あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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最終話 あの海のリンリン(9)

 

6、

 

 時が過ぎるのは早い。

 夏休みも今日で最後。つまり、夏は終わり。

 

 トントンとマリンがアルトコ市から発つ日だ。

 

 港ではトントンのネッシー号が海底から浮上し、朝早くから準備されたリボンテープで華々しく飾られている。

 もう少ししたらマリンが行ってしまうなんて、嘘みたいだな。

 

 リンリンは穏やかな海を眺めながら落ち着かないでいた。

 

「おれたち、先輩方の後輩になれて幸せっス! これからよろしくお願いしまっス!」

「おうよ、俺っちたちについてきな!」

「ニーサン、真の自由は楽しいな〜!」

「これからぁ〜〜〜おいしいごはんにありつけるところ教えてあげよォ~~~!」

 

 シドロとモドロが見慣れぬ金髪二人組を連れて、そこらじゅうを走り回っている。

 ツノのついたヘルメットを被った軍曹が追いかけていた。

 

「アホが四人に増えてしまいましたでございますですよ! 近隣の店が物乞いにメーワクしてると連日の通報がございましたですよ!」

 

 ドタバタしていて楽しそうだ。

 おじさん五人組の追いかけっこを観察しながら、リンリンは思った。

 

「リンリーン、何してるの?」

 

 パパが歩いてくる。

 

「キッ、キャ」

 

 キッキがパパの肩まで駆けのぼった。

 キッキの背中を支えつつ、パパはリンリンをじっと見る。

 

「あのね、シドロモドロがね。新しいお友だちができたみたいなの」

「ふーん。同じ穴のムジナじゃなきゃあいいけど」

 

 四人組のほうを見てパパが『変なの増えちゃった』と呟いた。

 

「マリンちゃんのところに行かないの?」

 

 聞かれたリンリンはブンブンと首を横に振る。

 

「あれ見てェ」

 

 リンリンが指し示したほうにはマリンとセイン、オハナが立っていた。

 

 セインが泣きじゃくってマリンに何か言っている。

 その前でマリンは驚いたように固まっていて、オハナに至っては二人の間でオロオロとしていた。

 

「はあ。アレはもう少し待ってあげたほうがいいな」

 

 パパもわかってくれたらしい。

 リンリンはパパに尋ねる。

 

「ねえ、セイちゃんてマリンとケンカばっかりだったのにどうして泣いてるのお?」

 

 純粋な疑問にパパはフ、と笑った。

 

「それはね、リンリン。セイちゃんは難しいお年ごろなんだよ……」

「シシュ、シュ、シュシュンキ?」

「シシュンキ一歩手前ってところかな。

なあ、キッキ?」

「キィ〜ン」

 

 キッキも大人びた顔で受け答えしてリンリンだけのけ者みたいだ。

 

「むう。ぼくも早くシュシュンキになりたいよ……」

 

 頬を膨らませるとパパに抱きあげられる。

 

「だーめ。リンリンはまだまだ子どもでいいよ、かわいいから」

「シュシュンキは子どもじゃないの?」

「おれに言わせりゃ子どもだけど、リンリンから見りゃお兄さんお姉さんぐらいじゃない?」

「フーン……」

 

『シシュンキ』は難しそうだな、とリンリンはセインとマリンを見た。

 

「ぼくはねえ、早く大きくなっておじいちゃんに会いたいな。

『シュシュンキ』になったらかしこくなれるのかな……」

 

 パパの肩に頬を擦り寄せる。

 するとパパの大きな手がリンリンのふわふわの髪を梳かした。

 

「残念だけど『シシュンキ』はまだ大人じゃないからなぁ……大人になる前の準備段階ってカンジ」

「いつになったら大人になれるの?」

 

 リンリンが質問するとパパも困り顔だ。

 

「さあねえ。いつから大人なんだろ……」

 

 パパの碧い瞳が空を映す。

 雲一つない、澄みきった青空。

 まだ暑い日が続くが吹く風は爽やかだ。

 

「リンリンに先越されちゃったな」

 

 パパがぽつりとこぼす。

 

「え、なあに?」

 

 耳に入ってしまったら聞かずにはいられない。

 パパが目を輝かせながら教えてくれる。

 

「ママにはナイショだよ。

実はパパ……お小遣いコッソリ貯めてるんだ! いつかママとまた冒険に出るために」

「えー。すごいねパパァ!」

「キッキャァ」

 

 リンリンとキッキに褒められてパパが照れ笑いした。

 

「ママは、まだ祖国を見たことがないんだ。お義母さんは赤ん坊の時に救われた、とは言っていたけど、記憶にないだろ……。

それだから海底まで一緒に捜しにいきたいんだ。そんな潜水艇が手に入るまでまだまだかかるけどさ」

 

 そう語るパパは、冒険譚を話してくれる時と同じ顔。

 リンリンはそんなパパにねだる。

 

「ねえ、パパァ。ぼくも行きたいな」

「もちろん! リンリンがいれば、マリーンも姿を現してくれるかもしれない。

『虹の祝福』を受けた子で……ナンたって、おれたちの子だから!」

「ありがとう、パパァ! だいすきだよ!」

 

 抱きつけばパパも腕に力を込めていっそう強く抱き返してくれた。

 

「キキッキャ、キキ?」

 

 パパの肩でキッキも自分を指さしている。

 

「え〜。リンリン、キッキはナンて?」

 

 パパに聞かれてリンリンはすぐに答えた。

 

「一緒に行きたいんだって!」

 

 パパはキッキへ頬を寄せる。 

 

「そうだと思った! いいよ、家族みんなで行こう‼︎」

「キャーッ」

 

 キッキもパパへしがみついた。

 晴れ渡る空が、未来の船出すら祝福してくれるかのようだった。

 

***

 

 港から少し離れた林でプリンプリンはトントンと会っていた。

 ネッシー号の準備はあらかた済んだらしく、あとはもう旅立ちの挨拶だけらしい。

 世話になった人々へ朝から挨拶回りするのを見かけた。

 

 それでプリンプリンの番になり、呼び出されたというワケだ。

 

「プリンプリン、世話になったね」

「いいえ。あなたこそ、リンリンに良くしてくれてありがとう。おかげであの子、『すごい自由研究ができた』って喜んでいたわ」

 

 マリンの連れているガガピーを思い返しながらプリンプリンは礼を言う。

 まさかリンリンの思いつきが本物のロボットになるなんて考えていなかった。トントンの技術力には恐れ入る。

 

 ただ、それよりも礼を言いたいことがあった。

 

「マリンちゃんの存在はリンリンにとっても大きいわ。あの子にも親族ってほとんどいないもの」

「マリンに至っては天涯孤独と思われていたからね。きみたちのような、優しい人たちが血縁にいてよかったよ」

 

 トントンも穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 かつて離ればなれになった親族が、再び縁を結べたことは奇跡だ。

 ランカーの今後の動向は気になるもののタンガラトントンに到着すればある程度は脅威も防げるだろう。

 

 トントンは信頼できる人物だ。

 機械の身であっても、プリンプリンは彼を大事な友人の一人だと思っている。

 

「あら、トントン。素敵なブレスレットをしているのね」

 

 彼の腕にきらりと光る金色のブレスレット。

 トントンが手をあげて見せてくれた。

 

「マリンがくれたんだ。あの子が自分で作ったんだよ」

「まあ、すごい! 器用なのね」

「ああ。あの子は、今までやりたいことも満足にできなかった。

これからは好きなことをめいっぱいやらせてやりたいと思っている」

 

 そう言うトントンはブレスレットを見て、うれしそうに笑う。

 その笑みからマリンへの愛情がうかがえた。

 

「ふふ……わたしがあの子ぐらいの歳のころ、アクセサリーなんて作ったことなかったわ。最近の子はすぐにナンでも出来てしまうのね」

 

 言いながら自分がずいぶんと遠くへ来てしまったように感じる。

 時の流れは早い。プリンプリンが思うよりも、ずっと。

 トントンやみんなと旅をしていた時のことは思い出せるのに、気づけば十数年も前の出来事になっている。

 

 トントンも当時を思い出したのか懐かしそうに語った。

 

「出逢ったころのきみは、すでにプリンセスだったよ。

気高いが威張り散らすのではなく、誰にでも優しくて。それでいて意思も強くて。かわいいけど芯のある女の子だった」

「まあ、トントンったら。たくさん褒めてくれるんだから」

 

 あまりに大げさに褒められるとプリンプリンも照れてしまう。

 だがトントンは真面目な顔で問いかけてきた。

 

「プリンプリン。きみは、十九年前に僕がきみに求婚した時のことを覚えている?」

 

 突然の話にプリンプリンは面食らう。

 記憶を辿れば、あの時の気恥ずかしさがよみがえった。

 

「覚えているわ……わたし、本当に驚いたの。

タンガラトントンが老人だらけの国だとか、あなたが王子様だとか、それでいてロボットだとか。映画の撮影かと思ってしまったわ」

「フフ。あの時は僕も余裕がなかったのさ。

きみと……どうしても結ばれたかった。今思えば早急すぎた」

 

 改めて言われるとプリンプリンの頰が熱くなる。

 ボンボンと結婚して子どもまで生まれたのに、まだ恋愛には多少気後れするきらいがある。

 

 プリンプリンは目を泳がせつつ返事した。

 

「そうね……わたしも子どもだったから。結婚、と言われてもよくわからなくって」

「いいや、いいんだよ。今きみが幸せなら。

ただ、思うんだ。

結婚するのに、なぜきみに機械の身になるように願ったのか? と」

 

 トントンの鈍色の目が遠い景色を見つめている。

 林の先は夏のひざしで白んでいた。

 

 言われてプリンプリンも考えるが、確かに結婚と機械の身になることは特に関連はないように思える。

 子どものころは目の前のことでいっぱいいっぱいでそこまで考えられなかったが……。

 

 トントンは未だ過去へ意識を向けている。

  

「ランカーに過去を蒸し返された時は腹が立ったけど、かつての自分の考えも理解できなくなっていたな。

今なら、そんな無茶は言わないよ。きみの身の負担になることなんて」

「まあ、いいじゃない。私が断ったら、あなたは聞き入れてくれた。

ランカーなんて無理に結婚を迫って部屋に閉じ込めたのよ」

「それと比べればかわいいほうか。でも……」

 

 トントンの顔がス、と上げられた。

 記憶の整理がついたらしくスッキリとした――しかしどこか痛みを覚えたような表情だった。

 

「ずっと考えていたら、わかったよ。

僕はきみを失いたくなかったんだ。これからも続く永い時から」

 

 彼の過ごす時について、プリンプリンは初めて意識した。

 あの時、彼は『機械の体になれば死なない』と言った。

 つまり永遠に生きつづけるということ。

 

 彼の求婚を断った日、プリンプリンが選ばなかった永久の生。

 

「僕は、記憶のデータさえあれば半永久的に生き永らえるだろう。

タンガラトントンを導くために造られたから……そのことを、嫌だと思ったことはないよ。

何故なら、そう考えるように造られていない」

 

 聞きながらプリンプリンは彼に与えられた時間は途方もなく膨大で、それでいてずいぶんと不自由なものだと理解する。

 感情を持てば喜びだけでなく哀しみも永く続く。

 彼の生きる時の中で、いつまでも。

 

「でも、きみが僕の時から未来永劫いなくなるのは嫌だ……だからきみにも同じだけ生きるようになってほしかった。

エゴに過ぎないが、当時の僕はそう願ったんだ」

 

 プリンプリンはトントンへ言った。

 

「そんなことないわ。わたし……断っておいて変だけど、あなたの気持ちは嬉しかったわ。

エゴなんてことないわ」

「いいよ。僕が自分にけじめをつけたかっただけだから、きみが思い悩む必要はない」

「でも……」

 

 トントンにまだ言い募ろうとするが彼から首をフルフルと振られた。

 口もとには穏やかな笑みが戻ってきている。

 

「それに、きみは素晴らしい存在を遺してくれている。

だからもう寂しくないんだよ」

 

 言われてプリンプリンは首をかしげた。

 わからずに黙っていると彼が明かしてくれる。

 

「リトルプリンス・リンリンのことさ」

 

 プリンプリンの脳裏に息子のプリズムの髪がきらめくさまが浮かんだ。

 彼女によく似た、大きなとび色の瞳も。

 

 以前トントンも語っていた。

『まるできみに見つめられているみたい』だと――。

 

「あの屋敷の……フラワーアーチの下で見かけたときは小さなボンボンがいると思ったんだ。写真で見てボンボン似なのは知っていたからね。

でも、向かい合ったときに認識を改めたよ。とび色の目だけでなく、しぐさまできみに似ていたから」

 

 リンリンとの出逢いをトントンがまた語り直してくれる。

 息子の存在が彼の中でいかに衝撃的だったのか、語る熱量から伝わってきた。

 

「観察していて興味深かったよ。彼はきみではない――でも、何故だか彼の中にきみを見つけるんだ。

笑ったとき、困っているとき、哀しんだ表情にさえ。もちろん、ボンボンに似ているところもあるんだよ。

それでも……リトルプリンスのしぐさの端々にきみが見えた」

 

 確かにリンリンは『性格は母親似だね』とよく言われる。

 そのたびにプリンプリンは『ボンボンに似ているところもあるわよ』と答えるのだが、大半の人が『それでも似てる』と言うのだ。

 トントンから見てもそうなのだ。

 

 ふしぎに思っていると、トントンの鈍色の瞳に見つめられていた。

 

「きっと、きみが愛を注いでいるからだね。彼の中にきみの記憶が宿っているんだ――単なるコピーじゃない、大切な思い出として」

 

 彼の目には哀しみばかりでなく、希望の輝きもある。

 未来へ向けての。

「僕は改めて人間について考えさせられた。

人は、自分の生きた証を子に、出逢ったひとへ伝えていくんだ――互いに想いあいながら」

 

 トントンの言葉に、プリンプリンはあの日、人であることを選んでよかったと思えた。

 彼をあの時は哀しませたかもしれない。だとしても、あそこで機械の身として生きることを選んでいたら。

 

 二人は本当の意味でわかりあえることはなかった。

  

「……会いに来るよ」

 

 トントンが一歩、プリンプリンへ近づく。

 その場で片膝をつき、逆光に照らされた彼女を見あげる。

 

「僕は、きっとまたきみに会いに来る。

きみがいる限り……、リトルプリンスが大人になっても、ここをまた訪れる。

そしてリトルプリンスが誰かとまた結ばれ、子を為せばその子に会いにくる。

彼らの中にきみがいるから」

 

 そしてトントンはプリンプリンの手を取り、頭を深く垂れた。

 

「ありがとう。きみの生きた証を残してくれて」

 

 彼の言葉と同時に林の向こうから葉の擦れる音がする。

 

 ぴょこん、と飛び出すセーラー帽を被った頭。

 覗くプリズムの髪が七色にきらめく。

 

「ママァ、トントン。こんなところにいたあ」

 

 リンリンがキッキと一緒にやってきたのだ。

 後ろでボンボンもポケットに手を突っ込んでいる。

 

 慌てることなくトントンが立ち上がった。

 

「やあ、リトルプリンス。パパと一緒にどうしたんだい?」

「あのね、マリンが呼んでたの。そろそろトントンが言ってた時間なのに、って。

だから探しに来たの」

 

 リンリンが彼のもとへ駆け寄る。

 背の高いトントンに合わせて背伸びして、顔を真上に向けていた。

 

 トントンの手が幼いリトルプリンスを抱きあげる。

 一瞬、ボンボンが身じろぎするのがプリンプリンには見えたが、彼がすぐに立ち止まったのでそのまま見守る。

 

 リンリンの大きな目を覗き込むようにしてトントンは言った。

 

「そうか……優しいね、リトルプリンス・リンリン」

「えへへ。そうかなあ」

 

 照れ笑いを浮かべるリンリンの口もとには、ボンボンとよく似た八重歯が見える。

 瞳はプリンプリンゆずりの長いまつ毛に縁どられ、糸のように細めれば柔らかな頬に影をつくった。

 

 トントンはリンリンの背を抱えながら、ぎゅうと抱きしめる。

 

「そうだとも。きみの存在そのものが、私の救いなんだよ。

きみがいてくれてよかった……。ありがとう、リンリン」

 

 突然抱きしめられてリンリンは状況がよくわかっていない様子だった。

 ニコニコ笑顔は変わらず、トントンの首に短い腕を回している。

 

 トントンの広い背中を見つめながら、プリンプリンは未来に彼がいる頼もしさを……そして一抹の寂しさを覚えた。

 

 願わくば自分たちが去ったあとも彼らが幸せであるように。

 祈らずにはいられない。

 

 二人の向こうでボンボンが腕の時計に目をやっていた。

 

「なあ、マリンちゃんが待ってるんだが。お前さん、時間は大丈夫?」

 

 リンリンを抱えていたトントンが顔をあげる。

 

「今行くよ」

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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