私が敗北を認めた時、突如当たりが白い光に包まれ始める
「え?な。なんですの!?」
「おお〜勝利演出ですね!」
「おお!すごいぞミリア!ノア!」
「うん!すっごく綺麗だね!」
「わぁ〜すごーい!」
「なんか召されてるって感じで、あてぃし嫌なんだけど」
「まぁ悪くねぇな」
「お姉ちゃんにも見せたいぐらい・・・」
「ふふ。これでエンディングね」
「フィナーレさ!」
裁判所がそして私以外の皆が光の粒へと変わっていく。
美しく暖かい光景だ。
そんな光景をワタシはぼんやり見つめていると、ワタシにジェスチャーを見せる人物がいた。
レイアだ。
彼女はワタシにウインクして手招きをしている。
なんだ?呼んでいるのか?
疑問に思う。だがその手招きは周りの皆に見えない様な小さいジェスチャーだ。
いったいなにを・・・・・ああ、そういう事か。
ワタシは彼女の意図がわかり、思わず苦笑する。
どうやら彼女は本気でワタシを役者へと導きたいらしい。
ワタシはそんなレイアの要望に応えるために、大袈裟に手を広げ皆に対して腹から声を張り上げる。
「おめでとう!!君たちの勝利だ!」
皆がワタシを見る。これがワタシの最後の舞台。ならばしっかりと劇を終わらせなければならない。
「お陰で君たちの友情を強さをワタシは知ることができた!!」
一世一代の大舞台。ワタシは声を張り上げる
「そして安心してくれ、このまま君たちは現実で目を覚ます。そしてそこでは何も覚えておらず粗相もしていない」
終わるのが惜しく感じられる。だが終わらなければならない
「ルールに書いてあった通り、この夢の傷はあらゆる意味で『傷』が現実世界に持ち越されることはない。安心して目覚めてくれ」
言わなければならないことはいった。
あとは最後の言葉をワタシは心から、彼女達に向けて送る
「ありがとう」
ワタシは誠心誠意、お辞儀をする。
「この尊厳裁判に付き合ってくれて。そして魔女裁判を終わらせてくれて」
辺りが光に覆われていく。
「本当に、ありがとう」
その言葉を・・・もう会うことはない皆に送った。
数秒のテンポを起き顔を上げる。
そこには、真っ白な霧に囲まれた広い空間が目の前に広がっていた。
裁判所などどこにもない。真っ白な空間。
ここは夢の狭間、夢と現実の間。
今夢が終わり現実へと戻っていく。夢の中の世界が霧に溶け消えていく。
長い長い夢が、今終わろうとしている。
まだ夢が完全に消え去るには時間がかかるだろう。
私は指をパチンとならす。すると目の前に小さなテーブルと2つの椅子が現れる。
魔女因子はほとんどなくなったとはいえ、私の夢だ。最後にこれくらいのことはできる。
夢の中では意識すれば望むものはすぐに手に入る。おそらくマーゴも『なんか違う尊厳裁判』のカードを作る際に同じ手を使ったのだろう。
楽に作れたわけだ。なにが「手先が器用なのよ」だ。
マーゴの過去の発言に苦笑しながら私は出現させた椅子に座る。
それにしても、無意識に二つ椅子を出してしまった。どうやら私は最後まで1人でいるのが怖いらしい。
自らを呆れ、ため息と共に椅子に座り私は目を瞑った。
時間はまだある。他にやることもないのだ。ゆっくり考えることぐらいしてもいいだろう。
そんな考えとともに私は思考を巡らせる。
負けた。負けてしまった。
卑怯と言われても仕方がない手まで使ったのに完膚なきまでに負けてしまった。
悔いがあるか?と問われると。もちろんある。だが悔しさはない。清々しさもない。
ただあるのは、やはりそうなったかという傍観のみ。
私は心のどこかで最初からわかっていたのかもしれない。
牢屋敷から逃げ出そうとしバスタブの中で血の海に沈んだ私が、最後まで逃げ出さず戦い勝ち抜いた彼女達に勝てるわけがないと。
どうしよう結論が出てしまった。
わずが数秒しか持たない私の思考。
こんな脳だからあんな拙いルールしか思いつかないのかもしれない。
実際のところ今思い返せばあの裁判。ミリアが名付けた『なんかちがう尊厳裁判』はもっとうまい勝ち方などたくさんあったのかもしれない。
もっと…こう…なんかみんなびっくりするみたいな…はぁ
またため息が出る。
たとえ二階堂ヒロや様々な少女達の仮面を被り記憶を知ろうとも頭自体が良くなるわけではない。小説家は自分より頭のいい存在を生み出せないのだ。
そんな現実に少し打ちのめされてしまう。
思わず天を仰ぎ見るが、そこに広がるのはただの真白い空
そこまでの遠くが見え、それと同時にどこまでもなにもない。
いや違う。よく見れば所々に真っ黒な穴が空いていっているのがわかる。ところどころに現れたそれはゆっくりと大きくなっている。
あれは夢の終わりなのだろうな。
何となくそう思う。夢の終わりが近づいてきたのだ。
夢から覚める時、さきほどの皆の様に光の中へ消えていくはずだ。ならあの真っ黒な穴に落ちた時どうなるのだろう?
ゾワリと怖気が走る。
怖い。でも、それでも良いのかもしれない。どうせワタシはもう終わりだ。
ふぅと一息つく。
もうみんな目が覚めた頃だろうか。
ヒロとして関わった時間はそれほど長くはない。だがみんなとの時間はとても楽しかった。
逃げ続けてきた私にとって宝物のような時間だった。
それもこれで終わり。
最後は一人ぼっちで終わる。
それがワタシの…魔女の最後の運命なのだろう。
雲も空も太陽も月も何ひとつない穴だらけの白い空。
雨雲もないのに雨粒が頬を伝う。
ああ。ワタシは最後まで1人だった
音が一切しない虚無の空間の中ワタシは独白する。
聞こえるのは自らの呼吸音と足音だけ….足音?
聞こえるはずのない自分以外の音。
虚無の空から目を音の方向に向ける。
そこには地平線までなにもない白い空間が広がっているはずだった。
だがそこには1人の少女がいた。
少女の存在に私は目を見開く。
ああ、あの時と最初に出会った時と一緒だ。
違うのは彼女の表情。あの時のような泣き顔ではなく、優しく微笑んでいる彼女の表情がそこにある。
「隣に座ってもいいかな?」
ワタシの最初の友達。桜羽エマがそこにいた。
呆然としてしまう。いるはずのない人物がここにいる。
一瞬自分が作り出した夢の中の幻覚かと思った。だが違う、この夢を作り出している本人だからわかる。彼女は本物だ。本物の桜羽エマがここにいる。
「どうしてここに…」
もう裁判は終わり夢から解放されたはずなのにまだいるエマに私は呆然とするしかなかった。
魔法のエラー?私が無意識に夢に取り込んでしまった?
そんな恐怖が湧き上がるが、エマは首を横に振った。
「君のせいじゃないよ。ちょっと進行役ちゃんに手伝ってもらっただけだから」
「大魔女の残滓が?」
「うん、最後のお節介ですって」
にこやかな笑みのまま彼女は私の隣に座る。
遠慮もなく座るその姿。普段は何事も遠慮し躊躇し行動するのに、進むべき時は躊躇なく進むその姿。
多くの記憶の中で多くの人が魅了されたその姿に思わず苦笑してしまう。
「まったく記憶通りに、君は遠慮しない時は本当に遠慮しないな…桜羽エマ」
私はそんな姿に気を取り直し、ヤレヤレと首を降りながら両手を挙げた。
驚きはしたが嬉しくもある。1人で延々と悩むのはもう飽きた。最後ぐらい付き合ってくれる友人がいるというのは幸運な事だと自分を納得させた。
そんな思いと共に行われた二階堂ヒロならばやらなさそうな仕草を見たエマは微妙な顔をしている。親友のやらなさそうな事を親友と全く同じ声と姿でされてはそんな表情にもなるだろう。
そんな少し滑稽な表情の彼女にクスリと笑みが溢れるが、まず私は彼女に謝ることとした。
「すまない。この姿を続ける事にいい顔をしないだろうが、もう少し我慢してくれると嬉しい。一度その人物に成り代わると中々元には戻れないんだ。いいかな?」
「う、うん大丈夫だよ。でもその姿で桜羽エマって呼ばれるとちょっとびっくりするかな。だからエマでいいよ」
「了解した」
私はそう言い指をパチンと鳴らした
すると机の上にコーヒーが入ったティーカップが二つ現れる。
ワタシが一つ促すと彼女は頷き、カップからコーヒーを啜った。
ワタシも続いてティーカップを傾ける。
程よい苦味が口に広がる。ワタシの記憶の中にある大切な味。
まだ再現できているようで少し安心する。
「苦くて…おいしいね。でもあれ?この味どこかで…」
エマがハンカチで口を拭きながら首を傾げる。
ああそうだとも。君がこれを飲んだのは2回目。あの時も夢から覚める直前だった。
「覚えがあるのも当然だろう。君がこれを飲んだのは2回目だからね」
「2回目って事は1回目の裁判でもボクはキミに?」
「いいや、それよりもっと前。二階堂ヒロではなくワタシとして君と一度出会っている。覚えてはいないはずなんだ」
「えっと…?」
「気にしなくていい。ただ。前も似たようなことがあったということだけ覚えてくれていれば…いや、今回の夢も覚えていられるわけがないか」
ワタシは諦めと共に吐息を吐く。
どんなことがあっても覚えていられない。夢で負った『傷』は現実に持ち越されない。
それがワタシの魔法だ。逃げるために自分勝手な夢を作り上げるが罪悪感で結局最後まで逃げることもできない。中途半端なワタシの魔法。
気分が沈む。せっかく友達が来てくれたというのに、最後の機会だというのに、どうしてこう、ワタシは上手くいかないのだろう。逃げ出してしまいたくなる。
するとエマは首を振った。
「そんなことないよ。こんな色々すごいことがあった夢なんて忘れるわけがないよ」
優しいエマの言葉。だけれどその言葉には意味はない。
「いーや。忘れるさ。なにせ君は覚えていないだろう?血のバスタブからの脱出を、燃える食堂からの逃走を、氷の泉での寒さを、崩れる裁判所での決断を、そしてワタシとのお茶会を」
「それは…」
「だから忘れてくれ、こんな敗北者、敵のことなんて」
そう、もう忘れて欲しい。敗北者に慰めは不要なのだ。
それに元凶であるワタシにそこまでこだわる必要なんて何一つない。あったとしてもそれは復讐心だけであり、それ以外の感情を抱く人間なんているわけがない。
だが、それでも目の前の彼女は違うのだろう。
「君は敵なんかじゃない。それに忘れない。忘れたく無いよ君との事を」
最初の夢の時も、皆の記憶でも見たその姿。
優しく強い心。
「エマ...君ならそう言うと思ってたよ。君は優しいね」
言葉が溢れる。
優しい…本当に彼女は優しい…
だがその優しさは…敗者には毒となる。
それを認識した時、気の緩みのせいか口から負の感情がドロリとこぼれ落ちた。
「だからこそ、君は優しくワタシを侮るんだ」
「っ!?ボクは決して君を侮ってなんか...!」
「いや、気にしないでくれ。ただの敗者の妄言だ。嫉妬とも言ってもいい」
思わず溢れてしまった醜い言葉に謝りながらワタシはエマを一瞥する。
小動物の様な可愛らしさのまま、強い信念が宿った瞳を私に向ける彼女の姿。その姿はワタシと違い強く美しい。
ワタシは幾人もの記憶でその姿を見た。
友が死んでも、自身が疑われても、友を殺す事になっても、それでも彼女は迷い苦悩しながら進んだ。
その姿で彼女は数多の悪夢に立ち向かっていった。
二階堂ヒロが表現するのなら、正しい姿がそこにあった。
故にワタシはその姿に羨望し嫉妬する。
「私の時は君達みたいに終われなかった。今の君たちみたいに互いを...いや自分自身すらも信頼する事ができなかった。だから私は牢屋敷から逃げ、夢の中に逃げた。私には牢屋敷の悪意に立ち向かう勇気がなかったんだ」
「それはボクも一緒だよ!ボク達も殺し合って騙しあって、最後にボクは沢山の人を---」
「ーーーだとしてもっ!!」
「っ!?」
強い感情が腹の中溢れ出てそれは叫び声となる。
「だとしても...君達は全てを救ったじゃないか」
ああ、耐えられない。
うちに秘める事ができない。
「殺し合った仲間達も自身を恨んでいた親友も」
意思を無視し感情のまま垂れ流される。
理性も倫理も無視して感情が吐瀉物の様に吐き出される。
「あの大魔女を待ち続け狂ってしまった魔女も、大魔女さえも」
言葉の嘔吐は胃液ではなく癇癪で喉と心を焼きただらせる。無駄で意味のない言葉の羅列なのは分かっている。だが止められないのだ。
「誰も成し遂げれなかった救いを、この牢屋敷を終える答えを見つけたじゃないか」
だってしょうがないだろう?
だって
「罪を乗り越えて前に進んで、そして君達は勝ち取ったじゃないか」
目の前にいるのは...
「君達だけが、勝者なんだ...」
私たちと違い。牢屋敷の悪夢に打ち勝ち乗り越えた者たちなのだから。
「『名無しの魔女』ちゃん...」
エマが私を呼ぶ。
続く言葉が見つからないのかもしれない。
いや、見つからないのだろう。
なぜなら私の今の吐瀉物はただの戯言だ。
勝者が敗者にかける言葉など一つもない。
それも、互いに競い合っていたわけではないのだから尚更だ。ただ私の意味などない愚痴でしかないのだ。
でも吐き出したい。吐き出したくない。
言いたい。内に秘めたい。
矛盾した思いが混ざり溶け合い言葉となり嘔吐反射の様に脊髄が脳を無視して言葉を紡ぐ。
ここまできたら、私にはもう耐えられなかった。
心の最奥にある外に出すべきではない思いを私は吐き出さざるをえない。
その言葉は、掠れた声と共に私の口からこぼれ落ちた。
「ずるいじゃないか」
言わせてくれ
「何で時を巻き戻せるんだ」
吐かせてくれ
「何で自分を殺すかもしれない相手を信頼できるんだ」
そうじゃないと私は
「何で自分を殺した相手を許せるんだ」
壊れてしまうから
「何で...何で...ワタシじゃないんだ」
言いたくなかった言葉と共に体の力が抜け椅子に力無く座り込む。力が出ない、だがどうせ最後だ。
「君たちみたいな手段があれば、君達みたいな心があれば、ワタシは...夢の怪物になる事はなかったのかな...」
愚痴と共に足元を見る。すると自身の服が変わっている事に気がついた。二階堂ヒロの服ではない。この服は...ワタシが牢屋敷にいた時の服だ。
ああ、内を曝け出したが故に戻ってしまったのだのう。元の卑しいワタシに。
ヒロという強い仮面がなくなった事により心が苦しくなる。思いを吐き出して心が軽くなった場所に罪悪感が埋まり滞留していく。
自らしてしまった事にすぐに後悔するワタシが愚者たる所以のツケがワタシをまた蝕む。
仮面がないワタシではこんな重み耐えられない。
何が『夢の怪物になる事はなかった』だ。ワタシは自ら牢屋敷から夢の中へ逃げたの。共に連れてこられた他の子達と分かり合おうともせず対話もせずただ恐怖のまま、裁判所から逃げ、冷たい泉を渡り、夢の中に逃げた。そして夢の中で魔女になり多くの子を殺した。
所詮ワタシの言葉など愚者の癇癪に過ぎない。
故に愚者はまだ言葉を紡ぐ。
ワタシの心を軽くするために、優しい彼女が思い詰めない様に。
「だから、君達に勝ちたかったんだ。君達勝者に傷を残したかったんだ。君達になりたかった。君たちの足を引っ張りたかったんだよ」
おどける様にエマに私は下を向きながらそう告げる。
エマの顔を見る事ができない。
彼女が私の言葉で苦しんでいるのが怖い。怒っているのが怖い。だからワタシはまた逃げる。
あの時と同じ様に、ワタシは変わっていない。
「まぁ、結局は負けてしまったんだけどね。逃げてばっかで死んで、死んでもなお傷つける事しかできない私には、勝者たる君たちの仮面を被らなければろくに喋れない私にとってお似合いの最後だよ」
ワタシはそう言い話を締め括った。
ああ、言ってしまった。彼女達の牢屋敷での苦悩苦難を知っていながら、こんな濁り汚い感情をぶつけてしまった。彼女達によって救われた当人であるにもかかわらずだ。彼女達を傷つけてしまった。
だが許して欲しい。これがワタシの最後の後始末なのだから。
この『傷』はなくなる。ワタシの作った夢でできた傷は消える。この夢で起きた心の傷、つまりこの夢の記憶は消えてしまう。この話は無かったこととなる。これで彼女達は救われる。
自分で傷つけ救う。酷いマッチポンプだが許して欲しい。これが最後、これ以降ワタシはもう誰も夢に誘わないし誘えない。この夢は大魔女が残した最後の魔女因子で起こした最後っ屁。この夢が終わり次第ワタシという罪人は現世に戻らずこのまま夢の中に消え去ろう。
「君たちの勝ちだ。こんな死んだ弱者の最後っ屁による『傷』なんて忘れて夢から覚めるといい。...ありがとう、そしてごめんなさい。こんな嫌な目に合わせて」
そう言ってワタシは頭を床に擦り付けるぐらい下げて謝った。
今の姿はひどく無様に見えるだろう。だがこの姿は勝者の足を引っ張った敗者の姿として正しい姿だとワタシは思った。
ワタシは改めて愚者だったのだと思う。
あれほど成り変わり記憶を見たのにも関わらず、ワタシは彼女達を理解していなかったのだ。
彼女達があの大魔女すらも救った子達であることを。
「それは違うよ」
エマの2度目の証言が始まる。
「一体何が違うっていうんだい」
私はまさかまたそのセリフを聞くとは思わず、困惑しながら声を出した。
するとエマはすぐに私に語りかけてくる。
「君は死んでなんかいないよ」
「何を言っているんだ、ワタシは死んでいるよ」
「君の魔法は、死んだ人を再現できない。それは君自身もだと思うんだけど。どうかな?正解かな?」
「正解だよ。ワタシの魔法で作った夢は死んだ人を作り出せない。ワタシの夢に登場する人物は今もなお生きている人間だけだ。なんで知っているんだ?」
「さっき進行役ちゃんが言ってたよ」
「余計な事を・・・」
「なら、大丈夫」
「大丈夫?」
「だってそれは、君が今も生きているという証明だから。死んでいたら君は君を生み出せない」
「...ワタシはワタシが生きていた頃の夢の残滓だよ」
「嘘つき」
「嘘では」
「いーや。嘘つきだよ。だって進行役ちゃんがそう言ってたもの、生きたまま牢屋敷で毎日ベッドでぼんやりとしているって」
「な!?」
あいつ。あれだけ秘密にしておけと言ったのに喋ったのか!?
ワタシは驚き立ち上がりそうになるが、エマは可愛らしく舌を出しながら告げた。
「嘘だよ」
「んなっ!?」
「えへへー」
エマは可愛らしく笑う。
この笑みをマーゴも見習ってほしい。まぁ彼女の笑みも需要はあると思うが。
それにしてもだ。
「君が嘘をつくとはね」
「ボクも結構悪い子なんだよ?ヒロちゃんの記憶を持っていたなら知っているでしょ?」
「あぁ、『桜羽エマァ!!』って怒りそうだ」
「...」
「どうした?」
「本当にヒロちゃんに怒られた気がしてびっくりしちゃった」
「ふふっ。レイアから天才の卵とまで言われたんだ。似ているだろう?」
「うん似ているよ」
そう言い合い2人でクスクス笑う。
ひとしきり二人で笑った後、エマはゆっくりと続きを口にし始まる。
「生きているのなら、やり直せるよボクとヒロちゃんみたいに」
「ワタシは傷付けすぎた、皆は忘れるがそれでもやった事に変わりはない。これはワタシの罪だ」
「罪じゃない。傷だからこそボクたちは絶対に忘れないし忘れたくない」
「傷は傷だ。そんな痛いもの忘れた方がいい。」
「それは違うよ。確かに君の行動でボクたちは傷ついたよ。でもそれと同じぐらいに、それ以上に楽しかったんだ」
そう言ってエマはこの夢の日々を思い返しながら笑う。
「お洗濯もした、お昼寝もした、探し物をした、掃除もした、またみんなと会えてこの牢屋敷で生活できた。怒りや恐怖、殺意に支配される心配はなく、ただただ日常を過ごす。楽しかったんだ。この記憶に傷跡に残したいぐらい楽しかった。君もそうでしょう?」
「だがそれは夢だ。もう終わった事なんだ」
「これが君の夢なら、その夢を離しちゃいけないよ」
「離すも何もワタシの魔法はもう終わる。どうしようもないんだ」
「違うよ。魔法の方じゃない、ボクが言っているのは君の夢だよ。この夢から覚めてから、現実でその夢を追えば・・・」
「のうのうと目覚めて、今回の夢の様な時間を目指せと?無理だよワタシには」
「いーやできるよ」
「できない。ワタシの様な敗者には。だってワタシは魔女裁判から逃げた。逃げてそのまま夢に引きこもった。一緒に閉じ込められた少女達と、君たちの様にわかり合おうともせず、ただ逃げ出した。」
「...」
「その後はどうだ?魔女裁判に向かおうとする君たちをワタシは殺そうとした。その後は?魔女裁判を終わらせた君達の足を引っ張るために君たちの勝利を汚すことが目的でこんな事を起こした」
「ワタシは救いようのない『魔女』だよ?夢から覚めてもワタシは逃げるしかできない。なんたって君たちの足を引っ張りたい、傷付けたいと言うのがワタシの願い・・・」
「それは違うよ」
突如、今までワタシが聞いていた中で最も強くエマはワタシの言葉を断ち切った。
さっきの裁判中の時よりも強い口調にワタシは目を見開く。
そうやって驚くワタシにエマはごめんねと言いながら、続きを口にし始める。
「『名無しの魔女』ちゃん。それは絶対に違う」
「何がちがうって・・・」
「『この夢でぐらい、無くした物に手を伸ばし触れ合いたいんだ』」
「あ・・・」
思い出す。
あの扉越しに語り合った進行役との問答。
「進行役ちゃんにそう言ったんだよね。それが君の願い。君の願望だって。だから君の今言った願いは間違えているよ」
エマはワタシを優しく諭す
「だからボクは忘れたくない。忘れたとしても、また現実で君と友達になりたい」
手を伸ばしてくる。
そう言って彼女は手を伸ばしてきた。
優しく柔らかい暖かそうな小さな手
その手に釣られ腕が動きそうになる。
この手をワタシが握ってもいいのだろうか?
確かに・・・そうだ。
ワタシは・・・まだ・・・・・
ワタシはゆっくりとエマに片手を伸ばし
その手を掴み損った。
「ーーーは?」
「ーーーえ?」
エマの姿が急速に目の前から消えていく。
いや違う。ワタシが後ろに倒れているのか。
それを感じた瞬間、浮遊感がワタシを襲う。
視界を後ろに向ける。
そこには巨大な黒い穴がポッカリ開いていた。
よりにもよってワタシの真下に生成されるか。
あんまりな不運に思わず笑ってしまう。
ああ、でもよかったのかもしれない。
最後の最後で幸せな夢を見れた
「『名無しの魔女』ちゃん!!」
「なっ!・・痛っ!」
腕が掴まれ浮遊感が消え去る。
衝撃がつかまれた腕の肩に集まり痛みに顔を歪ませる。
しかしそんなワタシの痛みなんてどうでもいいぐらいの衝撃がそこにはあった。
エマが両手を伸ばしワタシの片腕を掴んでいるのだ。
そしてジシジリと穴の淵へと引き摺られている。
「何をしているエマ!!」
「君を助けているんだよ!!」
ワタシの叫びにエマも叫ぶ
何が助けているだ!君の非力な腕ではワタシを引き上げられるわけないだろう!
ワタシはエマを助けるために偽証を叫んだ。
「手を離せエマ。この崩壊もワタシの夢の魔法が崩れているだけだ、ただの夢だ。だからこの穴に落ちてもワタシに何も問題はない」
「嘘つき!」
「嘘ではない!」
「いーや!嘘だよ!もし嘘じゃないならこのままボクも一緒に落ちても大丈夫だよね!」
「何を言って----なぁ!?」
その光景を見て背筋が凍る。
この子ズルズルと自分から穴の淵に寄っていってる!?
「何を馬鹿なことを!」
「馬鹿じゃない!落ちても大丈夫なんだよね!?」
「大丈夫なわけがあるか!」
「ほら嘘じゃないか!」
「だから手を離せと言っているだろう!」
「嫌だ!」
エマは顔が赤くなるほど力を入れてワタシを引っ張ろうとする。
だが先ほどよりも確実にエマが穴のほうに近づいているのが見える。
「あ、やば。自分から淵に寄ったせいで、体勢が」
「言わんこっちゃない!エマ!はやく離せ!」
「絶対に離すもんかぁ!」
エマの叫び声が響く。だがその声を裏切る様に後半歩足らずの距離でエマも奈落に落ちてしまうだろう。
何とかエマの腕を外そうとするがエマは信じられない力で私の腕を握り離さない。
「もう良い。もう良いんだエマ!ワタシは満足だ。もう満足なんだ!」
「嘘つき!」
エマが目を涙で潤ませながらワタシを睨む。
「まだ一緒に行ってない!」
「な、何を」
「オシャレなカフェにも行ってない!お買い物にも行ってない!一緒におめかしもしていない!遊園地とかプールとか色んなところに遊びに行ってない!」
「そ、それは...」
「行きたいよね!?ボクは行きたいよ!君と牢屋敷の皆と!」
「...」
「だから君も諦めないで!----無くしたもの、取り戻したいんでしょ!」
「----っ」
...そうだ、ワタシはまだお茶会しかしていない。
ワタシは高校生になる時に牢屋敷に連れてこられて。
普通の学生がやってた楽しい事を友達としていない。
エマの言う通り、友達とオシャレなカフェにも、お買い物にも、一緒におめかしもしていない!遊園地とかプールも行っていない!
それに...ワタシは...
ワタシは---まだ皆に勝っていない!!
「うぅうううう」
ワタシはエマに掴まれてない腕を伸ばし崖の端を掴む。
「やぁああ」
エマは気合を入れてワタシを引っ張ってくれている。
だが、中々上がれない。
非力な少女では上がる事も引き上げる事もできない。
だけど----だけどそれは諦める理由にはならない。
ジリジリと穴へエマごと引き寄せられる。
諦めるものか。諦めるものか!
「諦めてたまるかぁああああ!!!!」
「そうだ。君も私だったのなら最後まで足掻くべきだ」
誰も掴んでいなかった手を私は掴んだ。