燃え盛る裁判所。
天井、床、壁、そのほとんどが炎で覆われている。
もはや逃げ場のない大火事現場のど真ん中。
視界のほぼ全てが赤で覆われている。
そんな炎の海の先、数メートルほど先に床にぽつんと鍵が落ちているのが見える。
「火事だな」
「・・・火事ですね」
二人してポツリと呟く。
今にも火が体に触れそうなほど危機的状況。
にもかかわらず、私とメルルは全く焦ってはいなかった。
というのも、一眼見て、この空間が誰なのか一眼見てわかったからだ。
「えっと…ヒロさん」
伺う様なメルルの声。
おそらく彼女も気がついているのだろう。
そんな彼女の声に私は頷いた。
「行こう。エマが待っている」
「は・・・はい・・・!」
メルルが頷く様に動き、私の後ろではなく私の横に浮かぶ。
もしものことを考えるのなら、もう少し考えたほうがいいのかもしれない。
だが、今は時間がない。
もし失敗しても犠牲になるのは私とメルル。メルルに関しては既に燃えているので犠牲になるのは私だけ。それならば大丈夫だ。
だがそうはならないだろうと私は確信している。
なぜならば、私は・・・アリサを信用しているからだ。
私はそうやって自らを納得させ、徐に片足を目の前の炎の海に突っ込んだ。
火傷は必須。最悪の場合死ぬ可能性すらある無謀な行動。
自らの禁忌を破る様なその行動。
だがそうはならない。
ザザァ!!
そんな音と共に炎が私から逃げる様に炎が動いた。
コツンと、私の足は何事もなく床に着く。
「やはりな」
確信を持って私は頷く。
見るだけでも恐ろしい炎の情景。だがそれが見せかけであることはこの部屋に入ってからすぐにわかっていた。
なぜならば、熱を感じないのだ。
こんな大火事に囲まれたのならばその熱によって火傷を負ってしまうだろう。だがその熱を一切感じない。
それだけではない。火事での危険事項の一つ、煙も一切発生していない。
あるのは目の前の炎の様にゆらめく見せかけだけ。
そんな見せかけを無視する様に足を進める。
すると、磁力に反発する磁石の様に次々に炎が私から離れていく。
「アリサさんは・・・やっぱり優しいですね・・・」
「・・・だな」
メルルの声に私は頷く。
横のメルルを見ると、メルルが動くたびに過剰なほど炎が引いていくのがわかる。
たとえ人魂とはいえ、またその体に炎が移ることを彼女が良しとするわけがない。
この炎はアリサの炎だ。ならばその炎が私たちを焼くことはないのだ。
これが、魔女化が進行している時ならば彼女の意に沿わぬことが行われていたかもしれない。だがここはメルルが言う通りならば、彼女の魔法の残滓を取り込んだ夢。
魔女化が進行しているわけでも暴走しているわけでもない、そんな彼女の力だったものが私たちを焼くわけがない。
ゆえに私たちは安心して前を進める。
見せかけの灼熱地獄を私たちは歩き、すぐに鍵の前にたどり着いた。
そして鍵を拾おうと屈んだ時
「ん?」
「・・・わっ!」
先ほどと同じ様に突如人影が目の前に現れた。
薄黒くまるで霧の様に朧げな私と同じぐらいの背丈の人影。
その人影はノアの時とは違い、何も喋らないが私に足して指を突きつけ、何かを叫び様に頭を揺らしている。
声は聞こえない。だが彼女が何を叫びたいのかはよくわかっていた。
ゆえに私は彼女に対してクスリと笑いながら謝辞を口にする
「すまないアリサ」
「ーーーっ!!」
「そう怒らないでほしい。何も無策で炎に足を踏み入れたわけじゃない。君が私たちを焼くわけがないと確信していた」
「ーーーっ!」
「それに、君がエマを助けに行こうとする私を邪魔するわけがないだろう?」
「・・・・っ!」
「ちゃんとした謝罪は夢から覚めたらしよう。」
「・・・・」
「ーーーっ!おっと」
私がそう言うと、人影はため息をつくかの様に体を動かした後、足元の鍵を拾い私に向けて放ってきた。
私はソレを受け取りすぐに鍵を回す。
カチリ
聞き慣れてきたその音と共に扉が現れる。
これで二つ目。前と同じならば後空間は二つだろう。
早くエマを迎えにいかなくては。
私はそんな思いに急かされる様に扉の先へと足を踏み入れようとした。
ん?
だが、私の足は止まる。
傍に浮かぶ人魂がなかったからだ。
後ろを振り返る。
そこには無言で佇む人影と人魂がいた。
「・・・」
「 」
互いに一言も喋らない。だがそれは無視をしているわけではない。
おそらくしゃべれないのだろう。言いたいことがありすぎて、言いづらくてしゃべれないのだ。
彼女達の関係を私は記憶でしか知らない。二人が関係を構築していったのは私がいない世界線での話なのだから。
ゆえに私が二人に語りかける声を持たない。
それに時間がない。
だから。
「メルル。私は先に行く」
「え・・・でもヒロさん」
「今の君は手も足もない。いてもいなくても同じだ」
「う・・・」
「だから、ゆっくり話合うといい。もう現実では話せないのだからな」
「・・・はい。ありがとうございます」
彼女を残して私は扉の先を進む。
残滓と幻影の会話。本人同士ではない会話、本人達にとっては意味のない行為。
だが、ソレが正しくないとは私は思わなかった。