5、
チャイルドルームの中央に、ゴリラを模した巨大な風船ドームがデデンと置かれている。
水色のファンシーなドームの中で、リンリンとキッキ、それからオハナがたくさんのプラスチックボールに体をうずめていた。
お尻のほうにある入口でセインが背中を丸めて座っている。
「セイちゃあん」
リンリンがボールをかき分けて近づき、セインの背を小突いた。
ゆらりとセインが顔だけを後ろに向ける。
「リンリン……ナンだよ」
「セイちゃんもこっちおいでよ。ボールん中、楽しいよ!」
ボールをひとつ握りしめ、顔の横で持ってくるリンリン。
だがセインは浮かない顔でまた前を向いた。
「やめとく。オレ、そういうので遊ぶ歳でもねぇし」
「そうなの? ナンか、つまんない……」
ボールにうずまったままの足で、リンリンは蹴りあげる真似をする。
今日のセインはいつもと違って遊んでくれない。
まるで成績表を受け取った日の夕方のように。
「セイちゃん。何か哀しいの?」
さびしげな背中に投げかけると、セインが小さくコクンと首を下げた。
「たぶん、ソレがいちばん近いのかな。
いや恥ずかしいのかもしれない……オレ、きっと怒ってはいねえんだ」
「うん。ぼくから見てもそう」
ボールをよけて、オハナとキッキもやってくる。
「リンリン、セイちゃん泣いてるの?」
「キィ〜……」
リンリンは一人と一匹に首をフルフルと振った。
「セイちゃん、考えごとしてるんだって」
「どんなこと……?」
オハナの質問に、セインがようやく体ごと振り返る。
「どうしてオヤジにあーいう態度とっちまうのかなー、ってコト。
オレはさ、オヤジの言ってるコトはわかってるつもり。そりゃ親として言わなきゃなんねえと思う。
ただ……いつも、どこか遠いところから言っているみてーでさ。例えるなら、オレが手を伸ばしても届かないところ?
いつも冷静で余裕ぶってる、みたいなさ。
ソレだから、コッチは声を荒げたり強い言葉を使わねえと伝わらないような気になっちまう」
素直に聞き入れればいいだけなのに。
最後にセインはひとりごとのように呟いた。
リンリンは『ふーん』とわかったような、わからないような気持ちだ。
「セイちゃんはもっと怒られたいの?」
「どんなマゾだよぉ……。
あ、こんなんリンリンに言ったらおじさんから叱られるか。ダメダメ」
手をひらひらさせたあと、セインが思い出したように顔をあげた。
「あー……そうだな、おじさん。リンリンのパパ。
怒られたいワケじゃねえけど、アレぐらいわかりやすいほうが距離は感じないかもしれないな。面と向かって言ってくれそう」
リンリンはすこし低い声で聞き返す。
「……ぼくのパパ?」
「竹を割ったような性格だろ。あ、これは裏表がないって意味さ。
羨ましいよ。いつも『大好きだよ〜!』とか言って抱きしめてくれてるじゃん」
「……でも、パパ、ちょっと雑なんだよね……」
「はい?」
リンリンが唐突にパパのことを言うと、セインだけでなくオハナまでハトが豆でっぽうを食らったような顔になる。
変わりがないのは一緒に暮らすキッキだけ。
「セイちゃん、去年ぼくらで作ったコーヒーサイフォン覚えてる?」
「アレ? そりゃモチロン」
「オハナも覚えてるよ」
「キキッキー」
みんなに確認してから、リンリンはびっくり箱を開けるかのように打ち明けた。
「パパさ……アレ、壊しちゃったの」
「えっ⁉︎ ナンでだよ⁉︎」
「ぼくがキッキとぬいぐるみでコーヒー屋さんごっこしてたらね。
パパがやってきて、
『リンリーン、何してるのー?』
って聞いてきたんだ。
『コーヒー屋さんごっこ』
って答えたら、
『パパもやる!』
って。最初は、よかったんだあ。パパもサイさんとかライオンくんで注文とかしてくれてて。なんだけど」
思い出してリンリンの目がわずかに潤む。
「いきなり、
『ワーッ、ライオンくんが暴れだしちゃった! 警察を呼ばないと!』
ってぬいぐるみを振り回しはじめて……。
『パパァ、なに言ってるの? ライオンくんはそんなことしないよ』
って言うのに『アクノソシキガー、カイゾウガー』ってやめなくてね〜。
それで最後にそばにあったサイフォンをひっくり返しちゃったの。
そしたらセロファンがビリーッ! て破けちゃって。段ボールも曲がってるし……」
「え〜! オハナ、ガンバって貼ったのに」
「パパもわざとやったワケじゃないんだよ、オハナちゃん。
そのあと、ゴメンって何度も言ってくれたもん。
でもねえ、ぼく、ソレを見たときは泣いちゃった……。
『ナンで、どうして、こんなことするの〜⁉︎』
って。ママが来てすぐにパパを叱ってくれたんだけどね。おばあちゃんも抱っこしてくれたんだけどね。
ナンでか涙がとまらなかったの……」
リンリンが明かした悲劇に、セインとオハナが同時にため息をついた。
『羨ましい』と言っていたセインは腕を組み、
「おじさんにも、そういうトコあるんだな」
「あっ、オハナのお父ちゃんにもあるかも……」
オハナが口を押さえる。
「オハナまでナンかあんのかよ」
「ウン。お父ちゃん、オハナとおんなじで食いしん坊でしょ?
夜ね、オハナね、お母ちゃんが買ってくれたケーキすごく楽しみにしていたのに。お風呂から出たら、お父ちゃん食べちゃってたの……。
ワケを聞いたら『腹へったから……。知らなかったんだよ、ゴメンね……』って。わざとじゃなくても、オハナもリンリンと同じで哀しかったよ……」
リンリンはオハナへ頭を縦に振った。
セインに至っては自分より幼い二人の告白に心の底から同情してくれているようだった。
「どこの父親も、やらかしてンな……」
「ウン。だから羨ましがらなくていいよ」
リンリンがセインの肩をポンと叩く。
小さな手の感触に戸惑ったのか、セインが苦い顔で、
「ま、まあ、おじさんたちもわざとじゃないから。リンリンたちも許したんだよな?」
と聞いてきた。
リンリンはその後の話をはじめる。
「ぼくはおばあちゃんのお膝で、そのまま寝ちゃったの。起きたら夕方だったかな……。目がヒリヒリしてた。
それで、リビングに行ったらね。パパがセロテープでサイフォンの破れたところをくっつけてたんだよ」
哀しい思い出から、気持ちがすこしずつ上向いていく。
「折れていた段ボールも無理やりだけど元の形に直ってた。
パパ、ぼくが寝ている間にママに聞きながら直したんだって」
リンリンはそのときのパパの背中を覚えている。
起きてきた自分に気づかず、サイフォンをどうにか立たせようと必死だった。
すぐそばにはママがいて、ああでもないこうでもないと言っていた。
パパは、ママから『わたしがやる?』と聞かれてもいたけれど。
『壊したのはおれだから、おれがやるよ』
と頑張っていた。
それを聞いて、リンリンはパパの背中にぎゅーっと抱きついたのだ。
「だから、今もサイフォンで遊んでるよ!」
話し終えたリンリンは笑顔だった。
壊れたときは哀しかったが、今となってはサイフォンに新しい思い出ができて、もっと大切な宝ものになった。
オハナも続く。
「オハナのお父ちゃんもね、次の日、パンでホイップと干したいちごをはさんだやつを出してくれたの。
『ゴメンね』って。
だから、オハナももう怒ってないよ」
オハナもふっくらした頬を持ちあげて笑っている。
二人の話を聞き、セインも何かを思い出したようだ。
「そういや、きょうの動物園もオヤジから言い出したな。
『カピバラ好きでしたよね?』って。
いや、ソレ、何年前の話だよ? ってそのときは思ったけど……そんな前の話でも覚えていたんだな……」
セインがそう言っているあいだに、ゴリラドームの外から声がした。
「リンリーン、キッキぃー」
「セイーン」
「オハナちゃぁーん!」
パパと、先生――セインの父親と、ワットさんだ。
ゴリラドームのお尻からひょっこり顔を覗かせると、大人が手を振っている。
「あっ、リンリン。こっちだよ!」
パパが呼ぶので、みんなで出た。
キッキがボールを一個持ってきてパパに『めっ!』と叱られる。
「返してきなさい!」
しぶしぶドームへ戻るキッキ。
そのやりとりの横でセインが父親と向き合っていた。
二人の間にカピバラのオリの前でのピリピリした空気はもうない。
先に切り出したのはセインだ。
「オヤジ、ごめん……」
素直に謝り、頭を垂れる。
「オレ、オヤジは正しいことを言っているのに変に意地はっちまって。いつもオヤジは正しいのに……」
そんなセインに父は首を横に振った。
「セイン、いつでも正しいヒトなんていませんよ。ましてやワタシは、自分でも正しいなんて思っていません」
父――カセイジンはセインと目線を合わせようと屈む。
ふたりのよく似たまなざしがかち合った。
「交通ルールに則って考えれば『危ないところでスケボーはやめましょう』は正しいかもしれません。
でも、アナタを悲しませるような言い方がよかったとは思えません」
目を離さず、ゆっくりと語りかける。
セインも大きめな耳で聞き逃さないように押し黙っていた。
リンリンも祈る気持ちで見守る。おそらく、隣のパパも。
カセイジンは言葉を選びつつも、ふだんとは別の方法で言葉を探しているように見えた。
「……そうですね。『いつでも正しいヒトはいない』、当たり前の話です。
でも最初から認めてしまうと、それは甘えじゃないかと思ってしまったんです。
すこしでも良い言い回しはないかと……だれも傷つけないような……」
リンリンもカセイジン先生が優しいのは知っている。
先生はいつもクラスのみんなへ届くように呼びかけているのだから。
ただ、相手が自分の息子になると――。
「それがまず間違いでした。アナタに、ワタシの思いを正直に伝えればよかったんですね。
セイン、スケボーは安全なところでやりましょう。何故なら……アナタが傷ついたらワタシは冷静ではいられません。
お母さんだってそうですよ。
安全な場所は、家のガレージでも改造してナンとか準備しますから」
それから、カセイジンはハッキリと言い切った。
「禁止にはしません。……アナタの好きなことを、辞めさせたくありませんからね!
帰ってからさっそく準備です。
夏休みのあいだ、たくさん遊べるようにします!」
不器用な笑みを浮かべて力強く語る父に、セインもつられて微笑んだ。
「オヤジ……ありがとう。
改造、オレもやるぜ! 練習したい技に不可欠な坂があるんだ」
親指をグッと立てる。
心なしか親ゆずりの切れ長の目に涙が浮かんでいたが、だれも気づかないフリをした。
リンリンはパパにしゃがむようにせがむ。
「ね、パパァ。セイちゃん、お父さんと仲直りできてよかったね」
耳もとでナイショ話のようにささやくから、パパはくすぐったいのか身をゆすった。
ただ、パパが笑っているのはそれだけが理由ではなさそうだ。
「リンリン。前も言ったけど、ふたりは最初からケンカなんかしてないんだよ。
お互いにどうすればいいかわからなかっただけさ」
いつのまにか戻ってきたキッキがパパの背中に飛び乗る。
「キキキャー!」
『一件落着だね!』とばかりに頭の上で手を叩いた。
ちなみに、オハナはというとワットさんと女性どうしで話をしているようだったが……。
「ワットさぁ〜〜〜〜ん」
割り込む声は、リンリンも知っているおじさんだった。
赤い癖毛におひげ。夏なので白っぽい帽子に探検家らしい格好。
ワットさんの旦那さんで、数々の難事件を解決してきたとされるシャーレッケ・マイホームさんだ。
またどこかで僻地の謎を解いてきたのか、お土産話が期待できそうないでたちだった。
ワットさんは夫に気づくと、文字どおりすっ飛んでいく。
「アァ〜〜〜〜ッ、いとしの、マイ・ホームッ! さびしかったわあぁ〜〜〜〜〜!」
「小生もだよ〜〜〜〜。
今度の謎もバッチリ! 解決してきたわいな。愛するワットさんのためッ、巻き巻きでッ!」
とつぜん目の前で繰り広げられる熱い抱擁……をリンリンたちが見ることはなかった。
「あれ? パパァ、停電だよ!」
「オハナも見えないよ、おじちゃん!」
「オヤジーッ、非常灯とかないのかココーッ」
「キキッキャァ〜ン?」
『この先は見せられない』と父ふたりは黙ってお子さまたちの目を大きな手で覆った。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん