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しばらくして戻るとリンリンがトントンの隣に移っていた。
スケッチブックを開き、クレヨンで何か描いているようだ。
プリンプリンは何を描いてるのか二人と一匹の後ろからそっと覗く。
二人の人物とふしぎな生き物が、青い空の下で笑っている絵だった。
黄色い帽子を被っているのはトントンだろう。真っ黒い体に黄色の襟もついている。
もう一人は頭の左右に灰色で輪っかが描かれていた。そこからビーっと同じ色で線が引いてある。
ミニスカートをはいていて、トントンより一回り小さいからマリンか。
最後に描いてあるのは生き物なのかもわからなかった。
二人の足もとにいるから、かなり小さい。四角で構成されており、大きな目がある。しっぽらしきものも見えるが……。
「これはなに?」
プリンプリンの疑問をトントンがそのまま口にしてくれた。
リンリンは四角い物体を指さして、
「これはねえ、ガガピーだよ! 機械のお猿なんだ」
言われてみれば目のついた四角の両側に四角い耳がある。
「へえ。機械ならマリンも怖がらないかな?」
トントンがくすくす笑いながらリンリンの絵を見ていた。
キッキはお仲間だと思っているのか、しっぽをブンブン振っている。
リンリンがガガピーに色を塗り重ねながら言う。
「マリンが帰ってきたら、この絵を見せてあげるんだ。
よかったらトントンも協力して! 今年の自由研究にするから」
リンリンの言葉にトントンの笑みがほんの少し強ばった。
プリンプリンは会話のゆくえをハラハラしながら見守る。
リンリンは上目でトントンを見上げ、言い募った。
「ねえ、トントン。マリンは帰ってくるよね?」
返す言葉がなく沈黙を続けるトントン。
リンリンは急かすことなく窓へ目をやった。
灰色の空が、かすかな陽光で白んでいる。
「あのおじいちゃんのところにいたら、マリンとはきっと会えない。このところ毎日会っていたのに……あのおじいちゃんはいじわるだよ!
そうしたら、ぼくらの約束も守れなくなるよ」
約束。
プリンプリンは首をかしげた。
しかしトントンは知っているらしくリンリンの横顔をじっと見つめる。
「夏休みの約束のことかい?」
リンリンがうなずいた。
「フラワーアーチのときの約束さ。マリンとやりたいことがたくさんあるのに……。
ねえ、トントン! マリンをきっとあのお花いっぱいのお屋敷へ連れ帰ってくれるよね?」
向き直るリンリンのとび色の瞳は今にも涙がこぼれそうだった。プリンプリンに似て長いまつ毛には雫がくっついている。
揺れる瞳がトントンを映した。
視線を受けて彼はまだ押し黙っている。
だが先ほどまでとは違い、鈍色の瞳には強い光が灯っていた。
「そうだった、リンリン……私ときみとで約束したな。
マリンに友だちとの楽しい夏の思い出をつくらせる、と。
私と彼女だけの問題ではなかった」
クレヨンを握る小さな震える手をトントンの手が包んだ。二人の手が合わさり、リンリンの手の震えがおさまる。
「もういちど約束しよう。マリンを必ず連れ帰ってくる。彼女の戻る場所は、今はあの屋敷だ。
花がたくさん咲いている……マリンはきれいなものが好きだから、きっと気にいると思って借りたんだ」
トントンの心も再び決まったようだ。
プリンプリンは二人の様子を見て、口もとをほころばせる。
「トントン。明日はわたしもランカーの別荘へついていくわ」
その提案にトントンが勢いよく振り返った。
「えッ? しかし、ランカーはきみを見たら……」
「だからよ。マリンちゃんも誰が自分を本当に大事にしているか、わかると思うの」
「それでもきみを危険なめに合わせるわけにはいかないよ。リンリンや、ボンボン。クイーンにも申し訳が立たない」
「大丈夫よ!」
プリンプリンは明るい声で言いきる。
「わたしには『守り神』がいるから。ねえ、モンキー……」
プリンプリンはリビングの窓辺にあるモンキーの写真を見やる。
窓の外はもう雨が上がっていた。
陽が差しこみ、かつて彼女のそばにいた猿の姿を明るく照らしていた。
6、
窮屈な部屋の中、マリンはベッドに突っ伏してずっと泣いていた。レースの天蓋がついた大きなベッドは柔らかく、マリンの細い体を優しく受けとめてくれる。
しかし彼女が欲しがっているのは、こんなものではない。
「まァ〜、あんな色男をこっぴどくフっておいて何を泣いているの? プリンセス・マリオネット」
ダマスクセの屋敷同様ヘドロが夕食を運んできた。
カートには銀の食器に豪華なメニューが目白押しだ。
チキン、トマトのカプレーゼ、ビシソワーズ。サラダは複数種類があって山盛り。
マリンは海色の目でチラリと見て、こんなに食べきれないな、と思う。トントンだったら無駄な量は作らない。
『もっと食べなさい』と言われたことはあるけれど、満腹と知れば次からは調節してくれた。
平凡で質素なメニューが多かったが、マリンは彼の用意する料理が好きだった。
思えばトントンが何かを口にしているところを見たことがない。注意深く考えればすぐわかることなのに。
ロボットだから自分には必要ないのに……マリンのために毎回準備してくれていた。食卓にいてくれた。
もういない。
自分が『消えろ』と言った。
マリンの目から涙がとめどなく流れる。
「ランカー様のようなお金持ちに、機械とはいえタンガラトントンの王子様。他にも求婚してきた相手は数知れず。
プリンセスも泣いて喜ぶというものね」
ヘドロは過去とまったく変わらず、下世話な話ばかりしてくる。
マリンは力のない声で答えた。
「……あの人は、そんなんじゃないわ……」
「あら、まだそんなことを仰るの? ではナゼ彼を拒んだの?」
「……あの人が好きなのは別の人だから……」
寝返りをうつマリン。
淡い桃色のドレスのすそがひらりと舞った。
ヘドロの意地の悪い声に嘲笑が混じる。
「まあ、そう思っているほうが幸せでしょうね。食事は置いておくから、すこしは食べなさいな。ランカー様が心配なさる」
そう言って、ヘドロは退室した。
扉に鍵がかかる音。
窓には、ダマスクセと違って無骨な鉄格子。まさに牢屋。
ずいぶんと錆びているが過去にも誰か監禁されたことがあるのだろうか……。
赤茶けた鉄の縞模様の先で、分断された空が朱に染まっていた。
マリンは上体を起こし、ぼうっと外を眺める。腕で何かがすべり落ちていく。
焦点の定まらない目で見れば、リンリンたちと作ったブレスレットだった。
腕をあげ、じっと見つめる。白とベビーピンクのビーズがきらきらと輝き、銀の星のチャームが揺れていた。
撫でると貝殻の感触が今は遠いアルトコの海を思い出させる。
ブレスレットを作った時は本当に楽しかった。
リンリンもいて、オハナはオシャレに興味があるのかマリンにひっついてきて。
セインは興味なさげなわりにルーターを使って張り切っていた。お猿にひったくられていたが……。
そしてトントンがいた。
彼がマリンのデザインを褒めてくれたので自信を持てた。
思い返せば、ランカーのもとを去ってから彼がひとつひとつマリンのやりたかったことを許してくれた。
服装が目立つから、とドレスに替わる服を選んだ時。ミニスカートをはいても『似合うね』とあっけらかんと言った。あれにしろ、これにしろ等とは決して言わなかった。
ビートルにクッションを置きたい、とねだった時も『好きにすればいいよ』と言った。車で移動する時にクッションを抱えたり、眠ってしまったり、すこしずつ思い出を作らせてくれた。
態度は素っ気ないものの、トントンが認めてくれるたびにマリンは自分という人間ができていくのを実感できた。
そんなトントンをなぜ拒絶したのか自分でも理由がわからない。
プリンプリンの代わりにされるのは嫌だ、と強く思ったのは確かだ。
しかし、その理由は?
トントンのことが好きだから?
問われてもマリンは答えられない。好きなほうだが、恋愛感情とはまた違う気がする。
彼がそういう目でマリンを見た、と考えるのだって嫌だ。
本人は『違う』と言っていたがマリンはどうしても信じられなかった。
だってプリンプリンと自分はあまりに似すぎている。
違うなら信じさせてほしかった。
態度で示してほしかった。
……自分があんなことを言ったからだとはわかっている。
だとしても、それを突っぱねてほしかった。
わがままだ。
マリンは、ないものねだりをしている。
これまでトントンはマリンの意思を尊重してくれていた。
今回もそうしたのだ。
彼は何も変わっていない。
それを今回だけはくつがえしてほしかった、なんて。
「トントン……」
マリンはここにいない彼の名を呼びながら『自分こそ消えてしまいたい』と願った。
両親の形見のペンダントがやけに重たく感じられる。
朱い太陽は影ばかり濃くするから嫌いだ。マリンの眠るベッドのシーツにまで、格子状の影が黒々と落ちていた。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん