「おやすみなさい」
「ああ、おやすみエマ」
私はエマにそう告げると、ベッドの中に入りタオルケットを被る。
季節も夏に入り、気温は高い。窓を開けているおかげで涼しい風は入るものの、少し寝苦しいのは確かである。
寝返りを打ちながら、意識が夢に落ちるまでの間、今日の事を頭の中で反復する事とした。
まず、今日の朝からマーゴが図書室で立てこもり始めた。
原因は彼女の...その...おねしょだろう。
今日の出来事を整理すると、
まず早朝に自身がやってしまった事に気がついたマーゴは証拠を隠滅しようとしたが同室のナノカに見つかってしまう。
だが、ナノカはマーゴの証拠を隠すことに協力する事にしたらしく、役割分担をする事となったらしい。
それは事件現場の清掃と証拠の隠蔽。
ナノカが部屋の片付け及びマットレスの天日干し。マーゴがシーツとタオルケットの洗濯。
実に効率的な役割分担。
皆が起きてくる前に現場を綺麗にして事件を闇に葬る為に早さが必要だったマーゴにとって理想の選択だったに違いない。
己の粗相を友達にやってもらうと言う考えたくもない羞恥を除けば...だが。
それでもマーゴはナノカに手伝ってもらった。
洗濯を己でやったのは、最後の意地だろうか?
この計画でネックだったのはみんなよりいつも早い私の起床時間...だったのだが、その日に限って私はいつもより遅く起きると言う正しくない事をしてしまっていた。
故に最大の懸念点が取り除かれた彼女達は嬉々として証拠の隠滅という計画を推し進めた。
これなら他の誰にもバレない。そんな気持ちがあったに違いない。
だが、私達は知っているのだ。
何事も計画通りには行かないものだと、嫌と言うほどこの牢屋敷で学んでいる。
そう、いくら顕密に計画を練っていたとしても、どんなに完璧な計画を作っていても。イレギュラーは必ず起きてしまう。
今回のイレギュラー
それはノアとアンアンであった。
まさか、放っておくと延々と自堕落な生活を送るであろうノアとアンアンが朝早くから部屋を訪ねて来るなんて考えつかないだろう。
その話を聞いた私は、2人が規則正しく朝早く起きるなんて信じられずに耳を疑い2、3度本当かどうか聞いてしまった。
ノアは頬を膨らませて怒った。
私は謝った。
なお、そもそもノアは徹夜で絵を描いていて、寝ていなかった。朝が来て小腹が空いたから、アンアンを無理やり起こしてナノカにお菓子をねだりに部屋を訪ねたらしい。
私は怒った。
ノアは逃げた。
うん、この事は今は置いておこう。
そんなこんなで、部屋にやってきた2人は部屋の掃除をしていたナノカと鉢合わせる事となったのだ。
マットレスに書かれた日本地図(隠語)を消そうとしているナノカとだ。
もちろん事情聴取という名の詰問が始まるのは当たり前であり、色々混乱しているナノカがノアとアンアンの2人を相手にするのは分が悪いものだったのだろう。
何があったのかは当事者達が詳しく教えてくれた。
「ナノカ...それは...」
「違う...違うのよ夏目アンアン」
「何が違うと言うのだ」
「違うったら違うの...」
「...ナノカちゃん。おねしょしたの?」
「してないわ」
「なら、その日本地図は?」
「......」
「ナノカちゃんじゃないならマーゴちゃん?」
「あぁ〜...」
「やめなさい夏目アンアン。その『成る程』と書かれたパネルもやめなさい」
「マーゴちゃんじゃないなら、ナノカちゃん?」
「それ...は...」
「違うならマーゴだな。そのおねしょは」
「マーゴちゃん...」
「くっくっく。これはいい事を知ったぞ!今まで散々揶揄われた分やり返す事ができる!早速みんなにっ!」
「待ちなさい!」
「ん?」
「わた...しが...」
「ん?聞こえんな?」
「私が...やったの!」
「マーゴちゃんのベットで?」
「へ?」
「ん?どういう事だノア?」
「だってそのマットレス。マーゴちゃんのだよね」
「あ...ま、待ってちょうだい!城ヶ崎ノア!」
「一緒のベットで寝ながらおねしょしたの?」
「うわぁ...」
「やめて!ち、違うのよ!そんなアブノーマルなプレイしてない!」
「アブノーマルなプレイって?」
「え...?あ...」
「ノア。ここは帰ろう。わがはい達は何も見なかった。マーゴとナノカは2人仲良くしてただけなのだ」
「やめて!!!!!私と宝生マーゴはそんな関係じゃないの!!!」
「そんな関係?」
「秘密の花園ってやつかもしれん」
「違うの!ねぇ!!違うったら!!待って!!逃げないで2人とも!!違うもん!!」
逃げる2人とも、泣きながら追いかけるナノカ。
早朝にそんな騒ぎをされたら皆が、不思議に思い起きてくるのは当然だったのだろう。
そして、洗濯を終え部屋に帰ってきたマーゴの目に入ったのは、自分の部屋の前でいじけるナノカと私以外のその他全員。
そこからマーゴが図書室に立て篭もるのは僅か数分後の出来事だったらしい。
なんと...何と表現したらいいのだろうか
ただ言えるのは、もし私が正しい時間に起きてノアやアンアンよりも先にマーゴ達に出会えていればここまで酷い事にはならなかったのだろう。
結局マーゴは今日図書室から出てくる事はなかった。
一応、扉越しに力のない返事はしていたし、扉の前にあったご飯もしっかり食べていた。
彼女曰く少しそっとしておいて欲しいとの事だった。
それを告げた声はいつもの彼女らしくない、哀愁漂う声だったのが忘れられない。
全ては正しくない時間に起きた私が悪いのだ。
本当に悔やまれる。
すまないマーゴ。
懺悔の言葉を胸中で呟いているとゆっくりと思考がぼやけていくのを自覚する。
マーゴに悪い事をしたとはいえ、彼女も大人びた女性だ。1日時間を置いたら元の彼女に戻ってくれるだろう。
そんな期待と共に、私はゆっくりと思考をやめ、夢の中に意識を溶かしていく。
明日起きた時には解決しているだろう。
そんな他人任せな私らしくない事を考えながら、私の意識は...
「解決するわけないじゃないか!!!!」
自分への怒りと共に振り下ろした手が証言台に叩きつけられた。
バチンと音を立てて、軽い痛みが腕に走る。
昨日と変わらない、夢と思えぬほどリアルな痛み。現実と変わらぬ夢の中。
そう、昨日の続きだ。
悪夢の裁判の...いや
悪趣味な裁判擬きの続きだ
周りを見渡すとほとんどの仲間達が頭を抱えていた。
「わたくしは何でのほほんと、何もせずに1日を過ごしてしまったのかしら...」
「しょうがないですよハンナさん!マーゴさん以外みーんな、夢の中のこと覚えてなかったんですから」
「それでも、それでもですわ...」
「うぅわぁぁ!!なーんも対策できてないじゃん!あてぃしお漏らしとか死んでも嫌なんですけど!」
「もっと...穏便に...事態の収拾が出来たはずなのに...何で私は...助けてお姉ちゃん...」
「クソッタレじゃねぇか」
「これは...困ったね...」
各人、思い思いに悔いている。
それはそうだ。私達は何の対策もなく、昨夜見た悪夢の裁判の続きを見る羽目に...
いや、待て
それはおかしい。
ふと私は明らかな『矛盾』に気がついた。
目を見開き、彼女の証言が正しければ、昨日ここにいるはずのなかった人物に視線を向けた。
視線の先の彼女は困惑して辺りを見渡している。
まるで
何故ここにいるのか分からないかの様に
ここが何処だかわからないかの様に
初めての状態に困惑するかの様に
「気がついた?」
その声に導かれる様に発言者に私は目を向ける。
そこにはいつもの不敵な笑みを浮かべるマーゴがいた。
「これは...そういう事なのか?」
ある確信を持ってマーゴに尋ねる。
すると彼女は頷いた。
「そう。ちゃんと処刑するべき相手はいるわ」
やはり、やはりそういう事なのか。
マーゴという犠牲を出しながら続いた二日目。
やっとこの裁判が理解できてきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
一つの確信を元手に思考の海に沈みそうになるがそれが引き止められる。
「どうしたんだ?エマ」
「どうしたもこうしたも、処刑されるべき相手ってどういう事!?」
「その言葉通りだ。この場には処刑されるべき魔女、この夢の元凶がいる...!」
私は心のうちから湧き上がる怒りを持ってそう宣言する。
「物騒な事を言うんだね」
「事実だレイア」
「えっと...流石にこんな悪趣味な事をする様な子はこの中にいないと、おじさん思うんだけど」
「いいや、いる。この中に仲間ではない者がいる」
「なっ...!」
私の確信を持った強い言葉に皆が声をなくす。
ああ、気持ちはわかる。せっかく様々な地獄を乗り越え分かり合えたのに、この中に仲間ではない者がいるなどと、最悪な事を言われたら言葉もなくすだろう。
「ちょっと待ちなさい。流石にそのセリフは...」
「ノアっ!」
ナノカの言葉を遮り、私はノアを呼んだ。
するとノアはビクリと体を震わせながら私の方を向く。
ただでさえ混乱しているのに大声で突然呼ばれ、何故呼ばれたのかわからず混乱しているのがわかる。
すまないノア。だが、その姿で確証を持てる。
そんなノアに対して、私は頭に浮かんだ推測の確信を得るために口を開いた。
「なぁ、ノア。君は昨日の夜から今まで何をしていた?」
「え...またお説教?」
「いいや、今はそうじゃない。だけど大事な事なんだ。何が起きてるのか、ここが何処だかわからないと思うが答えて欲しい。」
困惑しているノアに優しく語りかける様に私は告げる。
するとノアはゆっくりと話し始めた。
「いいけど。昨日からでいいの?」
「ああ、それでいい」
「う〜んと。昨日ノアは夜更かしして朝まで絵を描いてたよ。それで怒られた」
「ああ、そうだな」
「その後はお腹空いて、アンアンちゃんを起こしてナノカちゃんの部屋に行ったらマーゴちゃんの事件があって、マーゴちゃんが図書室のお部屋に篭ったよ。その後ノア眠かったから早めに寝ちゃった」
「...徹夜をして、マーゴの騒動があって、その後に寝た。その言葉嘘偽りはないなノア」
「うんそうだよ。そしたらいつの間にかここにいたよ。...ねぇここで皆何してるの?また裁判?なんで?」
私たちが何をしているのか本当にわからない様なノアの疑問が私達に向けられる。
その言葉に、訝しんだココが口を開いた。
「...何言ってんのノアっち?ここは昨日の夢のところに決まって......あ」
「...そっか、ありえないんだ」
気がついた様だな。
ココが気がついたのと同様に周りの仲間達も1人また1人と気がついていく。
そう、ありえないのだ。
何故ならばノアは昨日徹夜をしていた。
だから、
ノアは昨日寝ておらず、夢を見ていない。
つまり昨日夢の中で行われた裁判にノアがいた事はありえないのだ。
それはつまり。
「あのノアちゃんは誰?」
エマの呆然とした声が響く。
その言葉にマーゴは頷いた。
「そう、あのノアちゃんはノアちゃんであってノアちゃんじゃない」
「進行役。貴様と同じ様な存在であり、そしてそいつが処刑すべき元凶なんだな」
私の言葉に、今まで沈黙を保っていた進行役はこくりと頷いた。
「その通りです。裁判のたびに参加者の1人は『魔女』になり変わられます」
「何故、話さなかった」
「聞かれませんでしたので」
「...貴様」
「それに話そうとはしましたよ?途中マーゴに止められましたが」
「...それはしょうがないだろう。マーゴだって自身が失禁する事を軽く告げられれば聞き返したくもなる」
私の言葉にアンアンはうんうんと相槌を打った。
「そうだな。しかも何故そうなったのかを知るのは処刑された者しかわからない。つまりマーゴしかわからない。ひどい処刑だとわがはいは思うぞ」
「率先して皆にバラそうとした人が言うと実感が湧きますねってシェリーちゃんは思いますね!」
「そ、それはしょうがないだろう!覚えていなかったのだから!それに皆に知られてしまったのは、わがはいだけが原因じゃない!ナノカが変な事を言うから!」
「なっ!?...それは夏目アンアン!貴方が私と宝生マーゴの関係を変な言い方するから!」
「誰だってあんな話聞いたら想像してしまうだろう!」
「こ、この変態...!」
「んなぁ!?そもそも最初から本当の事を言えばあんな大騒ぎにならなかったのだ!この、ポンコツ!」
「ポ、ポンコツ...でも!宝生マーゴのおねしょを隠す為にしょうがなかった」
「マーゴのベットでナノカがお漏らししたなんて言われたら、マーゴがお漏らししたよりも余計にインパクトが...!」
「ま、待ってよ2人とも!時間制限があるんだから無駄な話で時間を浪費しちゃダメだよ!」
「無駄!?ミリア!わがはいが変態呼ばわりされるのが無駄と言ったか!?」
「佐伯ミリア。私と宝生マーゴがおねしょな特殊な関係だと誤解されているの...決して無駄ではないわ」
「あ、あわわ」
「ミリア君、秘密の花園に不用心に入ると花の棘に刺されてしまう。気をつけたほうがいい」
「誰が秘密の花園よ...!」
「おねしょな特殊な関係って何だと思います?エマさん、ハンナさん」
「えっと...私達にはまだ早いかも...」
「そ、それは...こんな時に変な事を聞くんじゃないですわ!!」
「おい!お前ら!いかがわしい話じゃなくてちゃんと本題を!」
「ねぇ〜ヤンキー。いかがわしいって何がぁ?あてぃしも教えて〜」
「そ、それは...う、うるせぇ!」
裁判所内で議論が白熱していく。
いや、これは議論と言えるのか?
おねしょやお漏らし、いかがわしい関係なんて単語を含んだ激論を議論を正しい議論だと言っていいのだろうか?
いや、明らかに正しくない。議論ですらなく、ただの言葉を使った乱闘だ。
乱闘が白熱していくうちに幾人かはいつもとキャラが違って見える。
全く、いつものクールなナノカは何処に行ったのか。
しかも皆が今までの経験からこう言った話し合いに慣れている分、どんどん話が進み飛躍して明後日の方向に飛んでいく。
これもこの裁判が人死が出る物ではないという安心感がある故だろうか?
とりあえず、乱闘の中心であるアンアンとナノカを落ち着かせなければならない
あわあわと右往左往しているミリアを挟んで口論している2人に視線を向け、私はどうやって2人を止めるか頭を働かせる。
「なぁ、2人とも...」
「ねぇ」
一言
マーゴのたった一言が、裁判所に響き渡った。
その声は別に声量が大きかったわけでもない、普通の声であり、感情の赴くままに話していた皆の声にかき消されるほどの声量。
だが、なぜかその声は最も鋭く、最も重く皆の耳に入ってきた。
全員が口を噤む他ない。そんな『圧』があった。
あまり朝の事を掘り返すなと言う『圧』が
皆が黙った事を確認したマーゴが話を続ける。
「ねぇ皆、『その話』は置いておいて、『この話』を続けないかしら?」
「その言い方だと、どれが『その話』でどれが『この話』なのか全くわからない...すまぬ話を続けてくれ」
アンアンの言葉をひと睨みで黙らせたマーゴが微笑む。
私でも恐怖を覚える綺麗な笑みだ。アンアンも『ごめんなさい』と書かれたパネルを掲げている。
こほんとマーゴは咳払いをして仕切り直す。
「さてと、私は昨日起きてから図書室でずっと調べ物をしていたわ」
「ただ立てこもっていただけじゃなかったのね」
「そうよナノカちゃん、朝から伊達に図書室にこもってたわけじゃないの。だから1日かけて私が調べた事を皆に教えるわ。それにノアちゃんにも何が起こったのか説明しないといけないわね」
そうマーゴは言うと可愛らしくウインクをした。