3、
丘上までの道は木々のトンネルが木陰をつくっていたが、開けると陽がじかに照りつけた。
熱のこもった風に潮のにおいが混じる。
今にも折れそうな木の柵ごしに、アルトコ市の全景がひろがっていた。
「なあなあ、アレじゃね? 美少女」
スケートボードを肩に乗せ、セインがあごをしゃくる。
三人と一匹からすこし離れた場所に女の子がぽつんと立っていた。
三人よりスラリと背が高く、年上のようだ。夏だというのに黒いジャケットを着て、短いスカートも黒。そこから伸びる長い脚の白さが目立つ。
何より目を引いたのは彼女の髪だった。長い髪を左右で三つ編みに編んで、ぐるりと輪っかにしている。垂れた髪がツインテールみたいで可愛い。
銀色に輝いていて、潮風に揺れるたびにきらめく。
「きらきら……」
オハナがうっとりとした声で言う。
リンリンは『見慣れていた』ので、反対にふしぎに感じた。
なぜコンなに『似ているんだろう』?
「ヒュー! 確かにアレは激マブだぜ……」
言い出しっぺのセインは美少女を見て怖気づいたのかその場で足踏みしている。
キッキだけが普段どおり『キー』と鳴いた。
そのとき、また風が吹いた。
リンリンのセーラー帽がふわりと浮く。
「あッ、パパの帽子……」
トテトテとリンリンが転がる帽子を追う。
風がなかなか止まず、帽子が女の子の前を通りすぎた。
リンリンは追いつこうとして足がもつれた。おでこから地面に突っ伏する。
キッキが離れたところで『キー!』とわめく。
「リンリン!」
オハナもセインも呼ぶが、目の前の女の子は見ているだけだった。
リンリンはイテテ、とキズをさすりながら起きあがる。
ようやく女の子が目だけ動かして、とっくに止まっている帽子を見やった。
「いるの?」
ぶっきらぼうな言い方だ。
リンリンは口をぽかんと開けたまま頷く。
面倒そうに女の子が数歩先で帽子を拾いあげた。土を払ってやる程度の優しさはある。
戻ってくると何も言わずにリンリンへセーラー帽を返してくれた。
「ありがと、おねえちゃん!」
ニッコリ笑って、リンリンが帽子を被り直す。
女の子は仏頂面のまま。
でも、目線をおでこに合わせて、
「血が出てる」
とハンカチで拭いてくれた。
リンリンはわぷ、と小さく息をする。
白い布ごしに話しかけた。
「おねえちゃん、ママそっくりだね!」
リンリンのママも銀の髪。ただし目の色は女の子とは違う。
女の子は海の色。ママはとび色。
ハンカチを受け取って血を拭きつつ、リンリンが続ける。
「目は、違うね! ママはね、ぼくとおんなじ色なの!」
「だからなに……」
「ぼく、リンリン! 八歳!」
キャッキャッと自己紹介をはじめるリンリン。
後ろで、
「アイツ、ドンくさいのに昔から強メンタルなんだよな」
「リンリン、すごい……」
「キーキャキャキャ、キッキィ」
と思い思いの感想が繰り広げられていることには気づいていなかった。
女の子は肩を下げて、疲れた声で言う。
「わたしはあんたのコトなんて、ちっともキョーミないんだけど」
「ぼく、おねえちゃん気になるよ! お名前は? どっから来たの?」
「ハナシ聞かないな、この子」
女の子からため息をつかれる。
するとリンリンの背中にぽすんと何かがあたってきた。
「キキ〜」
応援のつもりなのかキッキがリンリンを見上げる。
リンリンはお鼻でもつついてやろうとしたら、背後から女の子の悲鳴がした。
「さ、猿!? どうしてコンなところに……」
振り向くと女の子がいつのまにか後ずさっている。
身体が震えていて、ただ事ではなさそうだ。
リンリンは目を丸くした。
「おねえちゃん、どうしたの?」
女の子が食ってかかる勢いで返してくる。
「猿は、悪魔のつかいなのよ! だから動物園で封印しなければならないの! それを、どうして放し飼いなんかしてるのよ!!」
胸の前で十字を切るような真似までされた。
リンリンはちょっとだけムッと口を曲げる。
「ちがうよ、ちがうよ! キッキはぼくの親友だよ! 生まれたときから一緒なんだ! とってもお利口なんだから!」
「キキャーキッキッキ♪」
キッキが両手をあげて叩いた。『親友』という言葉が嬉しいらしい。
女の子が『ヒッ』とノドを鳴らす。
「い、イヤ! そんなのウソよ! わたし、猿なんて大嫌い。近づけないで!」
そうして女の子は口をキュッと噛み、思いきったようにリンリンとキッキを横切り、去っていった。
セインとオハナには気づかなかったのか見向きもしない。二人は女の子の背中を見送ってから、リンリンのもとへ来た。
「大丈夫か? リンリン。キレイだけど変な奴だったな」
セインは美少女といえど女の子の態度を好きになれなかったらしい。
オハナが涙目でリンリンのおでこに手をかざす。
「リンリン、いたい? いたい?」
「んーん。あんまり痛くないよ。おねえちゃんがハンカチ貸してくれたし……そうだコレ返さないと」
リンリンが手に握ったハンカチを見てキョロキョロとあたりを見る。
セインがカカトを浮かせて丘の下を見渡してくれた。
「すげー速さで逃げていったぜ。もうわかんねえ」
リンリンも目を向けたが、来た道があるだけだ。
「そっか。おねえちゃん、猿、嫌いみたいだったけど……また会えるといいなあ」
「オレはもういいや」
「オハナもチョットこわい」
リンリンのささやかな願いにセインとオハナが被せてくる。
ただ一匹、
「キキー」
『悪魔のつかい』とまで言われたキッキだけ、何でもなさそうに鳴いた。
4、
赤い絵の具で塗ったような夕焼けだった。
あの後、リンリンとオハナ、キッキはいちど家へ帰り、また外へ遊びに出かけた。
セインは『塾があるから』ととっくに別れている。
リンリンたちは公園でブランコに乗っていた。
「オハナちゃん、きょうはごめんねえ。あんまり、楽しくなかったねえ」
地面を強く蹴ってブランコを大きく揺らすリンリン。おでこに四角いばんそうこうが貼られている。
ブランコの鎖に、キッキが長い手足で器用に巻きついていた。
隣のブランコで揺られながら、オハナが首を振る。
「ううん。あのおねえちゃん、すぐどっか行ったからオハナ大丈夫だったよ」
「そっかぁ。でも、ハンカチだけ困るなぁ、ぼく」
リンリンは家に置いてきたハンカチを思い返す。真っ白なツルツルの布地に、青い糸で『marine』と刺繍してあった。
「『マリン』て言うのかな、おねえちゃん」
「そうなの? オハナわかんないけど……リンリンがさがすならいっしょ行くよ!」
「ありがとオハナちゃん!」
リンリンはブランコが飛び降りて、オハナの背中に回り込む。
ポーンと小さな背中を押した。『ワッ』とオハナが驚く。
「なに? ちょっと、こわいよ!」
「お礼〜!」
何度か押しつづけるとオハナも慣れたのか『キャー』と笑いだした。
「キキッキャァ!」
隣のブランコにくっついたまま、キッキが楽しげに鳴く。
そうこうしていると、柵の向こうから呼びかけられた。
「リンリン。そろそろ帰りましょう。オハナちゃんもね」
先ほどまでベンチでレース編みをしていたおばあちゃんだ。
リンリンと一緒に暮らしていて、優しい。白と銀のまじった髪をゆるくバレッタで後ろにまとめている。
「はーい!」
リンリンが押すのをやめると、オハナも両足でブランコを止めた。キッキもすぐにブランコから降りてくる。
二人でおばあちゃんの右左に並び、手をつないだ。
リンリンのつないだほうの腕にレース編みの道具の入った小さなバッグが揺れている。
「おばあちゃん。持って帰ったハンカチ、血、取れるかな?」
帰り道、リンリンがおばあちゃんを見上げて聞いた。
夕陽に照らされたおばあちゃんの顔に、ちょっとシワが寄る。
「そうねえ。よくよく洗えば取れると思うけど……おばあちゃん、がんばるわ」
「うん。おばあちゃん、ありがとう。アレねえ、きょう初めて会ったおねえちゃんが拭いてくれたんだ!」
リンリンはおばあちゃんに今日の出来事を話した。
途中、オハナとキッキも身振り手振りで参加。
おばあちゃんはニコニコしながら聞いてくれた。
「それじゃあ、そのおねえちゃんにお礼を言わないといけないわねえ」
聞き終えて、おばあちゃんが言う。
リンリンは首を縦に振った。
「うん。でも、おねえちゃんは猿が嫌いみたい。会ってもお話しできるかな?」
不安げなリンリンの手を、おばあちゃんが優しく握り返してくれた。
「ふふ。今日だって、おねえちゃんがリンリンの帽子を取ってくれたんでしょう? ケガだって気にかけてくれたんだもの。きっと大丈夫、優しい子ですよ」
おばあちゃんに言われると、ふしぎとそんな気持ちになる。
リンリンはおばあちゃんに笑いかけ、
「うん。ぼくも、おねえちゃん、優しいと思う! きっと次はだいじょうぶ!」
リンリンの力強い返事に、おばあちゃんも繰り返し言ってくれた。
「大丈夫、リンリン。わたしのリトルプリンス・リンリン……」
アルトコ市の夕暮れの街並みに三人と一匹の声がじんわりと響いていた。
―――第一話 おわり―――
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん