マリンの耳にはっきり届いた。
やかましいアナウンサーの番組から静かな雰囲気のCMに切り替わったところで、やっと聴けた言葉がそれだった。
「あら、嬉しい」
コチラに背を向けている女性は軽く受け流しているけれど。
マリンにはわかった。
だって、トントンのあんな顔、今まで見たことがない。
自分の前では表情を変えず、変えても呆れや怒りなのに。
あの人の前では照れたように笑うのだ。
あの人が好きなんだ。
思春期の少女らしくマリンはその機微を感じ取ってしまった。
ふらつく足を一歩ずつ引いて、その場を去る。
視界がにじんだ。開けっぱなしだった玄関のドアをくぐり抜けて道なりへ飛び出す。
涙がこぼれそうになった一瞬、前方から三人組が歩いてきた。
ゴーグルを頭にかけ、切れ長の青い瞳に大きめの耳の少年。水色の短髪に映える白いタンクトップ、ダブついたズボンはサスペンダーで吊り下げられている。
もうひとりは桃色のほうきを二つ、後ろ頭から生やしているような女の子。つぶらな瞳と紅くて丸い鼻。花柄のワンピースがよく似合う。
最後に――綿菓子のような髪をセーラー帽で隠した男の子。水兵さんのような半袖のTシャツに、紺色の半ズボンをはいている。
足もとの赤いスニーカーがよく似合っていた。
とび色の両の瞳がこちらに向けられ、柔らかな頬にかかる髪がわずかに七色に輝く。
「あれぇ、マリン。どうしたの?」
その背後にマリンの苦手な猿が隠れている。しっぽが見えているので意味はないが……。
マリンが無言でいると、リンリンが無邪気に駆け寄ってくる。
猿はオハナの後ろへまた逃げていた。
「マリン、トントンといっしょに来たの?」
ちっちゃな八重歯が見える笑顔。
普段なら思わずつられて笑ってしまうところなのに。
代わりに出たのは質問への質問。
「いっしょに来た、って……?」
「トントンがねー、そのうちマリンを連れてうちに遊びに来るって」
そんな話は聞いていない。
マリンはリンリンの話を黙って聞いていた。
「トントンはね、ママと昔、旅をしていたって。お友だちなんだって!」
マリンはハッとして今まさに出てきた木造の家を見やる。
ブランコ、おもちゃの車……。
「もしかして、ここ……」
「うん、ぼくんちだよ! ママと、パパと、おばあちゃんと暮らしてるの!」
すこし離れたところで、オハナの後ろから猿が『キキッ』と鳴く。
いつもなら耳障りな鳴き声も気にならぬほど、マリンの心は一点に向いていた。
「あっ、キッキもね」
とリンリンが笑う。
何故だか今はその能天気さが腹立たしかった。
それなのに。
先ほどから表情が感情に追いつかない。
「アハ、アハハハハ……」
こんなに腹が立っているのに口が笑みの形になる。
何も面白くなんかない。
「マリンー、どうして笑ってるの?」
聞かれても答えられないから、マリンの返事も的はずれなものとなる。
「友だち……あれが……?」
マリンは笑いつづけてる。
リンリンがふしぎそうな顔で見上げてくる。
マリンは唇を噛み、吐き捨てるように言った。
「笑わせないで」
鉄の味がする。痛みが彼女の感覚を正してくれた。
マリンはリンリンの肩を押しやり、駆け抜ける。
リンリンの声が背後で消え失せた。
「おい、マリン……」
セインが心配そうに声をかけてきても止まれない。
オハナの不安げな顔。その脚にしがみついている猿ですら、気にならない。
何度もよみがえるのは、トントンの言葉と照れたような顔だけ。
マリンはあてもなく闇雲に走りつづけた。
どこにもいたくなかった。あの家も、友だちの輪にも。トントンと身を寄せている屋敷なんてもってのほか。
どこにも帰りたくない……。
ひとつの可能性が頭にチラついて離れない。
トントンはあの人が好き。
なら、自分のことは?
自分を助けた理由は?
そういえば出会ったときから『知り合いに似ているから』と言っていた。
では……あの人がいなかったら自分をランカーから救おうとは思わなかったのか?
それなら、まだいい。
問題はマリンとあの人が鏡のように似ているということ。
似ている自分をタンガラトントンという国に連れていこうとした理由は? 何故わざわざ自分の国へ置こうとした?
……あの人の、代わり……?
ウソだ、と何度も自分に言っては暗い思考へ声が沈んでいく。
マリンの目に青色のタクシーが飛び込んできた。
信号機待ちをしていたタクシーへ駆け寄り、運転手の顔を覗く。白髪混じりで初老のおじさんだ。
ドンドンと感情任せに叩いたら驚いた顔で窓を下げてもらえた。
「な、ナンだよ? きみ……」
「乗せて! 乗せてちょうだい!」
「はぁ? 見たところ子どものようだけどお金は?」
「行った先で払ってくれるわ! 早く乗せてよッ‼︎」
怒鳴ると運転手がしぶしぶ後部座席のドアを開けてくれた。
滑るように車内へ乗り込む。
「きみ、ボンボンとこの奥さんに似てるけど親戚か何か?」
運転手がお節介にも聞いてきたが無視して、
「ここまで乗せていって」
と紙を渡した。
ポケットの中でしわくちゃになっていた、ランカーの手紙。
運転手は二、三度、マリンを見てからタクシーを発車させる。
マリンは車の揺れを感じながら座席で背を丸めた。
太ももに涙の雫が落ちる。
「もう、どうなったっていい……」
トントンのそばへは戻れない。
タクシーは何も知らぬままマリンを養父のもとへ連れていく――。
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん