あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第八話 わたしは帰らない(3)

 

3、

 

 ランカーとトントンの論戦はまだ続いていた。

 

「ナンと言おうと、マリン自身が望んでここまで帰ってきたのだ。貴様などお呼びでないわ」

 

 その一点張りになりつつあるランカーへ、トントンが食い下がる。

 

「マリン自身から聞かなければ信じられない。彼女と会わせてもらいたい」

「会わせた途端に無理やり連れて帰るつもりだろう。そうはさせん」

「貴方じゃあるまいし、マリンが本当に望むなら私は彼女の意思を尊重する」

 

 諦める、という選択肢は未だトントンにない。

 ランカーに舌打ちされる。

 

「しつこいな。マリンが貴様と会いたくないのだ、という考えになぜ至らん」

「そうなのか? 彼女がそう言ったのか?」

「……言われなければわからんのか? これだから機械は」

 

 平行線に近い会話にトントンの声にも疲労の色がにじむ。

 

「貴方がマリンの言動を虚偽している可能性は否定できない。会えずともマリン本人が語ったとされる確証を得られれば、私も考えを改めよう」

「その必要はないわ」

 

 幼くもハッキリとした声が二人の会話をさえぎった。

 声の方向を向くと背後の部屋の扉が開けられ、一人の少女が姿を現している。

 

 銀色の長い髪は左右で輪っかにされ、流した房はツインテールのように下がっていた。

 つりあげられた瞳は海色。長いまつ毛に縁取られている。

 引き締められた唇は淡い桜色に色づいていた。

 

 その身を包むのは淡い桃のドレス。絹のマントが背から垂れ、両腕の金色の腕輪に繋がる。

 首もとの豪奢なネックレスの下で目立たないように古めかしいペンダントが下げられていた。

 

「マリン」

 

 トントンは彼女の名を呼ぶ。

 昨日の朝から、ずいぶんと久しいように感じられた。

 

 呼ばれたマリンはわずかに身構えたようだった。

 イヤリングがシャランと音をたてる。

 

「……わたし、自分でランカーのもとへ戻ったの」

 

 声を低くして彼女はトントンへ告げた。

 本人から聞かされ、トントンはわずかに眉根を寄せる。 

 

「なぜ? ランカーから逃れたいと言っていたじゃないか」

「そうだけど、気が変わったの。過保護ではあってもわたし自身を守ってくれるひとがいいと思ったの」

「きみ自身を……?」

 

 マリンがコクンとうなずいた。

 向けられたまなざしに疑念が込められている。

  

「アナタ、わたしをよく似ているひとの代わりにしようとしているでしょ……」

 

 トントンは彼女の突拍子のない発言に戸惑うばかり。

 

「よく似ている……プリンプリンのことかい? きのう彼女を見たの?」 

「見たわ。姉か、というほど似ていて怖かった」

「私も、ここまで似るものかと思ったよ。しかしなぜ私がきみを彼女の代わりにしなければならないんだい?」

 

 トントンが悪びれずに答えるのでマリンが後ずさる。

 彼女は震える唇で言い返した。

 

「わ、わたしがあの人にすごく似ているからよ。何度も言わせないで。

知っているんだから。アナタはあの……プリンプリンさんが好きなんでしょう!?」

「!」

 

 言われてトントンも返答がつかえる。

 自身の恋心をなぜだかマリンに知られていたからだ。

 いつも流暢に返事をするトントンが黙ったので、怖気づいていたマリンも強気を取り戻したようだった。

 

「ほら、何も言えないじゃない。やっぱりそうなんだわ」

「……いいや、違うよ。マリン。確かにすこし驚いたが、私がきみを代わりにしようとしたことはないよ。

それに、代わりというならだね」

 

 トントンがチラとランカーを見やった。

 ここまで二人の会話を見守っていたランカーは視線に気づいて急に立ち上がる。

 よたつきながらもマリンへ駆け寄り、その華奢な肩を両の手で抱いた。

 

「うぉっほん! げっほげっほ。

そのとおりだ、マリン! この男はおまえをプリンプリンの代わりにしようとしている!」

 

 いかにもワザとらしいランカーにトントンは肩を落とす。

 

「それは嘘だ。マリン、よく聞いて。ランカーこそが……」

「知っているのだぞ! 貴様は、プリンプリンへ求婚したのだろう!?」

 

 トントンの言葉に被せてランカーが過去を蒸し返してきた。

 何かがおかしい、とトントンもさすがに気づきはじめる。

 ランカーが勝ち誇ったようにベラベラと話しはじめた。

 

「フフ。これも過去に貴様の国へ潜入した私の部下から聞いたことだ。

貴様はプリンプリンへ求婚をした挙句、機械の体となれとまで言ったらしいな! この暴走ロボット! マリンに何をするつもりだったんだ?」

「確かに僕はプリンプリンに結婚を申し込んだことはあるが……」

「やっぱり好きだったんだ……」

 

 トントンの言葉を最後まで聞かず、マリンが復唱する。

 マズイ、とトントンはランカーではなくマリンへ説得を試みた。

 

「マリン、誤解だよ。ランカーの言うことに惑わされてはいけない」

 

 しかしランカーがマリンの小さな体を抱きしめ、トントンから距離を取らせた。

 わざとらしく彼女の耳もとで言う。

 

「近づくな、欲まみれの機械人形め! マリンに何をするつもりだ!

まさかサイボーグ手術にかこつけてイヤらしい真似を……!?」

 

 ランカーの穢らわしい物言いにトントンは思わずカッとなった。

 タンガラトントンの王子として造られた彼にとってランカーの侮辱は耐えがたい。

 凛とした声で反論する。

 

「黙れ! 機械の身である私が、そのような浅ましいことを望むはずもない!」

 

 それがよくなかった。

 反応したのはランカーではなく、彼の腕の中にいるマリン。

 

「……ねえ、そもそもわたし、アナタがロボットだって聞いてなかったんだけど……」

 

 彼女はランカーの手を振りほどいて一歩前へ出る。

 銀の髪を揺らし、トントンを揺れる瞳で見ていた。

 

「どうしていつも何も言ってくれないの? あの人のことだってそうだわ。最初から教えてくれたらよかったのに」

「……後で言おうと思っていた」

「それが腹が立つのよ!」

 

 涙声で怒鳴るマリンに、トントンは二の句が継げない。

 

「言ったら、わたしが騒ぐとでも思っていたんでしょう? 面倒だって……結局信用してくれていないんだわ。

アナタもランカーと一緒よ! わたしのためと言いながら、ただの押しつけじゃない!」

「違う。違うよ、マリン。私がロボットだと言えばきみに無用な混乱を招くと思って……」

「だから、同じじゃないの! 内緒にしているほうが混乱するわよ!

ひどいじゃない。わたしだけ何も知らないなんて……」

「マリン……」

「もういいわ。私の前から消えてよ」

 

 マリンの海色の目から涙がこぼれ落ちる。

 トントンが返事に詰まっているとランカーが畳みかけてきた。

 

「わかったか? マリンは貴様を信じられないと言っている!

これまでは口八丁で騙してこれただろうが、しょせんはまやかし。真実には敵わないと言うことだ!

さあ、望みどおりマリンの本心を聞かせてやったぞ。とっとと去るがよい!」

 

 ランカーの巨躯がマリンの細い体へ覆いかぶさる。

 トントンにはマリンの本心が見えなかったが、少なくとも彼女が自分を拒絶しているのは理解できた。

 

 ランカーの腕の中にいるマリンは、まるで飾りたてられた人形。

 

 窓の外では雨が今にも降りそうだった。

 

4、

 

 降りだした雨にトントンは傘をひらいた。

 被ったままの黄色い帽子のつばが、彼の白い顔にさらに濃い影を落とす。表情はほとんど見えない。

 

 ランカーの屋敷を背にしながら、後ろ髪引かれる思いでトントンは振り返る。

 扉の前には一人の女が立っていた。

 紫髪を今はひとつに縛り、後ろへ流している。

 

「もっと粘るかと思ったけど……意外と諦めがいいのね。色男さん」

 

 かつてトントンがヘリポートで眠らせたヘドロだった。

 肩にかかる長い髪を後ろへやりながらクスクスと笑っている。

 

「いいや、私は諦めたワケではない。マリンの望まぬことはしたくないだけだ」

「このままだとランカー様がダマスクセまで連れていくかもしれなくてよ」

「私がそれを把握できないとでも?」

 

 かつてトントンに屋敷じゅうの警報システムをジャックされたヘドロとしては目を泳がすしかできないようだ。

 しかし彼女はすぐに調子を戻してトントンへ目線を戻す。

 

「あの時のようにしないのはなぜ?」

「マリンが望んでいないからだ。彼女の気持ちを無視すれば、貴女たちと変わらないからな」

 

 トントンが睨みつけてもヘドロの笑みは崩れない。

 紅を引いた唇がなだらかな弧を描く。

 

「女の本心は口先だけで図れなくてよ」

 

 その物言いはランカーの部下にしては違和感があった。

 トントンの訝しげな視線がヘドロへ縫いつけられる。

 

「――何が言いたい? まるで、私にあの子を連れ出してほしいとでも言っているかのようだな」

「そうかしら。バカ正直な貴方に助言してあげただけよ、お利口なロボットさん」

 

 先のマリン救助のときとは違う態度に、トントンは整った顔をしかめた。

 

「……不愉快だ。いちど戻る」

「またいつでもいらしてね」

 

 ウフフ、とヘドロに手を振られる。

 その態度を不審に思いながらもトントンは付近に停めてあるビートルまで歩いていった。傘を閉じて乗り込む。

 

 エンジンをかける前、一瞬だけマリンの泣き顔が電子頭脳によぎった。

 本当にこのまま帰っていいのだろうか。

 無理に連れ戻したほうが……?

 

「しかし、それではランカーと同じだ……」

 

 ひとりごちて発車させる。

 ただ、絶対にこのままではいけないとは理解していた。

 

 なんとかマリンをもういちど説得しなければ……。

 

 白い車が雨の降りしきる中へ消えていく――。

 

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