3、
パーティーが終わり、屋敷に静けさが戻った。
みんなを見送ってからマリンはまず風呂に入ったあと、自室でぼんやりしていた。
ベッドに寝転んでいたが、ふと思い出して立ち上がるとデスクの引き出しに入ったままのブレスレットを見た。
二日前と同じ、未完成のまま。
夏まではアルトコにいるとトントンが言っていたから、それまでに完成させよう。
自分で目標をたてて『ヨシ!』と気合いを入れるマリン。
ただ、この二日間で色んなことがありすぎた。
まずは精神を休ませるのが先決だ。マリンは部屋を出ると階段を降り、水を飲もうとキッチンへ向かう。
その途中、食卓の扉のすきまから灯りがうっすら漏れているのに気づいた。
扉をわずかに開ける。
トントンが窓のそばに立っていた。
暑さも関係ないロボットなので窓を開けただけで冷房もついていない。
灯りも必要最低限で、彼のそばの燭台にぽつりぽつりと火が灯っているだけだ。
「何しているの?」
マリンが尋ねると、すでに気づいていたのか彼が間を置かずに答える。
「考え事を」
「こんなところで?」
「私は場所を問わない」
「でも暑すぎたらパフォーマンスが落ちるでしょ。その、機械……って」
薄明かりに照らされたトントンはほとんど人間のように見えた。
外見だけでロボットだと判断できる者はほとんどいないだろう。
揺れる鈍色の瞳、銀の髪とまつ毛。強いて言えば顔が整いすぎていて、人形めいた雰囲気はある。
それにしたって教えられなければ彼が機械だとはにわかに信じがたい。
彼が自分の言い様に機嫌を害さなかったか、マリンはソワソワしていたのにトントンからは普段どおりの淡々とした態度で迎えられる。
「内部の冷却装置も復旧しているから平気だよ」
機械であるのを指摘されても彼は怒りはしない。
気にしているのはマリンだけだ。
「ねえ、どうして機械であることを隠していたの?」
昨日ランカーの屋敷で尋ねた問いをもう一度投げかける。
トントンは澄まし顔で告げてきた。
「きみがそうやって気にすると予測していたから」
「ああ……」
「AIに診断させても同じ結果だったよ。
今こそきみもよそよそしいだけだが、出逢った当初に明かしていたら不信に思うだろ」
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
これが通常運転だと忘れていたせいかマリンはすこし落ち込む。
日中は優しかったのに。
……いや、自分が癇癪を起こしたからトントンが相対的に態度を軟化させただけなのか。
迷惑をかけた手前マリンはいつもの軽口すらうかつに言えない。
元どおりのトントンはまたすこし遠くなったように感じた。
マリンはめげずに話しかける。
「あのね、トントン。もう一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「わたしとプリンプリンを重ねて見たことがないのは……本当?
一瞬でも、ない?」
胸につかえていた疑問だった。
彼がマリンを大事にしてくれているのは、よくわかった。プリンプリンとは別で扱ってくれていることも。
ただ、もし少しでも同一視されている素振りを見せられたら。
またマリンは彼を疑ってしまうかもしれない。
その前に答えがほしかった。
面と向かって言われたら疑念の余地はない。
だがマリンが思っていたよりも早く、トントンは迷わず答えてきた。
「ないね」
キッパリと言いきられる。
あまりにアッサリと言われてマリンは戸惑う。
「でも、わたしたち凄く似てる……」
「マリン。私たちが初めて話した時の状況を考えてごらんよ」
言われて思い返してみた。
数ヶ月前、マリンがネットワークの片隅で見つけた古いホームページ。
トントンがマリンと接触するために作りあげた、偽のアクセサリー販売サイト。
そして、彼と会話していたのは……。
「チャットルーム……」
「そう。私たちはまず文字で交流を始めたんだよ。
もっとも、私は先にきみを遠くから確認したことはあるが、直接対面したワケではない。
最初から顔をつきあわせて交流していたなら有り得たかもしれないが。
きみがどういう性格で、どういう子かわかったあとに初めて対面で交流をはじめたのだからプリンプリンと重ねるのは難しいよ。
それに……」
トントンはわずかに視線をマリンに向ける。
「プリンプリンの代わりはどこにもいない。彼女は世界に一人だけ。
今までも、そしてこれからもずっと」
プリンプリンの写し鏡のような姿を見据えられながら……。
マリンは悟る。
彼の心はまだプリンプリンにあり、それは他で代替できるものではないのだ、と。
そもそも似ているのは外見だけなのに、『代わりとして見ているのではないか?』と疑うことすら厚かましかった。
マリンは自分の勘違いを恥じるとともに、トントンの届かぬ愛の深さを知る。
「……よくわかったわ」
「それはよかった」
トントンとマリンの間を風が通りぬける。
熱い夏風はわずかに潮の香りがした。
蒸し暑く、マリンが髪を耳にかける。入浴したのに汗ばんでしまうのが嫌だった。
トントンが話を持ち出してくる。
「……マリン。きみは、これからどうしたい?」
「えっ、なあにソレ」
訳がわからず聞き返すもトントンの鈍色の瞳は真剣だった。
彼の次の言葉を待つ。
「ランカーから身を隠すにはタンガラトントンで暮らすのがいちばんだと思う。――しかし、きみの血縁者はこのアルトコ市にいる。
どこに住むのがきみにとっていいのか考えていたところだ」
「アナタが一番だと言うなら、タンガラトントンへ連れていったらいいでしょう」
「それではダメなんだ。……私は、今回の件で痛感したよ。
安全だから、無難だから。確かに根拠にはなるが、きみ自身の気持ちを無視した結果になってしまう」
トントンはマリンを一人きりにしたことを悔やんでくれている。
マリンも自身の身勝手さが今ではわかるものの、あの時は本当に心細かったのだ。
しかし、だからといって現状に適用されても。
マリンはすこし困ってしまった。
「マリン。きみが望むなら、私はきみがこの町で暮らせるように手配するよ。ランカーから逃れるための手立ても考えよう。
プリンプリンたちと一緒に暮らすのは……彼らも生活があるからね。聞いてみないことにはわからない。
それか、この屋敷の持ち主に掛け合ってきみを養女として迎えてくれるかどうか相談もしよう」
思えば彼はいつでもマリンの意思を確認してくれる。
ネットの片隅で『ノック・ノック』として接していたころから。
だから、マリンが言えば彼は本当に尽力してくれることだろう。
目の前の鈍色の瞳がそう語っていた。
「マリン。きみが思うようにするといいよ」
優しいはずなのに、どこか放り出された迷子のような気持ちになる。
いつものように『なぜわからないのか?』と沈黙のうちに理解を求めてしまう。
でも、それではダメだ。
マリン自身が伝えなければ、きっとわかってもらえない。
意を決して一音一音噛み締めるように告げた。
「わたし、本当にタンガラトントンへ行くわよ。決めたから。
当初どおりに進めてもらっていいわ」
しかしトントンは首をかしげて、まだ心配そうにしている。
彼が単純に『物凄く慎重』なのだとマリンはようやく理解できた。
感情で動いてしまうマリンとは対極なのだ。
「マリン、本当にいいのかい? タンガラトントンは設備が整っているから、ランカーの追手にも対抗できると思うが……。
きみと血の繋がりがある人はいないんだよ」
「しつこいわよ。行くったら行くの。
……わたしがアルトコ市に残ったら、リンリンやプリンプリンに迷惑がかかるでしょ。ランカーの気が変わって、わたしだけでなくプリンプリンに手を出す可能性もなくもないし。
そういう大事な人たちを守るためにも、わたしは行くの。
ナンでさっきから信じないの?」
信じろ、と夕方ごろにトントンから言われた気がするのだが。
立場がこんなにも早く逆転するとは。
トントンはマリンの突然の強気にすこしたじろいだようだった。
「あ、ああ……きみもそういうことを考えるんだね」
「⁉︎ ソレ、どういう意味?」
「ちょっとした言葉のアヤさ。きみは頭に血がのぼってさえいなかったら、優しいからね」
その言葉は、トントンが『ノック・ノック』の時にマリンへ言ってくれたものと同じだった。
マリンの心が若干和らぐ。
彼は出逢った当初と何ら変わりない。あの時に感じた印象そのままだし、今は理解が深まったぶんマリンの意思をより尊重してくれる。
裏切られた、と感じたのはマリンの主観だ。
それだから彼を信じることができなかった。
裏切り、というならマリンが彼の真意を読み取れず、勝手に突き放したことのほうがよほど酷い。
クイーン・アイリーンの言ったことが脳裏をよぎる。
『貴女を愛してくれる人をどうか信じて』という祈り。
心なしか背筋もシャンとなる。
「ねえ、トントン。わたし、アナタを信じるわ。
だってアナタは動けなくなるほどわたしを探してくれたもの。あんなに酷いことを言ったのに……。
だからアナタについていくと決めたの」
今のマリンは、多少の不安があっても自分の足で立っていられる。
誰かが自分を支えてくれている、とわかっているから。
トントンからも変化が目に見えたのか、表情から翳りが消える。
柔らかくはにかんで空へ視線をやった。
「――ありがとう。私を信じてくれて」
マリンも同じく窓の外を見る。
星のきれいな夜空。トントンはロボットなので、もしかしたらマリンたち人間とは見え方も違っているのかもしれない。
いや、同じ人間だとしても十人十色の見え方があるはずだ。
だとしても。
マリンは忘れない。
この日の夜空を、彼と一緒に見上げたことを。
同じ空をともに見ていたのだと。
たとえ宇宙の彼方の星が消え失せても、今日この瞬間は消せない。
***
時を同じくして――。
アルトコ中央警察署から一人の老人が釈放された。
かたわらには、紫の髪をお団子で頭上にまとめているキャリアウーマン風の女性。
これまで警察で取り調べを受けていたランカーと、迎えにきたヘドロだった。
「ううッ……マリン、ワシャ寂しいよ……」
すっかり意気消沈したランカーをヘドロが叱咤する。
「なーにを仰っているのやら! あんな小娘に入れあげて自業自得だわ。警察のお世話にまでなっちゃってえ!
今回は監視カメラの映像があんまり鮮明じゃなかったのと、怪我人がなかったからなのと、多額の保釈金を掴ませたのとで出て来られましたけどねえ。
次もこう上手くいくとは限りませんわよ!」
彼女は時折、後頭部を押さえてフラついていた。
プリンプリンから体当たりされたときに壁へぶつけたときのタンコブがまだ熱を持っているようだ。
ランカーも眠気で足元がおぼつかず、老いもあってから一人でまともに歩けない様子だった。
「ううッ。私のマリン……、プリンセス……!」
未練タラタラといった風で養女の名前を呼んでいる。
それがヘドロの怒りをさらに燃えあがらせた。
「もう〜〜、わかったでしょ。あの娘はプリンプリンの代わりになんかなりませんし、他の男へ走ったんですよ!
そんな娘のために、こんなショボくれた町で収監された老人へ面会するために足しげく通うなんて、イヤですからね!
え〜ぇ、こんな町、もう一秒だっていられるもんですか!」
華奢な体のどこにそんな力があるのやら、ヘドロはランカーの巨体をずるずるとリムジンまで引きずっていった。
さすがに彼女は優秀で、ランカーの発砲についてもあの手この手で揉み消し済みだ。
しかしながら人の口に戸は立てられない。相手がアルトコ中央警察略してアル中警察であることも気がかりだ。
陰謀ではなくナンでもない『うっかり』で口を滑らせる危険がある。
アルトコ市から離れ、騒ぎが落ち着くのを待つのが得策とヘドロたちは夜逃げ同然で街を出た。
翌朝、例の別荘には取り残されたヤーブレとカーブレだけがぽつねんと残されていたという。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん