あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第八話 わたしは帰らない(6)

 

7、

 

「では、またあした。

プリンセス・プリンプリン……そしてリトルプリンス・リンリン」

 

 ビートルの前でトントンが挨拶する。

 夕空の下、プリンプリンは息子のリンリンとお猿のキッキと一緒に彼を見送ろうとしていた。

 

「泊まっていってもいいのに。ひとりきりであの屋敷は広すぎるわ」

 

 彼女の白い顔を茜色の陽が照らしている。

 トントンは眩しさに目を細めたようだった。

 

「いいや、よしておくよ。ボンボンの機嫌を損ねるからね」

「格好だけよ。ボンボン、本当はあなたのこと嫌っていないわ」

「……プリンプリン。優しいのはきみの美点だが、旦那さんのことも考えてあげたほうがいいよ」

 

 トントンから困ったように笑われて、プリンプリンはキョトンと目を瞬かせた。

 その仕草に彼が笑みを大きくする。

 プリンプリンは隣のリンリンへ『何か変なこと言った?』と聞いたが息子はブンブンと首を横に振るばかり。

 キッキも真似して楽しそうに首を振った。

 

 トントンにまた苦笑いされる。

 

「うといところもかわいいけどね」

「ナンだかあまり褒められた気がしないわね」

「褒めたさ。僕がきみを悪く言ったことがあるかい?」

 

 プリンプリンはすこし考えてみたが一度もない気がする。

 

「あなたって褒め上手なのね!」

「いや、うん。まあ、それでいいよ……」

 

 やはり煮え切らない返事が返ってきて、トントンから目をそらされた。

 その視線の先にリンリンがいる。

 トントンはリンリンにはしっかりとした口調で声をかけた。

 

「リトルプリンス。きみとの約束を果たしてくるよ」

 

 リンリンが細い小指をたてる。

 

「うん! ぼく、待ってるね。マリンの帰りを」

 

 その指にトントンの小指が引っかけられた。

 プリンプリンは思わず笑みが漏れる。

 約束を交わすとトントンはビートルのドアを開けて中へ滑り込んだ。

 

「あした迎えにくるよ。では、ごきげんよう」

 

 そう言い残し、エンジンを吹かせて去っていく。

 熱い風を感じた。プリンプリンは汗を拭い、顔にすこし張りついていた銀の髪をかきわける。

 手をおろすとリンリンがプリンプリンの手を握ってきた。

 

 子どもらしい高い体温が手のひらに伝わる。

 

「どうしたの、リンリン」

 

 見下ろせば、プリンプリンと似たリンリンのとび色の目に不安の色がにじんでいた。

 

「ねえ、ママァ。おじいちゃんはどうしてマリンをひとりぼっちにさせるの?」

 

 幼いなりに今回の事件で悩んでいるのがわかる。

 ただ無垢なリンリンにはランカーの暗い執着心など想像もできないのだ。

 

 そのほうがいい。リンリンには、苦しいことや辛いことをできるだけ知らずに生きていってほしい――。

 

 でも、この子は知ろうとしている。

 マリンの孤独の理由を。

 

 プリンプリンはゆっくりと問いかけた。

 

「……じゃあ、リンリン。なぜママがリンリンを毎日『いってらっしゃい』って送り出せるか、わかる?」

 

 難しかったのかリンリンがうつむき、唇を尖らせる。

 

「わかんない……」

 

 ふわふわのプリズムの髪が陽に透けて七色にきらめいていた。

 頭を撫でると汗ばんでいる。

 かわいいな、とプリンプリンは思った。

 

「信じているからよ」

 

 細い髪を指ですきながら、答えを伝えた。

 とびきり優しい声で告げる。

 

「あなたがわたしを好きで、わたしはあなたを愛している。

だから必ず帰ってくるって信じるの。信じているから、毎日どこへでも送り出せるのよ」

 

 言ってプリンプリンはリンリンをそっと抱きしめた。

 お日さまと甘ったるいミルクのような匂いに、幸せな気持ちがあふれるけれど。

 昨日からずっと心の奥に影がかかっている。

 

「きっと、あのおじいさんは誰のことも信じられないのね。だから愛するひとを自分のそばで縛りつけようとする。

目に見えないと疑ってしまうから……」

 

 言葉にすると影がより濃くなるが、形がわからない。

 見えないものは不安を呼びよせる。

 

 好意も悪意も目には見えないんだな、とプリンプリンは思った。

 

 リンリンがスカートのすそを掴んでくる。

 

「ぼく、帰ってくるよ。ママが信じてくれるなら、どんなところからでも」

 

 手が白くなるほど強く握っていた。

 プリンプリンはその手を取り両手で包み込む。

 温もりが冷たい影を隅へと追いやってくれる気がした。

 そう信じたかった。

 

 目の前にひろがる、眩いプリズムの髪が彼女の心を照らしてくれる。

 

「ありがとう、リンリン。大好きよ」

「ぼくも!」

 

 リンリンがしがみついてきたので、プリンプリンは彼を抱きあげる。八つにもなるとさすがに重たくなったが、背中に手を回すとまだ柔らかい。

 キッキもプリンプリンの肩へ駆けのぼってきて、『キキッ』と鳴いた。赤い鼻を押しつけるので笑ってしまった。

 リンリンの細い腕がプリンプリンの首へ回される。

 しっとりと汗に濡れていて、それすら愛しい。

 

 リンリンの甘えん坊な声が耳をくすぐった。

 

「ママァ、だあいすき。どこへ行こうと戻ってくるからね。

ぜったい、ぜったいにママのところへ帰るからね」

 

   ―――第八話 おわり―――

 

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  • キッキ
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  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
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  • リンリンのおじいちゃん
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