マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
剣戟の響きか波しぶきか
ライン 我がドイツのライン
聖なる大河 何人や守らん
-”ラインの護り”より抜粋-
BETA総進撃 ハイヴの守り作戦①
斯衛の変から2ヶ月が過ぎた。
時は1984年6月23日、国連軍は最後のハイヴであるベルリン・ハイヴを攻略する為に戦力の転用と準備を終えようとしていた。
攻勢作戦の開始は7月頃としており、最後のハイヴを攻略する為にあらゆる兵器を投入する予定であった。
既に周辺域はNATO、WTO両軍によって包囲されており上空には両宇宙軍による戦略兵器群が監視体制に入っている。
いざ攻勢作戦が発動されれば”ポーリュス”がG元素レーザーを放ち、その後核兵器を用いた軌道爆撃を叩き込んだ後に両軍の戦術機部隊を投入して火力と人的資源でハイヴ内を虱潰しに制圧して確実にトドメを刺す。
ベルリン・ハイヴは地球上最後のハイヴであるが、今までのハイヴ攻略史上最高のアセットを投入出来る環境にあった。
両軍には経験を積んだ将兵が大勢いるし、ハイヴを消し飛ばすほどの火力も十分にある。
各司令部や国防省の官僚軍人達はベルリン・ハイヴの攻略は絶対に上手く行くだろうと思っていた。
6月23日のこの日までは。
ベルリン・ハイヴの頭脳級、いや今や重頭脳級相当の性能を持ったそれはこの日までずっと耐え続けていた。
定期的に降り注ぐ軌道爆撃をひたすら耐え続け、秘密裏に伝令級を送ってネットワークを確保し、仲間が次々と人類に打ち倒されている中でも耐え続けた。
兵力を整え、戦術を研究し、戦争という概念を学んだ。
次々と同胞達が作り上げる新たな個体を学習し、その上で発展を繰り返し、人類に勝つ為に誰も知らないところでベルリン・ハイヴだけの軍隊を作り上げた。
プラハ・ハイヴが命をかけて送ってくれた戦力は有効活用させて貰った、あれがなかったら攻勢作戦は後1年遅れていただろう。
この星に現れては消えていった全ての同胞の知恵と力を結集してようやくベルリン・ハイヴはたった一度きりの人類に対する総反撃の力を手に入れた。
ここでしくじれば未来はない、どれだけ痛み分けとなろうと成功しなければそれは負けなのだ。
今のベルリン・ハイヴは戦争というものをよく理解していた、戦争において負けは全ての終わりを意味する。
ベルリン・ハイヴは敗北は理解出来た、敗北すれば大使命を果たすことが出来なくなる、これはプログラム上回避しなければならないことだ。
だがベルリン・ハイヴはついぞ人間の死生というものを理解出来なかった、人間を通常の非生命体ではない何かとは認識出来ても死生は分からなかった。
何故人が死を恐れ、生を尊ぶのか、結局BETAに恐怖や喜びという感情がない以上永遠に理解出来ない概念となった。
だが負けたくない理由は手に入った、故にベルリン・ハイヴは甘んじて死を受け入れるのではなく抵抗を選んだ。
最初で最後のBETAの悪あがきだ。
各所の地下に事前配置したベルリン・ハイヴの部隊は作戦開始時刻になると行動を開始した。
奈井江町に落下した重頭脳級は偉大だった、ベルリン・ハイヴだけでは辿り着けなかった新種個体の生成方法を伝えてくれた。
その生成方法と個体に改良を加え、更に新しい種を作り上げた。
これが地球に存在する最後のBETAによる反撃の第一声であった。
6月23日午前9時ごろ、前線に展開するNATO、WTO両軍の地中観測部隊は微弱な揺れを感知して即座に司令部に伝達した。
これにより前線に展開する部隊は一時緊急警戒体制に入り、各所で戦闘配置についた。
当初の両軍司令部はBETAの地中移動による攻勢が始まると考えていたのだが、そうではなかった。
地中観測部隊の数値計が時を追うごとに上昇していったのだ。
その理由はすぐに分かった、突如ベルリン・ハイヴを取り囲む三方向から”ポーリュス”のG元素レーザーに似た禍々しい紫色のレーザーが飛び出し、ベルリン・ハイヴの上空で一点に集中して更に上空へ飛び抜けた。
この以上事態は地上だけでなく宇宙空間にいる国連宇宙軍司令部でも観測していた。
「ベルリン・ハイヴから半径3キロメートル地点にG元素レーザー発生!発射されたレーザーはハイヴ上空で結集し、間も無く大気圏を突破します!」
「バカな!?」
「レーザー、減退しません!」
「レーザーの到達範囲に多数の衛星があります、我が軍の”ポーリュス”もです!!」
その場にいたソ連宇宙軍の少将は青ざめた顔のまま叫んだ。
「直ちに”ポーリュス3”を離脱させろ!」
最早手遅れであった。
大気圏を突破して宇宙空間に飛び抜けたG元素レーザーはそのまま幾つかの地上偵察衛星を飲み込み、射線にいた”ポーリュス3”を撃墜した。
今まで無敵を誇っていた”ポーリュス”の一角が崩れ落ちたのだ。
”ポーリュス3”の撃破を確認するとG元素レーザーの照射は終了し、ゆっくりと空にかかるレーザーは消えていった。
地上では発射跡の大穴から大量の煙が出現し、辺りに高熱原反応が出現した。
「まさか……光線級なのか…?」
あるソ連宇宙軍の技術士官が呟いた、彼の発言は当たっていた。
後にこのタイプの光線属種はГ標的と呼称され、地球上に存在した光線属種の中では最大級の個体となる。
名は超重光線級、ベルリン・ハイヴが到来した重頭脳級から受け取った設計図を基に改良を加えて生み出した光線属種最大最強の個体である。
本来の超重光線級は単一でこのスペックを発揮するのだが今まで核攻撃を受けて一撃で粉砕される事例を認知していたベルリン・ハイヴは、リスクを分散する為に若干小型化し、3体で運用する方法に切り替えた。
なお超重光線級は2体であっても威力は落ちるが大気圏越えのレーザーを発射出来るし、1体であっても重光線級とは比較にならない出力を発揮する。
今まで”ポーリュス”による被害を受けていたベルリン・ハイヴが対策として生み出したものだ。
この被害に対して動揺を覚えた国連宇宙軍ではあったが、即座に反撃を開始した。
特にソ連宇宙軍、第1親衛攻撃衛星軍は残る2基の”ポーリュス”のうち、”ポーリュス2”を用いて半径3キロメートルごと焼き払おうと画策した。
展開中の前線部隊は退避命令が出ており、その間に第1親衛攻撃衛星軍はベルリン・ハイヴ攻撃の準備を進めた。
砲撃地点を入力し、出力を50%まで引き上げて対地攻撃を敢行した。
地球圏の軌道上から地上に向けて逆にG元素レーザーが放たれる。
真っ直ぐ飛び出す紫色のレーザーはベルリン・ハイヴを狙っており、本来であればそのまま目標に着弾して地面を大きく抉るはずだった。
しかし放たれたレーザーはサクロボスコ・ハイヴや奈井江町の時と同じように上空で防がれ、地上に届くことがなかった。
「サクロボスコ、奈井江同様の磁場フィールドを確認!!」
「噂の防御シールドか!しかしこっちの出力は50%なんだぞ!」
そう、今までハイヴが保有していた衛盾級は50%以上の出力は耐えられないはずだった、故にこの攻撃も防御シールドを超えられるはずなのだ。
だがベルリン・ハイヴが開発した衛盾級は一味違う、エネルギー源をベルリン・ハイヴの重頭脳級と直結している為歴代のものより強固になっていた。
結局”ポーリュス2”が放ったレーザーは衛盾級のシールドを突破出来ずに消失、逆に反撃が叩き込まれた。
再び同じ箇所からG元素レーザーが放たれる、今度の狙いは”ポーリュス2”、先程レーザーを打ったばかりだから位置は完全に特定されていた。
第一撃とは違う角度で放たれたレーザーであったが同じように一点で結集し、”ポーリュス2”に向けて突っ走っていった。
「”ポーリュス2”の待避はどうなっている!?」
「やっていますが間に合いません!」
「直撃、来ます!!」
発射終了とほぼ同時に陣地転換を行なっていた”ポーリュス2”であったが、速度の都合上どうしても間に合わなかった。
超重光線級のレーザーは”ポーリュス2”に直撃し、完全に破壊された。
近くにいた偵察衛星がその様子をしっかり記録しており、宇宙軍司令部のある宇宙ステーションにも流された。
「”ポーリュス”がやられた……」
無敵の矛だった”ポーリュス”の喪失、全滅ではないとはいえソ連宇宙軍の将兵らには大きな絶望を与えた。
同じではないとはいえアメリカ宇宙軍の将兵らもショックを受けた、こんなものを撃たれるとは、今まで宇宙にいれば地上から撃たれないと思っていた常識が覆された。
再び発射跡から大量の煙が出現し、凄まじい熱量を吹き出した。
短期間での連射によって3体の超重光線級はオーバーヒートを起こし、損傷して暫くの間使えなくなった。
だがこれに見合う戦果は手に入れた、少なくとも3基あるはずの”ポーリュス”を2基も破壊出来たのだ、これからの大攻勢で大きなアドバンテージを取れる。
ベルリン・ハイヴは3体の超重光線級を移動させて地上からの打撃を防ぎ、代わりに主力の野戦部隊を展開した。
大地が割れ、大きな地響きと共に何体かの母艦級が出現し、大量のBETAを吐き出す。
見慣れた要撃級や戦車級、運搬級がいるのは勿論のこと、中には見たことないような突撃級や新種のBETAもいた。
これらが東西南北の全方位に出現し、NATO、WTO関係なく全方位同時攻勢を開始した。
全軍の攻勢部隊は大凡36個軍、ベルリン・ハイヴが3年の月日をかけて溜め込んだ大戦力であり、これがBETA最後の総反撃作戦だ。
各所で戦闘が勃発し、一気に戦端が開く。
ベルリン・ハイヴのたった1人の最終決戦、失敗すればもう後はない。
BETAにとってのラインの守りことハイヴの守り作戦はかくして始まった。
ベルリン・ハイヴの包囲網は北と東をソ連軍とWTO諸国軍が担当し、西と南をアメリカ軍とNATO諸国軍が担当していた。
北はイヴァノフスキー元帥率いる在独ソ連軍と東ドイツの国家人民軍が、東はゴヴォロフ元帥率いる沿バルト前線が、南はパットン4世率いるNATO中央軍集団が、北はナイジェル・バグナル英陸軍大将率いる北部軍集団が展開している。
これらの包囲網を押し上げ、縦深を確保する為にベルリン・ハイヴは東西南北の全方位に向けて総勢36個軍規模のBETA野戦軍で攻勢を仕掛けた。
G元素レーザーの影響で既に各包囲部隊は数キロ後退した状況から始まり、各部隊は後方の予備陣地に籠るか緊急防御体制に移行してBETAを迎え討った。
従来のBETAであればこれでも何とかなっただろう、だがベルリン・ハイヴは今まで打ち倒されてきた多くのBETAとは訳が違う。
ザーパド81作戦から3年間、ベルリン・ハイヴはずっと耐えて耐え続け、多くの同胞を見殺しにしながら戦争について研究を続けた。
人類側の兵器や戦法を研究し、これらに対応する為に必要な個体は何かを考え、そして生み出した。
人類がBETAを打ち倒す為に作り上げた兵器を、BETAもまた人類を打ち倒す為に模倣したのだ。
前線ではBETAが創り上げた巨人が暴れていた、普段地上部隊を守る為に飛んでいる戦術機がついに敵として現れてしまったのだ。
それはラザフォード場でホバー移動を行いつつ、優れた跳躍力で飛び去り、腕からレーザーを放って大地を焼く。
部隊から放たれる火砲は左手に持つ大きなシールドか全身を覆う突撃級かそれ以上の装甲で攻撃を防いだ。
そして迫り来る戦術機はレーザーで叩き落とすか右手に持つ近接用長刀に似たブレードか要撃級の脚部を改造したランスで打ち倒した。
「こちら第2中隊!BETA側の戦術機の猛攻により救援の戦車大隊は壊滅!至急周辺一帯に対する無差別砲爆撃を要請する!!繰り返すBETAの戦術機を俺たちごと吹き飛ばしてくれ!」
混乱した上級中尉が塹壕から通信機を片手にブロークンアローを要請した。
周囲には数え切れない味方の死体と破壊された車両群が黒焦げになって転がっている。
全て上級中尉の眼前にいる人型のソレが成したものだ。
頭部と思わしき場所には4つの赤紫色の瞳があり、無機質な雰囲気を醸し出している。
全身は突撃級の装甲に似たもので覆われ、両腕には光線級の目のようなものがついており、実際そこからレーザーが発射されていた。
右手には剣、左手には盾、まるで中世の騎士のような風貌である。
全体のデザイン系統はソ連軍の戦術機ともアメリカ軍の戦術機とも違う、人類の戦術機デザインにBETAの要素を無理やり詰め込んだかのような見た目だ。
この個体に対する人類側の呼称は早かった、というよりこれしか呼びようがなかった。
この戦術機級は各戦線全て合わせて確実に数百機は存在していた、しかもどの戦線でも猛威を振るっている。
ホバー移動で滑らかに動き、必要になれば大地を踏み締めて凄まじいジャンプで飛び去り上空にいる戦術機を叩き落とす。
地上部隊には腕のレーザーを放って応戦し、上空の戦術機に対しても同様のことを行った。
しかも戦術機級は基本3体で行動しており、単騎で戦うということはあまりない。
あるとすれば戦術機級の変異種である
四脚の戦術機級は主にNATO軍側の戦域に出現した、特にブランデンブルクからハーノファーへの突破戦闘に多用されていたと記録されている。
こうした部隊の阻止攻撃の為に国連宇宙軍は問答無用で核弾頭を含んだ軌道爆撃を敢行した。
しかし軌道爆撃を投入する前に上空からの飛翔物はベルリン・ハイヴの時と同じように地上に着弾する前に上空で爆散し、全て防がれてしまった。
そう、戦域にもラザフォード場によるシールドが展開されていたのである。
ベルリン・ハイヴが創り上げた衛盾級はハイヴ全体を防衛する1体だけではなかった、各戦線につき1体、戦域規模をカバー出来る衛盾級を配備していた。
これにより軌道爆撃は殆どが無力化された、だがシールドの展開上軌道爆撃は防げても地上発射型の兵器を全て防ぐことは出来なかった。
単純に規模が段違いなのだ、その為SRBMとIRBMならまだ有効であると早期に発見された。
軌道爆撃による阻止攻撃が不可能だと悟ると各軍司令部は即座に割り切って航空機や地上部隊による核攻撃での阻止に切り替えた。
ほぼ片道切符の戦術機部隊が核弾頭搭載機を護衛し、勝てないとは知りつつも戦術機級との戦闘に乗り出した。
MiG-29とSu-27の混成部隊が前方展開する戦術機級に対して空対地ミサイルを撃ち込んで迎撃戦闘を開始した。
撃たれたミサイルは全て手持ちのシールドで防ぎ、レーザーを放って応戦し始めた。
戦術機級のレーザーは光線級のように必中効果を持っていない、レーザーも短いし出力もかなり抑えめであった。
だが利点はある、補足せずともレーザーを発射出来るし短く連射が可能、1発発射につき10秒のクールタイムも必要ない。
その為確実に仕留めるのではなく上空に弾幕を張って防御することが出来るのだ、地上戦闘ではこちらの方が利点があるとベルリン・ハイヴは判断していた。
実際レーザーの弾幕により何機かが撃墜され、即座に低空飛行に移った。
攻撃を受けた戦術機級のうち1機は後方からの火力支援を遂行し、残り3機は近接戦闘による確実な撃破に移行した。
MiG-29やSu-27が放ってくるロケット弾や突撃砲を全てシールドで弾き、ホバーを解除して大地を踏み締めて一気に蹴り上げ、相手の戦術機に向かって突進した。
シールドの影に持っていた長刀を隠し、敵機が左にずれた瞬間に長刀を前に出して串刺しにする。
爆発をシールドで防ぎつつ、レーザーで友軍機を援護する。
他の戦術機級もシールドで敵機を潰した後に斬撃でトドメを刺し、長刀同士の斬り合いで相手の長刀を叩き折って真っ向から切り捨てた。
下手に飛び上がれば後方の戦術機級が対空射撃を行う為逃げ場がない。
最新鋭の戦術機を持ってしても戦術機級は1体も撃破出来ず、全滅した。
だが役目は果たした、戦闘終了と同時に後方で核爆発が起こりその衝撃が戦術機級を襲った。
全身装甲とシールドを持つ戦術機級にとってこの程度の衝撃は防御形態になれば特段問題はなかったが、そうではないBETAはかなり撃破された。
それでもBETA側の戦力からすれば損害は軽微、攻勢は続行された。
戦術機級の猛威も激しかったが地上ではそれと同じく強力な個体が国連軍の陣地を突破していた。
突撃級シリーズにおける最強にして最後の個体、超重突撃級である。
従来の突撃級は正面装甲のみに重きを置いていたが、この個体は後方にも装甲を配置し、脚部も可動の邪魔にならない程度に装甲を設置した。
そして正面装甲を2枚に変更し、通常装甲と増加装甲による二重の防御を獲得した。
何より特筆すべき点は中距離攻撃の獲得である。
超重突撃級は光線級と同じレーザー発射機構を獲得し、少なくとも戦車砲と同じくらいには周辺の敵を迎撃出来た。
こちらのレーザーも戦術機級と同じく必中効果がない代わりに連射が可能で、10秒に1発という制限はなくなっている。
こうした突撃級による装甲集団が攻勢の要となって戦線を押し上げていた。
戦闘開始から3時間が経過し、前線の諸部隊は壊滅状態に陥り、BETAは地球襲来時に匹敵するほどの快進撃を続けていた。
沿バルト前線は最初の戦闘地点から50キロメートル離れたゼーロウの辺りまで後退し、司令部は本格的にポーランド国境であるオーデル川までの後退を考え始めていた。
在独ソ連軍地域はまだ敵戦力が少なく大凡5個軍という規模だった為ブランデンブルクとメクレンブルク・フォアポンメルンの境から16キロ手前の地域で粘っていたが、すぐに限界が来るだろう。
NATO北部軍集団はブランデンブルクでの阻止戦に失敗し、ブランデンブルクとザクセン・アンハルト州の州境まで退いていた。
これに関してはNATO中央軍集団も同様である、特にベルリン・ハイヴはドレスデンに対する攻勢を強めており、ここに6個軍の戦力を投入していた。
たった3時間で最初の包囲網から全軍が50キロ以上後退し、更に押し込まれようとしていた。
だがベルリン・ハイヴからすればこんなものはまだ序の口である、更に前へ、前へと突き進まなければならない。
超重光線級を収容して修復するのと同時にベルリン・ハイヴはハイヴの守備兵力を一部展開して、再占領地域の資源収集に乗り出した。
この資源を用いて新たなBETAを生成し、それを戦力に充てて更に軍を強化する。
こうして強化された軍は前線を押し上げて占領地域を拡大し、再び資源を獲得しBETA全体を強化出来るようになる。
最早この地球上にハイヴは1つ、たった1つで全てをやるしかないのだ。
ベルリン・ハイヴは少なくとも東西に657キロメートル以上戦線を押し上げないと成功ではないと確信していた。
100キロ、200キロメートル人類から土地を奪った程度では安全は保障されないと確信していた。
もっと前へ、前へ、土地と軍が大使命を遂行する上での必要条件となる、広大な領域と巨大な野戦軍、この2継がなければこの星で大使命を遂行する事は不可能なのだ。
ベルリン・ハイヴは生き残る為に本来の大使命からは逸脱し、帝国主義と軍国主義に傾倒していった。
今の地球BETAに採掘要員はいない、全員が戦闘要員であり、一億玉砕火の玉と言わんばかりの戦闘能力の拡張を行なっていた。
冷戦期という異常な時代に巻き込まれた結果、ベルリン・ハイヴの思考もおかしな方向へと成長していったのだ。
おかげでBETAはBETA大戦史上初、まともな野戦軍決戦でNATO、WTO双方を苦戦させていた。
このまま進み続ければ勝機は見えてくる、絶対的な完勝でなくてももぎ取れる勝利はあるとベルリン・ハイヴは学んでいた。
BETAの最後の賭けはまだ始まったばかりである。
奴らの賭け金はこんなものではなかった。
ソ連軍の沿バルト前線は戦線がぜーロウまで後退した時点でドイツに留まって戦闘する事は諦め、ポーランド人民軍と共に国境線のオーデル川で阻止戦闘を行うことを決意した。
沿バルト前線司令部の決断に当初ソ連軍大本営は難色を示した、ポーランド国境まで後退すれば再び在独ソ連軍が孤立する恐れがある。
それに下手に後退してはBETA側に縦深のアドバンテージを渡しては返って敵を利する恐れがあり、難色を示すのも当然ではあった。
しかし前線の状況を正確に把握しているのは沿バルト前線の方である、煮え切らないソ連軍大本営に対しゴヴォロフ元帥は直接こう言った。
「前線では見たこともないBETAが暴れ回っているんだ!このまま戦い続け、オーデル川どころかヴィスワ川まで退き下がってもよいのならどうぞ死守を命じられよ!」
凄まじい剣幕に押され、大本営は考えを改めた。
沿バルト前線は前線に展開する部隊に対して遅滞戦闘を行いつつオーデル川まで後退せよと命令を出した。
同時にポーランド国内に駐留するポーランド人民軍に出動を要請し、国内の守備に就かせた。
ポーランド人民軍は1981年時点の軍編成を解除し、奪還した国内で早期に軍管区編成へ移行していた。
第1軍はワルシャワに司令部を置くワルシャワ軍管区へ再編、第2軍はシレジア軍管区へ、第3軍はポメラニア軍管区へと再編成された。
東ドイツとの国境線も回復し、ポーランド国境警備隊も復活、シュチェチンやクラスノ・オドジャンスキエにはそれぞれ1個国境警備旅団が配備されている。
これらの戦力をオーデル川付近の国境線に結集させ、守備戦力を固めた。
シレジア、ポメラニア両軍管区及びポーランド国境警備隊の東ドイツ方面部隊は全て沿バルト前線司令部が指揮を取る事になり、前線戦力は増強された。
これに合わせてヤゾフ率いる第1ウクライナ前線もチェコスロバキアから戦力の移転を始めた。
この危機的状況下で沿バルト前線だけでは若干の不安があったからだ。
動きがあったのは地上軍だけではない、バルト海に展開するソ連海軍も行動を開始した。
まずバルト海艦隊司令部は常時バルト海に展開している海上部隊を速やかにロストクからコシャリンの海域に展開、いつでも対地支援が行える環境を作った。
これに合わせてバルト海艦隊司令官のイヴァン・カピターネツ大将はバルト海艦隊全艦に出動命令を出し、直ちに地上の支援に向かわせた。
多数のスヴェルドルフ級やバルト海艦隊の主力艦艇がリエパーヤやクロンシュタット、レニングラードの軍港を出てバルト海の戦場へ向かった。
ポーランド、チェコスロバキア内に展開するソ連空軍、ソ連防空軍の航空戦力も先んじてオーデル川の戦場へ駆けつけた。
徐々に撤退も成功し、オーデル川周辺での防御態勢が確立しつつあった。
沿バルト前線は後退させた戦力のうち第2親衛軍をシュチェチンへ、第11親衛軍をゴジュフ・ヴィエル・コポルスキ周辺に、第39軍をレグニツァへ展開させた。
その合間にはポーランド人民軍のポメラニア軍管区とシレジア軍管区の戦力を配備しポモージェ国境警備旅団、ルブジュ国境警備旅団、ルジツァ国境警備旅団も戦線に加えた。
予備戦力として第43軍と第4打撃軍、第6親衛戦車軍とワルシャワ軍管区のポーランド人民軍が待機していた。
一方のBETA側は大凡12個軍の戦力でゼーロウを突破し、次なる戦場であるポーランドへ向けて突き進んでいた。
前進するBETAであったがその進軍速度はオーデル川の手前で一時的に緩まった。
沿バルト前線は撤退時に大凡数キロメートルに渡る大規模な地雷原を空中散布で設置しており、これで一時的に相手の足を止めた。
だがBETA側にもよりシンプルかつ簡単な地雷の撤去方法があった。
前線地域の戦術機級や超重突撃級のレーザーで大地を焼き、安全地帯を確保して前に進み始めたのだ。
これには通常の光線級も参加している、軌道爆撃を衛盾級で防げる為光線属種も若干余剰が生まれつつあったからだ。
こうして各所で少しづつ前に進み出したBETAであったが、ここが狙い目であった。
密かに埋めていた核地雷をBETAが焼き尽くす前に起爆し、移動中のBETAの眼前で核爆発が発生した。
激しい熱と爆風がBETAを襲い、前線近くの超重突撃級と戦術機級が何体か撃破され、近くの個体も激しい衝撃波で損傷を受けた。
それでも核攻撃の直撃を受けていない為損害は軽微である、そう思って前進しようとした矢先前線部隊からの迎撃戦闘が始まった。
車両や戦車砲に加えて、後方からはロケット弾や砲弾が降り注ぎ、突出した部隊に対して火力を叩き込む。
戦術機級や超重突撃級は自前の装甲で攻撃を防いだが中には防ぎきれないものもあった。
前線に展開する戦術機が持っている152mm無反動砲、これから発射される砲弾に何発か核砲弾が混じっており、それを喰らった為一度に数体の戦術機級や超重突撃級が撃破された。
こうした予想外の反撃に対してBETA側は比較的冷静に対処した。
ここで貴重な主力を失う訳には行かない為戦術機級や超重突撃級を後退させ、通常の突撃級や要撃級を正面戦線に投入した。
通常種ではやはり火力の壁を突破するのに時間が掛かる上、損害も大きいがそれでも戦術機級や超重突撃級を失うよりはマシであった。
限界まで主力攻勢部隊が開いた突破口を通常種の部隊で強引に進め、犠牲と時間はかけつつも地雷原の突破に成功し、ようやく川の側までまで辿り着いた。
ベルリン・ハイヴはこうした状況下で暫くは通常種に戦闘をさせた。
物量で押し切り、川沿い付近の防衛線を叩いた後の平地でないと貴重な主力に余計な損害が出ると判断したからだ。
ベルリン・ハイヴの重頭脳級は明確にBETAに対する価値の重さを持っていたし、故に作り上げた同種も簡単に切り捨てるある種の冷酷さを持っていた。
ベルリン・ハイヴからすれば今前線で打ち倒されている要撃級や戦車級よりも後方で待機中の戦術機級や超重突撃級の方が大事だというのだ。
今までこうした価値観を持つ頭脳級は少なかった、決戦兵力であることは薄々理解出来ても完璧に損切りが出来る個体はそれほど多くはなかった。
オーデル川付近での戦いは6月23日から25日の夕方まで続いた、実際に全面突破に成功して主力部隊がオーデル川を越えるのは26日のことであった。
オーデル川の防御陣地で稼いだのは3日、短いように思えるかもしれないがこの3日の間にやれることは山のようにあった。
それにこの間にBETA側にはそれなりに損害を与えられた、超重突撃級や戦術機級にも多少ではあるが被害が出たし、間違いなくオーデル川での阻止線には意味があった。
既に後方には第二、第三の陣地が構築され沿バルト前線の各部隊はゆっくりと後ろに下がりながら後方の陣地に身を固めた。
しかし後退戦が始まる頃には戦術機級と超重突撃級が出てきて前線を荒らし始めた為、離脱出来ずに撃破された部隊も多かった。
基本的に戦術機級や超重突撃級は単体で活動しない、必ず2、3体の友軍がいるか戦車級や光線級を共周りに引き連れている。
こうした周囲の部隊を叩いているうちに戦術機級は前に出て前線部隊を荒らし、逆に戦術機級の動きを火力などで封じているとその間に回ってきた小、中型種の接近を許してしまう。
後方の支援砲撃も戦術機級や超重突撃級事態に防ぐ能力がある上に、光線級などの支援を容易く受けられた為被害を抑えられた。
BETAなりの諸兵科連合戦術だ、ただ物量に身を任せるのではなくそれぞれの特性を活かして部隊を編成し、長所を引き出して短所をカバーする方針をベルリン・ハイヴは学んだ。
恐らく戦術機級、超重突撃級の単一部隊であったら苦戦はすれどここまでの事態にはなっていないだろう。
BETAがBETAなりに人類の戦争を学習した影響であった。
ただそれでも塹壕に篭り、適切な支援を受けたソ連軍とポーランド人民軍は強力であった。
多くの犠牲を出しながらも粘り強く抵抗を続け、最もBETAの攻勢が激しかった中央の第11親衛軍であっても7月1日に入るまでゴジュフ・ヴィエル・コポルスキまで後退しなかった。
特にシュチェチンで抵抗を続けていた第2親衛軍は7月8日まで抵抗を続けており、完全にシュチェチンから離脱したのは7月10日に入ってからのことである。
それでもベルリン・ハイヴはたった1週間で100キロメートル以上の戦線の押し上げに成功し、攻勢部隊の全体から見た場合の損害はかなり軽微であった。
つまりまだ戦える、ベルリン・ハイヴは更なる攻勢の続行を選んだ。
ベルリン・ハイヴのポーランド攻勢は大きく分けて三方向に向けて攻勢の軸を伸ばした。
このままシュチェチンを堕とし、グディニャ、グダニスクに向けて前進するポメラニア攻勢部隊、ポズナンに向けて真っ直ぐ進軍しワルシャワを目指す中央攻勢部隊、かつてハイヴがあったヴロツワフを奪還し、守備の要とするシレジア攻勢部隊。
これに合わせてベルリン・ハイヴはドレスデンへの攻勢を強め、カルパチア山脈の奥に展開する白ロシア前線とも戦闘に突入した。
無論カルパチア山脈を越えるには中々の労力がいる為、白ロシア前線とチェコスロバキア人民軍は必死に阻止線を張り、突破を防いでいた。
「BETAの攻勢軸は分かりましたが……問題はこれらを防ぎ切れるかどうかです……今となっては軌道爆撃もほぼ通じませんし、主力部隊の転用にもまだ時間が」
「我々が東西ドイツでNATO軍と戦う時はそんなものなかったはずだ、狼狽えるな。それに必ず友軍は来る、ヤゾフ元帥の第1ウクライナ前線は確実に来る」
ある参謀の不安を隠しきれない発言にゴヴォロフ元帥は喝を入れた。
彼は家出してスペイン内戦に参戦しようともしたし、あの大祖国戦争も軍人として戦って生き延びた、冷戦期という世界が滅亡するかも知れない時代を生きてきた人である。
それに父はあのレオニード・ゴヴォロフソ連邦元帥、同じ鋼の軍人としての魂は受け継いでいた。
それに事実としてヤゾフ率いる第1ウクライナ前線がチェコスロバキアからポーランドに戻ろうとしていた。
このままオポーレからヤゾフの第1ウクライナ前線を突っ込ませてシレジアの攻勢を破綻させ、そこから突き上げるように押し返せば連中の攻勢を潰せる。
そうでなくともこちらにはまだ南欧前線も第2ウクライナ前線もいる、我々が壊滅したとて代わりはいるのだ。
戦争とは最後に両足でその場に立っていた者が勝者だ、”ポーリュス”を2基失ったからなんだというのだ、新種のBETAが出てきたから何だというのだ。
既にゴヴォロフ元帥には勝ち筋が見えていた、相手は倒せない敵ではない。
「今が正念場だ、各軍司令、各師団長、ポーランド人民軍の司令官達にも伝えろ。我らの命に変えてでもポーランドで奴らを食い止めると!」
「了解!」
既に多くの将兵が前線で死んでいる、だがここで抑えなければ銃後のポーランド国民が、更には本国のソ連国民に犠牲が出てしまう。
1973年の悲劇はもう繰り返させない、BETAとの戦争は終わりだ。
誰だって負けるつもりはない、ベルリン・ハイヴにも後がないようにソ連軍やポーランド人民軍にだって負けられない理由があった。
戦争とはお互いの意思の衝突、どちらが強い意思を持っているかのぶつかり合いだ。
その点においては確実に人類の方が優っていた。
所詮BETAはどれだけ学習しても意思を持たぬ機械なのだから。
ベルリン・ハイヴの新戦術は単に新種を出して正面で攻め立てるかではなかった。
地中移動を用いた後方強襲浸透を積極的に用いていたのだ。
しかもこれは大規模なものではないのが厄介な点である、母艦級から一度に回り込んでくるのなら話は簡単だ、予想地点に核攻撃を加えて丸ごと死滅させればいい。
だがベルリン・ハイヴの後方強襲浸透はそのような大規模なものではなかった。
運搬級数体が地下から地上に移動して展開し、戦車級を吐き出して前線の背後を撹乱するパルチザンに近い戦法を取った。
これにより後方から前線に向かう輸送トラックや移動中の部隊が襲撃され、最初はそれなりに損害を負ったし犠牲者も出た。
しかし地中観測部隊の増強と輸送部隊により強力な火器を持たせ、警護の兵を増やすことで何とか対処している。
こうした後方の兵站線襲撃や撹乱はソ連軍の得意分野であり、独ソ戦では双方やり合った。
その為対処法はいくらでも知っている、ポーランドの内務部隊と本国から連れてきたソ連国内軍を後方に展開して安定化に寄与した。
こうした手法により沿バルト前線の後方問題は7月2日までには大方片付いた。
それでも後方部隊の増強や国内軍の展開によってソ連軍、ポーランド人民軍に更なる負担が掛かっているのは事実だ。
相手のリソースを削る上でこうした運搬級による後方浸透はそれなりの効果を発揮していた。
その間にもBETAは前線を押し続けている、特に中央では戦術機級と超重突撃級の集中運用により苦しい戦いを強いられていた。
一方のシレジア方面ではレグニツァで第39軍とシレジア軍管区の部隊が抵抗を続けているが、こちらも戦術機級ら新型BETAと物量によって押し込まれそうになっている。
現在の戦線は持って4日、第39軍司令部は沿バルト前線司令部に対してそう断言した。
代わりにポメラニア方面の戦闘は比較的安定していた、シュチェチンで未だにソ連軍とポーランド人民軍が抵抗を続けられているのが何よりの証拠だろう。
無論これはソ連海軍バルト海艦隊の手厚い火力支援あってのことである、海上火力と地上火力の2つでBETAは特に手痛い損害を受けていた。
それに北側では在独ソ連軍が抵抗を続けている為、そちらに兵力を取られていたというのもある。
どちらにせよポメラニア方面にはまだ余力があった。
一方チェコスロバキア方面は白ロシア前線とチェコスロバキア人民軍がカルパチア山脈を用いてBETAの侵攻を完璧に食い止めていた。
特にこちらで大きな戦果を挙げたのは無理に突入してきた超重突撃級を撃破したことにより、死骸ではあるが超重突撃級のサンプルが手に入ったことだ。
死骸は直ちに後方へ輸送されて輸送機で本国まで送り届けられ、解析班に回された。
また第2ウクライナ前線は麾下の戦力を率いてウクライナに戻り、国境線の守備を固めるようにソ連軍大本営から命令が出された。
元々戦力をハンガリーから徐々にウクライナ・ソヴィエトの方へ戻していた為移動自体はそこまで時間は掛からなかった。
南欧前線もオーストリア、ハンガリーに第二防衛線を展開してBETAの襲来を警戒し、ハンガリー人民軍やルーマニア人民軍、ユーゴスラヴィア軍と共に南欧の守りを固めていた。
その中でただ1隊、沿バルト前線支援の為に軍をポーランドへ動かしていた前線があった、ヤゾフ率いる第1ウクライナ前線である。
しかもこの第1ウクライナ前線、ウクライナ・ソヴィエトへ戻る最中のペトロフ元帥によって隷下の第4親衛戦車軍を、アフロメーエフ元帥によって隷下の第5親衛戦車軍を託されており、3個親衛戦車軍を運用出来る状態にあった。
ヤゾフはこの支援に感謝を述べ、直ちにこの3個親衛戦車軍と第1親衛軍、第4軍、第9親衛軍をポーランドへ向かわせた。
この3個親衛戦車軍を主力としてシレジア方面からカウンター攻勢を叩き込み、そのまま中央に回り込んで孤立させ、火力で敵主力を消滅させる予定だった。
沿バルト前線もこれに合わせて第6親衛戦車軍をポメラニア方面へ回し、ポメラニアとシレジアの同時反攻によってBETAの攻勢意図を頓挫させるつもりでいた。
時は7月6日、第1ウクライナ前線が兵力の転換を行なっていたのはオーデル川が突破されかけている6月25日からであり、既に行動開始から11日が経過していた。
「ゾロトフ少将、攻勢が始められるのは何日になりそうだ」
プルジェロフの第1ウクライナ前線司令部でヤゾフは参謀のゾロトフ少将に尋ねた。
「このペースだと攻勢のスタートは7月14日か15日です」
「8日後か……」
「現在の鉄道輸送網と交通網ではどんなに急かしたとて現状が手一杯です、どうかご辛抱を」
プラハ・ハイヴのBETAによって蹂躙されたチェコスロバキアのインフラは完全に回復していない、解放から2年の月日が経とうとしているがそれでも限界はあった。
実際ソ連軍の鉄道部隊や輸送部隊はよくやっている方だ、彼らは野戦軍という大規模なものを動かしている。
「このペースですと恐らくヴロツワフは持ちませんね……」
モイセーエフ大将は冷静かつ苦虫を噛み潰したような表情でそう呟いた。
ヴロツワフには未だにハイヴの跡地があり、放射能汚染やG元素レーザーによる後遺症も残っている、何より厄介なのが巨大な地下坑道だ。
ヴロツワフに陣地を張って敵を迎え討つというのは今や現実的ではない、その為レグニツァを突破されればヴロツワフは迂回して火力で相手を吹き飛ばすしかなくなる。
そうなると前線は一番近くてブジェク、最悪の場合オポーレとなる。
「だが仕方あるまい、沿バルト前線の将兵は必死に戦っている、彼らを責めることは出来ない。例えオポーレが前線となっても我々がやることは変わらない」
その発言に全員が頷いた。
今回の作戦目標ははっきりしている、BETAの攻勢を潰すこと、その為に必要なことも全部分かっている。
であれば後は迷うことはない。
「同志元帥、ローシク装甲戦車兵元帥をお連れしました」
ローシク少佐は作戦室に彼の父でもあり第4親衛戦車軍司令官であるオレグ・ローシク装甲戦車兵元帥を連れてきた。
参謀達はこの偉大な戦車指揮官に敬礼し、ヤゾフも敬礼と握手で出迎えた。
「では同志ヤゾフ、行ってまいりますよ」
「沿バルト前線の同志達を頼みます、あなた方第4親衛戦車軍が攻勢の要だ」
「この程度スターリングラードに比べれば何ということはありませんよ、そちらもそうでしょう?」
「ええ、レニングラードで死にかけた時に比べれば。あの時ですら勝ったんだ、今回だって勝ちますよ」
ローシク元帥はスターリングラードの生き残りであり、ヤゾフはレニングラードの生き残りである。
あの激戦を生きている彼らからすれば、BETAの攻勢はまだどうにか出来る範疇に見えていた。
だがこれが今生の別れになるかも知れない、2人はお互いにハグをしてローシク元帥が耳元で呟いた。
「息子を頼みます」
その一言にヤゾフは無言で頷き、敬礼した。
ローシク元帥も長居はしていられない、新たにポーランド内に設置した野戦司令部で戦車軍の指揮を取らねばならないからだ。
だが元帥は去り際に我が子の頬を掴み、その後肩を抱いて優しく微笑んだ。
そこに会話はなかった、だが思いは通じ合っていた。
ローシク元帥は司令部を後にした、副官を連れて彼はより前線に近い地域へ向かった。
「お父上のこと心配ですか」
ふとリトヴィネンコ中佐はローシク少佐に尋ねた。
「いえ、父はソ連軍最高の戦車将軍ですよ。負けるはずがありません」
同じ軍人の父と子、確かな信頼と絆で結ばれていた。
ヤゾフも微笑を浮かべ、すぐに真面目な表情に戻ると前線の指揮に戻った。
「支援の戦術機部隊だけでも回せ、だが無理に投入はするな。航空戦力の使い所をしくじる訳にはいかん」
「了解」
「トルナヴァの第306独立親衛戦闘航空連隊は先んじてポーランドに送れ。必要に応じて沿バルト前線にも指示を受けるようフレツロフ中佐には伝えろ」
状況は緊迫していた、だが皆が諦めた訳ではない。
着々と反撃の手は打たれていた。
-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ クレムリン-
ソ連軍大本営は”ポーリュス”が破壊された時から大忙しだった。
クラスノズナメンスクのソ連宇宙軍司令部は直ちに宇宙軍が受けた損害を確認し、対地攻撃と対地上監視を強化し地上軍の支援を行なった。
ソ連海軍司令部は直ちにバルト海艦隊を出動させ、参謀本部は逐一状況を確認しつつ状況分析を行なった。
ソ連国防省は必要な物資などの確認を行い、ソ連軍大本営では明確な方針を打ち立てた。
今もクレムリンに集まった軍官僚、内務官僚、外務官僚らが集まりそれぞれの対策を協議している。
既に決まったこととしてはポーランド、チェコスロバキアと国境を接するソ連構成国、ロシアSFSRの飛地カリーニングラードとウクライナ・ソヴィエト、白ロシア・ソヴィエト、そしてリトアニア、ラトヴィア、エストニアのバルト三国には準警戒体制が敷かれることとなった。
ソ連国境軍は国境の防衛を強化し、復活した沿バルト、白ロシア、沿カルパチア、キエフ、オデッサ軍管区の部隊は武装してポーランド国境周辺に防御陣地を構築した。
各SSRの民警部隊も非常警戒が言い渡され、一部はもしもに備えて武装して待機、ソ連国内軍はポーランド国内の支援を行う為に先んじてポーランドへ向かった。
一方のポーランド、解放されて早3年のポーランドであるが戦闘地域から半径100キロメートルの地域には避難命令が出され、復興作業の為にポーランドに入っていた人々は軍の命令に従ってヴィスワ川より後ろに避難した。
これではまるで1973年の繰り返しだ、あの時の生き残り達は過去を思い出して暗い気持ちになった。
ソ連軍大本営は沿バルト前線と第1ウクライナ前線が勝つことを信じていたが、同時に国内及び解放したワルシャワ条約機構諸国に第二線を弾き始めていた。
軍隊とは常に最悪に備えなくてはならない、今回の最悪とは第1ウクライナ前線と沿バルト前線がBETAの攻勢阻止に失敗し、戦線がポーランド=ソ連国境線まで後退することだ。
その場合はソ連国内でBETAを迎え討たなくてはならない、迎え討つにしても準備は必要だ。
「第二線の状況はどうなっているかね」
クレムリンの大本営が置かれている一角でウスチノフ元帥はオガルコフ元帥に対して状況を尋ねた。
「第2ウクライナ前線の全戦力がウクライナ国境に展開するのは20日になりそうです。既にペトロフ元帥はウクライナに戻って指揮を執っています。白ロシア、バルト諸国も予備役を動員し、国境軍や内務省部隊を結集させて防衛線を展開、練度はポーランドの部隊より劣りますが少なくとも2週間は耐えられるかと」
「レニングラード軍管区とモスクワ軍管区の部隊は」
「明日には全て到着します、しかしよろしいのですか?モスクワとレニングラードの戦力を送った場合首都圏の守りは……」
「どの道第二線が突破されれば終わりだよ、それに我々にはまだ後方の戦力がある」
最前線の将兵を支援すると同時に最悪にも備える、出来れば起こらないで欲しいと願いながら。
少なくともまだソ連軍には希望がある、第1ウクライナ前線の反攻が成功すれば状況は大きく変わる。
「西側の方もかなり苦戦しているそうだね」
「はい、北部軍集団はザクセン・アンハルトとニーダーザクセンの州境まで後退しているらしいです。ただ向こうも反撃の機会は見え始めているそうですが」
この時ベルリン・ハイヴは直径で200キロメートルほど戦線を伸ばしていた。
NATO北部軍集団、中央軍集団に対してベルリン・ハイヴは総勢18個軍を展開し、今はほぼ14個軍が両軍集団の正面に展開していた。
これもソ連軍が相手している部隊と同じく戦術機級や超重突撃級が大量にいる。
「こうなった以上ベルリン・ハイヴの攻略は急がなければなりません」
「うん、太平洋艦隊の”ウリヤノフスク”をバルト海に回して戦術機部隊を確保しよう。可能であれば他の空母部隊もだ、後ゴルシコフ元帥に確認せねば」
皮肉なことにこういう場合にウスチノフ元帥が毛嫌いしていた空母が役に立っている。
ウスチノフ元帥が考えを改めたかは定かではないが、確かに効力は思い知っただろう。
「はい、問題は地上軍と航空戦力です。恐らく今回の戦いで相当数は……それに宇宙軍も」
間違いなく凄まじい数の将兵が戦死し、とんでもない数の兵器が破壊される。
既に国防省、参謀本部に送られてくる報告書を読むだけでも戦闘の苛烈さが分かるほど損害が出ていた。
ここから反撃に成功してハイヴを攻略するにしても各部隊が受けた損害を補填し、追加の兵力を供給しなければならない。
特に宇宙軍に関しては貴重な”ポーリュス”を2基も破壊されたのは大きな痛手であった。
「陸空の損害に関しては国防省で補填の計画を立てよう。少なくともまだ我々には白ロシア、第2ウクライナ、南欧前線がある、工面は出来るさ。国連軍としてのハイヴ攻略作戦の遂行は参謀本部に任せるよ」
「分かっています、既にアメリカの統合参謀本部からも打診が入っていますので人員を派遣します。しかし宇宙軍の方はどうします?このまま”ポーリュス”1基での攻略は苦労しそうですが……」
「無論これも補填する、少なくとも”ポーリュス”2基体制でベルリン・ハイヴは攻略する」
「2基?今からもう1基建造するとなると時間が……」
オガルコフ元帥の不安にウスチノフ元帥は一切の心配もなさそうな表情で言葉を返した。
「忘れたのかね?あるではないか、”
その一言を聞いただけでオガルコフ元帥はその存在を思い出し、納得した。
「あれを打ち上げる、組み立てもすぐに終わるはずだ。問題は新種の光線属種だね」
「既に情報総局が分析中です、結果によっては対処可能かと」
「それはいい、例の光線属種を排除と同時にベルリン・ハイヴの磁場シールドは確実に破る。後はいつも通りにすればいい」
ウスチノフ元帥はいつにも増して落ち着いていた、この老人が踏んできた場数はオガルコフ元帥ともまた違う。
2人とも同じ大祖国戦争の経験者ではあるが得たものは違っている、だからこそここまで上手くやってこれたのかも知れない。
少なくともBETAという敵はアフガニスタンの敵より討ち易く、分かりやすいソ連の脅威であった。
「ゴヴォロフ元帥とヤゾフ元帥は必ず勝つ、私の仕事は彼らの為に軍需を調整し続けることだ」
少なくともこのBETA大戦においてウスチノフ元帥が国防相を務め、オガルコフ元帥が参謀総長を務めていたことは良かったのだろう。
ウスチノフ元帥が軍需を取り仕切り、ソ連軍に無尽蔵の兵器を与えた。
オガルコフ元帥の軍事理論はソ連軍どころか世界各国の軍隊を変えた、彼が参謀総長でありその職に相応しい思考力を持っていたからだ。
史実ではそれほど上手く行かなかったが今は有事、求められるものが違う故彼らは上手くいった。
少なくともこの男も。
扉が開き、軍服姿の眉毛が太い老人はグレチコ元帥らと共に入ってくる。
もう間も無く78歳だというのにエネルギーに満ち溢れ不屈の闘志を感じる男だ、少なくともこの戦争が終わるまでは大祖国戦争を駆け抜けた政治将校の姿でいるのだろう。
だが間違いなく戦時の国家指導者として求められている姿であった。
「さあ同志諸君、状況を聞かせてくれ」
ブレジネフは信じている、ソ連軍の同志将兵が必ず敵を撃退し、再びベルリンに赤旗を打ち立てることを。
その時まで自分が決して死なぬことを。
この地球は人類の星であることを、故に人類が負けることは絶対にないということを。
つづく