あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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最終話 あの海のリンリン(2)

 

 おじいちゃんの焦った顔に、リンリンは無言でコクコクと頭を縦に振る。そばでキッキが不満そうに『ギィ〜……』と低く鳴いた。

 おじいちゃんの顔に笑みがわずかに戻る。

 

「良い子だ。そのまま話を聞いておくれ。

私だって、もちろんマリーンを止めようとしたよ。他国の心なき者を招き入れたのは謝る。だが、マリーンの民は何も知らない。

どうかこれまでどおり住まわせてやってほしい、と。

 

だが、マリーンの意思は聞こうともしなかった。

 

もはや一刻の猶予もない。

私は、マリーンの意思と自身の意思とを結合させることで食い止めることにした――」

 

 かろうじて、リンリンにはおじいちゃんの言っている意味がわかった。

 だからこそ目が飛び出そうになる。

 

「けつごう……? じゃあ、おじいちゃんは、マリーンとおんなじになっちゃったの⁉︎」

「そうだ。マリーンと意思を通わせられる私だけが、マリーンの心へ干渉することができた。だから……」

「今ここにいるおじいちゃんは⁉︎」

 

 リンリンが青いマントを引っ張ると、おじいちゃんが見下ろしてきた。

 穏やかで優しい目。涙で揺れているようにも見えるのに。

 

 おじいちゃんが服の袖をまくって見せてくれると、機械にあるような繋ぎ目があった。

 

 キッキがひときわ大きな鳴き声で恐れおののく。

 

「これって……!」

「今の私はね、ロボットなんだ。元の体はとうの昔に朽ち果てた。

この機械の身には、かつての私の人格がコピーされていて、そのとおりに振る舞っているだけなのさ」

「そんな……おじいちゃんは、死んじゃったの……?」

 

 リンリンは潤んだ目で見上げる。

 すると、おじいちゃんが静かに首を縦に振った。

 

「私は最期の瞬間まで、マリーンへ『どうか民が逃れるまで怒りを鎮めよ』と祈りつづけた。

マリーンが人間を許さないならこの国からみんなを逃す他ない。その中には私の愛しい……アイリーンやプリンプリンをはじめとした家族もいたんだ。

彼らを危険にさらさぬよう、必死でマリーンへ呼びかけて……そして誰もマリーンに立ち入らせないために海底へ沈むよう誘導した」

 

 おじいちゃんの最期の時を聞き、リンリンは胸がズキズキと痛んだ。

 どうして、家族が離れ離れにならなければならないのだろう。

 誰が悪いのだろう――。

 

 リンリンのとび色の瞳から、涙がひとしずく、こぼれる。

 

 おじいちゃんが優しく拭ってくれた。

 キッキからも細長い腕で抱きしめられる。

 

「おじいちゃんは、ひとりぼっちだったの?」

「そんなことはないよ。最初はそのつもりだったんだけど……リンゼイや家臣が最後までお供するって聞かなくって。

あ、リンゼイというのは弟のこと。マリンのおじいちゃんだね」

 

 言っておじいちゃんが胸の内ポケットに手を潜り込ませた。

 取り出したのは――。

 

「アッ、マリンのペンダント!」

 

 あれだけ探しても見つからなかった、マリンが両親からもらったペンダント。

 

 おじいちゃんがリンリンの小さな手のひらに乗せてくれた。

 

「リンゼイはね、他国と関係を持つのはよくない、と言っていたんだよ。彼は占星学……星占いが得意でね。

良くない結果を見越していたんだ。

それでも、私の判断に着いてきてくれた。――最後まで、彼が私の手を握ってくれていた」

 

 見知らぬリンゼイへの感謝の気持ちで、リンリンは胸がいっぱいになる。

 

「その、リンゼイさんにお礼を言わなきゃ。おじいちゃんを一人にしないでくれて、ありがとう、って。

他のみんなにも」

「そうだね。私も、彼らに感謝の言葉を届けたいよ。

本当は、家族と共に生きていきたかっただろうに……」

 

 おじいちゃんは下を向いて、くぐもった声で言った。

 

「私のせいだ。私が、道を誤らなければ――」

「ちがうよ、ちがうよ! おじいちゃんは、たくさん考えたんだよ。どうしたらいいか、誰もわからないのに、ガンバッて……」

「確かに、あの時点ではわからなかったなぁ。

ただ、大人はね。頑張ったからいい、で済まされないこともあるんだ――」

 

 リンリンがなぐさめても、おじいちゃんはもっと大きなものを見ているようだった。

 責任について語る彼は王さまの顔をしていた。

  

「そのために命をかけて、民の命の責任を負おうとしたんだ。

私は、そのことは悔やんでいないよ。おかげでマリーンの民を救うことができた」

 

 そうは言ってもおじいちゃんはどこか哀しげで。

 リンリンの目からとめどなく涙があふれる。

 

「ねえ、おじいちゃん。今からでもマリーンを出られないの?

アルトコに来たら、きっとおばあちゃん喜ぶよ」

 

 リンリンは言った。

 もうマリーンにはおじいちゃんしかいないのだから、ここにいる必要はない。

 アルトコで、みんなが住んでいる家に来ればひとりぼっちではなくなる。

 

 それでも、おじいちゃんは笑いながらこう言った。

 

「リンリン。私はね、このマリーンでしか動けないんだ。

アルトコには行けないんだよ」

 

 リンリンはおじいちゃんのすこし強ばった体にぎゅうと抱きつく。

 

「そんなの、どうにかなるよ。トントンがアルトコへ行けるようにナンとかしてくれるもの。

トントンはね、おじいちゃんと同じロボットで機械にとっても詳しいんだ」

 

 トントンの名前を出すと、おじいちゃんが思い出したように笑う。

 

「トントンね。彼は、確かに優秀な技術者さ。

ただ――これは機械だけの問題ではないんだ。マリーンと私の意思は深いところで溶け合ってしまっている。

それを分離してしまうと、おそらく私は私でなくなってしまう……」

「そんな……!」

「ただ、タンガラトントンの技術の進歩はさらに加速しているから。将来に望みはあるかもしれないね。

――トントンか。彼も、プリンプリンに求婚したころはまだロボットと人間の価値観の違いがイマイチ理解しきれていなかったようだが、その後アップデートと学習を繰り返し、ずいぶんと感情豊かになったようだ。

今では人間と遜色がないほど」

 

 懐かしそうにおじいちゃんが語るのでリンリンはふしぎに思った。 

 

「おじいちゃん、トントンを知っているの? ママにきゅうこんしたって、なに?」

「ああ、リンリンは知らないんだね。戻ったらママに聞いてみるといい。恥ずかしがるかもしれないけどね……。

それで、理由だけど。私はずっと彼女を見守ってきたんだよ。

そこにいるヌールの目を通して」

 

 おじいちゃんが銀の鳥かごまで歩いていき、リンリンとキッキに中身を見せてくれる。

 輝かんばりの白い鳩がいた。

 

「かわいい」

「キッキャ」

 

 キッキが手を伸ばすのをおじいちゃんは揺すって止める。

 

「ダメだよ、怖がるから。

ヌールの首に小さなリボンが巻かれているだろう? 飾りに超小型のカメラが内蔵されているんだ。

私は時折この子を外へ飛ばして、外界の様子を見ているんだよ」

 

 リンリンはハッとした。

 

「溺れてるぼくを見つけたのも……?」

「ヌールのおかげさ。近ごろはアルトコに滞在していたからね……おかげでリンリンを助けることができた」

「どうしてアルトコの近くにいたの?」

「マリンが滞在していたからね。あの子はリンゼイの孫。

ランカーに追われていることは知っていたから、どうなるか見守っていたのさ」

「あの、いじわるなおじいちゃんのこと?」

「そう。あの人は過去にプリンプリンのことも追いかけ回していた。

私は祖国を探すプリンプリンのこともずっと見ていたんだよ……」

 

 おじいちゃんはヌールと会話するように舌をチチと鳴らす。

 すると鳥かごの鳩も首を揺らし、黒い真ん丸な目で見返してきた。

 

「彼女が旅の果てに、アイリーンと会えて良かった。アイリーンも娘と離れて永年辛かっただろうから。

私は、アイリーンとプリンプリンが幸せなら満足だよ」

 

 ヌールの澄んだ瞳を見つめておじいちゃんは言う。

 だけど……。

 

「……そうなの? さびしくないの?」

 

 おじいちゃんの胸にリンリンは頬を押しあてる。

 心臓の音は聴こえないがキュルキュルとモーターか何かが回る音がした。

 

 リンリンの後ろ頭を支えながら、おじいちゃんがこっそり教えてくれる。

  

「……本当は、さびしい。でも自分で選んだことだから」

 

 それを聞いて、リンリンは生まれて初めて望んでもどうしようもないことがあると知った。

 すくなくとも今のリンリンでは解決できない。

 もどかしい。

 

 リンリンの頭におじいちゃんの頬が寄せられる。

  

「でもね、リンリン。きみには私と同じ道を辿ってほしくないんだ。

自分を犠牲にして誰かを助けるようなことは、私で終わりであってほしい。

だから、今日のような無茶はもうしないでおくれ」

 

 おでこに軽くキスされた。

 しかしリンリンはシュンと肩を落とす。

 

「ぼく、ペンダントがなくなったらマリンが哀しむと思ったの……」

「優しい気持ちは大事だよ。でも、きみがいなくなったら、みんながもっと哀しむだろう?」

 

 言われてリンリンは考えてみた。

 パパとママは自分を探すだろう。先生やオサゲおじちゃんも一緒に探してくれるかもしれない。

 

 オハナやセインだって、リンリンと遊べなくなってきっと寂しくなるハズだ。

 トントンも、ロボットの技術でそこらじゅうを探してくれるかもしれない。

 

 マリンは……最後にとても怒っていたからわからない。

 

 でも、みんながきっと不幸せな気持ちになると思う。

 

 想像してみて自分が消えたら大変だ、とリンリンはわかった。

 

「リンリン。きみは、もっと学ばないといけないよ。

どうすればみんなが幸せになれるか? どうすれば、誰も哀しまずに済むか――。

これは私では解けなかった、とっても難しい問題なんだ」

 

 おじいちゃんが顔を近づけてくる。

 間近で見る海色の瞳は深い青。それでも光るものがそこにあった。

 

「うんと勉強して……そして友だちと一緒に考えなさい。できれば、そういうお友だちが世界じゅうに見つかるといいね。

そうしたら、いつかマリーンを呼んで」

 

 リンリンはおじいちゃんの目を見つめたまま、じっと動けない。

 だいじな話をされているとわかっていたから。

 

 キッキもお利口なので静かにしていた。

 

「私は、きみがプリズムの髪で生まれたのは何かの前触れだと思っている。異国の血が流れていても、マリーンと意思を通わせられる可能性があるのだと。

残念ながら今はその時ではない――でも、きみが大きくなって知恵をつけ、それでいて今のような優しさを持ち合わせていたのなら」

 

 おじいちゃんはいっそう慎重になり、噛みしめるように言う。

  

「マリーンはきみを迎えてくれる。

いつかマリーンの傷が癒え、再び海上へ姿を現したとき――。

この国を、きみの大好きなひとたちでいっぱいにしてほしいんだ」

 

 リンリンはコクンと首を下げた。

 涙はもう引っ込んでいる。

 

「わかった。ぼく、もっとかしこくなる。

いつか、おじいちゃんにもう一度会えたとき、お友だちをたくさん紹介するね」

「うん。リンリン、私はここでずっと待っている――きみが過去の傷を癒し、今を未来へ繋げるようになるまで、ずうっと……」

 

 最後に、おじいちゃんはリンリンをもういちど強く抱きしめてくれた。

 冷たいはずの体温が温かい。

 リンリンはおじいちゃんの温もりを体いっぱいに感じるとウトウトしはじめた。

 

「おやすみ、リンリン。次に目覚めたら、きみはきっと元の世界に……それでも今日という日を忘れないで。

いつまでも優しさをなくさないでおくれ。

私たちの愛しいリトルプリンス――」

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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