あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第十一話 リトルプリンスの帰還(5)

 

5、

 

 水平線が果てしなく続いている。

 見渡すかぎり周りは海。居てもたってもいられなくて船出したが、最初は意気揚々としていた仲間も沈痛な面持ちになっていった。

 

 海の真ん真ん中ではリンリンがいたとて見逃してしまうかもしれない。

 

 必死で目を凝らす一行だったが、夕焼けでありながら容赦ない日照りが体力を奪っていく。

 

「……このあたりには、いないな。服の切れはしすら見えないよ」

 

 トントンが遠視で確認して報告する。右往左往して、もう何度目かの同じ結果だった。

 

 そのたびに船頭のプリンプリンが『他へ行きましょう』と告げる。

 

 彼女の銀の髪が夕陽に映えてきらきらと輝いていたが、伏せた顔は影で隠れている。

 

 かたわらでボンボンが彼女の肩をずっと抱いていた。

 オサゲはエンジンの管理と舵を取り、カセイジンはヨカンの兆しがないかと精神を研ぎすませる。

 

 リンリンのため、皆が諦めずに舟を動かしていた。

 

 その中心でマリンがトントンへしがみついている。

 子どもである彼女には、他の人と比べてできることが何もない。その事実が華奢な肩にのしかかり、白い顔を蒼白にさせた。

 

 小型のボートで移動した経験がほとんどないため、船酔いにもさいなまれている。

 

 ただ、そのことを告げて足手まといになることは避けたいのか彼女はただただ押し黙ってジッとしていた。

 

 しかしながら隠し通せるものでもなくトントンが声をかける。

 

「マリン、横になるかい?」

 

 ボートも手狭なのでトントンが自分の膝を指さした。

 マリンはちら、とボンボンを見やる。

 

 視線に気づいたボンボンは相変わらずプリンプリンを支えつつも、

 

「無理しないほうがいいよ」

 

 とぶっきらぼうに返す。

 

 マリンはおずおずとトントンの膝へ頭を乗せた。身を縮み込ませ、自身の無力さに消え入りたくなる。

 

 だが弱音だけは吐かなかった。

 

 それぞれの思惑を乗せ、舟は海をすべる。

 リンリンを連れ帰ること。それだけを願って。

 

 しかし――。

 

 無情にも空が紺色に染まりはじめる。

 日暮れの迫っている事実が、一同にタイムリミットを否が応でも意識させる。

 

 オサゲはボンボンの指示で舵を取りつづけ、カセイジンも一向にないヨカンをアテにせず周囲を見渡し、トントンは何かひとつでも手がかりはないかと認識できるギリギリまで遠視の範囲をひろめている。

 皆を鼓舞するボンボンも声がすっかり枯れていた。

 

 彼の腕の中で、プリンプリンはリンリンの帽子を胸に抱きながら祈り続ける。

 

 リンリン。戻ってきて。

 きのう約束したばかりでしょう。

 どんなところにいても、ママのところへ帰ってくる、と……。

 

 しかし彼女がとび色の瞳を開いても、視界は色を変えゆく海ばかりで。

 旅をしていたからこそ、海は美しいだけでなく恐ろしいところでもあるとわかっていて。

 

 リンリンを飲み込んでしまうのも、充分に有り得るわけで……。

 

 プリンプリンの心が折れかけたとき、誰かがすすり泣くのが聞こえた。

 トントンの膝で横たわっていたマリンだ。

 

 皆が手をとめて彼女を見る。

 

 マリンが上体を起こして嗚咽まじりに話しはじめた。

 

「ご、ごめん、なさい……ッ、わたしのせいで……こんなに、みんながリンリンを探しているのに……ッ」

 

 彼女が泣いて詫びるのに、皆、何も言えなかった。

 リンリンと最後に会ったのはマリンだ。かといって、彼女をなじっても事態は好転しない。

 

 それに――本当は、全員が泣きたかったのだ。

 あの小さな男の子がいなくなり、アルトコ市全体が哀しみにくれている。

 

 マリンが流す涙を止める者はいない。

 

 だが、泣きつづける彼女に誰かひと言でも声をかけてやらないとリンリン捜索に支障が出る。時は一刻を争うのに。

 

 ボンボンが感情を押し殺したように低い声で切り出した。

 

「もういいよ。きみがここで謝っても、リンリンが戻ってくるワケじゃないだろ」

 

 冷たい言い方になったせいでマリンがヒュッと息をのむ。

 彼女はうなだれ、これ以上泣かないように唇を噛み締めた。震えるマリンの肩を支え、トントンがボンボンへ声をかけようとする。

 

 が、すぐに口を閉ざした。

 

 ボンボンの碧い瞳に涙が光っていたからだ。

 

 今にもこぼれそうな涙をボンボンはグイと拭い、プリンプリンへ向きなおる。

 

 プリンプリンは一心不乱に祈りつづけていた。

 身を寄せれば、彼女の口からひたすら祈りの言葉が発せられているのが聞こえる。

 抱えられたリンリンのセーラー帽がすっかりシワだらけになっていた。

 

「海のどこかにいるお父さん……お願い、どうかリンリンを助けてあげて。あの子は迷子になってしまったの。

約束を守らないような子じゃない……きっと、帰ろうとして道に迷ってしまっているのね。暗くなったら進むことすらままならなくなる。だから……どうか、リンリンを導いて。

リンリンをわたしたちのもとへ帰して……」

 

 とび色の目からこぼれ落ちた涙が揺れる海面へ吸い込まれていく。

 たまらなくなったのかボンボンが彼女の身を強く抱いた。

 

 それでもプリンプリンは海へ、父へ、祈りを捧げるのをやめない。

 

 そんな彼女を見下ろしながら、ボンボンも海に向かってひとりごちた。

 

「リンリン……良い父親になる、って約束したのに……。

まだまだ父親らしいこと、全然してやれていない! もっともっと遊んでやりたいし、甘えさせてあげたい!

だから……パパとママのもとへ戻ってきてくれ。お願いだ……!」

 

 先ほど拭ったはずの涙があふれていた。

 

 日没の時間が迫っている。泣いている場合ではない。

 わかっていても、この広大な海相手にボートにいる全員の心がへし折られそうになっていた。

 

 

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