マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
愛する心 平和の誓い
今は力に まだなれずとも
聳えるあの山に この身をかえよ
-”平和の誓い”より抜粋-
京都の上空で2機の青い斯衛軍戦術機が刃を向け、銃口を向け、ミサイルを放って戦っている。
片方は伝統ある武家の栄光を背負って死地に立つ為に、片方は日本帝国の新しい時代を背負って古きを打倒する為に。
しかし操る機体は全くの真逆、片方は最新鋭、もう片方は結局第一世代の戦術機である。
”鳳鷲”、アメリカ軍がのちに呼称するあだ名の”
例えばレーダー、これはF-15Jからの据え置きである為当然性能はいい、搭載している空対空ミサイルも斯衛軍が購入した中では数少ないAIM-9Lを搭載している。
跳躍ユニットに搭載しているターボエンジンも水力に関しては重量ポンド比で”鳳鷲”が2倍近く上回っている。
加えて単純な機動力では”鳳鷲”の方が優勢であり、恐らく崇継が操縦していない”瑞鶴”では二本松中佐のように即座に撃墜されていただろう。
事実、あの介六郎の”瑞鶴”は腕を持っていかれた、ハイヴの中に突入した時でさえ失わなかった”瑞鶴”の片腕をいとも容易く斬り落とされたのだ。
代わりにブランクがある輝光とついこないだまで”瑞鶴”を操縦してきた崇継では圧倒的な衛士としての技量差があり、彼の青い”瑞鶴”は”鳳鷲”と同じくAIM-9Lを搭載している。
しかも米軍のデータリンクシステム内に加わっており、”瑞鶴”単体では分からないこともE-2やどこかに飛んでいるRC-135の偵察情報によって分かるようになっている。
よって彼らの戦いは拮抗した、単純な機体性能差で”瑞鶴”は決定打を打ち出せていなかったが、常に”鳳鷲”の位置は補足していた。
一方の”鳳鷲”も敵機を圧倒してはいたが操縦技量でダメージを与えられず、中々致命打を繰り出せていない。
「チッ!打撃力が足りん!」
崇継は放たれたAIM-7Gを回避しながら反撃として突撃砲を放ったが回避され、思わず口から自機に対する不満を溢した。
”瑞鶴”は確かにいい機体である、崇継用にチューンを繰り返し自らの戦い方に馴染むよう改造を行った、しかし”鳳鷲”に対してまだ後一歩及ばない。
”鳳鷲”をロックしようとレーダー照射を行ったが、即座に範囲外に飛ばれ上空から長刀で斬りかかってきた。
即座に同じく長刀で相手の刃を受け止め、ぶつかり合う双方の刃からは火花が激しく散っている。
篁とかいう技官の話ではあの長刀も四二式近接長刀と言って”鳳鷲”の試験運用に合わせて開発されたものらしく、刃の強度は”瑞鶴”の長刀よりも上回っている。
このまま何度も打ち合えば先に限界が来るのは
『斑鳩大尉を援護するぞ!』
『舐めやがって腐れ外道が!こっちは同じF-15なんだ!どっちが真のイーグルか見せてやるよ!』
かつて中東で共に戦った日本空軍のF-15Jが何機か助太刀に入ろうとする、しかし彼らも輝光に仕える何機かの”瑞鶴”によって阻まれて即座に助けにはいけなかった。
部下が時間を稼いでいる間に輝光は崇継機の背後に回り込み、突撃砲とロケット弾を同時に放ってきた。
即座に斉射範囲から抜け出し、京都の山々を低空で飛行しながら振り切ろうとする。
だが”鳳鷲”の推力は”瑞鶴”の比ではない、中々振り切れず瞬間的なブーストで接近され、再び長刀同士による近接戦に移った。
『お互いに一手足りぬ、というところだな』
「笑止!単純な機体の性能差で一手足りぬ貴方の方が既に負けているのですよ!」
『言うようになったな崇継、日本軍にも随分慕われていると見える』
何機かの日本軍機は崇継を助ける為に戦いに加勢しようとした。
しかし即座に部下に阻まれるかF-4EJ改程度であれば撃墜されてしまい、2人の決闘を有耶無耶に出来る者はいなかった。
「私と貴方ではものの見方が違う!武家という階級に拘る貴方と、武家があるべき姿を重んじる私ではやり方も違うんだよ!」
『国に忠を成し、国の為に我先にと魁し、敵を討ち果たす。それがあるべき姿か。素晴らしい、流石は斑鳩家の嫡男』
「賊軍の総大将に褒められたとて嬉しくもないわ!同じ武家、同じ五摂家であるにも関わらず何故貴方はこうなった!」
『私が忠義を尽くす相手はこの国であって、国是ではなかったということだ』
「屁理屈を!」
最大限の出力を出して”鳳鷲”の刃を跳ね除け、即座にAIM-7を放った。
だが事前にAIM-7を撃たれる事を知っていたかのような様子で山陰に隠れてレーダーの射線を切り、追撃の手を撹乱した。
しかも真正面から現れた”鳳鷲”は即座にAIM-7を発射しようとした、尤もこれは未遂に終わったが。
『電子妨害か!』
戦闘空域に展開する”エンタープライズ”のEA-6が斯衛軍機に対して電子妨害を展開した為レーダーが乱れ、”瑞鶴”を完全に補足出来ずにいた。
その隙を逃さず崇継機はその場を脱し、一旦”鳳鷲”と距離を取った。
このままでは勝てない、少なくとも今の今まで機体が五体満足で持っているのが奇跡というレベルだ。
ベースがF-4の”瑞鶴”とF-15Jを改造した”鳳鷲”では喰らい付くのがやっとであり、最早撃墜されるのは時間の問題だろう。
「状況は……」
崇継は周囲の戦闘状況を確認した。
現状日本空軍が戦闘全体では斯衛軍を圧倒しており、嵐山基地に対する対地砲撃も始まった。
少なくとも賊軍がもう勝てる手立てはない、戦争としては勝利を掴んだも同然だ。
だからと言って勝負は負けたくない、崇継は欲張りな人間だ、試合にも勝負にも負けたくなかった。
「介六郎!生きてるか!?」
『腕をやられましたがなんとか、ご要望は』
「もう一度やれるか?」
『なんとかします、作戦は』
「後方援護をしてくれるだけでいい、2対1に持ち込んで性能差を少しでも埋める。折り鶴だって本物の鷲に勝てるところを輝光おじ上に見せてやろうじゃないか!」
『了解!』
後衛戦闘中だった介六郎の赤い”瑞鶴”は親友にして主の要望に付き従い、再び戦場へ出た。
その間に崇継機は再び”鳳鷲”に狙われ、執拗な攻撃を受けていた。
『よくもまあ、”瑞鶴”でそこまで打ち合えるものだな!流石は猊下が認めていただけのことはある』
「それは結構、では地獄の猊下にお伝え下さい。武士の魂はこの斑鳩崇継が引き取ったと!」
ロケット弾を放った後にロケットポッドを捨てて視線を誘導し、別方向から突撃砲と残るロケット弾を発射する。
二正面攻撃であるが、”鳳鷲”は即座に攻撃範囲外に出て長刀を構え突撃砲の牽制射撃と共に一気に距離を詰めた。
崇継は長刀による一突きも辛うじて回避し、兵装担架から繰り出される突撃砲の射撃も避け切った。
反転する”鳳鷲”は再び崇継の”瑞鶴”を追い始めた、だがすぐ後にコックピット内にミサイルロック警報音が鳴り響く。
『何?』
遠方から2発のAIM-9Lが飛んできた、フレアを放ちながら山岳部に隠れて跳躍ユニットのエンジンを切って熱源を減らしたが、その瞬間に崇継の”瑞鶴”が反撃に出た。
虎の子のAIM-7を発射し、確実に仕留めようとしてきたのだ。
”鳳鷲”は突撃砲を捨てると同時にチャフを展開し、横にスライドするように動きながら徐々にエンジンの出力を上げた。
残念ながら2発のAIM-7は突撃砲に直撃し、本体にダメージは入らなかったが武装は1つ破壊出来た。
その後に突撃砲とロケット弾による弾幕射撃が飛んでくる、明らかに崇継機とは別の方向だ。
『真壁大尉か、手負にしたはずだがな』
『生憎、私の殿様は人使いが荒いものでしてね!』
増援に現れた介六郎の”瑞鶴”はひたすら遠方からの火力支援に徹した。
”鳳鷲”が介六郎機を狙おうとすると崇継が間に入って意識を自らの方へ向け、その間に介六郎がサポートを行った。
2対1、されど”鳳鷲”と”瑞鶴”の性能差を覆すことは難しい。
現に攻撃は全て回避され、崇継機は跳ね除けられて介六郎に度々危険が迫っていた。
その度に崇継が食い下がり、”鳳鷲”の攻撃を寸前で止めた。
彼らの諦めない執念とこの数年間戦場で培ってきた高い技量が”鳳鷲”との性能差を少しづつ埋めていた。
『衛士としても見事な腕前』
「ただの歌舞伎者とは訳が違うのでね!」
『その才覚があればお前はこの戦いの後もこの国で生きていけるだろう、だがそうではない者もいる』
恐らく武家の殆どの者は武家としての階級がなくなっても案外生きていけるのだろう、むしろ下級武家に関してはなくなった方が助かるまである。
しかし一部の者はそうでもない、時代の流れや変革に取り残され、もがく事もないまま死ぬしかない人々だって少ない数いるのだ。
例え彼らが変革前の世界でどれほどその甘美な特権というものを味わっていたとしても、落ちぶれて衰退する姿は見るに耐えない。
きっと変革後の世界でも生きていけるのに絶望して自ら死のうとする者もいるだろう、世界が変わるということはそれだけ大きな衝撃を生み出すのだ。
輝光はそんな者達の側に立っていた、では崇継はどうか。
『お前は優れているよ崇継、衛士として腕も立ち、軍才もあり、知恵者である。家柄も良く人を惹きつけるカリスマがある、世界中にお前を助けたいと思う仲間がいるだろう。若くして経験も積んでいる、お前は全てを持ち合わせている。だが全てを持ち合わせているお前が彼らを導けるのか?』
「何を今更!自ら地獄に突き進ませておいて!」
『そうだな、故に私はお前に勝とうと負けようと責は負わねばならぬ。だが武家としての名誉は与えた。誉高い立派な死、武家が忘れていた価値観。変わりゆく世界でゆっくりとただ死ぬより余程良い、我々の人生は満足のいくものだった、そう信じて逝ける』
”鳳鷲”のロケット弾を避ける為に横に回避し、そのまま突撃砲の追撃を躱しながら介六郎の援護を受けて再び攻勢に出る。
”瑞鶴”の長刀による斬撃を容易く往なすと逆に四〇式近接刀の二刀流で斬撃を叩き込んだ。
崇継は武器を持ち替える間もなく、なんとか1本の長刀で攻撃を抑えていた。
『我ら亡き後、お前に遺された者達を導けるか。完璧に近いお前がそうではない者の気持ちは果たして分かるのか。我らにはそれが出来なかった、では崇継、お前はどうだ』
思えば随分と勝手ないいようだと自嘲したくなる内容だ、輝光は心の中で苦笑を浮かべた。
それでも彼の考えが乗った剣撃で聞いておきたい、そうでなければ彼が戦後どう生きていくのか分からない。
このまま誰も到達出来ない武家の超人として生きるのか、それともそうでない者たちに合わせるのか。
答えは案外すぐに返ってきた。
「分かるかは知らぬ、武家といえど結局は皆違う人の子、思うことはそれぞれよ。だが導けなくとも手本として、象徴して彼らの心には寄り添える。それが猊下以前の将軍であり、陛下の御役目であるはずだ。所詮は五摂家の歌舞伎者、あの方々と並ぶことは不可能であっても誰かの希望にはなる。崇継がいるならば我らもまだと思ってくれればそれで十分だと私は若輩の身ながら思う」
『象徴、か』
「ああ、その為にはまず貴方の首を頂戴する!武家自ら武家の賊軍を討ち果たしたという象徴が我々に取っての新たな時代の始まりとなる。新時代の扉は賊軍総大将の首を以て開く!」
その威勢のいい宣言に輝光は笑った、心からの笑顔だ。
崇継は信真とも輝光とも違う道を歩もうとしている、新たな世に順応しつつされど武家の末裔としてあり続ける為に。
面白い、だがただ簡単に首をくれてやるつもりはない。
『いいだろう!我が首に刃が届くか、試していればいい!』
激闘はまだ続く。
”鳳鷲”と”瑞鶴”の戦いは激化の一途を辿っていたが、全体の制空戦でいえば日本空軍の圧勝であった。
地上の対空陣地も対地兵装のF-1支援戦術機が爆撃やピンポイント攻撃によって撃破し、安全圏を確保していく。
それを認識したE-3から対嵐山基地攻撃が許可され、”エンタープライズ”から2,000ポンド爆弾が弾頭のペイブウェイⅢこと、GBU-24を搭載したF/A-18が護衛機と共に発艦した。
本来は地中を移動する母艦級を仕留める為の兵器であり、開発もかなり早まっていた結果この戦いに投入されることとなった。
機体にペイブウェイⅢを吊り下げたF/A-18が戦場に現れ、目標に向けて飛行する。
何機か残っている”瑞鶴”は戦闘中でこのF/A-18には手を出すことが出来ず、事実上の安全地帯となった京都の上空をホーネットは爆弾を吊り下げて悠々と飛行した。
目標地点に到達すると手慣れた手つきでF/A-18の衛士は安全装置を解除し、嵐山基地に向けてGBU-24を投下した。
落下と同時にF/A-18はその場から退避し、ふわふわと滞空するGBU-24は目標地点に向けて正確に突き刺さった。
爆発の衝撃が嵐山基地の天井を砕き、内部まで達した。
当然だが内側にいた将兵は下敷きなるか衝撃波を受けて即死した、これに合わせて他の対地装備のF/A-18も爆撃を行い、嵐山基地の守備兵に更なる犠牲者を出した。
地上からは第3砲兵連隊の155mm榴弾砲が嵐山基地の戦術機で出撃口に向けて砲撃を開始し、これ以上の出撃と後退を防いだ。
砲撃は京都市内に突入した第10師団隷下の第10砲兵連隊も加わり、2個砲兵連隊と多数の航空攻撃によって嵐山基地は今までにない程滅多撃ちにされた。
嵐山基地は事実上の要塞である、要塞攻略戦において重要なのは火力、徹底して火力を叩き込み地道に歩兵によって占領していく。
最も堅実で確実な要塞の攻略方法だ。
いざとういう時の突入部隊は第1空挺旅団の隊員達から編成した空中強襲部隊と、亀岡まで進出した第7歩兵連隊、第36歩兵連隊である。
両連隊は突撃に備えて準備を開始し、援護には2個海軍特別陸戦隊がつくことになった。
要塞攻略の指揮は最も近場かつ両連隊の上級司令部である第3師団が執る事になり、第10師団は京都市内の安定化に努めることとなった。
アメリカ海軍も一旦爆撃をやめて日本軍に向けて降伏勧告を促すように進言した。
2,000ポンド爆弾が弾頭のペイブウェイⅢに他の無誘導爆弾も数多く叩き込んでやった、既に向こうは死傷者大で戦闘能力は皆無に近いだろう。
これを了承した中部方面軍司令部は嵐山基地に対して無条件降伏を勧告した。
降伏勧告中は一切の砲撃や爆撃が止み、京都中に久方ぶりの静けさが戻ってきた。
この間に2個連隊は山を登って攻勢準備を完了し、砲兵連隊もいざという時に備えて次弾の準備を行い、上空にはペイブウェイⅢ付のF/A-18が待機している。
チェックメイト、或いは王手というやつだ。
総監部から離脱してきた面々も爆撃によって半数が死傷し、指揮機能も喪失しかけていた。
「閣下、日本陸軍の中部方面軍司令部より無条件降伏を受諾するよう勧告が出てきました」
副官の報告を受けて貞親はあることを尋ねた。
「猊下の”鳳鷲”はまだ顕在か」
「ハッ、現在斑鳩大尉の”瑞鶴”と交戦中であります」
「ならば臣下が先に降る訳にはいかぬ、断る旨を伝えよ」
「了解…!」
日本軍の降伏勧告は拒絶され、仕方なく全軍が本格的な対基地攻撃を開始した。
向こうが救いの手を跳ね除けたのだ、こちらが情けをかけてやる必要はない。
まず待機していF/A-18がGBU-24を叩き込んで再び基地に直接ダメージを与え、敵の弾薬庫に引火したのか別の爆発が嵐山基地から出現した。
それでもアメリカ海軍航空隊は手を緩めることなく、その後に他のF/A-18がMk.82やMk.83無誘導爆弾を叩き込む。
航空攻撃が終了すると日本陸軍の2個砲兵連隊による対要塞戦の準備砲撃が開始され、嵐山一帯が砲撃によって黒い煙に包まれた。
後の検証によるとF/A-18が第二撃としてぺイブウェイⅢを投入した時点で爆弾の衝撃と弾薬庫への引火で基地は殆ど壊滅していたと言われている。
特に貞親らがいた基地司令部はその後に投下されたMk.82かMk.83爆弾で吹き飛ばされ、彼らの遺体はついぞ発見出来なかった。
これらの爆撃で嵐山基地の守備兵も殆どがやられ、基地としては壊滅状態にまで陥った。
それでもなお日本陸軍は念には念を入れて丁寧に砲撃を叩き込み、過剰なほどに嵐山基地を叩いた。
砲撃の後、号令が掛かる。
何十年、或いは何百年ぶりかの要塞戦が始まった、ほぼ勝敗は決した状態で。
砲爆撃が止み、歩兵部隊が前進して各所から慎重に要塞内に突入する。
一部の突入部隊は驚くべきことに斯衛軍による抵抗を受けたが所詮は僅かな生き残りの最後の足掻きであり、即座に鎮圧された。
各所で日本陸軍の軍旗が靡き、次々と連隊本部に嵐山基地を占領した報告が入ってくる。
たった3日、兵を挙げて出撃し、将軍邸を焼いて日本国を我が物としようとした者達はたった3日で追い詰められ、腹を切る間も無く嵐山基地の生き埋めとなった。
”瑞鶴”は業火によって白い装甲が焼けて黒く染まり、最後まで抵抗するしかなかった兵達はあちこちで無惨に散っていた。
だが最後の1人がまだ残っている。
斯衛軍総監にして今回のクーデター軍の総大将、九條輝光その人である。
”鳳鷲”は着々と崇継と介六郎を追い詰めていた、既に崇継の”瑞鶴”が持っていた長刀は1本砕かれ、墜落した”瑞鶴”から借りたものを使っていた。
一方の”鳳鷲”は両手に近接装備を有し、中距離以上の攻撃は兵装担架に装備した突撃砲やロケット砲に任せていた。
「チッ」
戦闘が続けば衛士の疲労も蓄積していく、崇継も連戦によってかなり消耗していた。
『まだまだ行くぞ!』
再び”鳳鷲”の攻勢が始まった、介六郎が放つ突撃砲の弾幕を容易く回避し崇継の機体に何度も斬撃を繰り出した。
第一撃で防御が崩され、その後振り下ろされた四〇式近接刀が”瑞鶴”の左腕部の部品を切断した。
「クソッ!」
『まだまだ行くぞ』
その後振り上げられた長刀を辛うじて回避し、バックステップを踏んで後退しながら突撃砲の連射によって距離を取った。
直撃は防げたが今の一撃で右肩部の一部が切り落とされた。
左右の切断部からは火花が飛び散っており、若干バランスが崩れた。
即座にダメージコントロールを行って誘爆を防ぎ、再び防御の構えに移った。
「流石は第二世代戦術機…!単純性能が段違いだ…!」
しかもブランクがあるとはいえ輝光だって以前はそれなりに出来る衛士であった、同じ第二世代戦術機だったら負ける要素はないが一世代でこれだけの差があるとは。
それでも負ける訳にはいかない、賊軍には打ち勝たなくてはならない、例え大恩ある五摂家の人だったとしても。
『崇継、そっちの残弾は大丈夫か!?』
「もうほぼない、無論奴には悟られぬように持っているが……次は身一つで掛かる…!」
”鳳鷲”に刃を向けつつ突撃砲を構え、次の攻撃を待った。
”鳳鷲”は刃先を”瑞鶴”に向け、刺突の構えに移った、昔から剣術を教えてくれる時に輝光がやっていた構えだ。
双方の緊張が高まる中、”鳳鷲”はアフターバーナーを全力で蒸して一気に”瑞鶴”に迫った。
接近に合わせて崇継は全ての武装をパージして軽装化し、”瑞鶴”の全力の機動力を持って迎え撃った。
突撃を寸前で回避し横にズレて長刀を振るって一気に”鳳鷲”の両腕を落としにかかった。
それを見越していた輝光は左手に四〇式長刀を持ち、脇差で敵の刃を防いだ。
「クソッ!」
そのまま長刀を半円を描くように奮い、”瑞鶴”が持つ長刀を叩き折った。
即座に残していた”瑞鶴”の四〇式近接刀を手に取ろうとしたがそうなる前に”鳳鷲”が四〇式近接刀を”瑞鶴”の右肩部に突き刺した。
右腕とのリンクが途切れ、”瑞鶴”は右から小爆発が起こるのと同時に火花が飛び出た。
コックピット内では警報音が鳴り響き、機体の状況図を見ると右腕は完全に使い物にならなくなっていた。
『これで、終わりだ』
”鳳鷲”は”瑞鶴”の頭上に刃を掲げ、一気に振り下ろそうとした。
最早これまでかと半ば諦めの境地にいた崇継であったが、最後にまだ一手残っていた。
『崇継!』
左側から突如回ってきた赤い”瑞鶴”が兵装担架に残していた近接用長刀を手に取り、崇継の方へ向けて投げた。
介六郎だ、彼はいざという時に備えて待機し、絶好のタイミングで彼に再び剣を与えた。
投げ渡されたその長刀を崇継は完璧なタイミングで受け取り、振り下ろされた”鳳鷲”の右手を切断した。
『なんだと!?』
小爆発と共に長刀を持ったままの”鳳鷲”の右手は地面に突き刺さり、一時的に攻撃の手段を失った。
跳躍ユニットのブーストで後退しつつ介六郎の”瑞鶴”には残っていたロケット弾を撃ち込んだ。
回避する間も無く介六郎の”瑞鶴”は右腕部と右足、右側の跳躍ユニットに被弾し爆発を起こした。
コックピットにも衝撃が走り、警報が鳴り響いてもなお彼から出た言葉は親友に対する言葉であった。
『行けぇ崇継!お前が!必ずっ!』
「わかっているさ…!」
跳躍ユニットのリミッターを外し、相手の射線から外れながら一気に接近して介六郎から託された刃を振るった。
この時輝光は”瑞鶴”がリミッターを外していることを知らず、離脱出来ただろうと誤って相手のスペックを判断していた。
その為”鳳鷲”であれば避け切れたはずの攻撃をこの時ばかりは避けられなかったのだ。
”瑞鶴”が大きく振り翳した長刀の一撃は”鳳鷲”の頭部を含んだ一部を切り落とされ、そのまま墜落した。
墜落時の衝撃と切断面からのダメージによってコックピット内にも被害が及び、輝光も深傷を負った。
腹部には破片が突き刺さり、他の箇所にも同様に破片による裂傷が出来ていた。
これは助からない、輝光は確信した。
「超えたな……我々を……」
輝光は微笑んだ、五摂家にはまだ未来がある。
いや、思えば彼以外にも未来はあったのだ、崇宰の家の恭子、煌武院の家に生まれた双子、かの家は双子を忌み嫌っていたが私には新たな希望に見える。
皆我々の代より聡明に新しい日本を生きていくのだろう。
崇継は恐らくその筆頭となる、彼が新しい象徴、戦後における
ならばこれ以上大罪人が生きながらえても仕方ない、大人しく崇継の手柄となろう。
輝光は静かにコックピットに持ち込んでいた信真からの餞別、脇差を取り出し、鞘から抜いた。
「猊下……地獄でお叱りください……」
刃を腹に当て、残った力を全て込めて押し込む。
九條輝光、五摂家の一門に名を連ねる九條家に生まれた男は前の大戦を生き延び、成長し、ベトナムやBETA大戦に義勇兵として参戦し、斯衛軍初代派遣軍司令官に任命され、斯衛軍総監となり、最後は賊軍の総大将として壮絶な討死を遂げた。
常に武家として生きる人々の為に動き、足掻き続けてきた人であった。
彼の行動が報われることはなかったが、恐らくは満足のいく最期であっただろう。
全ての罪禍を背負い、地獄の底へ向かう、かつての主人と再会する為に。
「ハァ……ハァ……」
”鳳鷲”を倒せた、この事によって崇継の緊張の糸は一気に解け、今まで感じていなかった疲労が一気に押し寄せた。
だがまだ終わりではない、敵将を討ち取ったことを示さねば。
既に崇継の”瑞鶴”はリミッター解除による弊害で跳躍ユニットが破損しており、もう飛ぶことは叶わない。
ゆっくりと歩き、介六郎から渡された長刀で転がっていた”鳳鷲”の頭部を突き刺して天高く掲げた。
「総大将九條輝光、討ち取ったり!!」
これで全てが終わった。
武家の旧守派が多くを巻き込んで起こしたクーデターはたった3日のうちに幕を閉じた。
正しく明智惟任が起こした本能寺の変からの短い天下の期間を表す三日天下と同じ日数であり、これ以降歴史用語としてこの期間を武家の三日天下と呼ぶ事になる。
結局は兵どもが最期に見た短い夢であった。
既に東京はクーデター初日から日常生活を続けており、3日目ともなれば話題にはなっても話題止まりであった。
夢を見た者は皆死んだ、所詮は時代に取り残された者達による最期の徒花であった。
所詮彼らは皇帝という陽、日本軍という旭日の裏に存在する月のような存在でしかなかったのだ。
故に皆既日食のように一時ほど陽を覆い尽くすことはあっても、絶対ではない。
彼らの三日天下は結局のところ
そして日食の後、世界は周り出す。
日本帝国の新たな始まりである。
4月8日の朝方、京都刑務所。
本来は法務省の管轄であったこの拘留施設であるが、クーデター勃発時に斯衛軍が接収し、武家にとって都合の悪い人々を纏めて拘禁していた。
例えばそのうちの1人が畑中健二陸軍退役中将である。
彼は以前から反斯衛軍の急先鋒として知られており、テレビメディアや雑誌等で反斯衛軍の論調を展開していた。
ある意味では彼から事態は始まったとも言える。
当初クーデター計画時は彼も殺してしまおうという案が出たのだが信真暗殺に回す兵力を考えれば畑中に構っている余力はなく、放って置かれた。
その為畑中は戒厳令の発布が成功したのとほぼ同じタイミングで京都市内を確保した斯衛軍の憲兵隊によって逮捕された。
大声を出して大暴れをし、何名かの憲兵を退けたが結局は捕まってしまった。
そのまま畑中は京都刑務所に勾留され、3日間斯衛軍によって拘禁されていた。
本来の歴史ではクーデターを行った側であり、宮内省や放送関係者を拘禁した側の人間なのだが何がどうしてか立場が全く逆になってしまった。
しかしそんな畑中もクーデターが終わると日本軍によって刑務所が解放され、斯衛軍によって逮捕された人々と同じように刑務所から出ることが出来た。
よく晴れた4月の朝空を眺めながら畑中は京都刑務所の門を出た。
「日本の一番長い日は終わったな」
斯衛軍が負けたこと、そして武家社会が消えようとしていることに安堵しながら畑中は1945年の敗戦以来ずっと抱えていた思いをようやく手放すことが出来た。
彼はようやく過去と折り合いがついたのだ。
そのせいか畑中の心の内はとても晴れやかだった。
一方東京ではクーデターの終結を喜ぶと同時にその”
日本軍は各所でクーデターを鎮圧する為に戦闘を行った、その過程で失われた人命、破壊された資産をどう埋め合わせるのか、これは東京の霞ヶ関や永田町の人々の仕事である。
市ヶ谷から少し離れた朝霞でも同様に軍首脳部が今後の対策を練っていた。
「勝ちはしましたが……」
「ああ、斯衛軍が無茶苦茶してくれたお陰で通常の市政に移すには少し時間が掛かる。暫くは第3師団の部隊が市政を支援する、取り敢えず第1空挺旅団と1歩連、31歩連、第12師団の部隊は全て戻すぞ」
この3日間、京都の行政を担っていたのは斯衛軍の軍政司令部だ、警察業務は憲兵隊が担いその他の業務も斯衛軍が担っていた。
その為インフラや交通整備、治安維持業務にはまだ日本軍の力が必要なのだ。
現に交通整理に関しては日本軍の憲兵隊が手動で行っており、現地警察が復職するまでの間は日本陸軍憲兵隊が警察業務を暗投していた。
基本的には現地司令部の独断の範疇であり、既に中部方面軍司令部宛にどうすればいいか質問が来ていた。
無論それらの一部は朝霞駐屯地の司令部にもくる、これらの対応が今の斎藤大将らの仕事であった。
「市政支援のオブザーバーは第3師団に一任する。方面軍司令部判断の範疇を超えた場合はこちらで対応するするように伝えろ。他の地域はどうなっている」
「四国、中国地方はひと暴れされる前に部隊が移動した為被害は少ないようです。東北守護軍より北はクーデターなし、九州は……1日で決しましたので先日と同じ状況です」
「となると注力すべきは中部、近畿だな。中部方面軍には苦労をかける」
「全くです」
特に大垣から彦根辺りは戦闘の影響で大きな不利益を被り、生命を脅かされた一般国民も大勢いる。
一応あの辺りには第10師団の憲兵隊と復職した日本警察が治安の回復に努めているが、傷は残るだろう。
「墜落した”瑞鶴”の回収作業もせねばならん。少なくともこれまでアメリカやソ連の手を借りることは出来ん」
「ですね、工兵団を動員して対処に当たりましょう」
小林大将の提案に斎藤大将は頷き、これて一先ず実務の方は決着がついたと感じた。
問題は政治、そして賊軍となった斯衛軍の処遇である。
「……我々は米軍にも斯衛軍にも貸を作ってしまった、これから何をやらされることやら……」
斎藤大将の不安はここにあった、今回米ソ双方にそれぞれ1個空母打撃群分の貸を作ってしまった、いつかその恩義は返さなくてはならない。
少なくとも直近の戦いで言えば残っているベルリン・ハイヴの攻略に駆り出されるかもしれない、日本海軍の空母機動部隊の腕は証明されてしまっている。
「まだ完全に動員部隊を解散させる前で良かったですね。少なくとも現在の戦力なら北海道や日本全体の復興をやりながらなんとかなります」
平野少佐の概算は当たっている、多分なんとかしてしまう、ギリギリで今ならなんとかなってしまうのだ。
問題はやる側である、結局また斎藤大将に御鉢が回ってきたわけだ。
「だな……そして我々の直近の課題はこれだ」
斎藤大将は新聞を叩きつけた、そこには一面の見出しとして斯衛軍国防省移管法の可決が記されていた。
この法案が可決されたのは4月6日、クーデター発生から翌日のことであり実は斯衛軍は法的には2日前から日本帝国国防省の部隊であった。
しかし命令を聞く部隊が殆どいなかった頃から法律の事実上の執行は今日からであった。
既に統参会議と陸海空参謀機関の参謀達を集めて国防省の隷下に入った斯衛軍の解体計画を立案中であり、穏当に何をどうすればいいか考えている最中だった。
「我々がこの事件の後始末をせねばならん」
「迷惑な話ですよ……」
「だがやらねば、もう一度アメリカを頼るわけにはいかない。今回の後始末は我々がやらなければならん、それが主権国家というものだ」
占領の時代は終わった、我々は我々の決断でこの国を動かして自国の後始末をつけていかなければならない。
少なくとももうしくじったりしない、必ず武家という階級を潰す、我々は斯衛軍を確実に消す。
こうした意思が当時の東京にはあった。
霞ヶ関も同様である、斯衛軍から職場を奪還した後の彼らは即座に打倒賊軍に向けてそれぞれで動き出した。
城内省は機能停止に追い込まれ予算は停止、一切の命令が無効化された。
国会では即座に斯衛軍の移管法が可決され、翌日には城内省の廃止法が立案され、今日採決を取る予定だ。
結果はもうすぐ出るだろう、棄権がいくつか出た後に賛成多数で可決、そのまま執行だ。
「ひとまず斯衛軍を解体するにしても当面の間は郷土防衛部隊司令官として斯衛軍総監の後任を決めて置かなければならない。現状、中立と我々の側でついた中で斯衛軍の最高階級は誰だ」
「それで行きますと現在アフリカから帰国中の山城興正大将が斯衛軍の最高位階級です。クーデター参加の素振りが一切なかった為、どうにかするのも難しいかと……」
「弱りましたなぁ」
いくら斯衛軍が日本軍の一部隊となるとはいえ、そこの指揮官が統合参謀会議議長と同じ大将の階級となると後々解体作業を行う上で厄介なことになる。
山城興正大将は斯衛軍の中でも輝光と並ぶ人格者であり、アフリカ攻勢の功績もあり、邪険に扱うことも出来ない。
その上で陸海空三総軍司令、総長、統参会議議長と同列の階級となるとすんなり命令に従わせるのが難しくなる。
解体に抵抗されたらやがては解任出来るだろうが難航し、また余計に時間を使うだろう。
総軍司令官や議長クラスともなるとこうした組織内の対立や政治も考えなくてはならない、軍人は制服を脱いで政治活動を行わなければならないが政治に全くの無関心というのも許されないのだ。
「一番いいのは東北守護軍の南部少将か北海道守護軍の本居家政少将を暫定的な司令官に据えることですが、山城大将を邪険に扱えばそれはそれで余計な不満が溜まります」
「山城さんには悪いが何か手頃なポストについて貰おう。それか……もう年だし勇退して頂くか」
アフリカで命を張ってくれた人間に対してこのような仕打ちは心が痛むが、穏当に済ませるにはこれしかない。
平野少佐も小林大将も反対はしなかった、恐らく退役してもらうのが一番安牌なやり口だ。
山城大将の経歴的にやましい点はないし、殊勲はそのまま、年金だって通常通りに支払われるだろう。
彼には悪いが所属していた軍隊が突然賊軍になったのが運の尽きだ。
「総監の座は南部少将でいいでしょう、あくまで暫定的ですし。しかし副総監と空きが出たポストには何人か我が軍の人間が入ってコントロールすべきかと」
「だな……斯衛軍の施設は当初通り設立予定の郷土防衛隊の施設に転用する。編成される指揮官は全て我が軍から出す、戦術機部隊の施設も民間と分け合うことにはなるが基本は空軍管理で」
「まだ”瑞鶴”とパイロット自体は残ってますからな、斑鳩大尉や真壁大尉ら討伐組はこのまま我が軍に加えてもいいですが、他はもう少し検査が必要かと」
空軍参謀総長、森繁弘大将はそう述べた。
少なくとも反クーデター軍として戦った斯衛軍の将兵には相応の恩賞と職を与えねばならない、御恩と奉公の関係が壊れれば幕府だろうが日本政府だろうがその先は滅亡だ。
斯衛軍の戦術機部隊は当初陸軍航空隊で面倒を見る案もあったが、最終的には空軍の管轄となった。
「”瑞鶴”、アレどうします?まだ結構残ってますけど……」
「ただのファントムより強いのは我々だって知ってます、ですが結局ファントムですからねぇ……1、2年予備役装備に送ってまあ何機かは博物館でしょう」
京都側に展開していた”瑞鶴”は殆ど全滅状態だが反クーデター軍の”瑞鶴”と東京の第二師団と共に動いていた”瑞鶴”を合わせればそれなりの数が残っていた。
”瑞鶴”の性能は通常のF-4Eよりは強いが今回の戦いで示された通りF-15Jなどには到底及ばない程度のスペックである、しかも日本空軍は絶賛全国のF-4をF-15Jに更新中だ。
下手に”瑞鶴”を配備しても現場から不満が出るだろうし、衛士の心理面にも悪い、よって予備役装備扱いがこれもまた安牌であった。
「というかなんでこんなに”瑞鶴”があるんですか?国産ラインを鑑みても数の帳尻が合わない気がするんですが」
ふと平野少佐が斎藤大将に尋ねた、それを聞かれると斎藤大将も森大将も皆明後日の方向を向いていた。
「まあ……武家の財布は2 つあるからな……」
「ああ……分かりました」
平野少佐はそれ以上詮索しなかった、まだ軍隊で飯を食っていたいから。
「何にせよ、斯衛軍将兵の退役後の扱いや反クーデター軍側でまだ現役を望む将兵の処遇問題があります。この辺は背広の方々とも話し合わなければいけませんが」
海軍軍令部総長、吉田學大将はそう問題を提示した。
少なくとも東京だけで1個師団、全国を合わせれば大凡4個師団分の斯衛軍将兵が日本帝国内にはいるのだ。
しかもその大半は賊軍の汚名を受け、国家の敵とならざるを得なかった者達である。
無論彼らを一律同じ日本軍人だからと扱うことは出来ない、このクーデターに積極的に参加して計画した将校や賛同する下士官もいれば、そうではなく巻き込まれた下士官兵らもいる。
彼らの扱いをしくじれば再び乱は起きる、しかも恩給を寄越せという今回のクーデターより遥かに正当性のある正しい怒りによる抗議だ。
「兵卒に関しては過剰な暴力行為が認められない限りは一律無罪、除隊後の扱いも通常の兵と同じでいいでしょう。下士官も大体は兵卒と同様に、問題は将校連中です」
陸軍参謀総長、渡辺敬太郎大将が言ったように将校に関しては下士官兵と全く別になる。
将校には権力がある、それ相応の責任がある。
ただ命令を受けて実行する下士官兵らとは違い、将校にはその命令を下した責任がある、例え内心何を思っていようとだ。
下した命令がある以上その責任は負わなくてはならないし、そういう意味ではクーデターに参加して部隊を動かした時点で将校らが無罪となるのは難しい。
参加の積極性にもよるだろうがまずマイナスからのスタートだ、その後過失に関して調査が行われる。
「調査委員会は設置した、調査の後軍法会議にかける。斯衛軍人を日本軍の軍法会議で裁くというのも変な話だが……彼らはもう独立した軍じゃないという証ではある」
調査委員会は基本憲兵隊と日本帝国警察が合同で捜査し、裁判は日本軍の特設軍法会議によって決められる。
特に首謀者の判決を決める高等軍法会議では議長官を国防大臣が務め、法曹の法務官2名と4名の現役武官を判事とする。
今回この法務官は片方を山沖という現役の法務大佐が務め、基本は彼らの判決を残り3名の判事が追随するという形で判決が出されるわけだ。
少なくとも将官、佐官の首謀者達は重罪を免れないだろうがそうではない将校達からすればこの裁判は明日が掛かっている。
クーデターの一件から完璧に立ち直るにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
-アメリカ合衆国領 コロンビア特別区 首都ワシントンD.C. ホワイトハウス-
海兵隊のオリバー・ノースという男を覚えているだろうか。
本来の歴史では帝政ではなくなったイランにF-14の部品や武装を売り、その分の資金をニカラグアの反政府勢力”コントラ”に流していた事件の首謀者であった。
当時アメリカ国家安全保障会議、通称NSCで大統領特別補佐官を務めていたノースは国家安全保障問題担当大統領補佐官のロバート・マクファーレンと連んでイラン・コントラ事件を引き起こしていた。
そんなノースも帝政イランが存続した結果、こうしたスキャンダルには関わっていないはずだった。
だが運命は全ての帳尻を合わせる為に動き出した。
この日、彼はホワイトハウス・メスで同じく補佐官を務めているマクファーレンと共にランチを摂っていた。
周りには同じNSCや他の部局の職員らが同じようにランチタイムに入っており、それなりに賑わっていた。
テレビでは丁度日本帝国のクーデター関連に関するニュースがやっていた、内容としては民間で調べられる程度であり、皆それほど真剣には見ていなかった。
これに関してはノースもマクファーレンも同じである、彼らはむしろより鮮明な報告書をペンタゴンから受け取って隅から隅まで目を通している。
なんならある意味で彼らは”
「日本帝国の問題は片付きそうですね、武家と斯衛軍の解体はもう手がつき始めているそうです」
ノースはナイフで切り分けたステーキを口に運びながらマクファーレンに雑談がてら伝えた。
2人とも同じ海兵隊出身であり、ベトナム戦争を経験した戦友であり、先輩と後輩である。
マクファーレンは先に退役して今は文民の地位にいるが、軍歴としてはマクファーレンの方が先輩であった。
一方ノースはまだ現役の軍人であり、彼が来ている海兵隊の制服には今までの戦歴を示す略綬と海兵隊中佐の階級章が肩章に取り付けられている。
ノースの発言通り、日本帝国はクーデターの復興と再発防止に向けて戦闘から2週間が経過した今でもその歩みを止めていなかった。
まず斯衛軍は法執行通りに日本軍に移管となり、名称も
総監部制度は廃止、予備隊司令部は基本陸上総軍司令部隷下となり武家単独による独立軍種としての斯衛軍は長い歴史に幕を下ろした。
一応司令官は元東北守護軍司令の南部少将が務めることとなり、山城大将は自ら斯衛軍全体の責任を取って辞職の道を選んだ。
一方の城内省は完全に解体が決定され、行政の中央省庁としての城内省は2週間前に消えた。
何人かの城内省職員はクーデターの参加や計画立案に携わったことが軍警合同捜査によって暴露され逮捕、しかも別件で賄賂や不正献金が発見され大きな問題となった。
京都では連日のように政治スキャンダルが続き、クーデター後も大きな動乱の中にあった。
同時にクーデターに参加した斯衛軍将兵らに対する軍法会議も始まり、首謀者の将官ら、一部高級参謀の佐官らは死刑判決が下された。
裁判は今もなお続いており、後1ヶ月は軍法会議による各人の罪と罰を決める裁判は続くだろう。
少なくとも大半の下士官兵に関しては最初から無罪放免が決まっていた、彼らはあくまで上官の命令に誠心誠意従っただけでありそこに責任は生じない、責任を負うのは指揮官の務めだからだ。
まず2個動員師団の兵員は北海道を除く全国で一気に除隊と復員が進み、ようやく1人の市民として家に帰ることが出来た。
一方常設の第一師団と第二師団に所属している下士官兵らはそのまま自衛予備隊の下士官兵となり、任期までは日本軍にいることを許された。
下士官兵からすれば変わったのは給料を渡してくる相手と所属先、そして直属部隊の将校程度だ。
自衛予備隊の将校は基本的に日本陸軍から転属してきた者だ、解体中の派兵旅団の将校達がそのまま予備隊の将校や参謀となった。
この変更に多少の不安はあったが大半の下士官兵からすれば給料さえちゃんと支払ってくれれば別に誰でも良かった。
一方斯衛軍の戦術機部隊は全て日本空軍の隷下に収まった。
飛行場、レーダーサイトは全て日本空軍所属となり、飛行隊も同様に各航空方面軍に振り分けられた。
その後、クーデターに与した飛行隊は殆どが解体され、残っていた”瑞鶴”は大抵が予備役装備送りになったか東北、北海道で存続を許された旧斯衛軍飛行隊の予備機とされた。
その為実は崇継達の所属はこの2週間で日本空軍に代わっていた、そのうち空軍専用の青い制服も配布されるだろう。
斯衛軍は統廃合によってこの地球上から消え去ろうとしていた、やがては歴史の教科書に残る程度の存在になるだろう。
それは武家という階級も同じだった。
クーデター終結後から1週間後の4月15日、国会に『日本帝国における身分の撤廃に関する法律』が提出された。
言わば武家も華族も日本帝国の特別階級を全てなくしてしまおうという法律だ。
この法案は2日前の4月20日に賛成多数で可決され、翌日執行された。
これにより全ての武家という階級はなくなり、同時に烏丸議員らも華族の階級を失った。
武家側はこれを敗北と捉えていたが、華族の面々はそれほど気にしておらず烏丸議員辺りは「これでゴルフに行ける時間が増えた」などと冗談を言っていた。
マッカーサーが39年前に残した大日本帝国の禍根はようやく少しづつ精算されていった。
「ああ、米大使館と在日米軍の交渉で彼らの空母打撃群を1つ、次のハイヴ攻略戦に使えることになった。これで我が軍の負担が減るなら今回の事件は安いものだよ」
実際今回の戦いでほぼワンサイドゲームを展開していたアメリカ軍はそれほど目立った損失がなく、一方的にトムキャットとホーネットの性能を示して終わる形となった。
放ったミサイルの値段を考えれば別に安いわけではないのだが、それでも損失は殆どなく、これといって目立つ問題もなかった。
アメリカ軍の戦術機が当面の間は対人戦においても有効であると証明されたし、日本軍との共闘で日米同盟の強固さも再確認しアピール出来たと思う。
これがアメリカの表向きの感想であり、ノースとマクファーレンらは裏の感想を持っていた。
「ですが我々は、2人も戦友を失いました。それと自由の戦士も」
「ああ……残念だよ、いいビジネスだったんだがね」
2人とも本気で悲しい気持ちでいたし、失われた金のなる木を本気で惜しんでいた。
「今回の件、大統領はなんと?」
「誰にとっても予想外だから仕方ない、だそうだ。タイシを失ったのは残念だがここらが潮時だったのかも知れん。諦めて忘れろだそうだ」
レーガンから叱責を受けることはなく、むしろ忘れるように2人は言われた。
それは正しいと思う、問題は確かにある行為だったしBETA大戦が終われば、斯衛軍が解体されればやがてはなくなる運命にあったからだ。
何故彼らが遠い島国のクーデターに関してここまで思うことがあるのか、同盟国だから?それだけでは語れぬ事情がある。
おかしいと思わなかっただろうか、何故斯衛軍があれだけの”瑞鶴”を運用していたかを。
少なくとも平野少佐のように疑問を覚える者はいた、そして皆が口を紡いだ。
斯衛軍が持っている”瑞鶴”の出所は国内でライセンス生産されたものだけではない、アメリカ、イスラエル、各国のF-4ユーザーが新型機更新の際に余ったF-4を斯衛軍に密売した結果なのだ。
特に斯衛軍の戦術機動員連隊、これらの大凡9割はアメリカが元々持っていたF-4であるとノースは予想している。
つまり新潟湾で数十機、浜松基地では42機近くの”瑞鶴”が参戦していた。
いくら斯衛軍を大動員したとはいえ高々数年でここまで増えるのは異常事態である、国産工場だってそこまでは出来ない。*1
ではこれらの”瑞鶴”はどこから来たのか、答えは簡単、ノースが斯衛軍に対して密売していたのだ。
事の発端はBETA大戦以前にまで遡る。
ノースとマクファーレンは海兵隊の将校である、2人ともベトナム戦争を経験し、ブロンズスターの保持者を獲得、ノースに関してはシルバースターにパープルハート持ちである。
そしてかの戦地には日本軍もいた、そこにはいないはずの武家も携えて。
彼らは会っていたのだ、地獄のようなベトナムのジャングルで、斉御司信真という後の政威大将軍と。
当時義勇兵として北ベトナム軍やベトコンと戦っていた信真は海兵隊の小隊長であったノースと出会った、2人は何度か戦闘を共にするうちに仲を深めた。
あの頃ノースは信真をただの勇気のある日本軍将校だと思っており、まさか日本帝国の大貴族とは全く微塵も思っていなかった。
恐らく信真の言動のせいだろう、それにまさか大貴族が志願してベトナムに来るとは思っていなかった。
これに関してはマクファーレンも同様で彼らはただの戦友として戦場での生活を共にしていた。
この友情が後に大きな金を生むとは誰も思っていない。
時は流れてベトナム戦争からBETA大戦へ、この間にノースは沖縄に赴任して北部訓練場で教官をやっていた、その時に初めて信真が大貴族に名を連ねる家の嫡男であり、斯衛軍の高級将校であることを知ったのだ。
信真も戦友が日本帝国に来てくれたことを歓迎し、彼らは度々沖縄や京都で会っていた。
2人の間には個人的な友情が生まれていた。
そして時は流れて1981年頃、双方に大きな転機が訪れた。
ノースは海軍大学校を卒業しNSCに転属、信真は輝光の代わりに斯衛軍の中東派遣軍に就任した、怒声と共に現れた彼は現地の斯衛軍を取り纏め、状況を確認すると早速動き出した。
アメリカ中央軍や海兵隊を通じて信真はノースと連絡を取り、信真は”瑞鶴”用の予備パーツが不足しているからなんとかアメリカのF-4のパーツを融通してくれないかと頼み込んだ。
正直本国の総監部は頼り甲斐がないし、日本軍に今頼み込むのは下手な弱みを見せる、そこで頼ったのが旧知の仲であるノースだった。
NSCに属していたノースは先輩であり、同じく信真と戦友であったマクファーレンを通じて秘密裏に1個戦術機連隊分の予備パーツを信真に送った。
支払いは勿論五摂家に名を連ねる斉御司家と城内省の裏金によって賄われた、つまり日本円である。
当時の日本円は本当に強かった、結果としてはイランにF-14を売るよりサムライ相手にF-4を売って聖徳太子をたんまり貰った方が遥かに割りの良い取引となったのだ。
しかもデザート・ストーム作戦に参加した斯衛軍はこれによって多くの犠牲を払いながらも果敢に戦い、大きな目で見ればアメリカ国民が戦死する可能性を減らした。
ノースと信真の最初の取引は見事に大成功を収めたのである。
最初は信真が持ちかけてきた取引ではあるが味を占めたのはノースであり、もう一度同じようなことを出来ないかと画策した。
そしたらまたチャンスが巡ってきた、あの信真が政威大将軍に就任して斯衛軍全体を手中に収めたのだ。
しかも信真は斯衛軍の積極的な派兵を打ち出して大軍拡を開始、斯衛軍を4個師団まで引き上げるのと同時に戦術機部隊も大幅に増強した。
ノースとマクファーレンはレーガンを説得し、再び斯衛軍の”瑞鶴”を増やす為にアメリカのF-4を買わないかと信真に持ちかけたのだ。
当然信真は了承した、僅かな期間で斯衛軍の戦術機の稼働機を増やす為には国のライセンス生産だけでは足りない、外から持ってくる必要がある。
一方のアメリカは最早F-4など予備機、州兵ですらF-15、F-16の配備が始まっている段階でF-4を使う意味もなく、これで日本円と交換出来れば本当に良い取引だった。
予算は斯衛軍、城内省の予算と裏の財布から支払われ、アメリカには自由に使える日本円という強力な武器を手にした。
結果的に大量のF-4が斯衛軍に流れ、アフリカ攻勢が始まる頃には数百機単位で斯衛軍は”瑞鶴”を運用出来るようになっていた。
そして大軍拡を施されたアフリカの斯衛軍は評決の日作戦でBETAと戦い、再びアメリカ軍の将兵が戦死する確率を大幅に減らした。
途中砲弾が足りないなどの問題はあったがこれはノースの知るところではない、斯衛軍の兵站局が単に無能だっただけだ。
一方の日本帝国政府は斯衛軍のこうした軍拡内容を薄々知っていたが特に突っ込むことはなかった。
斯衛軍が勝手に戦ってくれればその分武家以外の日本国民が死ぬ可能性が減るし、その分の動員を解除して他に当てることも出来るし国連に顔も立つ。
斯衛軍がNSCと繋がって日本円を流しているのは眉を顰める行動であったが、それ以上のメリットがあった為誰も触れようとしなかった。
結局ノースの取引は誰にとっても損を出さないメリットしかない取引だったのだ、所謂三方よしというやつである、売り手よし、買い手よし、世間よし。
売り手であるアメリカはF-4の在庫を減らせて手付かずの日本円も手に入る、売ったF-4はアメリカの代わりにBETAと戦ってくれる、手にした日本円はBETAと戦う為に使える。
買い手である斯衛軍はF-4が手に入って”瑞鶴”を増産することが出来るし、これで大軍拡に成功し積極的に世界で戦えるようになる。
世間である国際社会からしてみればBETA大戦の早期終結が世界の願いであるからその為に戦ってくれるなら文句はなかった。
尤も大前提としてノースの取引はアメリカ議会を通していない悪行であり、信真が出す金も確実に汚い金であった。
しかし世界の為にはなっている、誰も損をしていなかった。
東ドイツから逃げてきたお尋ね者のドイツ人が、旧守派を誑かしてクーデターを実行させるまでは。
これによってノースが売り払ったアメリカのF-4は突如アメリカの敵になった、数百機近い元アメリカのF-4が突如牙を剥いてきたのだ。
しかも取引先の信真は戦死、一応事情を知っている輝光さえもその後に死んだ。
こうしてオリバー・ノースの金のなる木は突如切り倒されたのだった。
ちなみにこの結末を受けて一応の関係者である日米ソはお互いに何も言わなかった。
アメリカは議会に何も言わずに戦術機を密売していたという大スキャンダルを隠したかったし、ソ連からすれば今回の事件の発端はジェルジンスキー衛兵連隊で取り逃した1人の東独将校が招いた結果なのだからソ連の監督責任になる、日本帝国はそもそもクーデターを起こしてしまったという責任があるから二カ国の責任を追求することは出来ない、三者三様の責任によって全員がこのことを闇に葬ると決意したのだ。
結果、ノースとマクファーレンは今もなおNSCにいるし、利益を出したのは事実であるのだからやがて昇進するのだろう。
「今度日本帝国に飛ぶので2人の墓に、花を備えてきますよ」
ノースは何処か悲しげな声音でマクファーレンに呟いた、取引相手である前に信真は親友であったし輝光も同じベトナム帰りの戦友だからだ。
その話を聞いたマクファーレンは背広から財布を出し、ノースにドル札何枚かを渡した。
「私の分も頼む、亡き戦友達に対してせめてもの花向けだ」
ノースは静かに頷き、マクファーレンの思いを受け取った。
クーデターは終わった、後に斯衛の変と呼ばれる一連の動乱は多くの傷を日本帝国に残し、そして変革の礎となった。
少なくともノースとマクファーレンは良き戦友にして良き取引相手を失った。
だが戦友達は秘密を最期まで口には出さなかった。
これより数十年後、1つ星を肩章につけたノースがアメリカ議会のテレビ公聴会に出ることになるのだがこれはまた別の話。
-日本帝国領 兵庫県 川西市 川西駐屯地 阪神軍病院-
クーデター騒ぎから2週間と3日後の4月25日のことである。
介六郎はあの後それなりに重傷を負って川西駐屯地の阪神軍病院に入院していた、むしろロケット弾を喰らってどうしてギリギリ生きているのか不思議がられていた。
恐らくは寸前で手足によるガードをしたことによりロケット弾の直撃を喰らわずに済んだ為、数週間病院に入院する程度で済んでいた。
「どうだ介六郎、空軍の制服も案外似合ってるだろう」
お見舞いに来ていた崇継は新しく配給された日本空軍の制服を介六郎に見せていた。
彼は仕事が終わると病院に訪れて介六郎の見舞いに来ていた、おかげで1日の数時間は結局崇継と過ごしていた。
「いいですね、昔の制服も正直恋しいけど」
「時期に慣れるさ、重要なのはなんの制服を着てるかじゃない、国の為に何が出来てるかだよ」
「……そうですね」
「ほら、お前の分も来てるぞ。退院する時はちゃんとこれを着て復帰だ」
そう言って崇継は持ってきた介六郎用の空軍の制服を彼に渡して、鏡を持ってきて服を合わせた姿を見せた。
2人は主従の関係であるのと同時に大親友である、こうした他愛もない日常が何よりも大切であった。
「退院したら一先ずは数週間教育を受けてそのまま大尉の階級を維持してくれるそうだ。ありがたい話だよ」
「その後はどうなるんでしょうかね」
「さあな、上の考え次第だろう。一応賊を倒した英雄という扱いだが結局は武家だ、将軍達だって困ってるだろうさ」
崇継と介六郎は確かに英雄である、だが英雄過ぎても扱いには困るのだ。
戦死される訳にもいかないし、妙な行動に出られても困る、穏当にほとぼりが冷めるまでいてもらうのが軍部としてはありがたかった。
ただ彼ら自身の思いは違う、まだまだ働く気だったし、若さ故に溢れる熱気を持て余していた。
「もしかしたら岐阜の飛行実験団辺りに送られるかも知れん。テストパイロットをやるのも悪くないだろう」
「私は貴方について行きますよ崇継、武家でなくなっても我らは親友だ」
「ありがとう、まあまずは身体を治してくれ!次は果物か何か持ってくるよ」
「分かりました、職務、頑張って下さいね」
「ああ、それじゃあな」
そう言って崇継は荷物をまとめて介六郎の病室を後にした。
病室を出て暫く歩いていると懐かしい顔に出会した、丁度斑鳩の家を飛び出した時に会ったきりだ。
「崇継……」
「やあ恭子、どうしてここに?」
彼女の名は崇宰恭子、同じ五摂家に属する崇宰家の子女である。
恭子は今斯衛軍衛士訓練学校に通っている最中ではあったのだが、父共々クーデターに反対した為3日間拘禁されていた。
その為学徒兵として動員されることもなく、なんとか生き延びることが出来た。
「父の友人がこちらにいらしたので……貴方は……介六郎さんのお見舞いですか」
「まあね、やっぱりアイツと一緒にいるのが一番楽しいんだよ」
「元気そうですね」
「空元気みたいなもんだよ、俺だって何も考えていない訳じゃない」
未来について前向きな崇継とは違って恭子はいつにも増して暗い雰囲気であった。
当たり前だ、自分たちの信じていたものが国を裏切り、同じ五摂家のおじが2人も死んだ、そして斯衛軍も城内省もなくなって遂には武家という身分すらなくなった。
崇継だって上部は元気そうだがいざ無くなってみると衝撃が大きいと感じていた。
子どもの頃からずっと武家の子だからと教え育てられていた、その全体が突然壊れてなくなったのだ。
五摂家だなんだと言っても今や崇継も恭子も身分で言えば何者でもない、同じ国民である。
普段はなんとも思っていなかったがいざ失ってみるとその大きさに気づいた訳だ。
「では少しいいですか…」
恭子に連れられて崇継は病院の屋上に向かった、たまたま誰もいなかった為静かな風が吹き抜け、青い空が広がっている。
恭子は私服だった、以前家を飛び出した時より大人になった気がする。
「秀信様が亡くなりました、自殺だそうです」
「あの大おじさんがね……猊下を失えばそうもなるか」
斉御司秀信は信真にとっての叔父であり養子の信真を大層可愛がっていた、失った自身の息子に信真を重ねていたのだろう。
その信真も殺されて絶望したのだ、秀信は解釈もつけずに腹を切って死んだ。
「九條家の方々も何名かは同じように、知っている方々が次々と世を去っていきます」
「ああ、みんな変わっていく日本に耐えられないんだ。俺だってそうだ、強気でいるけどやっぱり心にくるものがある」
「私も……きっと貴方より絶望してると思います……この先どうやって生きればいいか分からなくなってしまいました」
恭子の思いは切実なものだった、今までのかく生きなさいと教えられたことが全部なくなってしまったのだ。
迷うに決まっている、特に恭子のような年齢であれば。
それでも人は生きていかなければならない、生きたいと心の底で願っているうちは。
「貴方はこれからどうなさるおつもりなんですか、変わっていく日本でどうやって生きろと」
「私だって迷ってるさ……それでも今までやってきたように国に忠義を尽くして生きていこうと思う、それが俺なりの武家の生き方だと思うから」
「……貴方は前向きですね」
「そうでもないさ、俺は確かに運が良くて出来ることが多かっただけだよ。それに……」
崇継はあの日の戦いを思い出した、輝光と戦ったあの日。
刃をお互いに交えて交わした誓い、今は亡き輝光おじ上に言い切ったことを実行しなくてはならない。
「約束なんだ、俺とあの人の交わした約束。俺が武家の象徴になるって約束した、だから俺は俺の生き方を通さなければならないんだ」
崇継は上を向いていた、今でも空は澄んでいる、五摂家の青と同じように青く澄んだ空がそこにはあった。
一度誓ったことは果たす男だ、崇継は今後も変わらぬ生き方を続けていくのだろう。
きっとそれに魅せられて前向きになれる者もいるかも知れない、彼の隣にいる彼女がそうであるように。
「俺が生きていく限り、武家の魂は絶対に消えないよ」
「随分とはっきり仰りましたね」
「ああ、約束だからね」
「……なら私も貴方のように生きてみましょうかね。狡猾だったり屁理屈ばっかり言ったり家出したりするのは別ですが」
「おいおい、俺だって大人になったんだよ?それにもう家を気にする時代じゃないさ」
2人は年相応の子どものように笑った、久方ぶりの笑顔だった。
日本帝国は変わった、少なくともこれ以降日本が戦場になることはないし、学徒兵が出てきて無駄に死ぬこともない。
恭子が鬼姫と呼ばれることもないし、篁の子も普通の女子高生として生きていくだろう。
日本帝国に200年遅れの維新が訪れた瞬間であった。
つづく
割と大筋の計画に沿って書いている弊作ですが、オリバー・ノース周りは奇跡の産物としか言いようがありません