あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第二話 小さな王子さま(1)

 

 

1、

 

 リンリンは学校の帰りにオハナと市場へ向かった。もちろんキッキも一緒だ。

 アルトコ市の市場はカラフルなテントが並んで、工芸品や卸したての魚、貝などが売られている。

 子どもだけで来たところでお小遣いで何が買えるワケでもない。

 

「銀色の髪の女の子がいるって聞いたんだ!」

 

 リンリンがハンカチをめいっぱい高く持ち上げる。

 取り出したリュックは白くまさん。リンリンはぬいぐるみが好きで、リュックも日替わりで変えている。

 変なこだわりを持つ、親泣かせな子どもだ。

 

「あのおねえちゃん……かなあ?」

 

 オハナがリンリンの持つハンカチを見上げる。

 

「たぶんそうだよ!」

「キキャーキキキッ」

 

 キッキがリンリンの腕にぶら下がった。しっぽがゆらゆら揺れる。

 

「重いよ、キッキ!」

 

 腕を下ろしてリンリンが笑った。

 こうして二人と一匹の冒険がはじまったのである。

 

2、

 

「おじさん。銀色の髪の女の子、見なかった?」

 

 リンリンは人見知りしないので、次々と店の人へ聞いて回った。

 オハナは後ろでリンリンの服のすそを握っているだけだったが、それがリンリンにとっては後押しになっていた。

 

 魚屋のおじさんが屈んで教えてくれる。

 

「さあ。ママのことじゃないのかい? リトルプリンス」

「ちがうよ、ちがうよ! ママは、女の子じゃないよ。ママはおとなだよ」

「ハハッ、そりゃそうだ」

 

 おじさんにバイバイして、別の店へ行くことにした。

 お客さんを呼ぶ声があちこちから聞こえて耳がじんじんする。オハナがリンリンにくっついて、手を強く握った。

 

「いないねえ」

 

 リンリンは声を張り上げてオハナへ話しかける。

 

「うん……ちがうとこ、行っちゃった?」

「そうかも……」

 

 二人が不安そうに顔を見合わせたときだった。

 急にキッキが前に出て、ふしぎな踊りをはじめる。

 

「キーキッキャ、キー」

 

 まず、両耳にグーの手を擦り寄せて。

 

「キーキキ、キー」

 

 次に、胸を撫で下ろし。

 

「キャーキャッキャ♪」

 

 最後にパーの手をひらひらさせる。

 リンリンは体ごと首をひねった。

 

「何やってるの? キッキ。楽しい?」

「キー!」

 

 キッキが少し怒ったように拳を振り上げる。

 それから速度をあげてもう一度やってくれた。

 

「???」

 

 リンリンには伝わらないが、オハナが横からつついてくる。

 

「ねえ、もしかしてアクセサリー……かな?」

 

 キッキが『キー!』と『それだ!』とでもいうようにオハナを指さした。

 

「アクセサリー? ……あッ、女の子だから……」

「おさかなより好きかも」

「行ってみよう!」

 

 リンリンはオハナの手を引いて走りだす。キッキも跳ねながら着いてきた。 

 魚の香りが遠のいて、工芸品の集まる通りへ出る。

 

「このへん……」

 

 リンリンがキョロキョロと探していると、銀色の髪の女の子の後ろ姿が見えた。

 まさにアクセサリーを売る出店の前にいる。貝殻のピアスを手に取り、耳たぶにあてて小さな鏡を覗き込んでいた。

 

「あーッ、いたーッ! いたよ、オハナちゃん!」

 

 すぐに駆け寄ろうとするリンリンをオハナが止めた。

 

「待って、リンリン。キッキが見えたらおねえちゃんまたパニックになるよ!」

「それもそっか。キッキ、リュックん中に入りなよ」

 

 リンリンは教科書や筆箱を手提げかばんへ移し、白くまリュックを空にしてやる。

 

「キーキキキ」

 

 どうやっても頭は出てしまうが、キッキがリュックに入り込んだ。よっこいしょ、とリンリンが持ち上げる。

 

「これでピッタリ背中にくっついてたらお顔も見えないね! それじゃ、行こう!」

 

 二人はアクセサリー屋の前の女の子に近づいた。

 目の前で揺れる銀のツインテールを見上げて声をかける。

 

「おね〜えちゃ〜ん……」

 

 ビクッと女の子の体が震えた。

 飛ぶように一歩下がり、リンリンたちを見下ろしてくる。

 

「あ、あんた! また! 猿は!?」

 

 いきなり顔を青くするので、リンリンは慌てて首を横に振った。

 

「キッキいないよ」

「ウソ言わないで! 後ろにいるじゃない!」

「ちがうよ、ちがうよ! これはぬいぐるみだよ」

「モンモンキィ……」

「ぬいぐるみが鳴くかッ!」

 

 キッキがリンリンを助けようとしたのがいけなかった。

 女の子はリンリンの背にいるのが猿だとわかると、すぐにその場から離れようとする。

 しかし、そこに立ちはだかる勇敢な子どもがいた。桃色のほうきを二本くっつけたような女の子……オハナだ。

 

「お、おねえちゃん……! リンリンね、ハンカチ返したいって!」

 

 両手をアワアワと振るたびに、背中で天然のほうきが大きく揺れる。

 銀の髪の女の子はオハナを無理やりどかすワケにもいかず、踏みとどまっていた。

 リンリンがオハナの横に立ち、両手でハンカチを差し出す。

 

「ハイ、これ! ありがとう!」

 

 女の子は猿を睨みつけながら、リンリンの手からハンカチをひったくった。

 

「別に、こんな安物どうでもいいわよ。用事はそれだけ? じゃ……」

「アーッ、おねえちゃんおねえちゃん! ちがうよ、待ってよ!」

「キャーッ! 猿を近づけないで!」

 

 リンリンが一歩踏み出すと、女の子が一歩下がる。

 喜劇のような動きだが二人は大まじめだった。

 

「イヤーッ! 猿が、猿がーッ!!」

 

 アルトコ市のどかな市場に似合わぬ、妙な悲鳴が夏空にこだました。

 

3、

 

 あの後、リンリンたちは暴れる少女の手を引いてオハナの家へ向かった。

 オハナの家は市場の通りにあるパン屋で、小さい店ながら人気がある。

 二階が住居になっており、オハナの部屋で銀の髪の女の子が落ち着くのを待った。

 レースのカーテンがかけられた窓から陽がそそぎ、女の子の白い顔を照らす。

 

「おねーちゃん、そのこだーれ」

 

 オハナの小さな弟や妹も同じ部屋で遊んでいた。

 妹が着せ替え人形を桃色の壁に並べて、せっせと靴をはかせる。

 その隣で弟がおもちゃのロボットの大群を床に散らかしていた。

 そんな中、小さなベッドに銀の髪の女の子が収まる光景は知らない人からしたら笑えるかもしれない。

 

「よく知らないひと」

「よくしらないのにおうちいるの?」

「ウン……」

 

 弟や妹と同じくオハナも小柄なので、おとぎ話の小人がお喋りしているようだ。

 それでは、ベッドの上で寝込んでいる女の子はさながら白雪姫?

 

「うーん。猿、猿が……」

「おねえちゃん、キッキはお部屋の隅っこだよ」

 

 手を握ってあげながらリトルプリンス・リンリンが元気づける。

 部屋の隅っこで良い子にしているキッキは小さい子どものエジキになっていた。モフモフの毛を撫で回されたり、しっぽを引っ張られたりしている。

 

「猿、いない……?」

「近くにはいないよ」

 

 女の子の青い瞳がうっすらと開いた。おでこに汗をかいているので本当に参っているようだ。

 

「ううん……あんた、ナンなのよ。しつこ、」

「ぼく、リンリンだよー!」

「……リンリン。ナンなのよ?」

 

 女の子が睨んできてもリンリンは普段と変わらない。

 

「ぼくねえ、おねえちゃんママそっくりだから気になっちゃった! ママも銀色の髪でサラサラでとってもキレイなんだ。おねえちゃんはだれ?」

 

 女の子は天井を見て疲れた声で答える。

 

「わたしは……マリン……」

「ハンカチに書いてあったよ!!」

 

 リンリンが被せぎみに言うと、マリンに『チッ』と舌を鳴らされた。

 構わずにリンリンが質問を続ける。

 

「マリンおねえちゃんはどこから越してきたの?」

「あんたのお姉ちゃんじゃないから、その呼び方やめてくれないかな。わたしは以前はダマスクセにいたけど、ちょっと前から変な男に連れ回されてる」

「マリンはそのひとと旅しているんだね! ママもねえ、昔ね、旅をしてね」

「もう。ママ、ママって。マザコンなの? あんたは」

 

 リンリンはマリンの言葉がわからず、キョトンとするばかり。

 マリンは『ウーン』とまた唸り、

 

「……その歳じゃ当たり前か……」

 

 と呟いた。

 リンリンはよくわからないまま、ニカッと八重歯を見せて笑う。

 目が糸のように細くなる、人懐っこい笑顔。

 リンリン本人は気づいていないが、この笑顔がまわりの人間の心を解きほぐす。

 マリンも例外ではないようで、口のはしがほんの少しだけ上がってしまった。

 

「変な子ね。チビなのにわたしみたいな年上に物怖じしないで喋りかけて、しまいには馴れ馴れしく畳みかけてくる」

「うん! ぼく、出会ったひととすぐ仲良くなれるんだよ!」

「自分で言うのがスゴいわ……」

 

 マリンがゆっくりと体を起こす。

 

「はぁ。ナンでコンなチビちゃんたちと、しかも猿付きの子たちと知り合っちゃったんだろ」

「キッキだよ。キーって鳴くからキッキ」

「まんまじゃないの。もっと考えてつけなさいよ」

 

 二人が話しているうちにドアからノックの音がした。

 開けばヌッとオハナそっくりの顔が出てくる。

 

「リンリン、ママは元気になった? 驚いたよ。ミニスカートはいてるの初めて見たなあ」

 

 のんきそうな声。

 白い服に、エプロン。オハナと同じ桃色の髪を後ろでおさげにしている。

 

 リンリンがベッド横からパン屋の男に弾むように近づいていった。

 

「ちがうよ、ちがうよ! この子はママじゃないよ!」

「えっ……」

 

 やってきた男はマリンの顔をまじまじと見た。おお、と声をあげる。

 

「ホントだ。カッコだけじゃなくて、もっとこう、全部若いや! きみだれ?」

「えっ……わたし、マリン」

「マリンちゃんか。ボクはそこのオハナの父ちゃんだよ。はじめまして!」

「は、はあ。はじめまして……」

 

 突然やってきた大人にマリンは面食らったようだった。

 ただし、あまり大柄でもなく、のんびりした態度が彼女の警戒をゆるめている。

 

「おじちゃん。マリンはね、旅してココに来たんだって。前はダマなんちゃらにいたらしいよ!」

「ダマナンチャラって初めて聞く国だぁ」

「ダマスクセよ。もう、だれも突っ込まないんだから。忙しいこと!」

 

 リンリンとオハナの父が適当に済ませると、マリンがさすがにピシャリと言った。

 オハナの父は紅い丸鼻を上向けて、はあ、とため息をつく。

 

「へー。ダマスクセか……ちょっとヤな感じがするけど、何だっけ?

まあいいや。おやつあるからおいで、って言いたかったんだ」

 

 あまり考えるのが得意ではなさそうで、すぐに日常へ切り替えた。

 リンリンが飛びはねる。

 

「わーい! ぼく、おじちゃんのパンだあいすき」

「ハハハ、リトルプリンスに褒められたら光栄だね」

 

 抱きついたリンリンの頭をオハナの父が撫でる。反対側からオハナもやってきて、また抱きとめた。

 その様子をベッドからマリンが見つめる。

 

「リトル……プリンス?」

 

 リンリンの呼び名を口に出して、マリンはどこか思いつめた顔をした。

 

 その間キッキは子どもたちの猛攻にまだ耐えていたのだが、それはまた別の話。

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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