あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第七話 消えたマリン(2)

 

「クイーンは、趣味の手芸クラブへ出かけてしまったの」

 

 困ってプリンプリンは頬に手を寄せた。

 しかしトントンは気にかけた様子はなく、

 

「突然押しかけたのはこちらだからね。待つことにするよ」

 

 とソファへ深く座りなおす。

 彼はしばし目を宙に泳がせ、また一言。

 

「その間に一人の女の子について話したい」

 

 プリンプリンにはその子の名前がわかっていた。

 

「マリンちゃんのこと?」

 

 聞けば、トントンがうなずく。

 

「そうだ。彼女は……きみもあまり耳に入れたくない名だろうが……。

ランカーの養女として育った」

「ランカーですって!」

 

 驚きのあまりプリンプリンの声が裏返る。

 十数年、平穏に暮らしていた彼女にとって久方ぶりの名前。しかし忘れがたい名だった。

 良い意味でなく、悪い意味として。

 

「マリンちゃんはわたしに似ているとリンリンから聞いたわ……」

「そのとおり。彼女はきみの生き写しさ。不思議なことに」

 

 トントンがマリンについて語り出す。

 鈍色の目は伏せられ、語り口はどこか歯切れが悪かった。

 

「一、二年ほど前。社交界でちょっとしたセンセーションが起きた。

プリンセス・マリン――ランカーの養女として各地で紹介された彼女の美しさはすぐに話題になった。ただしパーティーに参加できるような上流階級のあいだだけでね。

一部の人々は熱狂した……、

 

『プリンセス・プリンプリンの再来だ!』

 

と」

 

 プリンプリンはほう、とため息をついた。

 

「わたし、そんなに有名なの?」

「もはや伝説だよ。各国を旅した美姫として。知らないの?」

「知らないわ。旅を終えてからはアルトコ市でほぼ過ごしていたから……」

「もったいないことだなぁ」

 

 トントンが仕切り直して話を続ける。

 

「私はこのプリンセス・マリンの噂を聞きつけ、まず彼女が本当にきみに似ているのか確かめることにした。

ランカーの養女、という点も気になったんだ。

パーティー会場の監視カメラをハックして確認。実際に会場へ潜入して間近での観察。

いや、驚いたよ。本当にきみとそっくりだったからね」

 

 トントンが肩をすくめた。

 プリンプリンはにわかには信じられず、『へえ』や『そう』など生返事しかできなかった。

 

「私は次にプリンセス・マリンが何者であるか調査をはじめた。

ランカーの手先なのか否か。どう見てもティーンぐらいの歳ではあったが、素性が不明で不安を覚えたんだ。

しかし、彼女について驚くほど情報がない。調査は困難を極めた」

 

 かつてプリンプリンたちの旅に助言してくれた、情報通のトントンにそこまで言わしめるとは。

 プリンプリンはマリンの境遇に疑問を抱く。

 

「それは……なぜ?」

「理由を探るべく、私は彼女と接触を試みた。

しかし――それも難しかったよ。何故なら、彼女は社交場に現れる以外はほぼランカーの屋敷に閉じ込められていたからだ」

 

 明かされた事実にプリンプリンは絶句した。

 トントンは話を進める。

 

「マリンは五、六歳ごろにランカーに引き取られてから、ほぼ軟禁状態で育てられた。

彼女についての記録が途絶えているのもランカーの養女になった時期と合致する。

加えてランカーはマリンの行動をヘドロや他の部下に常に監視させ、外部とできるだけ接触させないようにしていた。

当然ながらオンライン上の通信もすべて把握されている」

「ひどい……わたしがランカーと初めて会ったときもいきなり閉じ込められたわ」

「彼は基本的に人を信じられないんだろうね」

 

 トントンはランカーへの嫌悪を隠さない。

 

「成長し、社交界に登場するようになっても彼女への監視は続いた。

いや、注目を集めたことによりランカーからの抑圧がさらにひどくなった。

そんな中、私はランカーの目をかいかぐり、何とかオンラインにてマリンとの接触に成功した……」

 

 当時を振り返っているのか、トントンは遠いまなざしをしている。 

 

「驚いたよ。ネット上ではあったが交流したマリンはごく普通の女の子だった。

思春期の女の子にありがちな虚栄、狭い視野が玉にキズだが……。

小さな子を心配するような優しさもある、普通の娘だ」

 

 彼は懐かしむように語っていたが、次の瞬間、苦しげな顔になった。

  

「そして、彼女は人一倍傷つきやすい。ランカーが他人との接触を遠ざけたために社会的な距離感がうまく掴めないのだろう。

そんなマリンの心は――疲弊していた」

 

 短期間ではあるがプリンプリンも同じ状況に置かれたことがあったため、彼女の心境を理解できた。

 一時ランカーのもとで囚われただけでも辛かったのにそれが三六五日続くとなると、おかしくなってしまいそうだ。

 

 トントンはランカーへの怒りさえにじませ、マリンとの出来事をさらに語った。

 

「ある夜、マリンが私に助けを求めてきた。それまでランカーの制裁が他人へ向かうのを恐れていた子がだ。

限界だったのだろう。私はこれを重く受止め、彼女をランカーのもとから連れ出す計画を練った」

 

 プリンプリンは彼女の苦痛を想像し、胸が痛くなる。

 しかし目の前の彼はきっとマリンを救い出せたのだ。

 何故なら今、二人はこのアルトコ市にいるのだから。

 

「最終的には、彼女の希望を聞いてから実行したんだがね。

『外に出たい』という彼女の意思を確認し、二人でランカーの屋敷からヘリで脱出した」

「彼女の心が壊れる前に助けてくれたのね。ありがとう、トントン」

「その言葉はまだ早いよ。プリンプリン」

 

 自分のことのように礼を言うプリンプリンをトントンが制止する。

 

「マリンはまだランカーから追われている。きみのときみたいにね。

本当に地の果てまで追いかけてきた。ダマスクセからここまで楽じゃなかったよ」

「まぁ〜、昔からしつっこいったら!」

「本当に。私はこのアルトコ市を発ったら、彼女を我が国タンガラトントンで保護しようと考えているんだ」

 

***

 

 うずくまっていたら、いつのまにかインターフォンの音がしなくなっていた。

 マリンはとっさにデスクの下に隠れたので、そっと這い出る。

 静かな自室。

 耳の痛い静寂の中、おそるおそる窓の外を覗く。

 見知らぬ車は去っていた。

 

 そうは見えるけど……本当にいなくなったのかな。

 

 マリンは恐怖が抜けきらない。

 

 マリンはキュ、と口を噛むと部屋を出た。次いで玄関の扉を抜ける。

 

 この目で見なければ安心できない。

 

 庭を駆け抜けて門のそばへ。

 左右を見やる。やはり車はない。

 

 やりすごせたのか……。

 マリンは胸を押さえながら周囲を見ると、深緑のポストから何か白いものがはみ出ているのが目に留まった。

 

 ドキリとして引っ張り出す。

 封筒。封を開けると手紙が入っていた。

 見覚えのある流麗な字でこのように書かれていた――。

 

『愛しい我が娘 マリンへ

おまえが去って早数ヶ月。パパ・ランカーは世界じゅうを探し回りました。

古い屋敷で銀髪の女の子を見かけた、と町の市民に聞いたので訪れたが不在のようだ。

 

マリン。もしもココに住んでいるのであればパパの別荘までおいで。

しばらく滞在するつもりだ。

 

あの黄色い帽子の男に何を吹き込まれたか知らんが、あいつは危険だ。何も知らぬおまえを騙しているのだ。

 

おまえを真に想っているのは、この世界に私だけなのだよ。

 

それを理解できるのであれば、私はおまえをいつでも迎えよう。何故ならおまえを深く愛しているから……。

 

戻っておいで、我が娘。

また私が守ってやる。いつまでも、いつまでも……。

 

ランカー

 

p.s. もしも屋敷の住人がマリンでない場合、何かご存知の情報がありましたらランカー商会までご一報を。または別荘まで直接お越しください。

報酬は‪惜しみません』

 

 最後にランカーの別荘の住所と、連絡先が添えてあった。

 

 マリンの背にぞわりと悪寒が駆けのぼる。

 

 彼らは諦めた訳ではない。

 すぐにでも戻ってくるかもしれない。

 

 そう思い至ると羽織ったジャケットのポケットに手紙を突っ込むと同時に、マリンはトントンから渡されたものを震える手で取った――。

 

 

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  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
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