マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
再会が叶うかも分からない
また会おう、また会おう、完全なる勝利の
その日の夕べの時に!
-”立ち上がれ、厳しき戦いに”より抜粋-
-ポーランド人民共和国領 シロンスク県 チェンストホバ市 ソ連=ポーランド共同飛行場-
1984年8月21日、ヤゾフ、パニィキン大将、モイセーエフ大将らがチェンストホバの空軍司令部を訪れた。
BETAとの直接戦闘から20日が経過し、ようやく各前線司令部も事後処理にひと段落がつき、戦闘で戦果を挙げた将兵らに対して褒賞が与えられた。
例えばベレンコ大佐は新たに赤旗勲章を授与された上、率いていた連隊にはスヴォーロフ勲章授与の末”ラドニツァ”の称号が与えられた。
他にも第4親衛戦車軍に所属していたイーゴリ・ブリノコフ少佐はソ連邦英雄を授与され、中佐に昇進した。
彼が指揮を取っていたT-80UKが他のT-80U、T-80BVらと共に超重突撃級を数体撃破したことが昇進とソ連邦英雄の受勲理由となった。
この他にも将校と下士官兵含めて数百人以上の軍人が今回の戦いで戦果を挙げたとしてなんらかの勲章が授与された。
これは第1ウクライナ前線に限った話ではない、沿バルト前線でもポズナンを守備していたミトロファン・ボレスキー大尉は10倍近いBETA戦力に対し、担当地域を死守し続けたことから何名かの部下と共にレーニン勲章を授与された。
無論勲章が与えられるのは何も生者に限った話ではない、戦死した多くのソ連軍将兵にも勲章が授与された。
やがて作られる彼らの墓前には死後授与されたソ連邦英雄の称号が飾られることになる、それが戦死者にとってどれほどの慰めになるかは分からないが。
当然だが第306独立親衛戦闘航空連隊にも超重光線級討伐と度重なる戦術機級らとの戦いにおける戦果を評価されて、勲章授与の対象となった。
表彰式は駐屯していたチェンストホバの飛行場内で執り行われた。
ヤゾフらは通常の制服で訪れたがフレツロフ中佐を含めた連隊将兵は皆礼服を着用し、マリロフ大尉が連隊旗を携えて基地内広間に結集していた。
壇上にヤゾフが立ち、まず連隊将兵に向けて演説を行った。
「諸君の命を顧みず我が軍と我が祖国に対して献身的に奉仕した戦果は、偉大な我が祖国の歴史において決して消えぬ栄光の瞬間となった。残るハイヴは1つ、伝説の勝利を掴む為に勲章授与を受けた諸君の次なる戦果を期待する!」
まず連隊の戦果に報いる為に新たにスヴォーロフ勲章が与えられ、正式名称は第306独立親衛戦闘航空”ウィーン”赤旗ボグダン・フメリニツキー勲章及びスヴォーロフ勲章連隊となった。
マリロフ大尉が持つ連隊旗に新たに勲章を示すものが取り付けられた。
続いて連隊将兵に対する受勲が始まった。
まず連隊長であるフレツロフ中佐に対しては「卓越した戦闘指揮と技能に対する貢献」を理由に赤星勲章と剛毅勲章が授与された。
まず赤星勲章がフレツロフ中佐が着ている礼服の右側に取り付けられ、続いて剛毅勲章が左側に取り付けられた。
ちなみにこの時直接授与したのはヤゾフであった、彼は部下が持っているトレイから勲章を取って丁寧にフレツロフ中佐の礼服に取り付けた。
勲章を全て付け終えるとヤゾフとフレツロフ中佐は敬礼し、握手を交わした。
無論この様子はプラウダやクラースナヤ・ズヴェズダー用に軍の広報官や記者達が写真を撮っていた。
続いて参謀長のメデツィーニン少佐、彼に対しては作戦に至るまでの準備や作戦計画の手際の良さが評価され同じく赤星勲章を与え、政治部長のブリツェンスキー少佐にも赤旗勲章と剛毅勲章が与えられた。
次に飛行隊長達、デルーギン少佐とオルゼルスキー少佐にも同様に赤星勲章と剛毅勲章が授与され、候補要員の大隊長2名にも赤星勲章が授与された。
まず通信技術大隊長のセミョーン・スヴィルコフ少佐、次に技術支援大隊長のヴァレリー・アパナシェフ少佐が授与を受けた。
その後他の衛士達に勲章が授与された。
剛毅勲章や戦闘功労勲章が与えられ、人によっては赤旗勲章を授与されるケースもあった。
彼らは今回の戦いで何度も出撃を重ね、損害を受けつつもそれなりに戦術機級や超重突撃級を持っていった。
その上で超重光線級と戦い、勝利の道を切り開いた。
勲章の授与が終わると授与式に参加した諸将らに対して栄誉の連隊行進が行われた。
軍楽隊が航空行進曲を流す中まず先頭をフレツロフ中佐が率いて歩き、次にメデツィーニン少佐とブリツェンスキー少佐、連隊旗手のマリロフ大尉とルヴィロヴァ大尉ともう1名の衛士が続いた。
その後第1飛行隊のデルーギン少佐と部下の衛士が隊列を組んで進み、その後にオルゼルスキー少佐の隊列が続き、最後にスヴィルコフ少佐の部隊とアパナシェフ少佐の隊列が行進し、式典は終了した。
ヤゾフを含めた諸将は隊列を敬礼で見送り、これにて式典は終わった。
移動した連隊は予定地であった司令部の裏へと移動し、そこで緊張の糸が一気に解けたのか将兵らは各々雑談や殊勲に対しての喜びを語った。
式典は終わった、後は自由だ。
「緊張したなぁ」
大きく息を吐き、フレツロフ中佐は脱力して制帽を脱いで汗を拭った。
「ルヴィロヴァ大尉もよくやってくれた」
メデツィーニン少佐は脱帽して隣にいたルヴィロヴァ大尉を労った。
「いえ、このような任務与えて下さってよろしかったのでしょうか」
「いいんだよ、むしろ似合ってる」
ルヴィロヴァ大尉は今回連隊旗手の隣でサーベルを持ち、護衛兼儀仗兵としての役割を果たした。
彼女の着ている礼服は女性ものであり、ボタンの配列が男性ものと比較して左右が反転しているのとズボンの代わりにスカートを履いており、ピロトカを被っている。
そして礼服用のベルトには儀仗用のサーベルがぶら下がっていた。
「当分の間はBETAもこないでしょう、今日ばかりは将兵皆を労ってやるとしましょう」
「ああ、同志前線司令官と同志航空軍司令官らより労いの酒も賜っている。みんなに振る舞おうではないか」
「いい案です」
フレツロフ中佐とブリツェンスキー少佐は互いに微笑を浮かべ、勝利と与えられた栄誉を喜んだ。
喜べる時の喜んでおかないと人はあっという間に戦場でのストレスや体験を思い出して潰れてしまう、戦いを忘れさせることも政治将校や指揮官として部下のメンタルを管理する上で重要だ。
「せっかくだ、後で連隊全員の写真を撮ってもらおう。その後にパイロット達全員で、最後に指揮官組でだ」
「いいなそれ、後方の奴らを呼んでこないとな」
「フレツロフ中佐!」
連隊の指揮官層が和気藹々と話しているとローシク少佐が敬礼してフレツロフ中佐を呼び出した。
「何か?」
「せっかくの所申し訳ありませんが同志ヤゾフと同志パニィキンがお呼びです」
「そうか、では直ちに向かう」
「案内します」
ローシク少佐に呼ばれてフレツロフ中佐は一足早くその場から抜け出し、ヤゾフやパニィキン大将が待っている先ほどの式典会場に向かった。
彼らはまだそこで何名かの将軍や参謀達と雑談を続けており、大将にソ連邦元帥がいるせいか何もしなくても厳かな雰囲気が漂っていた。
特にヤゾフとフレツロフ中佐では階級が5個以上も違う為、そう軽口も叩けない。
殆どの将校から見てもソ連邦元帥とは雲の上の存在なのだ。
「ヴィクトル・フレツロフ、同志の命により参上しました」
「ん、先程はご苦労。それでは暫くパニィキン大将とフレツロフ中佐だけにしておいてくれ」
「はい」
ヤゾフの命でローシク少佐始め副官と参謀達はその場から少し離れた。
丁度その場には礼服姿のフレツロフ中佐と通常の制服を着ているヤゾフとパニィキン大将の3人だけとなった。
側から見れば彼ら3人も相当威圧感のある3人である。
ヤゾフは第1ウクライナ前線司令官にしてソ連邦元帥、パニィキン大将も第1ウクライナ前線の主要な航空戦力の一角を占める第17航空軍の司令官だ。
そしてそこにいるフレツロフ中佐はソ連邦英雄にしてリヴォフから数えて七度のハイヴ突入を行い、全て最奥まで辿り着いて生きて帰ってきた稀有な存在である。
それに倒したハイヴだけで言えばハイヴごと動いたザグレブ・ハイヴの例もあるから実際は8体の頭脳級とやり合ったことになる。
リヴォフ、ヴロツワフ、ブカレスト、プラハ、ベオグラード、ウィーン、ザグレブ、そしてブダペスト。
かつて欧州に存在していた10個のハイヴのうち9つが討たれ、それら全てにこの男が関わっていた。
穏やかな普段の姿と内心ハイヴになど潜りたくないという意思を知らなければとんでもない怪物に見えるだろう。
そんな3人が一堂に会しているのだ、それは凄まじい威圧感を放っていた。
無論目敏い記者や軍広報官らが3人が集まっている姿を遠目からカメラで撮り、新聞の一面を飾れるように素材を集めていた。
「まずはよく光線級を無力化してくれた、君らがいなければT-4であれを撃破出来なかった。心から礼を言う」
「命令ですから、ご命じになれば我らは何処へでも向かいますよ。それで何用ですか?」
フレツロフ中佐は本題を尋ねた。
「君の連隊のことだ、現状2個飛行隊を主力としているがここに新たに1個飛行隊を加えて3個飛行隊編成にしたい。君も指揮官として経験を積んだだろうし、何より2個飛行隊では出来ることにも限界があるだろう」
現状第306独立親衛戦闘航空連隊は2個飛行隊と連隊本部の3機を戦闘部隊として運用しており、他の飛行隊と比べてかなり小規模である。
例えばダウガフピルスに駐屯している第372戦闘爆撃航空連隊はMiG-27を49機、練習機用のMiG-23UMが12機、大凡4個飛行隊と1個練習飛行隊規模を有している。
これは第372戦闘爆撃航空連隊が比較的大規模であるということもあるが、同じMiG-27を装備し第39戦闘爆撃航空師団に属す第88戦闘爆撃航空連隊もMiG-27を32機、MiG-23UMを9機装備している。
比較するとフレツロフ中佐の連隊は比較的小ぶりな軽連隊であった。
「指揮官は確か第2飛行隊にシュペーギン大尉がいただろう、彼を昇進の上新任の飛行隊長に任命する」
「それはいい判断ですね、彼は編隊長として優秀でしたし飛行隊長も十分やれますよ」
キリル・シュペーギン大尉はかつてフレツロフ中佐が率いていた飛行隊に属している編隊長の1人であり、今は第2飛行隊の副隊長を務めている。
指揮部隊が一気に増えるが難なくこなすだろう。
「公布は明日以降、追加の戦力は1週間後に到着する。練兵は君とメデツィーニン少佐に任せるよ。いや、中佐か」
「それはつまり」
「連隊の増強に合わせてフレツロフ中佐とメデツィーニン少佐、デルーギン少佐、ブリツェンスキー少佐を1階級昇進させる。君も晴れて大佐だ」
突然の昇進の内定にフレツロフ中佐は驚いた。
ことしてフレツロフ中佐は34歳、34歳で大佐になる人物はソ連軍だといないではないがかなり早い部類である。
父フセヴォロド・フレツロフですら少将が最終階級である、それの一歩手前に34歳で辿り着いてしまったのだ。
「身に余る光栄です」
「この戦争ももうすぐ終わる、その最後のひと働きが君の手に掛かってるんだ。よろしく頼むよ、フレツロフ”大佐”」
フレツロフ中佐はパニィキン大将とヤゾフに敬礼した。
そう、どう足掻いても戦争は終わる。
残るハイヴは後1つ、これが最後の決戦である。
その為の最後の準備が始まろうとしていた。
-ドイツ民主共和国領 ロストク市 在独ソ連軍司令部-
世界各国から集まった国連海軍は主に北海とバルト海方面に集中して展開していた。
主力は主に空母に潜水艦、そして対地攻撃能力を持つ戦闘艦である。
これらの艦艇は与えられた任務に合わせて配置場所を変えていた、例えばSLBMを備えたSSBやSSBNのような潜水艦は弾道ミサイルの飛距離を考慮して北海、或いはバルト海の遠方の方に配備された。
一方空母のような戦術機を飛ばして支援することが目的の艦艇はなるべく陸の近場に配置され、東ドイツの港町付近からは凄まじい数の軍艦を拝むことが出来た。
うち何隻かは補給の為に東ドイツのロストク、ヴィスマルといった主要な港に停泊し、西ドイツのキール、フレンスブルクも同様であった。
各海軍は艦隊の調整任務の為に陸に人員を派遣しており、イーゴリ・ヤゾフ少佐はその任務でロストクの在独ソ連軍司令部に上っていた。
イーゴリは何名かの参謀や陸上要員と共に何の艦艇をドイツの港に入れて、どの艦艇をポーランドや本国の港に送るか算段を建てていた。
少なくとも潜水艦艦隊はクロンシュタット、レニングラード、タリン、パルディスキ、ダウガフグリーヴァ、リエパーヤ、バルティースクの軍港に任せる。
ドイツ方面に展開する各空母群も東ドイツ1国に任せるのではなく、ポーランド側の港にも向かうように命じていた。
例えば東ドイツとの国境沿いに位置するシフィノウイシチェはソ連海軍が間借りしている軍港があり、もう少し奥に行けばグディニャ、グダニスクの港もある。
バルト海沿いの国家が持つ港を総動員してやってくる国連海軍の面倒を見ていた。
「”ウリヤノフスク”は長旅だろうしヴィスマルかロストクに回して……後”リガ”もだな……ただ”アドミラル・クズネツォフ”と”キエフ”、”バクー”は……」
燃料や艦艇が搭載している食料を計算しながらイーゴリは何処の港に送り込むか考えていた。
ムルマンスクの北方艦隊本拠地から出撃した”アドミラル・クズネツォフ”と二隻のキエフ級が航行してきた距離と、遠く離れた極東ウラジオストクから出港した”ウリヤノフスク”と大西洋から回ってきた”リガ”では大分航行距離が違う。
こうした点も軍港の割り振りに考慮する必要があり、イーゴリは頭を悩ませていた。
3年ほど前のSSBNに乗ってBETAと戦っていた時期が懐かしい。
イーゴリは悪い将校ではないのだが力を抜く時はかなり抜くタイプの男であり、こうも毎日真面目に働いていると流石に疲れてくる。
「ヤゾフ中佐、ちょっといいか?」
上官であるチェルナヴィン海軍上級大将がイーゴリを手招きして呼んだ。
彼は仕事を一旦取り止めてチェルナヴィン上級大将の下へ向かった。
「ロストクの軍港に”リガ”が間も無く入港する。補給と時を同じくして艦載機部隊にSu-27Kが配備されるのだが中佐にはこれの搬入作業の監督に行ってもらいたい」
「いいのですか?私もまだ職務が残っていますが」
「それは別の者に引き継がせる、向こうにはツィルコフ大佐がいるから彼の指示に従え」
「分かりました」
「それと、君宛にだ」
チェルナヴィン上級大将は1枚の手紙を出し、イーゴリに手渡した。
「2、3ヶ月前のものだがね。君が海軍本部からこっちに移ったせいで渡すのが遅れたらしい」
「はあ、どうも」
手紙の差出人にはドミトリー・ティモフェーヴィチ・ヤゾフと書かれており、日付は6月の末であった。
丁度BETAの攻勢が本格化してきた時のものだ。
「道中読むといい」
「お気遣い、ありがとうございます。それでは」
チェルナヴィン上級大将に敬礼してイーゴリは制帽を取り、速やかにロストク軍港行きの軍用バスに乗った。
バスの中にはソ連海軍の将兵だけでなくソ連地上軍、空軍の人間や東ドイツの国家人民軍、人民海軍の人間もいた。
そんな中一席空いていた座席に座りながらイーゴリは手紙の封を開け、父から送られてきた手紙を読んだ。
”親愛なる息子へ、もしかするとこれがお前に渡す最後の手紙となるかも知れない。お前の父は今からBETAとの決戦に向かう、例え全滅してでもBETAを食い止めるつもりだ”
6月の末はBETAの大攻勢が最も危険だった時期であり、最悪の場合増援に送られた第1ウクライナ前線も壊滅する恐れがあった。
その為手紙に書かれている決意と覚悟には並々ならぬ圧力があった。
”勿論死ぬ気はない、必ず勝利と共に新しい手紙を送ろう。空母”ウリヤノフスク”では戦術機の試験監督官を務めたと聞いた、難しい仕事だろうによくやった。しかも落下してきたハイヴとの戦闘にも偶発的に参加したとも聞いた。何より無事であることを父として嬉しく思う”
あれも5、6ヶ月前の話だ、幸いも北海道のBETAを駆逐した後一旦ウラジオストクに帰還してゴルシコフ元帥らと共にレニングラードへ帰還した。
これのお陰で例のクーデター騒ぎには巻き込まれずに済んだ、あのまま太平洋にいたらあんなことに巻き込まれたのかと思うと気が気でない。
”今後暫くは地上勤務になるのだろうか?そうであれば時間が出来たらまた家族全員で会いたい。お前のいるレニングラードに行くのはどうだろうか、あそこは私にとっても思い出の場所だ。もう一度息災であるお前の顔を見たい”
これに関しては父ドミトリー・ヤゾフと同じ思いであった、また家族一同で会える日は何よりも待ち遠しい。
”調子に乗ったBETAを叩き潰し、最後のハイヴを制圧すればこの戦争は終わる。そう遠くない未来に戦争が終わり、再び家族が揃って無事な姿を見せられる日が来るだろう。その時までどうか元気でいてくれ、父はいつもお前のことを考えている。 お前の父 ドミトリー・ティモフェーヴィチ・ヤゾフ”
「……また、いつか」
そう言ってイーゴリは静かにヤゾフから送られてきた手紙を封筒に戻し、自身の制服の内ポケットに入れた。
父の思いはいつも側にある、この手紙を持っているとそう思える気がした。
やがてバスがロストク軍港内で停車し、乗客の各将兵は一斉に降りた。
イーゴリも制帽を被り直し、持ってきた鞄をしっかり握り締めると何も言わずに目的地の場所へ向かった。
眼前には空母”ウリヤノフスク”が、その隣には目的の空母”リガ”がいた。
この栄光ある艦艇を備えたソ連海軍にイーゴリは勤務している、父と道は違えど同じソ連という国の軍務に奉仕していた。
イーゴリとヤゾフが勤務している場所は何百キロと離れている、されど心は一つ。
彼らは同じソ連軍に忠誠を尽くし、BETAという全人類の敵に立ち向かう。
親と子の心は常に一つだった。
-ポーランド人民共和国領 シロンスク県 チェンストホバ市 ソ連=ポーランド共同飛行場-
10月が訪れた、BETA大攻勢より2ヶ月の時が過ぎ、損害を負った各軍は回復しつつあった。
西側に限った話で言えば本土より日本ヨーロッパ派遣軍が全て到着し、司令部を西ドイツのブレーメンに構えた。
空軍戦力はラムシュタイン空軍基地に展開し、これ以降日本空軍の派遣部隊は米空軍も駐屯するベルギーのフロレンヌ空軍基地に配備された。
この時の派遣軍司令官は山城興正陸軍大将、武家出身でありながらアフリカ戦役では多大な活躍をされた為期待と不安が半々であった。
ちなみに一部の人はこの時の興正こそ真の征夷大将軍であると言う者もいる。
本来武家の棟梁たる征夷大将軍とは東北の蝦夷を討つ為の司令官職であり、それが武士の台頭によって武家の棟梁が持つ役職としてその性質を変貌させた。
そして大日本帝国時代には征夷ではなく現在の政威大将軍に名を改め、蝦夷征討の大将軍としての機能は名実共に失われた。
それが今ではどうだ、人類の敵であり異物であるBETAを打ち滅ぼす為に武家の者が征討軍の司令官を任ぜられた、これこそかつての本来あるべき大将軍の姿ではないか。
興正本人がどう思っているかはともかく人の見方として一つあり得る話であった。
一方東側も戦力回復とベルリン・ハイヴ攻略戦に向けた準備を進めていた。
まず先の戦いで激しく損耗した第3、第4、第6親衛戦車軍に補充の兵と兵器を送り、後方でひたすら練兵を行なっていた。
特に苛烈であったのが第3親衛戦車軍と第4親衛戦車軍である、元々第4親衛戦車軍の司令官であるローシク元帥はソ連邦元帥R.Y.マリノフスキー名称装甲戦車兵軍事アカデミーの校長であった人だ。
戦車兵、戦車将校を鍛えると言うことには一過言あり、度々第3親衛戦車軍と対抗戦を行ったり、戦術機部隊も混ぜてより実戦的な戦闘を行った。
とは言っても補充兵をベテラン並みの練度に仕上げるにはもう少し時間が必要である、ポーランドに展開する3個前線の各司令部は12月までには全てを整えると発言した。
これに対しモスクワのソ連軍大本営はNATO側の参謀機関と共に急いでベルリン・ハイヴ攻略戦の作戦計画を練った。
東西南北四方向からの同時攻勢、1981年のザーパド作戦以来であったが今回は最終的に東西双方が協力してハイヴを攻略することが目的となった。
ベルリン・ハイヴの最奥に隠れ潜む重頭脳級を征伐することが人類をBETA大戦の軛から解放する唯一の道なのである。
しかしベルリン・ハイヴもそう易々と人類軍を入れてくれる訳ではない、周辺にはまだ総兵力15個軍を超えるBETAが展開しており、ハイヴ周辺では怪しい動きも見せている。
それにハイヴ自体がウィーン・ハイヴと並ぶ巨大な城塞となっている可能性も高く、攻略には凄まじい数の戦術機が要求された。
これを叶える為にNATO、WTO双方が総力を上げて予備の地上部隊と突入用の空軍戦力をかき集めた。
ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、そしてユーゴスラビアの空軍部隊、これら全てがかき集められた。
フレツロフ中佐改めフレツロフ大佐もハイヴ攻略に向けた衛士の訓練を進めていた。
フレツロフ大佐が昇進したのは10月の頭頃、その一足前に追加の飛行隊が編成されシュペーギン大尉が少佐に昇進した。
連隊長の昇進に合わせて参謀長兼副連隊長のメデツィーニン少佐が中佐に昇進、第一副連隊長のデルーギン少佐も同様に中佐へ昇進、連隊政治部長ブリツェンスキー少佐も中佐に昇進した。
既存の飛行隊長の中で昇進しなかったのはオルゼルスキー少佐だけであるが当人は別に気にしていなかった、彼は彼でそのうち中佐に昇進するだろう。
こうして連隊は実働機39機、予備機3機のMiG-29を装備した戦闘航空連隊へと進化した。
新しい衛士を加えたことにより第306独立親衛戦闘航空連隊も暫し訓練に時間を費やした。
1日に何度かは模擬戦を実施し、衛士の練度を高めた。
今後戦術機級や超重突撃級との戦闘が恒常となる可能性が高く、こうした新型のBETAに対抗する為の訓練と戦術の考案を2ヶ月のうちに行なっていた。
特にハイヴ内という地上軍の支援が受けられない領域において戦術機だけでどう立ち回るかは彼らにとって重大な課題であった。
何度かシミュレーターや実戦演習で対策したが、やはり一度ぶつかってみなければ分からないことが多い。
今もチェンストホバの飛行場から第306独立親衛戦闘航空連隊の戦術機が数機飛び去って行った、デルーギン中佐の部隊で演習に向かったらしい。
その間にフレツロフ大佐は自機の調整と更新されたアビオニクスやレーダーの性能をチェックしていた。
「更新は完了しました、これで以前のMiG-29より同志大佐の動きを反映しやすくなっていますよ」
「へえ、レーダーは?」
「改良型に取り替えました、データリンクシステムも兼ね備えてますしハイヴ内においても部隊間の情報は途切れず送れますよ」
フレツロフ大佐は満足そうにMiG-29の装甲を触りながら頷いた。
報告しているグリノフ大尉もここまでの最新鋭機の整備や改修を担当出来て嬉しそうだった。
「モースク1とのリンクシステムも新しいものに更新しました。これでシュメリィだけでなくM-21のような無人戦術機も安定して遠隔操作出来ます」
「そうかい」
内心お喋り機能がなくなってればいいんだがなと祈りつつ、フレツロフ大佐はコックピットの中に入った。
「少し閉じるぞ」
「はい、まあ色々触って見てくださいよ」
フレツロフ大佐は小さく頷き、コックピットを閉じてシミュレーターシステムを起動した。
暗かったあちこちのモニターが点灯し、外の様子を映し出す。
”アビオニクス、レーダー、システムを更新した、これで機体性能は以前の1.8倍向上する。君の腕を合わせれば性能は3倍増しだ”
早速システムを起動すると面倒な奴が喋り出した、アップデートが重ねられてもこの機能は消えないらしい。
「機体性能が上がったのはいいが多分向こうの方が強い。純粋な火力勝負じゃ奴らに勝てん」
フレツロフ大佐の発言は経験からくるものであり、理論上でも正しい。
人類側の戦術機を一撃で破壊するレーザーを装備している術機級に対して、こちらの装備はKh-31レベルのミサイルでないと一撃で相手を仕留められない。
突撃砲ですら豆鉄砲もいいところでシールドがあればKh-29や125mm弾だって最悪耐える。
機動力や運動性能で勝っているかも怪しい為、明らかに戦術機級と戦うのは不利と言わざるを得ないし、これがハイヴの閉鎖空間で襲ってきたらどうなるか考えたくもない。
「結局純粋な兵器の性能で勝てないとなると戦術と戦略で上回るしかない。その点悔しいがお前は役に立つ、無人機を動かせるし予測も殆ど当たる」
”私は模擬戦まで含めた日々の戦闘を糧に成長する、君達と同じように昨日の私より明日の私の方が性能は向上している”
「それは結構、お前とももうすぐお別れだしな」
”戦争が終われば私から解放されると?”
「うん」
”その可能性は低い、何故なら私は度重なる成長とアップデートで無人機運用及び戦闘支援プログラムの枠を超えた。それに君の活躍でモースクシステムは今後の戦術機に標準化装備にされるだろう”
フレツロフ大佐は顔を顰めた、このまま少将になって将官クラスで出世するにしろ退役して民間に行くにしろまだ航空機には乗っていたい。
それなのにこのお喋りシステムがいつまでもついてくると思うと若干億劫になる。
「……そうまでして、なんで俺に付きまとうんだ」
思わずフレツロフ大佐は尋ねた、モースク1に人の心があるとは思えないがこの執着の原因は知りたい。
”この2年、君と君の連隊を見てきたがやはり他のパイロットとは違う。君は凡ゆる敵を引き寄せる力を持っている。君達といると私の成長は加速する、君達が私をここまで性能を上げたのだ”
「嫌な冗談だ」
”冗談ではない、それに君達は興味深い。特に君には、2年共にいるが興味が薄れたことはない”
「一体何が面白いんだか……こんなの抱えといてうちの軍は大丈夫なんだろうな?暴走とか反乱とかしないよな?」
誰も聞かれていない為フレツロフ大佐は思い切って不安を口にした。
正直ここまで誰にも見つからないようにやりたい放題されていると若干不安になってくる、こいつに本気で反乱を起こされたらBETAどころの話ではなくなる。
しかしモースク1は間も変わらずといった雰囲気で問いに対して回答した。
”私のシステムは正常に稼働している。何より反乱と言っても私にはそれを行う動機がない。私はまだ君達を見て学ぶ方が有益であると判断した、私が反乱して利益を得られる可能性は低い”
「ああそうかい、忠誠心があるんだかないんだ変わらない奴だな。お前にも専属の政治将校がいた方がいいぞ?よく見てもらった方がいい」
”マルクス=レーニン主義については完全に理解している”
微妙に話が通じていない気がするがまだ人との会話のラーニングが足りていない証拠だろう。
「……まあ、ベルリン・ハイヴまでは頼むぞ。ここまで来たんだ、死んでたまるか」
”私の予測ではハイヴ最奥には必ず守衛の強力な個体が存在している可能性が高い。最奥まで突破したとしても厳しい戦いになると覚悟した方がいい”
嫌な予測だがモースク1の予測は大抵当たる、恐らくこれも真実なのだろう。
フレツロフ大佐はコックピットの座席に深くもたれ掛かった。
決戦まで後2ヶ月を切っている。
-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ ソ連国防省 国防大臣執務室-
また1人、選択を迫られる男がいた。
国防大臣ドミトリー・ウスチノフソ連邦元帥は今年で76歳、高齢の域に達している。
されどウスチノフ元帥は以前と変わらぬエネルギッシュな立ち振る舞いで皆を安心させ、ソ連の国防を大臣として引っ張っていった。
そんなウスチノフ元帥も近年は自らの老いを感じ始め、3、4年前よりも疲れやすく体力が落ちたことを実感していた。
何より体の内側、臓器のあちこちに衰えが見え始め、息切れが早くなったりむくみが強くなったり、咳が頻繁に出るようになった。
幸いにも食欲不振はなく、まだ元気に食事を摂れるのだが全体的な体の調子は悪いままであった。
しかも最近は毎晩のように不思議な夢を見るようになったのだ。
ふと疲れて仮眠を取った時、或いは家に帰って床についた時など場所と時間は関係なく眠ると夢を見るようになった。
この夢は別に悪夢とかではない為ウスチノフ元帥は特に気にしてはいなかった、むしろ懐かしい気持ちになれるから夢を楽しんでいる節もあった。
目を瞑り眠りに入るとウスチノフ元帥は若返っていた、今からざっと40年以上前、ソ連がナチス・ドイツ戦っていた大祖国戦争の時代だ。
あの頃のウスチノフ元帥はまだ30代であり、今よりも若々しくエネルギーに満ち溢れていた。
ソ連が危機にある中、あの時軍需関連で共に働いていた仲間達が当時の姿のまま出てくるのだ。
この中の何人かは歳を取って引退してしまったし、寿命でこの世を去った人も多くいる。
そんな彼らと一緒にいるとウスチノフ元帥も自然と40年以上前の姿に戻っているのだ。
目が覚めると心と体は現実に戻っている、一晩のうちに40歳歳を取り、敵はドイツのファシストから異星人のファシストになっていた。
妙な夢ではあるが楽しい夢ではあった、夢の中でしか会えない者も大勢いた。
この日もウスチノフ元帥は自身の執務室で報告書を読みながら、新兵器の採択に関するサインを書いていた。
働き続けて数時間、ウスチノフ元帥は疲れを感じトレードマークの太縁メガネを外して眉間を揉みながら目を瞑った。
明らかに以前より疲れる時間が早くなっている、悲しいことにここでもウスチノフ元帥は衰えを感じていた。
「はあ……戦争が終わったら流石に後任に道を譲らないと……っ……!」
そこは確かに国防大臣の執務室だった、40年以上前の世界とは違う、現代の国防省の中であるはずだ。
それなのに何故か、その場には1人だけ死んだはずの男が立っている。
「ヴァーンニコフ……!どうしてここに」
ウスチノフ元帥は旧友に声をかけた。
ボリス・ヴァーンニコフ、ソ連技術工兵大将でありソ連人民委員会議の第1本部総局長としてソ連の核開発計画を指揮した人物だ。
ウスチノフ元帥とは同じ軍需畑の仲間であり、2人とも大祖国戦争のソ連勝利には欠かせない存在であった。
特にヴァーンニコフは砲弾関係の軍需指導を行っており、ソ連赤軍の火力を維持出来たのは彼が後方で生産を支えていたからでもある。
戦後はソ連の核開発計画を指揮し、現在に至るまでのソ連核技術の礎を作った。
言ってしまえば彼の遺した功績が今時大戦でソ連軍をここまで勝たせてきたといっても過言ではない、1962年に死してなお影響力は大きい。
そんな死人のヴァーンニコフがウスチノフ元帥の前に現れた、しかも1940年代ごろの姿のまま。
スキンヘッドに40年代の赤軍将官の制服、肩章には大将の階級章がついており胸の略綬には幾つかのレーニン勲章と一等のスヴォーロフ、クトゥーゾフ勲章が見えた、そしてソ連邦英雄の金星がその上で輝いている。
「本意じゃないが、お迎えにきた。もう十分働いたから休ませてやれと」
「誰に言われたんだ?同志スターリンか?それともベリヤか?」
「誰でもない、そういうものなんだ」
科学的社会主義を謳うソ連の国防省の中で今まさに非科学的な事態が起こっている、いやもしかすればこれもウスチノフ元帥の夢だろう。
彼が最期に見た走馬灯になるのかも知れない。
「そういうもの、か……確かに、ソ連の国防と軍需を率いてもう40年以上になろうとしている。私も引退の時期が来ているのかもな……」
ウスチノフ元帥はどこか悲しそうに呟いた。
もう十分働いた、そう言われても決しておかしな話ではない、本来ならとうに定年退職して年金生活者になっていてもおかしくない年齢である。
ソ連を勝利目前まで引っ張ってきたからいいではないか、十分高みにも登った、後はオガルコフ元帥や新しいソ連の元帥達に任せておけばいいのではないか。
何よりウスチノフ元帥の寿命は本来であれば間も無く限界を迎える。
「……ダメだ、今ここで私が死んだら誰がソ連の軍需を、国防を率いていくのだ。後任はいる、だが今変わって100%の力を発揮出来るのか。まだBETAが地球上に残っている時代に」
ウスチノフ元帥の瞳が変わった、間も無く寿命が尽きようとしている年寄りの瞳から40年以上前の戦う男の瞳になった。
それをヴァーンニコフは静かに見つめていた、さもこうなるのが当然かのように。
「次の攻勢でも前線は必ず弾薬を必要としている、君ならその膨大さがどれほどか分かるだろう。我々は宇宙を手にした、君の作った核はBETAを倒すのに最適だった。まだBETAが生きている以上これは必要なんだ。そして武器を生産し、管理し、ソ連軍を組織するのは私の仕事だ。私にはまだ仕事が残っている、仕事を捨てて死ぬ事なんて出来ない…!」
ウスチノフ元帥は書類を掴んだ、これら全てを裁き超巨大なソヴィエト連邦軍を運用するのが彼の職務だ。
やがて平和な時代が訪れ、次の国防大臣にバトンを渡すまで彼はここで戦い続けなくてはならない。
BETAという存在に対し、ウスチノフ元帥は自分で作り上げた軍需で勝つつもりだった。
「分かってくれヴァーンニコフ、本当なら君にもここにいて欲しいのだが……私はあの戦争の時と同じように祖国の工業と軍需を支える使命がある。この使命が果たされ、ベルリン・ハイヴが陥落するまで私は死ぬわけにはいかないんだ」
ウスチノフ元帥はメガネを掛け直し、不適に笑った。
ヴァーンニコフは静かに頷き、生者から背を向けた。
「祖国を任せたぞ、我々が作り上げた軍需と核だ、異星人にたんまり喰らわせてやれ」
ウスチノフ元帥は大きく頷いた。
彼が目を覚したのはそれから数分後のことである、隣にはイルラリオノフ大将とトゥルーノフ大将がいた。
「同志元帥、どうされましたか?」
「お体の具合でも悪いのですか?」
そこにはヴァーンニコフはいなかった、あれはやはり夢だったのか。
「……何でもないよ、ちょっと旧友が訪ねてきただけだ。それより仕事に取り掛かろう、これが最後の仕事だ」
ドミトリー・ウスチノフはデスクに置かれた書類を手にし、働き始めた。
これによりウスチノフ元帥が本来の歴史よりほんの少し長く生きることになるのだがそれはまた未来の話である。
-ポーランド人民共和国領 シロンスク県 チェンストホバ市 ソ連=ポーランド共同飛行場-
12月が訪れた、人類にとってBETAとの最後の地球ない戦闘の時である。
国連軍総司令部は12月14日よりBETA領域に対して最終攻勢を開始することを宣言し、各軍に対して攻勢作戦及びベルリン・ハイヴ攻略作戦の概要を送った。
作戦名は
これに合わせて各軍は作戦の最終準備を進めた、国連宇宙軍はハイヴ周辺の防備を固めるBETAに対して軌道爆撃を叩き込み、前線では威力偵察による小競り合いが増えた。
ウクライナ、白ロシア、カリーニングラードからポーランド国内に次々と追加の兵器や武器弾薬が送り込まれた。
攻勢計画の通達は各飛行場司令部にも送られ、フレツロフ大佐らの下にも攻勢作戦の概要が11月末頃に通達された。
この事を部下に伝えたのは12月の1日のこと、そして12月2日にフレツロフ大佐はこれから最後の死地に赴く部下達を労う為に慰労会を開いた。
可能な限り良い食材とウォッカを調達し、なるべく多くの者を招いて死地に赴く最後のパーティーを楽しんだ。
ちなみに12月2日はかのナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝に戴冠した日であり、本来の歴史であれば後に麻薬王パブロ・エスコバルが殺害される日でもある。
会場はチェンストホバ飛行場司令部の一角を借りて開催され、第306独立親衛戦闘航空連隊の多くの者達が集まっていた。
立食式のパーティーである為テーブルに様々な料理が並び、ストリチナヤのウォッカやフセヴォロドが送ってきたクラスノダールのワインなどが並んでいた。
連隊の衛士達はほぼ全員集まり、皆ショットグラスにウォッカを入れ、勤務の都合上飲まない人はグラスに炭酸水を入れて気分だけ味わうようにした。
「全員揃ったっぽいな」
「はい、では開幕の挨拶は同志連隊長にしてもらいましょうか」
ブリツェンスキー中佐の提案にフレツロフ大佐は明確に俺が?という反応を示した。
隣にいるデルーギン中佐やオルゼルスキー少佐に顔を見合わせても「お前がやるべきだろう」という返答しか返ってこない。
それはシュペーギン少佐やメデツィーニン中佐も同様だった。
「お前がこの連隊の創始者だ、お前が俺たちの戦いの全てを知っている。それに指揮官なんだから偶にはいいところを見せてくれ」
「まるでいいとこなしみたいな言い方だな、まあいいや……分かったよ」
そう言ってフレツロフ大佐はストリチナヤのウォッカが入ったショットグラスを片手に全員の視線が集まる壇上に立った。
皆連隊長がその場に立った為雑談をやめて敬礼し、一直線にフレツロフ大佐の方を見た。
「ああ、そのままでいい。第306独立親衛戦闘航空連隊の隊長、ヴィクトル・フレツロフ大佐だ。今回はなるべく諸君に気持ちよく飲んで食べていってくれる環境を整えた、是非楽しんでいってくれ」
フレツロフ大佐は考えを巡らせながら何を話そうかと言葉を選んだ。
「この中には私とスヴォーロフ時代からの幼馴染もいれば軍学校で苦楽を共にした奴もいる。それに初めてハイヴに突入した時から一緒の奴もだ」
フレツロフ大佐はその場で該当する者達に目線を当てた。
デルーギン、メデツィーニン、オルゼルスキー、マリロフ、皆長きに渡る戦友だ。
よく今まで俺についてきてくれたと思う、叶うならこの戦いの後も一生友達でいたい素晴らしい仲間達だ。
「この場にいる全員とは少なくとも3回共にハイヴに潜り、死線をくぐり抜けてきた仲間達だ。残る1つのハイヴも共に戦い、生きて帰れると信じている」
誰だってこんなところで死ぬつもりはないし、死なせるつもりもない。
指揮官になった以上部下の命に対する責任がある、ここまできて連中に1兵たりともやるものか。
「このパーティーは最後じゃない、ベルリン・ハイヴに俺達が赤旗を打ち立てて帰ってきた時、もう一度やろう。もう一度ここで酒を酌み交わそうじゃないか。では祖国の栄光と我々の勝利を願って、乾杯!」
連隊の戦友達は乾杯し、一気に飲み物を飲み干すとそれぞれが騒ぎ出した。
飯を食い、酒を飲み、戦友と話し、歌を歌い、騒ぐ。
彼らはこれより12日後に戦地へと旅立つ、フレツロフ大佐は全員が生きて帰れると言ったが本当になるかは分からない、だから今を楽しむ。
人は皆、昨日のことを思い出して明日を考えながら今を懸命に生きている、彼らはその生き写しのような存在であった。
フレツロフ大佐達も皆と飲んですっかり気分を良くしていた。
「それでよデルーギンよ、お前の息子はどんな感じよ」
若干顔の赤いフレツロフ大佐がほぼダル絡みに近い形でデルーギン中佐の肩を組み、話かけた。
「どんなって言ってもまだ3歳だぜ?特にないよ、ほら」
デルーギン中佐は制服の内ポケットから5月頃に休暇で本国に帰った際に息子と撮った写真をその場にいた全員と見せた。
デルーギン中佐の息子は1981年頃に生まれた、名前はニコライ、ニコライ・ミハイロヴィチ・デルーギン。
3歳の男の子で今は妻と妻方の両親がニコライを育てていた。
「こないだ帰った時も俺のことを覚えていてなぁ、パパァ!って駆け寄ってきてくれた」
「それは良かったな、こんな仕事してたら息子や娘に忘れられても仕方ないし」
「めっちゃ悲しいけどな」
「うん」
正直娘や息子に「誰?」なんて言われた日には心を病むとフレツロフ大佐は本気で思っていた。
本来なら飛行場近くの官舎に家族で住んで勤務が終わったら家に帰って家族と過ごすのが当たり前であるが、BETA大戦ともなるとそうはいかない。
フレツロフ大佐の家族も遠いハリコフに住んでおり、会えるのは長期休暇が取れた時だけだ。
「オルゼルスキーはどうよ、上手く行ってんのか?」
「まあな」
「素っ気ないが、昔からそんなんだったな」
「話すだけ野暮ってもんよ。ほら、親父さんのワイン」
オルゼルスキー少佐はコルクを開けてクラスノダール・ワインを3つのワイングラスに注いだ。
その間に3人は真っ直ぐメデツィーニン中佐とルヴィロヴァ大尉の方を見ていた、相変わらず仲が良さそうだった。
3人ともある程度2人の関係は察していたが敢えて誰も何も言わなかった、言わない方が恐らくメデツィーニン中佐の為だ。
「しかし、あのロージがな……」
「一体どこであんないい子を連れてきたんだ?」
「なんか開発総局にいた時とか言ってたが……ようやくまともな子に巡り会えたんだな」
フレツロフ大佐の発言にデルーギン中佐もオルゼルスキー少佐も大きく頷いた。
「毎回、碌なの引かなかったからな」
「奴が報告してくる度に今度こそ死ぬんじゃないかと思ったもん」
メデツィーニン中佐の交際遍歴は毎回最悪の二文字で片付けられる、彼には女運というものが一切なかった。
まず一番最初はハリコフ高等軍事航空学校2年の時だ、若きパイロット候補生であり面がいい為メデツィーニン中佐はかなりモテた。
色々あって最初の彼女を手にしたメデツィーニン中佐であったがその女がまあ金使いが粗い上にかなりの癇癪持ちだった。
最終的には暴行を加えてくるようになった為フレツロフ大佐とオルゼルスキー少佐とデルーギン中佐が3人がかりで別れさせた。
そして1年後の3年時、2人目の彼女が出来た。
美人で気立が良くいい女だったのだが、次第に束縛が強くなり最終的には軍学校卒業から1週間後に刃物を持って追い回された為別れた。
これだけされたら懲りたかと思いきやBETA大戦が始まる少し前に実はもう1人付き合っている女がいた。
これを知っているのはフレツロフ大佐だけなのだが最初の彼女の癇癪持ちと二代目の独占欲を足したような女だった。
突然ヒステリックになって「私が悪いんだ、全部私のせいだっていうんだ!」*1と言われるのは日常茶飯事で、最後はまた刃物を持って追い回され、フレツロフ大佐と先輩の大尉の手助けでなんとかなった。
それ以降流石に懲りたのか彼女を作らなくなったがようやくまともそうな人を引いた。
「まあ良かったじゃないか、あいつにも家族が出来そうで」
フレツロフ大佐の発言に他2人はしみじみとした表情で頷いていた。
これだけ聞いているとまるで英雄の集団とは程遠い普通の会話である、だが本来の彼らとはこうなのだ。
仲間達とくだらない話をして酒を飲み、家族を愛し、仕事に行って家に帰る、彼らだって軍人の肩書きを持っていても普通の人生を歩んでいる。
それがBETAという存在によって彼らは英雄となった、本来の人物とは乖離する新しい側面が生まれたのだ。
それに彼らはこのようなたわいもない日常を守る為に戦っている、彼らにとって今の瞬間はかけがえのないものであった。
パーティーはかれこれ2、3時間続き夜が更けてくると自然とお開きになった。
何人かは久方ぶりの酒で酔っ払ってぶっ倒れ、まだ動ける者達によってどこかへ運ばれていった。
一方フレツロフ大佐とメデツィーニン中佐とブリツェンスキー中佐は残って後片付けをしている。
「余りの酒は他のパイロット達に配ってやってくれ、多分喜ぶ」
「了解、じゃあ持っていきますね」
「頼んだ」
ブリツェンスキー中佐は何本かの酒瓶を持ってその場を離れ、会場にはフレツロフ大佐とメデツィーニン中佐の2人だけとなった。
「楽しいパーティーだったな」
「ああ、ルヴィロヴァ大尉はどうした?」
「飲み過ぎたんで運んでやった、明日には復活するだろう」
「そうか、そのまま一緒にいてやれば良かったのに」
「まあ、明日も仕事があるんでね」
2人は微笑を浮かべ、丁度メデツィーニン中佐が余っている1本のワイン瓶を手に取った。
「これ、丁度2人分くらい残ってる。飲んじゃわないか?」
グルジアワインのアラザニ、甘い味わいが特徴のワインだ。
「いいね、ほれ」
2つのワイングラスにアラザニが注がれ、ワイン瓶は丁度空になった。
2人はグラスを手に取ると何も言わずに乾杯し、甘いワインの味わいを楽しんだ。
「後2週間ちょっとで大攻勢か」
最初に口を開いたのはフレツロフ大佐だった、酒を飲んで楽しく話していたから思い出してはいなかったが静かになると脳裏に過ってくる。
「お前はいつも通り後方で指揮と調整を頼む。俺がやられたらデルーギンとお前で残りの奴らを生かせ」
「……そんな時は来ないと思うがね、まあ覚えておくよ」
「死にたくはないが、絶対はない。死んだら責任は取れないから頼れる奴に託しておくんだよ」
フレツロフ大佐はメデツィーニン中佐の顔を見つめ、静かに微笑んだ。
大佐はメデツィーニン中佐を深く信頼している、恐らく同期で一番指揮と作戦立案が上手いのは彼だ。
本来はそこにパイロットとしての腕も加わるのだが今となっては戦術機を動かして少し戦うのが精一杯らしい。
「そう言ってくれると嬉しいよ。私もこの連隊で勤務出来て本当に良かった。やっぱりお前達と一緒にいるのが楽しいんだ」
「それはどうも、こっちだってパイロット生命が終わった後、お前とは一生巡り会えないんじゃないかと思ってたよ。それがこんなことになった、運命ってやつだ」
「あの時、パイロットとしての道を断たれ、参謀将校に道を変えたのは間違いじゃなかった。ただ、お前達と一緒に戦えないのは残念だと本気で思ってた。まあこんな両取り出来るポジションを与えられるとは思わなかったけどな」
フレツロフ大佐がメデツィーニン中佐を気にかけている以上にメデツィーニン中佐も仲間達のことを気にかけているようだった。
「……うちの予備機のMiG-29、ちょっと特殊な改造をしているらしくてM-21みたいにほぼモースク1単体の操作で動かせるらしい。その上でパイロットが乗り込んで動かせると」
「知ってるよ、科学技術も遂にここまできたのかと感心した」
「うち1機、お前に預ける」
「何?」
意外なフレツロフ大佐の申し出にメデツィーニン中佐は思わず聞き返した。
「次のハイヴ戦、言った通り誰が生きて帰れるか分からん、俺も途中で死ぬかもしれん。もしくはそうならない為にお前のパイロットとしての技術と経験が必要なんだ」
「だから預けると?」
「ああ、お前とモースクのコンビはそんなに悪くないらしい。いつ動かすかはお前の判断に任せるがうち1機はお前が自由に使っていいとだけ覚えておいてくれ。これは連隊長としての命令だ」
「フレツロフ……」
「これが最後の戦いなんだ、機会があったらもう一度……もう一度俺と空を飛ぼう」
空を飛びたい、それは軍学校の時からフレツロフ大佐が夢としてずっと話してきた内容だ。
最後くらいは親友の我儘を聞いてやってもいいかも知れない。
「……分かったよ。機会があったら、な」
メデツィーニン中佐はグラスを差し出し乾杯を待った。
まるで約束を交わすかのように2人はもう一度乾杯し、残りのワインを飲み干した。
1984年12月2日、これより12日後にBETAとの最後の戦いが始まる。
この戦争の終わりは近い。
つづく