マリンは浜辺にしゃがみ込み、血の気の引いた顔で騒がしい海を眺めていた。
数時間前にリンリンとここで話をした。
彼はマリンを心配してくれていた。出会ったころから変わらない、小さくって無垢で心優しい男の子。
そんな子が、いなくなっていいハズがない。
母親のプリンプリンは泣きはせずとも青白い顔をしていた。父親のボンボンは捜索隊の報告を必死で聞き回っている。
祖母のクイーン・アイリーンだって、時折祈るように手を合わせて。
みんながリンリンが帰ってくるのを願っている。
では、そのリンリンを突き放したのは誰?
「わたしのせいだわ……」
マリンは脚を合わせ、膝におでこを押しつける。
なぜ、あのときリンリンが呼びとめたのに振り返らなかったのか。
ペンダントを一緒に探そうと言っていたではないか。
きっとリンリンは一人で海に入って、見つけようとしたのだ。
マリンが彼を置いていったから。
少なくともマリンがいればリンリンを止めてあげられた。
もういいよ、そんなペンダントよりリンリンのほうが大事だから、と。腕を引っ張ってでも浜辺へ連れ戻しただろう。
ねえ、リンリン。おうちへ戻ろう、と。
ママとパパが待っているから。送っていってあげるから。
あのときのマリンは自分ばかりが辛いと思っていて、優しい言葉をかける余裕がなかった。
それにしたって、あんな幼い子を一人きりにすべきでなかった。
マリンがこの事態を招いた……。
「気分が悪いのかい」
捜索隊の様子を見にいっていたトントンが戻ってきた。
白浜に腰掛けるマリンの顔を覗き込んでくる。
「……顔色が悪いな。いったん戻ろうか?」
「イヤよ。リンリンが見つかるまでここにいる」
しわがれた声で答えるとトントンが現状を教えてくれた。
「リンリンは帽子以外に手がかりが見つかっていないようだ。きみのペンダントらしきものすらあがってきていない」
「そんなの、どうだっていい。リンリンさえ無事ならいい」
今日で一生ぶんの涙を流すような気がする。
トントンがマリンの隣に置いてあるバッグから水筒を取り出した。コップにお茶を注いでくれる。
「日暮れとはいえ、まだ暑いから。飲みなさい」
「……」
さしだされたお茶を口にするとノドが冷えていく。
頭もすこし冷えたようで、思い浮かんだ疑問を投げかけた。
「ねえ、リンリンは……ナンでわたしのためにそこまでしてくれたんだと思う?」
「これまでの印象だと、彼が友だち想いだというのが第一の理由だね。きみ、ペンダントのことをリンリンに話しただろう?」
「ええ。ナンとなく、あの子になら言ってもいいかと思ったの」
リンリンがペンダントを見て、『これはなあに』と聞いてきた日を思い出す。
秘密を教えてあげた代わりに帽子を取って、彼のふわふわの髪が七色に輝くさまを目の当たりにした。
ちょうど、今の夕陽と同じ真っ赤な太陽が逆光になっていて……。
あのプリズムの髪が恋しい。
くりくりとした、表情豊かなとび色の瞳も。
隙あらば繋ごうとしてくる小さな手や、押しつけてくる柔らかい頬。
「わたしがリンリンを迷子にさせたんだわ」
マリンがカサついた唇で後悔を口にする。
トントンは静かに耳をかたむけていた。
「わたしを……わたしなんかをリンリンは友だちって言ってくれた。プリンプリンの代わりでしかないと思い込んでいたわたしに、『マリンと一緒だからできた思い出だよ』って一生けん命伝えてくれた。
それなのに、わたしは信じてあげられなかった!」
マリンが自分の太ももを強く打ちつける。青あざになっても構わない、というほど強く。
半ばうわ言のように語りはじめた。
「わたしはリンリンを友だちだと信じてなかった。小さな子どもだから、って見くびっていたんだわ。どうせ泣くだけで、すぐに親や他の子のもとに戻っていくんだとばかり。
そう、ランカーのもとにいたころのような取巻きと同じだと心のどこかで考えていたの。
でも、違うの。リンリンの気持ちは、もっと強くて……わたしなんかよりずっと『信じる』ってことを知っていたのよ。
あんなに小さいのに」
マリンの耳に、リンリンがずっと呼びかけていた声がよみがえる。
今だったらすぐに駆けつけられるのに!
時が戻らないのがもどかしくて、マリンは身をゆすった。
「わたし……リンリンにいつもひどい態度を取っていたわ。小さいからどうせわからない、ってつっけんどんな物言いばかりしていた。
そんなワケないのに。
リンリンはずっと気にかけてくれていた。セインとわたしが仲違いした時も、ブレスレットを一緒に作ることで仲良くさせようと考えてくれたり……」
過去をさかのぼればさかのぼるほど自身の至らなさに打ちのめされる。
リンリンがどれほど自分に気をかけてくれていたのかも今になってわかった。
「わたしはリンリンに何もしてあげてない。それどころか、最後にひどい言葉を投げかけてしまったわ。
わたしには誰にもいない、って……リンリンのことも拒絶した。
あの子、それでもわたしのために、たった一人でペンダントを探してくれたのよ」
リンリンがくれた最後の優しさがマリンの胸を締めつける。
「どうして? なぜ、あんなにも人に優しくできるの?
わたしには、できっこないわ。だって人を信じるということができないんだもの。誰もわたしを好きになってくれないんじゃないわ、わたしが誰のことも信じきれないのが原因なの。
そんなわたしのために……リンリンがいなくなっていいハズがない!」
語気を強める。
どれほどリンリンが大切な存在だったか、マリンは今さら思い知らされていた。
「リンリンはみんなにとって必要なの。誰もが、あの子がいなくなって哀しんでる。プリンプリンやボンボンさん、クイーン、オハナやセイン、他にもたくさんの人があの子を探してる。
なのに、わたし……わたしのせいなのに、何もできない!」
自身を責めたてる。
もはや意味がないとわかっていても、吐露せずにいられない。
投げ捨てたペンダントと、リンリンの小さな体が頭の中で重なった。
「わたしがあの時リンリンと会わなければ。ペンダントを投げ捨てなければ。
いいえ、そもそもわたしがこの町に来なければよかったのよ。
わたしが、リンリンと出会わなければこんなことにならなかった!」
「マリン。それは、リトルプリンスも望んでいないよ」
マリンが自分を追いつめているとトントンからたしなめられる。
口調こそ普段と同じく静かだったが、すこし怒ったような声音だった。
思ってもみないトントンの反論にマリンはたじろぐ。
「な……に」
「それを言うなら、きみをこの町に連れてきたのは私だ。私が責任を負おう。だから、リンリンの気持ちをないがしろにしないでおくれ」
彼は最初からリンリンに関心を寄せていた。
だが、いつのまにあの子をここまで気にかけるようになったのか。
トントンにとってもリンリンの存在は大きいのだとマリンは初めて知った。
「リンリンと約束したんだよ。きみを連れて帰る、って。きみがここにいるのは、彼が望んだことなんだ。
ペンダントを探そうとしたのも彼の意思だ。
あの子は、きみが好きなのさ……大事な友人として認めているんだよ」
そう言う彼の鈍色の瞳はいつになく揺らいでいる。人工の涙液が張られていると聞いたが、ここまで感情を表せるものなのか。
見つめられ、マリンは自分の理解がまだ足りないとわからされる。
言い聞かせるようにトントンがマリンへ告げてきた。
「それなのに、きみがリンリンから離れてどうする。信じられなかったのなら、これから信じてくれ。
あの子は戻ってくるよ。会いたいと願うみんながいるから」
その言葉で、自分が本当は何を願っているか、マリンは胸が痛くなるほど思い知らされる。
もう一度、リンリンに会いたい。
会って謝りたい。
うんと優しくしてあげたい――。
彼女はトントンに抱きつき、泣き叫んだ。
「わたし……ッ、リンリンに会いたい! リンリンに戻ってきてほしい……」
「そうだね。私もだよ」
「あの子、わたしのはとこなの。お父さんとお母さんがいなくなってから、初めて会った血縁なの!」
「うん。何かの運命かもね」
「リンリンは、わたしの大事な友だちなの! あんなに小さくても、わたしを大事に想ってくれる……本当の友だちなの!
ずっと欲しいと願っていた、本物の友だち。
わたし、リンリンに会えてよかった……もう会わなければよかった、なんて言わない。わたし信じてみる。
また会える。絶対に見つかる、って信じる!」
マリンにとって『信じる』のは難しいことだった。
でも今は自然と言葉が出てきた。
『信じる』というのは、願いの言葉だ。
相手を想い、相手をねぎらい、相手を愛するための。
それをリンリンはずっと教えてくれていた。
遅かったけれど、マリンはやっとそれに気づいたのだ。
むせび泣くマリンの背をあやすように叩きながら、トントンが言った。
「私も信じるよ。みんなを哀しませるなんて、リトルプリンスがいちばん望まないことだからね。きっと彼は戻ってくる。
ちょっと迷子になっているんだ。迎えにいってあげないといけないかもしれない」
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん