あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第六話 心のノック(8)

 

3、

 

 朝、リンリンはキッキを連れて駄菓子屋に来ていた。その背中には真っ赤なヒトデリュックが背負われている。

 セインやオハナも一緒で、並ぶお菓子を手に取っては目を輝かせていた。

 

「どれがいいかな? キッキ」

 

 とび色の目でキッキを見やる。

 

「キーキキキー」

 

 キッキはバナナの絵のついたフーセンガムを指さした。

 

「まあた、それ? キッキはバナナがだいすきだね!」

 

 小さな八重歯を見せてリンリンが笑う。

 結局キッキおすすめのフーセンガムと、8の字のパッケージのカラフルなチョコレート。スルメイカをおこづかいで買って駄菓子屋を後にした。

 

「オハナ買いすぎちゃった」

 

 桃色のほうきのような髪を左右で揺らし、オハナが肩を落とす。

 ポシェットからお菓子があふれそうだった。

 

「おいおい。紙芝居には水あめも出るんだぜ〜?」

 

 セインがゴーグルの位置を直しながら苦笑いしている。

 

 そう、リンリンたちはこれから図書館へ紙芝居を観にいくのだ。

 紙芝居なんてパパも馴染みがないと言っていた。リンリンは初めて聞く。

 

 その紙芝居に……ナンとパパのことがすこしだけ出てくると言うのだ!

 

「『ジョン・ターカー〜オサラムームー一二.五世〜 ―私が世界一の靴屋になった所以―』。これのどこにおじさんが出てくるんだよ?」

「わかんない。でも楽しみだなぁ、ぼく絶対パパのこと見つけるよお」

 

 リンリンはスキップで図書館へ向かう。

 三人が笑い合いながら道を歩いていたら、突然キッキがしっぽを逆立てた。

 

「ギギャァァァァァァァァッ‼︎」

 

 キッキがその場で一回転すると逆方向へ走りだす。

 

「あっ、どうしたの? キッキ」

 

 リンリンはキッキの後を追いかけた。セインやオハナも心配してついてきてくれる。

 

 走った先でキッキは飛び上がると、とある車の窓へベッタリくっついた。

 

「ぎゃぁぁぁぁあああああァァァ! 猿、猿だッ!」

 

 中から悲鳴が聞こえたと思えば車が大きくかたむく。

 後ろから来た車が次々とブレーキをかけ、道路はパニックになっていた。

 

「ラ、ランカー様! お気を確かに!」

「ああああああァァァァァァ〜ッ! 猿が、猿がぁ〜〜〜ッ」

 

 リンリンはまだガッタンゴットン揺れる車に駆け寄ると、背伸びしてキッキを引きずりおろそうとする。

 

「めッ! キッキ、車に近寄ったら危ないでしょッ」

 

 セインがオハナより先に合流して、リンリンの後ろに立った。

 

「それは、おまえもだよッ! せーの!」

 

『よいしょ!』と声を合わせて二人がかりでキッキを引きはがした。

 キッキは興奮しているのかまだ毛が逆立ったまま。

 

「どうしちゃったの……?」

 

 リンリンはキッキを抱きしめて背中をなでてやる。

 

「ギィィィィィ! ギィィィィィィィイイイイッ」

 

 最後に駆けつけたオハナもキッキをなでてやったが変わらない。

 三人が心配していると、キッキが張りついた車から女の人が降りてくる。

 

「ありがとう、坊やたち。おかげで落ち着いたわ」

 

 紫色の髪を頭の上でかんざしでまとめている。

 スラッとした長身でモデルのようだ。

 

「あ、おばちゃん。ごめんなさい」

 

 リンリンはキッキの代わりに謝った。

 しかしおばちゃんはピキッと笑顔で固まる。

 

「お。おおおおお、おばちゃん?」

「? おばちゃん、どうしたの。お顔がこわいよ……」

 

 リンリンが覗き込むと、おばちゃんは拳を振り上げて怒鳴ってきた。

 

「まぁぁぁ〜ッ、ナンて子だい! この、世界でいちばんイイ女を捕まえて『おばちゃん』だなんてッ! どこ見てんだこのガキッ」

 

 キッキとは別のことで怒ったらしいが、リンリンはムッとする。

 

「ちがうよ、ちがうよ! ぼく、ガキじゃないよ。リンリンだよ!

歳は八歳、学校は……」

 

 そこで口をふさがれた。上を向くとセインだった。

 

「こら、知らない大人に名前を言うな! しかもこんなガラの悪いババアに……」

「ババア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜⁉︎」

 

 おばちゃんは髪の毛がキッキのように逆立ちそうだった。

 赤い顔で怒鳴りあげる。

 

「いい⁉︎ ガキども! 私はおばちゃんでもババアでもなくてよ。

私の名前はヘ・ド・ロ。ランカー様の美人秘書! ランカー商会の看板なんだから」

 

 リンリンとセインはシラーッとした顔で聞いていた。

 

「ね〜ぇ、セイちゃん。このひと、どうしてコンなに怒ってるの?」

「さあな。更年期じゃね?」

「きぃ〜〜〜〜〜ッ、クソガキども!」

 

 ヘドロがカッカしていると、車内からまた悲鳴があがった。

 

「ああああああああ、猿、猿だけは怖いよ〜〜〜〜!」

 

 ヘドロの顔から一瞬で赤みが消える。

 

「何をしているのかしら、あのジジイは……ついにボケた?」

 

 ぶつくさ言いながら車へ戻っていく。

 リンリンは首をひねって、ついていこうとした。その前に……。

 

「オハナちゃん、ちょっとキッキあずかって」

「え? どこ行くの」

 

 オハナにキッキを持たせてヘドロを追うリンリン。

 車のドアは開いており、ヘドロが体を半分だけ入れて、

 

「ランカー様、もう猿はいませんよ。早くプリンセスを探しましょうよ」

「ううううううう……ナンで猿が町中にいるのだ。昔からこの町は……」

 

 ヘドロごしに見えるのは、とても体の大きいおじいさんだった。

 白髪に帽子を被っていて、ひげも真っ白。顔をおおう手は木の枝みたいで指輪がたくさんある。

 マントの中に何か入っているらしく、身を揺するたびにジャラジャラ音をたてていた。

 

「おじいちゃあん、だいじょーぶー?」

 

 リンリンは大声で聞いた。

 ヘドロがギョッとした目で見てくる。

 

「こら! 勝手に人んちの車に乗るんじゃないわよッ、ガキッ」

「むううッ。ぼく、ガキじゃないよ〜リンリ……」

 

 リンリンはセインの言ったことを思い出して口をぎゅむと閉じた。

 ヒトデリュックから先ほど買ったお菓子を取り出す。

 

「あのね、これ怖がらせたおわびね。バナナ味のチューインガム。

おいしいくって、お口でじょうずに膜をつくるとプーってふくらむの!」

 

 渡そうとしたがヘドロに押しやられる。

 

「この子は……。ランカー様が、そんな貧乏っちいものを口にされるワケないでしょ。引っ込んでなさい!」

「おいしいのに……」

 

 リンリンは涙目でヘドロを見上げた。

 すると、その後ろからランカーと呼ばれたおじいさんがヌッと顔を出してくる。

 目つきが鋭くてちょっと怖い顔をしていた。

 

「あー……。まあ、いいではないか。

この歳で詫びをするなんて、この子は礼儀正しい良い子だぞ。ヘドロよ」

 

 ランカーはリンリンをじっと見て、顔をくしゃりとさせて笑った。

 

「おお、おお。よく見るとかわゆい目の子だ。

とび色で、まつ毛も長い。まるでプリンセス……」

 

 頭をなでられるリンリン。

 ランカーの手はパパの何倍も大きく、掴もうとしたらリンリンの頭をすっぽり覆えるかもしれない。

 

「うう……」

 

 上から押さえつけられてリンリンはすこしだけ痛かった。

 と、リンリンの横に何かが飛び乗ってきた。

 

「ギギギギギギギギィィィィィィィ〜〜〜〜ッ」

 

 キッキだ。

 歯をむきだしにして威嚇している。

 オハナの腕から飛び出してきてしまったらしい。

 

「ぎぃぃぃやぁぁぁぁアアアアア‼︎」

 

 猿を見たランカーはまた暴れだした。

 車がホバリングするので、ヘドロやリンリンも座席の上で跳ねあがる。

 

「キャッ、キッキぃ〜。おじいちゃん怖がらせちゃダメだよ〜」

「ギィィィ! ギィィィィィイイイイインッ」

「ええッ、危ない人だって? 今まさに、危ないよぉ〜」

 

 リンリンは座席に数回叩きつけられたが、ドアの向こうから腕が伸びてきた。

 

「リンリン! 待ってな、出してやる!」

 

 今日はよくセインに助けられる日だ。

 車から引っ張りだされると、頭がくわんくわんとした。

 

「うう〜ん、まったくもお。キッキ、今日はヘンだよ?」

「キィ……」

 

 リンリンが腰に手をあてて叱る。

 一緒に車から降ろされたキッキはいちおう反省したようだ。 

 

「でもキッキがこんなに気が立っているなんて珍しいな」

 

 車内でまだ震えているランカーを見て、セインが言う。

 オハナも隣でコクリと首を縦に振った。

 

「そうそう。それに、あのおじいさん。

猿が怖いなんてマリンみたい……」

「マリンですって⁉︎」

 

 ヘドロがよろめきながら車から降りてきた。

 先ほどまでの嫌味ったらしい顔ではなく、ものすごく思いつめたように青ざめている。

 

「猿嫌いの? 女の子? 銀髪?」

 

 ヘドロはオハナの両肩を揺すり、立て続けに質問してきた。

 オハナは怯えて何も言えずにいる。

 

「答えなさい! 私たちはその子を探しているの。悪党にさらわれたからよ。助けてあげなければならないの!」

「あう……えと……」

 

 ヘドロに迫られて泣きそうなオハナ。

 ふたりの間にセインが無理やり割って入った。

 

「おい、おばさん! 怖がってるだろーが。

それに知っていたって教えるもんか。おまえらみてーな、見るからに悪党なんかにさ。

親からも知らない人と喋るなって言われてんだぜ」

 

 セインは自分よりもはるかに背の高いヘドロを睨みつける。

 反抗的な態度にヘドロは気を害したようだった。

 

「ま〜ぁぁ。私たちのどこが悪党だって言うのさ。

上品で、スマートで、社会にも大いに貢献している私たちが!

フン、まあいいわ。見ればすぐにわかるもの。

黒い服で、黄色い帽子をかぶった怪しい色男よ! そいつが銀髪の女の子を連れていたら、すぐにここまで連絡してちょうだい!」

 

 言って名刺をよこしてくる。

 リンリンがセインの隣から見ると、

 

『ランカー商会 ランカー様の第一の部下 美人秘書 ヘドロ』

 

 と長々と肩書きが並べてあった。

 名前の下に『ランカー商会』の所在地とヘドロの業務用携帯の番号がある。

 

 ヘドロはリンリンたちにヒラリと背を向け、

 

「それじゃあね、坊やたち。見かけたらすぐに教えるのよ!」

 

 と言い残して車に戻っていった。

 エンジンがかかり、道路の混乱をよそにどこかへ去っていく。

 見送りながらセインが毒づいた。

 

「ケッ……だ〜れがそんなことすっかよ」

 

 もらった名刺をクシャクシャに丸め、ポーイと投げる。

 リンリンは慌てて手を伸ばした。

 

「ダメだよお、セイちゃん。ポイ捨ては」

 

 紙クズをキャッチしてリンリンはセインに言う。

 セインは苦虫をつぶしたような顔をしながら、

 

「でもさぁ、あいつらゼッテー怪しいじゃん。

見た? あの女、すげえ意地の悪そうなカオだったぜ。車の中にいたじじいもデッカくって見るからに悪党」

 

 喚きたてるセインの横でオハナが目を赤くしたまま呟いた。

 

「ねえ、あの女の人が言っていた悪党って……トントンさん?」

 

 リンリンはヒトデ型リュックに紙クズを入れながら、ハッとする。

 

「あの人たち、マリンをトントンから取りあげようとしているの?」

「だろーな。オハナがちょっと言っただけであの慌てよう……ただごとじゃねーよ」

 

 セインが両手をだぶついたズボンのポケットに突っ込む。

 

「トントンさん、悪い人なの……?」

 

 オハナがこわごわ聞くが誰も答えは持っていない。

 しかしセインは下を向いたまま言いきった。

 

「わかんねえ……あのヒト、年齢おかしいけどよ。

でも、あいつらよりは信頼できそうだよ。遊びにいったときに親切だったじゃん」

 

 肩をいからせ、真剣な目をしている。

 リンリンもウンウンと首を振った。

 

「トントンは、良い人さ! ぼくのママとお友だちだもん」

「キキッキ!」

 

 様子がおかしかったキッキもリンリンの肩に留まり、賛成とばかりに手を挙げる。

 みんなに後押しされ、オハナもパッと顔を明るくした。

 

「そう、だよね。トントンさん、悪い人じゃないよね!

だってマリンと一緒に暮らしてるもの。いっぱい、マリンの心配してるもの」

 

 リンリンは元気いっぱいに言った。

 

「だから、大丈夫。きっとマリンを守ってくれるよ!」

 

 その笑顔で、混乱していたアルトコの町に普段の日常が戻ってきた。

 しかし怪しい二人組はまだ町をうろついたまま――。

 

4、

 

 彼女はインターフォンが鳴るのを聞いた。

 リビングでくつろいでいたところを立ち上がる。テーブルに飲みかけの紅茶のカップを置きながら。

 

 愛息子のリンリンが忘れものでもしたのかと考えた。

 夫のふわふわの髪と自身のとび色の大きな瞳を受け継いだ、かわいい男の子。今年で八つ。

 親友のキッキといつも一緒にいて、まるで昔の彼女とモンキーのようだ。

 

 絶対にリンリンだと思っていたから、彼女はモニターに映る人影を見て驚いた。

 黄色い帽子に、忘れられない人形めいた美貌。

 

「待ってね。すぐ行くから」

 

 彼女はパタパタとスリッパを鳴らして玄関へ急ぐ。

 昔は両側でお団子にしていた銀髪は、頭の後ろでお団子ひとつにまとめていた。

 

 ドアを開ければ懐かしい顔。

 鈍色の瞳が優しげに細められ、彼女を映していた。

 

「久しぶりだね。プリンセス・プリンプリン」

 

   ーーー第六話 終わりーーー

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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