あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第九話 プリンセスと騎士(4)

 

4、

 

 ランカーは自身の老いを呪いながらも懸命にマリンを追っていた。

 

 無駄に長い廊下を駆け抜け、玄関へ。

 門の前でヤーブレとカーブレが目を皿のようにする。

 

「ラ、ランカーさま! どうなさったので!?」

「キサマら、マリンはどうした!?」

「お、お嬢様は泣きながら走っていってしまいました」

「なぜ止めん! この役たたずどもが!」

 

 叱責すれば二人の男が背を折り曲げて弁明してくる。

 

「と、言いましても……お嬢様のご意思に反するようなマネをしていいか指示がなかったので……」

「あの娘の意思などどうでもいい! 屋敷から出すんじゃない、大マヌケども!」

「はッ! 申し訳ありませんでしたー!」

 

 ヤーブレとカーブレが頭を下げたが、ランカーは無視した。

 次いで車を探すも、昨日ヘドロが『明日ガソリンを入れなきゃ』と言っていたのを思い出す。

 

「アノ女……!」

 

 ランカーは念のために車を動かそうとしたが、やはりガス欠だった。

 もしかしたらヘドロが何か企んでいたのかもしれないが、それも後で処分できる。

 

 問題はマリンだ。

 あの娘を逃がすワケにはいかない。

 

 かつて恋焦がれたプリンプリンの面影を持つ、あの少女だけは。

 

 ランカーは汗みずくで走りつづけた。

 アルトコの陽ざしは容赦なく照りつき、ランカーの弱った肌を灼く。

 

 だから、この町は嫌いなのだ。

 

 走った先に自販機があるのが見えた。その前に青いタクシーが停まっている。

 

 ランカーはタクシーに近づくと、窓を軽くノックした。

 

 後方のドアが自動で開かれる。

 

「ここを銀髪の女の子が通らなかったか? その娘を追ってくれ!」

 後部座席に乗り込みながら言った。

 しかし――運転手は黙ったままだ。

 

 いつまでも発進しないのでランカーは文句のひとつでも言ってやろうかと口を開くと、運転手がノドをクックと鳴らして笑いだす。

  

「や〜だね! 誰がおまえの言うことなんか聞くもんか!」

 

 聞き覚えのある声だった。

 ランカーは記憶からその人物をたぐりよせる。

 だが思い出すより先に相手が振り向いた。

 

「悪党の行き着く先は……地獄だと決まってるんだぜ? ランカー」

 

 碧色の瞳が糸のように細まり、すこし開いた口から八重歯が見える。

 この頭の悪そうな笑みをランカーは知っていた。

 

「キサマァ〜……ッ」

 

 タクシー会社の帽子に覆われているが、白いふわふわとした軽そうな髪も十九年前と変わらない。

 

 ボンボン。ランカーからプリンプリンを奪った男。

 

「おっと。怖いカオしてナンだい? そんなだからプリンプリンに逃げられるんだよ。

……プリンプリンは、昔っからおまえが大嫌いなんだッ!」

 

 カッとなり、ボンボンの赤いシャツを掴むべく腕を伸ばすも、ひらりとかわされる。

 二人はほぼ同時にタクシーの扉を開け放った。

 

 アルトコ市の太陽が二人を照らし出す。

 

 ボンボンが白い髪を揺らしてランカーへ啖呵をきった。

 

「ランカー! いいかげんにプリンプリンを追うのはやめろ!」

 

 その言葉に違和感を覚え、ランカーは尋ねる。

 

「キサマ、勘違いをしていないか? 私が追っているのはマリンだ。

まったく……頭が悪いのは昔から変わらんか」

 

 あざわらえば、頭に血の昇りやすいボンボンが顔を赤くして怒鳴ってくる。

  

「やいやいやいやいやいッ、バカって言ったほうがバカなんだぞ! だいたい、嫌がられてるのにしつこいお前こそ往生際が悪いじゃないかぁッ!」

 

 拳を振りあげるさまは十五歳の子どものころと変わらない。

 

 改めてランカーは疑問を抱く。

 

 プリンプリンはこの男のどこに惹かれたのだ?

  

「キサマごとき凡夫がクイーンやプリンセスをどうかどわかしたかわからんよ。

――プリンプリンは、地位も名誉もある私のものだったのに!」

 

 ランカーの皮肉に対し、返ってきたのは単純でまっすぐな言葉。

 

「黙れ、プリンプリンはモノじゃねえ!

プリンプリンは、おれの妻だ! ――おれは、プリンプリンを愛してる!」

 

 そう告げる彼の姿は十五歳のころとまったく同一だった。

 ただただバカみたいに『愛』などと不確かなものを信じている。

 いくつになっても愚かなほどに。

 

 ランカーは記憶どおりのボンボンに腹をたてた。

 

 やはりこの単純で凡庸な男は、プリンセスにふさわしくない。

 プリンスを名乗れる器ではない。

 

「何が愛だ! それを語れる力など――キサマにあるものか!」

 

 拳を振りかぶる。

 十九年前と同じようにボンボンを痛めつけるため。

 

 しかし――。

 

 ボンボンに易々と拳を止められた。

 目を疑う。

 

 ボンボンの碧い瞳に視線を絡めとられた。

 

「大して驚くことじゃねえ。お前さんが老いたのさ、ランカー」

 

 ボンボンの瞳は昔と変わらぬ色。

 それなのに拳を握りしめてくる力は強く、どうしても振りきれない。

 

 ボンボンが姿勢を低くした。

 

「そして――おれも、いつまでも子どもじゃねえんだッ!」

 

 刹那。

 拳を一瞬で押しやられ、のけぞったところで頬を殴り抜かれた。

 一発でランカーは地面に沈み、衝撃に頭がグラつく。

 

 信じられない。

 信じたくない。

 

 見上げれば、逆光の中でボンボンの瞳だけがギラついている。

 

「失せろ! 老人をいたぶるシュミはない」

 

 ボンボンが背を向けるのを、ランカーは朦朧とした意識の中で見ていた――。

 

***

 

『ランカー、いい加減に諦めろよな!

プリンプリンはおまえが大っ嫌いなんだ!』

 

 記憶の中のボンボンはまだ幼く、子どもらしく愚かで頭が悪いクセに威勢だけは一丁前の少年だった。

 ちょいと小突いてやるだけで吹っ飛んでいくような取るに足らぬ存在。

 他のオサゲ、カセイジンも同様だった。

 

 プリンプリンが寂しがるだろうと慈悲で見逃してやっていた矮小な子どもたち。

 

 中でもボンボンは分不相応にもプリンプリンの恋人などと抜かしていた。

 高貴なプリンセスがこんな子どもになびくハズがない。

 ボンボン本人が自負するとおり顔はすこしばかり良かったかもしれないが、それだけでプリンスは名乗れない。

 

 プリンプリンもいつかはわかる日が来るだろう、とランカーはタカを括っていた。

 

 しかし現実は違った。

 十八歳になったプリンプリンを迎えにいったとき彼女は別の男と仲睦まじそうにしていたのだ。

 

 十八歳のプリンプリンは、この世の美をすべて宿したような娘だった。

 透きとおった銀色の長い髪。大きなとび色の瞳をふちどる長いまつ毛は華麗ながら、桜色の唇がまだあどけなさを残していた。

 長くなった手足に、女性らしく優美な曲線を描く体。

 

 それがすべてランカーのものであればよかったのに。

 

 彼女を抱きしめるのは、あろうことか、あの愚かな子どもだった。

 

 プリンプリンが成長すれば当然ボンボンも青年になる。

 

 プリンプリンよりもスラリと伸びた背に、細長くもしなやかな筋肉がついた手足。

 白い雲のような髪はそのままで風に揺れていた。

 

 そして、あのバカみたいにまっすぐなまなざしで彼女を見つめる。

 澄んだ碧い瞳で。

 

 幼かった二人はともに思春期を迎え、恋に落ちていた。

 

 若い二人の姿はすでに初老を過ぎていたランカーには眩しすぎた。

 

 弾む足どりはこの先にきっと幸せがあると信じているがゆえ。

 明るい声で愛を語り合う。

 輝くまなざしで、互いを――未来を見つめていた。

 

 ランカーはクイーン・アイリーンへ直談判した。

 アルトコ市の中でも格式高い喫茶店に呼び寄せ、訴えたのだ。

 

 どうかプリンプリンを妻にさせてほしい、と。

 

 彼女を娶ることができるなら、どんなことでもする。

 失った祖国を見つけ、再び浮上させてやることだって。

 

『クイーンよ、あの男はプリンスにふさわしくない。そうは思わんか?』

 

 ランカーはいつもの長口上で説き伏せようとした。

 しかしクイーンから形のいい唇をすぼませて吹き出されたのだ。

 

『アハハ……確かに、プリンスというガラではないかもしれませんね。ボンボンは』

 

 口もとをすぐに抑えたので品を感じる。

 涙を拭う彼女にランカーは早合点した。

 

『おお、わかってくれるか! では、私とプリンプリンを……』

『いいえ。プリンプリンには本当に好きなひとと一緒になってほしいと思っています』

 

 訴えはクイーンに笑いながら拒まれた。

 

『何を言う! このまでは、あの凡夫の血が王家に流れることになるぞ。いいのか、クイーンよ!?』

『王家と言っても、国はもうありません。それに――ボンボンのように誠実な青年なら大歓迎です』

 

 クイーンの言葉にランカーはテーブルを拳で叩いた。

 しかしながらそんなことでクイーンの笑みは崩れない。

 

『何が誠実だ。そんなものでプリンセスは守れん!』

『大丈夫ですよ。あの騎士(ナイト)ならね』

 

 ランカーは耳慣れない呼び名に首を傾げた。

 

『「騎士(ナイト)」……だと? あの男が?』

『ええ、そうですよ。あの子はプリンプリンを守ろうとしてきた子。今までも、そしてこれからもね。

 

――三年前、わたしたちが十五年ぶりに再会したとき。

プリンプリン、ボンボン、オサゲ、カセイジン。そしてモンキーと古都ラマーナでともに暮らした時期がありました。わずか数ヶ月のことでしたが、あの子たちはまだ小さな子どもでかわいかった。

 

プリンプリンは現地では注目の的でね。同い年の男の子はモチロン、大人の男性からも言い寄られることがあったのです……ちょうど、あなたのような。

そのたびにボンボンがそういう人たちからプリンプリンを守ろうと間に割って入っていました。時には生キズこさえるケンカになることも。プリンプリンがよく「暴力はダメよ」と言っていましたっけ……』

 

 懐かしいのか遠くを見つめるクイーン。

 ランカーはその様が面白くなく、苛立ちを隠せない。

 

『ふん、短絡的なあいつらしい話だ』

『そうかしら。ボンボンも健気なところがありますよ。

彼は子どものときからずーっとプリンプリンを目で追っていた。オサゲやカセイジンも気にかけていましたが、中でもボンボンのまなざしははたから見れば恋をしているとすぐわかるほどでした。

よく思ったものです。我が娘はずいぶんヤンチャでかわいい騎士(ナイト)を連れてきたな……と』

 

 また『騎士(ナイト)』。

 ランカーはボンボンがそう呼ばれるのが気に入らなかった。

 

『クイーン、あの男はただの凡人だ。そんな大層なものではないぞ』

『うふふ、わたしだってもう普通のアルトコ市民ですよ。彼とそう変わりがありません。プリンプリンも、国を失った今ではプリンセスとは言えないのです。

わたしたちは同じ立場の普通の人間。なんの支障もありません。

……ねえ、ランカーさん』

 

 静かな笑みをたたえたクイーンは、波ひとつない湖面のように穏やかだった。

 

『本当はわかっているのではないですか?』

 

 クイーン・アイリーンとの会話は、それ以上覚えていない。

 

 理解したくなかった。

 プリンプリンと自分では同じ時を生きていけない、と。

 

 ボンボンはプリンプリンと同い年で彼女とともに歳をとる。

 現に十六年前、彼らは青春のただ中にあった。

 

 そこにランカーの入る余地はなかった。

 ランカーはもはや二〇年、三〇年すれば土の中。墓の下にいるかもしれない年齢だ。

 

 その間、二人は成人し、やがては結婚して子をもうける。

 子どもが成長すれば孫も生まれ――病がなければ子孫に囲まれて死んでいく。

 

 その未来にランカーの居場所はない。

 

 冷たい土に埋まりながら、命のきらめきの中にいる二人を見送るしかできない。

 

 プリンプリンとボンボンが笑いながら遠く見えないところへ駆けていく背中が見える。

 

 待ってくれ。

 プリンプリン、置いていかないでくれ。

 こんなに愛しているのに。

 

 なぜ、おまえの隣にいるのは自分ではない?

 

 土の匂いでランカーは徐々に意識を戻しつつあった。

 見上げればボンボンが携帯電話で警察に通報しているようだ。

 

「だーかーらー、おれの妻をさらおうとしたの! ランカーが。

パトカー? 何十年前の話してんだよ、そんなのカンケーないだろ。さっさと引っ捕らえに来いったら。住所は……」

 

 相変わらず勘違いしたまま話を進めている。

 早とちりしやすいのも昔のまま。やはり、この男はバカだ。

 沸々と怒りが湧くのを感じる。

 

 暗い情念に染まりゆく中、ランカーは懐に隠していたピストルに手をかけた。

 

 銃口の先に――ボンボンの背中。

 

 すっかり油断しきった背に風穴をあけるのはたやすそうだった。

 

 ランカーは迷いなく引き金を引く。

 もはや地位も名誉も気にならなかった。

 そこにあるのは、ただ嫉妬のみ。

 

 すべてを投げ打ってでもプリンプリンの隣からボンボンを消したかった。

 

 二人の時をこの手を止めてやる。

 

 だが――凶弾がボンボンを襲うより前に何か別の黒いものがよぎる。

 ランカーがそれを理解するより先に。

 

 どこか見覚えのある双眸が彼をとらえ――、

 

 意識を暗い底へと誘う。

 プリンセスの愛を夢見た老人は、そのまま深い眠りへ落ちていった。

 

 

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  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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