あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第六話 心のノック(2)

 

 何歳だったかはもう忘れたが、マリンがリンリンよりも幼かったころに両親が事故で亡くなった。

 身寄りもないので孤児院に身を寄せることになった。

 

 孤児院の職員は優しかったし、まわりの子もいじわるをしてくるなんてことはなかった。

 ただ、マリンは突然家族を失った哀しみで心を閉ざしていた。彼らの顔はよく覚えていない。

 

 それに、時を待たずして、お金持ちの老人が自分を引き取りたいと申し出てきたのだ。

 

 孤児院の職員に連れられて、その人と会ったとき『すごく大きい大人だ。おじいちゃんだし』と怖くなったのを覚えている。

 

 だが、老人は猫なで声で、

 

『マリンちゃん、私の娘にならないか?』

 

 と尋ねてきた。

 大きな体を折り曲げて幼いマリンに話しかけるさまは、豪奢な衣服とはチグハグでいかにも怪しかった。

 それでも初めて会ったときからお菓子やおもちゃなどを彼はプレゼントしてくれた。

 

 果物のジュレの入ったチョコレートや、カラフルなジェリービーンズ。かわいいお洋服を着たお人形。

 

『私の屋敷に来たら、ナンでも買ってやろう。お前はとびきりかわゆいからな』

 

 大きな手で頭を撫でられると、最初の警戒心は徐々に薄れていった。

 それで、二、三回、顔を合わせたのちに彼のところに行くと孤児院に伝えた。

 

 老人の屋敷は孤児院が三つぐらい入りそうなほど大きかった。元のマリン家など、彼の家と比べれば犬小屋ぐらいかもしれない。

 

 マリンに用意された部屋もひろくて、内装は淡い桃色で統一されていて可愛らしかった。

 白を基調としたロマンティックな家具。レースのついたじゅうたん。天蓋のついた大きなベッドには、ふかふかの毛布と枕。

 

『これはすべてお前のものだよ』

 

 と老人は言った。

 備えつけの棚はすぐ、彼がくれるプレゼントでいっぱいになった。

 

 マリンは夢のような部屋の中で、ほとんどの時間を過ごすようになった。

 学校に行かなくても、オンラインで家庭教師がついた。気に入らなかったら、老人に言えばすぐに辞めさせられた。

 

 老人はマリンに言った――。

 

『外は危険がたくさんある。車や自転車、当たり屋。ロクなモンじゃない。

かわゆいお前をさらおうとする悪人もいるだろう。

それに、ナンと言っても……悪質なのは尻の赤い小動物だ! やつら人間様の食べ物は取って食うわ、ものは盗むわで悪事ばかり働く! 不幸をもたらす悪魔のつかいだ!

だからこそ、大事なお前を安全なこの部屋に留めているのだよ。

わかっておくれ』

 

 幼いころは純粋に信じていた。

 外は危ないんだ、だから老人は自分を守っているのだと。

 感謝さえ覚えていたのに。

 

 やがてマリンは成長し、幼子から少女へと変わった。

 

 痩せていた体躯は女性らしさを帯びはじめ、顔つきもあどけないばかりではなく思春期特有の繊細さが加わるようになった。

 

 銀の髪は腰をすぎるほどになり、結えば天然の装飾品のごとききらめき。

 

 瞳は海のさざ波を思わせるように揺れ、人々が関心を寄せずにはいられない。

 

 老人はそんな彼女を着飾らせ、社交パーティーに連れていくようになった。

 

 初めてのパーティーは億劫だった。老人の養女として大勢から挨拶されたが、こちらの顔色を窺うばかり。

 

 その中で、ネチアのお金持ちの令息である少年がマリンを見るや否や、

 

『お父さん、ぼく、あの娘と結婚したいよ!』

 

 とねだった。

 言われてその子の父親がマリンを見たが、目を皿のようにして、

 

『ええップリンセス!? そんな、私だって結婚したいよ!』

 

 などと言ったので、すぐそばにいた奥さんを怒らせてあわや離婚の危機を迎えていた。

 マリンは肩身の狭い思いをしたものだ。

 

 もしかして、自分はそれほどまでに美しいのか?

 疑問から確信に変わったのは、デルーデルへ連れていかれたときだ。

 

 ナンでも過去に建てた工場を撤去してほしいと要望があったらしい。

 なぜ老人がマリンを連れていくのか謎だったが、聞けば、

 

『かわゆいお前と離れたくない! 目を離したスキに連れ去られてしまうやもしれん!』

 

 と言っていた。

 マリンが成長するたび、彼の束縛も強まっていた。

 

 さて、デルーデルは花が咲き乱れて美しい国であった。

 一時は花の出荷量が減って経済が衰退していたらしいが、現在の大統領と首都の市長が力を合わせて花畑を復活させたという。

 

 マリンもここには来てよかった、と振り返って思う。

 

 そんな国をまとめているのは派手な格好をした騒がしい大統領。市長はこじんまりとしたおじいさんだった。

 

 おじいさんのほうは、マリンの養父である老人を嫌っているように見えた。

 

 話し合いの内容は興味なかったが、大体はこうだ。

 

『過去に建てた武器工場が景観を損ねているので撤去してもらいたい。稼動はしていないものの、あなた方の名義なので勝手に撤去することもできない。

今後も武器製造に協力する予定はありません』

 

 というのがデルーデル側の主張。

 老人側も『せっかく工場があるんだから使ったらいいじゃないか』と薦めたものの、『この国は花の出荷と観光で成り立っているので大丈夫』と押し切られた。

 

 マリンも何故かツタに覆われた古びた工場を見て、とてつもなく邪魔だと感じた。

 

 今までも使っていない設備なので、特に損害もないだろうと双方が撤去に合意して話し合いは終わった。

 

 その日の夜の歓迎会で、マリンが自分について確信を得る出来事が起きた。

 

 老人はマリンを大統領と市長に紹介した。

 その日もマリンはドレスを着せられ、豪奢なアクセサリーを身につけていた。

 

『プリンセス・マリン、私の大事な娘だ』

 

 と老人が言ったとたんに、大統領が、

 

『エーッ、キミは!? あの日の青春よ再びィ!?

あ、フィーバーフィーバー!』

 

 と踊り出してしまった。

 パーティー会場はディスコナンバーが流れ出し、突然ダンスホールに変わった。

 隣の市長のおじいさんはというと、

 

『ああッ、そんなに動き回ると……ハックシュン! ハックシュン!』

 

 とホコリでも吸ったのかくしゃみばかりしていた。

 

 ばっちいから帰りたいわ、と老人に言ってマリンは即座に会場を後にした。

 

 しかしながら、この『会場ダンスホール化事件』はマリンに自身の美貌を確信させる決定的な出来事となった。

 

 ただ、マリンが実感するほどに老人の監視も度を越していった。

 社交界で会った女の子と通信でやりとりをしていたら、

 

『異性のアイドルの話を振るような不良娘とは縁を切れ』

 

 だの、

 

『恋の与太話をするなど、おぞましい! 不純異性交遊を許す親も親だ!』

 

 だの。

 そんなだからマリンに言いよる男の子が現れたときも、

 

『貴様の親との取引を全部白紙にしてやるからな!』

 

 とさんざん脅した。

 男の子たちは甲斐性がないのか潮が引くようにいなくなった。

 女の子たちだって、いつのまにかメッセージをよこさなくなっていた。

 

 老人の過干渉のせいで、マリンに本当の意味での友だちは一人もいなかった。

 

 マリンもこのころには『養父はおかしい』とうすうす気づいていた。

 だが幼少期から面倒を看てもらっているので、気づいたときにはすでに囚われの身であったというワケだ。

 

 

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  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
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  • リンリンのおじいちゃん
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