1、
「リンリン……」
海辺でマリンは少年の名を呼んだ。
今はセーラー帽を被っているが、頬にかかる柔らかな髪が陽ざしを受けて七色にきらめいている。
プリズムの髪を持った『小さな王子』……プリンセス・プリンプリンの息子。
生まれながらにして『リトルプリンス』リンリン。
大きなとび色の瞳が母親によく似ている。
「マリン、帰ってきたんだね。トントンがおじいちゃんから連れ戻してくれたんだ!」
小さな体でばんざいしてマリンとの再会を喜んでくれた。
その姿は普段のマリンなら愛おしいとすら思えたハズなのに。
冷えた体が彼を拒絶している。
黙りこくっているとリンリンがまた声をかけてきた。
「それにしても、きれいなお洋服だね。お姫さまみたい!
……トントンとは一緒じゃないの?」
問いかけにマリンはつい突き放すような物言いをしてしまう。
「どうしてわたしがトントンと一緒じゃないといけないの?」
リンリンの笑みが急に弱々しくなり、不安げなまなざしを向けてきた。
「あのお屋敷に帰るんじゃないの?」
小首をかしげるさまが彼の無垢さを引きたてる。
マリンは嘘を塗り重ねるようにリンリンへ告げた。
「まさか、あんなロボットと暮らせるワケがないでしょ。アレはわたしを騙していたのよ……」
「そうなの? どんな嘘つかれたの?」
「それは……」
マリンは口を閉ざす。
トントンは隠し事はしていたが嘘はついていない。自分でも彼が悪人とはどうしても思えない。
それなのに許せない、なんて。リンリンに話してもきっとわかってもらえないだろう。
「トントン、ぼくは良いひとだと思うけどな……きのう、一緒に遊んでくれたの」
自分だってトントンは恩人だと思っている。
なぜか張り合うような言葉が頭に浮かんで、マリンはかぶりを振った。
「『人』じゃないわ。アレは機械よ、人間じゃない」
「? カッコいいよね」
「あのねえ……」
幼いリンリンにとって、現実とつくり話の境目は曖昧なのかもしれない。
マリンは彼と目線を合わせようとして腰をすこし落とす。
「リンリン、アンタね。ロボットなんてそうそういないんだから。
ましてや彼みたいに外見がほぼ人間で感情もあるようなロボット……」
「トントン、哀しそうだったよ」
リンリンに話をさえぎられた。
彼の瞳はいつだってまっすぐにマリンを見つめてくる。
「マリンに嫌われた、って哀しそうにしてた。
でもマリンに友だちとの夏の思い出をつくってもらいたいから頑張る、って言ってたよ」
「何よソレ」
「ぼくと約束してくれたんだ。マリンを連れ戻してくる、って……。
自分とマリンのためだけじゃなくて、ぼくやオハナちゃん、セイちゃんのためにも」
リンリンはいつだって正直だ。上手な嘘をつけるような歳でもない。
だとしたら、トントンの言葉も本当?
「トントンは自分のためにわたしを連れ戻したいんじゃないの?」
「ちがうよ、ちがうよ! マリンとぼくらのためだよ。トントンは、いつだってマリンを想っているじゃない。
どうしてそんなこと言うの?」
リンリンはちょっと怒っているようだった。
そう言われても、マリンにはトントンが自分のために何かをしてくれる理由が思いつかない。
だって彼はプリンプリンが好きで……マリンが彼に役立てることなんてプリンセスに似ている外見ぐらいしかなくて……。
マリンが混乱していたらリンリンが腕にしがみついてきた。
「ママもパパも、ぼくやオハナちゃんやセイちゃんだって……みんなマリンが帰ってくれるの待ってたんだよ。
だから、また会えて嬉しいな。
ねえ、マリン。トントンに会ったんでしょ? 嬉しそうだった?」
柔らかい頬を押しつけ、上目で見てくる。
それが喜ばしいことだと信じている。
マリンはリンリンの小さな体を思わず突き飛ばした。
「キャッ……」
「キキィッ」
リンリンが浜辺に尻もちをつくより前に猿が支える。
「キィ〜、キッキィッ!」
猿がマリンに向かって喚いた。
耳障りな鳴き声をかき消すべくマリンは声を荒げる。
「何よ! ご主人様を傷つけたわたしを襲おうっての?
……アンタなんて嫌いよ! いいえ。みんな、みんな大嫌いッ‼︎」
猿の肩を借りて起きあがったリンリンが目を見開いていた。
「マリン、どうしたの? 何が嫌いなの⁉︎」
「わたしを好きになってくれない、みんなよ!」
「ちがうよ、ちがうよぉッ! そんなことない……」
「みんな、わたしがプリンプリンと似ているから気にかけているだけでしょう⁉︎」
かすれた声で叫ぶ。
リンリンがびくりと震え、猿に抱きついた。
怖がらせるとわかっていても堰を切ったように言葉があふれてくる。
「ランカーもトントンも、プリンプリンが好きなのよ! でもアンタのパパと結婚しちゃったから……だから見た目だけ似ているわたしを代わりに欲しがっているだけなのッ!
アンタだってママに似ているからって近づいてきたんじゃない!
誰もわたしのことなんて……わたし自身なんて見ていないのよッ‼︎」
そこまで言いきるとノドが乾いて張りつきそうになっていた。
体じゅうの水分が涙で出ていくんじゃないかと思えるほどだ。震える手を、爪が食い込むほど強く握りしめる。
リンリンは呆気に取られたようにマリンを見上げていたが、やがて瞳にじわりと涙を浮かばせた。
「マリン……確かにぼく、マリンがママに似てるって最初に思ったよ……」
「そうでしょ? だから話しかけてきたのよね?」
「でも……」
うつむくリンリンの唇が震えていた。紅い頬に涙がツウとこぼれおちる。
顔をあげたリンリンは、泣いていた。
リンリンの泣き顔を見たのは初めてだった。マリンは胸がズキンと痛む。
声を震わせながらもリンリンが一生けん命話しかけてきた。
「そのあとは、ママと似ているからいっしょにいたんじゃないよ。友だちだからだよ」
潤んだとび色の瞳にマリンの姿が揺れている。
リンリンにこれほど強い感情をぶつけられたことはなかった。
「ねえ。ぼくたち、色んなことがあったよね。
セイちゃんとケンカして、もう会わない、って言われたときに哀しかったのはマリンがママに似ていたからじゃないよ」
リンリンの言葉ひとつひとつがアルトコ市に来てからの記憶を呼びさます。
目を閉じれば、そのとき光景が鮮明によみがえった。
アルトコブルーの海の色。白い浜辺についたふぞろいな足跡。
潮風のにおい……。
怒って去ったときも、翌日に謝りに行ったときも、この海でみんなと顔を合わせた。
「仲直りして、ブレスレットをいっしょに作ったときはマリンがデザイン画を描いてくれたよね? ぼく、マリンの絵がじょうずだからチョット悔しかったけど、完成したブレスレットをみんなで見せあいっこしたとき、本当にうれしかった。
それも、ママに似ていたからじゃないよ。マリンとみんなとで、友だちのあかしができたからだよ」
マリンの脳裏にトントンと過ごした屋敷の景色がよぎる。
古めかしいけれどトントンがマリンのために冷房をつけてくれた。
庭にはブルーサルビアと白蝶草に、マリーゴールド。
スイカズラで覆われたフラワーアーチの下で夕方にお茶を飲んだこともあった。
そこへ友だちが来てくれて、マリンは本当に嬉しかった。
「浜辺でペンダントのことを教えてくれたこともあったね。あのとき、ぼく、ナンて言えばいいかわかんなかったけど……。
マリンのことを知れて、うれしかった。これはママとはちがうよね」
それも、この海での出来事。
リンリンのプリズムの髪が夕陽で七色に輝いて……。
光の冠を被っているみたいだ、とマリンは言ったのだ。
今は帽子で髪の毛を隠しているけれど、リンリンはあのときとまったく変わらない。
光の冠が目で見えなくても、彼の心が空にかかる虹のようにマリンを温かい場所へ連れていってくれる……。
そう、信じたかった。
でも……。
マリンは、怖い。
近づいてくるリンリンは希望に満ちていて、だからこそ手を取るのが怖い。
「ねえ、マリン。わからないの?
ママと似ているだけで、こんな思い出できっこない……マリンとだからできた思い出なのに」
リンリンがマリンの腕にぶらさがってくる。
伏せた目を縁取るまつ毛が長くてプリンプリンを思い起こさせた。
彼女もリンリンも、光に満ちた存在。
マリンの心の影をまざまざと見せつけてくるほどに。
「本当に、わからないの……?」
リンリンの問いに対する答えはわかっている。
でも、答えてしまえばマリンの胸の痛みはどうなる? この行き場のない哀しみをどうしたらいい?
正しくないものは、なくさなくてはならない?
「わからないわ……」
気づけばマリンは消え入りそうな声で答えていた。
嘘をついているのは自分。
それを知られたくなくてわざと大きな声で嘘を覆い隠した。
「リンリンは小さいから、わからないのよ! わたしの気持ちが……わたしの、グシャグシャになった胸のうちが……」
驚いたように見上げてきたリンリンを睨みつける。
血のにじむ手でペンダントを引きちぎった。
「生まれた時から王子さまのアンタなんかにッ! ――わかるもんかッ‼︎」
衝動に任せてマリンはペンダントの飾りを海へ放り投げる。
金色の板は弧を描き、揺れる海面へ音もなく落ちた。
「あーッ!」
リンリンが手を伸ばしても時すでに遅し。
アルトコの海がペンダントをさらっていったあとだ。
リンリンに腕を引っ張られる。
「どうして……どうしてペンダントを投げたの? アレはマリンのだいじな……」
「あんなもの、大事なんかじゃない! プリンプリンの身代わりの証なんか、わたしはいらない!」
イヤイヤでもするかのようにリンリンが頭を左右に振った。
「ちがうよ、ちがうよーッ! アレは、マリンのパパとママがくれたものだよ⁉︎」
「両親なんて、わたしにはいないッ!
わたしには……誰にもいないんだから――ッ‼︎」
マリンはリンリンを振り払い、一歩踏み出す。
これ以上リンリンと話せば自らの過ちを突きつけられるようで怖かった。
よろめく彼に手を貸そうともせずに走り去る。
「マリィーン!」
後ろからリンリンにずっと呼びかけられた。
潮のにおいが消えるまで、リンリンはほとんど悲鳴に近い声で叫びつづけていた。
「待って、行かないで。いっしょに探そうよ! 見つけなきゃ、大事なものがなくなっちゃう。
待って……マリン、お願い……! 大事なたからものが、消えちゃうよ――ッ‼︎」
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん