1、
目覚めたらリンリンは透きとおる部屋にいた。
天井は、たまにオハナのつきそいでいくお店の水晶のようにデコボコした壁。うすぐもった表面にリンリンが何人も映っていた。
水晶の中のリンリンは痩せぎすだったり太っちょだったりしている。まるでピカピカのまあるい金属に映った時のようだ。
水が入っているのかポヨポヨのベッドから起き、リンリンは床へ降りる。
かきん、と奇妙な音が鳴った。
いつのまにか服も着替えさせられている。
いつものセーラー襟のTシャツではなく、肌触りのいいゆったりとした白い上着とズボン。銀色の糸で細かな刺しゅうがされていて高級そうだ。
肩に巻かれたストールは深い藍色で、これも色んな色の糸で模様が描かれている。
頭にはセーラー帽の代わりに、ストールと同じ藍色の帽子が被らされていた。
透ける布地で後ろ頭を覆われ、目の前では真珠がゆらゆら揺れている。
「たいへん、ぼく王子さまになっちゃった」
「キキィ?」
キッキもふしぎそうにノッポになった自分を覗き込んでいた。
リンリンはそんなキッキを抱きあげると水晶の道を進みはじめる。
どこもかしこも自分だらけで、まるで迷路のようだ。
「キッキぃ、ココはどこかなあ」
「キキャッ、キィ……」
キョロキョロしながら歩いていたら、やがて道が開けた。
両隣の水晶でできた水槽の中で動物たちが眠っている。
ライオン、ゴリラ、シカ……小さなウサギやリスも小型の水槽で横たわっていた。
「お昼寝してるの?」
ピクリとも動かない動物を見て、リンリンは首をひねる。
そうしたら後ろから声をかけられた。
「
振り向くとプリズムの輝きが目に飛び込んでくる。
大人の男の人で、リンリンと同じ七色に光る髪を長く伸ばしていた。
パパ似でふわふわの髪のリンリンと違い、サラサラの髪。
背は高くて、リンリンが着せられている衣服と似た白い服を着ている。銀でこさえられたベルトやブーツが水晶を照り返し、青く染めぬかれたマントを背にたなびかせていた。
リンリンを見つめる瞳はマリンとよく似た海色。
ただ、彼女より奥深い海の底を思わせる深い色だった。
パパと同じくらいか、すこし若いか。
それくらいの歳の男性なのにリンリンは自然と呼びかける。
「……おじいちゃん?」
うんと幼いころから、おばあちゃんが教えてくれた。
おじいちゃんはリンリンと同じプリズムの髪だったんだよ、と。
当たったのかおじいちゃんはニコリと微笑んで近づいてくる。
「そうだよ。私はトルマリン――面と向かって会うのは初めてだね、リンリン」
おじいちゃんがキッキごとリンリンを抱っこしてくれた。
腕がどことなく冷たく、トントンを思い出す。
「おじいちゃん、こおるど……ナントカって、なあに? 動物さん、カチコチじゃないよ」
「低温で人工的な冬眠状態させているんだよ」
「冬でもないのに?」
「人工的に冬をつくりだしている、とも言えるね。リンリンはかしこいなあ」
おじいちゃんの海色の瞳が優しげに細められる。
褒められたリンリンは『えっへん』と胸を張った。
リンリンを抱っこしたまま、おじいちゃんが水槽の通路をまっすぐ歩く。
眠る動物たちの中には図鑑でしか見たことがないような恐竜もいた。
「おじいちゃん、動物さんたちはどうして眠っているの?」
尋ねると、おじいちゃんが顔を近づけて教えてくれる。
「みんなはね。種の保存のために、ここで眠ってもらっているんだ」
「しゅのほぞん……」
「地球が大きく環境を変えると生きていけなくなる動物もいるんだよ。
だから、その動物たちをここで保護して、いつかまた生きていける環境が整う日まで待ってもらっているんだ」
「ふうん……」
珍しい動物たちを眺めながらリンリンは納得した。
おじいちゃんの授業はまだ続いている。
「きみが抱いているそのお猿さんも、元はタンガラトントンにいたんだけどね。環境が変わってほとんどいなくなってしまったんだよ」
「えっ? キッキぃ、すごい貴重なお猿さんだったんだね!」
「キキャァ……」
リンリンに驚かれ、キッキは得意顔だ。
赤いお鼻をくすぐってやるとおじいちゃんが言う。
「まあ、そうでなくても大事にしてあげなよ。きみが溺れるのを助けようと必死だったんだから」
「ぼく、溺れてたの?」
「そうとも。危なかった……間一髪だった」
おじいちゃんの目が真剣だったので、覚えていないがリンリンは本当に大変だったのだろうと思った。
キッキの細長い手を取り、ほっぺたをくっつける。
「ありがとね、キッキ。おじいちゃんも、ありがとう!」
「キキィ〜ン!」
「どういたしまして」
助けてくれた二人の温もりを感じて、リンリンは心までぽかぽかだった。
おじいちゃんがリンリンの髪におでこを寄せる。
「それだからね。きみの服、今、洗っているところなんだ。海水でベタベタだったから。
乾かさないといけないから、それまでゆっくりしていきなさい」
「はーい。……って、ここはどこ?」
起きたときの疑問が再び頭に浮かんだ。
歩くのをやめず、それでも速度をすこし緩めながら、おじいちゃんが説明してくれる。
「ここは、マリーン。きみの故郷さ」
「えーっ、ぼくの故郷はアルトコだよー」
「ふふ。確かにリンリンはアルトコ生まれだからね……じゃあ、ママの故郷と言ったらいいのかな。
それと、アイリーンと私の祖国」
リンリンは聞かされていたママの過去の冒険を思い出した。
「ママの祖国はなくなっちゃったんじゃないの? ママ、探したけどもうないって。おばあちゃんに言われた、って」
「確かに地上にはないよ。マリーンは、今は海底をさまよっているのさ」
「あるならママも呼んであげたらいいのに……」
いろんな国を旅してまで祖国を探したのに、海の底で隠れているなんてママがかわいそうだとリンリンは思った。
おじいちゃんが困ったように眉を下げる。
「そうはいかないんだ。きみだって、緊急事態だから赦しを得ただけで、本当は呼んじゃいけなかったんだよ」
「誰が赦してくれたの?」
「マリーンそのものさ。――この『舟』は、生きているんだ」
おじいちゃんが立ち止まった。
リンリンが前を見ると、いつのまにか水槽がなくなって大きな広間にいる。
真っ青なじゅうたんがまっすぐに敷かれていて、その先の短い階段の上に、白銀でできた大きくてきれいな椅子がある。
座るところと背もたれは淡い水色で、ふかふかして座り心地がよさそうだ。
その後ろでは色とりどりの水晶細工の飾りがたくさんぶら下がっており、同じく垂れ下げられた紺色の幕の夜空に光る星のようだった。
絵本で見る王さまの席みたいだな、とリンリンは思う。
空っぽの椅子をおじいちゃんがじっと見つめた。
「マリーンは……傷ついたんだ。人間たちによる裏切りに。
だから選んだ人間以外は受け入れたくないんだよ」
「うら、ぎり?」
「私が招いたことさ。私が、他国の人間を引き入れたのがいけなかったんだ――」
おじいちゃんは苦しそうだった。
まじめな顔で聞き入るリンリンを見て、おじいちゃんはうなずくと語りはじめた。
「かつて、マリーンは海を自由に行き来できる『舟』だった。つがいの動物たちと、わずかな善良な民を乗せて海を旅していた。
だが、いつしか海面が上昇し、マリーンの大地をすこしずつ削っていった」
「つがい?」
「夫婦という意味だよ」
おじいちゃんがリンリンの柔らかい頬を撫でる。
「大地がなければ稲も野菜も育たない。牛や鶏を育てる牧場だって足りない。
私は、沈む運命にあるマリーンを救うべく他国と繋がりを持つことにした」
学校でまだ歴史について習っていないリンリンにとって、政治の話は難しい。
ウンウン唸って、やっと質問できた。
「それまで他の国と繋がってなかったの?」
「マリーンの意思が拒んでいたのさ。悪い心の持ち主を『舟』に乗せたくなかったんだ」
「へー。良い人と悪い人がわかるなんて、マリーンって頭がいいんだね。学校のテストもへっちゃらかな?」
リンリンがそんなことを言うと、トルマリンにアハハと笑われる。
「それはそうだろうねえ。
私たちより、知能はずうっと高いよ。天からの授かりものなんだ」
『天』という言葉が出てきて、話が大きくなってきたなあとリンリンは思った。
「どうやってマリーンを説得したの?」
「私という『虹の祝福』を受けた者がいたからね。そこの玉座に座ると、マリーンの意思とお話しができるんだ」
「にじの、しゅくふく?」
「私と……きみのようなプリズムの髪を持つ人間のことだよ。
何故かはわからないが、歴代の王の中でもマリーン本体と意思を通わせらしいらしいんだ」
帽子からはみ出たふわふわの髪を、リンリンがキュッと掴む。
「ぼくも、マリーンとお話しできるかな?」
ワクワクして言うがトルマリンに言われた。
「残念ながら、今はマリーンが嫌がるだろうね。きみはプリズムの髪だけど……異国の血が通っている」
「? アルトコの?」
「きみのパパは、いい人かい?」
突然パパのことを聞かれ、リンリンは大きな目をさらに大きくしたものの笑顔で答える。
「パパはねえ、ちょっとがさつだけど優しいよ。それにナンでもすぐ夢中になって面白いの!」
「キキャッ、キキキキ」
キッキも一緒になってパパのことを伝えた。
二人の様子におじいちゃんは『ふうん』と興味津々といった顔だ。
「一生けん命な人だね。きっと、プリンプリンもそんなところに惹かれたんだろうな」
その笑みはどこか寂しそうだった。
リンリンとキッキにまんまるい目で見られながら、おじいちゃんがまばたきをする。
「そう。マリーンをかたくなにさせたのは、私なんだ。
私は他国との関わりを持つことこそが、マリーンを救う手立てになると信じていた。
しかし――運命の日。同盟国はあろうことか武器を所持してマリーンへ足を踏み入れたのだ。彼らはマリーンの兵士をなぎ倒し、私のもとへやってくるなり言った。
『この「舟」は我らが使わせていただく』と。
それまで友好的だったのは、侵略のためだったんだね。私は銃口を突きつけられながら哀しく思った。
これまでの努力が、彼らにはまるで届いていなかったのだから」
恐ろしい話に、リンリンはおじいちゃんのマントをギュッと握った。
キッキがリンリンの肩にあごを乗せて頬擦りしてくる。
肩がじんわり温まってから、ようやくリンリンは聞けた。
「おじいちゃんは、どうして助かったの?」
「マリーンが……彼らの蛮行を見過ごせず、すべて始末したんだ。
裁きの光ともいえる閃光が彼らを撃った。逃げ惑う者もいたが、マリーンは一人も逃さなかったよ。
私は、あのような大量の血を見たのは初めてだった」
血。
リンリンはそれを聞き、体を震わせる。
今は何事もなかったかのように美しい部屋だが、真っ青なじゅうたんが真っ赤に染まるさまが頭に浮かんだ。
そこへ倒れ、動かなくなる人も。
「イヤッ!」
恐ろしくなってリンリンはおじいちゃんにしがみつく。
震えるリンリンの背中をおじいちゃんが何度もさすってくれた。
「ああ、すまないね。リンリンには怖かったね……。
でも、知っておいてほしい。私が抱きしめていてあげるから。
マリーンの意思は、その後、魂の選別を行うとまで私に言ってきたんだ。すなわち、元いたマリーンの民をも裁きにかける、と」
「⁉︎ どうしてそんなことをするの」
「内通した者がいると考えたんだろうね。
また、マリーンは悪意に過敏になっていた。もはや少しの悪意も赦さない。『舟』は善良な心を持つ民しか迎えない」
「そんなのひどいよ……勝手だよ!」
「シッ」
リンリンの口におじいちゃんの人差し指があてられる。
黙るだけでなくリンリンが動けもしないでいると、おじいちゃんは周りをぐるりと見渡し、息を呑んだ。
それから小声で教えてくれる。
「私たちの会話は、マリーンに聞かれている。うかつなことを言ってはいけないよ。きみのことも、マリーンは渋々迎え入れたのだから」
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん