6、
リンリンたちは商店街まで出向いていた。午前中の市場は活気があり、ナンでも手に入りそうな気がする。
「果物とかどうだ? アイツ、美容とか気にしてそうだし」
セインがキウイ、パパイヤとマンゴーを手に取る。
「セイちゃん、三人のおこづかい合わせてもぜんぶは無理だよお」
リンリンがキッキを抱っこしながら言った。
セインが『いけね!』と果物を棚へ戻す。
「うーん。他にはスイカとか……旬のものがいいよな!」
「オハナ、果物でソース作ってパンケーキとかがいい〜」
オハナがキラキラした目で訴えた。
「おッ、ソレいいじゃん。今日のオハナ冴えてんな」
セインが並ぶ果物を見ながら褒める。
二人の会話をニコニコしながら見ていたリンリンだったが、ふと視線をそらした。
ある人物に目が留まる。
道路を挟んだ通りに、桃色のドレスをヒラヒラさせながら走る女の子が見えた。
庶民的な雰囲気に似つかわしくない、キラキラのアクセサリーを耳や首につけている。
それよりも輝いているのは彼女の銀色の長い髪。
「マリン……?」
一日ぶりに見たマリンは、すっかり変わってしまったようだった。
普段のマリンは日焼けを好まず黒いジャケットを着ている。それなのにミニスカートで長い脚を見せていて、もっと気が強そうなのに。
走り去っていった子はシルクのマントを背にたなびかせ、まるでおとぎ話の天女様みたいだ。
不安になったリンリンは、セインとオハナに声をかける前に走り出してしまう。
「キキィ〜ッ」
腕の中でキッキが短く鳴く。
ひとりでいかないで、と言っているのは明らかだった。
それでも。
今を逃したらマリンにはもう会えない気がして。
大人たちをかき分け、リンリンはマリンの後を追いかけた。
一方、果物売り場ではしゃいでいたセインとオハナは――。
リンリンがいなくなったことに気づかず、パンケーキのソースにする果物を選んでいた。
オハナが明るい声で問いかける。
「ねえ、リンリンは何がいい?」
くるりと振り返っても、もちろん彼はいない。
オハナは桃色のほうきのような髪を左右に揺らして辺りを見回す。
「リンリン……?」
呼びかけは人混みのざわめきに消えていった。
***
どこにも居場所がない。
マリンはめちゃくちゃに走りまわって、いつもの海辺へ辿り着いた。リンリンたちとよく遊ぶ、あの海。
そろそろ陽がいちばん高くなる時間だ。
海と空の境がきらめいている。
マリンは、この場所が好きになりかけていた。
初めての友だちに胸を躍らせた。
だが、それももう絶望に塗りつぶされてわからない。
どれだけ太陽が照らそうと彼女の心にさす影を濃くするばかり。
誰もわたし自身を好きになってくれない――。
嗚咽がノドから漏れた。
泣き腫らした目は真っ赤で、熱い。
どうして、こんなにひとりぼっちなのだろう。
ランカーもトントンも大嫌いだ。
寄ってたかってマリンにプリンプリンの似姿を押しつけてくる。
彼女自身に目もくれず。
『わたしとあなたは親戚なの!』
プリンプリンの声がフラッシュバックする。
彼女はきっと善意で言ってくれた。すこし話しただけで善人だとわかった。
血のつながりがある。仲良くしましょう。
そんな彼女の優しさがマリンには辛かった。
プリンプリンという女性は根っからのプリンセスだった。
話したこともない自分のことも思いやってくれる、絵に描いたようなお姫様。
胸の内が嫉妬や怒りでグチャグチャなマリンとは違う。
敵わない、と悟ってしまった。
だから、みんなマリン自身を愛してくれないのだ。
本物のプリンセスがいるから……。
本物のプリンセスが手に入らなかったから、見た目だけ似ているマリンにその身代わりをさせようとする。
自分はあの人の代わりになんて、なれっこないのに。
その場でうずくまり、マリンは声をあげて泣きじゃくる。
幼い子どものように。
両親がいたころのように。
涙がこぼれる先に肩身のペンダントがあった。
両親が唯一マリンに遺してくれたものだ。
こんなもの欲しくない。
今、マリンに必要なのは優しい手。
誰かの代わりとしてではなく、ただのマリンを抱きしめてくれる相手だ。
なぜ、両親は自分を置いていってしまったのか――。
交通事故だと聞いている。
どこかの誰かが酔っ払って運転して、ぶつかってきたなどというありがちな話。
そのせいでマリンの手元にはこのペンダントしか遺っていない。
あのプリンプリンの代わりという象徴。
マリンは腹の底から身が冷えていくのを感じた。
こんなに太陽が眩しいのに。体からは汗が噴き出しているのに。
目の前の海は美しいが、きのうの雨のせいかまだすこし荒れている。
波音がやたらうるさい。
紋章の刻まれた金色の板を、マリンは震える手で握りしめた……。
「マリーン!」
後ろで誰かがマリンの名を呼ぶ声がする。
振り返れば見慣れたセーラー帽。水兵のようなTシャツに、紺色の半ズボン。
マリンよりずっと小さな男の子が走ってくる。
ブンブンと振られる手にブレスレットが光っていた。
おちびさんはマリンの目の前で足を止め、胸に抱いていた猿を離す。
ネッカチーフを揺らして猿がマリンからすこし距離をとった。
もはや猿への恐怖もマヒしている。
そのさまを男の子のとび色の瞳に見られていた。
「マリン」
いつになく固い声で呼びとめられる。
マリンも少年の名を口にした。
「リンリン……」
二人の声のはざまで波音だけが響いていた。
―――第九話 おわり―――
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん