『まもなく花火が始まります。人とぶつからないよう、お気をつけてご鑑賞ください……』
アナウンスが注意事項を述べている。
人がごった返す中をマリンたちは歩いていた。
「はぐれないでね〜、みんな!」
プリンプリンが声を張りあげる。
ある程度の背丈のマリンやセインは彼女についていけるものの、まだ小さなリンリンとオハナは一人ではすぐにはぐれてしまいそうだ。
セインがオハナを、マリンがリンリンの手を繋いでいる。
さらに小柄なキッキはリンリンの肩にしがみついていた。
「わぷっ」
リンリンが誰かとぶつかったのか手が引っ張られる。
マリンはリンリンがこけないように立ち止まり、その場で踏ん張った。
「大丈夫? リンリン」
「へーきへーき」
ちっちゃな八重歯を見せて笑うが、それすらも先を行く人にさえぎられてしまう。
マリンは前を向き、プリンプリンたちの背中を探そうとした。
だが足を止めた一瞬でいなくなっている。
「あれ……?」
目を凝らしてもそれらしい人がいない。
マリンは不安になってリンリンを引き寄せる。
「どうしたの、マリン」
「アンタのママとはぐれちゃったみたい」
「え〜ッ?」
驚いたのかリンリンの目が点になった。
「ママァーッ」
「キキィーッ」
キッキと一緒になって呼ぶが返事はなく、喧騒に埋もれてしまう。
仕方がないのでマリンはどこか混雑から逃れられそうな場所を探すことにした。
「リンリン、ついてきて。絶対に手を離さないでね」
「うん!」
リンリンの小さな手が握り返してくる。
しかし土地勘のないマリンにとって人の流れの途切れる場所を見つけだすのは難儀だった。
歩いても歩いても人、人、人。
『ガピッ』
ビニール巾着が人に引っかかり、ガガピーが喚く。
「すみません、すみません!」
頭を下げながらガガピーを抱きかかえた。
リンリンは文句も言わずにマリンの腕にしがみついている。その背にキッキがおぶられていた。
二人が人混みで右往左往していたら、夜空がパッと明るくなる。
見上げれば花火が始まってしまっていた。
遅れて打ち上げ音が鳴る。
「あーあ……」
マリンはリンリンを抱き寄せて途方に暮れた。
「見えないよう、マリン」
「そうよね。どうしよう……」
周りを見渡しても人だらけで立ち止まっているだけで迷惑そうに見られる。
このような混雑に慣れていないマリンはどうすることもできず、泣きそうになった。
花火を見るどころではない。
明るい光がにじんで消える。
二人と一匹と一体が困って身を寄せ合っていると、誰かが背後から覆いかぶさってきた。
大きな手が周りから守ってくれている。
「あ、パパァ」
リンリンが上を見て言った。
マリンも見上げる。
法被姿のボンボンが迷子たちを見つけてくれた。
「ママから電話があって……リンリンたちとはぐれちゃった、って……」
「パパァ、花火見えないよ!」
リンリンが主張するとボンボンがその場で屈む。
「ほら、背中に乗んな。肩車じゃ周りが見えなくなるから」
言われてリンリンが父親の背中によじ登った。
その間にボンボンはマリンにも声をかけてくれる。
「マリンちゃんはさすがに背負えないから、ごめんな。腕でも掴んどいてくれるかな?」
人波にすっかり疲れ果てたマリンにとって有難い申し出だった。
わだかまりのことも忘れ、ワラにもすがる思いでボンボンへしがみつく。
「キキャッ」
リンリンの背中でキッキが花火に喜んでいる。
「パパァ、キッキも見えるって!」
「そりゃ良かった。ちょっと場所を変えよう」
ボンボンが来たことで人混みをかき分けて歩くのも大分ラクになった。
背の高い大人がいるだけでこうも違うのか。
時折光る空を意識しつつも、マリンにはもはや花火を見る余裕などなかった。
どこかで落ち着きたい。
やがてボンボンがとある出店の隣で足を止めた。
「キャッ、怖い!」
リンリンがボンボンの背中に顔をうずめる。
大きな看板にろくろ首や鬼がおどろおどろしく描かれていたからだ。
「お化け屋敷の横がいちばんマシなんだよ……リンリン、花火だけ見てな」
「ウン……」
花火があがっているのに、好き好んでお化け屋敷に入ろうとする人は確かにあまりいないようだった。
やっと深く息をついてマリンはホッとする。
その時、また空が光った。
赤い花火がパッとひろがる。
空で散る間際に緑、青へ色を変えていった。
「わあ……」
初めてまともに見えた花火にマリンは感嘆の声をあげる。
『ガーピー』
巾着の中でガガピーも小さな手を振って楽しんでいた。
立て続けに数発、黄色い花火が横ならびで打ち上がる。
「パパァ、今のすごいね!」
いつのまにかリンリンがボンボンの背中から腕の中に移っていた。
はしゃいでいてかわいいな、と眺めていたら、ふとボンボンがこちらを見てくる。
お化け屋敷のそばだから周囲が暗く、碧い瞳が目立った。
「あ……」
マリンはとっさに目をそらす。
気づいただろうにボンボンが明るい声で聞いてくれた。
「マリンちゃん、見える?」
「高く打ち上がるのはちょっと……でも充分です。ありがとうございます」
「そっか。おれがもっと早く合流していればもう少し見えるところに行けたのになあ」
残念そうに言われた。
時折、花火に照らされるボンボンの顔をマリンはまじまじと見る。
気さくに喋るから今まで気づかなかったが、意外と整った容姿をしていた。
ただプリンプリンやトントンのような気品のある美形と比べるともう少し人間味があって、口もとから覗く八重歯が彼を親しみやすく感じさせる。
「演奏が終わってから、ちょっと話し込んでしまって。
遅くなった! ヤバい! と思ったらプリンプリンからおびただしい量の着信が入ってた」
「そうなんだ……」
「かけ直したら『リンリンたちとはぐれたの!』って慌ててるモンだから。急いで来たってワケ」
だから法被のままだったのか。
マリンはボンボンの頭から爪先までじろじろと見る。
そしたらボンボンがくすぐったそうに身を揺すった。
「おれ、ナンかついてる?」
「あ、いや。別に……」
聞かれて正面を向くマリン。
ちょうど花火がまたあがる。
宙で光の花びらが開くように、ふわりと舞いあがっていく。
ダマスクセでも窓越しには花火を見たことがある。
ランカーに連れられ、VIP席で優雅に鑑賞したことも。
それと比べたら今日の花火は人に視界を覆われ、かなり見づらい。
だが熱気と赤い提灯越しに見る花火は前よりも身近に感じる。
花火が打ち上がっては、空へハラハラと残り火を散らしていった。
「……」
良い機会だ。
ボンボンへ謝罪せねば。
マリンは続々と打ちあがる花火を見送りながら考える。
まずどうやって切り出そうか。
いきなり謝っても『何のこと?』と言われてしまう。
かといって『前にリンリンを危険な目に遭わせてしまったことなんですけれども』と話しかけても過去を蒸し返すようで、せっかくの花火に水を差してしまう。
マリンの頭の中で言葉が浮かんでは消えていった。
すると、ボンボンのほうから切り出してくれる。
「マリンちゃん、こないだはごめん」
花火の光と同時に発せられたから、思わずボンボンのほうを見やった。
彼の横顔が煌々と照らされている。
「あ、はい」
用意していた言葉は何の役にも立たない。マリンは生返事で応じる。
ボンボンがゆっくりと向き直ってくれた。
「おれ、リンリンがいなくなって焦っててさ。最後にマリンちゃんといた、って聞いたら……『ナンで置いてけぼりにしたんだろう?』って思ってしまって。
それで、いけないとわかっていたんだけど辛く当たっちまったよな」
「あ、ああ……でも事実ですから。わたしこそすみませんでした」
悩んでいたのがナンだったのだろう、というぐらいに一瞬で終わってしまう。
だがマリンが思うほど心は晴れない。
形式上は謝れたとしても、リンリンを危険な目に遭わせた事実はなくならないのだ。
一つこなすと、また一つ胸につっかえが生まれる。
きれいにネイルしてきた自分の足の指先をじっと見た。
気まずい空気の中でリンリンが口を開く。
「パパァ、マリンにいじわるしたの?」
自分が危険だったというのに、ずいぶん呑気な言い方だった。
ボンボンがリンリンと目を合わせる。
「うーん。まあ、平たく言えばそうかも」
「だめだよお、マリンはぼくのお友だち。パパァ、悪い子」
小さな手がボンボンの頬をつねった。
「いひゃい、いひゃいよ! リンリン!」
「キキ〜」
調子に乗ってキッキも白いふわふわ頭をポコポコと叩いている。
二人と一匹がきゃあきゃあ言うのをマリンは口をポカンと開けて見ていた。
ニ対一の劣勢からナンとか体勢を立て直し、ボンボンがリンリンを押さえつけるのに成功する。
背をポンポンと叩いてなだめていた。
「ダメだってば。誰にそんなの習ったんだい」
「ママァ」
「ママはそんなことしないだろ。仮にやったとて、めいっぱいつねりあげるような真似するもんか」
「手の甲つねる」
「キキャ」
「ほっぺじゃないじゃない。ママ、濡れ衣だよ……」
叱っているつもりだろうが顔が笑ってしまっている。
ボンボンが自分の頬をリンリンの柔らかい頬に寄せた。
「やー、パパァ! くすぐったいよ」
わき腹あたりをくすぐられ、のけぞりそうになっているリンリン。
落ちてしまうのではないかと気が気ではなかったが、そこはボンボンがしっかり抱えている。
じゃれ合うさまを花火が照らした。
仲の良い親子を見つめながら、この家族が引き裂かれていた可能性を考えてマリンは冷や汗を流す。
『ガー、ピー?』
巾着のガガピーが心配そうにするのを手で押さえつけた。
空がひときわまぶしく光る。
大きな花火が打ちあがって、周囲に花畑のような色とりどりの火花が連続で散った。
「わぁ、マリン! あれ見てェ」
リンリンがはしゃぐ。
いちおう見てはいたものの他のことに気を取られていたせいか、マリンは返事が遅れてしまった。
「あ、ああ、きれいね!」
声がうわずる。
案の定、二人と一匹から妙なものでも見るような目で見られた。
「……ごめんなさい」
「何が?」
リンリンが父親の腕の中で追い討ちとばかりに尋ねてくる。
やることなすことすべてが裏目に出ていた。
ボンボンが『あー……』と無気力な声をあげる。
「マリンちゃん。リンリン帰ってきたから、もう気にすんなよ。
それに言ってたじゃないか。お義父さん、きみを追っていたからリンリンを発見できた、って。
ある意味、きみのせいであってきみのおかげでもあるんだよ……ややこしいけどさ……」
なぐさめられてマリンは首をすくめた。
まとわりつく居心地の悪さに本音がポロリと漏れる。
「わたし、ここにいていいのかどうか……」
「えー、いてよ。マリン」
リンリンにそう言われても、これはもう気持ちの問題だ。
返事に困ってマリンは押し黙る。
ウジウジしていると、リンリンを抱っこしたままボンボンが身を屈めてきた。
「マリンちゃん。じゃあ、こうしよう」
内緒話でもするかのような小声。
空の花火の音で聞き漏らさないようにマリンも身構えた。
「リンリンを危険な目に遭わせた、ってきみはまだ後悔しているんだよな。ということは充分、反省はしているってことだ。
同じことをしないために、これから絶対に守るべきルールを決めよう!」
ルール。
得体の知れない内容にマリンは不安が募る。
「何でしょう」
どきどきしながら聞くと、リンリンとよく似た八重歯の見える笑顔でボンボンが明かした。
「……リンリンとずーっと友だちでいてくれること!
これは、結構むずかしいぞ。きみは秋になったらタンガラトントンへ行くんだろ。そしたら、他にも友だちができるだろ。
それでもリンリンへ月に一度は手紙を書くこと。これがルール」
破ったら反省文ね、と冗談めかして付け加えられる。
あまりに寛大な処置にマリンは呆気に取られた。
「ぼく、たくさん書くよ!」
リンリンも書く気満々だが、こんな罰にもなっていないルールでマリンの気が済むとは思えない。
眉間にシワを寄せていると、ボンボンがリンリンの小さな手を取る。
ちっちゃな小指をマリンの前に差し出した。
「ほら、マリンちゃん。指きり」
言われるがままマリンも小指を立てる。
絡めた指どうしが温かい。
リンリンの指があんまり小さいのでマリンは笑ってしまった。
まぁ、いいや。
リンリンと文通できるのは嬉しい。
幸せな時間で、今はまだ残る後悔をすこしずつ埋めていこう。
花火が天高く上がってゆく。
三人と一人と一体が見守る。
「デッカいね、パパァ! そろそろ終わりかな?」
「かもな。あー、滝みたいなヤツ来た!」
「キッキャァァアア‼︎」
『ガッピーガッピー』
空に咲いては散りゆく花火を記憶に焼きつけようと、マリンは笑顔で見上げていた。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん