1、
男は再び因縁の町へやってきた。
十六年前と変わらぬ、ひなびた町。潮風がリムジンに吹きつける。
「相変わらずつまらん町よ」
男は白ひげをなでて呟いた。
車内は広いはずだが男の巨躯が手狭に感じさせる。
老人ながら鋭い目つき。骨ばった手には幾重にも指輪が連なる。
身を覆うマントの内側で、各国から贈られた勲章が金属音を鳴らした。
隣に座る女が薄い口を開く。
「でしたら、こんなところまであの娘を追わずともよろしいのに。さっさと都会へ戻りたいですわ」
細面の女は切れ長の目ににじむ不満を隠そうとしない。
やれやれ、と男が大義そうに肩をすくめた。
「あの娘は私のものだ。私の果てなき夢、麗しき蝶!
ソレをさらうなど、けしからん!」
「若いオトコになびいた女にたいそうご執心だこと」
女が長い紫の髪をかきあげ、高い位置でまとめる。
紅を塗った唇が皮肉な笑みを浮かべていた。
老人は余裕ぶった女の態度に気色ばむ。
「騙されているのだ! でなければ、あの娘が恩人の私を裏切るなどありえん!」
垂れたまぶたの下の眼光が、車内に飾られた写真を見据える。
そこには銀色の髪を両隣で輪のようにまとめ、ツインテールのように流した少女がいた。
長いまつ毛に縁取られた海色の瞳が美しい。容姿も整っており、淡い桃色のドレスが白い肌によく映える。
愛らしい姿に手を擦り合わせ、男はため息をついた。
「ああ、プリンセス・マリンよ! おまえは今どこにいるのやら……」
「ゼロゼロセブン・ヘンナキブンが申しておりましたでしょ。この町ですよ」
「ええい、さっきから雰囲気を壊すんじゃない! 私は真剣にあの娘を心配しておるのだぞ!」
男からの抗議に、紫髪の女は『ハイハイ』と答えて座席へもたれかける。
車内に沈黙が戻ると、男は再び写真の少女を見つめた。
「プリンセス・マリン……私の宝!
必ず見つけだし、連れ戻してみせる!」
2、
「マリン、今朝は出かけてくるよ」
朝の陽ざしが食卓に差し込んでいた。
マリンの前には、ハムエッグとミニサラダ。バターを塗ったトースト。キウイフルーツのヨーグルト添えに、アイスティー。
向かって右に座るトントンは先に済ませたのか、はたまた外出先で摂るつもりなのか。席に皿もカップも置かれていない。
「どこへ?」
咀嚼しながらマリンは聞いた。
トントンが手を組んだまま言葉をにごす。
「きみに縁があるかもしれない人のところへだ。いきなり会わせて、もし違ったら気まずいからね。
まずは私が挨拶に行こうと思う」
「わたしに、縁……?」
その単語はマリンの人生において関わりのないものだと思っていた。
しかしトントンはいつになく真剣な顔をしている。
「わたしも、その人たちにいずれは会わなきゃダメ?」
口をついて出たのは弱音。
両親を亡くす前から親族の類には会わずに育ってきた。
まさか、今になって見つかるなんて。
まだ決まっていないだろうが、本当なら。
上手く話せるだろうか――。
マリンの少女らしい不安にトントンは声を和らげ、
「大丈夫だよ、優しい人たちだから。
きっときみも気に入るさ」
と優しく肩をさすった。
トントンの手はいつも少し冷たいが、マリンを落ち着かせる。
「そうだといいのだけど。いつごろ戻るの?」
「お昼には帰ってくるよ。きみの昼食を用意しなくては。何がいい?」
「フルーツサラダがいいわ」
「もっと食べなさい」
ぴしゃりと言いつけられる。
マリンはバツの悪そうな顔をして、
「ちょっとだけチキン……揚げたものはイヤよ。太るから」
「またか。別にきみ、太ってなんかいないじゃないか」
「節制してるのよ!」
マリンの主張をトントンは『そうか』と涼しい顔で受けた。
朝食を終えて、トントンを玄関まで見送る。
「外出してもいいけど……おかしな人に尾けられていると感じたら、すぐに私へ連絡を。アルトコ市内にはいるからね」
身なりを整えながらトントンが告げてくる。
マリンは『わかった、わかった』と繰り返した。
最後にトントンはマリンの顔を覗き込んで、
「いってきます」
と告げる。
鈍色の瞳はいつも穏やかな光を宿し、変わらない。
マリンは後ろで手を組んで、
「……いってらっしゃい」
と言った。
トントンが扉の向こうに去ってからしばらくして、車のエンジンの音が聞こえた。
ひとり残されたマリンは伸びをして、まずは任されている家事を終わらせようと思った。
朝食の食器類の片付けと庭の花への水やりだ。
食器はトントンが備えつけてくれた食洗機に入れておけばいいので、面倒なのは水やりだけ。
夏の間は暑くなる前に水を撒かないといけないよ、とトントンが言っていた。
おかげでアルトコ市に来てからと言うもの、早起きする羽目になった。
ダマスクセにいたころはどんなに遅く起きても怒られなかったのに。
マリンはジャケットを羽織って外に出ると、ホースで花々に水を撒きはじめた。
朝の陽ざしの中、小さな虹ができる。
ふと、腕につけたブレスレットに目が留まった。
すこし前にリンリンたちと作ったお揃いのものだ。
ビーズがきらきらと輝いてきれいだった。
マリンは思い出し笑いを浮かべ、自分にやっと友だちができたのだと実感する。
ひとりで部屋にいたころに空想していたよりもずっと幼い友だち。
リンリン、オハナ、セイン。……やはり猿は怖いが、近づいてこないあたり利口なキッキ。
屋敷に呼んでから毎日のように会っても飽きない。一日、一日がちょっとずつ違って新鮮だ。
リンリンの言う、アルトコブルーの海のように。
マリンはリンリンのちっちゃな八重歯が見える笑顔を思い浮かべた。大きなとび色の目が糸にようになり、クシャッとした人懐こい笑い方を。
友だちの中でも、リンリンはどことなく近い存在のように感じる。
最初に声をかけてくれたから、というのもあるかもしれないけれど……。
こんな日々が来るなんてダマスクセにいたころは信じられなかった。
マリンはうっすらできた虹を見つめながら、過去を思い出していた。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん