話があると聞いて情報局長の執務室に向かいました」
「そうか、草案部は放棄するから諸君らも早く離脱しろ。再び嵐山で会おうぞ」
「はい!」
輝光は通信室を出て情報局長の執務室とは真反対の方向へ向かった、彼は絶対に執務室にはいないと確信があったからだ。
その頃ハーゼ准将は大きな鞄を持って総監部の地下駐車場に向かっていた。
ここは嵐山基地の反対側に設置された地下駐車場で脱出の為に手配された車両はここにはない。
ただクーデター前から残っている軍用車が何題かまだ残っていた。
「いい機会だ…!ここらが抜けるチャンスかな…!」
既に布石は打った、情報局の岡谷少佐を上手く騙して南米、コロンビアへ亡命する為の必要な手土産を持たせた。
恐らく彼はすぐにでもコロンビアへ着き、向こうにいる旧友と接触して上手く取り計らってくれるだろう。
大統領のエスコバルとやらがどんな男か完全には把握していないが、所詮は南米の犯罪組織上がりのチンピラ、上手く操れるはずだ。*1
そうすればコロンビアで再起を図れる、国家包みの麻薬取引で手にした莫大な資産とコロンビア軍を使ってもう一度再起するのだ。
ハーゼ准将は引き攣っているが確かなチャンスを得たという歓喜の笑みを浮かべていた、眼前に軍刀を携えた輝光の姿が現れるまでは。
「ハーゼ殿、何処へ行かれるつもりですか」
「脱出ですよ、嵐山へ向かうのでしょう?リスクの分散を考えれば私は別ルートからがよろしいかと思いまして」
ハーゼ准将は取り繕ったような笑みを浮かべ、輝光に言葉を返したが輝光が纏う殺意の塊のような覇気は消えなかった。
「私が移転を話したのはあくまで作戦室にいる者のみ、通信室の面々に話した際に准将はいなかった。何処で知ったのですか」
「道中行き合った貞親殿に教えられたのですよ」
「貞親殿はまだ作戦室におられます、それにこちらの駐車場に向かう通路ではどうやっても貞親殿とは会えませんよ」
言い訳が苦しくなってきた為かハーゼ准将は実力行使に出ようとした、どうせ彼も裁判所で死ぬか嵐山で腹を切って死ぬかの二択なのだ、ここで撃ち殺したって大して変わらない。
無論その魂胆は見抜かれておりハーゼ准将が拳銃を手に取るよりも早く輝光がハーゼ准将の肩とホルスターに1発ずつ撃ち込んだ。
痛みで悶え、悲鳴を堪えるハーゼ准将の唸り声が聞こえる。
「乱心されたか…!」
「まさか」
そう言って輝光はハーゼ准将の右手にも銃弾を撃ち込んだ、もしかしたら鞄にも何か仕込んでいるかも知れない、
「ハーゼ殿、我らに知恵を貸して下さったこと、それ自体は感謝しています。ですが一度乗った舟から飛び降りるような事はしなさいますな。大海に呑まれ、溺れますぞ」
ありったけの力を振り絞ってハーゼ准将は輝光を睨みつけた。
「沈みゆく舟から降りるのは当然のこと……!生きねば……生き残らなければなんの価値もない……!何故それが分からないか……!」
それは生命の摂理であり、動物の本能である。
ハーゼ准将は当たり前を説いたつもりだったが、輝光の心には届かなかった。
「人は死ぬべき時に死なねば、死以上の苦痛に苛まれることになります。ハーゼ殿、私は人として長く生きるよりも武士として手本となる最期を遂げたいのですよ」
輝光は手慣れた所作で拳銃をしまい、軍刀を構えた。
ハーゼ准将の首に当てられた刃からは常人には感じられない死が籠った冷気が放たれている。
輝光は大きく振り翳し、斯衛軍の客将に向けて別れの言葉を放った。
「ヴァルハラとやらで会いましょう、もしくは地獄の底で」
「ハインツっ……!」
カール・ハーゼ斯衛軍准将が最期に放った言葉は今は亡きベルリン派の首魁の名前であった。
思えば彼がベルリン派に誘わなければこんなことにはなっていない、シュタージの将校として、ジェルジンスキー連隊の参謀として順当に出世し、戦争が終わる頃には大佐か少将にでもなって退役出来たはずだ。
奴のせいで全てが狂った、あの赤毛の獣さえいなければ、ベルリン派なんて興味を示さなければ。
この世からハーゼ准将が別れを告げる時、最期に思ったのは恨み節であった。
輝光は刃についた血を拭き取り、鞘に戻した。
時間があれば遺体を処分しておきたいがそんな余裕はない、時期に回収者が現れるだろう。
総監部から午前6時10分、総監部から全ての人員が撤退し嵐山基地に移った。
その後総監部が日本軍によって形式上占拠されるのは午前7時24分のことであり、その段階では軍服を着たヨーロッパ人の遺体は発見されなかった。
代わりに周辺住民の話だと午前6時30分頃に日本軍とは違う格好の兵隊を見かけたという奇妙な話が出回っていた。
果たして彼は何処へ消えたのか、これもまた真実は闇の中だ。
少なくとも日本帝国からすれば。
1両の三三式大型トラックが移動する主力とは反対側を移動していく。
恐らくこの光景を見ても大半の将兵は負傷者を後送する為だと思うのだろう、中身も見えないようになっている。
中にいる1人の男が荷物のチャックを開け、中身に向かって話しかけた。
«Нашел.»
ソ連国家保安委員会、参謀本部情報総局がベルリン派残党に対する追跡をやめたのは丁度この時期であった。
城内省の陥落を皮切りに斯衛軍は次々と主要拠点の支配権を喪失していった。
第10師団は北上する第3師団と合同で京都駅、梅小路の斯衛軍を殲滅し、同地を3日ぶりに解放した。
第36歩兵連隊と呉海軍特別陸戦隊は桂駐屯地の解放に成功し、一旦補給を行いつつ嵐山基地へ向けて最終攻勢の準備を進めていた。
亀岡市における戦闘も勝負はついており、後は残る守備隊が第7歩兵連隊と舞鶴海軍特別陸戦隊相手にどれほど持ち堪えるかであった。
地上部隊の進撃に合わせて航空戦力も活発に動き始めた。
元より何機かは制空戦闘の為に待機していたのだが斯衛軍側の戦術機部隊がそれほど活発に動かず、対地支援のF-1、対空レーダー撃破任務を与えられたF/A-18を除いて殆ど出番がなかった。
しかしいよいよ対基地攻撃が本格化することになり、斯衛軍による戦術機部隊の動きも出始めたことから戦術機部隊も本格的に動き出した。
F-1や一部のF-4EJ改はより本格的な対地装備に切り替え、最悪の場合嵐山基地に強行突入する準備を行なった。
こうした対地攻撃機を通す為には制空機の存在が不可欠であり、上空にはF-15JやF-4EJ改、F-14J、F-16NJが飛び交っていた。
しかし本陣たる嵐山基地に対する突入の先鋒には斯衛軍の反クーデター軍が任される運びとなった。
要はクーデターを起こした武家の責任を取って禊をやれという暗黙の了解だ。
先鋒は相手方が対空砲や地対空ミサイルなどを用いて積極的に応戦してくる危険な任務だがやり遂げないと最早武家の面子が成り立たなくなる。
将来少なくとも武家の全員が全員賊軍だった訳ではないと言い訳をつかせる為にもここで彼らに一働きしてもらう必要があった。
無論周囲にはバックアップと監視を含めて日本空軍のF-15Jが控えている。
『各機、出てきた賊軍の戦術機を叩け。昨日あれだけ堕としたんだ、敵の数はそう多くはない!』
『敵機確認!飛行隊規模の”瑞鶴”とT-2練習機です!』
『迎撃開始!我々で倒すぞ!』
部隊長、東北守護軍飛行隊隊長の二本松国武中佐は操縦桿をしっかり握り締め、少し焦ったような声音で部下達に命じた。
先の戦いで二本松中佐は既に2名の部下を失っている、それでもなお武家の未来の為に部下と自分の命を全て賭けていた。
京都の上空で”瑞鶴”同士の戦闘が始まった。
特に崇継と介六郎の赤と青の”瑞鶴”が昨日の決戦同様に数多くの敵機を撃墜していった。
だが相手もただやられるだけではない、やはり性能が同じ”瑞鶴”同士になると中々厳しいものがあり、何機かの反クーデター軍の”瑞鶴”が撃墜されて地上の京都市街地に墜落した。
「貰った!」
崇継の青い”瑞鶴”が友軍機を追っている敵機を長刀で切り倒し、そのまま嵐山に叩き落とした。
続いて接近するT-2練習機を数発の突撃砲で撃墜し、一旦戦場から離れて状況を確認した。
「練習機なんぞ出してきやがって!!」
『崇継増援だ、新手が出てきてる』
崇継は素早かにレーダーを見て状況を確認した、確かに介六郎の言う通り何機かの戦術が出撃している。
だが明らかに1機、どの機体よりも速く凄まじい機動をしていた。
「なんだこいつは!?」
『見えたぞ!先んじて叩き潰す!』
「二本松中佐!待ってください!」
焦った血気に流行る二本松中佐は部下の”瑞鶴”と共に迎撃に向かい、目標をロックするとAIM-9Lを発射した。
しかしその機体は即座にフレアを放って離脱し、回避機動と共に”瑞鶴”に接近してうち1機を長刀で斬り倒した。
「二本松中佐!」
指揮官機が爆散し、側にいた僚機はAIM-7Gを叩き込まれて撃墜された。
『あれはなんだ!?』
『確かあれって…!』
もう介六郎は新たに出現した青い戦術機の正体を掴んでいた。
崇継も冷や汗を垂らしながらその機体の名前を呟いた。
「XF-15JRG”
斯衛軍も試験機としてF-15Jを3機ほど導入していたことがある、うち2機は篁祐唯によって岐阜基地に移転されたが1機だけそうではなかった。
それがXF-15JRG”鳳鷲”、斯衛軍仕様のF-15Jであった。
『崇継には近づけさせない!』
「よせ介六郎!」
前に出た介六郎の”瑞鶴”に”鳳鷲”は近接用長刀を振るって攻撃の隙を与えず、すかさず密かに持ち替えた四〇式近接刀に装備を持ち替えて”瑞鶴”の左腕部を切断した。
『何ッ!?』
即座に担架から突撃砲を放って跳躍ユニットによるバックブーストでその場を離れ、後方に下がった。
敵を退けると”鳳鷲”は崇継の”瑞鶴”に真っ直ぐ突撃し、長刀を抜いて崇継の”瑞鶴”に斬りかかった。
寸前のところで長刀に持ち替えた為、斬撃を喰らうことはなかったがぶつかった刃の衝撃が機体に降りかかってくる。
「チッ!その機体の色!そしてこの腕!九條輝光、貴方だな!」
崇継は即座に”鳳鷲”を操縦する衛士の中身を言い当てた。
『ご明察、流石は崇継だ』
”鳳鷲”側の通信からは崇継が言った通り輝光の声が聞こえた。
彼は即座に足に装着したハイドラ70ロケット砲を発射し、一旦相手と距離を取り、突撃砲で牽制しつつ再び斬撃を加えた。
『斑鳩崇継、崇宰恭子、未来ある五摂家の若者達、そのうちの片割れと合間見えるとは!相手にとって不足なし!』
「こちらこそ、武家と五摂家の名に賊軍という泥を塗り、天下を震撼させる大悪党を許してはおけん!猊下を殺め、将軍の座についた裏切り者は俺が倒す!」
崇継は怒りに燃えていた、正義の怒りだ。
彼は今の五摂家や武家の体制が嫌いだった、だから家を飛び出して諸国を巡り、数多くの友と知見を得た。
されど武家として生きる人々までは嫌いじゃなかったし、心の奥底では武家と斑鳩の家に誇りを持っていた。
五摂家もそうだ、特に輝光は良き手本として父や母らからかくあるようにと教えられてきた、昔から歌舞伎者だった信真とは違って。
だから輝光だって尊敬していた、今は家を飛び出したがいずれは輝光のおじ上のようにならなければならない、輝光のような人徳を持って日本の未来を担っていきたいと。
だが全て裏切られた、彼は日本帝国を裏切り、崇継の心を裏切った、この怒りは悲しみと嘆きの籠った正義の怒りだ。
今こそ正義の怒りはぶつけなければならない、それは輝光も望んでいることだった。
『我こそは五摂家に名を連ねる九條家当主にして政威大将軍の役職を受け持つ山城国の武家人、斯衛軍大将、九條輝光。斑鳩崇継、貴君に対し決闘を申し込む!』
輝光は名乗りを上げ、崇継に堂々と決闘を申し込んだ。
彼と最期に戦うことによって武家としての一生は完成する。
「…ッ!我こそは五摂家に名を連ねる斑鳩家本流の嫡男、斯衛軍大尉、斑鳩崇継!その決闘受けて立つ!謀反人九條輝光は必ず俺が討ち取る!」
言葉を交わしてわかり合うのは平時の手法、有事となった今敵となった者とは言葉ではなく刃を持って語り合わねばならない。
輝光と崇継、2人は同じ五摂家にして互いの因果に終止符を打つ者。
斯衛の乱はいよいよ終盤に差し掛かろうとしていた。
つづく