あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第九話 プリンセスと騎士(3)

 

『マリン!?』

 

 ランカーとトントンの声が重なる。

 ドアノブを握るマリンが硬い表情で立っていた。

 

 プリンプリンがマリンの姿を見たのは初めてだった。

 驚愕に目を見張る。

 

 毎朝、鏡で見るのと同じ銀色の長い髪。

 長いまつ毛に縁取られる瞳の色で違うが、通った鼻筋や小さな桜色の唇は似ている。

 

 彼女の身を包むのは、かつてプリンプリンが好んで着ていた淡い桃色のドレスを少し現代的に直したドレス。

 シルクのマントが腕でたおやかに揺れるさまは、まさに当時のプリンセス・プリンプリン。

 

 プリンプリンは戦慄する。

 あまりにもかつての自分と似すぎているマリンに、老人の罪をまざまざと見せつけられたようだった。

 

「……ランカー! 彼女は、あなたのおもちゃじゃないのよ!」

 

 怒りを隠さぬ声にランカーは飄々と答える。

 

「おもちゃ? 何を言っている、マリンは私のもとで育って幸せに……」

「プリンプリンの代わりになった、ってこと?」

 

 マリンがほの暗い声でランカーへ尋ねた。

 表情はもはや無に近く、青白い顔は人形のようだった。

 

 マリンのただならぬ様子にランカーが冷や汗をかく。

 

「ま、マリン……」

「ランカー。アンタもそうなのね」

 

 もはや諦めに近い声。

 マリンは海色の瞳に誰も映していなかった。

 

 ランカーは舌打ちすると背後のヘドロに怒鳴りつける。

 

「ヘドロ! 部屋の鍵をなぜかけておらん!」

 

 地鳴りのごとき声。

 しかしながらヘドロはケロリとした顔で紫色の髪をかきあげた。

 

「あらァ〜、ちゃんと確認したつもりでしたのよ。人間、うっかりすることもあるからしょうがないですわねえ」

 

 まるで反省していない様子の彼女をランカーはなおも叱りつけている。

 

 プリンプリンとトントンは二人の仲違いを横目に、マリンの様子を窺った。

 

 幽鬼のごとくフラついている。顔色が悪い。

 ランカーは『大事にしていた』と言っていたが……。

 

 よくない兆候を感じ、プリンプリンたちはマリンへ走り寄る。

 十五歳の少女の肩を抱くと記憶よりも遥かに華奢だった。

 

「マリンちゃん、聞いて。アナタはわたしの親戚なの!」

 

 プリンプリンは彼女に告げる。

 マリンの目がわずかに向けられた。

 

「しん、せき……?」

「そう、わたしたちはかつて海を漂っていた『遊泳国家マリーン』の人間。

わたしはプリンプリン。最後の国王トルマリン十八世の娘。

そして、あなたはその弟であるリンゼイ七世の孫なのよ」

 

 プリンプリンたちは、昨晩クイーン・アイリーンにマリンのペンダントの紋章を確認してもらった。

 クイーン・アイリーン――つまりプリンプリンの母であり、リンリンの祖母。

 海へ沈んだ『遊泳国家マリーン』最後の王妃である。

 

 トントンがリンリンにマリンを連れ帰る、と約束したあと、手芸クラブから戻ってきたアイリーンへテレビに映したペンダントを見せた。

 

 すると彼女はプリンプリンと同じとび色の目を細め、

 

『これは王弟リンゼイの紋章ね。懐かしいわ』

 

 と語ったのである。

 

 王弟リンゼイ七世。

 紋章の星空のとおり占星学に明るかった人物。

 

 マリーンが同盟国に裏切られ、海へ沈むことを予言していた。

 しかしながら国王トルマリン十八世は海温上昇による領土減少を危惧し、長年の鎖国を解いた。

 結果リンゼイの予想どおり同盟国に裏切られ、攻めいれられたのだ。

 

 トルマリンは自身の判断を悔やみ、国民を海へと避難させたのちに自らはマリーンと共に沈むことを選んだ。

 

 しかしながらリンゼイ他腹心たちは彼と共に最後までいることを望んだのである。

 

 最初こそトルマリンは拒否したものの彼らの決意は固く、最終的には承諾した。

 

 そうしてマリーンの地を血で穢す前に彼らは国と共に眠った。

  

 これが三四年前の出来事。つまり、プリンセス・プリンプリンの生まれた年に遊泳国家マリーンは海底へ消えたのである。

 

「マリンちゃん、お母さんが言ってたわ。リンゼイ七世の奥さんもお母さんの親戚でわたしたちによく似ていたんですって。

だから、あなたとわたしが似ていても不思議ではないのよ」

 

 プリンプリンは少女の冷えた肩をすこし揺らした。

 マリンの海色の目はうつろで、ともすれば倒れ込んでしまいそうだった。

 

 マリンがか細い声で聞いてくる。

 

「アナタが、わたしの親戚……?」

「そうよ、マリンちゃん。わたしたち、血のつながりがあるの」

 

 プリンプリンは力強く答えた。

 しかしマリンからは覇気がまるで感じられない。

 

「アナタがプリンセス?」

「……? そうよ?」

 

 問われるままに答えるプリンプリン。 

 マリンの顔色がどんどん悪くなっていくのに、どうすればいいかわからずにいると……。

 

「わたしは……アナタの偽者?」

 

 海色の瞳から涙がひとすじ、こぼれ落ちた。

 

 プリンプリンは言葉を失う。

 

 大きく体をわななかせ、マリンがいきなり駆け出す。気を取られていてプリンプリンは止めることができない。

 

 プリンプリンとトントンが入ってきた扉は開いたまま。

 

 マリンは扉へ突進し、体当たりで部屋を出ていく。

 

 ランカーやトントンも完全に油断していた。

 

「マリン、どこへ行く!」

 

 まずランカーが追いかけようと踏み出した。杖も忘れ、すぐに走り出そうとする。

 

 それを阻んだのがトントンだ。

 彼はマリンこそ逃したがランカーの前に立ちはだかる。

 

「!? どけろ、機械め!」

 

 ランカーが力ずくでトントンを押しやろうとするがびくともしない。

 トントンはランカーの腕を捕まえ、離さない。

 

「いいや。貴様を行かせるワケにはいかない」

「なぜ? このままではマリンが危険だ! あの娘が一人でどこへも行けるハズがない!」

 

 ランカーの言い分にトントンが鋭い声で言い放つ。

 

「どこでも……貴様のもとにいるよりはマシだ!」

 

 その瞳が爛々とランカーを睨みつけていた。

 老人にかつての力はなく、徐々にトントンがランカーを後退させていく。

 

「ぐぅ……ッ」

 

 ランカーが苦しげに呻く。

 それを聞きつけ、動いた者がいた。

 

「ランカー様を離せ!」

 

 風切り音と共に振り下ろされたのは――。

 

「ぐあッ!?」

 

 トントンの身が大きくびくついた。火花が散る。

 

 ヘドロが何か棒のようなものを彼の胴体へ押しつけたのだ。

 トントンの動きが止められているうちにランカーが躍り出る。

 

「マリン!」

 

 部屋の扉を抜け、マリンの後を追う。

 その間にもトントンは棒からの電流に苦しめられていた。

 ヘドロは電気棒をぐいと彼の身に押しつけ、その場へ倒れ込ませる。

 

 トントンのうめき声が断続的に響いた。

 

「トントン!」

 

 プリンプリンが悲鳴に近い声をあげる。

 ヘドロが腕を震わせながら告げた。

 

「ちょーっとばかりお行儀がよすぎたわね、王子様。あのまますぐにアノ娘を連れ出してくれたらよかったのに。

ランカー様に手を出したアンタが悪いのよ」

 

 いくら電撃に苦しんでいるとはいえ機械の身のトントンが力で劣るワケがない。

 女の身でありながらヘドロが渾身の力を込め、彼を床に押しつけているのだ。

 額には汗が滲み、いつも手入れされている髪が乱れるのも構わないようだった。

 

「私は、アノ娘が嫌いだった! プリンセス・プリンプリンと似ているだけでランカー様の寵愛を受ける、アノ娘がね。

だからアンタが連れていってくれて感謝していたのよ――最初はランカー様からどやされて最悪だったけどね。

そのうち邪魔者がいなくなって清々したわ!

でも、ランカー様ったらしつっこくてねえ。アノ娘の行くところどこへでも追いかけるものだから。

ほんっと、ヤんなっちゃうわよ……」

 

 悪態をつくヘドロは電気棒へ全体重をかける。

 トントンがひときわ大きな悲鳴をあげた。

 

「ついにはコンなところまで来ちゃうんだから、ランカー様にも困ったもの。

ナンとか諦めさせようとワザと部屋の鍵を開けたりしたのに、アンタがグズグズしているから! アノ娘が逃げ出しちゃったじゃないの。

ランカー様を止めるヒマがあるなら、さっさと連れて逃げなさいよ! このノロマ!」

 

 電気棒がぐり、とトントンの身にねじ込まれる。

 

「ぐ……、っぐ……ッ」

「壊れろ!」

 

 ヘドロがそう叫んだ瞬間、彼女の身へプリンプリンがぶつかってきた。

 

「おやめ、ヘドローッ!」

 

 細身のプリンプリンだが、勢いをつけて体当たりすれば女一人を突き飛ばすだけの威力はあった。

 

「ギャッ!」

 

 ヘドロは錐揉みし、突き飛ばされた先にあった壁へ叩きつけられる。

 当たりどころが悪かったのか気を失ったようだ。

 

 床で痙攣するトントンへプリンプリンが急いで駆け寄る。

 

「トントン、トントン! しっかりして……」

 

 彼の身を揺すると弱々しいが返事があった。

 

「ッ……無事だよ、プリンプリン。私の服は絶縁体になっているから、最小限のダメージで済んだ。

露出している手や首に押しつけられていたら危なかったけどね」

 

 気丈にも笑みを浮かべ、トントンが片膝をついて起きあがる。

 プリンプリンは安堵の息をついた。

 

「よかったわ……」

「さあ、急いでマリンを追いかけよう。ランカーの足で彼女に追いつくとは思えないが、車を使われると危ない」

 

 トントンが立ち上がってすぐに扉へ向かう。

 プリンプリンも後に続こうとしたが、ふと気絶したヘドロを一瞥した。

 

 普段は身なりに気をかけている彼女が、髪をあんなに振り乱してランカーを守るなんて。

 あの老人の愛がヘドロへ向けられることはないのに……。

 

 プリンプリンは寂しく感じつつトントンの後を追った。

 

 

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