あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第二話 小さな王子さま(2)

 下の階に降りると、工房の脇にあるテーブルにパンが用意してあった。甘くて優しい匂いが部屋を満たす。

 

 大皿には、チョコレートチップがまぶされたメロンパン。ソースがかかったコロッケを挟んだパン。

 もう一つ、チョコレートクリームがたっぷり入ったコロネ。

 チョコやレーズン、コーンフレークが入った貝殻型のクッキーまであった。

 

 リンリンとオハナが足音をたててテーブルへ走っていく。

 やっと解放されたキッキも、リンリンの座った椅子にスルスル登っていった。

 

 マリンはというと、できるだけキッキと距離を取るように斜め前に腰かける。

 

「マリン、好きなの選びなよ!」

 

 リンリンがニコニコ笑って勧めた。

 マリンは大皿のパンを物珍しそうに見ている。しばらくして、チョコレートコロネを手に取った。

 

 おそるおそる小さな口に運び、クリームとパンを一緒にかじる。

 モグモグしてから一言。

 

「……コレ、パンじゃなくてスイーツじゃない?」

「おやつだよ! おいしい?」

 

 リンリンとオハナ、キッキのまっすぐな瞳が輝いている。

 マリンは目をそらし、

 

「……まあまあね。甘いのは好きだから……」

 

 と小声で言った。

 リンリンは頬杖をついて、マリンが食べる様子を眺めている。

 

「リンリンもおあがりよ」

 

 オハナの父がうながした。

 リンリンは『うーん』と考えるそぶりをして、

 

「おうちにおやつがあるかも、って思い出して…」

「ママにはボクから言っといてあげるよ」

 

 そう言われたら、リンリンも遠慮なくチョコチップメロンパンを手に取る他ない。

 おじちゃんの作るパンで、リンリンはこれがイチバン好きだ。

 かぶりつくとサクサクして、バターとチョコの味が口いっぱいにひろがる。

 

「おいひいよ、おじちゃん!」

「それはよかった」

 

 オハナはコロッケパン、小さな弟や妹はクッキーに夢中だ。

 一匹だけ大人しくしていたキッキの前に、輪切りのバナナを乗せた皿が置かれる。

 

「キッキも、ほら。食べな」

「キー」

 

 キッキがおねだりするような目で見てくるので、リンリンは口についた食べかすを拭きながら言った。

 

「いいよ、キッキ。おじちゃんがママに言ってくれるから」

「キキャッ」

 

 キッキは長い腕を伸ばし、さっそくバナナをひとつまみ。

 

「キーキーキーキーキー」

 

 手を叩いて、しっぽを大きく振り、全身で喜びを示していた。

 オハナの父がアハハと笑う。

 斜め前ではマリンが眉を八の字にしていた。

 

「おやつ食べたらどうする? 帰るの?」

 

 オハナの父に聞かれ、リンリンが答える。

 

「マリンと、ちょっと行きたいところがあるんだ」

「わたしと?」

 

 チョココロネを食べ終えたマリンが口まわりを拭きながらリンリンを見やる。

 リンリンは半分ほど減ったメロンパンを大事に持っていた。

 

「うん。せっかくだから海を見せたいんだ!」

「ええ? 潮風は髪がバサバサになるからヤーよ」

「ちょっとだけ! アルトコに来たんだから海を見ないと」

 

 リンリンが身を乗り出すが、マリンは乗り気でなさそうだ。

 そこをオハナの父が後押しする。

 

「きみの名前も『マリン』だし、リンリンに案内してもらいなよ。いいとこ知ってるよ」

 

 そう言って、パンの匂いがしみついた手でオハナの頭を撫でた。

 オハナがコロッケパンをかじりつつ、目だけで父親を見る。

 

「とうちゃー、ぼくもー」

「わたしもー」

 

 弟や妹も呼ぶので、『ハーイ』と返事して撫でに向かう父。

 

「ね、マリン。行こうよ〜」

 

 リンリンが首をかしげて、マリンにねだる。

 マリンは口をとがらせて、

 

「わかったわよ……数分だけよ!」

 

 と、しぶしぶ言った。

 

4、

 

 荷物はパン屋に預け、三人と一匹は手ぶらで海岸へ歩いていった。

 海が近づいてくると、潮のにおいがいっそう濃くなって体に吹きつけてくる。

 

「これだからヤなのよ。港町は!」

「そうなのー? ぼくはアルトコ好きだよ!」

「オハナも!」

「キキッキ……キャキャァ……」

 

 リンリンやオハナに続こうとしてキッキが口をもごもごさせた。

 マリンが鋭い目つきで見ている。

 リンリンが振り返って、吹く潮風を全身で受けながらマリンに向かい合った。

 

「マーリンッ、キッキ近づかないようにしてるよ?」

「でもダメよ。猿は……ダメだわ! 目の前にいるだけでゾーっとする!」

 

 リンリンは両腕をひろげ、また八重歯を見せて笑う。

 

「ナンだって、そんな猿がきらいなのさ〜ぁぁ?」

「昔から言われてきたのよ。わたしを育てた人が、猿は不幸を連れてくる、って……」

「そのひとって、マリンのママ? パパ?」

 

 リンリンの無邪気な質問にマリンが口を固く閉じる。

 

「……」

「ん? 話したくないカンジ?」

「別に。そんなことないけど」

 

 最初に出会ったときと同じ口ぶり。

 リンリンも幼いながら『触れてはいけないもの』を感じ取った。

 

「ムリしなくていーよ! あ、そろそろ着くよ!」

 

 くるっと一回りして、リンリンが海を指さす。

 海の青と空の青が一直線に隣りあう。間を陽のきらめきがつないでいた。

 リンリン、キッキ、オハナが順々に桟橋に踊りでる。

 

「これがアルトコブルーだよ! きれいでしょ!」

 

 マリンもおいでよ!

 リンリンは体を折り曲げて呼びかけた。

 

 マリンがおっかなびっくり桟橋を進む。

 

「何よ、アルトコブルーって……」

 

 気の強そうな口ぶりだが声に元気がない。

 リンリンは見かねて迎えにいく。

 

「アルトコブルーってのは、アルトコの海の色。空の色だよ」

「だから、まんまなんだって……」

 

 手をつなぐと、マリンの手が汗ばんでるのがわかった。指先が冷たい。

 ゆっくり歩いていたらオハナも戻ってきて、リンリンの反対側でマリンの手をにぎった。

 

 キッキは桟橋のいちばん向こうで、『キッキッ』と鳴きながら海を覗き込んでいる。ふわふわの毛が潮風で波打っていた。

 

「ねえ、マリン。旅してきたところで海は見なかったの?」

「潮風がイヤだから。それに、珍しくないでしょ。海なんて」

「ちがうよ、ちがうよ! 海は毎日ちがう色。アルトコブルーは二〇〇色あるんだよー?」

「ナニソレ」

 

 ツボに入ったらしく、マリンが吹き出した。

 リンリンがつないだのと反対の手をあげる。

 

「パパが言ってたんだ! 他の国は他の国の青があるんだよーって。オサラブルー、アクタブルー、バルンバブルー……」

「青にこだわるのはなぜなの?」

「『ママが海が好きだから』って。パパはねえ、ママが大好きなんだよ」

「そりゃ、結婚してるんだからそうでしょうよ……」

「ちがうよ、ちがうよ! 大好きだから結婚したんだよ」

「どっちでもいいじゃない。同じでしょ」

「ちーがーうーよー!」

 

 リンリンが地団駄を踏むと、呆れるマリンの向こうでオハナがクスクス笑った。

 そこへ男の子が一人、走って合流してくる。

 

「おーい! リンリーン、オハナー!」

 

 スケボー片手にやってきたのはセイン。息を切らし、顔や首には汗が垂れている。

 

「セイちゃーん」

 

 リンリンがひらひらと手を振る。

 横のマリンは嫌そうな顔だ。セインの汗臭そうな格好が気に入らないらしい。

 それに構わず、セインがその場でしゃがんでリンリンに向き合う。

 

「さっきまで向こうの公園でスケボーの練習してたんだ。ホラ、スマホで動画みながらさ……」

 

 セインがスマホの画面で動画を見せてくれる。魔法でも使ったかのような技の数々にリンリンが「わぁ……」と声をあげた。

 

「そしたら、お前らが桟橋を歩いてるのが見えたんで来てやったというワケさ」

「セイちゃん、こんなの出来るの?」

「今はまだ……」

 

 汗を腕で拭きながらセインが照れ笑いする。

 と同時にマリンが『んん!』とくぐもった声を出した。

 唐突だったので、セインが目を皿にする。

 

「な、何だよ……」

「あんまり激しく動かないでくれる? 汗が散るでしょ」

「は? 夏だから汗ぐらいかくだろ。お前だって長袖着て暑そーじゃん」

「自分の汗はいいの。長袖なのは陽に焦けたくないからよ」

 

 マリンの言い分に、セインが口をねじ曲げるような笑みをリンリンに向けた。

 

「それでミニスカは矛盾してるよなあ、リンリン?」

 

 話を振られてリンリンはたじろぐ。

 

「えっ? う〜〜ん……でも、マリンの脚きれいだよ!」

 

 リンリンらしい単純な感想。

 言葉以上の意味はないのだが、なぜか頬が朱くなるマリン。

 

「なに言ってんの。マセガキ!」

 

 リンリンの代わりにセインが牙をむいた。

 

「リンリンが変なこと考えっかよ、このムッツリ!」

「なんですって!」

「あー、ケンカはやめよ。ふたりとも」

 

 間に挟まれたリンリンがチラッチラッとある方向を見やる。

 三人の見た先でオハナが口を隠して怯えていた。

 

「ね。やめよ?」

 

 自分よりも小さな子が怖がっているのがわかると、押し黙る二人。

 

 オハナが落ち着いてから、四人は来た道を戻って浜辺まで歩いていった。

 キッキも離れてついてくる。

 

 そろそろ陽が傾いていた。

 アルトコの海が青から朱に変わり、波音もどこか遠く感じる時間。

 

「夕焼けのアルトコブルーだ」

 

 リンリンが手で夕陽を隠しながら言う。

 マリンから質問が飛んできた。

 

「夕焼けならブルーじゃないんじゃない?」

「海はアルトコブルーだもん。オレンジになったブルーだよ」

 

 リンリンの答えにマリンが下を向いて笑う。

 

「だから、それはもうブルーじゃないんだってば……」

 

 離れたところでオハナとセインがキッキと鬼ごっこをしてやっていた。

 昼からマリンに気を遣っていたキッキは、セインが全力で遊んでくれるので、しっぽを大きく振って浜辺を走り回っている。

 

 みんなが向こうで楽しく遊んでいるのに、何となくマリンとフェンスに座り込むリンリン。

 足をぶらつかせてマリンへ話しかけた。

 

「ねえねえ。マリン、ひとつ聞いてもいい?」

「なに?」

「育ててくれたひとってだれ?」

 

 波音がやけに大きく聞こえた。

 リンリンはフェンスからひょいと飛び降り、マリンの膝へ寄りかかる。

 とび色の瞳が揺れている。

 

「ごめん。ぼく、ずーっと気になってて……さっきは嫌そうだったけど、今はどうかな、って……やっぱりだめ?」

 

 マリンの海の色をした目に、夕焼け空が映り込む。

 ちらちらと火のように揺らめいて、『きれいだな』とリンリンは思った。

 マリンはうつむくと教えてくれた。

 

「……わたしを育てた人はね。ダマスクセのお金持ち」

「男の人?」

「おじいさんかな。親切なひとでね。ナンでも買ってくれたの」

「すごいね」

 

 リンリンは素直に羨ましがる。

 

「すごい人なのよ。でも……」

 

 マリンが胸のあたりをぎゅうと握りしめた。

 リンリンは気になり、よくよく覗き込むとマリンの白い首に金色のチェーンがかけられている。

 手に握られているのは、同じ金色の薄い板。

 

「それ、なーに」

 

 リンリンが聞くと、マリンがペンダントの飾りを手のひらに乗せて見せてくれた。

 四角い板状になっていて、何か模様が刻まれている。

 夕陽を柔らかく照り返して輝いていた。

 

「わたしの父と母がくれたの。昔は、わたしにも本当の両親がいたのよ。だけど……」

「だけど?」

 

 マリンは言葉を少しだけ詰まらせ、飲み込んでから、

 

「遠くへ行っちゃった……」

 

 リンリンはハッとして、それ以上は何も言わない。

 波の音と、セインとオハナとキッキの楽しげな声をしばらく聞いていた。

 リンリンのセーラー帽についた飾りを細い指でいじりながら、マリンが口を開く。

 

「わたしも聞いていい?」

「なーに」

「あなた、さっき『リトルプリンス』って呼ばれてたでしょ。どうして?」

 

 先ほどの話と比べたら何でもないことだった。

 リンリンはホッとして、ふだんと同じ明るい声で答えはじめる。

 

「おばあちゃんがぼくンこと、赤ちゃんのときからそう呼ぶの。そしたら町の人も覚えちゃった」

「ちょっと恥ずかしい呼ばれ方よね」

 

 マリンもいつもの調子が戻ってきた。

 マリンの膝に両手をちょこんと乗せ、リンリンはその顔を見上げる。

 

「ぼくは王子さまじゃないんだけど……おばあちゃんがだいじそうに呼んでくれるから、恥ずかしくないよ。ママやパパも呼ぶときにニコニコしてくれるよ」

「そう、なんだ」

 

 聞いて、マリンははにかみつつ、

 

「いいね」

 

 とひとこと言った。

 

 リンリンは何を言えばいいのか、またわからなくなってしまう。

 黙ってマリンの足元を見ていたら、ふいに髪を触られた。

 

「毛先が……スゴくキラキラしてる。帽子取ってもいい?」

 

 マリンが聞いてくるので、リンリンは首をコクコクと縦に振った。

 マリンの手がリンリンの帽子をそっと脱がせる。

 

 ふわりと綿のような髪がなびいた。

 

「やっぱり。変わった髪してる」

 

 マリンがリンリンの髪を手ですく。

 

 確かに、リンリンの髪は生まれつき他の人とは違っていた。

 教室や建物の中ではパパと同じ白に見えるが、外で陽の光を浴びると淡く七色に光る。

 今のような夕暮れだと、あたりが暗いため夕陽のせいで余計に目立つのだ。

 

「いつも帽子を被ってるのはコレのせい?」

「ううん。ママとおばあちゃんがね、お日さまをじかに浴びると頭いたくなっちゃうから、外に出るときはかぶろうねえ、って」

「そういうことにしといてあげる」

 

 リンリンの髪が揺れるたびにきらめくのを、マリンは楽しそうに見つめている。

 

「きれい。光の冠みたい」

 

 リンリンがマリンを見上げると、笑っていた。

 それなのに、ちっとも楽しそうに見えない。

 頭を撫でられても、おばあちゃんや、ママや、パパに同じようにされたときのような幸せな気持ちになれない。

 マリンとは、きょう仲良くなれたはずなのに。

 仲良くなるのは嬉しいことなのに。

 

 リンリンの頬にふとマリンの指が触れたが、ひどく冷たかった。

 

「リンリンは生まれたときから家族の王子さまなんだね」

 

 その声もどことなく悲しげで、リンリンはマリンをじっと見つめることしかできなかった。

 

   ―――第二話 おわり―――

 





1周年記念:アルトコお便りコ〜ナ〜

 もうすぐ連載開始から1周年を迎える『リンリン』に届けられたおハガキを紹介するページです!
 主に頂いたイラストを自慢しちゃおっていう下心なんですが……(*´◒`*)


【挿絵表示】

 アルトコ市ご在住:ネオン管さん(X: @neon_kan )

 孤独に執筆していた中、マリンのファンアートが届いたわたしの心境をおわかりいただけますか?
 あ、この娘こんな顔してたんだ……ってなりましたよ。わたしのてきと〜すぎるデザインから具現化してくださって視認性が100UPしました^ ^
 プリンプリンそっくりなのに髪型が違って、ミニスカートというだけで別人みたいに見えるからふしぎですね。性格は正反対でワガママだし……誰だこんなキャラを考えたのは?(わたしだった)
 でもマリンのこと好いてくださって嬉しいです。


【挿絵表示】

 アルトコ市ご在住:ネオン管さん

 もうコチラがメインビジュアルでいいんじゃないかな。
 みんなを描いてくださって嬉しいです。リンリンの圧倒的児童番組の主人公感ともふもふキッキがかわいすぎる。
 あと引っ込み思案ぎみなオハナちゃんの丸っこさと、セイちゃんのアニキ感がイイ。並ぶとセイちゃんはやっぱり大人っぽいですね。
 ネオン管さん、改めてありがとうございました♪


おハガキ募集中!
 アル国アルトコ県アルトコ市
 1979-4-2
 アルトコ総合テレビ 『あの海のリンリン』宛

※↑嘘だけど(笑) 描いてくださったら嬉しいです。
 許可を頂けたらコチラで紹介させていただきます〜。

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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