あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第八話 わたしは帰らない(1)

 

1、

 

 トントンはランカーの屋敷の前に立っていた。

 天気は曇天、夏の蒸し暑さが立ち込める。

 大仰な扉の前には見張りが二人。

 

「ランカーと面会させてもらいたい」

 

 堂々と玄関で告げる。

 もはや隠れる必要もない。

 守るべき対象がこの中にいるのだから。

 

 昨夜プリンプリンがやってくるより先にトントンはマリンの行方をとらえていた。

 元よりプリンプリン宅まで来ていたとわかっていたので、アルトコ市各所に設置されている監視カメラを辿ったのだ。

 タクシーに乗り込むマリンの姿をすぐに発見できた。

 

 問題はなぜ彼女がそんな自暴自棄な行動に出たのかだ。

 

 確かに自分の指示を嫌がる素振りは見せていた。

 だからといって、ランカーのもとへ戻るなど。

 

 判断を誤っただろうか……。

 電話口のマリンの涙声が思い出される。

 

 確かめるべくトントンはランカーのもとまでやってきた。

 

 彼の来訪に、金髪で背の高い男たちが騒ぐ。

 

「怪しい奴! ニーサン、どーする?」

「とりあえずランカー様へ報告! 報告!」

 

 片割れが慌てて通信機で連絡を取る。

 しばらく会話していたが、通信を切ってから、

 

「ん! 許可が下りた、通ってよし!」

 

 二人がささっと左右に分かれ、道を開ける。

 トントンは無言で通り抜けて屋敷へ入った。

 後ろから見張りの二人がついてくる。

 

「そこをまっすぐ行って、つきあたりを右だッ!」

「案内するのになぜ後ろにいるんだい?」

「ランカー様からのご指示だッ!」

 

 交互に答えられた。

 トントンはやれやれ、と肩を落とし、言われたとおりの道を進む。

 

 思ったより広くはなく、ところどころ放置された形跡が残っている。

 壁にヒビが入っていたり、じゅうたんが剥がれかけていたり。

 ランカーは長年この町に出向かなかったのだ。

 

 久方ぶりに足を踏み入れたきっかけは……マリン。

 彼女を追跡してこの地にやってきた。

 

 階段をのぼる。

 ひときわ目立つ装飾がされた扉を開ければ、巨躯の老人が立っていた。

 

「ランカー……」

 

 呼べば、ゆったりとした動作で向き直る。かつて黒かった髪はすっかり白くなり、背もすこし曲がっていた。

 ただ眼光だけは変わらず鋭い。

 

「おお、遊びにきたのかね? タンガラトントンの王子よ」

 

 口調は穏やかだが腹の底に悪意がある。

 トントンは一言、問いかけた。

 

「マリンはどこにいる?」

「我が娘は向こうの部屋で休んでいるよ。誰かさんのせいで長旅で疲れている」

「また彼女を幽閉しているワケか」

 

 嫌味に正論で返せば、また都合のいい言い訳。

 

「人聞きの悪い。貴様のような輩から愛し子を守っているだけのこと。

まったく、マリンがかわゆいからと妙ちくりんなことを吹き込みおって」

「私は事実しか言っていない。貴方が彼女を長年部屋に閉じ込め、追い詰めた」

「はぁ〜、物事を多面的に見れんのか。これだから機械は」

 

 自身の身について指摘され、トントンはすこしばかり瞬きした。

 目ざといランカーに見逃されることもなく、

 

「私の部下に、過去、タンガラトントンまで忍び込んだ者がいてな。そいつが貴様のことを覚えていたぞ」

「ああ、あの間の抜けたスパイか」

「……聞くところによると貴様からサイボーグにされかけたとか。機械の分際で人間に対し暴挙に出るとは」

 

 まるで無体を働いたかのように言われ、トントンは言い返す。

 

「私は彼を傷つけていない。勧めたのは、機械の体になれば便利だし、不死身だし、スパイに役立つオプションもあるし……。

それに最終的には手術に応じなかったじゃないか? タンガラトントンの秘密を知りながら生きて返したのに、暴挙とは?」

「ええい、イカレた人形め。話が通じん」

 

 ランカーが忌々しげに吐き捨てるのに、トントンは淡々と応じた。

 

「私がイカレているなら貴方は狂っている。マリンを狭い部屋へ閉じ込め、他者との関係を断絶し独占しようとした」

「まだ言うか。それを馬鹿の一つ覚えと呼ぶんだ」

 

 疲れたのか、ランカーはそばにあった豪奢な装飾が施された椅子へ腰掛けた。

 肘掛に肘を置き、頬杖をつく。 

 

「貴様ごとき人形に私の深い愛が理解できるハズもない。私はひと目見たときからマリンを大事にすると誓ったのだ。

この世界にはロクでもない連中がはびこっておる。貴様のような、情緒もへったくれもない奴らがな。

私はとびきり繊細なマリンを守ってやりたいだけなのだよ」

 

 ランカーの主張は触りだけならもっともらしく聞こえる。

 しかしトントンにはその先にある本心が透けて見えていた。

 

「守りたい? 操りたいだけだろう。自分以外に目を向けぬように」

 

 その言葉にランカーの白い眉がわずかにあげられる。

 トントンは淡々と述べた。

 

「貴方は父親ではない。過去の恋慕を引きずったエゴイストさ」

 

 その言葉にランカーはひげを撫であげる。

 口もとは皮肉に歪み、目は半月のように細められた。 

 

「フン、ナンとでも言うがいい。結局マリンは私を選んだのだからな」

「……」

 

 他ならぬマリンの選択を持ち出されれば、トントンも黙る他ない。

 二人の間の空気がピンと張り詰める。

 

「マリンも貴様の胡散臭さにようやく気がついたのだろうよ。それはそうとも、長々と連れ回した挙句へんぴな町に連れてきおって。

二度と足を踏み入れる気がなかったというのに、忌々しい!」

「良いところだよ。のどかで海がきれいだ。テレビも興味深い」

「私は昔からあのクチビルおばけのアナウンサーが嫌いだ!」

「面白いのに……。マリンもツッコミながら視聴していた」

 

 トントンはマリンのその姿をひどく懐かしく感じられた。

 一緒にテレビを視ていたときだ。

 

『このアナウンサーは予想だにしない行動を取るから意外性があるね』

 

 とトントンが感想を述べると、マリンが、

 

『おかしいじゃない、あっちこっち時間差なく現れるなんて!

超能力の類よ。怖いわ……』

 

 と両腕で震える自分の体を抱きかかえていた。

 アルトコ市に来て数週間。それほど時は経っていないのに。

 

「今後マリンにはあのような低俗な番組は絶対に視せん!」

 

 ランカーはそう吐き捨て、さらに彼女を縛りつけようとしている。

 最後に聞いたマリンの涙声と目の前の老人の姿がどうも結びつかない。

 

「それがマリンのためになるだろうか……?」

 

 トントンが思わずランカーへ問いかけると老人は鼻を鳴らした。

 

「なるさ。あの娘の幸せは、私のもとにいること。私は彼女にありったけの幸福を与えると誓う!」

 

 言って老人はマントで身を包む。上等な布地の裏で勲章がこすれ合い、金属音をたてた。

 まるで自分に言い聞かせているみたいだな、とトントンの目には映った。

 

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  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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