あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第四話 マリンのおにいさん(3)

 

4、

 

 

 おぶられて屋敷の玄関に着いた。立派な陽さしの下、鉄でできた扉の前に下ろされる。

 

「暑いから、みんなには先に入ってもらったよ」

 

 トントンが涼しげな顔で扉を開けてくれた。ひんやりした空気がリンリンの頬をなでる。

 さっそくキッキと入ろうとして、ハッとした。 

 

「そうだ! 知らない人の家に入っちゃいけないってママが」

「みんなの親にはセインくんのスマホを借りて連絡したよ。

きみのママにも言っておいたから、大丈夫さ」

 

『マリンは知らない人ではないだろう?』とトントンは言う。

 リンリンは納得して屋敷に入った。長い廊下に出迎えられる。

 

「向こうの客間で待ってるよ」

 

 トントンの手をにぎり、ついていった。

 昼間なのに廊下はすこし薄暗い。 自然とリンリンは背の高いトントンに体を寄せた。

 

「家主は結構な年齢の女性でね。しばらく住んでいないらしいが、両親の形見の屋敷を処分できなかったそうだ。

庭だけは手入れして、時々ご友人を呼んでお茶会を開いたりしているんだって」

「そのひと、今はどうしてるの?」

「入院中だ。そう難しくない手術が必要らしくて。数ヶ月だけだが、戻ってこられないから庭が心配だと。

それで、庭の面倒を看るのを条件にココを貸してくれたんだ」

 

 リンリンは説明するトントンの横顔を見上げながら、『フウン』と言った。

 つきあたりの右側の部屋のノブをトントンが引く。

 ブワッと冷気が顔を吹きつけてきた。

 

「あっ、リンリン。よかった」

 

 部屋のソファから飛び降りて、オハナが桃色のほうきの髪を揺らしながらリンリンへ駆け寄ってくる。

 大きな窓が向かい側にあり、白いレースのカーテンが陽ざしを和らげていた。薄緑のソファが部屋に沿いながら飴色のテーブルをぐるりと囲む。

 マリンが窓側。ドアと反対のほうにある、一人がけのソファにセインが座っていた。

 テーブルの上には水の注がれたグラスが四つ用意されている。一つだけ水滴まみれで、敷かれたコースターを濡らしていた。

 中心に輪切りのレモンの入った水差しと、氷の入った鉄製の容器がある。

 

「お菓子も用意していたんだけど、マリンがパンを食べてきたと言うから。お茶も持ってきているとのことで水にしておいたんだ」

 

 部屋の脇の棚にある、お菓子の入った袋をトントンが指さした。

 

「キー?」

 

 三つしかないので、キッキが『自分のぶんは?』とトントンのズボンのすそを引っ張る。

 

「きみのぶんは、リンリンの袋の中に入っているよ。あの水色のリボンが巻いてあるやつ、他より少し大きいだろう?」

「キキー?」

「ドライフルーツだよ」

「キ〜」

 

 キッキが嬉しそうにしっぽを振った。

 

「こっち座る?」

 

 マリンが自分の隣をポンポンと叩く。

 先にトントンがドアから一番近いソファへ腰かけた。キッキもマリンを見て、トントンのソファの肘置きにヒョイと飛びのる。

 

 それを見送ってからリンリンがマリンの横に座り、帽子を取った。そのまた隣にオハナが続く。

 全員がソファに座ったところでトントンが話しはじめた。

 

「改めて。みんな、今日はわが家へようこそ。マリンといつも仲良くしてくれて、ありがとうね。

見てのとおり仮住まいだから何があるという訳ではないが、くつろいでいってもらいたい」

 

 トントンのもてなしのあとでマリンが肩を落とす。

 

「本当に。最初は何もなかったのよ。クーラーすらなかったんだから!

あっつくて『こんなところに住むなんて無理よ!』って怒ったら、やっとつけてもらえたの」

「え〜、借家なのにいいのかあ?」

 

 セインが聞いた。

 トントンが目の前の彼に向かって事情を語る。

 

「入院中の家主さんから承諾は取っているよ。どうせだから、住めるようにしておいてほしいそうだ。いつかはココに越してくるつもりらしい。

部屋が多いから主に使う部屋と最低限の客室にしか取り付けなかったけどね」

「へー。お金持ちだね」

 

 セインが水を飲みながら言った。

 

「取付にかかったお金は家主さん持ちでいいそうだ。ただ、マリンのわがままで申し訳ないから業者に頼まないで自分で工事したんだけども」

「すご〜い」

 

 とオハナがひかえめに拍手する。

 リンリンは隣のマリンへ目配せした。

 

「おにいさん、機械に強いんだね。マリン!」

 

 しかしマリンからは嫌そうな顔をされる。

 

「やめてよ。おにいさんなんかじゃないわ」

 

 一瞬、部屋の空気が固まったが、トントンが明るい調子ですぐに戻してくれた。

 

「私のことは『トントン』と呼び捨てでいい。マリンの言うとおりだからね」

 

 トントンが隣のキッキのあごをなでる。

 キッキはトントンの向こう側で『キー』とくすぐったそうに鳴いた。

 姿は見えにくいが猿の声にマリンがびくつき、リンリンの腕をにぎる。

 トントンはそれを見て、わずかに笑うとリンリンやオハナに目を向けた。

 

「さて、何かやりたいことはあるかい? テレビゲームの類はないけど、トランプやUNOならあるよ。ボードゲームもね」

 

 リンリンはマリンに持たれた手とは反対の手を挙げる。

 

「あっ、ぼく、持ってきた……」

「ん? 何を?」

 

 ずっと背負っていたイルカリュックをようやく下ろして、中から材料を取り出す。

 

 あの日、作れなかったブレスレットの材料だ。おばあちゃんからもらった銀の星のチャームにカラフルなビーズ。オハナと拾った貝がらはちゃんと洗い、ファスナーつきのビニール袋に詰めている。

 ビーズを通すヒモも何色か用意してあった。

 

「わたし、コレつけないって言った……」

 

 マリンにまた苦い顔をされるが、リンリンが設計図をテーブルにひろげる。

『ともだちブレスレット・改』と書いてある。

 

「今度はねー色をそろえてキッズ感を減らしたんだよー」

 

 リンリンが説明すると、トントンが覗き見てきた。

 

「なかなか上手いじゃないか。この歳の子にしては具体的だよ、マリン」

「ええ〜……そうかなあ」

「オハナ、前のも良かったけどコッチも好きだな」

 

 オハナがテーブルにかじりつくようにして設計図を見ている。

 セインは肘置きに肘をついて遠くから見守っていた。

 

「リンリンが作りたい、って言うならオレはやるぜ」

 

 キッキもトントンの膝に頭を乗せて『キー』と乗り気だ。

 反対しているのはマリンだけ。

 

「ねえ、マリン」

 

 トントンがマリンへ目をやる。

 

「デザインが気にいらないなら、きみがアレンジしたらいいんじゃない? アクセサリー、好きだろう?」

 

 前にリンリンが言ったよりも、マリン本人にやらせる言い方だった。

 マリンに言われてリンリンがデザインを直すのではない。マリンが自分でデザインを加えるのだ。

 言われて、マリンは明らかに口ごもる。

 

「や、やったことないもの……」

「今日やってみたらいいんだよ。だれだって最初は初めてなんだから。それとも……」

 

 鈍色の目を細め、トントンが切り出した。

 

「リトルプリンスに出来ることが、きみには出来ない?」

 

 すこし意地の悪い聞き方だった。

 マリンの顔がみるみる赤くなる。

 

「そんなことないわよ! でも、わたしの仕事ではないから……」

「リンリンの仕事でもないよ。彼は学生だから学業が本分だろう?

これは彼が自分で考えて、『みんなでやりたい』とココまで背負ってきたんだ」

「こんなの遊びじゃない! 本物じゃないわ!」

「当たり前だよ。子どもだもの」

 

 トントンは淡々と返事を終えると、リンリンへ向き直った。

 その手で設計図を大事そうに触る。

 

「リンリンはいつもこんなふうに工作しているのかな」

「そうだよ。ぼく、図工だいすき!」

「ふうん。将来は芸術家か発明家だね」

 

 トントンの言葉にリンリンが首を横に振った。

 

「ぼくはねえ、将来、コーヒー屋さんになるの。

去年、オハナちゃんとセイちゃんとで夏の自由工作にコーヒーサイフォンを作ったんだよ。ダンボールとセロファンで、ぐるぐるのクダをつくって、カッコいい見た目にしたんだぁ。

ぼく、カッコいいサイフォンでみんなにおいしいコーヒーを淹れるのが夢だよ」

「なるほど。立派だねえ……」

 

 大げさに目を丸くするトントンをマリンが苦々しくにらむ。

 リンリンにも彼女が怒りのあまり震えているのがわかった。トントンが話しかけてくるので答えざるを得ない。

 片腕を手で押さえ、マリンが体の震えを止める。

 

「いいわよ。そこまで言うなら、わたしがもっと良いものを考えるわ!

紙とペンをちょうだい!」

 

 怖い顔をしていた。リンリンはほんの少し腰を浮かせ、マリンから離れる。オハナも腕にしがみついてきた。

 だがトントンだけはクスリと笑って、

 

「はいはい」

 

 と立ち上がる。

 菓子が置いてある棚の引き出しからメモ帳とペンを持ってくる。

 

 マリンへ渡すと、彼女はテーブルへ突っ伏するようにして猛烈に図を描きはじめた。先ほどまでの口ぶりが嘘のようにペンを走らせている。

 

 トントンはそれを見守りつつ、ついでに別の棚から銀の皿も取り出して、席に戻ってくると水を注いだ。

 

「キッキのぶん」

 

 テーブルに置いたとたんにキッキが顔を近づけて、器用にチュッチュッと吸う。

 その音の他には、マリンのペンの音だけが部屋の中で聞こえていた。

 カリカリカリ、と引っかくようにしたと思えば、シャーッとまっすぐに線を引いたり、かなり具体的なイメージがあったのか迷いがない。

 

 横で見ていたリンリンは、マリンの新しい一面に素直に感心していた。

 オハナやセインもじっと見守る。

 

 しばらく静かだったが、マリンが顔をあげた瞬間に、

 

「できた」

 

 とぶっきらぼうに紙をトントンへ突きつけた。

 受け取りながらもトントンが苦笑いをする。

 

「そこはまず、リンリンだと思うんだが……まあいい。フーン……」

 

 口とは裏腹にトントンは真剣な目でマリンのデザイン画を見ていた。隣でキッキも口に手をあてながら覗きこむ。

 猿のせいなのか、はたまた別の理由か、マリンがミニスカートのすそをぎゅっと握った。

 

 トントンはデザイン画を見終えると、

 

「いいじゃないか。

もっとも、私はアクセサリーにはうといので具体的な良さはわからないけれど。シャープな感じでいいと思うよ」

 

 とマリンを褒めてからリンリンへ渡した。

 リンリンとオハナ、横からセインがデザイン画をじっと見つめる。

 

 リンリンは色ちがいの貝がらを交互に通すようにデザインしていたが、マリンのデザインでは一つ、二つだけ通して、その周りに小ぶりなビーズを並べるようになっている。

 そして、ブレスレットの真ん中におばあちゃんの銀の星のチャームを置き、とりわけ目立つようにしてあった。

 

「売りものみたいだね!」

 

 とオハナがはしゃぐ。

 セインも『おお……』と声をあげた。

 

 リンリンは、『すごい』とまずは思った。自分もおばあちゃんと一緒に考えたが、貝がらを使うならたくさん使おうと考えた。

 でもマリンはそれぞれのパーツを目立たせるように配置を工夫している。ペンなので色はわからないが、濃淡であるていど想像できた。

 

 図工を得意としているリンリンなので、次はすこし『悔しい』気持ちも湧いてくる。

 だけど、マリンのデザインを今度は参考にしてみようと思いなおし、すぐ笑顔になった。

 

「すごいね、マリン! ぼく、マリンの良いところ、また見つけたよ!」

 

 その言葉に嘘はなく、リンリンの中で芽生えた気持ちはすべて本物だ。

 頬が朱いマリンは唇を尖らせる。

 

「別に、大したものじゃないわよ……殴り書きに近いし……」

 

 照れているのは火を見るよりも明らかだった。

 トントンがみんなに尋ねる。

 

「マリンのデザインで作ってもいいかな?」

 

 だれも反対しなかった。

 リンリンがマリンへ色について相談を持ちかける。

 

「みんな同じ色がいいかな?」

 

 マリンはすこし考えるようにして、

 

「好きな色と、それに近い色や差し色のビーズを合わせたほうがいいと思うわ。身につけるものだし……自分の好きな色のほうが気分がアガるでしょ」

 

 と言った。

 

 そこで最初に、みんなは好きな色のビーズを選ぶことにした。

 

 リンリンは薄荷色に、深緑を合わせた。マリンが差し色として黄色と赤を一粒二粒選んでくれる。

 

「ありがとう、マリン!」

 

 リンリンがお礼を言う横で、オハナも自分の桃色に合う色を選んでほしそうだ。

 マリンはオハナには桃色に黄色、差し色として空色のビーズを薦める。

 

 オハナが満足そうに笑っていたら、

 

「あ〜、オレ、こういうセンスないからおまえに任せよっかな〜」

 

 とセインが言った。

 しかし、マリンが鋭く、

 

「なに言ってんの。全部黒にするわよ」

 

 と脅したのでしぶしぶ藍色を選ぶ。

 それにマリンは水色と黄色、赤を合わせた。

 次々とみんなのブレスレットに使うビーズを選ぶマリンへ、リンリンは、

 

「キッキにも選んであげてよ! キッキは黄色が好きだよ!」

 

 とねだる。

 マリンは露骨に口をひん曲げたが、言われたとおり黄色をメインにし、薄緑と赤を選んだ。

 

「ちょっと違うけど、ぼくたちの色、似てるね! キッキ!」

「キー」

 

 キッキが親指をたてる。

 それからマリンは自分のブレスレットのビーズを選んだ。

 白と、無色透明と、ベビーピンク。

 

 みんな選び終えたと見ると、トントンが貝がらの入ったビニール袋を指さした。

 

「私がブレスレットに使う貝がらに穴を開けてあげよう」

 

 工具を取りに腰をあげる彼をセインが呼びとめた。

 

「オレもやるよ、トントンさん。これでも器用なほうだから……」

 

 ソファから立って、トントンへついていく。

 

 二人が戻ってからみんなが好きな貝がらを選んだ。トントンとセインが器用にルーターで穴を開けたが、何よりみんなの度肝を抜いたのはキッキ。

 キッキはセインのルーターをふんだくると、自分の貝がらに穴を通したのだ。

 これには、リンリンをはじめ、その場にいた全員が目をむいていた。

 

 そんな事件も起きつつ、すべてのパーツをヒモに通せば各々のブレスレットが出来上がる。

 

 四人が腕を伸ばし、円陣をつくって互いのブレスレットを見せ合った。

 

 リンリンの手には薄荷色のブレスレット。

 オハナには、桃色のブレスレット。

 セインは藍色のブレスレット。

 そして、マリンは白のブレスレット。

 

 色は違えど、中心には同じ銀色の星が輝いていた。

 

「この子も入れてくれないかな」

 

 トントンがキッキを抱えてやってくる。

 キッキの首には黄色のビーズと貝がらのネックレスがかけられ、ココでも銀色の星のチャームが光っている。

 

 苦手な猿を近づけられ、マリンがバッと手を自分に引き寄せた。ひたいに脂汗を浮かべ、顔は青ざめている。

 

 だがキッキはトントンの腕の中で『キィ』と鳴いているだけだ。

 垂れたしっぽがゆらゆらしている。

 

「無理よ。猿だけはダメだわ……」

 

 マリンが後ずさりしようと、キッキを抱きあげたトントンから逃げられない。

 

「大丈夫。私がしっかり抱いているから」

「ううっ……」

 

 マリンは迫る猿に怯えるばかり。

 周りのみんなから見てもマリンが猿を克服するのは無理だと思われた。

 

 しかし……。

 

「キー」

 

 キッキがネックレスを細長い手で触りながらペコペコ頭を下げる。

 どうやらお礼を言っているらしい。

 

「キーキキー」

 

 キッキがしきりにネックレスを触っているので、マリンの顔も赤みが戻ってきた。

 もしかしたら、とリンリンは目を見張る。

 マリンはネックレスに夢中なキッキをキッ! とにらみつけると、

 

 おそるおそる腕を伸ばした。白い指先に、チョンとキッキの毛が触れる。

 

 それがマリンの限界だったのか、やはりすぐに手を引っ込めた。腕につけたブレスレットでチャームが左右に揺れる。

 

「ご感想は?」

 

 トントンが尋ねると、マリンは肩で息をしながら、

 

「……ふわふわだった」

 

 と乾いた声で言った。

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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