三人と一匹が夕焼けの浜辺にいると、スウともう一人の影が伸びてくる。
背の高い大人の影だ。
リンリンとよく似たふわふわの頭のシルエットに、帽子を被った影。
パッとリンリンが見上げれば、息を弾ませてこちらに走ってきていた。
「リンリーン」
「パパァ!」
リンリンとよく似た影は、本物はもっとリンリンと似ている。
いや反対にリンリンがパパと似ているのだ。パパの碧色のつり目と、雪のように真っ白な髪とは違うけれど。
リンリンはパパのもとへ走りたかったが、セインからまだ離れてはいけない気がして、その場で待った。
たどりつくとパパはセインごとリンリンを抱き寄せてくれた。パパの温かい腕の中で、リンリンはホッと息をつく。
見知った大人が来たら安心したのかオハナも腕に抱きつき、キッキに至っては背中に飛び乗ってブンブンしっぽを振っていた。
真ん中で『よかった』とパパが呟く。
「仕事終わりにママから『帰りが遅い』って連絡があったんだよ。
お義母さんに聞いたら『浜辺で別れた』って言ってたらしいから、車トバしたらコレだ。
……ええっと、みんな何があったんだ?」
困った様子でパパがみんなの顔を見渡した。
セインがかすれた声で説明しようとする。
「オレが悪くて……あの、オレ、オヤジが話していたのに学校飛び出しちゃって……」
「え? 学校?」
「パパァ。セイちゃん、お父さんとケンカしちゃったんだって」
「はぁ」
パパはセインの父と昔から友人なので『信じられない』といった声だった。
リンリンも言ってから、すこし違ったかな? と思い返す。
しかし言い直す前にオハナが続きを説明しはじめた。
「それでね、浜辺でマリンと会ってね。オハナたちブレスレット作ろうとしたら、マリンは『イヤだ』って言ってケンカになっちゃったの」
「??? またケンカァ? みんな、ちょっと待って。整理するからな」
話があちらこちらに飛ぶので、パパもズボンのポケットから手帳を取り出した。ホルダーに入っているペンを取り、これまでの話をまとめる。
だいたい書き終えたと見て、セインがまた話しだした。
「オヤジとはケンカじゃなくて、オレが一方的に」
「うん、うん。ケンカじゃない……学校はケンカじゃなくて、こっちはケンカなんだな。マリン、て最近リンリンの話に出てくる子か」
「パパァ、マリンは悪くないんだよ。ぼくのブレスレットのデザインが好きじゃないって言っただけなんだ」
「なるほど。だれも悪くない、と……」
刑事ドラマのようにツラツラと書き留めるパパ。
やっと情報がまとまったハズが、さらに別の証言がセインから飛んでくる。
「いや、オレが悪くて。マリンに親がいないって知らなくって、それなのに『親の顔を見てみたい』って言っちゃって……」
「…………」
パパが頭を抱えた。
現場にいたリンリンですら何が悪かったのかわからないので、途中から来たパパからすればだいぶ混み入った事件のようだった。
諦めたのかパパは手帳を閉じる。
「とりあえず帰ろうか、みんな。
オハナちゃんの父ちゃん母ちゃん、セイちゃんのオフクロさんも探しているらしいから。まず『見つかったよ』って電話しとく」
パパは手帳とは反対側のポケットにある携帯電話を取り出して、慣れた手つきでボタンを押した。
電話口から、リンリンのママの声がかすかに聞こえる。
「もしもし? おれだけど。
リンリン、見つけたよ。オハナちゃんとセイちゃんも一緒。ん? そりゃキッキもいるよ。しっぽ振って元気!
……えっと。すこし前にリンリンが仲良くなった、って言ってた子。そうそう、きみに似てるって女の子だよ。難しい事情があったみたいで。セイちゃんとケンカ? みたいになったらしい。だれも悪くない、ってリンリンは言ってる。
三人とも参ってるみたい。うん……それだ。行き違いってやつ。
マリンってコは家に帰ったらしいけど、どこのウチの子かわからないから確認しようがないよなぁ。
うん、うん。きみの言うとおり。無事に帰れてるといいね。
それじゃあ、二人を先に家まで送ってからリンリンとキッキを連れて帰る。……ああ、みんなにも伝えてくれると助かるよ。ありがとう。
え、おフロ? ごはん? 遅くなっても気にしないよ。
いやいや、きみもお義母さんも今まで探してたんだろ。別にいいってば。ナンならドコかで買ってくるから。お義母さんに何がいいか聞いておいて。
リンリン? ナンか砂っぽい……。
はい、はい。じゃあ先におフロに入れるよ。夕飯はこっちで買ってきます。
できるだけ早く戻るから……」
電話を切って、パパはふうとため息をついた。
セインがおずおずと聞く。
「オヤジは……? 怒ってるって言ってた?」
「いや、オヤジさんのことは言ってなかったな。まだ仕事じゃない?」
教師ってブラックな仕事だね、とパパが笑った。
リンリンはパパを見上げて『ちょっと無理してるな』とわかった。パパが本当に笑ったときは、リンリンと同じように八重歯を見せて笑うから……。
セインはパパの返事を聞いて落ち込んだようだった。
「オヤジ、オレのコトどうでもいいのかな……」
「え、ええ〜? ありえないよ。どうしてそう思うのさ」
リンリンのパパから作り笑いがはがれ、目を白黒させている。
セインが浜辺の砂をつま先で掘り返しつつ、
「オレ、オヤジに注意されてばっかりで。でも、怒りはしないんだ。あんまり困らせてばかりだから、もう呆れちゃったのかな……」
父親から好かれていない、と何故だか決めつけている。
リンリンはパパを見たが何を言おうか悩んでいるようだった。抱きしめている手に力が入っている。
大人が考えてもわからないほど難しいんだ……とリンリンは納得した。
あたりを見まわしたあと、はた、とパパが目を一点にとめる。
「セイちゃん、いいモノ持ってるね」
「え?」
突然スケートボードに話を振られ、セインが間の抜けた声をあげた。
パパの手がスケートボードの表面を撫でる。
「ステッカーがいっぱい貼ってある。旅先で買ったやつ?」
「うん……コレはこの前、アル中テレビを見学したときにもらったレアなシール」
「あそこ、今度『アルトコ総合テレビ』になるんだろー? コレ、きっと後からプレミアつくよ!」
「……あの、それが何か?」
突破口を見つけたパパがセインの父親の様子をスラスラ語る。
「見学、ってオヤジさんが抽選に応募したやつだろ。前に聞いた。『セインと久しぶりに出かけます!』って楽しそうだったよ」
「ええっ? オレと行ったときはずっと難しいカオしてた」
「キンチョーしたんだよ。テレビ局のスタジオには馴染みがないから、おれら。野外ロケなら半ば強制的にやってたよ」
旅をしていたころ、どこからやってくるのかアナウンサーが追いかけてきたからね。パパはそう言って懐かしんだ。
「そのころからセイちゃんのオヤジとは友だちだ。セイちゃんより長く知ってるよ。
どうでもいいヤツのためにアル中テレビの抽選に応募しないし、貴重な休みを使って旅行なんか行かないよ。
注意するのだって、セイちゃんが心配なだけさ」
スケートボードのステッカーを指で数えながら、パパがセインに呼びかけた。
「このスケボー、一昨年のクリスマスのやつだろ。ステッカーのぶんだけ思い出があるハズだよ」
リンリンも目でステッカーを追ってみたが、重ねて貼られているところもあって全部はわからなかった。
セインも同じように見つめてから、小さな声で、
「……うん。そうかもしれない」
と言った。
パパがやっと八重歯を見せて笑う。
「だろ。だから家へ帰ろう? オフクロさんも、オヤジも待ってるよ」
その明るい声に、セインがようやく素直に首を縦に振った。
空はもう茜色を通りこして、端から瑠璃色が覗いていた。
5、
リンリンがとび色の目をぱちりと開けると、車の中は薄暗かった。
前の運転席でパパがかばんを探っている。
「あ、リンリン。おはよう。オハナちゃんたち、もう家に帰ったぞ。
あとは夕飯を買って帰るだけだ」
隣でキッキがシートベルトを外して、両足をバタつかせた。何を買ってもらうか考えてワクワクしているらしい。
「パパァ。セイちゃん、お父さんと仲直りできるかな……」
寝ぼけた声で聞くと、パパが『うーん』と天井を見た。
「仲直り、って。そもそもケンカしていないからなあ。途中で飛び出してごめん、ならわかるけど……。
アレだよ。セイちゃん、難しい年ごろなのさ」
「歳のせいなの?」
「ん〜……そう言われると難しいな」
「そっかぁ……」
とにかく『むずかしい』ということだけ、リンリンには伝わった。
そして、その難しいことを収めたパパを『すごいなあ』と素直に思う。
「パパァ。マリンもそうなのかな」
「その子、いくつ?」
「十五って言ってたよ」
「ははぁ、そりゃもっと難しい。シシュンキだよ」
「シシュンキ〜?」
口に出してみたが、ちょっと言いづらい言葉だ。
パパが財布と携帯電話、エコバックを小さいかばんに詰め替えながら答えてくれる。
「パパもそれぐらいの歳はいろいろ悩んだモンだ」
「パパが⁉︎」
「ちょっとリンリン、そこ、ナンで驚いたかな。パパはこう見えて繊細な美少年だったんだぞ」
「え〜」
リンリンは信じられず、キッキと目を見合わせた。
キッキが首を横に振る。
「キッキ、おまえはおれの若いころを知らないだろ。モンキーがいたら証明してくれるのになぁ」
「キキャー」
「ママに聞いてみる、って」
「それがいいよ。きっと『パパは昔から思いやりがあって二枚目だったわ』って言うから。間違いない」
「ケッション……」
キッキは何か言いたげだったが、財布を握っているパパにこれ以上はツッコめないらしい。
家と変わらないやりとりに、リンリンは目を糸のように細めて笑った。
すこし寝て、お腹が痛くなるような感じも抜けたみたいだ。リンリンはシートベルトを外すと座席から下りた。
まさにドアを開けようとしているパパへ声をかける。
「あのね、パパァ。ぼく、泣かなかったの」
「うん? 確かにリンリン、泣いてなかったな。ナンで?」
リンリンは靴の先をこすり合わせた。
夕焼けのアルトコブルーの時間では涙をとめるので精いっぱいだったが、今になってわかる。
「ぼくが泣いたら、涙をとめるひとがいないと思って……みんな泣いちゃったから……」
もしかしたらマリンも泣いているかもしれない。
きょうも逃げていってしまったけれど、涙を見せたくなくて早足で帰ったのか。
パパだったらマリンのことも上手に収めてくれたのかなぁ。
そっと、リンリンの頭からセーラー帽が脱がされる。
パパがリンリンの髪をくしゃりと撫でてくれた。
「リンリンはみんなのために浜辺にいてくれたんだな。セイちゃんや、オハナちゃんを放っておかずに……。
ありがとう」
それから、夕焼けの中と同じように抱きしめられる。
両腕をまわすとパパのふわふわの髪が手に触れた。
きっと、ぼく、正しいことをしたんだな。
とリンリンは胸を張ることができた。
ただ、パパがリンリンの肩をすこし押して、
「でも、帰りが遅くなるならチャンと言わないと。セイちゃん、スマホ持ってるんだろ。次から借りてママに連絡させてもらいな。
番号は……胸のリボンにはっつけてあるから」
とリボンを裏返して電話番号を見せてくれた。
すっかり忘れていたので、そこは次から反省しないといけないな、と思う。
リンリンが「わかった」と返したら、パパが「よーし!」と満足げに言った。
「今日はリンリンの好きなもの買ってやるぞ!」
リンリンはわあいとバンザイする。
「ぼく、ぼくねえ、アジフライ!」
「いいね! パパもそうしよう」
「キキッキャ、キッキィー!」
キッキが手を叩いてはしゃぐのを、パパが止める。
「おまえは食べらんないの。バナナか他の果物にしときな」
「キィィィィィィィィッ」
怒られたキッキがパパに飛び乗って頭を揺らした。
「こら、こら! モンキーはそんなコトしなかったぞ! やめろったら、このイタズラ猿!」
他の人ならちょっかいを出さないのにキッキはパパが相手だと甘える。
「やめなよ、キッキ〜」
そう言いながらもリンリンは楽しんでいた。
キッキを頭に乗せたままパパがドアを開く。
冷房の効いた車の中に、熱い風が入り込んできた。
―――第三話 おわり―――
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん