しかし悲劇的な事故によって彼以外の四人は命を落とし、残された真柊は罪悪感と喪失感に苛まれながら、夢を背負う決意をする。バンド、東大、世界一周、起業――仲間が描いた未来を、彼自身の行動で叶えていく姿を描く青春群像劇。
友情と再生の物語が、静かにそして力強く紡がれていく。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・名称等とは一切関係ありません。
「はぁ…どうしてこうなってしまったのだろう…」
夕暮れの赤い光が窓の隙間から差し込み、部屋の壁をぼんやり染めていた。冷えた空気と沈黙が支配する空間の中、机にうつ伏せになった青年が一人、まるで世界と距離を置くように息を潜めていた。
名前は
彼は時折、窓の外に目をやる。流れる雲、遠くに響く車の音。どれも現実感がなく、まるで夢の中のようだった。
彼の目の前には、一枚のしわくちゃになった写真。そこには、笑顔でいる彼とその彼の友人がいる。あのときの記憶が、頭の中で何度も巻き戻される。
「……やっぱ、あの時、俺が止めておけば……」
その声は誰にも届かない。部屋には彼一人しかいないのだから。
そう――この静けさも、孤独も、すべては「事件のあと」に訪れたものだった。
_______________________________
20○○年◯月△日▢曜日…
彼とそのクラスメイトを乗せた修学旅行のバスは高速道路を走っていた。
秋の柔らかな陽射しが、バスの窓から差し込んでいた。車内は、控えめな期待と高揚が入り混じる空気で満たされている。
「いや〜楽しみだな!今日はなんたって俺達が待ちに待った修学旅行だもんな!」
そう言って笑うのは、
「もーほんまこの日のためだけに学校頑張ってたまであるなぁ」
「まじそれな!今日はみんなともっと仲良くなってこのまま彼女とか出来ちゃったりして〜?w」
「お前みたいなやつが彼女なんてできるわけ無いだろwな、真柊!」
話を急に振られた真柊は、どこか浮かない様子で苦笑する。
「え?あぁ、うん、それはたしかになー」
その反応に、仲間たちは小さな違和感を感じる。
真柊は反射的に返すものの、どこか浮かない表情で小さく笑うだけだった。いつもなら、こういう流れには一番ノリ良く乗ってきたはずなのに。
「おいどーしたどーした?いつもの調子じゃね〜じゃん」
「いつもやったらお前が一番うぇーい!ってしてんのにな」
陽生と晃誠が立て続けに声をかける。
真柊は少し照れたように首をすくめながら答えた。
「いやぁ、実は昨日楽しみすぎて全く寝れてないんよな。そのせいでちょっと体調悪いんよな」
「なんやねんwそういうことなら早く言えよー睡眠薬渡せたのにさ〜」
海翔が笑いながら言えば、真柊は眉をひそめて返す。
「急に怖い事言ってくんなや」
「いやいや後ろから手でこう…首にシュ!でしょ」
時弥の演技じみた手振りに真柊はすかさずツッコむ。
「アニメの見過ぎや」
「ほなこれ見て貴方は段々眠くな〜r…ムニャムニャ…」
陽生がふざけて呪文のように唱えると、そのまま寝落ち寸前の演技をしてみせる。
「いやお前が寝たら意味ないねん」
真柊が笑いながら突っ込むと、晃誠が茶化すようにふざけて運転手に声を張り上げる。
「運転手さーん!この人眠いらしいのでここで下ろしてください!」
「お前らで楽しもうとすんな」
冗談の応酬に笑いが止まらない。車内には再び笑いが広がる。仲間たちの軽快なやり取りに、少しずつ、真柊の顔にもいつもの柔らかさが戻ってくる。
「ええね、ええねーいつもの調子に戻ってきたんとちゃいます?」
真柊は肩をすくめながら、冗談めかして嘆いてみせる。
「もうーほんまいっつもこんなことさせられてほんましんどいわー」
「おいおい最高の間違いだろ?w」
「おれたちの出会いはイチゴパンツっていうだろ?」
海翔が得意げに言うと、晃誠が即座に突っ込んだ。
「それを言うなら一期一会やろ」
「お前はホンマにアホやな〜w」
陽生が笑って肩を叩き、海翔は反論のポーズを取りながらも嬉しそうだった。
「アホちゃうわ!これでも一応東大志望ですけど?」
「この中やったら一番テストの点悪かったのに?」
真柊が淡々と指摘すると、海翔はムキになって返す。
「お前に言われたくないしなー」
時弥が補足するように続ける。
「いや、こいつ(真柊)のほうが高いけどな」
晃誠が頷きながら言う。
「何なら俺ら教えてもらってたしな」
海翔が納得顔で振り返る。
「たしかにこいつ教えるのめっちゃうまいから俺等の点数もあがったしな」
陽生が提案するように言った。
「いっそ真柊に東大行ってもらったら?」
「むりむり俺が東大行ったんねん!」
真柊は穏やかな笑みを浮かべながら締めくくった。
「まぁまぁ、夢あることはええことやん?」
会話の流れは自然と将来の話に移っていく。
「そういうお前らこそ夢とかあんのかよ」
海翔の問いかけに、陽生がすぐ答えた。
「まぁ、俺は世界一周一択だな!」
「お前はいっつもそれしか言わんよなーw」
真柊が笑いながら言うと、陽生は目を輝かせて語り始めた。
「中国とかエジプト…アメリカとか行きたいとこがいっぱいありすぎんだよな」
「うーわ、どれも良さげやな〜」
晃誠が興味深そうに頷く。
「世界一周したらお前らに各国のお土産持ってくるわ」
時弥が「いいじゃん!」と手を叩く。
「俺はお金持ちになりて〜」
「うーわ、抽象的やな〜」
海翔が笑って返すと、時弥が真面目な顔で語る。
「いやいやお金持ちになったら色んなことができるんやで?今はひと握りの人しかお金持ちになれへんねんから俺がなったんねん!」
「志だけはいいね」
晃誠が肩をすくめて笑う。
「だけってなんだよだけって。なるに決まってんでしょ!」
「俺はバンドを組んで有名になりてー!」
晃誠の目には、確かな情熱が宿っていた。
「お前は昔っから音楽好きって言ってたな」
「音痴だから歌は歌えんけどなw」
「よ!さすが俺等のジャイアン!」
「いや歌っても人は倒れへんよ?」
「まぁ、でもそれくらいの下手さはしてるで」
「歌は捨てた。俺はギターでバンドを組んで有名になんねん!」
その熱意に、真柊は自然と笑みをこぼした。
「みんないい夢持ってんな〜」
晃誠がふと問いかける。
「そうゆうお前こそ将来の夢はあんのかよ?」
真柊は少しだけ視線を落とし、照れ隠しのように答えた。
「え、俺?俺は…今のところないからお前らの夢が叶うことが夢かな?」
「なんやそれつまんないの」
「まぁ、それもこいつらしいっちゃらしいか」
「ま、それもそーだな」
車内に笑いが溢れる。皆の言葉が、夢が、ただの冗談に聞こえず、ひとつの希望として響いた。
その瞬間、バスの前方からややくぐもった声が響いた。
「おいそこうるさいぞ〜寝てる人もいるんやからちょっとは静かにしたれよ〜」
担任の先生の一言に、車内の空気が一瞬ぴたりと止まる。反射的に、後ろの方から声が揃った。
「は〜い」
それでも空気は和らいだまま。陽生が、ふと思い出したように顔を上げて言った。
「あ、そういえばさ、俺達中学からの付き合いで卒業の日にタイムカプセルとかしたよな」
それは懐かしい記憶だった。誰かがふざけて提案し、意外にも全員が乗っかって、放課後に学校の裏庭に集まった日。
「たしかに、そんなこともしたな〜」
海翔が、ぽつりと頷きながら言葉を継ぐ。彼は普段は軽いノリだが、その記憶には少し真面目な色が混じっていた。
「各々、自分の夢書いて埋めたんだっけ?」
時弥が思い出すように言うと、晃誠が肩をすくめて笑った。
「まー叶うかはまだわからんけどなー」
その声には、半分現実的な、半分照れ隠しのようなニュアンスがある。
「叶えるんやから心配せんでいいんじゃね?」
海翔が軽く前のめりに口を挟むと、真柊が静かに、それでもしっかりとした口調で言った。
「タイムカプセルは、みんなの夢が叶ったときに、全員で集まって開けようぜ!」
その言葉に、一瞬沈黙が訪れ――すぐに全員が声を合わせて答えた。
「そーだなー!」
陽生が笑いながらふざけて言う。
「ちょ、まねすんなってー」
――いや、それよりも。
「なんでハモるんだよ!俺等仲良しかw」
予想外のタイミングに全員が吹き出す。車内は再び笑いに包まれ、夢も過去も未来も、ふざけ合いながら語れる、そんな日常の中にあった。
と、その笑い声をかき消すように先生の声がまた飛んでくる。
「お前ら、ボリュームを少し下げろ〜」
一斉に背筋を伸ばした五人は、声を揃えて応じた。
「はーーーい」
その返事のトーンすら、どこか楽しげだった。
それからしばらくして、サービスエリアについた真柊たち一行。
バスのタイヤがゆっくりと音を立てて停まり、エンジンがうなるように息を吐いた。外の空気はひんやりしていて、秋とは思えないほど肌を刺すような寒さだった。
「サービスエリアついたけど、トイレとか行きたいやつ行っトイレ〜」
そう声をかけたのは担任の先生だった。気さくな口調ではあるものの、疲れたようなトーンが混じっていて、どこか旅の長さを感じさせる。
バスの中から誰かが震える声をあげる。
「うーっわ、さっぶ……」
別の生徒が目を丸くして言った。
「ここって南極大陸だっけ?」
さらに一人が首をすくめながら車内を見渡す。
「今ついてんのって暖房でしたよね?」
最後に、うっすら笑いながら肩をすくめる声が響く。
「なんで冷気感じんねやろ……」
先生はそんな生徒たちのツッコミに苦笑しながら手を軽く振った。
「みんなでいじんのはやめてくれ。傷つくから。とりあえず行きたいやつ、いっとけよ〜」
真柊が立ち上がる。寝不足の重い体を引きずるようにして、ドアの方へと向かった。
「俺行くけど……お前ら来る?」
そう問う彼に、陽生が首を振って答える。
「俺、尿意ないから今はいいかな〜」
後ろの席にいた海翔、時弥、晃誠もそれぞれ「俺も〜」と軽く手を挙げて遠慮した。
真柊が視線を落としたまま歩き出そうとしたそのとき、海翔が茶化すように声をあげる。
「誰も一緒に行く気はないから、はよ行っトイレ〜」
一瞬の間。先生の目がキラッと光った。
「おい、誰だ?先生のモノマネしたやつは」
その言葉に、バスの中に笑いが巻き起こった。
やがて生徒たちは順番にバスを降りはじめ、真柊もトイレへと向かう。出口に差し掛かったとき、彼はふと足を止めた。
「……なんかここ、オイル臭いような……?気の所為か……?」
鼻を少しひくつかせながら、そうぼそりと呟くと、彼は気に留めることなくそのままトイレへと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくして。
真柊がトイレから戻ってきたとき、空気が変わっていた。
遠くから鈍い破裂音が響いた。
――ドンッ!!
思わず足を止め、真柊は周囲を見渡す。
「ん?……なんの音?」
耳に残る爆音と、漂う煙の匂い。次の瞬間、彼の視線は思いもよらぬ方向へと引き寄せられた。
「……え?これって……俺のとこのバスだよな?なんで燃えてるんだ……?」
炎がバスの車体を舐めるように広がっていた。冷たい空気に反して、燃え上がる炎は鮮やかで、そしてどこか悪夢のようだった。
「もしかして、さっきの爆発音って―――」
衝動的に駆け出しながら、真柊は声を上げる。
「みんな?みんなー!どこだ!……誰もいない……」
燃え盛るバスを前に、彼の呼び声だけが虚しく響く。
「もしかして、みんな中にいるのか?なんで……急に……」
混乱する思考の中で、ある記憶がよみがえる。さっき感じた、あの臭い。
「まさか……さっきの匂いって……もっと早く……誰かに知らせておけば……」
悔しさと恐怖が胸を押し潰しそうになった。
「うわあああああああああ!!」
涙混じりの叫び声とともに、彼は膝から崩れ落ちた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
幸いにも、スマホは機能していた。震える手で警察と救急に連絡をとり、ほどなくして現場に救援が到着した。
真柊自身には大きな怪我はなく、病院で処置を受けるだけで済んだ。
しかし――バスに残っていたクラスメイトたちは、オイルの漏れによる爆発に巻き込まれて、全員が命を落としていた。
この日を境に、真柊は外の世界に心を閉ざした。
あの日の匂い。あの日の笑い。
そして、言葉にならない後悔だけが、彼の部屋の静寂の中に、ずっと残っていた。
朝の光が差し込む部屋の中、真柊は机に突っ伏したまま、じっと動かない。微かに震える背中が、その心情を語っていた。静けさを破ったのは、彼がふと漏らした言葉だった。
「……あのときは、楽しかったな……」
その呟きに応えるように、父の声が少し離れた場所から届く。
「学校は嫌かもしれないが、お前ももう三年生だ。そろそろ大学のことも考えないとな」
真柊は顔を伏せたまま、気怠げに言葉を返す。
「別に行きたいとも思わないし……そこら辺でふらふらしてるよ」
父はしばらく沈黙し、溜め込んでいた思いを静かに口にした。
「いい加減目を覚ましてくれ。母さんも俺も、お前の将来が心配なんだ。悲しいことがあったとしても、乗り越えなきゃならない時がいつか来る。……お前には、夢があるのか?」
真柊は顔を少し上げ、空を仰ぐように言葉を探していた。
「俺の……夢……?」
それを聞きつけて、母がそっと言葉を差し込む。
「あなたにも、夢があるんじゃないの?」
彼の脳裏に、懐かしい声と笑いが蘇っていく。
「みんないい夢持ってんな〜」
晃誠が笑いながら軽く肩を叩く。
「そういうお前こそ、将来の夢はあんのかよ?」
真柊は少し照れながらも、冗談めかして笑った。
「え、俺?俺は……今のところないから、お前らの夢が叶うのが夢かな、ははっ」
時弥は苦笑しながら眉をひそめる。
「なんやそれ、つまんないの」
海翔が笑いながら肩を組む。
「まぁ、それもこいつらしいっちゃらしいか」
陽生もうなずきながら、静かに笑った。
「ま、それもそーだな」
記憶から戻ってくると、真柊は目を伏せながら手の甲で涙を拭った。
「……夢」
父は柔らかく言葉を落とす。
「また言いたくなったら、教えてくれ」
母も優しく微笑んだ。
「お母さんたちは、いつもあなたの味方だよ」
「……うん。ありがとう、父さん、母さん」
二人が部屋を去ると、静けさが戻った。真柊は静かに顔を上げ、目を細めた。
「夢……か」
そして、心の中でまたひとつ、笑い声がこだまする。
「おれたちの出会いはイチゴパンツっていうだろ?」
海翔が得意げに言うと、晃誠が即座に突っ込んだ。
「それを言うなら一期一会やろ」
「お前はホンマにアホやな〜w」
陽生が笑って肩を叩き、海翔は反論のポーズを取りながらも嬉しそうだった。
「アホちゃうわ!これでも一応東大志望ですけど?」
「この中やったら一番テストの点悪かったのに?」
真柊が淡々と指摘すると、海翔はムキになって返す。
「お前に言われたくないしなー!」
時弥が補足するように続ける。
「いや、こいつ(真柊)のほうが高いけどな」
晃誠が頷きながら言う。
「何なら俺ら教えてもらってたしな」
海翔が納得顔で振り返る。
「たしかにこいつ教えるのめっちゃうまいから俺等の点数もあがったしな」
陽生が提案するように言った。
「いっそ真柊に東大行ってもらったら?」
「むりむり俺が東大行ったんねん!」
笑いが連鎖する中、真柊は小さく口元をゆるめた。
その瞬間、目の前の視界がふわりと変わる。彼は立ち上がると拳を握りしめ、胸の奥で叫んだ。
「……東大か。今ならまだ間に合うかもしれないな。決めた……俺が東大に行ってやる!」
日々は熱に染まった。朝から晩まで、紙とペンに向き合い続ける日々。食事の時間も惜しみ、彼は過去と向き合いながら、未来を描いていった。
そして――試験当日。
会場の静寂の中、真柊は席につく。手にはペン、目には決意。
「……みとけよ。必ず合格してやる」
試験監督の声が響く。
「それでは、試験を開始してください」
問題用紙を静かにめくり、一文字目を書き始めた。
________________________________
春の風が東京の街を優しく撫でるなか、真柊は受験結果が掲示された掲示板の前に立っていた。
彼の視線は、掲示板に並んだ受験番号を追い続けていた。震える指先で一つ一つ確認するように、自分の番号を探す。
「……35、35……あ……あった!あったぞ!」
歓声にも似た声が漏れる。胸に抱えてきた想いが一気に解放され、真柊の心は涙と笑顔の狭間で揺れていた。彼はその場でしばらく立ち尽くし、目の前の数字が現実であることを確かめ続けていた。
合格。東大への道は、確かに開かれていた。
________________________________
大学生活初日。真柊が校門をくぐると、そこには想像以上の光景が広がっていた。両側には幾つものサークルのブースが並び、先輩たちが声を張り上げて新入生を歓迎していた。
「今日から東大生……これからはりきっていくぞ〜!」
そうつぶやきながら、彼は活気あふれる通路へ足を踏み入れた。だが、すぐにその勢いは音を立てて崩れた。
「そこの君!バスケなんてどうかな?きっともてるよー!」
声をかけてきた男子学生に応じる間もなく、別の男が割って入る。
「いやいや、もてると言ったらサッカーでしょ!」
二人の言い合いは一瞬で火がつき、口論へと発展した。真柊は混乱する空気を避けようと、丁寧に頭を下げながらその場を離れる。
「すいません、失礼します!」
逃げるように歩き出した彼の前に、今度は爽やかな笑顔の女子学生が現れた。
「ねー君!ちょっと待って!」
歩みを止めた真柊は、少し疲れたような表情で彼女に向き合う。
「はぁ……つぎはなんですか」
彼女は楽しげに笑いながら、紙を手渡してきた。
「私のところ、音楽サークルでバンドやってるんだけど、ちょうどギターの人がいなくてさ。募集中なんだよね!ぜひ来てくれないかなー?」
真柊は軽く首を振った。
「すいません……僕、あまり弾けないので……」
だがその返事にも彼女は動じず、紙を押しつけるように手渡してきた。
「そう言わずにさ!はい!」
明るい声と笑顔を残し、彼女は人の波に消えていった。手元に残された紙を眺めながら、真柊はひとつ息を漏らす。
「……ホント、なんだったんだ……」
その後も、勧誘は途切れることなく続いた。だが彼はどこのサークルにも所属することなく、その場を通り抜けていった。
夢に見た東大生活。晴れて合格を果たし、心躍る日々が待っているはずだった。しかし、現実は予想よりもずっと複雑で、彼の心は再び迷いの中にいた。学びの扉は開かれたものの、その先にある“自分の居場所”はまだ、見つかっていなかった。
講義室に、チョークの擦れる音が軽快に響く。先生が黒板に図を描きながら、滑るような口調で理論を展開していた。
「この問題はこれをこうこうこうして、こうなって、こうなるんだ。わかるか?よし、じゃあ次の問題に行くぞー」
話が途切れると同時に、先生は勢いよく黒板の一部を消し始めた。だがその手を止めてほしいと、真柊が慌てて声を上げる。
「あ、先生待ってください!まだ書き写せてなくて……」
教室に小さな静寂が落ちる。先生は手を止めもせず、あっさりと答えた。
「一人のためだけに待つのはもったいない。隣のやつとか、そこら辺のやつに写させてもらいなさい」
その言葉にうなだれながら、真柊は隣の学生に声をかける。
「ごめん……見せてもらってもいいかな?」
隣の東大生は、筆記を続けながら鼻で笑うように言った。
「はあ……なんでこんなのも、もっと早く写せないんですかね~。てか、写す前に問題解き終わるのが基本ですけどね~」
棘のある言葉が、真柊の胸に鈍く刺さった。
「あ、あははー……そーだよね。ごめんねー」
そう笑ってみせたものの、その声はどこか力なく揺れていた。
東大に入ってからというもの、真柊は周囲のレベルの高さに圧倒されっぱなしだった。問題の意味を理解するより先に、まず板書を写すことで精一杯だった。
その後も授業は淡々と進み、再び先生が声をかけた。
「そしたらこの問題の答えを……じゃあ、真柊」
急に指名されて硬直した真柊は、気まずそうに視線を落とし、申し訳なさそうに言った。
「すみません……わからないです」
その言葉に、教室からくすくすと笑いが漏れた。冷たい空気が真柊を包み込む。
「はいはい、みんな静かに。難しいかもしれないが、そんな調子だったらみんなに置いていかれるぞ。もっと勉学に励みなさい」
先生の言葉は冷静だったが、どこか突き放す響きがあった。
「……はい、すみません」
俯いたまま答える真柊の肩は、目に見えて沈んでいた。授業が終わる頃には、彼は周囲から「お荷物」として見られ、次第に孤立していった。
「よし、今日の授業終わります。解き終わった人から退室してもらって大丈夫ですよ」
先生の声に反応するように、教室の学生たちは次々に立ち上がり、何事もなかったように退室していく。
ぽつんと一人残された真柊は、机に手を置き、息を吐いた。
「はー……またひとりか……あの、塾の時のほうがよっぽどマシだったな……」
彼の脳裏に、懐かしい景色が広がっていく。
________________________________
塾の自習室に、真柊が一人先に到着していた。誰もいない静かな空間で、彼はノートを開いて黙々とペンを走らせていた。
「誰もいないな……よし、先に勉強しとこ」
そこへ、明るい声が飛び込んでくる。
「お!いたいた!お前はいつも一番乗りだよな〜」
声の主は新城魁翔《しんじょうかいと》だった。元気な顔を見せて、真柊の隣に滑り込む。
「当たりめーだろー?バカと一緒にしてほしくないね〜」
と調子よく返す真柊。教室の空気は、一気に弾けるような笑いに包まれる。
「いや馬鹿じゃね〜し。俺に勉強は鬼に綿棒やしな!」
「いやいや、金棒だから」
「まじで馬鹿すぎだってww」
仲間たちの軽快なツッコミが続く中、いつの間にかいた久遠千藍《くおん ちあい》が笑いながら言った。
塾の自習室にいる仲間たちの中でも、ひときわにぎやかでテンポの早い掛け合いが始まっていた。魁翔《かいと》と千藍《ちあい》――この二人が喋り出すと、教室の空気は半ば漫才じみた騒がしさに包まれる。
千藍は魁翔のほうを向きながら、片眉を上げてからかうように言った。
「ほんとよく“東大に行く”って言ったよね〜」
その言葉を受けても魁翔はまったく動じず、むしろ胸を張って堂々と宣言する。
「天才なので」
千藍は即座に噴き出す。
「出た出た、また言ってるよ〜。馬鹿なん、そろそろ認めなって〜」
魁翔は両手を広げ、真剣な目つきで彼女の前に立つ。
「俺は絶対、東大に行くのが夢なんだぜ?舐めてもらっちゃ困るね」
彼の言葉には、ギャグでは済ませられない情熱が滲んでいる。それでも千藍は鼻を鳴らして笑った。
「なにそれ、ちょーウケるww 魁翔のことは舐めすぎて骨まで見えてるっていうのに!」
魁翔は思わず身を引くように顔をしかめる。
「うえ!きったねー!」
だが千藍も負けていない。首をかしげながら、意地でも言い返す。
「汚いって何よ!このボケ!」
言葉の応酬はどんどん加速する。魁翔は少し挑発気味に言い放つ。
「そんなこと言ってるけど、お前もアホだろ」
千藍はピッと背筋を伸ばし、声のトーンを上げた。
「は〜?貴方と一緒にしないでもらえないかしら?」
その途端、魁翔が吹き出しそうになりながらツッコミを入れる。
「何その喋り方」
千藍はスッと顔を真顔に切り替え、どこか女王様のような振る舞いで答える。
「勉強できる人は、常に高貴である人のことを言うのよ」
魁翔は即座に頭を振る。
「いやいや、勉強できへんやん」
それでも千藍はどこか自信ありげに笑いながら言う。
「勉強なんて、ぱぱぱ〜ってやって、ぺぺぺ〜ってやれば合格でしょ!」
魁翔は思わずため息混じりに呟いた。
「あほってこういう思考しかできひんから困るわ……」
その瞬間、千藍の表情が一変する。目を見開いて、手に持っていたペンを握るように構える。
「はいもーキレた!マジ、ペン握れんような体にしたるわ!」
魁翔はニヤリと笑って立ち上がる。
「言ったな!かかってこいよ!」
教室内が騒然となる中、周囲の塾仲間たちが慌てて二人の間に割って入る。
「おい、抑えろ抑えろ!」
ぶつかり合い寸前のテンション。でも誰も本気で止めようとしないのは、それがいつものふざけ合いであることを全員が分かっているからだった。ぶつかって、笑って、また勉強に戻っていく――そんな喧騒の中にある安心と絆が、この教室を支えていた。
楽しいはずの日常も、時に喧騒であふれていた。だが、そこには温かい空気と、ぶつかり合っても許し合える距離が確かにあった。
________________________________
誰もいない講義室に、時間だけが滑るように流れていく。
真柊は、一瞬何かの気配を感じたように、ふと背後を振り返った。
「……ん?なんだ?」
首を少し傾けながら教室の隅々を見渡すが、そこには誰もいない。空っぽの席と静かな通路だけが目に映る。
「……気のせいかな……」
呟きながら、彼は胸元で息を整えた。心の奥に、先ほどまでの塾の記憶がじわりと残っている。騒がしくて、くだらない会話ばかりだったけれど、あれほど安心できる場所はなかった。
現実に戻った彼は、机に視線を落とし、ノートの角をそっと指先で撫でる。
「……よし、課題終了っと」
最後の数字を書き終えたところで時計に目を向ける。短針はすでに夕食時を指していて、いつの間にか周囲の空気も冷えはじめていた。
「……もうこんな時間か。今日も疲れたし、帰ろ……」
街の喧騒に混ざって、ギターの音がふと流れてきた。歩いていた愁は足を緩める。音の主は路上で弾き語りをしている青年だった。その音色は、彼の記憶の奥にそっと触れてくる。
「弾き語りか……なんか懐かしいな。でも……」
音に引き寄せられるように歩みを進める。通り過ぎようとしたその瞬間――目の前の風景がわずかに揺れ、ギターを持つ人物が見慣れた誰かに変わっていた。
「おい真柊!せっかく俺が弾き語りしてんのに、見に来んなんて全くやで!」
ギターを抱えて立っていたのは、晃誠だった。あの晃誠。もう会えないはずの、ずっと前に離れてしまった親友。
「こ、晃誠……?なんで……死んだはずじゃ……」
声が震える。目の奥が熱くなる。あの日の景色が脳裏にじわりと広がっていく。
「俺がいつ死んだって言うんだよー!笑」
軽く笑って言うその声は、いつもの晃誠そのものだった。
「で、でも……あの日……」
言いかけた真柊に、晃誠は手を差し伸べるような口調で言う。
「そんなことはいいから、早くこっち来いよ」
真柊は息を呑んだ。そして、ふらりと一歩踏み出す。
「それでも……いや、なんでもいいや。うん、今行く!」
一瞬の後、彼の前にはもう見知らぬ青年がギターを弾いていた。晃誠の姿はどこにもなかった。
「ん?どうかしましたか?」
「……あ、いや、なんでもないです。すみませんでした」
真柊はうつむきながら言葉をつぶやいた。
「なんだったんだ今の……あ、同じギターだ……」
「大丈夫ですか?」
ギターの青年が優しく声をかける。真柊は、目をギターに向けたまま答えた。
「……すみません。ギター見てて、なんか懐かしいと思っちゃって」
脳裏に浮かぶのは、かつての晃誠との日々――
________________________________
「俺はバンドを組んで有名になりてー!」
晃誠の目には、確かな情熱が宿っていた。
「お前は昔っから音楽好きって言ってたな」
「音痴だから歌は歌えんけどなw」
「よ!さすが俺等のジャイアン!」
「いや歌っても人は倒れへんよ?」
「まぁ、でもそれくらいの下手さはしてるで」
「歌は捨てた。俺はギターでバンドを組んで有名になんねん!」
笑い声と夢の話が交差する青春の日々。それが、今も真柊の心に残っていた。
________________________________
「そういや……あいつ、ギター好きって言ってたな」
「ギター好きなんですか?」
青年の問いかけに、真柊は目を細めながら答える。
「俺の友達がギターとても好きで、たまに触らせてもらってたんですよ」
「そうなんですね!ギターって、知っていくともっと好きになるんですよね」
「でも……知っていくって言っても、自分は弾く機会がないんで……」
返した言葉は、どこか寂しげだった。
________________________________
真柊の記憶が再び過去に引き込まれる。
「ねー君!ちょっと待って!」
突然声をかけられ、真柊が足を止める。
「もう……次はなんですか」
「私のところ、音楽サークルでバンド組んでるんだけどね。ちょうどギターの人がいなくて――ギター募集中なんだよ!ぜひ来てくれないかな?」
「すみません……僕はあまり弾けないので……」
「そー言わずにさ!はい!」
強引に渡された勧誘の紙。困惑しながらも手に取る真柊の胸に、小さな火種が灯る。
「それじゃ待ってるからー!」
紙を見つめながら、真柊は呟いた。
「……ほんと、なんだったんだ……」
________________________________
ギターの音が静かに止む。空は少しずつ藍色に染まっていく。
真柊は深く頭を下げ、微笑んだ。
「ありがとうございます。おかげで新しい夢ができました。また、どこかで!」
その背を、青年が慌てて呼び止める。
「……あ、ちょっと!」
だが真柊は振り返らず、走り出した。どこか懐かしい風が背中を押してくる。
晃誠の姿が幻だったとしても、彼の想いは確かにそこにあった。ギターの音色に導かれながら、真柊は未来へ向けて歩み始める。
バンドサークルの練習場所の前に立った真柊は、扉の向こうに響く音に緊張を覚えながら深呼吸した。そこへ、元気な声で迎えに来たのは、彼を誘ったバンドリーダーの
「よくうちのところに来てくれたね!」
「いやいや、誘ってきたのあなたでしょ」と真梓が苦笑いを浮かべる。
「えー、そーだったっけー?」と首を傾けるいろは。
「えー?なんで僕なんか勧誘したんですか?」
「んー……なんとなく?」
「え?」
「なんとなく音楽好きそうだな〜って」
「めっちゃちっぽけな理由じゃないですか」
「まー気にしない気にしない!てか楽器はギターで良かったよね?」
「まー、一応そういうふうに誘われてたので……」
「ほんとありがとう!あ、ここが練習場所だよ。みんないい子たちばっかりだから、全然気使わなくて大丈夫だからね」
真柊は少しだけ頷いて、「はい、わかりました」と小さく返事をした。
いろはがドアを開ける。その向こうに広がっていたのは、明るく賑やかな空間だった。
「みんなー!注目!今日からこのバンドのギタリストになる子を紹介するよ!」
少し緊張した面持ちで、真柊は一歩前に出て挨拶した。
「はじめまして」
「はじめまして〜!」と元気な声が返る。
「今日からギターをします、朝比奈真柊で……え?」
彼の目が部屋を見回す。女子ばかりだった。
「ちょーーーっと、すいません!」と口走ると、真柊は入ってきた扉へと走り出した。
「ちょちょちょ、どこ行くの?」と慌てて追いかけるいろは。
「いやいや気使うも何も女子ばっかやないか!」
「もしかして彼女がいて女子NG的な感じ?」
「そういうことじゃないですけど……」
「なら大丈夫大丈夫!」
「えー……」
「まぁまぁ、ほんとにいい子たちだから!」
「……はーーー、わかりました、わかりましたよ」
渋々戻った真柊は、もう一度みんなの前へ。
朝比奈真柊は、ひときわ緊張した様子でスタジオの中央に立っていた。初対面の場に慣れているとはいえ、バンドというコミュニティには特有の空気がある。自分が受け入れられるかどうか、不安が胸を打つ。
槙原いろはが、いつも通りの明るい声でみんなに呼びかける。
「気を取り直して、今日からこのバンドのギタリストになる子を紹介します!」
その言葉に、真柊は少し息を吐いて一歩踏み出す。背筋を伸ばし、落ち着いた声で名乗った。
「今日から入ります、朝比奈真梓です。よろしくお願いします」
いろはが「ハイ拍手ー!」と元気よく手を叩くと、スタジオにいたメンバーたちは口々に「よろしく〜」と笑顔で迎えてくれた。拍手がポンポンとリズムよく鳴り、真柊の頬も少しほころぶ。
その中で、フレンドリーな印象の藤崎ゆりあが最初に声をかけてくる。
「ギターはどれくらいやってるのー?」
真柊は肩をすくめながら少し照れた様子で答えた。
「いや……友達が好きで少し触ってたくらいで……ほんと全然うまくないです……」
ゆりあは「そっかー、なるほど」と優しく頷きながら、「じゃあほぼ未経験ってとこか」と確認する。
真梓は「まぁ、そんなとこです」と素直に認める。隠さない姿勢に、周囲の雰囲気も和らいでいく。
すると、名前をちゃんと覚えていなかったらしい小野寺ここながぽつりと聞いた。
「なんだっけ?くぼさき?」
真柊は少し笑いながら答える。
「朝比奈です」
「あ〜、そ〜だったそ〜だった!」とここなが手をぱたぱたと振って苦笑した。「朝比奈真柊、珍しい名前だね。芸名?」
「いや、本名です」と真柊が答えると、少し後ろで聞いていた
「えー!本名なんだ!いい名前してるね!」と、優しさのにじむ笑顔で言う。
真柊は少し照れながらも笑顔で返した。
「ありがとうございます」
「これからよろしくね!」とひよりが軽く手を差し伸べると、真柊も「よろしくお願いします」としっかりと握り返した。
いろはがその様子を見て、満足そうに言う。
「ね?いい子たちでしょ?」
真柊は、胸の不安が少しだけ晴れたような気がして、「まぁ……はい、そうですね」と控えめながらも素直に答える。
「改めて、これからよろしくね!」といろはが言葉を重ねる。「困ったことがあれば何でもうちらに聞いてね」
「……よろしくお願いします」
その瞬間、真柊の中に小さく芽吹いた安心感は、音のない拍手のように心を包み込んでいた。初めての場所、初めての人たち。でも、自分はここから新しい音を奏でていくのだという実感が、じわじわと広がっていった。
こうして真柊は、見知らぬ仲間たちと新たな場所で、ギタリストとしての夢に向かって歩き始めた。
ギターの音はまだ不器用で頼りない。でも、それは確かに彼自身の音だった。
数ヶ月後…
スタジオの空気は温かかった。仲間の笑顔に囲まれて、真柊はギターのコードを確認する手に力を込めた。
「だいぶ弾けるようになったね」
「いやいや、まだまだですよ」
「そんなことないって。4ヶ月でここまで弾けたらすごいよ」
「才能あると思う」
「うんうん、めっちゃ頼もしい!」
言葉の波が背中を押す。真柊は軽く笑って「そう言ってもらえると嬉しいです」と返した。
ふと、指先の感覚が、遠い記憶を揺り起こす。
________________________________
真柊がギターを初めて手にしたのは高校の放課後だった。部室近くのベンチで、晃誠が持ってきたエレキを渡してきた。
「違う違う、ここはこことここを押さえて、こうしたらいいんだよ」
「こう?」
「そうそう!そーやって引いたらきれいになるんよ」
「すげーすげー!」
「うまいやん、ギターの才能あるんちゃう?」
「いやいや、俺はあんまりやで」
「まーギターって奥が深いからな」
「うん、そんな感じする」
こうせいはギターを膝に置き、空を見上げながら言った。
「やから俺はこのギターで、みんなの心に響くようなギタリストになりたい」
真柊はその背中を見て「有名なったら、友人のスピーチは俺らにまかせろよ」と言って笑う。
「そのほうがありがたい。そうしてくれ」
「おう!」
チャイムが鳴り、晃誠が慌てて立ち上がる。
「やっべ、ギター練習の時間だ。俺、行くわ」
「途中までついてくわ」
ふたりは並んで校舎の影に消えていった。
________________________________
スタジオの空気が少し落ち着いたところで、メンバーのひとりが口を開いた。言葉には確かな意志が宿っていた。
「ギターも弾けるようになったし、私、やりたいことがあるの」
その一言に、メンバー全員の視線が彼女へ集まる。彼女は少しだけ息を吸って、真剣な表情で続けた。
「私たち、今まで既存の曲をやるコピーバンドだったじゃん。だけど、それだけじゃ物足りない。自分たちで曲を作って広めて、有名になりたいの」
その声には、夢を語るときの特有の熱があった。
「それいいね!」と、隣のメンバーが即座に反応する。目を輝かせながら言った。
「みんなの心に響くような曲を作るの」
その言葉に、真柊は思わず小さく笑ってしまった。懐かしさと驚きが入り混じった表情だった。
「ちょっと、何笑ってるのよ」と、先ほど話し始めたメンバーが眉をひそめて問いかける。
「いや……すみません。ただ、僕の大事な友達に少し似てた気がして」
その声は穏やかで、どこか遠くを見ているようだった。
「なにそれー」と、メンバーの一人が冗談混じりに突っ込み、 「いきなり笑ってなにかと思ったよー」 「変なのー」と、場の空気を和ませるように笑いがこぼれる。
「まぁまぁまぁ、とりあえず。みんなで曲を作ってみない?」
「はい!」と、全員が声を合わせた。
「目指すはドームよ!」
「はい!!」
スタジオに響いた掛け声は、単なる冗談ではなかった。夢が、一つの形を持ちはじめた瞬間だった。
スタジオの扉が音を立てて閉まる。残った真柊は、自分のギターを見下ろし、そっと弦を弾いた。音は、まるでこうせいの言葉が形になったように、澄み渡っていた。
何度も何度も試行錯誤を重ねて生まれた一曲は、想像以上に多くの人々の心に響き渡り、彼らは『新生バンド』として名を馳せることになった。
初めてのライブを終え、真柊とバンドの仲間たちは会場の外を歩いていた。夜風が火照った頬を冷まし、皆の声が笑顔に包まれていた。
「みんな、初ライブお疲れ様!」と、槙原いろはが笑顔で言った。いつものように先頭に立ち、空気を明るくしてくれる。
「まさか私たちがライブできるなんて、思わなかったよ!」と藤崎ゆりあが目を輝かせる。
「人の数、すごかったよね……」と小野寺ここなが驚いたように振り返る。
「こんなに緊張したの、初めてかも」と榊原ひよりはギターケースを抱えながらため息をついた。
真柊は歩きながら、メンバーの顔を見渡して言った。
「でも、みんなすごく楽しそうでしたよ」
「そりゃ、こんなこと今までなかったもん。思う存分楽しまなきゃだめでしょ!」
ひよりがにやりと笑う。
「今日は、みんな輝いてたよ!」とゆりあが頷き、手を広げた。
「ほんとに楽しかったね!」とここなが笑いながら、スニーカーのつま先を跳ねさせる。
「ほんとにみんなすごかったよ!」いろはの声は嬉しさと誇りに満ちていた。「これからも高みを目指して、もっと頑張るよ!」
「はい!」と全員が声を揃えた。
笑い声が夜空に吸い込まれ、誰ひとりとして、その光が消える未来を想像していなかった。
それでも時は流れた。
月日が経つごとに、バンドの存在は徐々に忘れ去られていった。あれだけ盛り上がった初ライブも、記憶の片隅に沈み、SNSの話題からも消えていった。ライブの誘いも途絶え、次第にメンバーはスタジオに集まる頻度を減らしていく。そして、真柊が三年生になった春の日。
スタジオのドアが開き、いろはが静かに入ってきた。表情はどこか硬く、他の3人もそろっていた。
「みんな、ちょっと話があるの」と、いろはが切り出す。
真柊は椅子の上でギターを持っていたが、視線を上げる。 「え、なんで……そんないきなり……?」
「前々から、4人で話してたんだ」と、ゆりあが少し目線を伏せながら答える。
「なんでですか?」真柊はその言葉の意味がわからず、ギターを少し抱き直した。
「私たちはもう4年生。あなたはまだ3年生でしょ?」とここなが柔らかく言う。「もうすぐでこの場所を離れることになるの」
「このまま続けることも悪くはなかった。でも……音楽で生活するのは、とても難しいの」と、ひよりが遠くを見ながら言った。
「でも、僕たちはまだ始まったばっかりじゃないですか……」と真柊は声を強めた。
いろはが優しい声で、けれど確信を持って言う。
「……あなたも、薄々気づいてたんじゃない?」
「え……?」真柊は目を見開く。
「最初に曲を作ったとき、すごく気合入れて、みんなで魂込めて作ったよね? それがたくさんの人の心に響いて、人気も出て……でも、いつの間にか、私たち、自分たちなら通用するって思い込んでた。そうやって曲が迷走し始めた」
「だから、2年もすれば、みんな飽きてしまった」と、ゆりあが続ける。「話題からも外れて、注目されなくなった」
「でも……」真柊は反論したかった。言葉を探して口を開く。
「私たちは……もう忘れられた存在なの」と、ここなが静かに言う。
「だから私たちは、それぞれのやりたい道に進もうって……」とひよりが結論を告げた。
「でも、それは決まったわけじゃないでしょう? まだいけますよ。僕たちは……」 真柊の声は揺れていた。
いろはが申し訳なさそうに微笑む。 「ありがとう。でも……ごめん。ほら、他の有名な人を見ちゃうとさ。“あ、かなわないな”って、心のどこかで思っちゃうようになったの」
「もう、やる気もなくなっちゃった」とゆりあがぽつり。
「だから、ここで終わりにしたい」とここなが優しいけれど切ない声で言う。
「みんな、それぞれの道に進もう?」と、ひよりが最後に言った。
真柊は、何か言おうとした。けれど、口を開いても、言葉が出てこなかった。
沈黙。誰もが心にぽっかり穴が空いたようだった。
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バンドの解散から、気づけば季節は何度も巡った。4年生となった真柊は、キャンパスの並木道をひとり歩いていた。桜の花びらが舞う中、彼はそっとつぶやく。
「……解散して以来、みんなとも会ってないな。俺ももうすぐ卒業だし、仕事も探さないとな……」
ため息交じりに歩いていると、前方から疲れ切った様子の会社員たちが話しながら現れた。
「はー……今回の仕事も疲れたー!」と、ひとりが肩をぐるぐると回しながら声を上げる。
「ほんとブラック企業だよな、お前の働いてるとこ」ともう一人が返す。
「ずっとかつかつ状態で生活してるよ、余裕なんてない」
「やめたらいいじゃんか」
「他の場所も見つからなくてさ……くっそー、金持ちになりてぇ!」
「金持ちなんて夢のまた夢だろ、あはは!」
ふたりは肩を落としたまま駅の方へと去っていった。
真柊は小さく笑った。
「……金持ちか。どこの誰かさんと同じこと言ってるな……」
記憶が、時を巻き戻す。
「いいじゃん、いいじゃん!俺はお金持ちになりて〜!」と時弥が机に寝そべりながら叫ぶ。
「うーわ、抽象的やな〜」と、海翔が冷めた目でつっこむ。
「いやいや、お金持ちになったら、色んなことができるんやで? ひと握りの人しかなれへんねんから、俺がなるんねん!」
「志だけはいいね」と晃誠が微笑んだ。
「『だけ』ってなんだよ! なるに決まってるでしょ!」
「いいじゃーん」と海翔は少しだけ、羨ましそうだった。
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現実に戻った真柊は歩みを止めた。
「……でも、俺には無縁の話か。なんの才能もないし、起業したってどうせ失敗するだけ……」
心に陰が差しかけたそのとき、また記憶の扉が開く。
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高校時代、あの修学旅行のとき。
「お前に言われたくないしな〜」と、海翔がツンとした声で言う。
「いや、一番こいつの方が成績高いけどな」と時弥が笑う。
「何なら、俺ら教えてもらってたしな」と晃誠が懐かしそうにうなずいた。
「たしかにこいつ、教えるのめっちゃうまいから、俺らの点数も上がったし」
笑い合ったあの日が、胸の奥に灯をともす。
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真柊はポンと手を叩いた。
「……これなら俺でも行けるかもしれない!」
そして、机に向かって声を上げる。
「よし!なら今すぐ作るぞ!」
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東大で培った知識を活かし、真柊は解説動画を作り始めた。難しい内容もかみ砕いて分かりやすく伝える。やがてコメント欄が温かい声で満たされていく。
「え、【この解説動画めっちゃわかりやすくて参考にさせていただきます!これからもたくさんあげてほしいです】っか……」
モニターを見ながら、真柊はつぶやく。
「……うれしいな。教えるのは、やっぱりやりがいがあっていいな」
そして、ふと思いつく。
「そうだ!なら、わからない人のために徹底解説できるオンライン授業形式の塾を立ち上げよう!」
喜びが高まった瞬間、冷静さも戻る。
「でも……さすがに俺一人じゃ難しい。手伝ってくれる人が欲しいな。でも、そんな人……見つからない……」
そのとき、再び思い出す。
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「ずっとかつかつ状態で生活してるよ」
「やめたらいいじゃんかー」
「くっそー金持ちになりてー!」
「夢のまた夢だろー、はは!」
彼らの声が心に響く。真柊はすぐさま動き出す。
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道端で再び、あの会社員二人に遭遇した。
「んーー!マジで疲れた。残業代も出ないし、ホント最悪だよ……」
「おれんとこも今、けっこーやべーよー……」
真柊は息を整え、声をかけた。
「すみません、いま少しだけお時間よろしいですか?」
「びっくりした、急にどうしたんだ?」と会社員1。
「実は……お願いしたいことがありまして」
「お願い事?」
真柊は真剣な眼差しで、ゆっくりと話した。
「はじめましてなのに驚かせてすみません。でも、僕はオンライン塾など教育系の会社を起業しようと思っていて……一人では難しくて。どうか、手伝ってほしいんです」
「でも、なんで俺たちなの?」
「……お二人の、たわいない会話をたまたま聞いて。誘うなら、この二人しかいないって、そう思ったんです」
会社員2はふと目を丸くした。
「あ、待って……どっかで見たことあると思ったら! 娘が見てた解説動画の人じゃん!」
「言われてみれば、俺の息子も見てたかも。教え方、めっちゃうまいって言ってた」
真柊は少しだけ照れながら微笑んだ。
「知っててもらえて、光栄です」
会社員1は笑いながら腕を組む。
「……なんか面白くなってきた。その話、乗った!」
「力になれるかわからないけど、できることがあれば協力させてくれ!」と会社員2が手を差し伸べた。
「ありがとうございます!」と真柊はしっかりと握手を返した。
_____________________________________
それから真柊は、彼らと共にオンライン塾を立ち上げた。評判は次第に広がり、受講者は増えていった。
「おい!見ろよこれ!いろんなところからオファー来てるぞ!」
「こっちも、授業を受けたいって申し込みが増えてきてる!」
「え……こんなに来てるのか……」
会社員1こと
「ほんとにこんなことは初めてだよ。真っ暗だった人生から、救ってくれてありがとな!」
会社員2のこと
「頼りにしてるぜ、社長!」
真柊はしっかりと答えた。
「任せてください!」
オンライン塾の評判は驚くほどの勢いで広まり、あれほど先が見えなかった日々が嘘のように変わっていった。動画の閲覧数は伸び続け、全国から講義依頼が舞い込む。
会社員として参加していた野田圭太と三村拓馬も、日々の忙しさに目を回しながらも、充実感の中で笑い合っていた。
「お金も増えてるのはいいけど、ちょっと来すぎて大変だぜ……」と圭太が背中を伸ばしながら言った。
「ほんとだよ。マジで色んなところから申し込みすごいからなー」と拓馬が書類の山を持ち上げながらぼやいた。
真柊はその様子を見て笑う。
「はは、まぁ……たしかにすごいよね。想像以上に伸びるなんて、自分でもびっくりしてるよ」
そこで圭太が突然手を挙げた。
「社長ー!ちょっと長期休暇ってないですかー?」
「何バカなこと言ってんだよ、忙しいのに」と拓馬が笑ってたしなめる。
「いやー、でも旅行とかしたいじゃん。中国とか、アメリカとかさ……」
その言葉に、真柊はふと足を止めた。目を細めると、遠い日の笑い声が蘇ってきた。
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「うーわ、ギリお金足んなかった〜」と財布を見つめながら真柊がぼやく。
「もーしゃーねーなー。俺が奢ってやるよ」と、時弥が肩をすくめながら言った。
「え?いいん?」
「まー、お金持ちは心が広いからな!」と得意げな笑みを浮かべる時弥。
「それとこれとでは話変わっちゃうけどな……」と真柊が返すと、
「そんなこと言ったら、二度と奢らんぞ!」
「ごめんごめん、冗談だって、ははっ」
その後、少し真面目な表情になった時弥が言葉を続ける。
「正直さ、お金持ちになっても、自分の利益ばっか優先して困ってる人に手を差し伸べないヤツなんてザラにいる。でも俺は、そういうときまっ先にその人を助けたい」
「お前……たまにはいいこと言うじゃん」
「“たまに”ってなんやねん、それがほんまのお金持ちっていうねんで」
「なるほどなるほど……」
「話はここまで。ほら、レジ行くぞ!」
ふたりは並んでレジに向かっていった。
再び記憶が巡る。
「そーいうお前らこそ夢とかあんのかよ」と、海翔が机を回しながら尋ねる。
「俺は世界一周、一択だな!」と、陽生《はるき》が即答。
「お前はいっつもそれしか言わんよな〜」
「中国もエジプトもアメリカも……行きたいとこありすぎるんだよ」
「うーわ、どれも良さげやなー」と晃誠が相槌を打つ。
「世界一周したら、お前らにも各国のお土産持ってくるわ!」
_____________________________________
現実に戻り、真柊はふと目線を上げた。圭太と拓馬が笑っている。
「そんな無茶な願い、聞いてくれるわけないだろ〜」と拓馬が冗談めかして笑う。
真柊は、スッと立ち上がると、口元を引き締めながら静かに言った。
「よし……しようか」
「え?」とふたりが声を揃える。
「俺にも、別にしたい夢があるんだ。ふたりともこの会社のために頑張ってくれたし……長期休暇にしようよ」
「え、いいんすか……?」
「うん。休みも大事だし……しちゃいましょう!」
「別の夢って……なんなんですか?」と拓馬が興味深そうに聞く。
真柊は空を見上げて言った。
「僕と、ある親友の夢なんです。世界を、ちゃんとこの目で見てくる」
ふたりは真柊には聞こえないように話す。
「フー……かっこいいなあ」
「どこまでもいい人やね、ほんと……」
真柊が振り向き、二人に向けて話す。
「じゃあ、それまではじっくり休んでください」
「了解です!」とふたりは声を揃え、深く頭を下げた。
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こうして彼は——世界一周の夢へと、第一歩を踏み出したのだった。
陽生が高校の頃から夢見ていた“世界一周”は、ついにその第一歩を踏み出した。
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スマホを見せながら、陽生が得意げな顔で言った。
「見ろよこれ!中国ってこんなダンスがあるんだぜ!」
画面には、エネルギッシュで複雑なステップを踏むダンサーたち。
真柊は食い入るように画面を見て、思わず口にした。
「なにこれどーなってんの?えっぐ……」
「これ、今流行りの踊りやで。ほんまにすごいやろ?」
「こんなダンスあるんや……」
陽生はさらに熱を込めて語った。
「アメリカの自由の女神もいいけどな。世界って知れば知るほど奥が深い。いろんな人と出会って、文化を感じて、全部を吸収したいんよ」
「世界一周したら、おもろい話いっぱいあるんやろな」
「1日じゃ語りきれへんくらい話題持ってくるわ!」
「楽しみにしてるわ!」
「まかせとけって。よし、そろそろ行こうぜ!」
—その記憶は真柊の胸に、ずっと残っていた。
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ついに中国に到着した。大都市の活気ある雰囲気に真柊は目を輝かせる。
「んー!ついたぞ、中国!いやー中華料理とか今まで見てきたけど、やっぱり本場は違うなぁ」
すると現地の人が話しかけてきた。
「这是您第一次来这里吗?」
聞き取れなかった真柊は翻訳機を取り出し、もう一度話してもらう。
「ここに来るのははじめて? はい、初めてです」
「您知道这里有传统舞蹈吗?」
「伝統的な踊りがある? いえ、知らないです」
「要我告诉你吗?」
「なら……僕に教えてください!」
快く応じてくれた中国人に連れられ、真柊は短時間ながらも伝統ダンスを学ぶ。
「謝謝!他にもすることがあるので、ここで行きます!」
「请再来!」
「また来ます!……さよなら!」
「……あばよ!」
「いや喋れるんかい!」と、思わず突っ込みながら中国の街を後にした。
________________________________
エジプトに到着すると、まず目に飛び込んできたのは巨大なスフィンクス。
「うわっ!スフィンクスや!」
現地の青年が軽快な口調で声をかけてくる。
「ヘイボーイ!」
「……me?」
「ココ、ハジメテ?」
「あー……Yes!」
「You know traditional dance?」
「アイ・ドントノー」
「Shall we dance?」
「一緒に踊る?……Yes!」
エジプトの砂の上で見様見真似で踊り、文化に少し触れられた気がした。
「センキュー!グッバイ!」
砂漠の風に吹かれながら、次の目的地へ向かう。
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アメリカに着くと、目玉の自由の女神がすぐに目に入った。
「自由の女神、思ったよりちっちゃい……あ、肩車されたらデカかったわ!」
人混みを歩いていると、路地裏でうずくまる人物が目に止まった。
「やっぱりこの国でも困ってる人は山ほどいる……ときやがいたら“困ってる人がいたらまっ先に助けたい”って、絶対言ってたよな……」
ポケットの中から財布を取り出し、彼に手渡す。
「少ないですが、これでご飯食べて元気になってください!」
「Tank you!」と笑顔で走り去る青年。その後ろ姿が眩しかった。
しばらくベンチで休憩していた真柊のもとへ、先ほどの少年とその親らしき人が近づいてきた。
「You very very ヤサシイ!カモン!」
「え、ちょっと待って!」
案内された先は、まさかのテレビ番組『ゴット・タレント』の収録スタジオだった。
審査員席に座った先ほどの人物が叫ぶ。
「ヘイヘイ!You パフォーマンス!」
「え!? 僕!? ……準備もなにもないけど……」
戸惑いながら立ち尽くしていると、容赦ないブザー音。
「ゲット・アウト!」
警備員に連れ出されながら叫ぶ。
「いや、入れたんお前やろー!」
怒号とブーイングが飛び交う中、悔しさだけが胸に残った。
「いてぇ……なんでこんなことになるんや……歌とかダンスとか……できるわけないやん……ん? 待てよ……ダンス……?」
中国で習ったあのリズムが、エジプトで踏んだステップが、頭の中をめぐる。
「あ……ひらめいた!絶対にリベンジしてやるよ!」
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数ヶ月後、真柊は再びゴット・タレントのステージに立った。
入場した瞬間、またも容赦ないバツ音が鳴り響く。
「ウェイト!ウェイト!プリーズ!ルック・マイ・ダンス!」
ステージに現れたのは、中国で教えてくれたダンサー。鮮やかな中国舞踊が披露される。
観客は固唾を飲んで見守り——そして、割れるような拍手。
会場全体が立ち上がり、スタンディングオベーション。
真柊は肩を組んでるんるんで退場した。
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その後も彼は、様々な国を訪れ、文化を感じ、人々と交わりながら、自らの足で世界を巡っていった。
そして——旅を終えた真柊は、満ち足りた顔で、日本の地に戻ってきたのだった。
会社の入り口に真柊が立つと、懐かしい空気に包まれたような気がした。
「おー、ふたりとも、ただいまです!」
長い旅を終えたその言葉に、待っていた圭太が笑顔で応える。
「待ってたぜ、社長!」
拓馬も笑みを浮かべて肩をすくめる。
「細かいことはまた向こうで聞きますよ」
真柊は苦笑しながら、一歩踏み出す。
「そうですね、はは……でも、その前にひとつだけ。やりたいことがあるんです。それが終わってからでもいいですか?」
ふたりは顔を見合わせ、頷いた。
「いくらでもどうぞ」
「俺ら、待っとくからさ」
「……ありがとうございます」
礼を言い終えた瞬間、真柊の意識は自然に過去へと滑り込む。
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高校時代、あの修学旅行の時――
陽生が、ふと思い出したように顔を上げて言った。
「あ、そういえばさ、俺達中学からの付き合いで卒業の日にタイムカプセルとかしたよな」
それは懐かしい記憶だった。誰かがふざけて提案し、意外にも全員が乗っかって、放課後に学校の裏庭に集まった日。
「たしかに、そんなこともしたな〜」
海翔が、ぽつりと頷きながら言葉を継ぐ。彼は普段は軽いノリだが、その記憶には少し真面目な色が混じっていた。
「各々、自分の夢書いて埋めたんだっけ?」
時弥が思い出すように言うと、晃誠が肩をすくめて笑った。
「まー叶うかはまだわからんけどなー」
その声には、半分現実的な、半分照れ隠しのようなニュアンスがある。
「叶えるんやから心配せんでいいんじゃね?」
海翔が軽く前のめりに口を挟むと、真柊が静かに、それでもしっかりとした口調で言った。
「タイムカプセルは、みんなの夢が叶ったときに、全員で集まって開けようぜ!」
その言葉に、一瞬沈黙が訪れ――すぐに全員が声を合わせて答えた。
「そーだなー!」
陽生が笑いながらふざけて言う。
「ちょ、まねすんなってー」
――いや、それよりも。
「なんでハモるんだよ!俺等仲良しかw」
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再び現在へと意識が戻る。
静かな中学の中庭に一人立つ真柊は、風に吹かれながらつぶやいた。
「みんなの夢……俺なりに、だけど、叶えてきたよ。まだまだ先になるけど、再会できる日を楽しみにしてる」
すると、まるで幻のように、彼らの姿が現れた。
「ほんまによーやったよ」と、陽生が力強く言う。
「ホンマに最高のやつや」と海翔。
「お前がいてくれて、ほんまによかった」と時弥。
「一生……俺らの親友やで」と晃誠が静かに微笑んだ。
4人の幻影が真柊の背中をそっと押した。
「ん? 今……なんか押されたような……気のせいか……」
手にしたスコップで、真柊は地面を掘り起こす。
思ったよりもあっさりと、ひとつのタイムカプセルが姿を現した。
蓋を開けると、中に入っていたのは——たった一枚の写真。
制服姿の5人が笑って写っていた。
泥だらけの手、笑いすぎてくしゃくしゃになった顔。
「なんだよ……こいつら……写真だけ残して……泣かせてくれるじゃねぇか」
頬をつたう涙をぬぐいながら、真柊は静かに言った。
「ほんま最高の親友だよ……」
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遠くから圭太の声が響いた。
「社長ー!終わったっすかー?」
続いて、拓馬も呼びかける。
「早く行きましょうよ、生徒みんな待ってます!」
涙を拭きながら、真柊は力強く歩き出した。
「はい……今、行きます!」
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世界を回って得た景色も、人との出会いも、そして過去の思い出も——
全部が真柊の中で一つになり、再び前に進む力となっていた。
そして、夢の続きを教える旅が、今ふたたび始まる。