ポーン
聞き慣れた投票が終わった音が裁判所に響く。
あまりにもあっけない一連の騒動の幕切れ。
だがそれよりも、もう乙女の尊厳が穢される事がない事に安心しているのであろう。
皆、何も喋らずその音を聞き入っている様であった。
投票がされたことを確認したユキ...いや『成り代わりの魔女』は端末を確認する。
「ふむ。ちゃんと私自身に一票入ってますね」
ユキはそう言うと端末をポケットにしまいあらためて私達に頭を下げる。
その仕草は優雅であり、この裁判という劇の幕引きを彩るに相応しい姿であった。
「おめでとう。これであなた達の勝ちで…」
だが、そう綺麗に終わらない様だ。
「覚悟ぉ!」
「へ?きゃあ!!」
言い切る前に『成り代わりの魔女』にココが飛びつき、魔女は目を向きそのまま押し倒された。その動きは今朝エマをもみくちゃにした動きと似通っている。いやむしろ洗練されている気がする。
そんなココの止める間もない素早い行動に私は呆気に取られていると、一瞬のうちにココは魔女に馬乗りになり彼女を見下ろしていた。
馬乗りにされた魔女は冷や汗を流しながら踠くがどうしようもない。
ココはニヤリと口角を上げた。
「負けたってことはさぁ〜観念したってことはさぁ〜責任とってもらうって事だと、あてぃし思うんですけど〜」
楽しそうに話すココ。だがその目は笑っていないことは側から見てもよくわかる。
今までの事を考えると、まぁ、そうなるだろう。乙女の尊厳を破壊されたのだ。犯人が見つかったらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
そんなココに対して『名無しの魔女』は乾いた笑みを浮かべながら返答する。
「えっと…ココ。いったいなにを…」
「あてぃしは〜。乙女の尊厳をボロボロにされたんだよね〜」
「それは….でも安心してください。夢から覚めればそんな心の傷も忘れて…」
「あてぃしは忘れたくないよ?」
「ココ?」
「あてぃしは….絶対にこの復讐心を忘れない!!」
次の瞬間ココは『名無しの魔女』の服を掴み引っ張る。
つまり脱がそうとした。
「ーーーちょ、ちょっと待ちなさい!」
「いーやだね!『名無しの魔女』っちもあてぃしたちと同じ苦しみを味わえ!!」
「罰は受ける気持ちはあります。ですが、脱がすのは違うでしょう!」
「はぁー?なぁにが違うんですかー。あてぃしたちはもっと恥ずかしい思いを…妙に発育よくね?ユキっちの体、エロくね?」
「あら本当?…あら本当ね」
「マーゴ!?」
暴れる『名無しの魔女』。それを抑え追い剥ぎのように服を脱がそうとするココ。そしてそれに参戦するマーゴ。
現実でやったら強姦罪で捕まりそうなひどい光景だが、ここは夢である。夢ならば捕まることはないが…ひどい絵面だ。粗相をした事はよほど堪えたらしい。
呆れた目で3人を見つめていると、ついに『名無しの魔女』の上着をココが脱ぎ捨てた。あ、マーゴは靴下から脱がすのか。ニッチだな。ーーーそろそろ止めるか。
ため息をつきながら、彼女たちを止めようと証言台を降りようとしたところで、ナノカが動かないでと言いたげにジェスチャーを私に向けてきた。
その目ははっきりと私の動きを静止していた。その真剣な目に思わず動きを止めてしまう。
「手出しは無用よ」
ナノカのハキハキとした声。ココとマーゴを止めようとする私を止める動き。
ココたちのこんなやり方は彼女は好かないと思っていたのだがどうしたのだろう?
眉を顰めながら私はナノカに疑問をぶつけてみる事にした。
「こういった事は私以外だと君が止めそうだと思ったのだが…意外だな」
「確かに、普段なら止めたかもしれない。でもそれほどまでに高校生におねしょは辛いものがあるわ」
粗相の日を思い出したのだろう、ナノカの目が怖い。下手な事を言うと巻き込まれそうだ。
だが、ここで引き下がるのは正しくはないだろう。
ナノカの後ろがより酷いことになっている。そろそろ止めねば。
「…それは、そうだが…だからやり返すと?」
「大丈夫。私がやりすぎないようにストッパーになるわ」
私を安心させるように自信を持ってナノカが返答してくる。
信頼できる彼女の言葉であるが故に任せたいところではあったのだが….
「今スカートが脱がされ始めているのだが」
「…え?」
ナノカが振り返ると、そこにはスカートに手をかけているマーゴとココの姿。
「待ちなさい!!あなたたち脱がすのが早すぎるわ!そこまでする予定は…!!」
「予定?ナノカちゃんはどこまで脱がす予定だったのかしら?」
「え?あ…その」
「やーいナノカのえっちー!」
「ち、ちがっ!」
「謝りましょう。今までの事は謝りましょう。ですからスカートだけは…」
「大丈夫よ♡すぐに気持ち良くなるから♡」
「やめなさい宝生マーゴ!インモラルよ!」
わちゃわちゃと、4人が喚く。それに釣られて周りの皆も思い思いに動き始める。
「えっと…そこまでにしといたほうが、いいんじゃないかなぁっておじさん思うんだけど…」
「気にするなミリア。それよりもさっさと投票しよう」
「そうだね。まずは投票しようか。ノアくんもほら」
「はーい」
アンアン、レイア、ノア、遅れてミリアが端末を動かし始める。
「じゃあボクも投票するね」
「前から思ってたのですが、脱落した人も有効な投票券を持ってない人も、端末に投票ボタンが出るのって変な感じですねー」
「『名無しの魔女側』が投票する時に怪しまれない為のものなのかもね」
「なるほど〜。でももう『名無しの魔女』も誰かわかってるので、エマさん達投票券がないメンバーがボタン押す意味なくないですか?」
「そうかもしれないけれど...これがこの裁判の最後なんだし、記念でやろうよ!」
「エマさんはしょうがないですね〜」
「で、ではーわたくしは今から投票をしますわー」
「ハンナちゃん…すごい棒読みだよ…」
「緊張してますハンナさん?大丈夫ですか?緊張でお漏らししてませんか?」
「するわけないでしょう!!」
「漫才してる暇があったらさっさと投票しろって」
「ご、ごめんねアリサちゃん」
「桜羽は気にすんな。バカ2人が悪い」
「対応が私たちとエマさんで違いません?」
「今更だろ」
ハンナ、シェリー、エマ、アリサも端末を触り始める。
皆思い思いに投票を始めている。
すでに『名無しの魔女』の投票は既にされている。
未投票による全員処刑はもうあり得ない。
終わりだ。
これで勝負あり。この夢の裁判が今終わりを迎える。終わりなのだ。
基本ルール(5)『魔女』が投票で選ばれるか、『魔女』が目的を達成するまで裁判は続く。
つまり、『魔女』が投票で選ばれれば裁判は終わる。
今まさに進行役、いや『成り代わりの魔女』に票が集まり選ばれる。
選ばれれば裁判は終わる。
もう勝ちは揺るがない。
魔女が選ばれる。1人の魔女が選ばれる。
1人でも選ばれれば裁判は終わりなのだ。
裁判が終わればもう魔女を吊れる手段はない。
勝利を確信し、私は端末を触る。
投票先はもちろんユキ。
できるなら完全勝利を収めたかった。だがそれは余りにも欲張りな願いだ。悔いはあるものの今はただ目の前の勝利に手を伸ばそう。
私は内に秘めることのできない高揚感に動かされ、ボタンを押す。
わずか数秒の投票確定までの時間がいじらしく感じられる。
集中してるが故に端末が放つ、ジリジリとした嫌な音しか耳に入らない。そんな音と共にボタンのゲージは進んでいく。
そのゲージに視線が集中する。数秒にも満たないゲージの進み。それがとても長いように見えてくる。
ああ、勝ちだ。『ワタシ達』の勝ちなのだ。
内から溢れる高揚感は止まらない。
ニヤリと、二階堂ヒロらしくない笑みが思わず溢れる。
これで裁判は終わる。これで緞帳は降りる。
ワタシは勝った。
その確信を持った瞬間、端末からポーンという気の抜けた投票が確定した音が聞こえた。
緞帳は下りきっていない。
「投票したね?」
指が、止まった。
確信を持ったその声は私の動きを止めるには十分な一言であり、しっかりと私の耳に入る。
先ほどまでの皆の雑談が聞こえない、他に声がしない。突然の静寂に背筋が凍る。
「その笑み。ヒロくんを名乗るのなら最後まで秘めておくべきだ」
静寂が支配した舞台にレイアの声がよく響く。
それはスターとして、役者として、『私』の相棒としての忠告。
「役者は壇上を降りるまで、役を続けなくてはならない。ーーーそう私は忠告したはずだけどね?」
まるでクライマックスを彩るかのようなレイアの声。
そしてトップスターによって、閉まりかけた緞帳を再び引き上げる。
端末から目を上げると、そこには視線があった。
全員が私を見ていた。
驚愕、怒り、愉悦、呆然、納得、困惑。各種様々な表情で私を見ている。
そしてその中心に...彼女はいた。
ーーー計られた。
そう思った時にはもう遅い。
間髪入れず、ワタシはユキを見る。
そこには先程と同じココ達と戯れあっているユキの姿が...いや違う。戯れあいじゃない。ココ達は脱がそうとしていた服を使って、ユキの口を塞ぎ、目隠し、手を押さえている。
なぜ?ユキの行動を妨害するため
何の行動?ユキが情報を伝える為の行動。
何の情報?今ユキしか知らない情報。
ユキしか知らない情報ーーー投票数?
するとレイアは私に自身の端末の画面を見せた。
現在投票数2
皆思い思いに端末のボタンを押していたのにも関わらず、投票された数は2。ワタシとユキ以外の投票がない。
ーーー本当に皆ボタンを押していたのか?
疑念が脳内に浮かぶ。
思い返せばそうだ。ワタシは皆が確実にボタンを押しているのかなど確認していない。皆端末を触っていただけだ。
ワタシがやったのは高揚感に押されるがまま、ボタンを押しただけ。
冷や汗が背筋を伝う。
舞台はまだ終わっていない。
裁判はまだ続いている。
視線を上げる。
変わらず存在する皆の視線。
その中に一際ワタシの目を引く人物がいる。
彼女は普段の可愛らしい視線ではなく、鋭い視線をワタシに向けている。
その視線をワタシは、私は知っている。
その視線は真実を追求する為に生き残るために幾人にも突きつけ、そして罪人を処刑台に連れて行った鋭き刃。
そんな彼女はポツリと呟いた。
「基本ルール(5)だよね?」
「-------っ」
表情が歪みそうになるのを食いしばり堪える。
彼女は話を続ける
「基本ルール(5)が『魔女』を一人でも選ばれれば裁判が終わる事を意味するのなら、もしそうならボクたちは『名無しの魔女』を同時に吊らなければならない」
ゆっくりと、的確に、彼女は真実へと歩む
「だけどそれに気がついた時点で、どうしても二人を同時に吊る票数が足りなかったんだ」
だから
「だから、君のユキちゃんへの投票か、ユキちゃんの君への投票が必要だった」
ーーーーそのためのこの芝居か!
彼女の言葉の剣はワタシに深々と突きささる。
そして気がつく。今目の前で行われていた茶番劇の意味を。
もうこれは致命傷だ。深く考えずともわかる。
ーーーだが、まだだ。まだ私は終わっていない
わかっている。もはや、ワタシがやってはいけないミスをしてしまっている事を。
だが、だがそれでも私は諦めてはいけない。最後まで勝負を諦めてはいけない、もう逃げ道なんてないのだから。それに、どうせこれが最後の論戦なんだ。最後までーーやってやる。
ワタシはすでにボロボロになった私の仮面を再び被り、彼女と相対する。
「どういう事だ?何を言っているんだエマ?」
動揺を表す震えを握りつぶした私の問いに彼女…エマは私の瞳から一切目を逸らさず、言葉を突きつける。
「わかるはずだよ。そうだよねーーー『名無しの魔女』ちゃん」
桜羽エマの証言はまだ終わってはいない。