あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第三話 セインはむずかしいお年ごろ?(2)

 

4、

 

 翌日、学校が終わってすぐ、リンリンは家へブレスレットの材料を取りに帰った。オハナとは海岸で合流する約束だ。

 途中まで趣味の手芸クラブへ行くというおばあちゃんと一緒だった。

 

「遅くなる前に帰るんですよ」

 

 おばあちゃんと指切りして別れる。

 キッキもいるし、年上のマリンもいるから、と子どもたちだけでも大丈夫だと二人の家で言っていた。

 

 右手にスコップ。左手に青いバケツ。

 貝がら型リュックにはおやつのラムネに、チャームとビーズ。

 スキップしながらオハナのもとへ行くリンリン。

 

「オハナちゃーん」

「キキッキャー」

 

 キッキが手を振ると、オハナも小さく手を振り返してくれた。

 

「他のみんなはまだ来てないの?」

 

 リンリンが聞けば、オハナが首を横に振る。

 

「オハナだけ……」

「ふーん。ねえねえ、きょうはね、コレをみんなで作りたいんだ!」

 

 リンリンはウキウキしながらリュックから紙を取り出した。

 昨日の夜に描いた図を見せると、オハナがニコッと笑う。

 

「コレ、かわいい! オハナほしい!」

「でしょう。おばあちゃんと考えたんだんだ。みんなでおそろいだよ!」

「キーキャッ、キーッ」

 

 リンリンだけでなく、キッキも自信たっぷりに胸を張った。

 

「みんなでおそろいを作ったら、仲良くなれるかな? って。ぼく考えたんだ!」

「リンリン、オハナもそう思う! 貝がらひろい、ガンバろうね!」

 

 オハナも手を握ってくれて、あとは問題のセインとマリンを待つのみだ。

 

 しかし、二人は待てども待てども来なかった。雲の流れすら目で追えるほどの時間だった。

 

 リンリンは靴の底を砂浜に擦りつけて、ぽつりと一言。

 

「おそいねえ、セイちゃんとマリン……」

「もう拾っとこうか?」

 

 オハナが自分のバケツを両手で持ちあげる。

 

 時間がもったいないと二人はリンリンの設計図をもとに合う貝がらを探しはじめた。キッキも鼻がめりこむほど砂をかきわけ、目を凝らしている。

 ふたりのバケツにはセインとマリンのぶんをまかなえるほどの貝がらが溜まっていった。

 

 そうこうして、リンリンとオハナの小さな足あとが浜辺のあちこちについたころだった。

 赤いバケツを置いてひと息ついていたオハナが急に指をさす。

 

「あ、アレ、セイちゃんじゃない?」

 

 リンリンが振り返ると、海岸沿いの歩道を歩くセインが見えた。

 お気に入りのスケートボードを小脇にとぼとぼ歩いている。ふだんはもっと元気よく歩いてくるのに。

 それに、海岸に寄らずにそのまま歩きすぎようとしている。

 リンリンは慌てて駆け出した。

 

「セイちゃあん」

 

 手を大きく振り、声を張りあげる。

 するとセインも馴染みの声に気がついたようで顔を向けてくれた。足が止まる。

 

 リンリンは追いつくと、セインの腕をキュッとつかんだ。

 

「セイちゃん。最近、ずっと浜辺に寄ってくれるから今日も来ると思った。何か他に用があったの?」

 

 見上げた先のセインの顔はどこか元気がない。

 

「ああ……ゴメン。今日は夏休み前に成績表もらってさ。ソレはすぐ終わったんだけど。その後、オヤジと話していて……」

 

 それを聞いて、リンリンはすぐに言った。

 

「せんせいと? 褒めてもらったんでしょ。セイちゃん、頭いいモンね」

「……」

 

 セインは昔から物わかりがよく、授業でやった内容はだいたい覚えている。その上でわからないところは納得がいくまで調べるタチなので他の子よりも当然勉強ができた。

 スケートボードを乗りこなせるほど運動神経もよく、リンリンにとっては憧れのお兄ちゃんだ。

 

 成績表だって全部「優秀」に決まっている。

 

 そのハズなのに、なぜコンなに元気がないのだろう。

 

「別に。どうだってイイじゃん? 大した話してねーよ」

 

 そういえば、昔は先生こと『お父さん』の話をよくしていたのに、最近はすぐにはぐらかされる。

 リンリンはセインの顔を覗き込んで、

 

「セイちゃん、だいじょうぶ?」

 

 と聞いた。

 リンリンの不安そうな顔に、セインも慌てたように作り笑いをする。

 

「た、大したことねえよ……」

 

 本人が話したくない、と顔に出しているので、リンリンもそれ以上は何も言えなかった。

 

 セインはそれからしばらくは浜辺に座り込んで、何か考えているようだった。

 

 オハナとリンリンは集めた貝がらから使えそうなものを見つくろっている。

 そばでキッキが使わない貝がらを砂に埋めていた。

 

 静かな時間だった。リンリンだけでなく、オハナやキッキもセインに気を遣っているようだった。

 

 しかし最後に来た女の子はそんなことおかまいなしにふだんと変わりがないようだった。

 

「何しているの?」

 

 遅れてやってきたマリンは何着あるのか黒いジャケットをはおり、今日は白いミニスカートを合わせていた。

 先日のアクセサリーショップで買ったのか、両耳に白い貝がらのイヤリングをつけている。

 

「マリン。きょうはね、みんなでブレスレットを作りたいんだ」

 

 マリンの登場にリンリンは安心して、彼女にじゃれついた。持っていたデザイン案を見せる。

 マリンは屈み、『どれどれ』と案を確認する。

 

「へえ……ねえ、コレだれがつけるの? あんたのママ?」

「えっ。ぼくらだけど……」

「わたしも?」

 

 驚くリンリンよそにマリンが唸った。

 

「悪いけど、コレは子どもっぽくてわたしはつけらんないわ……」

 

 リンリンは思ってもみない返事に声がひっくり返る。

 

「じゃ、じゃあさ、マリンの好きなデザインに変えるよ! いっしょに考えようよ!」

 

 マリンが肩をすくめた。

 

「そういうのは、デザイナーの仕事でしょ。わたしはそんなことしたことないもの。いきなりどうしたの?」

 

 向けられた質問は素直な気持ちからのもののようだった。

 マリンの海色の瞳は澄んでいて、顔も最初のころと違って優しげだ。

 それなのにリンリンはすこし落ち込んでしまう。

 遠まわしに「わたしはやらない」と言われたみたいに感じたのだ。

 

「リンリン……」

 

 後ろからオハナの声がする。その背中からキッキの鳴き声も聞こえる。

 何か言わないと。そう考えても、よけいに言葉が浮かばない。

 

 リンリンが黙っているのをマリンはふしぎそうに見ている。

 

 代わりに声をあげたのは、先ほどまで元気のなかったリンリンの『お兄ちゃん』だった。

 

「おい、ちょっと言い方考えろよ。せっかくリンリンが張り切っているのに、あれはイヤこれもイヤじゃどうしようもないじゃんか」

 

 後ろからリンリンの肩に手を置き、セインがマリンを睨みつける。

 マリンは露骨に顔をしかめて、

 

「ああ、いたんだ。イヤとは言ってないでしょ。わたしには合わないって言っているだけよ」

「みんなで作りたい、って言ってるんだろ? そういう話じゃねーよ。ナンでわかんねぇかな……」

 

 リンリンが顔だけセインのほうを向けると、いつもより真剣な顔をしていた。ひたいに手をあてて眉をよせている。

 

「やっぱり前に言ったとおりじゃん……おまえ、リンリンを傷つけてるのもわかってねえだろ?」

「? ナンで傷つくのよ?」

「ふつう、『やろう』って言ったことを『イヤだ』って言われたら一瞬は哀しくなるだろうよ。まったく、おまえ変なとこニブいよ」

 

 マリンが口をへの字にした。

 ただ、彼女を本当に怒らせたのはセインの次の言葉だった。

 

「どういう育ちなんだか。親の顔が見てみたいね」

 

 あ、とリンリンは心で思った。

 この前、マリンがリンリンに教えてくれたことは誰にも話していない。おばあちゃんにも、ママにも、パパにだって。

 だからセインが知らないのは当たり前だ。

 

 勢いをつけてマリンを見やれば、青い顔をして震えている。

 

「ん? どうしたんだよ……」

 

 マリンからの返事がなく、セインも何かがおかしいと気づいたようだ。

 心配さえしている声。

 だが、マリンはセインが何気なく発した言葉で頭の中が煮え切っているらしい。

 

「親、って。親がどうしたのよ。親が何か関係あるの? わたし、おかしい?」

 

 マリンがセインへずいと近づく。

 その目は完全に吊り上がって、怒りに燃えていた。

 

「親がいなくても、わたし、すごい人に拾われたもん。その人はね、わたしのこと『高貴な生まれ』だって言っていたわ。

身につけるものも本物のジュエリーがいいんだって……。

わたしに『おもちゃ』は合わないの。おわかり?」

 

 マリンの怒りようにセインが後退りする。

 だが、負けん気の強さからまだ言い合えるだけの力を残しているようだ。

 

「親のこと、言ったのは謝るよ……。でも『おもちゃ』って。

リンリンが一生懸命考えたものをバカにするなよ」

「バカにしてないわ! あんたこそ、ナンでわたしの気持ちを勝手に決めつけるのよ。単に『合わない』って言っただけじゃない」

「いや、にしたって、言い方があるだろうよ……」

「何よ。親がいるあんたなら、その正しい『言い方』とやらがわかる、って? よっぽど立派なご両親なんでしょうね。

そのご両親に育てられたあんたもずいぶん立派な子どもなのね?」

 

 マリンに強く言われ、セインがハッと息を飲む。

 とたんに先ほどまでの弱気が戻ってきたのか唇を震わせた。

 やはり今日のセインはおかしいな、と二人のやりとりを見守っていたリンリンは思う。

 セインはわななく唇を噛んでから、

 

「……オヤジとオフクロは、良い親だよ……」

 

 と、絞り出すように返した。

 マリンはますます気に入らなかったらしく、吐き捨てるように言う。

 

「それじゃあ、せいぜい良い親の教えを守るいい子でいればいいわ! わたしとは関係のない場所でね!」

 

 マリンがこの前と同じように背を向けた。

 リンリンは慌てて後を追いかける。

 

「マリン、どこ行くの?」

「帰る! 二度と来ない!」

「そんな……マリン、もうすこし話そうよ!」

 

 呼び止める声にマリンは振り返りもしなかった。

 

「いいえ、これでお別れよ! バイバイ、リトルプリンス!」

 

 砂浜に残った一直線の足あとがリンリンの小さな胸を締めつける。

 

「ぼくが良くなかったのかな……?」

 

 青いバケツに残った貝がらを覗き込んでつぶやいた。

 背中からキッキとオハナが飛びついてくる。

 

「ちがうよ、リンリン悪くないよ! だれも悪くないよ……」

「キキ〜ッ、キキャッキャッキャ〜〜!」

 

 背中にじわりと温かいものがにじんだ。オハナが鼻を紅くしてスンスンと泣いている。

 キッキもリンリンにしがみついて、腕にしっぽを絡ませてきた。

 

 温もりにリンリンのとび色の瞳がうるむ。

 

 白い砂浜がにじむと、落ち込んだ声がした。

 

「いや、オレが悪いよ。マリンの親について、わかってないのに言うんじゃなかった。今回はオレが悪い」

「セイちゃん……」

 

 リンリンは涙をぐっと飲み込んだ。

 振り返ればセインが自分の足もとを見つめている。

 

「親がいたって、関係ないもんな。オレには立派な親が……オヤジがいても、オレ……ダメなヤツだ……」

「……え?」

 

 セインに似合わない言葉を聞いて、思わずリンリンは聞き返してしまった。

 そんなことないよ、と言いかけたが、セインにさえぎられる。

 

「今日、オフクロと成績表もらいに行ってさ。先生から『成績は申し分ない』って言われたんだ」

「そりゃ、セイちゃんだもの……」

「でもさ。『最近よく道路でスケボーに乗っているのを周囲の住民から報告されていますよ。気をつけてくださいね』って」

 

 しゃくりあげながらオハナが『ウン』と言う。

 

「オハナも、チョットあぶない、って思ってた……」

「うん。まあ、そりゃそうだ。車の通りが少ないところを選んでいたつもりだったんだけどな。周りから見れば大差ないんだろ。

そんで、オフクロと帰ろうとしていたらよ。オヤジと会ってさ」

「せんせい、まだ仕事してたんだね」

 

 自分たちはとっくに下校していたのに、先生は大変だな、とリンリンは頭が下がる思いだった。

 セインはコクリと首を振り、話し続ける。

  

「オフクロと少し話をしていて。ちょっと離れていたから聞こえなかったけど、どうせオレの成績と注意されたことだろうな、ってわかったよ。

そしたら、オヤジ、こっち来てまじめなカオして、

『勉強も運動もよくできるのに、もったいないことをしていてはアナタのためになりませんよ』

だって……。

言いたいことはわかるさ。バカなことして評判を落とすな、ってことだろ?

オレだって今ならわかる。わかるのに、ナンでだろ……そのとき、

『もったいない、ってなに⁉︎ オレのため、だって? オレのことはオレで決めるから放っとけよ!』

って言い残して逃げちまった。オヤジとオフクロが後ろで『待て』って言うのも聞かねえで。

どうしても何か言わねえと気が済まなかったんだよ。最近いつもこうなんだ……」

 

 セインが目をギュッとつむった。

 

「昔はそんなことなかったのに、今じゃいつもオヤジから注意されてる。

別に、物言いがキツいってワケじゃない。さっきのだって的を射た言い方だったと思う。

でも、ナンか……オヤジが冷静なほど自分がダメな気がして……ムシャクシャして……今日みたいに言い返しちまって。

オレ、どんどんイヤなヤツになるよ。どうして素直に謝れないんだろう。

そのうちオヤジから呆れられるんじゃないかな……」

 

 そこまで言って、セインがぼんやりと海のほうを見やる。

 リンリンはセインの目じりが赤くなっているのに気づいた。

 最初に浜辺を通りすぎようとしていたとき、セインはきっと泣いていたのだ。ずっと涙を拭きながらココまで来たのだろう。

 

 セインの目にまた新たな涙がにじむ。

 

「いや、もう手遅れなのかもしれねぇ。怒りもしないってことは、そんなことする価値もないって思われてるのかも」

 

 指で目をこするセインに、リンリンはほとんど反射で叫んでいた。

 

「ちがうよ、そんなことないよ! ぼく、セイちゃんのことだいすきさ!」

 

 突然リンリンが大声を出したので、セインの肩がびくつく。

 

「な、ナンだよ急に……」

「セイちゃん、イヤなヤツじゃないよ! ぼくが鉄棒できないときだって、ずっと練習てつだってくれたもん!」

「そんなことあったっけ?」

「あったよ‼︎ 忘れるぐらい、セイちゃんからしたら普通のことだったんだね? それなら、他にもたくさんある。

足し算引き算ができるまでブロックを使って教えてくれたとか。

海岸に大きな船が停まって、背の高い子が前に集まって見えないときにぼくとオハナちゃんを肩車してくれたとか。

セイちゃんが良いヤツだってこと、ぼく知ってるよ!」

 

 リンリンはありったけの力でセインの腕にしがみついた。

 

「みんな、セイちゃんのこと悪くなんて言わないもん! せんせいだって、絶対、嫌ってなんてない!」

 

 ぎゅうと体全体で抱きつく。少しでも気持ちが届くように。

 リンリンが必死になっていたら、まだ泣き止んでいないがオハナも言ってくれた。

 

「お、オハナもセイちゃん……だいすきだよ……」

「キー、キキキー」

 

 キッキも自分を指さしてアピールする。

 セインは二人と一匹も見つめて目を皿のようにした。涙がひとすじ、ポロリと落ちる。

 それから口をモゴモゴさせて、

 

「みんな、ありがとう……こんなオレに……」

 

 と、はにかんだ。

 それを聞いて、リンリンが首をはげしく横に振る。

 

「ちがうよ、ちがうよ! セイちゃんはこんな、じゃないよ!」

 

 頑張って伝えてもセインはただただ、

 

「……ありがとう……」

 

 と礼を言うだけ。

 リンリンはどう伝えればセインが『こんな』と思わないでくれるか、頭でぐるぐる考える。

 

 そろそろ空も茜色に変わってきていた。

 目の前がじわり、と絵の具がにじむようにぼやける。

 リンリンはのどまでせりあがるムズムズをナンとか押さえようと、何度もつばを飲み込んだ。

 

 ここで自分が泣いたらダメだ……。

 

 夕陽に照らされたセインの横顔と、オハナのすすり泣く声。キッキのか細い鳴き声の中でじっと耐えた。

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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