あの海のリンリン   作:つるみ鎌太朗

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第四話 マリンのおにいさん(1)

 

1、

 

 体当たりして扉を開けた。

 家へ滑り込むと、けたたましい音をたてて閉まる。マリンは扉に背中をあずけ、そのままズルズルとしゃがんだ。

 

 銀色の長い髪が汗で乱れている。

 

 彼女の海色の瞳からは大粒の涙がこぼれ、白い頬にいくすじも跡を残していた。

 

 荒い息だけが薄暗闇で聞こえる。

 

「どうしたの?」

 

 廊下の先からで人影が近づいてきた。

 

 朱の空に残る陽が彼の銀髪をか細く照らす。

 黄色い帽子に、大きな襟の黒いスーツ。黄色のブーツが長い足をさらに際立たせる。

 

 

「寄らないで。放っておいてよ」

 

 しわがれた声でマリンは彼を制止する。

 しかし彼は構わずに目の前で歩いてきて、屈んだ。

 

「それはできない。きみを連れ出した手前、あまりにも無責任だろう?」

 

 銀のまつ毛に縁どられた鈍色の瞳がマリンをじっと見据える。

 ほとんど無表情に近い美貌には、そろそろ慣れてきた。

 

「わたしは一人になりたいの!」

 

 枯れた喉から振り絞った声は弱々しい。

 本当は驚いてもいないくせに、彼は目をわずかに丸くした。

 

「本当に?」

 

 問いかけにしては落ち着いた声音。

 まるで答えを最初から知っているかのような、形だけの質問。

 

 聞かれて、マリンは彼の思惑どおりに黙り込んでしまう。

 頭では浮かんだ文句も嗚咽に変わった。

 

 泣きじゃくるマリンに、彼はただ静かに寄り添うだけだった。

 言葉は不要。頭をなでられるのも、背中をさすられるのも不愉快。

 マリンをダマスクセから連れ出した『変な男』は、今日も彼女の本音を見透かしているかのように佇む。

 

***

 

 窓からカラスの鳴き声がする。

 ぽつぽつと成り行きを語るマリンの声を、彼が正確に聞き取ってくれた。

 

「きみは初めて『苦手な相手』と対峙したんだね」

 

 慰めよりも先にそう言ったので、さすがにマリンも怒った。

 

「あんた……女の子が泣いて帰ってきたのよ?」

「『放っておけ』と言ったじゃないか」

「そうしなかったじゃないの! 今になって掘り返すのはよして!」

「ワガママだなぁ」

 

 黄色い帽子のつばが彼の顔に影を落とし、表情をさらにわかりにくくさせている。

 

「でもね。一つ、確かなことがあるよ」

「何よ?」

「その子のほうが、きみより大人だ」

「はあ!?」

 

 マリンは声を荒げた。

 

「ナンでよ、あっちが悪いから謝らせたのよ!」

「確かにきみが傷ついたのは事実だが、彼はきみの生い立ちを知らないんだろう?

知らなかったのだから悪気はないよ。

その上で謝ってくれたなんていい子じゃないか。歳のわりに寛大だね」

「……その言い方じゃ、わたしが子どもっぽいみたいじゃない」

 

 マリンは拗ねて膝にひたいを押しつける。

 彼は淡々と続けた。

 

「事実、そうだろう?

それも仕方ないさ。社会から断絶されて育ったのだから。

これから人との付き合い方も学んでいくといいよ」

 

 やれやれ、と彼は立ち上がり、マリンに手を差し伸べた。

 

「話して落ち着いたかな。おいで、夕食にしよう」

「とか言って、あんた、いつも一緒に食べないじゃない」

「一緒に食べたい?」

「ぜんぜん」

 

 差し出された手をむんずと掴むマリン。

 いつも少し冷たい、大きな男の人の手だ。

 腰をあげ、二人はともに食堂に向かう。古い屋敷なので燭台にロウソクを灯さなければ明かりがない。

 外を見れば紅い夕陽がまだ空に留まっており、少し早いものの彼が一つ一つ火を点けていく。マリンはその後を追った。

 最中、思いついたように彼が振り返ってくる。

 

「そうだ。今度、その子を家に連れてくるといいよ。

仲直りに協力してあげよう。お菓子も用意するから」

 

 申し出にマリンは乗り気になれず、首を力なく振った。

 

「いいわよ、もったいない……」

「きみにせっかく友だちができたんだ。そのためなら多少の出費も構わない」

 

 すっかりその気になっているので、言っても無駄だとマリンは理解した。

 はあ、とため息をついて後ろを歩いていたら、彼が急に立ち止まる。

 邪魔だな、と見上げれば彼が目線だけをマリンに寄こした。

 

「もし、よかったら。例のリトルプリンスも連れてきてほしい」

 

 思いがけない指名にマリンは驚く。

 

「え? ものすごーいチビちゃんよ? 何か用でもあるの?」

 

 目の前にいる背の高い彼と、セーラー帽でプリズムの髪を隠した坊やが釣り合うとは思えない。

 

 しかし彼はなおも食い下がる。

 

「そんなのないさ。ただ……会いたいんだ。

プリズムの髪と、とび色の瞳の小さな王子さまにね」

 

 その瞳がふと、彼方へと向けられた。

 

2、

 

 そろそろ夏休みが来る。

 リンリンは去年、夏休みを知った。学校も楽しいけれど、好きな時間に野を走り浜辺を駆け回る日々は楽しかった。

 パパがお休みの日には朝から晩まで一緒に遊べるし、自由工作でオハナやセインと共同制作で『夢のコーヒーサイフォン』を作ったのは素晴らしい思い出だ。

 

 学校の授業も『続きは二学期でね』と先生が言う回数が増えた。

 

 帰り道、リンリンはオハナやセイン、もちろんキッキも連れて浜辺へ行ってみた。

 もしかしたらマリンが来てるのではないか? と考えたからだ。

 

 青い空、青い海。

 白い砂浜。

 潮の香りと熱い風。

 

 マリンのいない浜辺でリンリンたちはしばらく普段どおり遊んでいた。

 貝がら拾いに、砂あそび。

 寄せる波を足で蹴るなどなど。

 

 マリンが来る前と変わらない三人と一匹。

 しかし、マリンと出会ってからは『一人足りない』穴が心にぽっかり空いている。

 

「マリン、どうしているのかなあ」

 

 オハナの父が持たせてくれたアンパンを食べながら、リンリンは空を見た。隣にイルカリュックが置いてある。

 こしあんの柔らかな甘さがのどを通りすぎた。

 

 三人並んで浜辺に腰掛け、水平線を眺める。

 

「ほんとに、もう来ないのかなあ」

 

 麦わら帽を被ったオハナがやきそばパンを半分ほど食べて、自分のひざ小僧を見た。

 

「オレ、会ったら謝ろうと思ったのになあ」

 

 ベーコンエピをひと房ちぎって、口へ放り込むセイン。

 

 三人の肌を太陽がじりじりと焦がす。

 

「キキッキィ」

 

 そんな彼らの前でキッキが何かを飲むようなジェスチャーをした。

『水分補給はしっかりとね!』と言いたいらしい。

 

 そんな元気のないピクニックを盛り上げるには、やはりもう一人、友だちが必要だ。

 

 まもなくふたつの輪っかを頭にくっつけた影が三人のそばへ伸びてきた。

 

 口のはしについたゴマをごしごしと拭きながら、リンリンが目を向ける。

 

 銀色のツインテールを指でいじりながら、ばつの悪そうな顔をしている少女。

 海育ちのリンリンたちとは違い、肌を灼くのが嫌だからと長袖の黒いジャケットをいつも着ている。

 ミニスカートは乙女のこだわり。

 

「マリン! 来てくれたんだね!」

「えっマリン? ほんとだ、マリンだ!」

「うわーッ、言ってたら来たよ来たッ!」

「キキキャー!」

 

 口々にマリンの到着を喜ぶ。

 マリンはだんまりのまま突っ立っていた。

 

 セインがまず頭を下げる。

 

「こないだはごめん。オレ、マリンの事情を知らねえのに余計なこと言った……」

 

 丸っこい、水色の短髪の後ろ頭をマリンに見せた。

 こういうときに潔いのが、セインの良いところだとリンリンは知っている。

 

 セインの謝罪にマリンは固まっているようだったが、すこし経ってから、

 

「……まあ、いいわよ。わたしも大人げなかったかもしれないし。次から気をつけなさいよね」

 

 と自分の態度も反省しつつ、セインだけでなくリンリンやオハナもチラと見やり、

 

「……ゴメン」

 

 と小声で謝った。

 キッキは三人の後ろで貝がらを掘ろうとその場にしゃがみ込んでいる。

 マリンからはあまり見えていなさそうだった。

 

 リンリンはさっそくマリンの手を取る。

 

「マリン、よかった。さよならはイヤだよ……」

 

 目を細め、八重歯を見せる笑顔。

 マリンはリンリンを見下ろすとわずかにはにかんだ。

 

 オハナがバスケットからいそいそとパンを取り出す。

 

「お父ちゃんが、マリンも来るだろうってコレ持たせてくれたの」

 

 小さなふくふくした手には、前にマリンが真っ先に選んだチョココロネパン。

 オハナの父は覚えていたらしく、バッチリ用意していたようだ。

 

 マリンはすこし頬を朱くして受け取る。一口かじると、

 

「ウン……おいしい」

 

 少し素直に、そう言った。

 

 その後、みんな横並びに座って一緒にパンを食べ、ボトルに淹れたアイスティーを飲んだ。

 アイスティーはキンキンに冷えており、凍らせた砂糖漬けのレモンが入っていて、酸っぱくて甘い。

 キッキはマリンに気を遣い、すこし離れたところでカモメを追いかけて遊んでいた。

 

 夏空に入道雲がもくもくと立ちのぼるのを眺めながら、マリンからいきなり切り出される。

 

「みんな、わたしの家に来ない?」

 

 仲直りしたばかりなのに、突然の誘いに三人は顔を見合わせた。

 

「いきなりどうしたの?」

 

 切り込み隊長のリンリンがすぐに尋ねる。

 マリンは言いにくそうに、

 

「いや……家の人が『みんなを呼んだら?』って言うから……」

 

 と答えてくれた。

 

「家の人ってだれ?」

 

 セインがふしぎそうに聞く。

 マリンがさらに苦しげに返した。

 

「……誰か、って。わたしと一緒にいる人よ。別にどういう関係でもないわ」

「えっ、よくわからない人といっしょにいるの?」

 

 オハナが驚くも、マリンもどう言っていいのかわからなさそうだった。

 

 どういう関係でもない。

 家族……ではない。マリンの親は遠くに行ってしまった。

 では、誰なのだろう。

 

 リンリンはちょっと好奇心が湧いてきた。

 

「ぼく、行くよー!」

 元気いっぱいに手を挙げる。

 背中ごしに、離れた位置にいるキッキも同じく『キー』と同じポーズをした。

 

「いえのひと……男のひと? 女のひと?」

 

 オハナの質問に、マリンは、

 

「男ね」

 

 と答える。

 セインが『エーッ』と声をあげた。

 

「まさか!? 恋人……」

「あんた、さっきのしおらしさはどこに行ったのよ。反省したんじゃないの?」

 

 調子の戻ってきたマリンがセインを黙らせる。

 

「ねー、いつ行くー? 今からー?」

 

 リンリンがマリンへ聞く。

 マリンは一瞬だけ考えるようにしてから、すぐに返した。

 

「そうねえ。今からでも多分いいんじゃない?」

「じゃあ、行こうよ! ぼく楽しみ!」

 

 リンリンは両手をあげて、飛びはねる勢いだった。

 オハナ、セインも『さんせー!』と続く。キッキも『ウキー!』と遠くで万歳した。

 

 かくして、マリンのお宅訪問は突如として決行されたのである。

 

 

好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)

  • リトルプリンス・リンリン
  • キッキ
  • オハナ
  • セイン
  • マリン
  • ヤーブレとカーブレ
  • リンリンのおばあちゃん
  • リンリンのおじいちゃん
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