3、
マリンの家は古い立派なお屋敷だった。薄茶けた、ツタのはった外壁。
窓は大半が閉められ、中は暗が暗いせいか何も見えない。ところどころカーテンがつけられた部屋もあり、そこだけは開け放たれている。
屋根はうす緑色で、壊れかけの風見鶏が時おりキィ……と音をたてた。
「お化け屋敷みてえ」
セインがまずは一言。
マリンににらまれてすぐに黙ったが。
しかし屋敷とは違って庭はきれいに手入れされていた。
まず大輪のブルーサルビアが来客を出迎える。まっすぐに伸びた白蝶草も植えられており、青と白のコントラストが爽やかだ。
すこし進むとマリーゴールドの鮮やかな黄色が目に飛びんでくる。ふわふわとした花びらが揺れるとかわいらしい。
赤レンガで描かれた道。まばらに見えて、それぞれの花がよく見えるように調整された庭木。踏みしめると心地よい芝生。
「すてき」
と、オハナが目を輝かせる。
古びた屋敷よりも庭のほうがみんなの興味を引いたようだ。
「別に。大したモンじゃないわよ。無駄に広くて水やりが大変だったら」
「マリン、お花に水あげてるの?」
「屋敷を貸してくれた人との契約と言われて仕方なく……」
となると、マリンたちは一時的に暮らしているだけのようだ。
ふうん、とリンリンがイルカリュックの持ち手を持ちなおす。
すると風が突然つよく吹いてきた。
トレードマークのセーラー帽が頭から浮く。
「あっ、帽子。待って〜!」
転がる帽子を慌てて追いかけるリンリン。
後ろからみんなが呼ぶ声がしたが、帽子を追うので精いっぱいだった。なかなか止まってくれないのですぐに見失いそうだ。
ふと隣でキッキが一緒に走ってきたのに気づく。
キッキはリンリンを追い越すと、華麗に飛びあがって帽子を上から地面に押しつけた。
「キキャッ♪」
褒めてとばかりに振り返って歯を見せるキッキ。
リンリンは追いつくと、キッキの鼻をくすぐった。
「ありがとうね、キッキ」
キッキが体をゆすってリンリンの足もとに抱きついてくる。
しかし、知らない家の庭を走ってきたから周りを見渡せば知らない景色。花々は美しいがどこもかしかも整えられていて来た道がわからない。
「困ったな……」
リンリンはひたいの汗を手の甲で拭き拭き、キッキを見下ろした。
キッキなら覚えてるかもしれないから、ちょっと期待したのだ。
「キィ〜」
好きなだけ甘えたあと、リンリンの気持ちがわかったのかキッキはある方向へ歩きはじめる。
ホッとしてリンリンは後をついていった。
だが、キッキが連れてきた先にみんなは居なかった。
代わりにそびえたつのは、白と黄色の花をつけたフラワーアーチ。細長い花びらが線香花火のようにひろがって花を形作り、アーチを覆う。
熱気の中、甘い香りでむせ返るようだ。
アーチの向こうには色とりどりのタイルが円を描くように地面に敷かれ、白いテーブルと椅子がある。
「ぼくに見せたかったの? キッキ」
「キー」
きれいだろ、と胸を張るキッキ。
「確かにきれいだけどさぁ……」
リンリンはアーチを行ったり来たりして、ウーンと唸った。
鬼ごっこと思ったのかキッキがリンリンと反対方向にぐるぐる回る。
茂った緑の影が一人と一匹を日光から守ってくれた。タイルに咲き終わった花が落ち、白と黄で模様を描いている。
中でもきれいなものを選び、リンリンは帽子に詰めた。
「ほら、キッキ。ぼくはお花やさん」
お店やさんごっこはリンリンがいちばん好きな遊びだ。
家でもキッキやぬいぐるみ、時にはママやおばあちゃんをお客さんにしていろんなお店を開いている。
「キッ、キキィ〜」
キッキがいくつかつまみ、反対の手でコインを渡す真似をした。
帰り道がわからないので遊びはじめてしまった一人と一匹だが、屋敷の敷地内なのだから少し休んでまた探せばいいだろうとタカをくくっている。
それに彼らは子どもだ。となれば大人が探しにくるものだ。
すこし離れた場所で、彼らを見つけた人物が一人。
「マリンの言ったとおりだな。生まれながらにして天から光の冠を戴いたかのようだ」
黄色い帽子を目深にかぶった背の高い男。夏だというのに黒いスーツを着て、黄色いブーツを履いている。
リンリンは声が聞こえた気がして、そちらへ目をやった。
とび色の瞳が近づいてくる人影をとらえる。
男はリンリンを懐かしげに見ると、挨拶した。
「ごきげんよう。リトルプリンス」
帽子を取って銀の髪をあらわにし、片膝をつく。
リンリンは突然のことに帽子で口もとを隠した。目を丸くして見知らぬ大人を前に体をこわばらせる。
「おにいさん、だれ?」
隣のキッキもどうしていいかわからないのか、リンリンと男を交互に見た。
男は人形のようにきれいな顔をしており、銀のまつ毛で覆われた鈍色の瞳でリンリンをまっすぐに見つめている。
二つの視線を浴びながら男は帽子を再び被りなおした。
「私はマリンの後見人……いわゆる『保護者』かな。
名はトントン」
トントンと名乗った男がかすかに微笑む。
マリンの名前でリンリンの体から少し力が抜けた。
「マリンのおにいさん?」
「血縁関係はないけどね」
「けつえん……」
「本当の兄妹ではないってことだよ」
トントンも気取らない言葉で話しかけてくる。
ただ、目でじっとリンリンを見つめつづけるので、ついリンリンは下を向いてモジモジしてしまった。
「ああ、怖がらせてしまったね。すまない」
やっと気がついたのかトントンも目をわきへそらす。
リンリンは帽子をかぶり、キッキの腕をキュッと掴んだ。
鈍色の瞳をチラと再びリンリンに向けて、トントンが語りだす。
「きみが、あまりにも昔の彼らに似ていたからね。全体的にお父さんに似ている。もっとも、私が会ったときの彼はきみよりもうすこし背が高かったが……」
「おにいさん、パパを知っているの?」
「ああ。お母さんのこともね。きみは、目もとはお母さん似だね」
「ママのことも……」
リンリンは目の前のトントンを頭からつま先までじいと見た。
夏だというのに長袖。首もとを覗いても汗ひとつかいていない。
白い顔は陽に灼けた様子がなく、すこしも暑がっているように見えなかった。
アルトコの夏は暑い、と地元のみんなも口々に言うほどなのに……。
よほど我慢強いのかな、とリンリンがしげしげと眺めていたらトントンがさらに昔の出来事を教えてくれた。
「私は、過去に二人と、それから、その友だち……一緒に来たきみの友だちのお父さんたちと共に旅をしたことがある。
彼らはまだ子どもで、明るく無垢で親切だった。おかげで楽しかったな。
そこのお猿のお父さんにも会ったことがあるよ。ずいぶん賢い猿だった」
自分の父を褒められ、キッキはまた歯を見せて笑った。
「キキィ〜♪」
「おにいさんはパパとママのお友だちなんだね。そんな人が、マリンと一緒に暮らしているなんてスゴいなぁ」
「本当に。この町には用があって来たが、まさかマリンがいきなりきみと会うとは……私は幸運だったらしい」
トントンの言葉に、リンリンはふと思いだす。
マリンは『変な男に連れ回されている』と言っていた。おそらく二人は旅のはてに、このアルトコ市までやってきたのだろう。
その用事のために。
リンリンはうわずった声で聞いた。
「用が済んだら、またどこかに行っちゃうの?」
「国へ戻る予定だ。はるか北の生まれでね。マリンも連れていこうと思っている」
「マリンも……」
リンリンはマリンの名前を繰り返し、唇をぎゅうと閉じた。
遠い北へ行ってしまうなら今のようにはきっと会えない。
トントンがリンリンへ優しく声をかけてくれた。
「寂しいだろうが、マリンには安定した生活が必要なんだ。
ただ、夏のあいだはアルトコ市に滞在するから、それまでは仲良くしてあげてほしい。今日は、他の子にもだけど、きみにお礼を言いたかった」
「お礼……?」
「あの子にはこれまで友だちがいなかったんだよ。とても窮屈な暮らしをさせられていてね。自由にひとと会えるような環境じゃなかったのさ」
「ダマなんちゃらのすごいお金持ちに、ナンでも買ってもらっていた、って。本物のジュエリーとか」
リンリンが記憶を頼りに喋ると、トントンの顔色が変わる。
彼は厳しい声で言った。
「確かに彼はマリンに何でも買い与えていた。食事だって、毎食、有名なシェフに作らせていたんだよ。健康管理もしっかりさせてね。
ただ、その代わり彼女の行動を厳しく制限していた。自分が付き添わないのであれば外出は不可。また、ネット上の通信もすべて監視されている」
なぜソコまでマリンの過去の暮らしをトントンが問題にしているのか、リンリンにはわからない。
「ぼくの友だちでも、ネットから位置がわかる機械をお母さんに持たされている子がいるよ」
「その友だちすら管理されていたんだよ。いや、マリンは学校に行くこともなく、ほとんどの時間を自分の部屋で過ごすように強いられていたんだ。
そうなれば、どうなると思う?」
そう聞かれたらリンリンもわかった。
自分だって、セインやオハナと赤ん坊のころから仲良くなったのはお互いの親が二人を会わせてくれたからだ。今では日常的に家や海へ遊びにいくのを許されている。
他の子だって、幼稚園や学校で出会って友だちになった。
毎日、登校しては顔を合わせ、『おはよう』と言い合って、授業を受け、給食もいっしょに食べ、休憩時間に遊ぶ。
それから学校終わりに『また明日』と手を振る。
それがリンリンにとって当たり前の毎日。同じクラスだからオハナも同じだし、学年はちがってもセインも似たようなものだろう。
だが、トントンが言いたいのは『マリンにとっては、それは当たり前ではない』ということ。
マリンは友だちをつくる機会を奪われていた。
だから、これまで友達がいなかった。
あの日、リンリンたちと出会うまで。
「マリンを育てたおじいさんは、どうしてそんなことをしたの?」
リンリンが聞いてすぐにトントンは答えてくれた。
まるで最初から答えを知っていたかのように。
「彼女に友だちを作ってほしくなかったのさ。友だちがいるなら、マリンの暮らしぶりを知ればすぐに『変だよ』と気づくだろうし……。
そのおじいさんは、『友だち』がいかに自身の障害になるか知っているんだ。きみのお母さんを追いかけていたころからね」
「おじいさんもママを知っているの?」
「ようく知っているとも。……きみのママ、きれいだからね」
トントンはリンリンの顔をもう一度見つめる。
「本当に目もとは彼女にそっくりだ。遺伝子とはすばらしい」
「何を言ってるの? ぼく、マリンのことが心配だよ」
「ああ、ごめん。それは、私もだよ……。
だからマリンをおじいさんのもとから連れ出したんだ。とてもじゃないが、健全な環境だと言えないからね。
今、彼女はこれまで奪われていた機会を取り戻そうと頑張っているところさ」
ふと、トントンがリンリンの両肩へそっと手を置いた。
先ほど話を脱線させたものの、真剣な目をしている。
「だから夏のあいだは協力してあげてほしいんだ。マリンに、初めて友だちと過ごす時間を思い出として残してやってほしい」
リンリンは、彼が本気で頼んでいるとわかった。
コクリと首を縦に振る。
「ぼくも、たくさん思い出つくりたいな。まだまだやりたいこと、いっぱいあるんだもん。
今日はそのために来たの!」
リンリンの力強い返事にトントンが微笑んだ。
「頼もしいな。リトルプリンス・リンリン」
その笑みはこれまでと違い、顔全体で笑ったかのようにリンリンには見えた。
話し終わるとトントンがくるりと背を向ける。ひろい背中だった。
「さて、みんなのところへ案内してあげよう。特等席だよ」
リンリンはトントンの背に覆いかぶさり、首に両腕をまわす。
トントンの背中はひんやりしていて暑い夏に心地よい。
キッキもリンリンの足をしっかり抱える腕に飛びついた。その瞬間、トントンが立ちあがる。
「たかあい!」
リンリンがはしゃぐと、トントンがわずかに目を向けてきた。
「お気に召したかな」
「うん、うん! パパとおんなじくらい高いよー」
リンリンの言葉に、トントンが『へぇ』と漏らす。
「あのボンボンがそんなに背が伸びたのか。写真では見たけど、どれほど大きくなったかまではわからなかった」
「パパ、昔は小さかったの?」
「今のきみよりは大きかったけどね。私の肩ぐらいの背丈だったかな……元気な男の子だったよ。落ち着きがなくて走り回っていた」
それを聞いて、リンリンはパパの言っていた『繊細な美少年』はやはり嘘だったんだな、と悟った。キッキもウンウンと首を振っている。
トントンが昔のパパのことをもう少し教えてくれた。
「なぜか目の敵にされていたっけ。理由は、まあ、わかるけれども。
ああ、きみのママは昔からきれいで優しくて、凛とした女の子だったよ」
「そうなのー? ママ、今もきれいだよ。いつもギューってしてくれるの。パパも、おばあちゃんもだよ!」
リンリンが言うと、トントンは背中ごしに、
「きみは家族からとても愛されているんだね」
とよこした。
顔は前を向いていたので、リンリンからは銀髪の後ろ頭しか見えなかった。
好きなキャラクターを教えてください(原作キャラは含みません)
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リトルプリンス・リンリン
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キッキ
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オハナ
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セイン
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マリン
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ヤーブレとカーブレ
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リンリンのおばあちゃん
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リンリンのおじいちゃん