あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第五話 完璧なパパがほしい(1)

 

1、

 

 夏休みがはじまった。

 午前中のさわやかな陽ざしの中でも草地は蒸し暑い。

 リンリンは家の近くの林で昆虫採集をしている。オハナも一緒だ。

 

 二人ともお揃いの麦わら帽に、長ズボンのオーバーオール。セーラー襟のついた半そでのブラウスを着ている。

 リンリンの手には虫あみ。

 オハナの手には、虫かご。

 肩からは虫除けをさげ、むきだしの腕には日焼け止めもしっかり塗りたくられていた。

 

 完璧な虫捕りスタイルだが、二人よりもさらに張り切っている人物が上にいる。

 木に登って、得意そうにしているのは――。

 

「おーい、リンリン! のぼってきなよ、パパがぜんぶ捕っちゃうぞ!」

 

 パパが木の枝にまたがって、下へ向かって叫ぶ。

 白いふわふわの髪が風になびき、半透明の黄色いサンバイザーが太陽を浴びてきらきらしていた。

 首に緑のスカーフを巻いており、リンリンたちと同じくオーバーオールスタイル。片方だけ金具を留めずに前へ垂らしている。

『オシャレだよ』とパパは言った。

 

「キキッキ、キィ~」

 

 パパの隣でキッキがしっぽを振る。

 リンリンは木の下から声をはりあげた。

 

「パパァ、むりだよお! ぼく、木のぼりできないもん!」

 

 プクッと頬を膨らませるリンリン。

 パパは恐るべき視力で見て、

 

「ムリじゃない! パパが引っ張ってやるから、ちょっと待ってな」

 

 と木の枝から下りる体勢になった。

 

 ママに言わせると『昔からヤンチャしていた』パパは高い木でもスルスル登っていく。

 下りるのだってお手のものだ。

 

 オハナと見上げながら、リンリンは数日前のことを思い出していた。

 

 マリンの屋敷から帰った日の夜、ママへトントンについて聞いてみた。

 

『ママァ。トントンって、何歳なの?』

 

 するとママは首をひねって、

  

『そうねえ、いくつかしら。聞いたことなかったわ』

 

 と答えた。

 夕食後に家族でテーブルを囲んで、お茶を飲んでいたときだ。

 

 ママは笑って、こうも言った。

 

『でも、いい人だわ。リンリンもそう思ったでしょう? 年齢なんて関係ないわ』

 

 リンリンもそれには首を縦に振った。

 それから、今度トントンをマリンと家に呼ぼうという話になったらパパが焦りだしたのだ。

 

『アイツを? ええ〜、何しにアルトコまで来たんだろホント。

まあいいけど、おれはパス。今度カセイジンとオサゲとでメシ食いにいくって約束したから、そのときにして』

 

 パパはトントンが苦手のようだ。

 ママがあからさまに肩を落としたのをリンリンは覚えている。

 

『じゃあ、そうするわ。ゴハンってお昼かしら? 夜かしら?』

 

 ママからの質問で、パパはハッとした顔になり、

  

『アッ! やっぱり、おれいるよ!

夜に会うのはだめだよ……』

 

 と最初と真反対のことを言う。

 ママはジトッとした目で、

 

『やだ〜。何を考えているのよ、パパったら。

わたしたち、結婚して何年目?』

 

 叱られてパパは落ち込んでいたようだ。

 

『九年目です……』

『お母さん、どう思う?』

 

 ママが隣に座るおばあちゃんへ聞いた。

 おばあちゃんはいつもの笑みで、

 

『そうね。ボンボンは昔からプリンプリンのことになると心配性ですからね』

 

 と言った。

 パパの顔ががパァっと明るくなった。

 

『そうなんですよ、お義母さん! ぼくは彼女を心配しているだけなんです!』

 

 パパが身を乗り出しておばあちゃんへ『ネッ!』と言うのをリンリンは横で見ていた。

 真ん中に座るキッキはあまり興味がなさそうで、お土産のドライフルーツをもぐもぐ食べていたと思う。

 

 ママはおばあちゃんにニコニコするパパを見ながら、

 

『呆れた……』

 

 とこぼしていた。

 

 そういう流れだったので、トントンについて詳しくは聞けなかった。

 

 今日、ママはおばあちゃんと出かけている。

 長い銀の髪を普段と同じようにお団子でひとつにまとめていたが、お花の髪飾りをさしていた。

 おばあちゃんもオシャレして、帰りが遅くなると聞いている。

 

 自分が休みだから、とパパが『母娘で出かけてきなよ』と薦めたのだ。

 

 そのパパはというと、トントンの話をするとムッとした顔になる。

 

 だからリンリンは今日は聞き出すのを諦めた。

 今は、慣れた手つきで木から下りるパパを見守っている。

 

「パパァ。気をつけてよー」

 

 とリンリンが言うと、パパが下を向いて、

 

「だぁいじょうぶだって。パパは昔から木があればのぼってたんだから」

 

 と軽く答える。

 

「よそ見しないでー」

 

 リンリンの心配をよそに、パパがのんきに笑った。

 

「ホント、リンリンは心配症だなぁ。だれに似たんだか……」

 

 完全に油断しているパパの上から、何かが落ちてくる。

 

「キィ~~~」

 

 キッキだ。

 物凄い勢いでパパめがけて落ちてきて、シルエットが重なって消えた。

 

「わッ!?」

 

 とたんにパパがバランスを崩す。

 フラッと木から体が離れたかと思えば――

 

「パパァーーーーーッ!!」

 

 リンリンが叫ぶのと同時にパパが地面に落っこちていた。

 急いで駆け寄ると、パパの胸もとにキッキがすっぽり埋まっている。

 

 オーバーオールの隙間に入り込んだようだ。

 

「パパ、パパ。だいじょうぶ?」

「おじちゃぁん!」

 

 リンリンとオハナが倒れたパパへ覆いかぶさる。

 パパはまぶたをピクピクさせながら、

 

「あ、ちょっとダメかも……」

 

 と弱々しく言った。

 オーバーオールの中のキッキはというと、

 

「キー」

 

 といつもと同じように鳴いていた。

 

2、

 

「はあい、キッキちゃんは健康! ケガなし! よかったわね、リンリンちゃんッ」

 

 黒髪のおかっぱの女性がキッキから聴診器を離し、そう告げた。

 

 ここはアルトコ動物園。

 付属の研究室。診療台のまわりには動物の骨格標本が並んでおり、複雑そうな機械がたくさんある。

 部屋の主は、動物学の権威・ワット博士。

 

 昔のよしみでパパがキッキを診てもらえないかとお願いしたのだ。

 

「ボンボンくんは診なくてもいいの?」

 

 ワットさんがパパを見る。

 くりっとした黒い目に、赤い口紅。大きな丸メガネがトレードマークだ。

 

「おれは人間の病院に行ってきたよッ!」

 

 と、パパがワットさんにふくれっ面で返した。

 鼻の頭にばんそうこう。腕には引っかき傷、ヒジにはガーゼ。

 生キズだらけだが二本足でシャンと立っている。

 

 あのあと、自力で何とか起き上がったパパは黄色いフィアットで病院まで向かった。

 リンリンたちは後部座席でハラハラしながら見守っていたが、さすがタクシー運転手だけあってスムーズな運転だった。

 

 問題は、病院がとても混んでいたこと。

 パパは人がごった返している待合室でひたすら待って、待って、ようやく診てもらって、

 

『あい、異常なし』

 

 と三分くらいで医師から元気だとお墨つきをもらえた。

 

 パパはさんざん待たされてコレだったのでカッカしていた。

 

『キッキの動物病院まで待てないよ、おれ!』

 

 それでコネを使い、ワットさんへ話を取りつけたというワケである。

 

 動物園お抱えの研究所の偉い人だと言うのに、かつて一緒に旅をした仲だからと面倒を看てくれるなんてワットさんは優しい。

 

 診察台で良い子にしているキッキの鼻をくすぐりながら、リンリンはワットさんとパパの会話を聞いている。

 

「それにしても、ボンボンくんは昔から驚異的な頑丈さなのよ。もしかしたら、アナタこそ新人類。ニュータイプかもしれないのよ!」

「よしてくれよ、ワットさん。おれは実験動物になんかなりたかないぜ」

 

 虫めがねでジロジロと観察されるパパが、嫌そうな顔でワットさんの肩を押しやった。

 

 キッキの無事もわかったので、これで安心だ。

 リンリンの横でオハナもキッキの背中をなでている。

  

「よかったね、キッキ」

「キ〜」

 

 オハナのふっくらした頬にキッキが自分の頬を押しつけた。

 

「チュウ、チュウ、タコ、カイナ。それで、ボンボンくん。お代はこれくらいよ」

 

 ワットさんが電卓に表示された数字をパパに見せる。

 

「ええッ、こんな高いの……」

「当たり前よぉ。緊急診察代込で計算されています」

「顔なじみ代で安くなんないの?」

「なりません」

 

 ワットさんにキッパリ言われると、パパが『チェッ』と財布をオーバーオールのポケットから取り出した。

 お札を数えて支払う。

 

「でも助かったよ、ワットさん。キッキは猿だし、おれがクッションになったから大丈夫だろうとは思ったけど何かあっちゃ草葉の陰からモンキーに恨まれるからね。

ありがとう」

「そうね。モンキーもきっと天でキッキちゃんの無事を祈ってくれたに違いないのよ」

 

 モンキーとはキッキのお父さんの猿のことだ。その昔、リンリンのママの子守りをしていたらしい。

 

 ことの始まりは、ママが生まれたときにさかのぼる――。

 

 ママは赤ん坊のころ、海の真ん真ん中を箱のような舟でプカリンコプカリンコと流れていたそうだ。

 そこへ一緒に乗っていたのが、モンキー。

 モンキーはキッキのようにお利口で、赤ん坊のママをせっせとお世話していた。

 ミルクやオシメ、ぐずるのをあやしたりはお手のもの。

 ママがすくすくと育ってからも何かと身の回りの世話を焼いてくれたと言う。

 

 もちろん、パパとママ、先生やオハナの父、そしてワットさんとその夫のマイホームさんが旅していたときも一緒についてきた。

 

 パパは語る――。

 

『モンキーは超能力を持った猿で、旅のあいだじゅう頼もしかったよ。車も船も、飛行船まで操縦できてさ。

オマケにママをしつっこく追ってきた怪人ランカーのことも撃退してくれてた。ヤツは図体はデカいクセして猿が苦手だから、モンキーにはビビり散らかしていたんだ。

まさにママの守り神さ!

リンリンも、天のモンキーにお礼を言ってやってね!』

 

 というワケで、リンリンの家にはモンキーの遺影がある。

 毎朝ママやパパ、おばあちゃんも手を合わせている。

 キッキも同じく手を合わせるので、リンリンも一緒に『ありがとう』と頭を下げていた。

 

 リンリンが赤ん坊のころに虹の橋を渡ったので、ほとんど記憶にないけれど……。

 

 リンリンはキッキがいなくなったら、と考えるとドキリとした。

 急に心細くなり、オハナからすでに離れていたキッキを抱き寄せる。

 

「キッキぃ、よかったね。本当によかった」

 

 しっぽを振ってキッキが抱き返してきた。

 

 そこへ、ワットさんと話し終えたパパが戻ってくる。

 

「よかったな、リンリン。

キッキ……おまえ、またイタズラして! 今回はおれがいたからよかったものの、下手したらケガしてたんだぞ?」

 

『わかってるのか?』と口では叱りながら、パパがキッキの鼻をくすぐる。

 リンリンもよくやるが、元はと言えばパパがキッキをあやす仕草だ。

 

「キィ〜!」

 

 リンリンの腕から飛び上がると、キッキがパパの肩にとまる。

 綿菓子のような白い髪をつまみ、毛づくろいをはじめた。

 

「こーら。ごまかすと立派な猿になれないぞ〜」

 

 クスクスと笑いながらパパがキッキの背中を軽く叩いた。

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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