あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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最終話 あの海のリンリン(7)

 

「こうやって踊るんだよお、マリン」

 

 夜。音頭がもうすぐ始まるという時間。

 マリンたちはやぐら近辺までやってきていた。

 提灯の赤い灯りが灯る中でリンリンが妙な踊りを踊っている。両腕をぶんぶんと左右に振り、足は今にももつれそうだった。

 

「ナンだか難しそうね」

「信じるなよ。リンリンは、昔から踊りが大の苦手なんだ……」

 

 鵜呑みにしかけるマリンにセインが真実を教えてくれた。

 その証拠に隣でオハナが正しい動きを教えても、リンリンはてんで出来ていない。

 

「キッキャ〜」

 

 キッキはしなやかな動きで美しく踊っている。

 

『ガピー』

 

 ビニール巾着の中でガガピーも踊りたそうに鳴いた。

 

「迷子になったら困るからアンタはダメよ」

 

 マリンはビニール越しにガガピーをそっと撫でる。ガガピーの目が困ったような表情になった。

 

 スピーカーからアナウンスが流れる。

 

『今からアルトコ音頭を始めます! 参加されたい方は、やぐらの周囲へお越しください!』

 

 それを聞いてリンリンがスキップで前進する。

 

「わァ〜い! ぼく、絶対に参加するよお!」

 

 オハナやセイン、キッキも後に続いた。

 

「オハナも! 踊るのだいすき!」

「しっかたねえなあ。リンリンは踊るの苦手なクセに、ナンで毎年参加するかね」

「キキィ〜」

 

 全員やぐらまで移動するつもりらしい。

 しかし……。

 

 マリンが立ち止まっているとセインが振り向いてくる。

 

「来ねえの?」

「ええ……わたし、踊れないから」

「リンリンの横にいたら多少トチってもバレねえよ」

「でも、今回は遠慮するわ。ここで見ておくから」

 

 そこまで言いきるとセインも察したのか、『わかった』とまた前を向いて他の二人と一緒に歩き去った。

 

 取り残されるマリン。

 

『ピー?』

 

 巾着の中のガガピーが上目遣いになる。

 

「ごめんね」

 

 とマリンは言った。

 背後から肩をポンと叩かれる。

 

 目だけで見るとプリンプリンが立っていた。白い手にスマートフォンを持っている。

 

「他のみんなはね、やぐらの手伝いに行ったわ。トントンも機械の調整で役立てたら、って言ってね。

マリンちゃんに伝えておいてほしいと頼まれたの。」

「それって、成長した時にリンリンの黒歴史になったりしない?」

 

 先ほどの壊滅的な踊りを思い出しながらマリンはスマートフォンを見つめる。

 それでもプリンプリンは笑みを崩さず、

 

「いいのよ、それも良い思い出になるから。去年もニコニコで調子っぱずれに踊っていてね、かわいいかったのよ」

 

 どうやら彼女にとって、上手に踊ることより『リンリンが楽しんでいる』というのが重要なようだ。

 プリンプリンに手を引かれ、マリンは市民が踊る様子がよく見える位置へ連れていかれる。

 

 なだらかな上り坂になっていて、提灯に照らされる人々が鮮明に見えた。

 

 マリンが見守っていると太鼓の音が鳴る。次いで笛の音が続き、祭りばやしが始まった。

 

 プリンプリンがやぐらへスマホカメラを向ける。

 

 おそらくボンボンを映したいのだろう。

 

 マリンは複雑な気持ちだった。

 踊りを遠慮したのもボンボンが太鼓を叩いているからだ。

 

 リンリンの行方が知れなかった時の、彼の冷たい態度がまだ記憶に新しい。

 あれから数週間は過ぎたというのに。

 

 もちろん、マリンもボンボンの立場を考えればそうなるのもわかるから何も言えない。

 自分の息子を置いてけぼりにして危険に晒した子に優しくできるとしたら、よほどの聖人だろう。

 

 隣のプリンプリンがまさにそうだったのだが……。

 

 だからこそ、あの時のことが思い出されて上手く話せないのだ。

 ボンボンのほうはすっかり明るく振舞ってくれるから、マリンもそうすればいいのか。はたまたそれとこれとは別なのか。

 

 考え込むと、どうしても不自然な態度になってしまう。

 

 こんな状態で音頭に参加しても心あらずで楽しめない。

 きっと、みんなを心配させてしまう。

 

 力強く鳴り響く太鼓の音に、マリンは自分だけ遠ざけられるように感じた。

 

 やがて、やぐらに集まった人々が思い思いに踊り出す。

 子どもも大人も同じ踊りのはずなのに、みんな自由だ。

 

「リンリーン」

 

 プリンプリンがリンリンへ手を振っている。

 リンリンは自由の中の自由といった風で好き勝手に踊っていた。

 すぐそばでオハナとセインが正しい手順で踊っているのに。

 思わず笑ってしまうほど愛らしい。

 

 リンリンとボンボンは目もと以外はとてもよく似ているのに、なぜこうも違うのだろう。

 

 マリンもリンリンへ軽く手を振った。

 

「マリンちゃん。リンリンのことは好き?」

 

 プリンプリンが尋ねてきて、マリンはうなずく。

 

「ええ、とても。だってわたしの最初の友だちだし、はとこだし。

すごくかわいいわ」

「そうねえ、リンリンは無邪気でかわいいわ。あれくらいの歳になると恥ずかしがって母親に近づかなくなる子もいるんだけど、まだまだ甘えてくれるの。

わたし、リンリンの大きなとび色の目が好きよ。わたしとよく似ているのに見えている世界が違うから……」

 

 そこまで言うとプリンプリンはリンリンの好きなところをもう一つ挙げた。

 

「それから、ボンボンそっくりなふわふわの髪も大好きよ。

たくさん撫でると、あの子、安心するのかすぐに寝てしまうの」

 

 その名を聞き、マリンの顔から笑みが消える。

 プリンプリンは予想していたのか眉を下げた。

 

「……やっぱりね。マリンちゃん、ボンボンのこと、まだ気にかけているの?」

 

 見透かされてマリンはうつむく。

 

「ごめんなさい」

「いいのよ。仕方ないわ、あの時のボンボンはあなたにちょっとキツい言い方をしたから」

「でも、それも当然だもの。帰ってきたからいいものの、わたしがリンリンを危険な目に……」

 

 だからこそマリンも呑気にしていてはいけないと思うのだ。

 責任は確かにあるのだから。

 

 プリンプリンがため息をつく。

 

「そうね。それも事実だわ」

「わたし、どう謝ればいいかわからなくって。でもさっき、ボンボンさん、普通に接してくれたでしょ。

このまま時間が解決するのかな……」

 

 このまま何もしないほうがいいのではないか。マリンは消極的だ。

 だがプリンプリンから明るい声で否定される。

 

「たぶんねえ、マリンちゃん。時間が解決してくれるのは、もっと先になるわね。

あなた、タンガラトントンへ行くんでしょう」

 

 そう遠くない船出を持ち出され、マリンは肯定した。

 

「……はい」

「なら、待っていたら数年。下手したら十年以上かかるかもしれないわ。ボンボンがおじいさんになっちゃう」

「ええ……?」

「どうするの? ボンボンが偏屈なおじいさんになっていたら?

もっとこじらせちゃうかもよ」

「それは困るわ!」

 

 マリンが慌てると、プリンプリンもウンウンと相づちを打ってくれる。

 

「でしょう。だから、アルトコを発つ前に仲直りしたほうがいいと思うわよ。ボンボンにも言っておくから……」

「え……でも、悪いし……」

「大丈夫よ。普通に接しようとしているんだから、ボンボンも同じことを考えてると思うの」

 

 プリンプリンは長いまつ毛にふちどられた瞳を伏せた。

 

「彼、正直な人でね。リンリンを大事に思うからこそ、マリンちゃんに『どうしてそばにいなかったのか?』って思ってしまったんだわ。

普段と比べたら押さえていたほうなんだけど……ごめんなさいね」

「え、ええっ? どうしてアナタが謝るの?」

「うーん。妻だから?」

 

 そういえばそうね、とプリンプリンが目を瞬かせる。

 ただ彼女は特別負担を感じる様子もなく、むしろ嬉しそうだった。

 

「反対に言うと彼は素直でかわいいところもあるのよ。今回は正直なところが裏目に出て、あなたを怖がらせてしまったけど……」

「かわいい……?」

 

 マリンからすれば、いくつも年上の男性は『かわいい』の対象ではなかった。たとえリンリンと似ていても、だ。

 ただ、妻となると。それも幼いころからの知り合いともなると、見え方もまったく変わってくるのだろう。

 

 ふと、二人がなぜ結ばれたのか気になった。

 

 先ほどからボンボンのことを話す時、プリンプリンは半ばのろけているようだ。

 首ったけ、というよりは共にあるのが当たり前、といった雰囲気である。

 

 二人の夫婦仲がいいことにマリンはすこしばかり複雑な気持ちだった。

 

 太鼓が地鳴りのように鳴り響いている。

 あまりの力強さにマリンの胸がざわついた。

 

「プリンプリンは……どうしてボンボンさんと結婚したの?」

 

 マリンは、トントンがプリンプリンについて語った時のことを思い出している。

 

『プリンプリンは世界に一人だけ。

今までも、これからもずっと』

 

 彼があれほど想っていたプリンプリン。

 他の男性と結ばれた人。

 

 マリンは彼女がトントンを選ばなかったことが不思議でならなかった。

 

 だから聞いてみたくなったのだ。

 問われたプリンプリンはウーンと考え込んでいる。

 

 すこし待つとプリンプリンはぽつりぽつりと話しはじめた。

 

「そうねえ。ボンボンは、まず、お金持ちではないわね」

「はい?」

 

 長所を挙げるかと思えば経済的な話になったので、マリンは素っ頓狂な声をあげる。

 

「ランカーも言っていたけど、彼は金銭的に豊かではないわ。

お父さんやお母さんは普通のアルトコ市民で、わたしもむかしからお世話になっているの。

優しい人たちよ」

「え、ええ。それは、よかった」

「あと、頭が良いかと言われるとそうでもないわねえ。たまに鋭いところもあるのだけれど、基本的には直感で動く人よ」

「はあ……」

 

 プリンプリンは何を言いたいのだろう。

 先ほどからボンボンを選んだ理由になっていない。むしろ、何故それで伴侶として迎えたのか聞きたいぐらいだ。

 

 だがプリンプリンは楽しそうだった。

 今度は思い出話に花を咲かせる。

 

「でもね、ボンボンはいつもわたしのことを励ましてくれるわ。

旅をしていた時、理由もないのに寂しい気持ちになったら何も聞かずによくギターを弾いてくれたの」

 

 なかなかロマンチックだが決定打にはかける気がした。

 マリンが冷めた目で見ていると伝わったのか、プリンプリンはくすくすと笑う。

 

「それがなに? って顔ね」

「あ、いや、そんなこと……」

「いいの、わかるわ。でも、あのころのわたしには彼のギターが必要だったのよ。

どんな気の利いた励ましの言葉より、そばにいてくれることが」

 

 プリンプリンに微笑みながら言われ、マリンはすこし理解できた。

 

 つまり理由など特にない。

 

 その時、彼が彼女のそばにいた。

 それこそが今、いちばんそばにいる理由。

 

 プリンプリンがやぐらのほうを見上げる。

 

 太鼓は鳴りやまない。時に力強く、時に軽やかに叩きつづけている。

 

「彼はね、いつだって、その時を生きているの。過去も未来も関係なく『今』を精いっぱい……。

わたし、そんなボンボンの一生けん命なところが大好きよ。

だから一緒になったのかしら」

 

 彼女のとび色の目には、きっとボンボンが太鼓を叩く姿が映っている。

 実際には遠くて見えなくてもプリンプリンはわかるのだ。

 

 病める時も健やかなる時も、一つ一つ『今』を確かに積み重ねてきたから。

 

 マリンも同じく天を仰ぐ。

 

「『今』、か……」

 

 提灯の赤い灯が夜空を染めあげていた。

 祭りばやしの音に合わせ、人々が踊りつづける。上手い人もあまり上手くない人も、みな一様に楽しそうに。

 

 マリンの胸が高鳴った。

 

「わたし、やっぱりみんなと踊ってくる!」

 

 そう言って前へ躍り出る。

 プリンプリンが手を振って送り出してくれた。

 

 マリンは早足でリンリンたちのもとへ向かう。

 いつもの彼らがいる。

 

 ニコニコで変てこな踊りを続けるリンリンと。

 猿なのにやたら踊りが上手なキッキと。

 意外とリズム感があるオハナと。

 持ち前の運動神経のよさで難なく踊るセインと。

 マリンの手の巾着の中で身を揺するガガピー。

 

 マリンは囃子とともに彼らのもとへ飛び込んだ。

 

「マリーン、待ってたよお!」

 

 笑い声も、一つの音楽のように溶け合っていく。

 

 祭りばやしが終わるまでマリンたちは疲れも知らずに踊りつづけた。

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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