あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第九話 プリンセスと騎士(6)

 

6、

 

 リンリンたちは商店街まで出向いていた。午前中の市場は活気があり、ナンでも手に入りそうな気がする。

 

「果物とかどうだ? アイツ、美容とか気にしてそうだし」

 

 セインがキウイ、パパイヤとマンゴーを手に取る。

 

「セイちゃん、三人のおこづかい合わせてもぜんぶは無理だよお」

 

 リンリンがキッキを抱っこしながら言った。

 セインが『いけね!』と果物を棚へ戻す。

 

「うーん。他にはスイカとか……旬のものがいいよな!」

「オハナ、果物でソース作ってパンケーキとかがいい〜」

 

 オハナがキラキラした目で訴えた。

 

「おッ、ソレいいじゃん。今日のオハナ冴えてんな」

 

 セインが並ぶ果物を見ながら褒める。

 二人の会話をニコニコしながら見ていたリンリンだったが、ふと視線をそらした。

 

 ある人物に目が留まる。

 

 道路を挟んだ通りに、桃色のドレスをヒラヒラさせながら走る女の子が見えた。

 庶民的な雰囲気に似つかわしくない、キラキラのアクセサリーを耳や首につけている。

 それよりも輝いているのは彼女の銀色の長い髪。

 

「マリン……?」

 

 一日ぶりに見たマリンは、すっかり変わってしまったようだった。

 普段のマリンは日焼けを好まず黒いジャケットを着ている。それなのにミニスカートで長い脚を見せていて、もっと気が強そうなのに。

 走り去っていった子はシルクのマントを背にたなびかせ、まるでおとぎ話の天女様みたいだ。

 

 不安になったリンリンは、セインとオハナに声をかける前に走り出してしまう。

 

「キキィ〜ッ」

 

 腕の中でキッキが短く鳴く。

 ひとりでいかないで、と言っているのは明らかだった。

 

 それでも。

 今を逃したらマリンにはもう会えない気がして。

 

 大人たちをかき分け、リンリンはマリンの後を追いかけた。

 

 一方、果物売り場ではしゃいでいたセインとオハナは――。

 リンリンがいなくなったことに気づかず、パンケーキのソースにする果物を選んでいた。

 オハナが明るい声で問いかける。

 

「ねえ、リンリンは何がいい?」

 

 くるりと振り返っても、もちろん彼はいない。

 オハナは桃色のほうきのような髪を左右に揺らして辺りを見回す。

 

「リンリン……?」

 

 呼びかけは人混みのざわめきに消えていった。

 

***

 

 どこにも居場所がない。

 マリンはめちゃくちゃに走りまわって、いつもの海辺へ辿り着いた。リンリンたちとよく遊ぶ、あの海。

 

 そろそろ陽がいちばん高くなる時間だ。

 海と空の境がきらめいている。

 

 マリンは、この場所が好きになりかけていた。

 初めての友だちに胸を躍らせた。

 

 だが、それももう絶望に塗りつぶされてわからない。

 どれだけ太陽が照らそうと彼女の心にさす影を濃くするばかり。

 

 誰もわたし自身を好きになってくれない――。

 

 嗚咽がノドから漏れた。

 泣き腫らした目は真っ赤で、熱い。

 

 どうして、こんなにひとりぼっちなのだろう。

 

 ランカーもトントンも大嫌いだ。

 寄ってたかってマリンにプリンプリンの似姿を押しつけてくる。

 彼女自身に目もくれず。

 

『わたしとあなたは親戚なの!』

 

 プリンプリンの声がフラッシュバックする。

 彼女はきっと善意で言ってくれた。すこし話しただけで善人だとわかった。

 血のつながりがある。仲良くしましょう。

 

 そんな彼女の優しさがマリンには辛かった。

 プリンプリンという女性は根っからのプリンセスだった。

 話したこともない自分のことも思いやってくれる、絵に描いたようなお姫様。

 

 胸の内が嫉妬や怒りでグチャグチャなマリンとは違う。

 敵わない、と悟ってしまった。

 

 だから、みんなマリン自身を愛してくれないのだ。

 本物のプリンセスがいるから……。

 本物のプリンセスが手に入らなかったから、見た目だけ似ているマリンにその身代わりをさせようとする。

 

 自分はあの人の代わりになんて、なれっこないのに。

 

 その場でうずくまり、マリンは声をあげて泣きじゃくる。

 幼い子どものように。

 

 両親がいたころのように。

 

 涙がこぼれる先に肩身のペンダントがあった。

 両親が唯一マリンに遺してくれたものだ。

 

 こんなもの欲しくない。

 今、マリンに必要なのは優しい手。

 誰かの代わりとしてではなく、ただのマリンを抱きしめてくれる相手だ。

 

 なぜ、両親は自分を置いていってしまったのか――。

 交通事故だと聞いている。

 どこかの誰かが酔っ払って運転して、ぶつかってきたなどというありがちな話。

 

 そのせいでマリンの手元にはこのペンダントしか遺っていない。

 

 あのプリンプリンの代わりという象徴。

 

 マリンは腹の底から身が冷えていくのを感じた。

 こんなに太陽が眩しいのに。体からは汗が噴き出しているのに。

 

 目の前の海は美しいが、きのうの雨のせいかまだすこし荒れている。

 波音がやたらうるさい。

 

 紋章の刻まれた金色の板を、マリンは震える手で握りしめた……。

 

「マリーン!」

 

 後ろで誰かがマリンの名を呼ぶ声がする。

 振り返れば見慣れたセーラー帽。水兵のようなTシャツに、紺色の半ズボン。

 マリンよりずっと小さな男の子が走ってくる。

 

 ブンブンと振られる手にブレスレットが光っていた。

 

 おちびさんはマリンの目の前で足を止め、胸に抱いていた猿を離す。

 ネッカチーフを揺らして猿がマリンからすこし距離をとった。

 もはや猿への恐怖もマヒしている。

 

 そのさまを男の子のとび色の瞳に見られていた。

 

「マリン」

 

 いつになく固い声で呼びとめられる。

 マリンも少年の名を口にした。

 

「リンリン……」

 

 二人の声のはざまで波音だけが響いていた。

 

   ―――第九話 おわり―――

 

 

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  • リンリンのおじいちゃん
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