なんか違う尊厳裁判   作:haguruma03

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転⑤『夢』

 

食堂を出て僅か十数歩。

たったそれだけの歩数で私の歩みは止まった。

 

「今否定したばかりだと言うのに...」

私の苦々しい声は虚しく響く。

先程宣言した言葉を裏切る様に私の足は自然とこの扉の前に来ていた。

自己嫌悪しながら目の前の扉を見る。

目の前にあるのは裁判所の入り口。私たちのトラウマの原点だ。

もうこの部屋で裁判が行われる事は無くなったが、牢屋敷にいる皆が好き好んでこの部屋に来る事はない。

 

故にこの部屋に隠れれば早々に見つかる事はないだろう。いざと慣れば地下施設へとつながる通路もある。

 

だから彼女もここに隠れたのだろう。

 

この扉を開けば彼女に会える。

だが、本当に会ってもいいのだろうか

その考えが私がこの扉を開けようとする動きを停止させる。

先程のマーゴの言葉が本当なら、今行おうとしている私の行動はこの部屋の先にいる彼女を辱める事になる行為だ。

今日何度目かもわからない決意なのだが、私は好き好んで友人をトイレに向かわせるほど鬼畜でもないし変態でもない。

故にこの扉を開ける事はしないのだが、会えるのならまた会いたいと言う私の気持ちが胸から溢れている。

この記憶から湧き出る思いは嘘ではないはずだ。会えなくても、互いに姿を見ず扉越しに会話ぐらいならできるのではないか?

もしその会話もダメなら、それは認識した時点で罰が起こると言う事だ。

その場合。すでに私は彼女の存在をマーゴから聞き確信した時点で罰が発生しているだろう。

つまり認識しているだけで罰は発生しないのではないか?なら会話ぐらいなら大丈夫なのではないな?

だが、それを事前に調べる手段はなく。失敗した場合、私は乙女の純情を踏みちぎる事になる。

 

それは、正しくない。正しくない行動だ。

だが、それでも、また会いたい。

私はそんな答えの出ない問いをウジウジ悩むという、私らしくない姿を晒してしまっている。

 

「どうしたの?こんな所で?」

 

そんな時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

声だけでそれが誰だかわかる。そういえば今日彼女と一度も顔を合わせていなかった。

私は振り返りながら返事をした。

 

「ただ少し悩んでいただけだノ...ア」

 

「そうなの?大変だね」

 

「大変なのは君だと思うが?」

 

私は呆れながら目の前のダンボールにそう告げる。

そこにいた人物、ノアは両手でダンボールを抱えていた。それも1つではない。2つもの段ボールを重ねて持っているが故に彼女の上半身を見ることができない。

『危ない』

小柄な彼女のそんな様子を見たら全ての人間がそう判断するに違いない

 

「大丈夫だよ?あんまり重いもの入ってないから」

 

目の前のダンボールはそう高らかに宣言する。

そんなわけないだろう

実際ノアの両手が少し震えており、足元もふらついている。

こんな状況の少女を無視するのは明らかに正しくない。

まったく。

 

「1つもらおう」

 

「えぇー」

 

私は問答無用で段ボールを1つ奪い去る。

耐えられないほど重いわけではないが、ずっしりとした重みを両手に感じる。

中身はなんだ?

チラリと見える段ボールの中身に目を向けるとそこには缶ジュースやお菓子などの軽食、そしてお絵かき道具がチラホラ。

 

「この荷物は何処から?」

 

思わずノアに聞くとノアは答える。

 

「ノア達の部屋だよ〜」

 

「部屋にこんなにお菓子を溜め込んでいたのか?」

 

「うん!」

 

「まさか、歯を磨いた後に夜中食べてたりはしていないな?」

 

「...うん」

 

「それどころかベッドでお菓子を食べ、食べカスを散らかしたりは?」

 

「してないよー」

 

「本当か?」

 

「うん!」

 

「今本当のことを言うなら軽く叱ろう」

 

「うん!やってるよ!」

 

「...」

 

「頭グリグリいやー!」

 

思わず手に持った段ボールをノアの頭に押し付ける。両手が塞がっているので拳骨の代わりだが、ちゃんと罰として機能している様だ。ノアと頭をイヤイヤと振っている。

 

全くあれほど言っていたのに、寝る前の歯磨きをしなければ虫歯や歯周病が悪化し、ながら食べやベッドでの食事は生活習慣として最悪だ。 成長期の彼女の体と心の発育に悪影響を及ぼす。健康を害する許されざる悪だ。

 

ゆえに叱らなければならない。

 

「うー、ひどいよー」

 

「酷くない。君が正しくない生活を送っているのが悪い」

 

「でもー」

 

「でもではない」

 

「ケチ」

 

「ケチでもない」

 

ノアがムスッとふてくされるが、いつもの事だ。無視して私は話を進める事にした。

 

「それで?この荷物をどこに持っていく予定だったんだ?」

 

「目の前の部屋だよ?」

 

「この部屋...裁判所にか?」

 

「うん」

 

「何故だ?」

 

「暇してそうだから、進行役ちゃんを...ユキちゃんをモデルに絵を描くの」

 

その名を突然聞いた事で手に持った段ボールを思わず取り落としそうになる。

だがなんとかしっかりと両手に力を入れて耐える。

 

「だいじょーぶ?」

 

「あ、ああ大丈夫だ」

 

ノアが心配そうに訪ねてくるのを私は何とか返答することができた。

ドクンドクンと脳に血液を送る為に心臓が拍動するのがわかる。

あっさりと。あっさりと彼女はその名を口にした。

確かに予想はしていたがここまであっさりと白状されるのは予想外だ。

 

思い出すのは「実際に検証したから」と言ったマーゴの笑顔。

検証したという事は実際に行われたという事だ。

確かエマは先日、マーゴによって隠れている彼女を引き合わされそうになったが出会えなかったと言っていた。これはマーゴが「誰かと出会うとネタバレになる』という事象は検証する為にエマと引き合わせようとしたという事だ。

だが『匿われた彼女』はエマと出会えなかった。しかしエマ以外の誰かとすでに出会い、『誰かと出会うとネタバレになり、地獄が起こる』事は検証された。

つまり誰かがわざわざ地下に行き『匿われた彼女』と出会ってしまったのだ。

地下牢に行く物好きは限られる。その中で最も可能性が高いのは。

 

「どうしたの?」

 

目の前で首を傾げるノア以外いないだろう

 

だが、そうだとしても、ここまであっさりと言われるとなんだか釈然としない思いが胸に溢れてくる。

 

 

「君は彼女に会ったのか?」

 

私はノアに尋ねる。するとノアはこくりと頷いた。

 

「そうだよ。どこでお絵描きしよっかなって思ってグルグルお屋敷を歩いてたら昨日会ったの」

 

「昨日か...」

 

「うん」

 

いないはずの彼女がいる事に何とも感じてないようにノアは頷く。

そんなノアに私は尋ねた。

 

「君は...彼女がいる事に疑問を抱かないのか?」

 

そんな私の疑問に対して、ノアは不思議そうに質問を質問で返してきた。

 

「ここはそういう場所でしょ?」

 

 

...やはりそうなのか。

ノアの言葉に納得する。昨日私が考えていたもう一つの仮説。この牢屋敷についての仮説は正しいのだろう。

いるはずのない人物がいる牢屋敷。メルルを除いた皆以外の姿が見えないこの牢屋敷。そして何より、皆で仲良く暮らしている牢屋敷。

そうだ、私の記憶では私は全てが終わった牢屋敷からたった1週間で元の場所に帰った。エマと仲良く牢屋敷で暮らしていたなんて記憶はない。エマと仲直りしたのは最後の最後なのだから。

 

つまり、この牢屋敷は

 

夢だ。

 

 

私達は夢の中の牢屋敷で過ごし、夢の中で新たに裁判の夢を見ている。

 

私はそう推測する。

だが夢だとしても、今この状況はリアルすぎる。今目の前にいるノアを含めて牢屋敷の皆が私の頭が作り出した夢の住人、想像の産物と思えない。

 

そんな私の思いを知らずにノアは話を続けていた。

 

「それでね。ノアびっくりしたんだ。そしたら進行役ちゃんお姫様みたいにお辞儀してきてね」

 

楽しそうに話すノア。

私はそんな彼女に新たに尋ねた

 

「進行役ちゃん?」

 

「うん、ユキちゃんって呼ぶと、今の私はユキではなく進行役だから〜て。昨日ずっとユキちゃんと話している時に何度も言ってくるの。変だよねユキちゃんはユキちゃんなのに」

 

プクーと頬を膨らまし不服そうにするノア。

進行役...ゲームを回しているゲームマスターみたいなものだろうか?

なぜ彼女がそう名乗っているのかは分からない。分からないが、ノアは昨日ずっとユキといたと言うことだ。

確かに昨日はお昼寝の後、彼女の姿を見なかった。いつもアンアンと一緒に行動しているかアトリエで絵を描いているので、アンアンと行動していないと言うことはアトリエに篭っているのかと思ったが、そう言うことか。

 

「なるほどな、君もそこで夢の裁判を自覚したのか」

 

私は納得し頷いた。

だがその納得はノアの疑問によってすぐに消えた。

 

「裁判?」

 

ノアが首を傾げる。まるで何を言っているのか分からない様に

まさか、知らないのか?

 

「もう裁判はおわったよ?何言ってるの?」

 

そんなノアの疑問に私は返答する。

 

「気がついてないにしても...ユキに教えられたりなどは?」

 

「なにが〜?」

 

「いや...なんでもない」

 

本当に何を言っているのか理解していないノアに私は首を振った。

 

今のノアの反応からして、ユキはノアに夢の中の裁判について教えていない。

それは何故だ?

進行役という役職に就いていることから、ユキも『魔女側』で、私たちと敵対しているが故にノアに情報を渡さなかった?本当に?

すぐには答えの出ない疑問が頭の中に乱立する。

混乱する頭を落ち着かせる為に1度目を閉じる。

するとノアの声が耳に入った。

 

「えぇ〜。なんか最近変だよー?」

 

ノアの疑問も尤もだ。彼女の視点からしたら私の行動は怪しいだろう。

詳しく話してもいいが、裁判を自覚していない彼女にどこまで話していいものなのか...

 

「すまない今度埋め合わせをする」

 

そんなその場凌ぎの私の言葉にノアは歓喜の声をあげる。

 

「え!本当!?何でもしてくれるの!?

 

「何でもとは言ってないが...ある程度のことは叶えよう」

 

「やったー!」

 

一度思考を止め、目を開けるとそこには嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるノアの姿がある。

微笑ましい彼女の姿に自然と頬が緩む。

 

するとノアは何かを思いついた様に動きを止めた。

 

「そうだ!じゃあユキちゃんと2人でモデルになってもらっちゃお!」

 

そう彼女はいうとトテトテと扉の前に移動し始める。

 

「ユキちゃんと2人並んだらとってもいい絵になると思うんだ〜!それにとっても面白いと思うの!ユキちゃんも昨日会った時も面白くて、お姫様みたいにお辞儀をしたと思ったら、突然ギュルギュル〜って音がユキちゃんのお腹からして、ユキちゃんがダンゴムシみたいになっちゃってね!その後ね...」

 

ダァン!!!

 

強烈な音が扉の向こうから聞こえノアの話が中断される。

まるで扉の向こうから誰かが扉を叩いたような音だ。

というか、叩いたようなではなく叩いた音だ。それもかなりの力で

 

私とノアは無言で扉に視線を向ける。

 

「...」

 

「...」

 

「...」

 

「...その後」

 

ダダァン!!!

 

「...」

 

「...その」

 

ダダダァン!!!!

 

「...そ」

 

「そろそろ止めるんだノア」

 

「むぐぅ」

 

私は手に持った段ボールを地面に置き、ノアの口を塞いだ。モガモガと暴れるノアを抱えてこれ以上余計な事をするのを防ぐ。こらっ、手を舐めるな!

 

叱るように彼女を睨むとノアは不服そうな表情をする。

だが次の瞬間何かに気がついたように視線を別の方向に向ける。

 

その視線の先を辿るとそこは扉の下部。床と扉の隙間。

そこから一枚の紙がのぞいていた。

私はノアの口から手を離し紙を拾う。

 

『違う場所で話しましょう?』

 

紙には、そんな一文と共に牢屋敷のとある部屋に行く様に指定されていた。

その場所を見た私は思わず天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 






「初めまして、そして久しぶりですね」

透き通る様な声が扉越しに聞こえる。もう聞くことのできないと思っていた声、2度も亡くした大事な友の声が聞こえる。思わず涙が出そうになる。

「あら?返事がないですね。感動しているのですか?」

無邪気な彼女の声。昔と変わらないその声に私は口元を震わせながら声を出した。

「すまない。苦しい目に合わせて...」

「別に大丈夫ですよ...今は落ち着いてます」

少し苦しそうな友の声を、私はトイレの個室の扉越しに聞いた。
なんか違う意味の涙が目から溢れた気がした。





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