マリンはあてもなく歩いていた。
トントンには『地下室で待機』と言われたが、門から屋敷を見ると普段は気にならない古びた外観が急に怖く映った。
あの暗い地下室で待ってもトントンが戻ってこなかったらどうしよう……。
その間にランカーに見つかったら、どうしよう……。
そう考えたら不安で、じっとしていられなかった。
気づいたら慣れぬ町へ繰り出していた。
数週間の滞在で近場は把握できているものの、まだまだ知らない場所が多い。
海辺近くの住宅街をあてどなく歩く。
アルトコの家々は木造も多く、柵や塀で区切っているところも少なくて開放的な雰囲気がする。
しかしのどかな景色もマリンにはどこかうすら寒く感じられた。
視界が開けているぶん、今にもランカーないし手先が角から飛び出してきそうだ。
やはり地下室で待っていたほうがよかったかな……。
自分の判断にも自信が持てず、マリンは無意識のうちに身を縮めて歩き回っていた。
ふと、二階建ての木造の家屋に目が留まった。
小さな家だが庭があり、白いブランコが夏風に揺れている。
そのガレージに見覚えのある車が停まっていた。
トントンのオフホワイトのビートル。
丸っこいボンネットがマリンのお気に入りだった。
もしかしたら別の人のものかもしれない。
マリンは小走りで近づき、車内を覗いた。無駄なものは一切ない。
そんな中、後部座席に白いスクエアクッションが置かれている。
マリンがどこぞの国で購入したものだ。
トントンのビートルだ!
マリンはパッと顔をあげると庭を見渡した。
ブランコのそばにおもちゃの赤い車がある。座席へ汚れたボールが無造作に突っ込んであるあたり、小さな男の子がいる家庭かもしれない。
マリンが身を寄せる屋敷ほどではないが、美しい花々が調和するように咲いている。
洗濯物も干してあった。ママとパパと、やはり小さな男の子っぽい衣服。
女性ものの衣服は、センスが異なるものが並んでいたので、もうひとり誰か一緒に住んでいるのかな、とマリンは思った。
縁側のサッシから中の様子が見える。
マリンはビートルの裏に身をかがめ、そっと伺った。
トントンがソファに座っている。
やはり、この家に来ていた。
マリンは彼の姿を見つけると全身から緊張がとけるのを感じる。
だが向かい側を見て、目を見開いた。
自分より歳上だろうか。それを踏まえても、あまりにも似すぎている。
まるで鏡と向き合うような感覚――。
トントンと話す女性は、マリンとそっくりだった。
縁のあるひと、ってあのひと……?
マリンはトントンが朝に言っていたことを思い出す。
とたんにマリンはいたたまれない思いになった。
トントンを探すのに必死で、親族かもしれない人と会うとは考えていなかった。
ここでサッシを小突けば、あの人とも顔を合わせることになる。
柔和な雰囲気で優しそうではあるが……。
まだ彼女と話す心の準備ができていなかった。
どうしよう。
マリンは迷い、姿勢を低くしてコソコソと庭を通りすぎた。玄関口まで辿り着く。
インターフォンを鳴らすべきだろうか。
手を伸ばしたり引っ込めたり。マリンは数度繰り返したが、そのうちドアノブへ手が当たってしまった。
やけに軽い感触。
『ん?』となり、ドアノブをひねる。
鍵はかかっていなかった。
これまで歩いてきたアルトコの街並みが脳裏をよぎる。ここの住民はのんびりした気質なのかもしれない。
悪いとは思いながらも扉をわずかに開き、体を滑り込ませた。
廊下の先の部屋から冷気が漏れている。
足音をたてぬよう、そっと進んだ。
ほんのすこし。会話を聞くだけ……。
まだ顔合わせは早すぎる。
トントンだって、そのつもりで自分に留守番を頼んだのだ。
マリンはドキドキしながら扉にまた手をかけた。音を立てぬよう、慎重に。
すこしだけ開けて隙間から二人の様子を伺う。
トントンの低い声と、女性の高めの甘い声が聴こえてきたーー。
二人はテレビのほうを見ながら何かを話している。
聞き耳を立てたが、すぐに画面が切り替わって情報番組のアナウンサーのやかましさが二人の声をかき消してしまう。
もう! とマリンはその場で頬を膨らませた。
***
トントンはマリンのもとへ向かう方法をシミュレートしているのか、完全に沈黙していた。
その様子を見守りながらプリンプリンはあることに気づき、聞くか聞くまいかタイミングを探していた。
するとトントンはプリンプリンの視線に気づいたのか、話しかけてきた。
「何だい? プリンプリン。良い手段を思いついた?」
「ああ〜……そういうんじゃないの。急ぐことでもないわ」
「別にいいよ。ネットで検索したりAIに聞いたりしているんだが、まだ帰り方が見つかっていないからね。どうぞ」
プリンプリンは悪い気がしながらも尋ねてみる。
「どうしてまっすぐタンガラトントンへ向かわず、アルトコ市まで来たの?」
そうなのだ。
タンガラトントンへ直行したほうがマリンの身は安全なはず。
ネットワークを通じてペンダントの件をクイーンへ尋ねても結果は変わりないハズだ。
それを、なぜ?
トントンは『ああ』と予測していたかのように流暢に答えてくれた。
「確かに安全面ではそのとおりさ。しかし、マリンの身の上を聞くにあたってネットワークを介するとランカー商会の包囲網に捕まる可能性がある」
「タンガラトントンの技術でも完全には防げないのね」
「ランカーは物量作戦が得意だからね。こちらも技術なら負けない自負はあるが小国。すべてのハッキング行為をさばききれるか……」
トントンにここまで言わせるとはランカーの権力のいかに凄まじいことか。
旅路の果てに、自分がよく無事だったなあとプリンプリンは改めて思った。現代よりインターネットが発達していなかった時代の恩恵もあるかもしれない。
トントンが理由をさらに挙げてくる。
「次に王族への礼儀の問題だね。マリーンは現代では存在しない国家。
だとしてもだ、クイーンはその生き証人と言って良いお方。
その方にネットワークを介して『ご血縁について教えてください』など無礼な真似はできないよ」
「う〜ん。ボンボンはしょっちゅうケータイから、
『お義母さあん、いつも買ってる雑誌ありましたよ!』
とか連絡しているけど……」
「彼はきみの夫なんだからマリーン王家の関係者だろ。他国の人間とは違うよ」
「それもそうね」
プリンプリンは納得した。
アルトコ市で暮らして長いので当たり前のようになっていたが、結婚前からボンボンが母親に懐いているのがそもそも規格外だったか……。
トントンから説明を受け、プリンプリンはタンガラトントン直行の選択肢を取らない理由が理解できた。
しかしトントンはまだ何か付け加えようとしている。
前の二つより言いづらいのか、うつむいて考え込んでいる様子だ。
「どうしたの? そんなに難しい問題なの?」
心配してプリンプリンが尋ねても彼はまだまごついている。
「いいや、そういうものじゃないよ。これは個人的な問題で……言ったらきみに呆れられるんじゃないかと……」
「そんなことないわよ。言ってごらんなさいな」
優しく促すと、やっとトントンがこちらに目を向けた。
すこし照れたように彼は口にする。
「――きみに会いたかった」
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