あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第七話 消えたマリン(4)

 

「トントン! トントン、聴こえる⁉︎」

 

 マリンが涙まじりにレシーバーへ問いかける。

 

『聴こえているよ。なに?』

「ランカーよ! ランカーが屋敷まで来たの」

『何だって⁉︎』

 

 ポストへもたれかけながらマリンは訴えた。

 

「さっきまで、ずうっとインターフォンが鳴らされていたの。窓の外には、あの男とヘドロが見えた!

怖くて……自分の部屋に隠れて耳を塞いでいたらいつのまにかいなくなっていたけれど。ポストに手紙が!」

『落ち着いて。ナンと書いてあったんだい?』

「『愛しい我が娘』って。『戻っておいで』って!

わたしがアナタに騙されているともあるわ!」

『言いがかりも甚だしいな……』

 

 トントンの声には苛立ちがにじんでいる。

 マリンはすがるような気持ちで言った。

 

「ねえ、トントン。早く帰ってきて。わたしのそばにいて!」

 

 一人では不安でおしつぶされそうだった。

 しかしトントンの返答は遅れている。

 

「トントン! わたし、一人ではムリよ。またランカーが来たら……」

『マリン、私の指示を聞いて。地下室へ避難できるかい?』

「地下!?」

 

 予想だにしない返事にマリンはうろたえた。

 

「地下って……そんな、ランカーが来たらどうするの!?」

『屋敷の鍵を閉めて。地下室にも鍵があっただろう? 二重に施錠すればそうは簡単に押し入れないさ』

「でも、ランカーには武器が……」

『きみがケガするような真似は絶対にしないよ。大丈夫。

それにいったん彼らが去ったのは、その屋敷がきみの住居だと断定しきれていないからさ。まだ他も探している』

「……でも! わたし、一人では心細いわ……」

 

 マリンが言っても、トントンは考えを変えてくれない。

 

『私がすぐ戻ると周囲にスパイがいた場合、反対に特定されてしまうんだよ。

だから、今は地下でじっとしているほうがいいんだ。わかっておくれ』

「イヤ! イヤよトントン! わたし耐えられない!」

『マリン……』

 

 受話器の向こうのトントンの声に疲れが垣間見えた。

 

『待ってくれさえすれば、きっと戻るから。方法はあるから。わかったね?』

 

 その言葉はマリンに孤独との戦いを強いるものだった。

 黙っていたら『ちゃんと地下へ逃げるんだよ、じゃあね』と通信が切れる。

 

「どうしてわからないの……」

 

 とマリンはその場で涙を手で拭った。

 

***

 

 トントンが鈍色の目をぱちりと開いた。

 

「マリンちゃんからの連絡に出なくていいの?」

「終わったよ。もう話した」

 

 プリンプリンが首をひねっていると、トントンが解説してくれる。

 

「マリンの持つレシーバーは私のボディに内蔵されている通信機と繋がっているんだ。電話のように受話器を取らなくても……そうだな、仮想キーボードを打ち込んだらマリンのレシーバーには私の音声が届くしくみさ」

「あなた、昔よりハイテクになったみたい」

「時代とともに技術は日々進歩しているからね。外見は以前と差分ないようだが、実はほぼすべてのパーツを交換しているよ」

 

 目の前の変わりない友人の姿を見ると信じがたい話だ。

 しかしプリンプリンの視線からトントンはさっと目を伏せ、重々しく言った。

  

「……ただ。プリンプリン、悠長にしていられる事態ではないらしい。

私たちが借りている屋敷にランカーが来た」

「ええッ?」

 

 プリンプリンは口もとを手で覆う。

 すでにランカーの魔の手がマリンに向けられているなんて!

 

「マリンちゃんは……」

「無事さ。インターフォンを無視したら、奴らも特定しきれていなかったのかひとまず去っていったらしい」

 

 プリンプリンは安堵しながらも、トントンへ詰め寄る。

 

「すぐ戻らなきゃ!」

「それは悪手だよ、プリンプリン。奴らの手先が周囲にいたら、私の帰宅は彼らに正解を教えているようなものさ」

 

 言われて理解はできたが、マリンの気持ちを考えると忍びなかった。

 プリンプリンは緊張した面持ちでトントンへ言う。

 

「でも、マリンちゃんはきっと不安だわ」

「いちおう地下に逃げるようには言ったけれど……どうにかして隠れて屋敷に戻らなければならなくなったな」

 

 トントンも珍しく参ったような顔をしていた。

 彼は深くため息をついてから、プリンプリンへ、

 

「その前に、もうすこしだけ話を進めたい。急ごう。

きみの家のテレビ、Bluetoothは繋がるかい?」

「え? いきなりなに? マリンちゃんは?」

「そのマリンに関することだ。見せたいものがある」

 

 プリンプリンはトントンの早口に急かされ、テレビの電源を入れた。

 通常のテレビ番組から画面が突如切り替わる。

 

 金色の板にレリーフが彫ってあった。

 一羽の鳥がオリーブの葉をくわえ、星空を翔んでいる。

 

「これはマリンの持つペンダントの飾りだ。この紋章に見覚えは?」

「……マリーン王家の紋章?」

「そうだ。マリンは両親から譲り受けたと言っている」

「ご両親から……」

 

 偶然手にした可能性も捨てきれないが、もうひとつ。

 両親がこの紋章に関わりのある人物である可能性のほうが高い。

 

「しかし、私の電子頭脳に記録されているマリーン王家の紋章はオリーブと鳥のエンブレム。背後の星はなかったはずだ」

「……そうね。わたしも、こんな星はなかった気がするわ」

「ひょっとしたら、それこそがマリンのルーツの手がかりかもしれない。

プリンプリン、心当たりは?」

 

 聞かれてプリンプリンは考えてみるが、とんと記憶にない。

 

「わからないわ。わたし、王家の紋章自体ほとんど見たことがないもの」

「やはりクイーン・アイリーンに聞いたほうがよさそうだな……」

 

 トントンはプリンプリンへ短く礼を言うと、テレビ画面を元に戻した。

 朝の情報番組が流れる。

 

「今日のところはこれくらいにしよう。――早くマリンのもとへ向かう方法を考えないと」

 

 

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