5、
トントンはひどく落ち込んでいるようだった。
マリンを連れ戻せなかった彼を家へ招き、プリンプリンも励まそうとしているのだが上手くいかない。
普段は明るい陽に包まれたリビングも今は雨音が遠く聞こえている。
「ねえ、トントン。少なくともマリンちゃんはランカーを頼っているんじゃないとは思うの」
ソファに腰かけるトントンへ声をかけるプリンプリン。
彼は顔をずっと伏せている。
プリンプリンは先日と同じようにソファの前のウッドチェアへ座った。
「このままマリンちゃんをあの人のもとへ置いておくのはよくないわ。一緒に打つ手を考えましょうよ。ね?」
彼女のとび色の目にはまだ希望の火がきらめいている。
しかし、トントンは彼女と顔も合わせられないのかまだうつむいていた。
プリンプリンは彼の返事をしばらく待つ。
重い沈黙が部屋に満ちたあと、彼はようやく口を開けた。
「確かにマリンがランカーになびいた様子はなかった。
……だが、私を拒んでいる。理由は私があの子をきみの代わりにしようとしている、と……」
「まあ……それは、ランカーのほうでしょうに」
わからないんだわ、とプリンプリンは口にした。
おそらくマリンはランカーの過去を知らされていない。トントンから間接的に聞かされているとは聞いたが、ランカーが追いかけていた相手がプリンプリンとまではわかっていないのだ。
それを知ればマリンの心も変わるはず。
しかしトントンを落胆させたのは、マリンがランカーを選んだことではないらしい。
「彼女は私と共にいたくないと言っている」
「衝動で言っただけよ。マリンちゃんがもっと落ち着いたらきっとわかってもらえるわ」
プリンプリンは努めて明るく言うものの、トントンの思考は沼へ沈むかのように悪いほうへ向かってしまっているようだ。
「いいや、私が間違っていたのかもしれない。最初から……」
普段は余裕すら感じられる彼の思い詰めた様子にプリンプリンは目を丸めた。
「何を言っているの。ランカーからマリンちゃんを助けたのは、正しい選択だわ」
次いで、率直な疑問。
「どうしたの? あなたらしくないわよ」
「……うん。僕もその選択自体は合っていたと思う。
しかし、それ以降の態度に問題があった。ランカーが誤っていて、自分こそが正しいという驕りがあったのかもしれない」
トントンが半ばひとりごちるのに、プリンプリンは静かに耳を傾ける。
「私はマリンは感情的になりやすいと思っていた。故に落ち着いて、その時々の最善を伝えるべきだと。
だが彼女の気持ちを押しやり、ひとりで待つように指示した結果がコレだ。
私には、彼女の気持ちがちっとも理解できていなかった……今回はすぐにマリンのもとへ駆けつけるべきだった」
「トントン……そうだったかもしれないけど、あの時は誰も正しく動けなかったのよ。貴方はよくやったわ」
「でも、プリンプリン。僕は涙も出ないよ」
やっと顔をあげたトントンは確かに泣いてはいなかった。
ただ、引きつった白い顔を見てプリンプリンにはわかった。
泣けなくとも彼が哀しみ、悔やんでいることを。
彼の鈍色の瞳を覗き込む。
「――ひどい顔よ。すこし休みましょう」
その言葉にトントンはすこし息を飲み、視線をそらした。
「……すまない。見苦しいところを見せた」
「いいのよ。友だちじゃないの」
プリンプリンはトントンを安心させようと微笑む。
リンリンの無邪気さとはまた違った、少女でありながら母性も感じさせる、優しい笑みだった。
トントンも横目ではそれを見ていたのか、表情がわずかに和らいだように見える。
それからプリンプリンしばらく彼をそっとしておいた。
自身は普段どおり食器の片付けをしたり、キッチンの拭き掃除をしたり。
普段どおりを心がけた。
考えごとばかりしているようだったトントンも、いつにまにかプリンプリンのルーティン化した動きを目で追っていたらしい。
「きみがそうしているのはふしぎな感じがする」
「そう? もう結婚して九年になるから。リンリンもいるもの」
「そういえばリトルプリンスを見かけないな」
トントンがまわりを見回した。
精神的にすこし余裕が出てきたらしい。
「リンリンは二階の自分の部屋でお昼寝しているわ」
プリンプリンは弾む声で答えた。
お昼を済ませたリンリンは庭ですこし遊んだあと、『眠たい』と言って二階にあがったきりだ。キッキも一緒で今ごろ一人と一匹で仲良くベッドで寝息をたてているだろう。
プリンプリンの返事を聞き、トントンが天井を見た。
「そうか……彼と初めて会ったときも、ふしぎな気持ちになったよ」
「へえ。どんな?」
聞き返せば当時を思い出したのか懐かしそうに語られる。
「初めて見たときは小さいボンボンがいる、と認識した。だが聞いていたとおり髪が七色に輝いていてね。マリンが『光の冠』と呼んでいた――。
友だちのお猿とフラワーアーチの下で遊んでいたよ。
近づいて目を見て、驚いたな。とび色できみそっくりだった。まつ毛も長くて……まるできみに見つめられているみたいでドキリとしたよ」
「リンリンは目だけはわたしに似たのよね」
「あと性格ものんびりしているようだったから、きみを思い出したよ。昔のボンボンみたいに走り回っていなかった」
「ボンボン、今でも子どもみたいなところあるから」
言ってプリンプリンは昨夜の出来事を思い返す。
マリンの行き先を無意識ながら知らせてくれたボンボン。なぜだかプリンプリンがトントンへ心変わりした、と勘違いして騒いでいたが、なだめつづけたら誤解も解けた。
その後はトントンが身を寄せる屋敷へ車を飛ばしてくれたが、やはり機嫌が悪かった。
しかしマリンがランカーのもとにいる、とわかるや否や一緒に心配してくれたあたり心根は優しい。
「昨日のボンボンはめちゃくちゃ言っていたな。私を見て、
『やいやい、お前さん、パーツ交換しておきながらナンで見た目を変えないんだよ』って。『おれらは老けたのに』とも……」
「『わたしのこと、老けたと思ってたの?』って返したら口ごもっていたわね。別に怒ってないのに、ボンボンったら」
「まあ彼らしいよ。その後、私が電子頭脳の映像をテレビに映したら、
『え〜他にもナンか機能増えた? ロケットパンチとか』とか言ってた。そんな非効率的なものはないよ、と教えたんだが……、
『バカ! ロケットパンチはロボットの醍醐味だろ!』だとさ」
「何を言っているのやら……ごめんなさいね、トントン」
「いや。懐かしかったから、気にしていないさ」
トントンの口もとにようやく笑みが浮かんだ。
同時に、幼く舌足らずな声が二人の会話に割り込んでくる。
「……トントンて、ロボットなの?」
目をこすりながら聞いてきたのはリンリンだった。寝起きで髪の毛に若干の寝グセがついている。
隣でキッキも小さなあくびをしていた。
「あら、リンリン。おはよう」
プリンプリンが声をかけると、リンリンは『おはよ』と短く返してくる。
上の空といった感じで、関心はトントンに向けられているようだった。
すぐにトントンへ向き直り、
「ねえ、トントン。ロボットなの?」
と、もう一度問いかける。
寝ぼけまなこだが確かに彼を見ていた。
質問を受け、トントンは返事に困っているようだった。
だが無垢な視線に嘘をつくのがためらわれたのか、彼は澄んだ瞳で、
「そうだよ。私は機械だ」
と答える。
鈍色の目がリンリンの反応を窺っていた。
肝心のリンリンはというと口をポカンと開けて突っ立っていた。
プリンプリンもトントンの身の上を聞かされたときは驚いたので、息子の反応はさして珍しくない。
リンリンはしばらくその場に佇んでいたが、おもむろにトントンへ近づいたと思えば無遠慮に腕や肩をペタペタと触りはじめる。
プリンプリンが『失礼だからやめなさい』と言いかけたとき……。
「すごい。人間そっくりだ……かっこいい!」
とリンリンが目を輝かせた。眠気はすっかり吹き飛んだようだった。
その後ろでキッキも興味津々といった様子でトントンを観察している。
リンリンの反応にトントンは面食らっているようだ。思考停止したみたいにリンリンをじっと見つめている。
プリンプリンはいまどきの子どもらしいリンリンの態度に驚愕した。
十九年前、自分もボンボンたちもたいそう驚いたものだが、最近の子はすぐに受け入れてしまうものなのだろうか?
リンリンが無邪気に質問を続けている。
「ね、ロケットパンチ撃てる? 飛距離はどれくらい?」
「そんな非効率的なものはないよ。親子だなあ……同じ質問してる」
「ヒコーリツ?」
「いちど撃てば回収するかパーツ交換しなければならないだろう?」
「ああ〜、腕がなくなったらたいへんだもんね。そっか」
いつのまにかトントンの膝にいるリンリンが自分のあごに触れて考え込む素振りをした。
気分はすっかり科学者のようだ。
その光景を見てプリンプリンは微笑ましさすら感じた。
トントンもリンリンを自然と抱え、そのまま話し込んでいる。
時折キッキの合いの手が入った。
二人と一匹が楽しそうなので、プリンプリンは会話の邪魔にならないよう、残りの家事を済ませるべくその場を離れた。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
-
リトルプリンス・リンリン
-
キッキ
-
オハナ
-
セイン
-
マリン
-
ヤーブレとカーブレ
-
リンリンのおばあちゃん
-
リンリンのおじいちゃん