食事が終わり、食後の紅茶に舌鼓をうちながら私は今朝の一幕についてひとしきり話し終える。
すると対面の席に座った彼女はクスクスと笑った。
「そうやって楽しくコメディチックな朝を過ごしたわけね」
「楽しかったわけではない」
私のため息混じりの声も面白かったのかマーゴは手を口に当てクスクスと笑い続ける。
昼下がりの食堂。この部屋でマーゴと私は2人で食後のお茶会に興じていた。
昼飯の内容はサンドイッチ。マーゴのお手製だ。
マーゴは今ある余り物で作ったと言うが、余り物で作ったにしてはベーコンや色とりどりの野菜を使った妙に豪華なものであった。昔と違い食料が困窮しているわけではないがこんなに贅沢に使っていいものだろうか?
一言忠告したくなったが、作ってもらった身で口うるさく文句を言うのは正しくはないだろう。そんな思いと共に齧り付いたサンドイッチはなかなか美味であった。
ワタシはお茶会が好きだ。様々な事を楽しく話し合う事ができる。
本当ならもっと大勢で行いところだが、いつもなら皆で昼食を食べるはずが、今日は各自やる事があるらしくマーゴと2人だけになってしまった。他の皆はともかくエマたちは一体いつまで姦しく戯れあっているのだろうか...
3人の事で思わず再びため息をつきながら、ティーカップを口に運ぶ。
ため息混じりの声で枯れていた喉が紅茶によって潤うのを感じる。
前はこんな食後の一杯を楽しむ事などできなかったが、こうして誰かとお茶を飲む事ができる幸福に心が温かくなる。
そんな私に暖かさを分かち合っている相手、マーゴは満足するまでひとしきり笑い私に問いかけてきた。
「それで?一体なにをエマちゃんに相談しようと思ったの?」
私が代わりに聞いてあげるわ、とでも言いたげに彼女は言う。
実際その通りなのだが、エマに聞くのとマーゴに聞くのでは心情的に重さが変わってくる。
だが、まぁ、答えてくれるかはわからないがマーゴに聞いてもいいのかもしれない。
私は少し勘案した後、マーゴに対して口を開いた。
「少々厄介ごとに巻き込まれていて」
「厄介ごと?相談に乗ってあげましょうか?」
「詳しく内容を言えないがそれでも?」
「別にそれでもいいわ。最近ちょっと暇してたの。変なカードとクイズを作るぐらいには」
そうマーゴは言うと懐から1枚のカードを取り出した。市販品と言われても違和感がないぐらいに作られたカード。『なんか違う裁判』を説明する際に使用するカードだ。
それをペン回しのように指でクルクルと動かしてウインクと共に私に一枚差し出した。
その動きは可愛らしさを感じると共に妙な妖しさを感じさせる。
私はそれならばと、カードを受け取りながら彼女に対して口を開いた。
「皆が巻き込まれているかもしれない一連の事件について悩んでいる」
私の夢の中の裁判を暗喩する言葉に対してマーゴはエマと違い、驚きもせず表情も変えない。
「そんな事起こってたのね。気がつかなかったわ」
そう言い切る彼女の態度は動揺も異変も感じさせないものであった。
流石だな。
そんな感想が自然と湧き出る。
もしかしたら、彼女は私が気がついている事を事前に知っていたのかもしれない。ならば話を続けよう。
「その事件について、ある程度解決の目処はついている。」
「流石ね。それなら別に私に相談する必要はないんじゃないかしら?」
「かもしれない...だが正直、この事件は君が全てを話せば解決するのではないかと私は睨んでいる」
「あら、突然突飛な発言ね」
「突飛ではない」
私はそう言い切り、ここ数日を思い返す。
実際マーゴの動きは怪しい。
最初の1日目、粗相をしてから図書館に篭って調べ物をし始めた。
前提としてマーゴが最初の被害者だ。それは最初のおねしょの被害者である事から間違いはないだろう。
そしてそれは最も早く夢の中の記憶を持ち出せた人物である事を意味する。故に図書室で籠り、情報を収集したのだろう。その情報がどうやって生かされたかは夢の中の記憶を持たない私にはわからない。
だが、マーゴがその機会を無駄にするわけがないという信頼がある。
その機会を存分に夢の中の裁判で使ったはずだ。
ここまでは彼女の行動に怪しい点はない。
だがそれ以外に不審な点がある。
『なんか違う尊厳裁判』で使われたカード
そして、地下の人物
二つの不審な点
思わず手元のカードを見下ろす。
...まずはここから聞くとしよう。
「マーゴ。このカードなのだが昨日ミリアと一緒に遊ばせてもらったよ」
「あらそうなのね。楽しかったかしら?」
「ミリアがお腹を壊してしまって途中までしか遊べなかった」
「最近皆、よくお腹を壊してるわね。食生活の見直しが必要かしら?」
マーゴは楽しそうに微笑む。
明らかに原因が分かっているだろうに、随分な態度だ。
色々と言いたくなるが、ゴホンと一息咳払いをして私は彼女にカードと疑問を突きつけた。
「このカードいつ作った?」
『なんか違う尊厳裁判』で使われたカードや小道具。これらをマーゴは何処からともなく用意をしている。
手元のカードを見る。まるで市販品のようにしっかりとしたカードだ。
一体これはいったい何処から用意したものなのだろうか?
そんな私の疑問にマーゴは答える。
「図書室に篭っている時に作ったわ」
簡素な返答。だが声色や表情、態度で彼女を推し量ることなど出来はしないと、記憶がワタシに教えてくれる。
私は質問を続けた。
「この市販品のように綺麗に寸断されイラストも描かれたたカード達を?」
「そうね用意自体は簡単だったわよ。すぐに作れたわ」
「図書館にこんなカードを作れる道具なんてなかったと思うが」
「私手先が器用なのよ」
「君が器用なのは知っていたがそこまでとは知らなかったな」
「これからは覚えておいてちょうだいね♡」
「...」
「それで、次の質問は?」
マーゴは楽しそうに私の言葉を催促する。
ここまでのらりくらりと良くもまぁ返事をしてくれるものだ。
なら次の質問だ。
「君が図書室の本を別の場所に運んでいると言う話を聞いたのだが」
昨日エマとの会話で出てきた謎の人物。
その人物のために彼女は地下に本を運んでいた。
それは何故?そしてそれは誰だ?
そんな私の疑問も彼女は軽々と答えた。
「地下に匿っている子がいたの。その子が暇にならないように持って行ったのよ」
その人物がいた事を隠す事すらしないマーゴの態度に少し驚く。
「...随分とすんなり白状するな」
「別に隠しているわけじゃないもの」
「なら何故匿っている?」
「秘密♡」
「その人物は誰だ?」
「それも秘密♡」
「その人物は今何処にいる?」
「これも秘密♡」
「マーゴ...君は最初から私の質問に答える気がないな?」
「ちゃんと答えてるわ。ひ み つ ってね♡」
「それを答えているとは言わない」
「偽証するよりはいいんじゃないかしら?それに相談に乗るとは言ったけれど、質問に答えるとは一言も言ってないわよ?」
「...」
詐欺師のように口がよく回る。
思わず頭に浮かんだ悪態のような言葉。
そんな私の考えが表情に出てしまったのだろう、マーゴは私の表情を見て面白いのか再びクスクスと微笑う
「なにがおかしい」
不機嫌さを隠しきれない私の声にマーゴは笑みを隠さずに答える。
「こうして貴方と問答していると、あの時と今の違いが分かってしまって、それが少し可笑しいの」
「あの時?」
「魔女裁判」
たった一つの単語で、マーゴとの魔女裁判での一連の記憶が頭に浮かび、思わず私は顔を顰めてしまう。
「...楽しい記憶ではないのだが」
「でも大切な思い出の一つよ。宝生マーゴと二階堂ヒロの大事な記憶」
「...」
「だから、今の問答と過去の問答の違いを自覚して少し面白くなったの。意外と違うのねって」
違う?
マーゴの可笑しな言い回しに首を傾げながら私は答える。
「それはそうだろう。あの時と今では状況も信頼関係も全く違う」
「そうね。私もそう思うわ」
マーゴはそう言い切り、ティーカップに口をつける。
そして一息つき、マーゴが話を変えてきた。
「私、今ちょっとしたゲームをしているの」
「ゲーム?」
私が首を傾げるとマーゴは話を続ける。
「そう『なんか違う裁判』の元になったゲーム。内容を詳しく聞きたいかしら?」
「...」
彼女の望むまま私が詳しく聞けばマーゴがトイレに行く事になるのにも関わらずこの物言い。
思わずジト目になり私は首を横に振った。
改めて言うが、私は友人をトイレに叩き込む趣味はない。
私の行動にマーゴは残念そうに首を傾げた。
「つれないのね」
「聞いて欲しいのか?」
「貴方にその趣味があるのなら。それも『愛』なのでしょう?」
その答えに思わず顔を顰める。
「---君が言うと冗談に聞こえない」
「あら、ごめんなさい」
私の表情で察したのかマーゴは素直に謝ってきた。
彼女が自傷的な振る舞いをするのを私は止める事はできないし、それをとやかく言う資格はない。
だがそれをマーゴ自身がどうにかしようとしている姿に少しホッとしてしまう。
「別に君自身が気にしていないのなら大丈夫だ。それでそのゲームをしているからなんだ?」
マーゴの内面について話すのが今ではないのは確かだ。故に話を変えるように振った私の催促にマーゴはしょうがないわねと言いたげな表情で話を進めていく。
「そのゲームが始まってすぐにある事にいち早く気がついて。ちょっと探してみたのよ」
「それで?」
「あら?何を探したのか?って聞かないの?」
「君は答えないのだろう?」
「ふふっ、残念。これは答えてあげる」
拗ねた子供を微笑ましく見るような視線をマーゴが向けてくる。その視線に私は煩わしさを感じながらマーゴを軽く睨んだ。
マーゴはそんな視線に怯えもせずに続きを口にした。
「探したのは、私が匿っていた人物」
「それは、君が粗相をしてすぐか?」
「そうね。すぐよ」
マーゴが頷く。
やはり...か
私はマーゴの言葉に納得し、私が仮説を立てた前回の裁判での吊り回避の方法が正解していたのだと確信する。
マーゴが粗相をしてすぐ。つまり第1回の裁判が終わってすぐに彼女はこの牢屋敷でその人物を探し始めた。
それは何故か。
恐らくその人物が裁判にいるのなら、この牢屋敷にもいるのだと、そして裁判にいるのなら参加者なのだと、彼女は認識したのだ。
「それで、見つけて匿ったのか?」
私はマーゴに話の続きを催促する。
今の発言はとても重要な発言であった。だがそれ故に、何故彼女が匿ったのかがわからない。
そんな私の疑問にマーゴはすぐに答えてくれた。
「そうね呆気なく見つけたから話を聞いて---どっちにも協力する事にしたの」
...は?
「----どっちにも?」
思わず聞き返えすと、マーゴは何事も無いように返答した。
「そう、私達側と『魔女』側、どっちにも」
マーゴはそう言い、手に持ったティーカップを机に置く、その動きは動揺を表す震えなど一切なくいつも通りの仕草で行われ、今の発言の重大さを一切感じさせず、ただ世間話をするかのような話し方だ。
だが、話した内容の重大さは軽く流せるものではない。
彼女は今なんと言った?
『魔女』に協力?それは『名無しの魔女』に協力していると言う事だろうか?そうなのか?彼女の言い分をそのまま信じるのならそうなのだろう。だが、待てどういう事だ?
突然の暴露に頭が混乱する。しかしマーゴは何事もないように---いや、違う。いつも誰かを揶揄っている時と同じように私を見つめながら軽く頭を下げた。
「だからね。私はこれ以上貴方達に協力できないわ。ごめんなさいね」
「いや、まて、そうじゃない!」
「あら?謝らなくてもいいの?」
「違う!そうじゃない!今の発言はどう言う事だ!?」
「今のって?」
「私達側と『魔女』側、どっちにも協力すると」
「そうね」
「そうね、ではない!それはどういう事だ!?」
「詳しく話してもいいの?」
「当たり前だ!今の発言はあまりにも...!」
「本当に?」
「----っ!」
マーゴの際確認に言葉が詰まる。
より詳しく聞けば、マーゴもミリアやナノカと同じ様にトイレに駆け込む事になるだろう。
それがどうした?
別に死ぬわけではない。それで情報を、今マーゴがしゃべった事を全て聞ければそれが正しい行動なのではないだろうか?何せ彼女の今の発言は何らかの重要な事を知っていると言う事。確かに詳しい事を言えば罰を受ける事になるが、彼女自身が裏切りの発言を堂々としたのだ。それ相応の罰を受けるのは正しい事だ。
そんな考えがワタシの頭に浮かぶ。
だが逆に私の心は違う答えを導き出す。
それは『何かを得るために何かを犠牲にしたくない』と言う思い。
たとえそれが生死に関係がなく羞恥心と乙女心だけを犠牲にするものだったとしても、その選択を私はしたくはない。それが魔女裁判を乗り越えた私の記憶。
ゆえに
「いや、詳しくは...話さなくてもいい」
私はそう決断した。
過去のワタシならばこんな決断はしない。間違っている。私らしくない。そう思う。
だが、今の私にはその決断はできなかった。
「ふぅん」
そんな私の決断に、マーゴは何かを納得するように軽い相槌をうつ。
予想外の言葉を発した事に驚くわけではなく、私に自身の望む言葉を吐かせた事に喜ぶわけでもなく、ただ納得するように彼女は相槌をうつ。
「随分不遜な態度だ...な」
思わず吐き出した私の険のある物言いは途中で途切れる。
何故ならば視界にマーゴは微笑む姿が見えたからだ。
その笑みは先ほどまでの揶揄うような笑みではなく、ごく稀に彼女が見せる優しげな暖かさを見せる笑み。牢屋敷で介護をしている心を壊した子達に見せる笑みに近い。
彼女が何故私にそんな表情を見せるのか。わからない。だが彼女が意味もなくそんな表情を見せるとは思えない。
「やっぱり貴方はそういう子なのね」
マーゴは私を見つめ、そう結論づけた。
その結論が何を意味するのかわからない。故に私は問う。
「何がやっぱりだ?」
「気にしないで、ただ私も知りたかっただけだから」
そうマーゴは言うと、彼女はティーカップをサンドイッチが乗っていた皿に乗せ、それらを持ち席を立つ。
もう話は終わりと言いたげな彼女の行動に、話はまだ終わっていないと引き留めようとするが、彼女は空いた片手で指を1本立てた。
「そのお返しに1つ教えてあげる」
その言葉に私は動きを止める。
それを認識したマーゴは話を続けた。
「彼女を匿った理由は、どちらにも協力しているから、そして彼女の存在自体が夢のネタバレになってしまうから」
「存在自体が?」
「そう。見られちゃうだけでネタバレ」
ネタバレ。
それは夢の内容がバレてしまう事を意味するだろう。
つまり。
「見られるだけで、トイレに行く?」
「そうね」
「どちらが?」
「ネタバレした方に決まってるじゃない。ミリアちゃんとナノカちゃんの時、貴方はトイレに行かなかったでしょう?」
「そうだな...地獄か?」
「地獄ね」
そんなえげつない事になっていたのか?
マーゴの答えに顔が引き攣り、匿われた彼女の凄惨さに顔が引き攣る。
だがそれと同時に1つの疑問が湧き出る。
違うと願いながら私は最後にマーゴに問う事にした。
「マーゴ。最後に1ついいか?」
「しょうがないわね。何かしら?」
「その情報。どうやって手に入れた?」
「実際に検証したからに決まってるじゃない」
マーゴの答えに私は天を仰いだ。
白い2人の人物が頭に浮かぶ。被害者がどちらかはわからない。だが、哀れな結末を迎えた彼女に私は静かに涙せずにいられなかった。
「ちなみに彼女は今裁判所にいるわよ?」
「ここまで聞いて会いに行くと思ったか」
私の叱責にマーゴは可愛らしくペロリと舌を出す。
その舌が何故か私には蛇のような舌に見えたのは間違いじゃなかったのかもしれない。